第30話 閉じた世界
「ハクはまだいないんだね」
「そうですね。いつものことですよ」
「そっか」
母は、ふと壁を見つめる。
彼女はハッとした表情になる。
こちらを見てきた。
「ところで……誰か気になる人はいないのですか?」
「いなーい。誰かいればいいのに」
「……ハクともっと仲良くなれればいいですね」
「……そう?もう十分仲良い気がするけどねー」
――ん?
いかんいかん。
まさか母はハクといい感じになると思われてる!?
いやいや、まだ、仲良くなれるってことか?
「私……思うんだけどさ、お母さんはどう思ってるの? ハクのこと」
「そうですね……きっと私のことを嫌いだと思いますよ。殺そうとしていると思いますし」
「いやいや、ハクに限ってそんなことないでしょー!なんでそう思うの?」
「……ふふ。そうですね。ほら、私の行いはそんなに良くないですし」
母は私に向かって微笑んでくれた。
……そういえば。
ハクが私に話があるって言ってたな。
「ねぇねぇ、ハクはいつ来るんだろ?」
「分かりませんが……後もう少しだと思いますよ」
「じゃあさ、じゃあさ、お母さんの恋バナ聞かせてよ!気になるー」
母はお茶を飲もうとする手を止めて、テーブルに置く。
彼女は伏目がちにお茶に映る自分を見つめていた。
これは何か聞けるチャーンスと目論む。
「話せば長くなりますし……恋愛の話をするならまずは私の家庭について話しましょうか」
母はゆっくりと語り始めた。
◇◇◇
――これは明日香の幼い頃の話だ。
「明日香、いいこと?決して、勝手に外に出ないようにね……」
「……はい」
母からの約束を私は守っていた。
本日もここで一日を終える。
そんな日々が続いていた。
なのに……。
木々が揺れるとあたりが真っ暗に染まる。
何が起きてるのか自分には分からない。
今日も変わらない日々が続くことだけ、分かった。
――ドン。ドン。
ドアを叩く音が聞こえる。
誰だろうか。
どなたか訪ねてくるなんて母は言ってなかった。
「……怖いですね」
何か準備した方がいいだろうか。
テーブルに置かれているお菓子に目を向ける。
お菓子をあげればなんとかならないか。
ただ、このお菓子は自分の好きなきな粉餅味のせんべいなのであげたくはない。
目の前の、のれんをくぐる。
母は座って茶を飲んでいた。
「お母さん……誰か来てるみたいですが」
「ふーん。興味ないわ。無視しておきなさい」
「……どうしてですか?」
「貴方に答えなくてもいいでしょ」
「……分かりました」
相変わらずおかしな人だ。
母はよく未来を見透かしているようなことを言う。
私には理解できない。
やがて、ドアを叩く音は止んだ。
初めてのことだったから驚いた。
なんだったのか分からないが、とりあえずこれで良かったんだよね……?
今日の天気は曇り。
暗い雲が影のようだった。
「……え?」
雲がこちらに近づいてきてるように感じた。
次の瞬間、水面のように視界が揺れた。
やっぱり今日は何かがおかしい。
再びドアを叩く音が聞こえる。
ドアノブをうるさいくらいガチャガチャと回す音が聞こえる。
母がため息をし、立ち上がる。
「……仕方ない」
母は引き出しからネックレスを出す。
ネックレスの先には宝石が一つだけあった。
首にかけるタイプのネックレスだ。
ネックレスが輪を描くようにゆっくりと回し始めた。
そして……外から苦しむ声が聞こえ始めた。
「はぁ。対象者に毒を回さなきゃいけないなんて……」
母は気だるげに言う。
「……お母さん、その宝石はなんですか?」
「……ああ。毒を対象者につけることができるの。これはネックレスにすることで、毒をより回せたらなって思って。まぁ、私の力もあるからそうなってると思う」
「そうなのですね。お母さんはどうして……人を殺すことにためらいがないのですか?」
「ふん。決まってる。相手が礼儀をつくしてこないから。ドアをわざわざ叩いてきたり、ドアノブをガチャガチャうるさかったし。私の方が上だって教えてあげないと」
「……そうですか」
外をふと見ると雲は遠ざかっていた。
結局、この家にいる日々は変わらないのだろう。




