第17話 月光
部屋のドアノブを秒針の音よりも遅く開ける。
ドアを開ける音は鳴らず、寝息が聞こえる。
埃の匂いは無かった。
日頃から明日香が掃除している成果が出ている。
白い壁が映える。
部屋の中の視界が暗い。
日差しを遮るためにできたカーテンの影は檻のような形。
友香里は目を瞑り無表情のまますっかり眠っている。
明日香は足音を立てないようにつま先に体重をかける。
近くまでくると友香里の手を包み込むように握り小さいライトの光を浴びせる。
小さいライトは夢幻の神専用の物だ。
月明かりの光を集めて放出する装置。
太陽の光では友香里を起こしてしまう可能性がある。
太陽の光を放出するのは紫外線が嫌いな夢幻の神を困らせるため月の光にするよう明日香が頼んでいた。
役に立つときがくるとは。
こうして今、友香里のことを調べられる。
焼印は……浮かび出た。
静かな部屋だった。
ただ一人、明日香を除いて。
目を見開き、そこに光はない。
焼印しか視界に入れない目。
友香里の手を少し強く握った。
愛おしそうに撫でる手の動きと、その凍りついた瞳のギャップは誰も何も言わない。
「おやすみ、友香里」
頭を撫でて部屋を出ていった。
明日香はリビングに戻る。
心情は複雑だった。
ようやく見つかった、という悲願。
何をしているの、という怒りを通り越した呆れ。
ハクの言葉を思い出さざるを得ない。
人は神の前では無力だと。
ただ、明日香が来た頃には既にいなかったため、そこまで感情があるわけではない。
ただ……他のメンバーに知られたらまずい予感だ。
この娘はどうなってしまうのか。
表向きでも、何か納得できる理由があるかもしれない。
そこに賭けたい。
明日香が頭が回るようになってきた頃、ふと気づいたことがある。
そういえば……いなくなってから、と友香里が生まれるまで少しだけ差があるということを。
何のために……いや、何かあったのかもしれない。
聞き込みをしてみて、友香里の記憶を取り戻す手伝いをしよう。
そうすれば……今度こそ繋ぎ止められる。
その様子を見ていたハクは、震えていた。
てっきり、感動の再会的な雰囲気になると思えば、空気が完全に冷え切っていた。
何より明日香の顔が怖い。
いつもよりもずっと。
これが……明日香の本性?
ますます震え上がる。
その様子を見た明日香はハテナを頭に浮かべた。
「どうしたのですか?……貴方が言ったんですよ」
「なにかあったんだね。余裕がなさそう」
明日香は冷めた目線。
「そうですね。焼印は確認しました。ただ、影や輪郭がぼやけるは確認できませんでした。まだ完全な状態ではないのでしょう。あの娘は……神ではない、私の娘です。人のままではいられないのですか」
「それは……方法はある。ただ、君の所属している場所がそれを許すとは思えない。決めるのは……友香里にするべきではないかい」
「……。しかし……あの娘には普通の幸せな生活を送って欲しいだけ。そのために、私は……」
震えた……芯のある声。
ハクの方へ歩み寄る。
「あの娘は……あの娘は……生きていてくれないと、私がここまで頑張った意味がないの。あの娘が消えてしまうかもしれないなんて、そんなのおかしいですよ」
明日香は、身体中の芯から震えた声を出しては、歪んだ愛を体現しているかのようだった。
ハクからすれば、何を考えている……この女、とより一層の警戒心を呼び込む。
そもそも明日香は……救える側の人間なのではないか、とこの時のハクの心はぐちゃぐちゃに引き裂かれる。
「明日香……何故、この道に選んだの。宗教に入った理由を聞いても?」
明日香は声にならない呟きをしていた。
何を言っていたかは、ハクには分からない。
「私は……友香里が聞いてきたら、答えるつもりです。貴方には教えません」
ハクは素直にショックを受ける。
「私達の仲じゃないのか……」
「そうですね……友香里に一番最初に教えておきたい、と思っていたからです。貴方は私を調べようと思えば調べられるんでしょうが……やめて頂きたいですね」
ハクを真っ直ぐ見る明日香は、綺麗で、狂気的なまでのカリスマ性。
誰も彼女には逆らえない、いやそんな気持ちさえ消え失せる。
ハクは、なるほど……信者達が彼女に従う理由は、弱みを握られていたからでも、地位のためじゃない……従いたいからだ、と気づいてしまった。




