第百一話 女神の起床
真っ暗闇の世界の中に、ポツンと浮かび上がる花柄の物体。一体、それは何なのか?
私、ウィルミア・デストランドは、目に魔力を込めながら謎の物体を注視した。尤も、その正体は先刻承知である。
布団だ。白い敷布団に、花柄の掛け布団が掛かっている。
布団の様子を窺うと、掛け布団が微かに上下していると気付く。その事実は、私に一つの可能性を想像させた。
布団の中に、誰かいる。
誰か。その正体もまた、先刻承知である。そもそも、私達は「彼女の寝室」と知って、無断でお邪魔している。
彼女。即ちこの世界の造物主、創世の女神ネフィリア。
私達は、これから女神と対面する。その事実を直感した瞬間、私の喉がゴクリと鳴った。すると、別のところからも喉が鳴る音が上がった。
その音源は、私の直近左隣。私に寄り添うように立つ、痩身長躯の男性だ。
私の王子様、愛洲来寿様。
私の視界に、来寿様の精悍な横顔が映り込んだ。しかし、来寿様だけではない。それ以外の顔も映っている。
来寿様の左隣に、黒い鱗鎧をまとった五名の男子が並んでいた。
真銀人形の松太郎、竹次郎、梅三郎、蹄鉄。それから、人間に擬態したドラゴン、奈落の破壊者アトゥルム。
私の視界に、男子(男性)達の姿が映り込んでいる。それを直感した瞬間、今度は右側から複数個の気配が伝わった。
一体、誰が私の背後にいるのか? 私は振り返って気配の元を見た。すると、私の右隣に黄金の鱗鎧をまとった四名の女子の姿が有った。
真銀人形の富士子、鷹乃、茄子華。それから、人間に擬態したドラゴン、万魔殿の簒奪者アウルム。
魔王軍勢揃い。
皆、私と来寿様を挟んで横一列に並んでいる。それぞれ真正面を向いている。
その視線の先に有るものは、五十メートル先に敷かれた布団であった。
私も、皆に倣って真正面を向いた。全員の視線が布団に集中する。
皆、布団の中にいる人物の正体を知っている。
皆、やるべきことが分かっている。
それなのに、誰も、何も言わない。
皆、その場に立ち尽くしたまま、無言で布団を見詰めていた。
静寂の時間が、凡そ三十分程続いた。それを打ち破ったものは、魔王軍の端っこにいる黄金の少女だった。
「おい、いつまでこうしているつもりだ?」
アウルムは、苛立ち交じりの声を上げた。すると、今度は反対側の端っこから声が上がった。
「ネフィリア様を起こしに行くぞ」
声の主、アトゥルムが前に出た。それに釣られるように、私達も前進した。
私達の行く手を阻むものは何も無い。最大の障害であった神秘真鍮の繭も、消滅して跡形も無い。
移動距離はたったの五十メートル。
程無くして、私達は目的地に辿り着いた。そこから先も、やるべきことは分かっている。しかし、私達は動かない。
全員、花柄の布団を囲んで立ち尽くした。
私の視界に、花柄の掛け布団が映っている。
一応、枕も有るようだ。しかし、その殆どが掛け布団に隠れている。
一応、敷布団の存在も確認できる。しかし、見えているのは頭側の端っこだけ。後はスッポリ掛け布団に覆われている。
外から布団の中の様子は確認できない。
掛け布団を捲らないことには、女神の姿を見ることは叶わない。それはよく分かっている。
しかし、私も、来寿様も、真銀人形達も、ドラゴン達ですら布団に手を掛けようとしない。
このまま永遠に布団を眺めていて良いものか?
現況について考えるほど、私の眉は歪む。しかし、体が動かない。来寿様も、真銀人形達も固まったままだ。現状は、宛ら蛇に睨まれた蛙である。
しかし、幸いにして、この場には蛇の上位種がいた。
私達が固まっていると、ドラゴン達が動いた。
アトゥルムとアウルムは、その場に腰を下ろした。それぞれの座り方は、意外にも正座であった。
ドラゴン達を見て、私達も腰を下ろして――正座した。
全員、正座。しかも、背筋を伸ばしている。そのままの状態で、布団を見詰めている。
立っているときと、何も変わらない。現状維持が、凡そ三十分ほど続いた。
正座で三十分。辛い。足も痺れる。率直に言って、誰かに助けて欲しい。その想いが、私を衝き動かした。
私は顔を上げて、左隣にいる来寿様を見た。すると、来寿様もこちらを見ていた。
来寿様の糸のような細い瞳の中に、私の顔が映り込んだ。その事実を直感した瞬間、私の心臓がトゥンクと跳ねた。その衝撃で――
「!」
私は息を飲んでしまった。しかし、発した音は微小である。それこそ錯覚を疑うほど。私以外、誰の耳にも届いていない。そう思った。
ところが、私が発した音に反応した者が、一人いた。
私が息を飲んだ直後、花柄の布団がもぞもぞ蠢き出した。その直後、
「「「「「!」」」」」
魔王軍の全員が息を飲んでしまった。その際発した音は、それなりに大きい。私の耳にも届いている。
恐らく、布団の中にも届いている。その可能性を直感した瞬間、私の脳内に一つの可能性が閃いた。
女神様が起きてしまうのでは?
私の想像は、直後に具現化した。
花柄の掛け布団が、ノッソリと持ち上がった。そのまま私の目の高さくらいまで持ち上がったところで、ハラリとずり落ちた。
花柄の掛け布団は、私の腰の辺りまでずり下がった。布団の中身が露になっている。
そこにいた者は、少女だった。しかも、全裸。その為、容姿がハッキリ確認できた。
少女の髪はブロンド。肌は雪のように白い。そのような特徴を持つ者は、この場に何人もいる。驚くには値しない。それなのに、私達は――
「「「「「!」」」」」
思い切り息を飲んでいた。それぞれの目が、一杯に開いている。
私は目を開きながら、両手を掲げて自分の顔を撫でた。
来寿様は、少女と私の顔を交互に見比べていた。真銀人形達も同様だ。
しかし、ドラゴン達は冷静、いや、異次元の反応をした。
「おい?」
「どうした?」
アトゥルムとアウルムは、私達の方を見て、不思議そうに首を傾げていた。その様子は、私の視界にも映っている。
私の脳内に「お前ら、何をしているのだ?」という幻聴が聞こえた。
その幻聴に対して、私は「見て分からんのか?」と突っ込みたい衝動に駆られた。しかし、答える必要は無かった。
私の代わりに、来寿様が「それ」を意味する言葉を告げていた。
来寿様は、私と布団の少女の顔を見比べた後、少女を見詰めながら声を上げた。
「ミア?」
ミア。それは私、ウィルミア・デストランドの愛称だ。
何故、来寿様は私の名前を告げたのか? その理由は、布団の少女の顔を見れば一目瞭然だ。
少女の顔は、私と瓜二つ。同一人物と錯覚するほどソックリだった。




