第百四話 女神の試験体
創世記に曰く、「この世界は、私流の剣と魔法の世界」なのだとか。
それが、私、ウィルミア・デストランドが生まれた世界、ネフィリムだ。
その話が真実か否か? それを確かめる手段が、私の目の前に有った。
私の目の前に、花柄の布団に座った全裸の少女がいる。
その少女こそ、この世界の造物主、創世の女神ネフィリアである。
女神は、私ソックリな肢体を晒したまま、私に向かって奇妙な言葉を告げた。
「貴方は、私の――『試験体』だね」
試験体。初めて聞く言葉だ。創世記にも出てこない。残念ながら、私の知識には無いものだ。そのはずだ。
ところが、その言葉を聞いた瞬間から、私の体が震え出した。その様子は、周囲にいた殆どの者の視界に映っている。
来寿様、真銀人形達、ドラゴン達が、私を見ながら不思議そうに首を傾げていた。
このとき、殆どの者が私を見ていた。しかし、唯一人だけ、虚空に向かって独り言を呟いている少女がいた。
「そっか、そっか。私の魔力と勘違いして、それで『天蓋』が外れたのか」
創世の女神ネフィリアは、独り言を呟きながら頻りに頷いている。
因みに、天蓋とは女神を守る最強の防護壁、神秘真鍮の繭のことだ。しかし、あの直径百メートルの巨大半球は、今はどこにも無い。
繭は魔王の超電磁砲によって消滅した。そう思っていた。ところが、本当の理由は別に有ったようだ。
神秘真鍮の繭が消滅したのは、私が試験体だから――なのか?
試験体。一体、それは何なのか? 言葉の意味を考えたところで「これだ」と納得できる可能性は閃かない。しかし、私の体は激しく反応している。
試験体について考えると、全身から血の気が引いた。脳が震えた。全身が震えた。考えるほどに、震えが大きくなっていく。一体、私の体はどうしてしまったのか?
私は、自分の体の変調の意味を考えた。すると、脳内に一つの可能性が閃いた。それが、私の口から飛び出した。
「私は――人間ではないのですか?」
人間ではない。人間から逸脱した個体。そのような存在を何と呼ぶのか? 私の脳内に、この世界に住む魔物の呼称が閃いていた。
私は「女神の失敗作」なのか?
女神の失敗作。女神が調整をしくじった規格外の化け物達。残念ながら、私には思い当たる節が幾つも有った。
私の魔力量は人間の領域を逸脱している。
私は人間に扱えない「失われた女神の大魔法」を扱うことができる。
私には特別な呼称(忌み名)が付けられている。
私は――「魔王」だ。
自分の異常性に付いて考えるほど、最悪の可能性が確信に変わっていく。それに伴って、体の震えが大きくなった。終には「ガタガタ」と音を立て始めた。
魔王たる者が、何たる様か。
私は震えを堪えようとした。しかし、収まらない。むしろ増々激しくなっていく。その変調は、当然ながら女神の視界にも映っていた。
このとき、私は俯きながら下唇を噛み締めていた。その行為に因って、震えを抑え込もうとしていた。その最中、至近から私に似た声が上がった。
「あ――ごめん、ごめん」
謝罪の言葉。それが耳に入った瞬間、私は反射的に顔を上げた。すると、私の視界に私に似た顔が映り込んだ。
女神ネフィリアは――笑っていた。眉根を曲げて笑っている。苦笑である。
何故、女神は苦笑しているのか? その表情の意味が気になった。それを尋ねたい衝動に駆られた。しかし、私は全力で下唇を噛み締め中である。
私は、何も言わず、ジッと女神を見詰めていた。その視界の中で、歪に吊り上がった口がユックリ開いた。
「ウィルミアは、普通に人間だから」
普通に人間。その言葉を聞いた瞬間、失ったはずの血の気が戻ってきた。それに伴って、私の全身に勢いよく血流が巡り出した。体の震えも収まり出している。
最早下唇を噛み締める必要は無い。私は「ほっ」と息を吐いた。
その直後、私の耳に「試験体」以上に奇異な言葉が飛び込んだ。
「貴方は、この体を造る為に『サンプルとして創った人間』――の、子孫かな?」
サンプルとして創った人間。それは、人間ではないのでは? 少なくとも、普通ではないだろう。
女神の言葉に付いて考えるほど、脳内に不穏な可能性ばかりが閃いた。それに伴って、私の顔が歪んだ。首も限界まで傾いだ。頭上に「?」が幾つも浮き上がった。そのような反応は、私に限ったものではなかった。
左隣にいる来寿様も、真銀人形達も、ドラゴン達までもが、微妙な表情で首を傾げながら「?」を浮かべている。その様子は、当然ながら女神の視界に映っていた。
「あ――」
女神の口から、何度目かの間延びした声が上がった。続け様に、彼女は右手を掲げて頭を掻き出した。
凡そ三十秒ほど、無窮の闇の中に頭皮を掻く音が響き渡った。その中に、私に似た声が紛れ込んだ。
「何て言えば良いのかなあ?」
女神は眉根を曲げながら、右手を顎に当てて何事か思案し出した。
暫くの間、無窮の闇の中に「う~ん」という唸り声が響き渡った。それが一分ほど続いたところで、漸く真面な言葉が耳に入った。
「思うところが有って、受肉しようとしたんだけど」
受肉。その試みの結果が、目の前にいる全裸の少女なのだろうか? 確認したい。しかし、今は口を挟めない。女神の話は終わっていない。
「やっぱり、それなりに気に入った体にしたいから、色々創ってみたの。ただ――」
色々創ってみた。どうやら、私の祖先の他にも同じような試験体がいるようだ。
他の試験体が子孫を残していたならば、いつか見える機会も有るのだろう。尤も、そんな先のことを気にしている余裕は、今は全く無い。
より以上に気になる言葉が、女神の口から飛び出していた。
「女神の力も使いたいから、幾つかの『封印』を解除して――」
封印。その言葉の意味は分かる。それが封じているものも、私には直感できた。
私の桁外れの魔力は、封印が外れているからか?
女神の言葉から推測するに、人間は元々私と同等の魔力を持っているのだろう。しかし、それは封じられている。何故なのか? 考えたところで、私の中に答えは無い。
私は首を限界まで傾いだまま、頭上に「?」を乱発した。来寿様も、真銀人形達も、ドラゴン達も同様だ。
私達の頭上に浮いた「?」は、女神の視界にシッカリ入っていた。
「あ――」
女神は、またまた間延びした声を上げた。続け様に右手で頭を掻いた。その行為は彼女の癖なのだろう。
一頻り頭皮を掻いた後、女神は徐に溜息を吐いた。その微かな音が、無窮の闇の中に溶けて消えていく。
暫くの間、無言の時間が続いた。それを破った者は、やはり女神であった。
「もう、仕方ないなあ」
女神は声を上げながら、ユックリと視線を巡らせて、私を見た。私も彼女を見ていたので目が合った。
私の視界に、私に似た顔が映り込んでいる。その可憐な口は「へ」の字に曲がっていた。その表情の意味は何なのか?
私は女神の心情を想像しながら、ジッと彼女の顔を見詰めていた。すると、視界の中の「へ」の字が僅かに開いて、そこから溜息を吐くような重い声が漏れた。
「最初から説明するわ」
最初から。一体、どこからなのか? それは、ネフィリム創世より前、ずっとずっと過去の話。女神が未だ人間、地球人だった頃のこと。




