第百二話 女神と魔王
無限の黒、無窮の闇。どこもかしこも真っ黒け。そんな黒い世界に浮かび上がる一組の白地花柄の布団。その上に、光り輝く(錯覚)全裸の少女が座っている。
全裸少女の外観は、金髪雪肌。
掛け布団の中に両足を伸ばしながら、焦点の定まらない眼で前を見詰めている。その瞳に何が映っているのか? きっと、誰かの顔だろう。
全裸少女が座っている布団は、正座した十一名の男女に囲まれていた。
十一名の男女。私、ウィルミア・デストランドと魔王軍の精鋭達である。
私の位置は、全裸少女から見て右隣。
私の左隣には、痩身長躯の侍、愛洲来寿様がいる。
私の右隣には、真銀人形の富士子、鷹乃、茄子華の順で並んでいる。茄子華は、全裸少女の正面だ。
来寿様の左隣には、他の真銀人形、松太郎、竹次郎、梅三郎、蹄鉄の順に並んで座っている。
人間に擬態したドラゴン、アトゥルムとアウルムは、蹄鉄と茄子華の間に並んで座っている。
十一名で、全裸少女が座るシングルサイズの布団を囲んでいる。それなりに窮屈な思いをしている。しかし、誰も文句は言わない。それどころではない。
私も、来寿様も、人形達も、全裸少女の顔を見詰めながら固まっていた。その際、全員目を思い切り開いている。中には口を開いている者もいる。それは――私だ。
私が一番情けない顔をしている。しかし、気にしていられない。
殆どの者が、自分の間抜け面を意識することなく、全裸少女に見入っている。しかし、中には首を傾げている者も、二人いた。
アトゥルムとアウルムである。
私達が全裸少女を見詰めていると、アトゥルムが声を上げた。
「どうした?」
アトゥルムは、私達の反応の意味を尋ねた。その声は、対面側にいる私の耳にも入っている。それを直感した瞬間、私の右手が勝手に持ち上がって――全裸少女を指差していた。
このとき、全裸少女は正面を向いていた。その視線の先には茄子華がいる。しかし、少女は何も反応していない。
全裸少女は寝惚けていた。真横にいる私が指差していることにも気付いていない様子。その事実は、私にとって幸運だった。
私は、誰からも妨害されずに、凡そ十秒ほど全裸少女を指差し続けた。十一秒目に入ったところで、人差し指の向きを変え、それを自分に向けた。
その直後、私の行為の意味が、私の口から飛び出した。
「私とソックリ」
全裸少女を見ていると、鏡に映った自分の姿と錯覚する。その事実が、私や来寿様、人形達を困惑させていた。その事実を、私なりに簡潔明瞭に伝えた――はずだった。
ところが、ドラゴン達は一層首を傾げた。何故なのか? 今度は私の首が斜めに傾いだ。
その直後、アウルムの声が耳に飛び込んできた。
「似ているのか?」
アウルムは、私に向かって真顔で質問した。それを聞いて、私の喉下まで「一目瞭然」という言葉が込み上げた。
それが口から飛び出そうとした瞬間、今度はアトゥルムの声が耳に飛び込んだ。
「分からん。人間の顔など、どれも同じろう?」
人間の顔は、皆同じ。
ドラゴン達の会話を聞いて、私の顔から表情が消えた。私の喉下まで、「何を言っているのだ?」というツッコミの言葉が込み上げた。
しかし、それは飲み込んだ。「言っても無駄だ」と直感したからだ。
そもそも、二人は人間ではない。ドラゴンだ。人間とは違う生き物なのだ。私にしてみても、他の動物の顔は、どれも同じに見える。
ドラゴン達の反応は、ドラゴンとしては当然のものだろう。その事実を鑑みると、「それもそうか」と頷かざるを得ない。だからと言って、「全裸少女が私に似ている」という事実を無視する訳にはいかない。
そもそも、彼女は特別な存在なのだ。
全裸少女の正体は、ネフィリムの造物主、創世の女神ネフィリア。
女神が私と瓜二つ。その事実を目の当たりにすると、過去(第八話)に来寿様から言われた言葉を想起した。
「似ていたから。女神様に」
アシハラに有る女神の肖像画。そこに描かれた女神は、私とソックリなのだとか。しかも、来寿様にとっては初恋の相手。
その話を聞いたとき、自分が来寿様の初恋の相手と似ていることを嬉しく思った。ことある毎に、「自分は女神に似ている」と念じていた。
尤も、それは私の願望に過ぎない。そのはずだった。
ところが、願望では済まなかった。
まさか、本当に女神様と似ていたとは。
女神当人を前にしては疑いようも無い。私の視線は釘付けだ。来寿様も、真銀人形達も同様だ。一体、これはどういうことなのか?
私の脳内で、現況に対する様々な憶測が飛び交っている。しかし、当然ながら「これだ」と確信に足るものは閃かない。それを得る方法は、唯一つ。
女神本人に尋ねる。
分かっている。それしかないと分かっている。しかし、私達の誰もが固まったままだ。
頼みのドラゴン達も、女神に直接話し掛けようとはしない。
私も、来寿様も、正座したまま固まっている。
真銀人形達は――元々喋る機能が無い。
声を出す機能が備わっている者は、私、来寿様、ドラゴン達。この中で、誰が最初に女神に声を掛けるのか? それを考えると、真っ先に自分の顔が閃いた。
魔王軍を代表する者は、私、魔王ウィルミア・デストランドを措いて他に無い。私が声を掛けるべきだろう。
私は覚悟を決めた。続け様に大きく息を吸った。深呼吸して気持ちを落ち着ける。そのつもりだった。
ところが、私が息を吸ったタイミングで、至近から誰かの声が上がった。
「うう――ん」
「「「「「!?」」」」」
唸り声。その発信源は、私の目の前――全裸の少女、女神ネフィリアだ。
女神は、瞼をきつく閉じながら、天に向かって両腕を突き上げた。その瞬間、私の視線が剥き出しの乳房に吸い寄せられた。
私のものと、全く同じ。
形も色も、何から何までソックリだ。女神の各部位が映る度、他人とは思えなくなる。
一体、これは何だ? 何なのだ?
私の頭上に「?」が次々浮き出した。来寿様も、顔を背けながら、頭上に「?」を沢山浮かべている。人形達も同様だ。
しかし、呑気に「?」を浮かべている場合ではなかった。
女神は、大きく伸びをした後、目を開いて周囲を見た。その直後、
「え? 何?」
女神は首を傾げて頭上に「?」を浮かべた。その反応は、至極当然である。
何しろ、寝ている間に知らない十一名の男女に囲まれていたのだ。首を傾げるのも無理はない。
暫くの間、私達は互いに首を傾げて「?」を浮かべ合っていた。その最中、女神は視線を巡らせて、私達の顔を一人ひとり確認し始めた。
真正面にいる茄子華から始まって、その左隣の鷹乃、富士子ときて――私。
このとき、私は女神を見ていた。その為、女神と目が合ってしまった。その事実を直感した瞬間、女神が声を上げた。
「あ、私」
女神もまた、私を見て「自分と似ている」と認識したようだ。その事実を直感した瞬間、私もまた、反射的に声を上げてしまった。
「いや、私は――魔王だ」
魔王。その呼称を告げた瞬間、「もっと他に言い方が有っただろう」と後悔した。




