第二十四話 魔王の機織り
化石の森の散策中に発生した来寿様誘拐事件。
迷宮入り必至の難解な事件も、名探偵|ウィルミア・デストランド《私》の名推理によって、無事解決した。その際、報酬としてアラクネの氷漬けを得た。
蜘蛛女の氷像は、極上の糸を吐き出す永久紡績機関である。早速、我が城の紡績工房の壁に埋め込んだ。
複雑に絡み合った樹木の隙間から、蜘蛛の尻だけが突き出ている。その様子を見ていると、私の脳内に創世記に記された諺が閃いた。
これこそ、正に「頭隠して尻隠さず」だな。
アラクネの尻は、今も白銀の糸を吐き出し続けている。放っておくと、床が糸塗れになるだろう。何とか工夫して、調整する必要が有る。しかし、今は後回しだ。
私は土人形に命じて、桶を持ってこさせた。それをアラクネの尻の傍に置いた。すると、桶の中に糸が溜まっていく。一先ず、これで良し。
私は応急処置を済ませるや否や、次の作業に取り掛かった。
織機を創ろう。
私の記憶には、書物で見た織機が閃いている。それを参考に、魔法で具現化する。
最上位の創造魔法であれば、素材が無くとも創れるだろう。しかし、私は敢えて素材を必要とする魔法、「魔法の加工創造」を使うことにした。
何故なのか? その理由が、私の脳内に閃いていた。
織機なんて、創ったことがない。真面に動くか――自信が無い。
最上位の魔法は、それなりに魔力を失う。何度も挑戦することができない。故に、下位互換を選択した訳だ。
私は来寿様を伴って、素材集めの旅に出た。
私達は朝(暫定時間)に出発して、昼には帰っていた。その際、私達は二人ではなかった。一人の奇怪な随行者がいた。
樹木である。それも、歩く樹木である。より正確に言えば、「私の魔法で歩かせている」となる。運ぶのが面倒なので、自ら歩いて貰った訳だ。
この奇怪な樹木に対しては、実はそれなりに思い入れが有った。来寿様が「これが良いのでは?」と選び、私が運んだものだ。
言うなれば夫婦(予定)の共同作業の産物。「私達の子」と言っても過言ではない。
私達親子(妄想)は、魔王城の前に並んで立った。そこで、私は愛しの我が子(樹木)に魔法を掛けた。すると、我が子(樹木)が変形して、立派な織機へと変貌した。
かくして、私達は服を作る道具を手に入れた。
織機の外観は、一般的な手織り機のそれだ。縦糸を真横に並べる水平織機である。そこに何の変哲も無い。
織機を見た来寿様も、苦笑しながら「人力か」と呟いた。しかし、来寿様の直感は大ハズレだ。
「まあ、使ってみればわかるさ」
私は口許にシニカルな笑みを浮かべた。
魔王の微笑の意味は何なのか? それを来寿様が知ったのは、紡績工房に織機を運んだ直後であった。
出来上がった織機は、土人形達を使って紡績工房に運んだ。
樹木を編み込んだ部屋には、今は何も無い。精々、壁から蜘蛛の尻が生えているだけだ。織機の置き場所など、幾らでもあった。
しかし、私は敢えて隅っこ、壁際、それも蜘蛛の尻が生えている直前に置いた。蜘蛛の尻が、織機に触れている。その様子を確認した後、私は来寿様に向かって声を上げた。
「まあ、見ていろ」
「ああ」
来寿様は、私の言いつけを守って、ジッと織機の方を見ている。その様子を確認してから、私は右手を掲げて織機に触れた。
魔力注入。
私が触れた個所から、織機の中に魔力が流れ込んでいく。すると――
「ぎったん、ばったん」
織機が勝手に動き出した。アラクネが吐いた糸を吸い込みながら、白銀の布を織り上げていく。すると、来寿様は細い目を一杯に開いて、
「これは凄いな」
手放しで称賛した。
来寿様の反応は、私の期待通りのものであった。正直、とても嬉しい。私は「どや」と胸を張った。続け様に、脳内に閃いた織機の名称を告げた。
「『全自動魔力織機』だ。これを使うときは、私に頼むが良い」
「ああ、頼む」
私の言葉に、来寿様は嬉しげに微笑んだ。その笑顔を見ると、私の心臓が激しく弾む。顔に熱を帯びる。思わず、来寿様に抱き付きたくなる。しかし、私は堪えた。
私は魔王ウィルミア・デストランドであるぞ。
例え私の王子様になる者であろうとも、臣下に軽々に本音を明かしたり、醜態を晒したりする訳にはいかない。
「ふん」
私は鼻を鳴らしてソッポを向いた。そのままソッポを向き続けた。その間にも、織機は全力で機を織り続けている。
「ぎったん、ばったん」
私の耳に、小気味良いリズムが入ってくる。それを聞いていると、何だか眠くなってくる。このまま寝てしまいたい。しかし、私も、来寿様も、やるべきことが沢山有った。
「私は研究室に籠る」
「では、俺は食事の準備をしよう」
私達は、それぞれの作業を行うべく紡績工房を離れた。
夕食後、私達は再び紡績工房を訪れた。部屋の中に入った瞬間、私達は――絶句した。
私達の視界には、白銀に染まった床が映っていた。
紡績工房の床は白銀の布に埋め尽くされていた。その様子を目の当たりにして、私も、来寿様も、無言で立ち尽くした。
「「…………」」
「ぎったん、ばったん」
「「…………」」
「ぎったん、ばったん」
暫くの間、機織りの音だけが鳴り響いていた。そこに異音を挟んだのは、来寿様であった。
「これは――頑張り過ぎだな」
私は反射的に頷いた。
大量の布。これだけあれば、幾らでも服を作ることができる。しかし、置き場に困る。紡績工房に置いておきたいが、既に足の踏み場すら無い。私の脳内に「廃棄」の二文字が閃いた。その可能性を思うと、眉間に皺が寄る。私は恨みがましく織機を睨んだ。
「…………」
「ぎったん、ばったん」
私の鋭い視線が織機に刺さっている。しかし、織機は「お前の都合など知ったことか」とばかりに、未だ機を織り続けている。魔王に対してその態度、度が過ぎる不敬である。
私は直ぐ様織機から魔力を奪った。すると、
「ぎったん――ばったり」
織機は停止した。これで、布が増えることは無くなった。織機の出番は暫く無いだろう。
「役目ご苦労。休め」
私は織機に労いの言葉を掛けた。すると、織機は――片方の踏み木をピョコッと上げた。その反応を見た瞬間、私は創世記に記された伝説のサインを想起した。
これが「サムズアップ」というやつか。
私は織機に向かって右拳を掲げ、親指を上向きに立てた。その行為は、来寿様の視界にバッチリ映っていた。
「何をしているのだ?」
私は直ぐ様右手を下ろした。続け様に、
「ふん」
鼻を鳴らしてソッポを向いた。
全自動魔力織機の活躍により、私達は上質の布を手に入れることができた。後は、裁断と縫合である。さすれば、服が手に入る。
次はどんな道具を創ろうか? 何だか楽しくなってきたかも。
魔法の加工創造など、元の世界では不要であった。我が国に必要なものは、殆どウィルリル様が創っている。故に、私は遠慮した。我慢していた。
しかし、今は好きなだけ創造することができる。その事実を思うほど、私の口角が吊り上がっていく。
私はソッポを向きながら、脳内で新たな魔法道具のアイデアを練っていた。それが閃く度、私の顔に邪悪な笑みが浮かんでしまうのだった。




