第十八話 鬼神の妖刀
石化の呪いを操る怪鳥、コカトリス。人の手に余る化け物だ。しかし、私と来寿様ならば問題無い。必ず勝つ。その為の作戦も用意している。
「来寿がコカトリスの注意を引き付け、私が魔法で狙撃する」
私は作戦の概要を告げた。すると、来寿様は即応で首肯した。その行為は、私達の心意気そのものである。私達に躊躇いは無い。私達は直ぐ様行動を開始した。
私は、三体の土人形の内、二体を呼び寄せた。
「こいつらを随伴させよう」
私が提案すると、来寿様は首を傾げた。その反応の意味が、来寿様の口から零れ出た。
「その心は?」
「万が一の場合、足止めに使うのだ」
「なるほど」
「後、連絡を取り合えるよう――通話機能を付与しておく」
私は二体の土人形に遠距離通話魔法を掛けた。これで、離れていても互いの状況を報告し合える。来寿様が窮地に陥った場合、私は即座に助けに入ることができる。尤も、そんな機会は来ないだろうが。
コカトリスだろうが何だろうが関係無い。一撃で葬り去ってやる。
私の心中に、重く冷たい殺意の感情が吹き上がった。敵を相手にすると、いつもこうだ。視界に映った敵は、全て殺さないと気が済まない。
唯一の例外は、私の隣に立つ来寿様だけ。これからも、この人だけだろう。
「では、行くか」
「ああ」
私が声を掛けると、来寿様は即応で首肯した。
私が足を踏み出すと、来寿様も隣に並んで歩き出した。
私達の後ろを、二体の土人形が追尾する。
私達は足並みを揃えながら、コカトリスがいる森林地帯、化石の森に突入した。
森の中は異様に静まり返っている。先の死闘(グリフォン対コカトリス)の影響だろうか。森の魔物どもは、コカトリスのブレスの影響を恐れているのだ。その可能性を想像すると、私の口が「へ」の字に歪んだ。
本当に、面倒な相手だな。
コカトリスの攻撃は、接近戦は元より、中距離戦でも猛威を振るう。その事実が、疎ましくて仕方がない。
負ける気はない。だが、私は面倒が嫌いなのだ。一秒でも早く解決したい。
私は心中の殺意に衝き動かされるまま、森の中を突き進んだ。
暫く歩いていると、開けた場所に辿り着いた。そこは、コカトリスとグリフォンの戦闘現場であった。
地面の上に、未だ砕けたグリフォンの石像が有った。コカトリスの姿は――無い。その事実を直感した瞬間、来寿様が声を上げた。
「奥に行ったか?」
「恐らく」
私達は更に奥へと踏み入った。
暫くすると、私の鼻に水の臭いが飛び込んできた。その事実を直感した瞬間、来寿様が声を上げた。
「水場が有るようだな?」
水場。生き物にとって、水分補給は必須だろう。そこにコカトリスがいる可能性は高い。
「行ってみるか」
私達は水の臭いと気配を辿った。
道中、石化した樹木群が立ちはだかった。それらを全て抜けた先に、大きな水場を発見した。
「海――いや、湖か」
無限の青。大洋と錯覚するほど広大な水量である。この森の全ての生き物を満足させるだろう。湖畔に生き物が溢れていたとしても、何ら不思議はない。
しかし、現場に生き物の姿は殆ど無かった。そこにいたのは、たった一匹の鶏だけだ。
石化の森の王コカトリス。
コカトリスは、その鋭い嘴を水面に浸しながらゴクゴクと喉を鳴らして水を飲んでいる。彼我の距離は、凡そ五百メートルほど離れている。それでも、奴の様子を容易に確認できる。それほどまでに、奴の体が大きいのだ。
私達は、終にコカトリスと見えた。その事実を直感するや否や、私は来寿様を見た。すると、来寿様もこちらを見ていた。
私達の目が合った。その瞬間、私の胸がトゥンクと弾んだ。来寿様を抱き締めたい衝動に駆られた。しかし、我慢だ。
私は魔王だから――ではない。今は互いの愛情を確かめ合っている場合ではない。
「では、手筈通りに」
「分かった」
私が声を掛けると、来寿様は即応した。
来寿様は、身を屈めて、湖畔周辺に群生する藪の中に突っ込んだ。それに遅れて、お供の土人形も突っ込んだ。
