第16話 足音
「……友香里、来てください。どうやら、デビューした方の原稿のようですよ」
母の言葉に耳を疑った。母は、画面をじっと見ている。だが、ハクは動じなかった。まるで初めから知っていたかのように。嘘でしょ……どうしてそんな人が原稿をあんなところへ置いておいたのだろうか。だって、自分の作品は大事な物で自分の分身。魂と言ってもいい。そんな物を処分してしまっていいのか。いや、いいはずがない。その人のことが心配だ。母の元へ駆け寄る。
「これって……商業化のオファーが来た人ってこと?」
「そのようですが……ただ、そのままストップしていたようです」
液晶にはネットから商業化の打診がきたものの、そのシリーズのみだった。他の本は出していないのはどうしてだろうか。大体、プロはシリーズもの以外も出しているはずだ。母は、目を細める。ハクはこちらの様子を温かく見守っていた。
「困りましたね……読んでみてもいいとは思いますが……声なき声を聞きましょう」
その瞬間、頭痛が走る。
「貴方の声なき声を聞きましょうか。安心してください。私は……貴方に色々教えますから。付いてきてくださいますか?」
ノイズがうるさい。
『異界の神が連れてきた神は使えるかのぉ……まぁ、ゆっくりしてもらおうかなぁ』
『実力が明らかに他の神々よりも格上だ。何より発明者がNoを突きつけようが関係ない。ワタシはワタシのやり方でやる。いずれ貴方の座を引きずり下ろし、ワタシの悲願を叶える。この世界は、全てワタシの統治下に置き、全員が平等になる……』
そんな機械の神の願いを私は叶えようとしていた。
『ワタシを作っておきながら勝手に捨てた貴方には分からないだろう……。我々がいかに不平等に耐えてきているのか』
機械の神は私にそう伝えた。本当はこんなことしたくないけど……機械の神のためだし……私のお母さんみたいな人だから。
ノイズの嵐の中、声が聞こえる。
「友香里?大丈夫ですか……頭が痛いの?横になろう……ねぇ……」
お母さんの辛そうな声。ようやく、現実世界に帰ってきた気がする。
「……お母さん。……少し寝てくる」
お母さんがハッとした様子で、いつもの調子に戻る。
「……一人で行けますか?」
私は部屋へ歩き出していたからお母さんがどんな表情をしていたかは分からなかった。
「うん」
こうして、部屋で寝た。なんだろう……症状が深刻なのかな。
リビングでは、明日香はハクの方を見る。
「さっきからこちらの様子を伺ってばかりで、ハクは何も言いませんでしたが……貴方はどう思っているんですか、友香里のこと」
明日香はハクのことを真剣に見つめる。ハクは念を送る。
「明日香は、所詮人間だから。分からないこともあるよ。神の前ではただただ無力だ……でも、明日香は神の力を扱える。それこそが明日香の強さなんだと思う。明日香は主君とやらの味方をしていればいい」
明日香は心底意外そうな顔をする。明日香にとってはこんな話が出てくると思わなかった。だからこそ、友香里は……神と関係があるのか、と明日香は考える。
「友香里は……何かあるのですか?」
「夢幻の神。夢に幻と書いてそう呼ばれる神。友香里の前世にあたるが……主君とやらには聞かされてないの?」
明日香は頭を抱える。自分の娘が自分の所属している宗教団体の探していた神……?あの娘が……。
「そんな話、聞いたことがないです。どうして……知っているのですか……」
ハクは主君ですら把握していないこともあるのか、と驚くのと同時に情報が入っていないのか、と組織そのものに落胆する。かつて名君と呼ばれていた者がこうも形無しなのか。今の彼は暴力に長け、殺す力に特化しているだけなのかもしれない。
「私は知り合いが多い。よく情報が入ってくるから、そのおかげ。基本は皆教えないものだし、知らなくてもそれが普通だからね」
明日香は、お湯を沸かしに台所へ向かいかけたが、結局やめた。
「なるほど……ここでその話をするのは、何か意図があるのでしょうか」
「明日香は鋭いね。友香里の覚醒が近づいてる。つまり、バレるのは時間の問題。そうなったら……まず間違いなく狙われる。そうなった時に備えて……ここで協力者を作っておきたくてね。君はよく主君と話してるらしいし、主君も引きずり出せたらちょうどいい、と思った」
「一応、友香里については確認はしてみます。狙ってきそうな勢力も調べておきます」
「……」
明日香は何かを取り出し、2階にいる友香里の元へ向かう。その脳裏では、組織から教えられていた「夢幻の神」の特徴が浮かんでいた。一つ、手の甲に光を当てると、焼印が見えることがある。二つ、焼印がある状態で影が現実の光と一致しないこと。三つ、その状態で輪郭がはっきりしないこと。夢幻の神は本物に弱い。それに……仮に本当に友香里が夢幻の神だとして、まだ神として目覚めてないのなら、この方法が通用するかも分からない。




