第百六話 世界の滅亡
私、ウィルミア・デストランドは、魔王軍の精鋭達と共に布団に座った全裸少女の言葉を聞いていた。その少女は只者ではなかった。
私達の造物主、創世の女神ネフィリア。
女神を前にして、私達は正座しながら口を閉ざしていた。誰も、女神の話に口を挟もうとはしない。女神の声だけが暗闇の中に響き渡っている。とても静かだ。
しかし、私は落ち着かない。私の脳内では、女神の話にかんする様々な情報が飛び交っている。
まさか、人間が女神様の魂を分けた存在だったなんて。
まさか、この世界は魂の修行場だったなんて。
まさか、人間の能力が封じられていたなんて。
まさか、その封印が、私だけ外れていたなんて。
私の脳内は「まさか、まさか」で溢れ返っていた。それが限界を超えて、私の口からポロリと漏れた。
「まさか」
私は声を上げてしまった。その直後、視界に映った女神の顔が、こちらを向いた。その顔が真正面に映った瞬間、私は鏡を見ているように錯覚した。
本当に、私にソックリだな。
創世の女神ネフィリアは、受肉して人の体を得た。その際、試験体として創られた者が、私の祖先であった。その為、私と女神は似ている。
しかし、似ているのは外観だけだ。私達は存在そのものが、全く別物であった。
相手は造物主。私は被造物。
魔王が敵う相手ではない。戦えば、指先一つで吹き飛ばされる。その可能性を想像して、私は息を止めながら女神の様子を窺っていた。
その最中、視界に映った私の口、いや、女神の口が開いた。
「ウィルミア。まさか、貴方みたいな人間がいたなんて」
貴方みたいな人間。その言葉を聞いた瞬間、私の脳内に封印世界の住民に付けた 呼称が閃いた。
女神の失敗作。
世界を破壊する魔物、規格外の能力を持つ化け物。人間の修行相手としては不適格だ。だからこそ、封じられた。
尤も、女神にしてみれば「お気に入り」なのだとか。その事実を想起した瞬間、私の口が歪に吊り上がった。
この私も、女神のお気に入り――なのかな?
私は自嘲した。その表情は、女神の視界に映っていただろう。しかし、彼女は私に何も言わなかった。
女神は、私から視線を外した。続け様に私の左隣を見た。そこには正座している痩身男性の姿が有った。
私の王子様、愛洲来寿様。
女神は来寿様を見た。来寿様もまた、女神の方を見ていた。その為、二人の目が合ってしまった。その事実を直感した瞬間、私に似た声が、私の耳に飛び込んだ。
「貴方も、私の封印が外れているみたいね」
封印。魂を鍛えることを企図して、女神が人間に掛けた呪いだ。人間の体には幾重もの封印が施されている。
しかし、私と来寿様に施された封印は、幾つか外れていた。
私の場合は魔力量。
来寿様の場合は――恐らく、並外れた集中力だろう。
封印が外れたが故に、私達は人間(女神の分身)が持っている本来の能力を手に入れた。その代わり、人間社会から逸脱した存在となった。
私の脳内に、私の半生と、来寿様から聞いた(第二十九話)来寿様の半生が閃いていた。当時は、それが当たり前だと思い込んでいた。しかし、今思うと――どちらも異常だ。
私は再び自嘲した。その直後、女神の声が耳に飛び込んだ。
「よっぽど辛い目に遭ったのかな? 私が想定した以上に」
辛い目に遭った。来寿様の場合は「自ら死地に飛び込んだ」と言うべきだろう。
来寿様は、格上の相手にも臆せず向かっていく。その無謀な行為は、封印生活の中で何度も目の当たりにしている。
来寿様の辞書には「自己愛」という言葉が無い。
来寿様の心情を想像すると、胸が締め付けられる。思わず顔を顰めてしまった。その変調を直感した瞬間、視界に映った私の顔が、ユックリと私の方を向いた。
私に似た顔、女神の視線が私の顔を射抜く。その事実を直感した瞬間、女神の声が耳に飛び込んだ。
「貴方達」
貴方達。私と来寿様だろう。その事実を直感して、私は居住まいを正して女神を見た。来寿様も、背筋を伸ばして女神を見詰めている。
一体、女神様は私達に何を言うのだろう?
私も、来寿様も、息を止めて女神の言葉を待った。すると、私の視界に映った私の口――女神の口が開いた。
「ここから出たいんだよね?」
「「!」」
女神の言葉を聞いた瞬間、私と来巣様は息を飲んでいた。
こことは、即ち「封印世界」のことだ。この世界からの脱出が叶うのだ。その可能性を想像した瞬間、私は首肯した。来寿様も首肯していた。
それぞれの反応は、女神の視界にバッチリ映っていた。
「分かった」
「「「「「!」」」」」
女神はニッコリ笑いながら首肯した。その反応を見て、私と来寿様は再び息を飲んだ。すると、人形達とドラゴンまでもが同時に息を飲んでいた。
皆、食い入るように前のめりになった。その直後、私達の耳に朗報が飛び込んだ。
「出してあげる。ただ――」
終に、封印世界からの脱出が叶う。
長いようで短い封印生活が終わる。
これで、全てが元通りになるのだ。そう思った。
ところが、私の直感は外れた。大外れだった。
女神の言葉には続きが有った。その内容は、朗報どころか凶報だった。それも全世界規模。
簡潔に言えば――「世界の滅亡」だ。それを示唆する言葉が、女神の口から飛び出した。
「ここに封じられている魔物も、全部開放することになるけど」
女神の失敗作の開放。その中には、アトゥルムやアウルム以外のドラゴンも含まれている。その事実を直感した瞬間、私の頭から血の気が引いた。そのせいで、聴覚に支障が出たようだ。
女神の声量が小さくなった。夢の中で聞いているように錯覚した。しかし、残念ながら夢ではない。
「ま、良いか」
良くは無い。しかし、他の方法は――どうやら無いようだ。
「肉体を持っていると、時空を超えられないもんね」
時空の超越。そもそも、壺の中の時空は幾重にも掛けられた魔法に因って歪み切っている。その事実は、既に体験済みだ。
私達が生きたまま壺を出る為には、壺を破壊するしか無い。そうすると、他の魔物を開放することになる。そんなことをすれば、世界は滅亡する。
私の脳内で、最悪の可能性ばかりが閃いた。それら一つひとつに付いて考えると、脳の重量が倍増しで大きくなっていく(錯覚)。最早、支えていられない。私は項垂れた。しかし、脳の重量は全く軽減できない。それどころか首がもげそうだ。
私は助けを求めて左隣を見た。すると、来寿様もこちらを見ていた。
私と来寿様の目が合った。
その瞬間、私の胸がトゥンクと弾んだ。
その瞬間、来寿様は静かに頷いた。
その瞬間、私の脳内に来寿様の声(幻聴)が響き渡った。
「ミアの良いようにしてくれ」
来寿様は、私に選択を委ねた(錯覚)。その可能性を直感した瞬間、私は来寿様に向かって頷き返した。続け様に、女神の方へと向き直った。
私の視界に、私に似た顔が映り込んだ。その視線は、私に向けられていた。
女神もまた、私を見ていた。必然的に二人の視線が絡み合う。その事実を直感した瞬間、私は女神に向かって声を上げた。
「壺を――破壊してください」
私は、自分達の為に、此の世と言わず、彼の世と言わず、全ての世界を犠牲にする。そうすることができる。
何故ならば、私は魔王だからだ。




