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神様の自由帳  作者: ぼたもち
第4章ー青年冒険編ー
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これは監視する彼女の物語


 ジュリエールは才色兼備な女性だ。

 厳しい父親の指導の下、感情を押し殺して生きて来た彼女は、貼り付けた笑顔の裏で多くの策を巡らせている。

 時にはその策が、国の指針から大きく反れている事もしばしばあった。

 今がその(かく)たる例だろう。


 ――――――――――――――――――――

 


「貴女が双刀の使い手だとキーツ様から伺いました。貴女が氷属性だと記号様から伺いました。弱点を知ろうとヤミ様に接触しましたが……残念ながら失敗に終わりましたわ」


 ジュリエールの振ったレイピアは、グレンの横髪を()いだ。

 身を引いたグレンが、(つた)で接着されたチェアに足を取られてバランスを崩す。

 その隙を狙った刺客の剣を、上着に引っ掛けて巻き取ったグレンは、それを脱ぎながら宙返りした。

 驚きの声を上げた刺客達とは違い、ジュリエールは冷静に相手の動きを目で追う。


「そこで考えたのです。弱点を知らぬのではなく、彼自身が貴女の弱点なのだと――」


 ジュリエールの推理を尻目に、グレンは武器を探して周りを見渡す。

 果樹園で使用する農具は、ジュリエールの背後にしか見受けられない。

 恐らく、彼女が意図的にそう配置したのだろう。

 これが彼女の思惑ならば、武器を求めて下手に動くのは悪手だ。


「――この1ヶ月不思議でしたわ。世界一の悪である貴女が、人のフリをして生活している。加えて、人一倍(ひといちばい)自堕落で、警戒の意志すら持っていない……」


「悪口は受け付けてねぇぞ」


 大人しくジュリエールの発言を聞いていたグレンだったが、雲行きの怪しい流れに思わず口を挟んだ。

 麗しい令嬢は「ニコリ」と笑って、扇子で口元を隠す。

 その扇子は街中で使用した花柄の装飾ではなく、模様の無い金属製の武器だった。

 「シャリン」と刃の擦れる音が鳴り響くと、それを合図にグレンの背後が燃え盛った。


饒舌(じょうぜつ)は陽動か……!」


 通常の人間であれば、魔法に詠唱が必要だ。

 神への感謝を忘れぬ為、意志を明確に魔法へ込める為。

 「敵は詠唱無しで魔法を行使しない」と高を括っていたグレンだからこそ、刺客達の行動から一歩遅れた。

 ジュリエールの発言の裏側で、1人の刺客がフードとマスクに隠れて炎魔法を完成させていたのだ。


冷凍光芒(フリージングレイ)


「…………!? ……詠唱は……必要無いのですね……流石は東の魔女ですわ」


 グレンの周りに描かれた魔法陣。

 魔法の発動が出遅れようとも、彼女が追い込まれはしない。

 何故なら、相手は一介(いっかい)の令嬢と国仕えの刺客達だ。

 執念深い実兄や、弱みに付け込む怨霊、極地魔法ポウラーマジックを操れる獣人の神官と比べれば、子供を相手取るのと相違ない。


「酷い御方……爪を隠していらしたのね。武力はあの剣豪にしか無いと思っていましたが、考えを改めましょうか。まあ、だからと言って成す策は変わりませんが」


「へぇ。その策とやら、見せて貰おうか」


 グレンは右足を引いて、駆ける態勢へ入った。

 大きな予備動作に目を奪われた刺客の1人が、グレンを止めようとジュリエールの前へ(おど)り出た。

 剣を盾に見立てたその刺客を障壁にして、ジュリエールの死角へ身を屈めたグレンは、蹴りで1人の態勢を崩し、最後の1人の袖を下へと引っ張った。

 仰向けに倒れる状態となったグレンは、二の腕に差し迫ったレイピアを無視して、刺客の次の動きに集中する。

 盾にしていた剣を左へ大きく振った刺客の腕を、右足で強く蹴り落としたグレンは、流れのままに肘で敵の首を打った。

 ジュリエールへ背を向けた事で、グレンの視界が広がる。

 果樹園の草に紛れて「キラリ」と光った人工物が、グレン目掛けて射出された。


「吹き矢か……」


 使い手は幼い子供。

 ジュリエールとお揃いの縦ロールに、グレンをキツく睨む正義感の強い瞳。

 2人が姉妹だと気付くのに、多くの時間は掛からなかった。


「……なるほど。これがお前達の策か」


「ええ、私が用意した物よりも、強力な毒でしょう?」


 鳩尾に刺さった矢の先には、毒が塗られている。

 幼女の用意した毒は、植物属性が反転した『細胞を殺す魔法』だった。


「流石の魔女でも、魔法由来の毒は効くのですね。やはり、私の考えは合っていましたわ」


 (うずくま)ったグレンの正面に身を乗り出したジュリエールは、扇子で魔女の(ひたい)を撫でる。

 そうする事で、先の尖った扇子がグレンに血を流させた。

 汗と血が入り混じる様子を流し目しながら、ジュリエールは仲間へ指示を出す。

 意味を成さないコードの様な発言を受けた刺客達は、ジュリエールを残して周りの木や植物の中へ身を隠した。


「爪の甘さは予想しておりました。過度に私の言葉へ耳を傾け、この扇子を武器だと判断して他への注意を怠る。私を甘く見た貴女が油断する事で、未熟な子供の刃も簡単に届いた」


