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神様の自由帳  作者: ぼたもち
第4章ー青年冒険編ー
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これは無防備な彼女の物語


 階段を下る足音が嫌に響く。

 早朝の静寂でそう感じるのか、足音を鳴らす当人の機嫌が原因か。

 恐らくは後者が正解だろう。

 夕方頃から機嫌の悪さを隠そうともせず、不穏な空気を漂わせたグレンは、寝癖の治らない髪を「ガシガシ」と掻いた。


 ――――――――――――――――――――

 

 昼下がり、ヤミに誘われて数日振りの外出と洒落(しゃれ)()んだ彼女は、彼に導かれるまま王都の観光をした。

 治安の悪い通りに、影の濃い裏路地。

 ヤミが主を案内する場所は、王都の煌びやかさから掛け離れた静かな空間ばかりだった。

 主がいつでも逃げ出せる様にと選んだ通路。

 世界から嫌われたグレンに合わせた道案内は、彼女の理解者である彼なりの気遣いだった。

 

「そや、主さんに見て貰いたい所あるんです」


 恋人へ向ける様なウットリとした表情をグレンへ向けたヤミは、気怠げな主を気にも留めず、その腕を強く引いた。

 彼に導かれるまま辿り着いた場所は、城の傍に位置する庭園だった。

 王家御用達の庭園は、その美しさを世に知ら占める目的で、一般公開されている。

 入り組んだ垣根を超えた先には、季節の花が咲き誇っていた。


「ここの花綺麗やし。主さんが居ったら、より綺麗になる思て……ああ、花より主さんの方に目が行ってまう。主さんが花より魅力的なん失念しとりました」


「……あっそ」


 絶世の美男子からの恋するアプローチに、グレンは冷たく対応した。

 (むし)ろ、その言動が彼女の(かん)(さわ)った。

 ヤミが淫欲(いんよく)に溺れる人物だと知っているからこそ、尚更腹立たしい。

 女の影がチラつくヤミの行動を非難的に睨んだグレンだったが、主と目が合ったと歓喜する男には逆効果だった。


「はぁ……それで? クラヴェルの情報は?」


 女癖の悪い男の情報網は、本職のそれを凌駕(りょうが)した。

 (ねや)を共にした女性は饒舌になり、国の情報をヤミに零す。

 結果として、朝帰りを繰り返す仕人の中には、この国の重鎮以上の知識が集まっていた。


「不審な所無いんが、逆に怪しいくらいですよ。子煩悩で愚直な男だと。数日跡を付けてみましたが、評判通りの動きしかあらへん」


 グレンはクラヴェル国王の対応に、不信感を持っていた。

 世界的悪に属するグレンを、自分の世界で野放しにしている。

 3番目の世界(ユフルルフ)12番目の世界(ティア)の国王が聞いたら卒倒する案件だ。


「面識の無い奴が動いてるのかもな。……一度、監視に掛け合ってみるか」


「主さんの仰せのままに」


 礼儀正しく首を垂れたヤミを一瞥したグレンは、「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向くと、彼を見捨てる様に歩みを進めた。

