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第二十二話 絡新婦の罠

 私達が封印世界に封じられて、かれこれ二週間ほど経った。領地も得たし、城も造った。しかしながら、足りない物は未だまだ一杯有る。

 諸々の必要なものを得る為に、私は来寿(ライス)様と一緒に、化石の森の素材集めを行っている。


 うっそうとした樹木群の中、私は来寿様と並んで歩いている。傍から見れば、仲睦まじい夫婦に見えるだろう(願望)。それもそのはず、私と来寿様は()()()()をまとっているのだ。


 二人とも、黒革のジャケットと、黒革のパンツを身に着けていた。それぞれケルベロスの皮から創ったものだ。

 漸く来寿様に真面な格好をさせられた。その事実を嬉しく思う。しかし、それをまとった来寿様の感想は――


「有り難い。だが、着心地が良いとは言えんな」


 不評。その事実を目の当たりにして、私は「そんなにか?」と首を傾げた。試しに自分でも身に着けてみた。すると、


「確かに」


 来寿様に同意せざるを得なかった。


 ケルベロスの皮は、防具としては優秀だ。強固な上に伸縮性も高い。

 しかし、衣服としては最悪だ。肌にベッタリまとわり付いて、不快なことこの上ない。これを身に着けるくらいならば、襤褸(ぼろ)のままの方がマシな気がする。製作者である私も、元々着ていたゲンベソンに着替えようかと思った。

 しかし、来寿様にだけ苦行を強いるのは気が引けた。まして、製作者は私なのだ。


「付き合ってやる。有難く思え」


 私は、敢えて来寿様と同じ衣装を身に着け続けた。来寿様の御主人様として、責任を取った。自分でも偉いと思う。だからと言って「これで良いのだ」とは、絶対に思わない。


 もう少し、肌触りの良いものを身に付けたいものだ。


 私達の生活目標の最優先事項として「衣服の素材集め」が太字で明記された。その目標を達成する為に、今日も今日とて素材集めを行っている。


 道中、私達の視界に様々な植物が目に映った。それらは元の世界でよく見掛けるものであった。食べられそうな木の実や、薬草も有る。

 しかし、私も来寿様も完全無視。そもそも、それらの収集は土人形(クレイ・ゴーレム)達に任せている。

 私と来寿様の収集対象は、もう少し物騒な奴だ。それが、来寿様の口から零れ出た。


「さて、今日はどんな魔物が現れるのやら」


 魔物。世界の造物主(創世の女神ネフィリア)が再調整を断念した化け物(失敗作)である。

 魔王とて苦戦必至の強敵だ。それに挑むのには勇気が必要だ。しかし。今の私は精神的に無敵であった。


 如何なる相手だろうとも、私と来寿様の敵ではない。


 私達は、自ら望んで失敗作を探し続けていた。その最中、群生する藪の中に意外な影を見付けた。

 ()()を見た瞬間、私の体に衝撃が奔った。思わず立ち止まった。来寿様も、私と同時に立ち止まっていた。


 藪の中から生えた白い物体。その形状には見覚えが有った。それもそのはず、それは「人間(女性)」であった。


 長い黒髪の女性である。しかし、真面な状態ではない。彼女は――()()だった。いや、もしかしたら半裸かもしれない。下半身が茂みに隠れている為、そちらは確認できない。

 しかし、この際服の有無などどうでも良い。私達にとっては些事(さじ)も良いところだ。


 まさか、私達以外の人間がいたとは。


 私も、来寿様も「この世界(封印世界)に人間はいない」と思い込んでいた。その為、先人から情報を得ることを諦めていた。


 だが、先人はいた。しかも、生きている。


 私達には尋ねたいことや、聞きたいことが山ほど有った。その回答を知るであろう存在が、今目の前にいる。この機会を逃す気には、到底なれなかった。


 私は女性に向かって足を踏み出した。その際、不覚にも足元の小枝を踏んでしまった。私の荷重によって、小枝がバキリと小気味良い音を立てて折れた。音自体は、とても小さものである。しかし、件の女性の耳に入ったようだ。


