これは監視する彼女の物語
ジュリエールは才色兼備な女性だ。
厳しい父親の指導の下、感情を押し殺して生きて来た彼女は、貼り付けた笑顔の裏で多くの策を巡らせている。
時にはその策が、国の指針から大きく反れている事もしばしばあった。
今がその確たる例だろう。
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「貴女が双刀の使い手だとキーツ様から伺いました。貴女が氷属性だと記号様から伺いました。弱点を知ろうとヤミ様に接触しましたが……残念ながら失敗に終わりましたわ」
ジュリエールの振ったレイピアは、グレンの横髪を薙いだ。
身を引いたグレンが、蔦で接着されたチェアに足を取られてバランスを崩す。
その隙を狙った刺客の剣を、上着に引っ掛けて巻き取ったグレンは、それを脱ぎながら宙返りした。
驚きの声を上げた刺客達とは違い、ジュリエールは冷静に相手の動きを目で追う。
「そこで考えたのです。弱点を知らぬのではなく、彼自身が貴女の弱点なのだと――」
ジュリエールの推理を尻目に、グレンは武器を探して周りを見渡す。
果樹園で使用する農具は、ジュリエールの背後にしか見受けられない。
恐らく、彼女が意図的にそう配置したのだろう。
これが彼女の思惑ならば、武器を求めて下手に動くのは悪手だ。
「――この1ヶ月不思議でしたわ。世界一の悪である貴女が、人のフリをして生活している。加えて、人一倍自堕落で、警戒の意志すら持っていない……」
「悪口は受け付けてねぇぞ」
大人しくジュリエールの発言を聞いていたグレンだったが、雲行きの怪しい流れに思わず口を挟んだ。
麗しい令嬢は「ニコリ」と笑って、扇子で口元を隠す。
その扇子は街中で使用した花柄の装飾ではなく、模様の無い金属製の武器だった。
「シャリン」と刃の擦れる音が鳴り響くと、それを合図にグレンの背後が燃え盛った。
「饒舌は陽動か……!」
通常の人間であれば、魔法に詠唱が必要だ。
神への感謝を忘れぬ為、意志を明確に魔法へ込める為。
「敵は詠唱無しで魔法を行使しない」と高を括っていたグレンだからこそ、刺客達の行動から一歩遅れた。
ジュリエールの発言の裏側で、1人の刺客がフードとマスクに隠れて炎魔法を完成させていたのだ。
「冷凍光芒」
「…………!? ……詠唱は……必要無いのですね……流石は東の魔女ですわ」
グレンの周りに描かれた魔法陣。
魔法の発動が出遅れようとも、彼女が追い込まれはしない。
何故なら、相手は一介の令嬢と国仕えの刺客達だ。
執念深い実兄や、弱みに付け込む怨霊、極地魔法を操れる獣人の神官と比べれば、子供を相手取るのと相違ない。
「酷い御方……爪を隠していらしたのね。武力はあの剣豪にしか無いと思っていましたが、考えを改めましょうか。まあ、だからと言って成す策は変わりませんが」
「へぇ。その策とやら、見せて貰おうか」
グレンは右足を引いて、駆ける態勢へ入った。
大きな予備動作に目を奪われた刺客の1人が、グレンを止めようとジュリエールの前へ躍り出た。
剣を盾に見立てたその刺客を障壁にして、ジュリエールの死角へ身を屈めたグレンは、蹴りで1人の態勢を崩し、最後の1人の袖を下へと引っ張った。
仰向けに倒れる状態となったグレンは、二の腕に差し迫ったレイピアを無視して、刺客の次の動きに集中する。
盾にしていた剣を左へ大きく振った刺客の腕を、右足で強く蹴り落としたグレンは、流れのままに肘で敵の首を打った。
ジュリエールへ背を向けた事で、グレンの視界が広がる。
果樹園の草に紛れて「キラリ」と光った人工物が、グレン目掛けて射出された。
「吹き矢か……」
使い手は幼い子供。
ジュリエールとお揃いの縦ロールに、グレンをキツく睨む正義感の強い瞳。
2人が姉妹だと気付くのに、多くの時間は掛からなかった。
「……なるほど。これがお前達の策か」
「ええ、私が用意した物よりも、強力な毒でしょう?」
鳩尾に刺さった矢の先には、毒が塗られている。
幼女の用意した毒は、植物属性が反転した『細胞を殺す魔法』だった。
「流石の魔女でも、魔法由来の毒は効くのですね。やはり、私の考えは合っていましたわ」
蹲ったグレンの正面に身を乗り出したジュリエールは、扇子で魔女の額を撫でる。
そうする事で、先の尖った扇子がグレンに血を流させた。
汗と血が入り混じる様子を流し目しながら、ジュリエールは仲間へ指示を出す。
