第28話 父の影
明日香は考えていた。
彼の言うことを信じるべきか否か。
ただ、ここで信じれば手がかりを得られるかもしれない。
今いる三船連合で祀られている神は主君、またの名を終焉の神。そして、夢幻の神。最後に異界の神。この三柱だ。漆井はその三柱に関わる何かを知っているのかもしれない。
そもそも、裏社会では明日香の顔まで知っている人物は少ない。
こことは別の場所にいる古道という男も貴重であるが、目の前にいるこの男――漆井もまた、明日香の素性を知る数少ない一人だ。
「ははは。疑っているのか。しかし、分かっているのでは?ここで手を組まないと手がかりが得られないかもしれないことを。もちろん私は協力する。どうする?」
「信じられませんが……分かりました。手を組みましょう」
漆井は高笑いをした。
振り返らず手を振る。
車に戻っていった。
「友香里には色々教えないとですね」
明日香は再び帰路を辿った。
◇ ◇ ◇
「ハクー、授業終わったねー。めちゃくちゃ緊張したよ。なんというかようやく一日が終わったって感じ」
ふわあああ、とあくびをしてしまう。
今日は月曜日。
私の履修科目だとそこまで授業が毎日あるわけではないけれど。
一コマしか受けない曜日が二日ある。
それも毎週。
無料バスは出る時間が決まっており、おそらく帰りは有料のバスを使わなければならない。
マジか。
「今日は無料バスが使えそうだね。良かったね、友香里」
ハクは時計を確認していた。
「うん。帰ろう」
ハクと一緒にバスで帰った。
「お母さんーただいまー」
母の元に駆け寄る。
「おかえりなさい。友香里、ハク。大事な話があります」
ハクは「調べてきたんだね」と察していた。
「そうです。友香里、落ち着いて聞いてください。友香里の父親が生きています」
「え?ほんと?じゃあお父さん育児放棄してたの……」
「何か事情があったのかもしれませんが、確かにそうですね」
◇ ◇ ◇
ハクはペットボトルのお茶を飲んでいた。
明日香の方を見ながらあの気まぐれな天罰の神との会話を思い出していた。
『ええ……天罰を下すことで最悪の結果を招くこともあります。例えば、天罰のおかげで不誠実な恋人と別れられたとしても、その逆恨みで刺されたら意味がない。無理に神の力で裁くより、放っておく方が安全なこともある。そもそも明日香さんに関しては結構気に入ってます。個人的に』
何故、天罰の神は明日香を気に入っているのだろうか。
きっと、娯楽程度にしか思っていない。
あの話は天罰によって不誠実な恋人と別れさせたものの、逆恨みした元恋人に刺されたという内容だ。
友香里の父の件が、あの話と同じ結末を辿らないことを祈ろう。
もっとも、ハクは友香里の父については何も知らない。だからこそ、不安が拭えなかった。
ただ、明日香と同じように裏社会の人間なら。
裁きは受けてもらう。
悪人が何もなく、平然と生きているなんておかしい。
◇ ◇ ◇
「そういえば……友香里達は大学の初授業どうでしたか?」
私はハクと目線を合わせた。
何か考え事をしていたようだけど。
「めちゃくちゃ楽勝だった!説明ぐらいだったし」
ハクは「そうだね」と言いたげにうなづく。
明日香は笑みをこぼしていた。
「良かったですね……。それと、レガシーについては対立が続きそうです。ただ、こちらには対抗策がありますし、何より願いを消す計画は延期したようです」
私はほっ、と胸を撫で下ろす。
ハクは不思議そうに首を傾げる。
何故、延期したのかという点についてハクは気になっているのだろう。
私にとってはとにかく力を使う羽目にならなくて良かった。
こうして、レガシーについて知り何事もなく終えた。
ちょっと待って……私、願いの外交官らしくない気がする。
交渉していないじゃないか。
何かないかな。
「お母さん、何か交渉することってないのかな。そもそも延期したのも気になるし」
明日香は「ああ――」と何かを思い出したかのようだ。
「延期したのは、レガシー上層部の意向らしいですが……あの人たちはギャンブラーなので何するのか分からないんですよね。交渉は……おすすめしないです。私に任せてほしいですね」
「そっかー。外交官といえば交渉なのに、何もできないなんて。やっぱサポートかぁ」
「仕方ないよ、友香里。友香里は一般人なんだから。裏社会なんていいところじゃないよ。関わらない方がいい」
物凄く正論を言われている。
私だって関わりたくはない。
まぁ交渉せずに済むだけありがたい。
一般人だからね、私は。
母は違いそうだし。
そういえば。
「どうして、お母さんは裏社会の人間になんてなったの?」
「ついに……その話をするのですね。お茶を入れてきます」
母はお茶を入れに台所へ向かった。
「明日香。嘘はつかないよね?」
ハクはすかさず確認した。
母はもちろん、とお茶を淹れながら答える。




