第7話 黒塗りの本
「友香里、起きたのね。実は……本によるとね、七節鳥は、神格を持つ存在が姿を変えて現れたものだそうよ。昨日は何だか眠そうだったし……私一人で調べておいたの」
母は本のページを開き、「ここ」と指を指す。確かに、七節鳥に関する情報が書いてある。そこには、警察や事件の資料のように黒塗りがほとんどだった。ところどころが黒く塗り潰された、異様な資料だ。まるで、誰かにとって不都合な事実を隠蔽したかのようだった。
「やばくない? ……黒塗りが多いけど、何かの資料なの?」
「ふふ、高かったのよー、これ。わざわざ知り合いのつてでこれを持ってた人に会って、譲ってもらったんです」
「ふーん、嬉しかった?」
「それは、もちろん」
愛おしそうに本を見つめる母は、少し埃を払った後、本を棚に戻すと、そのままリビングへ向かった。私も気になることが多くて、その後ろを慌てて追いかけた。母にこんなスピリチュアルが好きな一面があったなんて意外だ。
「まさかお母さんがスピリチュアルを好きなんてー」
「そんなに意外でした?」
「そりゃあねー」
母は意外そうに目を丸くしたが、すぐにいつもの穏やかな表情に戻った。リビングに戻り、ハクはこちらを待っていたかのように、よく鳴く。
「ハクって可愛いねー。よしよし」
「私も触りたいですね」
母の言葉に反応したのか、ハクは羽を膨らませる。母によーし、よーし、と撫でられると心なしか嬉しそうだ。
『何も……得られなかった。何も出来ない自分が嫌いでした。誰かのことを想いながら……いつまでこんなことを続けなきゃいけないんだろうって。でも、気付いたんだ。明日香さえいてくれれば……■■■■は』
――え? 今、誰かの声が聞こえた?
ハクがピタッと動きを止めた。
お母さんが一瞬だけ鋭い目つきをした……ような。
明日香にもはっきり聞こえていた。
自分の夫の声……まだ居るのか、と明日香は呆れ気味だ。
「友香里……友香里? どうかしたのですか、ぼーっとして。まだ眠り足りないのなら昼寝でも……」
「あ、ああ、大丈夫だよ。お母さん……あのね、私、鳥籠と、餌を買いに行きたい!」
「ええ? 良いですけど……一緒に出かけましょうか」
「わーい」
ははは、やったー! お母さんとお出かけだー、とテンション上げ上げな私を見て、母は目を細める。口角が上がっているのか、口をきゅっとしているのか……。母が喜んでいるのは間違いなかった。
「はっはっはっー、ついに来たぞー、ペットショップ! やはりね、こういう専門店的なところで買うのがいいんですよ、分かるかな、ワトソン君」
「そうね、ホームズ君。ホームセンターの方が近くて良い気がしますが……」
とお母さんが苦笑いしながら返してくれた。お母さんはいつもこういうノリに乗ってくれる。
「いやいや、何をおっしゃいます?? ハクのためなら、最高級のものを用意しなきゃ」
「ふーん、何かあったのですか?」
母は口を尖らせ、ジーとコチラを見ている。
「いや、えと、なんか神聖な存在に失礼あったらやばいし」
「へぇ……」
「買いに行かなくっちゃー」
話題を逸らしつつ、中に入った。ペットショップは初めてだった。母はチャラそうな店員を見て冷ややかな視線を向けている。意外と顔に出るタイプなのだ。
私が必死に探している姿を見て、母は財布の残金を確認する。
明日香は、夫のことは今はあまり好きではないけれど、娘のことは愛している。
私が尾羽の長いハクのために悩んでいるのを見て、母が口を開いた。
「鳥籠! あったけどさ、尾羽が長いから、動けなくなりそうだよね」
「まぁ、そうね。でも……放し飼いにするわけにも行きませんからね……それなら、私が作りましょうか?」
「え? 作れるの!?」
「ええ……頑張ってみます」
ホームセンターに寄り道をして帰宅。数日後――
「おはよう、お母さん……って、鳥籠が出来てるー!」
「作ってみたわ、どうかしら……縦長にして、留まれるところを中に作ってみたけど……」
縦長の鳥籠に、木で作られた家のようなもの。素晴らしい出来栄えだった。
私の背丈ほどもある特大サイズだ。
「すげぇ。これが母の力か。実質、ハクの育ての親になったわけだ。家主――それすなわち大家さん」
「何を言っているの?」
「いやはや、母に図工の才能があったなんて……このこの」
「……実は昔、こういうのが趣味だったの」
母は無表情ながら、どこか嬉しそうだった。私が「お母さん、ありがとうー」と伝えると、母は視線を逸らして床を見つめる。頬が少し赤らんでいる。照れているのだ。
「こ、こほん。別にこれぐらい、なんて事ないです。というか、出来るようにしなくていいですからね。こんなこと」
そっぽを向く母を私はジーと見つめる。ハクは不思議そうに遠くを見ていた。
明日香はハクの正体に見当がついているようだった。
「友香里がどうなっても、私が貴方を必ず助けて見せますからね」と心に誓う。
「お母さん、良い顔してる?」
後ろから声をかけられ、母はそのままの表情で振り返る。
「どうして、分かるの?」
「いや、なんとなく」
母はやはり、穏やかな顔をしていた。空気が柔らかくなる時は、だいたい隠しきれずに出てしまうのだ。