意味を成さないコードの様な発言を受けた刺客達は、ジュリエールを残して周りの木や植物の中へ身を隠した。
「爪の甘さは予想しておりました。過度に私の言葉へ耳を傾け、この扇子を武器だと判断して他への注意を怠る。私を甘く見た貴女が油断する事で、未熟な子供の刃も簡単に届いた」
ジュリエールは扇子を手放して、身体に馴染む武器を構え直した。
そして、指揮棒みたいにレイピアを振ったジュリエールの足元から、棘の付いた蔦が次々と地面から這い出した。
「地上を観ずる濃緑よ。主神の息吹きを糧として、愚かなる大地に光を与えよ――『八重咲き』」
急激な成長を遂げた蔦に付いた蕾が花咲き、ジュリエールの周囲を彩った。
バラに埋もれたジュリエールは、美しくも悍ましい。
「私の固有魔法は『傾聴』。耳で聞かずとも、魔力が私に秘密を教えてくれますの。貴女が歴史に似つかぬ愚者である事は、早々に知り得ましたわ。そして、本当に危険なのはヤミ様の方だと――」
腕組みをして指の爪を噛むジュリエールは、悪役令嬢じみた形相でグレンを見下した。
「――あの男は私の傾聴に気付いた上で、遠回しに脅して来ましたわ。国王陛下は貴女を無害だとしましたが、暗部に引けを取らぬ残酷さと優秀さを兼ね備えた貴女の従者は、国を揺るがしかね無い危険人物ですのよ?」
ジュリエールの語り掛けに、グレンは「また勝手な事を……」と小さく悪態を付く。
「世界の守衛たる私が成すべきは『悪の排除』。敵を下すには弱者からが鉄則ですわ。その手始めとして、貴女をここで屠ります。そして、貴女の首を持って、仲間を次々と殺して差し上げましょう」
「ま、待ってくれ……!」
レイピアを振り上げたジュリエールに対し、グレンは必死に抵抗の意を示した。
立ち上がるのもやっとな足を奮い立たせ、情けなくもガーデンチェアをジュリエールへと投げる。
筋肉の痺れた彼女が投げたチェアは、ジュリエールへ届きもせずに地面を鳴らした。
「クラヴェルが野放しにしてんのに私を殺すのか? 良いのかよ、国王の命令に逆らって!」
ジュリエールは死に怯えたグレンを冷ややかな目で捉えながら、「フンッ」と鼻を鳴らして嘲笑した。
「構いませんわ。私がお父様から命ぜられたのは貴女の監視ですの。……『監視対象が暴れたから殺した』。そう言えば全て丸く収まりますから、安心して死んであそばせ」
ジュリエールの振った一撃が、グレンの腕を掠めた。
「ヒッ」と声を上げたグレンは軽傷に安堵して、武器を下ろしたジュリエールを見上げる。
彼女が心変わりしたのかもしれない。
そんな希望をグレンが持つ一方で、ジュリエールはそれすらも策の上だと言わんばかりに、笑顔を固めた。
「余りにも可哀想ですわね…………そうですわ、最期に残したい言葉をお聞きしましょう。伝説にも近い魔女ですもの。こんな幕切れでは歴史が可哀想ですわ」
落ちぶれたグレンを舐め切ったジュリエールは、静かに相手の言葉を待つ。
グレンは暫く黙り込んだ後、「ゴクリ」と唾を飲んでから恐る恐る発言した。
「……理由を。……クラヴェルが私をこの世界に呼んだ意味を知りたい」
「質問……ですか。はぁ……つくづく平凡な御方ですこと……。良いですわ。教えて差し上げましょう――」
深く失望したジュリエールは、花柄の扇子と人差し指を立てる。
それは、2人の人物が関わっている事を示していた。
「――貴女を我が世界へ誘う様に命じたのは王妃様ですわ。私の家系は勘が鋭い。時にはその勘が未来を写す事も……」
「……!? 未来予知? 神の領域に人間が昇れるはず無いだろ! 博愛の巫女ですら、予知に条件が必要なんだぞ!?」
博愛の巫女――女神ニケをその身に宿す巫女リアスは、ニケの気まぐれで未来を見通せる。
だがそれは、争いの勝敗が付くモノでなければ覗けない。
――グレンは「ハッ」として奥歯を強く噛んだ。
世界の概念を生み出した、女神よりも位の高い主神が、地上世界に直接的な干渉をしている。
沈黙を貫く神が動かなければならない事態とは……。
グレンが想像するのは、悪魔が地上を支配する未来だった。
「おしゃべりが過ぎましたわね。……ふふっ、時間を稼ごうとも、貴女の望む助けは来ません事よ?」
ジュリエールはヤミを警戒している。
だからこそ、グレンを陥れる今、美麗なA級冒険者を用いて彼の気を引いていた。
しかし、言葉の裏を知らぬグレンの耳には、その発言は届かなかった様だ。
