表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
願いの外交官  作者: トコトコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/9

第8話 夢の中の森林

「友香里……一旦、テレビでもつけましょう」

 テレビでは通り魔が逮捕されたニュースが流れていた。都会の事件だと思いながらも、一般人の怖さや、ネットの噂にある「消された人間」の話が頭をよぎる。そんな世界と無縁でありたいと願う。

 物騒なニュースを見ながら、私は自分の進路について考えていた。外交官の夢は、司書や小説家という新しい夢に変わった。母はそれをそっと支えようとしている。夕日が雲に隠れ、部屋が急に冷え込んだ。私はカーテンを閉め、電気をつける。

 眩しい偽物の光。自分を焼き尽くしそうな明るさ。テレビには宗教団体のニュース。真っ白で綺麗な建物、その底にある真っ黒な悪魔のような影。私の心臓がうるさくなっていく。

 母はお茶を静かにすすっていた。その美しい所作。母はニュースを突き放したような目で見ている。空間が歪み、赤い光が見えるような気がした。

「どうかしたのですか、友香里」

「え? ああ、なんかこの宗教団体、見たことある気がして……」

「ああ、この宗教団体。昔、ニュースでよく取り上げられていたの。よく覚えてましたね。国家転覆を企んでいたとかで」

 ドス黒いオーラを出す母。私が「お母さんは、宗教団体についてどう思うの?」と尋ねる。

「そうね……救われる人がいるなら、いいんじゃないかしら。人に迷惑をかけなければ良いと思います。……ただ、個人的に意見を述べさせてもらうと。意外と、チャンスが転がっているものです。自分が救われるチャンスが。でも、それを掴めない。あるいは作り出せない人もいる。宗教に入るかはその差でしょうね」

 吸い込まれそうなほど深い、母特有の青い瞳が、冷静に私を射抜く。母は茶器を持って台所へ。オレンジ色の光の中で母が際立つ。茶器を洗う独特の音が響く。

 『夢で会おう、友香里』

 ハクから聞こえたような気がした。ハクはすべてを見透かしたような目だ。

 『大丈夫。全て上手くいく。母親のことを知りたいかい? ヒントなら教えてもいいから。今回は、母について知った方がいいと思う。願いの外交官になってみようよ』

 『願いの外交官って何?』

 答えはない。台所の電気は消え、母はパソコンを打っていた。私は自分の部屋へ行き、眠りについた。

 ――夢の中――

 『こんばんは。ハクだよ。君の守護霊で、物語の神様だよ』

 穏やかな男性の声が聞こえる。

 ハクはロウソクの炎のようなぼんやりとした影だった。真っ白な空間ではなく、森林が見え、その先には神社の鈴の音が聞こえる。

『んん?? え? あれ、幻聴じゃないの?』

『あれらは、全て幻聴だよ。夢で会おうとは、思ってたけれどね……』

 ハクは幻想的なローブを頭から被り、すべてをお見通しだというように佇んでいた。私は突き放されたような感覚に陥った。今まで私を苦しめてきたあの声、あのノイズ……それらには何の神聖な意味もなく、ただの脳のバグに過ぎないのだと、ハクは淡々と肯定していた。

 私は縋るように、さらに質問を続ける。

 『……そうなんだ。何か伝えてくれるの?』

 ハクは、一拍置いた。森林のざわめきが、ハクの答えを連れてくる。

 『危ない目にはあわせないから、安心して欲しいよ。ただ、君の母親は、宗教団体に所属しているよ』

 森林の音が聞こえない。いや、揺れている、はずなのだが。あまりのことに状況が追いつかない。心臓の音がうるさくて、周囲の音が消失する。

 『え……』

 『本当に……しかもかなり地位が高い。そもそも、祀ってる神を除けば、一番高い地位だ。だから、君に聞きたいんだ。君は……どんな選択を取りたい?』

 どんな……選択? 私は……お母さんに聞かないと。黒い陰は、どんよりとした雲を覗かせる。神社から鈴の音が近くなる。

 『……そうか。決意が固まったようでなにより。実りある選択だ。でも、これだけは忘れてはいけない。君がノイズの中で拾い上げたあの言葉……「願いの外交官」。それを、君の新しい名前にしよう。これは君にしかできない、特別な役割だよ。これは必要なことだ、と考えてくれればいいよ。願いの外交官……それは、この世界を照らす予言や天啓を伝え、より良い未来へ引き込む……そんな存在だ。いずれ、君の代名詞となるように』

 ハクは透き通る水のような声で、言葉を噛み締めながら伝えてくれた。ただのバグだと思っていた言葉に、ハクが新しい命を吹き込んでくれた。私は、ハクの目を真っ直ぐ見る。

 『……きっと、本当のことなんだよね。だって、私、基本夢見ないし。見るとしても、変な夢ばかり。こんなまともな夢を見たのは初めてだから……また、会える? ハクと』

 ハクは一歩こちらに歩み寄る。鈴の音が一瞬遠くなった。

 『また、会える。だから、今は、願いの外交官として……協力者を作らないと』

 『分かりました……お母さんに聞いてみるから』

 空間が歪み始め、次第に意識が遠くなっていった。太陽の光は眩しく、神社周辺を見守っている。

 

