これは戦う彼女の物語
しーちゃんは居ても立っても居られなくなり、華奢な腕で剣を振り回した。
「やったわ! 倒せたわよ!」
しーちゃんの前で粒子となったのは、洞窟ダンジョン内では比較的レベルの低いモンスター『ワーム』だった。
手の平サイズの小さな敵を倒した彼女が、これ程までに喜ぶのには訳がある。
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話はミミルとアギルマーのひと騒動後、彼等がパーティを正式に組んだ頃へ遡る。
異空間のそのまた異空。
常識外の場所で知り合った彼等は、自然と「パーティ契約を組もう」という流れになった。
「んじゃ、リーダーは俺で良いんだな」
軽く握りこぶしを作ったマゼンタは、しーちゃんとミミルを交互に見た。
リーダーの責任が面倒だと言うしーちゃんは「いいわよ」と、反抗的な彼女にしては珍しくすんなりと受け入れる。
ミミルは初めからマゼンタがリーダーだと思っていたのか、再確認の言葉に首を傾げながらも最後には深く頷いた。
そして、少し離れて3人の様子を伺っていたシロは、マゼンタと視線が合うと同時に、そっぽを向いて腕組みを決め込んだ。
2人の同意を得られたマゼンタの冒険者カードに、しーちゃんとミミルのレベルが表示された。
「はぁ!? お前レベル1じゃん! 戦えねぇってそう言う事かよ!」
「何よ! あんたに私のレベルは関係ないでしょ!」
秘密主義者のしーちゃんのステータス詳細は表示されない。
だが、パーティを結んだことで、現在のレベルと次レベルまでの必要経験値がマゼンタの手元に開示された。
レベル1とレベル15は雲泥の差。
初っ端火山ダンジョンへ挑んだマゼンタが言える立場ではないが、レベル1で洞窟へ挑むのは無謀だった。
「……困ったなこりゃ。まずはレベル上げか?」
暫く頭を掻いたマゼンタは、口を尖らせながらそう呟いた。
次に、目線を少し横へ移動した彼は、困り顔ながらも安堵の息を漏らした。
ミミルのステータスは、同レベルのマゼンタより数値が良い。
才能の差を嘆く事も羨む事もなく、彼は素直にミミルの力を借りる事にした。
そうやって彼等が向かい合って話し合う中、1人の老人がマゼンタの肩を「トントン」と軽く叩いた。
「ん? 俺達に用か? 随分と連れてんな」
老人の後ろには、若い男と屈強な男。
そして、数人で固まるエプロン姿の女性達の姿があった。
「そちらのお嬢さんが滞納している支払いを、お願いしたいのですが……」
老人がそちらと言った先では、しーちゃんが偉そうな態度で踏ん反り返っている。
彼女が動かぬ様子に、老人の斜め後ろに居た青年が、マゼンタとミミルへ請求書を渡した。
それを一読し、呆れ顔で彼女へ振り返ったマゼンタは、親指で老人達を指しながら「説明しろ」と口パクした。
「ふふん♪ ちゃんと持ってるわよ! ほら、『ワイバーンの爪』! あんた達で好きに分けなさい」
自信満々で戦果を彼等に差し出したしーちゃんを、マゼンタとミミルが慌てて止めた。
「いつの間にドロップ品手に入れてたんだ!? それはミミルの功績だろ! お前が勝手に決めんな!」
「ワイバーンですよ! お釣り来ますよ! 渡しちゃダメです!」
2人の制止よりも先に、目を輝かせた老人はすり足で踵を返す。
そして、大人数で押し掛けた彼等は、息ピッタリの動作でギルドテントを後にした。
「あ……行っちゃった……」
「何で易々と手放したんだよ! もう手に入んねぇレアアイテムかもしれねぇだろ!」
ツインテールの片側を掻き上げた彼女は、悪びれもせずキッパリと言い切る。
「私の物をどう扱おうと私の勝手よ」
