第十九話 樹木の館
規格外の魔物、女神の失敗作コカトリス。石化の森の絶対君主は、物言わぬ躯と化した。その命と立場を奪った簒奪者は、新たな森の王となった。
その新王こそ、私、ウィルミア・デストランド。それから、我が騎士、愛洲来寿様である。
化石の森は我らの領土となった。しかしながら、直ぐに居城を構えることはできなかった。
私の魔力は枯渇した。来寿様も、私を助ける為に無理をしていた。この場に留まることは、二人で心中するに等しい愚行だ。その為、私達は泣く泣く報酬を放棄した。後ろ髪を引かれながら、ケルベロスの巣穴に帰投した。
洞窟で養生すること、凡そ二日。その間、ケルベロスの解体作業は完了していた。土人形達のお手柄である。そのお陰で、それなりに素材が手に入った。
肉、皮、骨。これを使って、何か作れるだろう。しかし、私は全て後回しにした。その理由を、私は高らかに宣言した。
「新居を手に入れる」
私達は十分回復してから、再び石化の森に足を踏み入れた。毒々しい色が渦巻く空の下、樹海の奥へ奥へと突き進む。
このとき、私達の格好は未だにゲンベソンと襤褸であった。私は兎も角、来寿様の格好は何とかしたい。しかし、それも今は後回しだ。
安全な場所を確保。全てはそれから。
必要な施設や設備は無数にある。それら一つひとつを想像しながら、私達は森の奥へ奥へと突き進んだ。
その果てに、終に私の想像を具現化する場所に辿り着いた。
嘗ての決戦の地、湖。
化石の森の王座は、今はとても静かだ。嘗ての王は、今も玉座に横たわっていた。しかし、その閉じた目は、二度と開かない。
コカトリスは、既に死んでいる。私達は、それを放置していた。叶うならば洞窟に運びたかった。しかし、当時の私達には余力が無かった。
折角の得物を放棄した。その事実を想起する度、私の奥歯がギシギシ鳴った。しかし、どうやら私達の判断は正しかったようだ。
コカトリスの躯には、虫除けの効果が有った。その威光は、死して尚健在。このまま放置しておいても良いように思う。しかし、その選択肢を選ぶつもりはない。
ああ、鶏料理。食べたい。
私のお腹が「ぐぅ」と鳴った。すると、来寿様が苦笑した。どうやら、来寿様に聞かれてしまったようだ。恥ずかしい。恥ずかしいので、私は全力で誤魔化すことにした。
「ここに我らの城を立てよう」
私は高らかに宣言した。すると、来寿様は徐に拍手をした。褒められているのか、馬鹿にされているのか、よく分からない反応である。行為の糸を尋ねてみたい気持ちも沸く。しかし、私は敢えて無視した。
私の魔法を見れば、来寿様は度肝を抜かすに違いない。
私の脳内で、来寿様が手放しで私を称賛する姿が閃いていた。それを具現化すべく、私は女神の大魔法「魔法の加工創造」を唱えた。すると、湖畔の樹木達が蠢き出した。
樹木群は自ら根を引き抜いた。その歪な脚を蠢かせながら、湖畔の一点に集まっていく。その樹木の数は、最終的に百を超えた。
樹木群は、互いに身を寄せ合い、互いを抱き締めるように絡み付く。次々結合して、一つに溶け合っていく。
最終的に、一個の館になった。そこまでの過程、及び結果は、来寿様の視界にシッカリ刻み込まれていた。
来寿様は、その細い糸目を一杯に開いて声を上げた。
「これは――凄い」
来寿様は再び拍手した。しかし、今度は全力超速である。その反応を見て、私は「どや」と大きく胸を張った。その際、私の鼻が天に向かって伸びた。口許もだらしなく緩んだ。その表情は、来寿様の視界に――入れる訳にはいかない。
しっかりしろ。魔王ウィルミア・デストランドっ!
私は魔王の威厳を全開にして、居丈高に声を上げた。
「これが私達の城だ」
私達の城。即ち、私と来寿様の愛の巣である。
この樹木群の王城で、私と来寿様は愛を育むのだ。その様子を想像すると、私の口は勝手に吊り上がった。私の眉も勝手に下がった。そのだらしない表情を直感した瞬間、掠れた声が耳に飛び込んできた。
「まあ、宜しく頼む」
来寿様が、私に向かって右手を差し出した。それに対して、私は――
「ふん」
鼻を鳴らしてソッポを向いた。その態度は、我ながら失礼とは思った。しかし、今の間抜けな表情を、来寿様に見せる訳にはいかない。
私は魔王にして来寿様の主。威厳を保たねばならない。故に、私は全力で虚勢を張った。そこに、再び来寿様の声が響き渡った。
「いやはや、流石だな」
来寿様は、引き続き私を賛辞した。とても嬉しい。だが、その感情を面に出す訳にはいかない。
「ふんっ」
私はソッポを向いたまま、鼻を鳴らして返事をした。その直後、再び来寿様の声が上がった。
「助かるよ」
「ふんっ」
「偉い、偉い」
「ふんっ、ふんっ、ふんっ」
来寿様は、延々私を褒め称えた。それに対して、私は延々鼻を鳴らし続けるのでああった。