 そして、後ろからピッタリと付く足音に嫌気が差した彼女は、ヤミを振り払うが如く魔法で作った(あられ)に身を隠す。

 自分を撒きたいのだと察した仕人は、大人しく足を止めた。


「俺が片しましょうか?」


 ヤミの言葉に「必要ない」とテレパスを送った彼女は、可愛いものに癒されようと心を決めた。


 ――――――――――――――――――――


 そんな午後を過ごしたグレンは、自分の相手をしてくれぬ記号とミクにムカついていた。


「私より仲良くなりやがって……」


 天真爛漫な記号と、明るく人当たりの良いミクの交友関係は良好で、2人仲良く睡魔に身を委ねている。

 頬を揃えた穏やかな寝顔は、遊び切って満足したと周りに伝えていた。


「お出掛けかしら?」


 階下にある扉の先から顔を覗かせたのは、宿舎に隣接した料亭の主――アデルだった。

 下拵(したごしら)えの途中である彼女が、包丁片手におっとりとした態度を取る。

 身体に染み付いた返り血は、魚の物だと思いたい。


「酒屋に行く。外で飲むことに嫉妬するなよ」


 出入り口に掛けた上着を羽織ったグレンは、玄関扉を背にしてアデルへと返事した。

 そして、余所見をしたままドアノブへ掛けた手は、腕ごと紐に拘束された。

 否、それは紐ではなく一匹の大蛇だった。


「ジュリエール? ミクなら記号とガキみたいに寝てるぞ」


「あらー、タイミングが合いませんでしたわね。お出掛けに誘えませんわー」


 ジュリエールは語尾を伸ばしながら、外出着のグレンを「マジマジ」と見て目を輝かせる。

 一方、その後の発言を予想したグレンは、面倒臭そうに目を泳がせた。


「丁度良いですから、お(とも)(いた)しますわ」


「下戸は連れてってやんねぇぞ」


 蛇を首へと巻き直したジュリエールは、「望むところですわ」と目を細めて笑った。

 彼女はお嬢様らしさとは裏腹に、自立した大人の余裕を持ち合わせている。

 それが顕著に表れたのは、彼女自身の態度よりも周りの反応だった。


「ジュリエール様、先日は娘が世話になりました。こちらはお礼です」


「あら、皆様元気そうで良かったですわ。有難く頂戴いたしますわね」


 腰の曲がった老人の目線に合わせようと、ジュリエールはスカートの丈が地面に触れる事も(いと)わず、素早くしゃがみ込む。

 笑顔で礼の品を受け取った彼女の隣で、蜷局を巻いていた蛇――ココが地上へ降り立った。

 頭を下げたココへ籠を掛けたジュリエールは、扇子を口元で開いてニコリと笑うと、老人へと丁寧に会釈をした。

 