今更「返せ」と言っても遅いのだろう。
借りを返し終えた彼女は、笑顔でマゼンタへと手の平を向ける。
「今日からあんたが支払いなさいよ。リーダーさん」
「んでテメェの世話しなきゃなんねぇんだよ!」
拳を振り上げたマゼンタを、ミミルが必死に止める。
しーちゃんはリーダーの役割を「パーティの面倒を引き受け人」と勘違いしている様だった。
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次の日、軽度に装備を整えたマゼンタは、寂しくなった財布を開いて涙を流していた。
「薬草分がパーじゃねぇか……」
レベル上げに託けて貯蓄していた薬草の大半は、昨日中に売り払われた。
手元に残ったのは、希少価値の高い薬草のみ。
しーちゃんの新しい装備と引き換えに、草原ダンジョンで使える道具は、殆ど残っていなかった。
真新しいベルトの装飾をシロへ自慢気に見せたしーちゃんは、「可愛いでしょ」と「ニコニコ」笑う。
機能性を考えない煌びやかな装備だったが、しーちゃんの満足気な様子に、シロは「そうだね」と返した。
8番目の世界へ訪れてからと言うもの、シロと平等に接する人は居なかった。
誰にでも傲慢な態度を取るしーちゃんは、返ってシロを差別しない希少な人物だった。
2人の仲良さげな様子を見ていたマゼンタは、「ホッ」と胸をなで下ろし、魔法陣へと進むミミルの背中を追った。
「先ずはモンスターを探さねぇとな」
草原ダンジョンへ足を踏み入れたマゼンタが周りを見渡すも、出迎えのスライムの姿は無かった。
不格好に剣を両手持ちしたしーちゃんは、「案内しなさいよ」と鼻息を荒く鳴らす。
初めての戦闘に「ワクワク」を隠せない彼女を連れて、近場のモンスターを探し始めたマゼンタ一行。
歩きながら仲間のステータスを確認するマゼンタは、ふとした疑問で立ち止まる。
「ミミルは探知系の魔法持ってないんだな」
フリッガの使用していた「サーチ」が、同じ魔法使いであるミミルには無い。
「同じ職業でも人によって覚える魔法が違うのか」とマゼンタがミミルに問うと、「そうじゃない」と返って来た。
「サーチを覚えるのは50レベル前後だったはず。クラウは彼等のレベル見なかったの?」
ミミルにそう言われて「ハッ」としたマゼンタは、嘗て目にしたアギルマーのレベルを思い出した。
魔石登録の説明時、一瞬だけ目にした彼のレベルは65。
そんな彼等が13レベル前後の冒険者を探していた事に、当時は何の疑問も浮かばなかった。
「見て! あそこにケット・シーが居るわよ! 可愛い!」
「おい、相手はモンスターだぞ」
「キャッキャ」とはしゃぐしーちゃんは、警戒心も無く黒猫へと近寄った。
黒猫の方も満更でもない様子で、草原へ寝そべってヘソ天のポーズを取った。
猫の腹を「わしゃわしゃ」と撫でるしーちゃんの傍らで、同じくモンスターへと手を伸ばすミミル。
完全に観光気分の2人を前にして、マゼンタは大きな溜め息を吐いた。
「とっても愛らしいわね。テイマー系の職業なら仲間に出来るのかし、きゃっ」
「シャン」と爪の出る音と共に、しーちゃん目掛けてケット・シーの鋭い爪が伸びた。
驚きで尻餅を付いた彼女の頬を、「ギリギリ」捉え損なった猫の爪は、そのまま空を切って風の音を鳴らす。
「いっててて……ちょっとミミル待ちなさい!」
黒猫の腹を杖で小突いたミミルの袖を、しーちゃんが強く引っ張った。
腹を打たれたケット・シーは、軽い体を翻して綺麗に着地した。
それと同時に、モンスターの頭上に表示されたHPが半分程ガクンと下がる。
「あの、放してください、しーちゃんさん」