二人とも、コカトリスに向かって走っていく。その姿は直ぐに見えなくなった。
ああ、来寿様。どうかご無事で。
私は心中で女神様に祈った。きっと、女神様は答えてくれる。尤も、彼女だけに任せる気は毛頭無い。
私は気配を殺しながら、魔法の確殺距離まで移動を開始した。
幸いにして、私の存在はコカトリスに気付かれなかった。ところが、目的地まで後十歩ほどに迫ったところで、お供の土人形が喋った。
「「位置に付いた。始めるぞ」」
掠れた声であった。聞いているだけで、胸が弾む。思わず聞き惚れそうになる。
しかし、今は我慢だ。理由は言わずもがなだ。
「頼む」
私は攻撃許可を出した。その直後、コカトリスが背後を向いて騒ぎ出した。その様子を直感した瞬間、私は形振り構わず走った。
来寿様のお陰で、難無く確殺距離に入った。その事実を直感するや否や、私は失われた女神の大魔法を唱えた。
「ギリシャ神話の最高神のお力、お借り致します」
私の脳内に、魔導書に記された女神の言葉が閃いた。それを、私は一字一句違えず諳んじた。すると、私の頭上に暗雲が立ち込めた。
暗雲は、只の雲ではなかった。台風のように一点を中心に回転している。しかも、秒毎で回転速度が上がっていく。それに伴って、雲の中に稲光が生じ出した。それら全てが、台風の目の中に吸い込まれていく。その量が増えるほど、台風の目が輝きを増す。
輝いて、輝いて、終には太陽と錯覚するほど眩しくなった。その事実を直感した瞬間、私は魔法の名前を告げた。
「天帝の雷霆」
私の言葉に暗雲が応えた。その中心に宿った眩い光が解放された。
津波の如き稲妻の奔流が、コカトリスの頭部目掛けて伸びていく。その膨大な光の束が、周囲の空気を焼き尽くし、化石の樹木群を煌々と照らした。
雷霆の輝きは、遠く離れた黒の渓谷でも確認できただろう。当然、コカトリスも直感していただろう。
しかし、コカトリスの意識はこちらに向いていなかった。全く別の対象に釘付けになっていた。
来寿様である。
来寿様は、無謀にもコカトリスに接近戦を挑んでいた。しかし、驚くべきことに圧倒している。
コカトリスの攻撃を紙一重で躱し、僅かな隙を突いて打刀で切り付ける。その度に、コカトリスの体から血飛沫が上がった。
恐るべき剣技である。流石は私の王子様である。尤も、私が掛けた魔法付与も、普通のものではないのだが。
何れにせよ、来寿様は十全に任務を果たしてくれた。そのお陰で、私達は――
「勝ったな」
完全勝利。その瞬間が、たった今訪れた。
私が放った魔法は、狙い通りにコカトリスの頭部に当たった。その瞬間、眩い光が周囲を焼いた。その際、至近にいた来寿様は――地面に伏せて難を逃れていた。
ああ、良かった。今度から注意しないと。
私は出力調整を怠っていた。来寿様が被る被害を考えていなかった。その事実を大いに反省した。脳内には、来寿様に対する謝罪の言葉が幾つも閃いた。しかし、それを伝えるのは後回しだ。今は、やるべきことが有る。
私は目を凝らしてコカトリスを見た。
私が放った稲光は、既に消え失せていた。そのお陰で、周囲の光景がハッキリ視認できた。
そこには、未だ巨大鶏の姿が有った。しかし、最早生きてはいまい。
コカトリスの首許から上の部分が、完全に消滅していた。その光景を視認した瞬間、私は自分の口が吊り上がっていくのを自覚した。会心の笑みを浮かべる――はずだった。
ところが、私の笑みは途中で凍り付いた。
何と、私の視界に映った「首無し鶏」が、私に向かって走り出していた。その光景を目の当たりにした瞬間、私の両目が限界まで開いていた。その表情の意味が、口を衝いて出た。
「そんな馬鹿なっ!?」
信じられない光景だ。しかし、現実として、首無し鶏が私に向かって突進している。
首を失って、尚生きている。そんな鶏、見たことが無い。
「こうなったら――」
私は咄嗟に呪文を唱えた。今度は胸部、心臓を狙うつもりだった。しかし、魔法は発動しなかった。
しまった。魔力が足りないっ!?
