第二十一話 不老の檻
巨大な鶏が転がる湖畔に、百本超の樹木の塊が生えている。
奇妙な塊である。地面にシッカリ根を張りながら、家のような形状をしている。その大きさから館、或いは城を想起するだろう。実際、それは城であった。
私、ウィルミア・デストランドの城、封印魔王城。
城と言っても私の生家ほどではない。しかし、それなりに巨大である。しかし、住んでいる人間は、たったの二人。
私と、我が騎士にして王子様(仮)、愛洲来寿様。この二人だけ。
二人きりという事実に付いて、来寿様は「寂しいな」と言った。しかし、私にとっては「これで十分」である。そもそも、私にとって、殆どの人間は「敵」なのだ。
周辺諸国の人間は、私を殺したいだけの害虫である。
私の家族や国民は、私の才能を利用したいだけの寄生虫である。
虫。良い得て妙だろう。誰も私を人間として見ていないのだ。私が彼らを人間扱いする謂れは無い。
唯一の例外は、来寿様だけ。来寿様だけが、私を人間として見てくれる。
来寿様だけ傍にいれば、それで良い。
私は唯一の味方と一緒に、自分の欲望が赴くまま面白可笑しく暮らすつもりであった。ところが、その出鼻が挫かれた。よりによって、唯一の味方である来寿様に。
まさか、来寿様が私との同衾を拒否されるとは。
我が悲願、来寿様王子様計画が頓挫しかけている。このままでは、自棄になった私が元の世界を滅ぼしかねない。世界滅亡の危機である。何か手段を講じたいところだ。
しかし、その前にやらねばならないことが山積みであった。その事実を、来寿様が教えてくれた。
「洞窟に置いてきたもの、こっちに運び込むぞ」
私達の最初の拠点には、ケルベロスの素材が放置されたままであった。折角解体したのだから、何かに利用したい。特に肉は――今日の献立として、大いに役立ってもらいたい。不味いけど。
「そうだな」
私は来寿様の意見に同意した。直ぐ様魔法で四輪の荷車を製造した。その行為は、来寿様に好評であった。
「助かる。お前さんがいてくれて、良かったよ」
来寿様から褒められた。その事実は、私を有頂天にさせた。思わず胸を張った。鼻も高く伸びた。
私は肩で風を切りながら、先頭切ってケルベロスの巣穴に向かって歩き出した。その後ろから、来寿様が荷車を引いて続いた。その後ろから、三体の土人形達が並んで付いてくる。
私を先頭にしての一列縦隊。如何なる魔物が襲い来るとも、今の私に敵う道理はない。かかってこいである。
しかし、私の意気込みとは裏腹に、私の活躍の機会はなかった。私達は無事故でケルベロスの巣穴に到着した。
黒の渓谷の玉座は、意外なほど静かであった。
私達が離れてから、一日ほど経過しているだろう。その間、別の魔物が住み着いていたとしても、不思議ではない。しかし、私達以外の生物は、誰も、何もいない。
そういえば、元々ここにはケルベロス以外、何もいなかったか。
黒の渓谷は、その名の通り煤に塗れた岩肌ばかりが目に付く。その光景を鑑みると、自ずと現況の理由も分かる。
皆、ケルベロスに焼き尽くされたか。
封印世界は修羅の世界。弱肉強食が極まっているようだ。そのような厳しい環境の中でも、私達は確固たる拠点を得た。その事実を思うほど、私の口の端が吊り上がっていく。それに伴って、胸部が大きく反り返っていく。
今は、私達が王なのだ。
王としての威厳を誇るべく、私は洞窟の前で踏ん反り返った。
私が偉そうにしている間、来寿様と三体の土人形が、洞窟に入ったり、出たりと、忙しなく行き来していた。
来寿様達が戻る度、荷車に荷物が積み上がっていく。その様子を、私は見守った。それだけでなく、心中で「来寿様、頑張れ」と応援した。
汗に塗れた来寿様の姿は、私の胸を多い気にトキメかせた。実に眼福である。このまま延々見詰め続けていたい。しかし、来寿様も、私の土人形達も優秀な運び屋であった。
引っ越しの作業は、存外に速く終了した。荷車の上には、全てのケルベロスの素材が積み上がっている。その事実を直感した瞬間、来寿様の声が上がった。
「終わったぞ」
来寿様の口調は、少し硬かった。どうやら苛立っている様子。その直感は当たりであった。その事実を、来寿様が教えてくれた。
「お前、何もしなかったな」
来寿様はジト目で私を睨んだ。しかし、私にも言い分が有る。
「敵が来ないか監視していたのだ。お陰で無事に運び出せただろう?」
我ながら上手い言い訳だ。しかし、実は嘘である。来寿様の姿に見惚れていただけだ。その事実を、私は秘匿した。
私は魔王。全ては魔王の威厳を守る為。
魔王として、敢えて心を鬼にした。他人に厳しく、自分にも厳しい。そうでなければ魔王を名乗れない。
私は「魔王たらん」と自分を厳しく戒めながら、魔王らしく、堂々と荷台の空きスペースに立った。
「では、出発」
私が声を上げると、何故か来寿様は盛大に溜息を吐いた。続け様にこちらを向いた。
来寿様の視線は、何故かとても厳しかった。その事実を直感した瞬間、来寿様の口から厳しい言葉が飛び出した。
「降りろ」
来寿様は私に命令した。魔王に対して無礼である。しかし、私は敢えて耐えた。私の直感が、来寿様の機嫌を損ねている可能性を知らせていた。
「ふ、ふん」
私は鼻を鳴らしながら、仕方なく、渋々荷台から降りた。すると、来寿様は直ぐ様荷台を引いた。その後ろから、三体の土人形が押した。その様子を眺めながら、私は荷車と並んで歩いた。
復路に於いても魔物と遭遇しなかった。恐らく、有り余る私の威厳に魔物達が畏怖してのこと――ではないだろう。
コカトリス(遺骸)の効果である。その影響力は、未だまだ健在のようだ。そのお陰で、私はのんびり荷台に乗った素材を観察することができた。
さて、これから何を創ろう?