 ジュリエールは扇子を手放して、身体に馴染む武器を構え直した。

 そして、指揮棒みたいにレイピアを振ったジュリエールの足元から、棘の付いた蔦が次々と地面から這い出した。


「地上を観ずる濃緑よ。主神の息吹きを糧として、愚かなる大地に光を与えよ――『八重咲き(ダブルブロッサム)』」

 

 急激な成長を遂げた蔦に付いた蕾が花咲き、ジュリエールの周囲を彩った。

 バラに埋もれたジュリエールは、美しくも(おぞ)ましい。


「私の固有魔法は『傾聴(クロ―スリー)』。耳で聞かずとも、魔力が私に秘密を教えてくれますの。貴女が歴史に似つかぬ愚者である事は、早々に知り得ましたわ。そして、本当に危険なのはヤミ様の方だと――」


 腕組みをして指の爪を噛むジュリエールは、悪役令嬢じみた形相でグレンを見下した。


「――あの男は私の傾聴に気付いた上で、遠回しに脅して来ましたわ。国王陛下は貴女を無害だとしましたが、暗部に引けを取らぬ残酷さと優秀さを兼ね備えた貴女の従者は、国を揺るがしかね無い危険人物ですのよ?」


 ジュリエールの語り掛けに、グレンは「また勝手な事を……」と小さく悪態を付く。


「世界の守衛たる私が成すべきは『悪の排除』。敵を下すには弱者からが鉄則ですわ。その手始めとして、貴女をここで(ほふ)ります。そして、貴女の首を持って、仲間を次々と殺して差し上げましょう」