さっきの魔法を放つ際、私は全ての魔力を注ぎ込んだ。その事実を直感して、反省した。いや、したかった。その機会は、たった今失った。
首無し鶏は、既に私の目の前にいた。巨木のような脚を振り上げて、私に向かって振り下ろす。その足先に着いた鋭い爪が、私の体を引き裂こうと迫った。
コカトリスの爪の先には石化の呪いが付与されている。それに触れた個所は瞬時に石化する。絶対に躱さなければならない。
私は大きく後ろに跳んで避けた。魔力が尽きたとはいえ、私の身体能力は常人を凌駕している。その事実に加えて、敵の狙いは甘い。攻撃精度も低い。その理由が、私の脳内に閃いていた。
目が見えないのでは、狙いようもない。
目が見えないどころではない。コカトリスの両眼は頭部毎消失している。この状態で狙いを定めることなど至難の業、不可能だろう。
しかし、私の直感は外れた。コカトリスには未だ「目」が有った。それが、たった今私の視界に映った。
コカトリスの尻から長大な大蛇が顔を出した。その細い瞳孔に、私の姿が映っている。その事実を直感した瞬間、私は「首無し鶏が動く理由」を理解した。
こいつが操っているのか!
そもそも、コカトリスには鶏と蛇の合体魔獣である。何れかの脳が残っていたならば、動くことも可能――なのだろう。その推測は、どうやら当たりのようだ。
尻から生えた大蛇は、私を睨み続けている。その瞳に映る私目掛けて、鶏の脚が襲い来る。
私は必死に避けた。鶏の脚だけならば、躱すことができた。しかし、敵にはもう一手、別の攻撃手段が有った。
鶏の脚を避けている最中、私の視界に大蛇の頭が飛び込んできた。
やられるっ!?
牙の生えた口が、私を飲み込もうと迫り来る。
私は完全に虚を突かれていた。躱せなかった。それどころか、反射的に目をギュッと瞑ってしまった。体まで硬直していた。
最早、これまで。
私は自分の最後の瞬間が来るのを待つしかなかった。ところが、何も起こらなかった。
私――生きている? 何故?
私は不思議に思って目を開けた。すると、開けた視界に「横倒しになったコカトリスの姿」が飛び込んだ。
え? どういうこと?
私は頭上に「?」を浮かべながら首を傾げた。その直後、私の耳に掠れた声が飛び込んできた。
「間に合ったか」
私は咄嗟に声の主を見た。
そこには痩身の男が立っていた。その足下には大蛇の首が転がっていた。恐らく、いや、確実に男の仕業だろう。それを示唆する物体が、男の右手に握られている。
アシハラの戦士の武器、打刀。しかし、普通のものではない。その刀身は虹色に輝いていた。
その異常な色の意味が、男――来寿様の口から零れ出た。
「お前さんに掛けて貰った魔法だが、こいつはとんでもない切れ味だな」
私が掛けた魔法。それもまた、失われた女神の大魔法であった。その名も――
「『鬼神の妖刀』と言ったか?」
鬼神の妖刀。使用者の念に応じて、あらゆるものを切り裂く魔法である。それを握った来寿様は、正しく鬼神そのものであった。流石は私の王子様である。お陰で私は救われた。その褒美として、私を好きにできる権利と資格を与えよう。
さあ、どうぞ。
私は来寿様に向かって両手を広げた。ところが、来寿様は私を見ていなかった。
「こいつは凄いな」
「…………」
来寿様は、右手に握った打刀を見詰めていた。暫く見詰めた後、しみじみと徐に声を上げた。
「妖刀村正。うむ、良い名前かもしれん」
どうやら、私は打刀に敗北したようだ。その事実を直感した瞬間、私の口が山形に歪んだ。
うぬぬ。今に見ておれ、打刀。近い内に、来寿様の視線を私だけに釘付けにしてやるぞ。
私は打刀を見詰めながら、その虹色の刀身に激しい対抗心を燃やしていた。




