第百三話 女神との対話
「いや、私は――魔王だ」
無窮の闇に、魔王の声が響き渡る。その涼やかな美声は、当然ながら魔王当人、私、ウィルミア・デストランドの耳に入っている。
しかし、私の耳だけではなかった。周囲にいる十一名の男女の耳にもシッカリ届いていた。
瘦身長躯の侍(愛洲来寿様)は、首を傾げながら、私をジト目で見詰めていた。
真銀肌の少年少女達(真銀人形)も、首を傾げている。
黒と黄金の少年少女は、一層厳しいジト目で私を睨んでいる。
私の正面、布団に座った全裸少女は――
「はあ、そうですかあ」
間延びした声を上げながら、私の顔を茫洋と眺めていた。
私の顔に、私を除く全員の視線が集中している。
それぞれの刺激を意識した瞬間、私の脳内に「こいつは何を言っているのだ?」という幻聴が響き渡った。その錯覚を意識するほどに、私の顔が熱を帯びる。その熱が頂点に達したところで、
「ごほん」
私は態とらしい咳払いをした。その行為に因って、場の空気を一変させた。「そうであって欲しい」と念じた。私の念は、きっと通じた。そのように自分に言い聞かせながら、全力で平静を装った。その上で、声を上げた。ところが、
「わ、わた――ごほん」
噛んでしまった。私は再び咳払いした。その行為に因って、場の空気が落ち着いた。「そうなった」と信じ込みながら、超速で居住まいを正し、正面に座る全裸少女に向き直った。
その瞬間、私の視界に私の顔が映り込んだ。
本当に、私ソックリ。
全裸少女は、何から何まで私と瓜二つであった。
尤も、全てが見えている訳ではない。腰から上だけだ。少女の両脚は掛け布団に隠されている。しかし、一々確認せずとも分かる。
見えていない箇所も、きっと、私と全く同じだろう。その可能性を想像しながら、私は少女に向かって声を上げた。
「私は、そな――貴方様ではありません」
貴方様。私の中で、最上位の二人称だ。口に出したのは、恐らくこれが初めてだろう。
魔王である私が相手に遜っている。我が国の人間が見たら、目を剥いて驚いただろう。しかし、この場にいる誰も驚かない。私も、自分の態度を遺憾とは思わない。何しろ、相手は私より遥かに格上の存在なのだ。
「『創世の女神ネフィリア様』――で、いらっしゃいますよね?」
私にソックリな全裸少女は、この世界の造物主であった。その事実は、実は先刻承知である。それでも、私は敢えて確認した。愚行である。しかし、そうしたくなる理由が視界に映っている。
私の言葉に、全裸少女が反応した。私の視界に映った私の口が、ユックリ開いていく。その奥から、私と全く同じ声が飛び出した。
「え? 誰が?」
誰が。その言葉を聞いた瞬間、私は少女に向かって指を指し掛けた。その際、私の喉下には「其方だよ、其方」という言葉が込み上げていた。しかし、それは堪えた。
私は「其方のことだ」と念じながら、黙って少女の顔を見詰めた。その際、私の目付きはジト目であった。被造物に有るまじき無礼な態度だろう。
私の無礼に対して、女神は――
「あ――」
間延びした声を上げた。続け様に、右手を掲げて頭を掻いた。その最中、私ソックリの口からポツリと声が漏れた。
「そうだった」
何と、女神は自分の名前を忘れていたようだ。どれだけ酷く寝ぼけているのだ? 一体、どれだけ長期間眠っていたのか?
私は呆れながら、脳内で長丁場になる可能性を想像した。その想像は、正鵠ど真ん中を射てしまった。
結構な時間が掛かった。一時間くらい経っていたのではなかろうか? その間、意味不明、頓珍漢な問答が、何度も何度も繰り返された。辛い。とても辛い。それでも、私は頑張った。しかも、一人で頑張った。一人でだ。
女神との会話中、私の臣下達は、延々黙ったまま。偶に、女神をジト目で見たり、私に向って何か言いたげな視線を向けたりするだけ。
何の役にも立ってくれなった。何の援護も無かった。
私は涙目になりながら、女神と対話し続けた。仲間達を薄情に思いながら、皆の為、私は責務を全力で全うした。
女神との対話の中で、私は女神に魔王軍の目的を伝えた。その上で、現況の説明もした。魔王軍の代表として、言うべきことを伝えたのだ。その結果、
「は――」
女神は間延びした声を上げた。続け様に視線を巡らせて、私達一人ひとりを眺め回し出した。
私から始まって、来寿様の方へと移動する。女神の視線がグルリと一周回って、再び私のところに戻ってきた。
その直後、私に似た声が上がった。
「この面子で、よくあの天蓋を外せたものだねえ」
天蓋。恐らく、女神の寝床を守っていた「神秘真鍮の繭」のことだとう。その可能性を想像していると、再び私の耳に私の声が飛び込んだ。
「ねえ、貴方。えっと――」
女神が私に声を掛けた。しかし、何事か言い掛けて口を噤んだ。その際、私の顔を見ながら首を傾げている。
女神の反応を見た瞬間、私は反射的に声を上げていた。
「ウィルミア。ウィルミア・デストランドと申します」
私は名乗った。すると、
「ああ、うん。ウィルミア」
女神は私の名前を呼んだ。続け様に、私に向かって奇妙な言葉を告げた。
「貴方は、うん。私の『試作体』なんだね」
試作体。初めて聞く言葉だ。当然、何のことだかサッパリ分からない。そのはずだ。
ところが、私の潜在意識や本能は何かを察知していた。
女神の言葉が耳に入った瞬間、私の全身から血の気が引いた。その変調に伴って、体が震え出していた。




