第10話 救えない
「それは……フォローだと受け取っておきます」
母は友香里のことをいじる。
「ああ、ごめんー。悪気はなくて」
慌てて訂正すると、母は笑った。
「いいんですよ」
可愛いなうちの娘は、と満足げな様子だ。
一同は準備を整える。
「準備は整いましたか?」
母が質問すると、娘とハクはすでに荷造りを終えていた。
「うん!」
友香里は元気よく返事をし、ハクもそれに応えるように鳴く。そして、一行は船へ向かうためにバスで移動を始めた。
道中、雲がどんどん出てきて、街並みも暗くなっていく。そうこうしているうちに、雲が再び太陽から外れ、一行はバスを降りた。
巨大な船が見えてきて、友香里はワクワクしていたが、母の表情にはどこか影があり、ハクは鋭い目で船を警戒していた。母はチケットを出し、何もかもお見通しといった様子で足を進める。友香里は、拭いきれない不穏な影を予感していた。ハクは、この場では余計なことはしないようにしようと決心する。
船に乗り込み、ついに波を切って出発した。
客室に到着し、それぞれ荷物を置いていく。
「いやー、ようやく乗れたねー」
友香里は安堵の表情を浮かべた。母は荷物を整理しながら答える。
「そうね、良かったわ。……少し別行動を取りましょうか」
母は自由に行動したいのか、と友香里は察して承諾する。
「うん。いいよ。じゃあ、ハクと一緒にいるから」
ハクはこれを友香里と話せるチャンスだと見ていた。母は狙い通りと言わんばかりの笑みを浮かべる。友香里は、何か言いかけたことがあったのを思い出した。ハクは、今は黙っていて欲しいと願い、早く母がこの場を去ることを待っていた。
母は優しく友香里を撫でる。
「良い子でいるのよ。それじゃあね」
母がなぜこの船にやってきたのか……ハクはその理由を知っていた。
裏社会に関与する富豪が、母との面会を熱望したのだ。母は最初こそ断ったが、強引な押しに負けて、仕方なく足を運んだのである。母は昔から、他人に強く押されることに弱い一面があった。
ハクは人間らしい明日香と、冷酷な明日香、二つの顔を知っていた。
人間には、二種類の人間がいる。救える人間と、救えない人間だ。明日香は……おそらく後者だろう。それでも、娘の前で決してボロを出さないのだから、さすが宗教団体における「使者」と言える。
救えない人間に、友香里はどう立ち向かっていくのか。ハクはそれを楽しみにしていた。むしろ、その結末を見届けるためにここにいるのだ。
もっとも、明日香だってミスをすることくらいはある。何かの折に「主君」と呼ばれているボスが指示を出しているようだった。その影響がどこまで及んでいるのかは計り知れないが、確かなことは、今のハクでは到底勝てない相手だということだった。
「友香里ちゃん、聞こえる? ハクだよ」
友香里は無反応だった。やはり、今はまだ直接の会話は難しいようだ。
ハクは宙に舞い、リボンのような長い尾羽を揺らした。すると、そこに映像が浮かび上がる。
「え? ハク……?」
友香里が驚くのも無理はなかった。そこには、まだ見ていないはずの船の内装が鮮明に写し出されていたからだ。
自分はまだ探検もしていないのに、なぜこんな映像が浮かぶのか。友香里は畏敬の念を抱きながら、その光景を見つめた。
「凄いよ、ハク。早速そこへ行こう!」
ハクが鳴くと、友香里は慌てて部屋の外へ飛び出した。
「にしても、どこなんだろ」
ハクは友香里の直感にそっと働きかける。
『右だよ』
すると、友香里ははっとした。
「ん? こっちかな? なんとなく……」
よし、上手くいった、とハクは安堵する。
通路には多くの人々がいた。誰もが金持ちそうで、友香里は少し気が引けてしまう。まあ、こんな船に乗れる人は大抵金持ちだよなあ、と彼女は思う。
しかし、母は今どこで何をしているのだろうか。
ハクは、友香里は何も分かっていない、と感じていた。
母のどこを愛せるというのだろう。ハクからすれば、彼女からは邪悪な気配しか感じられず、恐ろしささえ覚える。友香里は気づいていないようだが、彼女の纏う空気は異質だった。もっとも、ハクが遠隔で監視していた限りでは、周囲の人間は誰もその正体に気づいていないようだった。
そもそも、どうしてあの母親から、これほどまでにピュアな子供が生まれるのか。ハクは不思議でならなかった。