素材さえ有れば、魔法で必要なものを創れる。皮から衣服を創ることも可能だろう。来寿様は、未だ襤褸のままなのだ。可及的速やかに服を用意したい。
私は様々衣装を想起した。その中から、どんなものを創ろうかと考えていた。その最中、私の視界の端に「赤黒い物体」が入り込んだ。
ケルベロスの肉塊である。
肉塊を目にした瞬間、私は違和感を覚えた。それが何なのか、気になった。思わず肉塊を見詰めて、違和感の原因を探った。それは――直ぐに判明した。
「肉が全く傷んでいないぞ」
「何?」
私は、思わず声を出していた。すると、来寿様が反応した。
来寿様は、直ぐ様荷車を引くのを止めた。続け様に私の方に振り向いた。
「そんな訳、有る――のか?」
来寿様は、私の許に近付いて、ケルベロスの肉の状態を確認した。
「これは――確かに」
来寿様は、肉塊を見ながら大きく頷いている。胴やら、私の言葉の意味を理解したようだ。
しかし、来寿様の首は斜めに傾いでいた。その反応の意味が、来寿様の口から飛び出した。
「どういうことだ?」
来寿様の頭上に「?」が浮かんでいる。その反応の意味が、私の脳内に閃いていた。
ケルベロスの肉は、洞窟内で放置され続けていた。それなのに、何も変化していないとは。
肉塊は、解体した際に確認した状態のままであった。熟成もしていない。劣化もしていない。新鮮そのものである。この事実の意味は何なのか? 理由を考えると、私の脳内に一つの可能性が閃いた。
「ここに放り込まれた時点で、肉体の時間が停止するのかもしれんな」
有体に言えば「不老」である。我ながら荒唐無稽とは思う。来寿様も首を傾げている。その反応の意味が、来寿様のの口から零れ出た。
「ならば、腹が減るのはどういうことだ?」
肉体の時間が停止するならば、空腹を覚える必要はない。来寿様は、そのように仰りたいのだろう。しかし、それは樹木の如く動かなかった場合の話だ。
「動けば、それなりに力を使う。それを補う為には食事は必要だろう」
私の説明に、来寿様は「ふむ」と頷いた。納得しているのかしていないのか、微妙な反応である。しかし、私の仮説には、それを示唆する二つの証拠が有った。
一つは、創世初期の魔物が存在しているということ。
これは、魔物自身が不老である可能性も考えられる。しかし、もう一つの理由は確実に不老という条件を満たしていない。何故ならば、それは私達の体に起因しているものだからだ。
この世界にきて以降、私の髪が全く伸びていない。来寿様も、髪どころか髭も伸びていない。
この世界に留まれば、私は永遠に十七歳のままなのだろう。その可能性を想像すると、この世界に留まりたいと思わないこともない。しかし、受け入れられない。その理由が、私の脳内に閃いていた。
私が来寿様の子どもを授かった場合、その子は生まれないのでは?
成長しないとなれば、永遠にお腹に留まることになるだろう。その可能性を想像すると、是が非でも外に出たい。
未来の家族の為に、私と来寿様は元の世界に戻らねば。
私は封印世界からの脱出を決意した。しかしながら、今は未だ出られない。その為の手段が不明である。それに、今の私には止まる必要が有った。
ここにいる間、何とか来寿様と親睦を深めておかないと。
来寿様王子様計画は、未だ完遂されていないのだ。むしろ、頓挫中なのだ。
来寿様には同衾を拒否されてしまっている。褥を共にしなければ子どもを授かり様も無い。それくらいの知識は、私にも有る。魔王としての常識だろう。
だからこそ、私は奮起せねば。私の為に、私の魔の手から世界を守る為に。
「頑張るぞ」
私は自分を鼓舞すべく、創世記に記された高揚の姿勢、「ガッツ石松ポーズ」を決めた。その様子を、来寿様は不思議そうに眺めていた。そんなに見詰められると、ちょっと恥ずかしい。
私は「ごほん」と咳払いをした後、続け様にソッポを向いて、全力で来寿様の視線から逃れた。