 『何もない癖に……』

 『明日香、なんで最近、元気なの?』

 無数の破片のようなものから声が聞こえる。お母さんのことを言っているのだろうか。一つ一つの破片が、お母さんの隠してきた『記憶の鏡』のように光っている。

 『所詮、貴方のような人間が……自滅するの。私には分かります。だから、■■■■に入りませんか? 貴方のような……罪人にも、慈悲を与えてくれますから』

 柔らかい声なのに、言葉一つ一つが、突き刺してくる。お母さんだ。このような一面も、あるんだ。

 『分かった……私のような罪人にも慈悲を与えてくれるとは……やはり、神も人間と変わらないな』

 低く凄みのある声が響く。

 『……どういう意味ですか?』

 『だって……罪人に慈悲を与えてくれるのは、人もそうじゃないか。実際、私も人を殺しても、こうしてシャバに出てこれた。何も……間違ったことは言ってないが?』

 『……そうですか。では、こちらに加入することで間違いないでしょうか』

 『ああ、もちろん。私のようなヤクザにも丁寧な仕事をどうも』

 これは……お母さんとヤクザなのか。空間が更に歪んでいく。ノイズが混じりつつ、一筋の光が眩しい。

 『友香里の……誕生日プレゼント、どれが、いいかしら……』

 ノイズで聞き取りづらいが、この言葉ははっきり聞こえた。もう誕生日は終わっているのに。服装や雰囲気から、お母さんは今よりもずっと若いように見えた。けれど、肝心の顔には(もや)がかかったようで、あまりよく見えなかった。

 『明日香……友香里の誕生日プレゼントを選んできたんだ……ありがとう。それと、海外勤務することに決まったからさ……友香里のことは頼んだぞ』

 記憶の底にある、聞き慣れない……けれど、どこか懐かしくて優しい父の声。

 ――あ。

 私は夢の中で息を呑んだ。この声、知っている。数日前、リビングでハクを撫でていた時に聞こえた、あの正体不明の男の声だ。

 あの時はノイズだと思ったけれど、今ならはっきりと分かる。これがお父さんの声なんだ。私が幼い頃から、海外で働いていると聞かされていた。ただ……今はもう……亡くなっている。黒い羽が一つだけ落ちてくる。キャッチすると、映像が流れる。

 『――明日香様、明日香様。……家柄のことはお気になさらず。どうか帰ってきてください』

 映像が途切れる。これらから導き出せるのは……考えろ、考えろ。ハクは「願いの外交官」になるように言ってた。協力者っていうのは母のことだろう。このタイミングで言ってきたことには理由があるはずだ。

 『……明日香。貴方、私に憧れてたの!?』

 母の後ろの方で銃が見える。母に照準を合わせている。これは、あまりにも……現実的な風景だった。

「……」

 起きた。かなりはっきりと記憶に残っていた。お母さんに聞いてみよう。

「友香里、おはよう」

「うん。おはよう」

 問題はどう言えばいいのか、と信じてもらえるか。そもそも本当の話なのか。相談のていでいこう。母はコーヒーをすすり、朝食をとっていた。ハクはぴょんぴょん跳ねている。母のコーヒーの煙は、天まで昇っていきそうだ。

「あの、お母さん、奇妙な夢を見たんだけど」

「……ええ? 珍しいですね、夢を見るなんて」

 母が心底意外だ、というようにコーヒーの煙が少し揺れた。

「お母さんって……宗教団体に入ってるとか、無いよね……? なんだか、そんな夢を見て怖くなっちゃって」

「……入ってないわ。安心して。……どんな夢を見たの?」

「なんか、お父さんのこととか……。 なんだか、お母さんがすごく怖い人に囲まれている夢で……その時、神も人間も変わらないって誰かが言ってた。それに、お母さんが、殺されそうになったところで夢が終わっちゃって。お母さんが死んじゃいそうで怖かった」

 母は、コーヒーを飲んだ後、カップを置いた。鳥籠の中からハクを出し、私を諭すようにハクを撫でる。

「そうね……友香里は、覚えてないのですか? お父さんのこと。それに……そこまでリアルな夢を見るなんて……少し、不思議な体験をしましたね。私……死ぬのなら、少し出かけるのは控えますから、それで安心してくれますか?」

 母は、ハクをジーと見つめる。その後、コーヒーを一口飲み、私に目線を合わせる。

「……うん。お母さん、やっぱりただの夢だったみたい。でもね、夢の中で言われたの。私は『願いの外交官』だって。……お母さんを助けるために、私がやらなきゃいけないことがある気がするんだ」

 母がコーヒーカップを置く手が、ピタッと止まった。その瞳には、聞き慣れない単語への戸惑いと、それ以上に、娘が新しい「設定」を自分の中に作り上げてしまったことへの深い、深い憂慮が滲んでいた。

「……願いの、外交官なんて、聞いたことがありませんが」

 母は一瞬、ハクの方へ冷徹な視線を向けた。まるでその鳥が、娘に余計な夢を見せている元凶であるかのように。

 太陽の光が差し込み、私の瞳には微かな決意が宿るのを感じた。母は一瞬、何かを飲み込むように黙り込んだ。そして、すぐに慈愛に満ちた表情で私を見つめ返した。

「そうね……。友香里なら、きっと立派な役割を果たせるわ。私が全力で支えてあげるから……一緒に、良い未来を探しましょう」

「……うん」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