グレンはジュリエールを無視して「クスクス」と笑い始めた。
毒が回り、窮地に立たされた女の狂気染みた態度に、「焼きが回ったのだろう」と思ったジュリエールは、同情を含んだ一刺しで魔女を楽にしようと動いた。
――プスリ――
グレンの左胸を刺したジュリエールが、心臓を抉り出そうとして手首を回転させる。
だが、氷塊で固定されたレイピアは、ビクともしなかった。
「クラヴェルの話を聞いてからずっと疑問だったんだ。ダンジョンシステムは人間に都合が良過ぎる。……ヘルツ結晶だったか? 一括で人を管理しようって考えが、いかにも神らしいと思ったね」
「なっ……!?」
「パリン」とレイピアが割れて、ジュリエールの手元に短い刃が残る。
武器を失った令嬢の代わりに、身を引いていた刺客達が再びグレンを取り囲んだ。
だが、それは統率の取れていない動きだった。
グレンへ近寄り過ぎた刺客は、手首が凍結して剣を零す。
「君達の力量は分かったし。偶には剣でも使ってやろう」
ジュリエールに奪われた双刀を拾う事も可能だったが、グレンはわざと刺客から得た2本の剣をだらりと構えた。
流派の無い適当な態度を目の当たりにしたジュリエールは、怒りのあまり声を荒げた。
「毒が効いたと、演技していましたの? 脳の無い貴女が!? ……ハッ! それとも、ただのハッタリかしら」
悔し気なジュリエールに動揺したのは、グレンではなく彼女の仲間だった。
彼女の取り乱す光景が珍しいのか、小声で相談し合った刺客達は、ジュリエールを逃がす策を講じたらしい。
ジュリエールを最後尾とした刺客は、腰に隠した短剣を取り出して、迷いなくグレンへと立ち向かった。
リーチが短い事、熟練度が劣る事。
それらを理由に薙ぎ倒されていく仲間を見たジュリエールは、冷静さを取り戻そうと深い呼吸を繰り返した。
グレンの戦い方には美しさが無い。
突きを主流とする剣を横に構えて押し付け、片方の剣を蹴り上げて意味の無い曲芸をした。
上空に打ち上がった剣が、何処に落ちるのか。
挙動不審になる刺客とは相反して、グレンは「ジッ」と敵だけを見続ける。
それが視線誘導かと言えばそうでもなく、彼女自身もそれの落下地点を知らなかったらしい。
遠く離れた武器を横目に見たグレンは、「下手じゃん」と悪態をつきながら、敵の最後の剣を奪った。
「武器はちゃんと手に縛り付けておかないと、悴んで落としちまうぞ。……って聞いてねぇな」
地面を真っ赤に染めた3人の刺客は、うつ伏せ状態でピクリともしない。
仲間の返り血でドレスの裾を汚したジュリエールの傍へ、吹き矢の子供が駆け寄ろうとした。
「止まりなさい! ……これは私の過失……。自分の為した行動には、責任を取りましょう」
ジュリエールの強い意志に怯んだ子供は後退り、背を向けて走り出した。
恐らく、幼女が助けを連れて来る頃には、ジュリエールは死んでいるだろう。
覚悟の決まった令嬢は、重たいスカートを残ったレイピアの刃で破り、勇ましく敵の前に立った。
そして、首周りの蛇を横へ投げた彼女は、後悔の念を蛇へ抱きながら「逃げなさい」と命じた。
「私は王族の血を引く者として、最後まで世界を護った。願わくば、貴女が私を殺した事で断罪されると良いですわね」
気丈に振舞ったジュリエールは、先制攻撃を仕掛ける。
レイピアの先が折れた状態にも関わらず、彼女は持ち前のセンスで適切な距離を早々に掴んだ。
左右に攻撃を振って敵を惑わせようとしたジュリエールだったが、相手の手数がそれを許さなかった。
不規則な攻撃を繰り返す双剣と強烈なキックは、徐々に令嬢を追い込んだ。
「こっから人目に付かず料亭へ戻る事は可能だ。……残念だったな、無駄死にで」
終ぞ、力なく倒れたジュリエールは、自らが育てた果物に囲まれて目を閉じた。
目尻から涙を零した令嬢に重なった影は、振り上げた剣の形をしている。
後は重力に任せて、彼女へと下ろすだけだった。
――「ぅあ……わ、私の――」――
聞き慣れぬ女の声。
グレンは強大な魔力の気配を察知して振り返った。
「――私の友達から離れなさいよ!!」
そして、一瞬の輝きで全員の視界が奪われた。
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これは監視する彼女の物語。
思いがけぬ第三者の起こした魔法は、果樹園を更地に変える程強力だった。
次回更新は2026/05/17を予定しています