「ま、待ってくれ……!」


 レイピアを振り上げたジュリエールに対し、グレンは必死に抵抗の意を示した。

 立ち上がるのもやっとな足を奮い立たせ、情けなくもガーデンチェアをジュリエールへと投げる。

 筋肉の痺れた彼女が投げたチェアは、ジュリエールへ届きもせずに地面を鳴らした。


「クラヴェルが野放しにしてんのに私を殺すのか? 良いのかよ、国王の命令に逆らって!」


 ジュリエールは死に怯えたグレンを冷ややかな目で捉えながら、「フンッ」と鼻を鳴らして嘲笑(ちょうしょう)した。


「構いませんわ。私がお父様から命ぜられたのは貴女の監視ですの。……『監視対象が暴れたから殺した』。そう言えば全て丸く収まりますから、安心して死んであそばせ」


 ジュリエールの振った一撃が、グレンの腕を掠めた。

 「ヒッ」と声を上げたグレンは軽傷に安堵して、武器を下ろしたジュリエールを見上げる。

 彼女が心変わりしたのかもしれない。

 そんな希望をグレンが持つ一方で、ジュリエールはそれすらも策の上だと言わんばかりに、笑顔を固めた。


「余りにも可哀想ですわね…………そうですわ、最期に残したい言葉をお聞きしましょう。伝説にも近い魔女ですもの。こんな幕切れでは歴史が可哀想ですわ」


 落ちぶれたグレンを舐め切ったジュリエールは、静かに相手の言葉を待つ。

 グレンは暫く黙り込んだ後、「ゴクリ」と唾を飲んでから恐る恐る発言した。


「……理由を。……クラヴェルが私をこの世界に呼んだ意味を知りたい」


「質問……ですか。はぁ……つくづく平凡な御方ですこと……。良いですわ。教えて差し上げましょう――」


 深く失望したジュリエールは、花柄の扇子と人差し指を立てる。

 それは、2人の人物が関わっている事を示していた。


「――貴女を我が世界へ誘う様に命じたのは王妃様ですわ。私の家系は勘が鋭い。時にはその勘が未来を写す事も……」


「……!? 未来予知? 神の領域に人間が昇れるはず無いだろ! 博愛の巫女ですら、予知に条件が必要なんだぞ!?」


 博愛の巫女――女神ニケをその身に宿す巫女リアスは、ニケの気まぐれで未来を見通せる。

 だがそれは、争いの勝敗が付くモノでなければ覗けない。

 ――グレンは「ハッ」として奥歯を強く噛んだ。

 世界の概念を生み出した、女神よりも(くらい)の高い主神が、地上世界に直接的な干渉をしている。

 沈黙を貫く神が動かなければならない事態とは……。

 グレンが想像するのは、悪魔が地上を支配する未来だった。


「おしゃべりが過ぎましたわね。……ふふっ、時間を稼ごうとも、貴女の望む助けは来ません事よ?」


 ジュリエールはヤミを警戒している。

 だからこそ、グレンを陥れる今、美麗なA級冒険者を用いて彼の気を引いていた。

 しかし、言葉の裏を知らぬグレンの耳には、その発言は届かなかった様だ。

 グレンはジュリエールを無視して「クスクス」と笑い始めた。

 毒が回り、窮地に立たされた女の狂気染みた態度に、「焼きが回ったのだろう」と思ったジュリエールは、同情を含んだ一刺しで魔女を楽にしようと動いた。


 ――プスリ――


 グレンの左胸を刺したジュリエールが、心臓を抉り出そうとして手首を回転させる。

 だが、氷塊で固定されたレイピアは、ビクともしなかった。


「クラヴェルの話を聞いてからずっと疑問だったんだ。ダンジョンシステムは人間に都合が良過ぎる。……ヘルツ結晶(シュムック)だったか? 一括で人を管理しようって考えが、いかにも神らしいと思ったね」


「なっ……!?」


 「パリン」とレイピアが割れて、ジュリエールの手元に短い刃が残る。

 武器を失った令嬢の代わりに、身を引いていた刺客達が再びグレンを取り囲んだ。

 だが、それは統率の取れていない動きだった。

 グレンへ近寄り過ぎた刺客は、手首が凍結して剣を(こぼ)す。


「君達の力量は分かったし。(たま)には剣でも使ってやろう」


 ジュリエールに奪われた双刀を拾う事も可能だったが、グレンはわざと刺客から得た2本の剣をだらりと構えた。

 流派の無い適当な態度を目の当たりにしたジュリエールは、怒りのあまり声を荒げた。


「毒が効いたと、演技していましたの? 脳の無い貴女が!? ……ハッ! それとも、ただのハッタリかしら」


 悔し気なジュリエールに動揺したのは、グレンではなく彼女の仲間だった。

 彼女の取り乱す光景が珍しいのか、小声で相談し合った刺客達は、ジュリエールを逃がす策を講じたらしい。

 ジュリエールを最後尾とした刺客は、腰に隠した短剣を取り出して、迷いなくグレンへと立ち向かった。

 リーチが短い事、熟練度が劣る事。

 それらを理由に薙ぎ倒されていく仲間を見たジュリエールは、冷静さを取り戻そうと深い呼吸を繰り返した。

 グレンの戦い方には美しさが無い。

 突きを主流とする剣を横に構えて押し付け、片方の剣を蹴り上げて意味の無い曲芸をした。

 上空に打ち上がった剣が、何処に落ちるのか。

 挙動不審になる刺客とは相反(あいはん)して、グレンは「ジッ」と敵だけを見続ける。

 それが視線誘導かと言えばそうでもなく、彼女自身もそれの落下地点を知らなかったらしい。

 遠く離れた武器を横目に見たグレンは、「下手じゃん」と悪態をつきながら、敵の最後の剣を奪った。


「武器はちゃんと手に縛り付けておかないと、(かじか)んで落としちまうぞ。……って聞いてねぇな」


 地面を真っ赤に染めた3人の刺客は、うつ伏せ状態でピクリともしない。

 仲間の返り血でドレスの裾を汚したジュリエールの傍へ、吹き矢の子供が駆け寄ろうとした。


「止まりなさい! ……これは私の過失……。自分の為した行動には、責任を取りましょう」


 ジュリエールの強い意志に怯んだ子供は後退り、背を向けて走り出した。

 恐らく、幼女が助けを連れて来る頃には、ジュリエールは死んでいるだろう。

 覚悟の決まった令嬢は、重たいスカートを残ったレイピアの刃で破り、勇ましく敵の前に立った。

 そして、首周りの蛇を横へ投げた彼女は、後悔の念を蛇へ抱きながら「逃げなさい」と命じた。


「私は王族の血を引く者として、最後まで世界を護った。願わくば、貴女が私を殺した事で断罪されると良いですわね」


 気丈に振舞ったジュリエールは、先制攻撃を仕掛ける。

 レイピアの先が折れた状態にも関わらず、彼女は持ち前のセンスで適切な距離を早々に掴んだ。

 左右に攻撃を振って敵を惑わせようとしたジュリエールだったが、相手の手数がそれを許さなかった。

 不規則な攻撃を繰り返す双剣と強烈なキックは、徐々に令嬢を追い込んだ。


「こっから人目に付かず料亭へ戻る事は可能だ。……残念だったな、無駄死にで」


 終ぞ、力なく倒れたジュリエールは、自らが育てた果物に囲まれて目を閉じた。

 目尻から涙を零した令嬢に重なった影は、振り上げた剣の形をしている。

 後は重力に任せて、彼女へと下ろすだけだった。


――「ぅあ……わ、私の――」――


 聞き慣れぬ女の声。

 グレンは強大な魔力の気配を察知して振り返った。


「――私の友達から離れなさいよ!!」


 そして、一瞬の輝きで全員の視界が奪われた。


 ――――――――――――――――――――


 これは監視する彼女の物語。

 思いがけぬ第三者の起こした魔法は、果樹園を更地に変える程強力だった。

次回更新は2026/05/17を予定しています

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