 女性は振り向いた。私達と目が合った。その瞬間、彼女は脱兎の如く超速で逃げ出した。その反応を目の当たりにした瞬間、来寿様が声を上げた。


「待ってくれっ!」


 来寿様は走った。その後に私も続いた。


 ()の来寿様の速力は、常人を凌駕して余り有るものだ。それに続く私も同様である。

 狩りに出る前、私達の体には「身体能力向上の魔法」を掛けていた。今の私達から逃げきれる人間などいるはずが無い。


 ところが、何故か追い付けない。その事実を目の当たりにして、私は首を傾げた。その間、来寿様は一層速度を上げていた。


 私と来寿様の距離が開いた。その事実を直感した瞬間、前を行く来寿様の体に「白銀の何か」がへばり付いた。


「「!?」」


 私は思わず息を飲んだ。来寿様も同時に息を飲んでいた。

 一体、何が起こったのか? 来寿様の上半身は、白銀の何かに塗れた。一体、それは何なのか?


 目を凝らしてみると、それは「糸の塊」であった。


 白銀に煌めく糸の塊が、来寿様の上半身に巻き付いている。その事実を直感した瞬間、来寿様の姿が忽然と消えた。その事実を直感した瞬間、私は声を上げていた。


「来寿っ!?」


 私は来寿様の名前を呼んだ。すると、数十メートル離れた地面から「ぬわああっ」と悲鳴が上がった。その掠れた声は、紛うこと無き来寿様のものだ。


 来寿様は、超高速で地面を這っていた。いや、引き摺られている。

 来寿様に絡み付いた糸は前方に伸びている。それを()()が引っ張っているようだ。

 一体、誰が引っ張っているのか? 思い当たる節は一つしかない。


 あの女かっ!


 私は走った。全裸の痴女から来寿様を取り返す為に走った。その最中、開けた場所に飛び出した。


 私の視界に、先を行く女と、女に引き摺られている来寿様の姿が映った。

 来寿様は土と泥に塗れている。とても悲惨な状況だ。何としても女を止めたい。しかし、相手の脚は余りに速い。

 人間とは思えない速力だ。実際、女は人間ではなかった。その確かな証拠が、私の視界に映り込んでいた。


 女の上半身は、確かに人間であった。しかし、下半身は巨大な「蜘蛛」であった。来寿様の体にまとわりついた糸は、蜘蛛の尻から出たものだ。

 人間と蜘蛛の合成魔獣(キメラ)である。そのような特徴を持つ魔物を、私は知っていた。


 あれは「アラクネ」か。


 アラクネ。創世記に記された魔物。即ち、女神の失敗作である。その戦闘力の高さは、現在進行形で思い知らされているところだ。


 まさか、狩りのつもりが狩られてしまうとは。恐るべし、封印世界。


 アラクネは、来寿様を引き摺ったまま樹木群の中に飛び込んだ。続け様に、樹木によじ登った。その様子を目の当たりにして、私は咄嗟に魔法の矢を唱えた。

 直後、一条の光が奔った。狙い違わず、アラクネが上った樹木に命中する。その衝撃で樹木は真っ二つに折れた。しかし、来寿様の救出は叶わなかった。

 敵は既に移動していたのだ。


 アラクネは、木々の間を飛び跳ねて、そのまま何処かへと去った。それに伴って、私の視界から来寿様の姿が消えてしまった。


 来寿様の消失。その事実を直感した瞬間、目の前が真っ暗になった。思わず地面に膝を着き掛けた。しかし、堪えた。


「私は――負けん」


 私は再び立ち上がった。それを支えていた要因は、心底から湧き上がる「憤怒(ふんぬ)」という名の暗く熱い感情であった。その想いが口から零れ出た。


「逃がさん。絶対に」


 私は、アラクネを追い掛けるべく、再び森の中を走り出した。

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