「ジュリエール姉様の助言のおかげで、試験に受かりました。ありがとうございます」


「合格おめでとうございますわ。毎日努力しておりましたものね。これからの活躍を期待してますわ」


 老若男女問わず慕われている彼女は、行く先々で呼び止められる。

 人情が厚いジュリエールと並んで歩くグレンは、次第に自信を無くして小さく丸まった。


「ヘソ曲げてる私がバカみたいじゃないか……。何もせずに生きてる私への当てつけか……?」


 仕人を突き放し、記号からの癒しを得られなかった彼女は、しゃがみ込んで膝を抱えた。

 グレンと距離が離れた事に気が付いたジュリエールは、人々を掻き分けて落ち込む彼女へと手を差し伸べる。


「お疲れかしら? 酒屋まで少し歩くと、先に伝えておくべきでしたわね……。気が回らなくて申し訳ないですわ」


「うぅ……善意が傷口に染みる……」


 酒屋へ行こうと言い出したのはグレンだったが、何故だかジュリエールが謝罪を述べる。

 グレンは落ち込む身体を無理矢理起こして、「行くぞ」と短く言い、今の流れが無かったかのように取り繕った。

 少し歩くとは言っても、料亭から酒屋まではそう遠くなかった。

 料亭で振舞う酒をここから仕入れる為に、料亭の立地を決めていたのだろう。

 徒歩数分の好立地には、地方の酒も取り扱いがあるようだ。

 店の中央に置かれた酒には目もくれず、店の奥へと進んだグレンは、見慣れぬラベルの瓶を手に取った。

 目新しい商品を両手に持ったグレンの傍に、ジュリエールが小走りで近寄る。


「こちらなんてどうかしら? 私が育てたブドウを使っているワインですの。『口当たりが良い』と伯母から好評を頂いていますのよ」


「へー、そのワインお前が携わってんのか。何回か飲んでるけど確かに旨いよな」


 新しい物へ目移りするグレンの感想は雑だったが、気を良くしたジュリエールは、そのワインを含めた会計を進んで支払った。

 そして、「良い場所がありますの」と言った彼女は、荷物を全て抱えて北西にある田畑を目指した。

 その道中はグレンの記憶に新しい、廃れた路地ばかりだった。

 路地とは名ばかりの、舗装されていない砂利道を迷いなく進んだジュリエールは、目の前に広がる白い実のなる果樹園を自慢気に披露した。


「今は袋掛けで見辛いですけど、あと1か月程で収穫ですのよ」


 どうやら、白い実に見えたのは、袋を被せられたブドウの身らしい。

 ジュリエールの管理する果樹園の中心部には、物流の為に大きめの通路が十字に交わっていた。

 その中央にある小さな庭小屋から、真っ白なガーデンチェアを表に出したジュリエールは、次にテーブルを小屋の奥から持ち出した。


「重くねぇのか?」


「これくらい、モンスターの体重に比べれば軽いですわよ」


 お嬢様スタイルのフリルの多いドレスを着こんだ彼女は、腕捲(うでまく)りをして育ち切った上腕二頭筋を披露した。

 グレンはふと、この世界の国王であるクラヴェルの事を思い出した。

 挨拶もそこそこに、人の身体を「ジロジロ」と眺めて筋肉自慢をした男の娘だと言うなら、彼女の怪力にも納得が出来よう。

 その一方、椅子に座った彼女は、父親の面影が無い程に優雅だった。

 背筋の伸びたジュリエールに感化されて、グレン自身も丸まった背中と肩を広げる。


「………………」


 何を話そうかと悩むグレンの前に、おつまみ代わりの干し肉を差し出したジュリエールは、自身のグラスに透明な液体を注ぐ。

 そして、彼女は自然とミクの話題を持ち出した。


「貴女の来訪する時期が、今で良かったと思っておりますの。……他の方ではミクへの先入観がありますもの」


「先入観? ミクが王やお前と故意にしてんのが印象悪いのか?」


 貴族や裕福な者への嫉妬は、何処でも起こり得る。

 国王の後ろ盾を得ているミクが、好奇の目に晒されていると読んだグレンだったが、ジュリエールはそれを否定した。


「王命に関わる事……詳しくは伏せますが、彼女はとあるモノと引き換えに、健康を偽っておりますの」


 ミクは寝たきりの持病を持っていた。

 両親は彼女の看病に疲弊し、ミクが10になる頃には蒸発していた。

 それから、孤児院に保護されたミクは、放置に等しい生活を送った。

 身体の動かせぬ彼女は、日の当たらぬ寝室で次第に弱っていくばかりだった。


「そんな時でしたの。ミクが選ばれたのは」


 8番目の世界(アンダス)にはダンジョンシステムとは別に、1つの不可思議な習慣があった。

 数年に一度、病気で苦しむ1人の若者が、国王の能力によって健康体を手に入れる。

 絶対に治癒しない病気を治す力は、病気で苦しむ者達に希望と失望を与えた。


「ミクと似通った境遇に居る者は、彼女へ強い恨みを抱いていますわ。それと同時に、国王陛下の権威を表す象徴である彼女は、国王を信仰する者からどんな我儘も許されますの。二分する感情の板挟みにあったミクは、誰かの役に立とうと躍起になっていますわ」


「ミクが時折生き急いで見えるのはその所為か……。自分を示す成果を求めてんのかもな」


 料亭で働くミクは、いつも空回り。

 重い荷物を引き()りながら運び、数の多い注文に頭をショートさせる彼女を頼りない娘だと思っていたグレンは、その考えを改めた。

 一方、グレンの言葉を一部否定したジュリエールは、空になったグレンのワイングラスに追加を注ぐ。


「生き急ぐには別の理由がありますわ。彼女の健康は偽り……病気は今でもミクの身体を蝕んでいますの。彼女の寿命は当の昔に過ぎています。最近、睡眠時間が増えたのも、それが原因だと聞きましたわ」


 目を伏せたジュリエールは、感情を誤魔化す様に次の瓶を開けた。

 そんな彼女から目を離したグレンが眺める先は、ジュリエール自慢の果樹園。

 袋を被ったブドウが成長し切るよりも先に、ミクは亡くなるかもしれない。

 この小さな果実よりも繊細なミクの余命を知ったグレンは、ぐちゃぐちゃになった感情を搔き乱す様に追加で酒を煽った。


「まあ、ずっとベッドで生きるより、マシな人生かもな。……にしても、ミクがそんなギリギリだとは思わなかった」


 グレンの脳裏に映るミクの影の大半は、彼女の寝顔だった。

 幸せそうに眠る彼女を、睡眠好きな娘だと思っていた。

 今だって、寝室で記号と仲良く眠っている。

 とても病気で眠り込んでいる様には見えなかった。


「ちったぁミクと出掛けねぇとなー。あ、ジュリエールが度々遊びに来るのは、ミクに気を遣っての事だったか」


 「もっと別の理由があるのだろう」と言いたげに、グレンはニンマリと口角を上げた。

 その笑顔を好意的に取ったジュリエールは、「そんなことありませんわ」と目尻を下げて首を傾げる。

 そして、そのままの形で暫く制止した彼女は、人形の様に眼球だけを「グルグル」と巡らせた。

 彼女は策が上手く行っていないと気付いて、頭をフル回転させているのだろう。

 数秒後、グレンの持つ空のグラスへ鋭い目線を寄越したジュリエールは、諦めた様子でクスリと笑った。


「毒は……効きませんでしたか」


「これでも『悪食の器』だからな」


 ワイングラスの(ふち)を噛み、飴細工の様に「バリバリ」と食らうグレンを尻目に、ジュリエールは近くに掛けてあったレイピアを手に取った。


「お口が血だらけですわよ。ハンデのおつもりですか?」


「暫く暴れてなかったし、鬱憤が溜まってるんだろうぜ」


 口の端を指で拭ったグレンは、眼球の前に迫ったレイピアの先にも動じず、テーブルに肘を付いた。

 グレンの余裕な態度をハッタリだと読んだジュリエールは、片手を上げて周囲に控える刺客を呼び寄せた。

 正面のジュリエールと合わせて刺客の数は4人。

 1人を相手取る最良の人数を揃えたジュリエールは、勝ち誇った様に高笑いをした。


 ――――――――――――――――――


 これは無防備な彼女の物語。

 用意周到なジュリエールは、グレンから盗んだ双刀をこれ見よがしに踏みつけた。

次回更新は2026/05/10を予定しています

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