「あんた何様のつもり? あの子は私のペットにするんだから。今からテイマー系統に職業変えて来なさい!」
服を引っ張り無理難題を繰り返すしーちゃんに、困惑で頬を掻くミミル。
その喧嘩を遠巻きに見ていたケット・シーは、ここぞとばかりに逃げ出した。
「ああ! もう! あんた達の所為なんだからね!」
呆れて物も言えないマゼンタと、肩を縮こませたミミルを交互に指差したしーちゃんは、頬を膨らませて「プンプン」と怒りを露わにした。
「まあいいわよ! 私には猫シロが居るもの」
「え? 僕?」
いきなり矢面に立たされたシロは、気まずそうにミミルから目を逸らす。
話の中心に奴隷を持ち出す行為は、ご法度なのだろう。
珍しく機嫌を損ねたミミルは何も言わず、次の標的を探して独りでに歩き始めた。
ギクシャクしたパーティの空気を取り持つ為、マゼンタはミミルを追うことにした。
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しーちゃんは剣を大きく振り被ると、その重みで片足を上げてへたり込んだ。
彼女は箸より重いものを持ったことが無いのか、慣れない重い装備に四苦八苦していた。
「どうして上手くいかないの! 説明しなさいよ猫シロ!」
「単純に筋力が足りてない。レベル上げれば解決すると思う」
「馬鹿猫! そのレベルを上げる為に武器が必要なのよ!」
「もっと軽い武器を選べば?」
シロの正論にしーちゃんは顔を真っ赤に染めた。
だが、頑固な彼女は強いシロの口調には屈せず、疲労で震える指を彼に向けた。
「譲歩して剣を選んでんのよ! これだけでも有難いと思いなさい!」
「そ。まあ、僕には関係ない」
火に油を注ぐ冷たい態度のシロに、怒りを爆発させるかと思われたしーちゃんは、深く息を吸い込んで冷静を装った。
そして、いつもの偉そうな態度に戻ると、ツインテールの毛先を指で「クルクル」回しながら横目でシロを見る。
「ふふん。私が戦えなくて困るのはあんたの御主人様よ。いいのかしらー、あんな使えない魔法使いだけにパーティの命運を任せて」
シロの主人はグレンなのだが、2人で行動するマゼンタとシロの関係性を勘違いしても仕方ない。
その言葉を肯定も否定もせず、考え込んだシロは諦めた様子で「うん」と頷いた。
「分かった、身体補助くらいならしてあげる。……初めの内だけだからね?」
「さっすが猫シロ! 話が分かるじゃない!」
「パッ」と態度を変えてシロに抱き付いたしーちゃんは、「早くしなさいよ」とシロを急かした。
身の毛がよだつ馴れ馴れしい態度に、シロは素早く彼女から距離を取りつつも、彼女の身体へ補助魔法を施した。
「凄い! 身体が軽いわ!」
飛び跳ねて自身の軽さを強調するしーちゃんは、片手に持った剣を「ブンブン」と振り回す。
調子に乗って遊び回るので、彼女の手から剣が「スポン」と抜け落ちた。
「あっ」
短い彼女の声が上がるのと同時に、彼女の剣が通り掛かったモンスターの頭を仕留めた。
『critical』の文字と経験値のエフェクト。
彼女に倒されたのは『カーバンクル』という名のリスのモンスター。
念魔法の幻影が得意なそのリスは、誰にも気付かれぬ様に生息していたが、運悪くしーちゃんの剣に当たってしまったらしい。
そして、その事実に震えたのは、消滅を始めたリスではなくシロだった。
「わぁ! 初めてレベルが上がったわ! たった1匹でこんなに貰えるのね。ふんっ! アイツ等のレベルなんて大したこと無いじゃない」
しーちゃんは脳内で流れるレベルアップ音を聞きつつ、上がったステータスの詳細を確かめている。
その近くで、シロはリスが残した濃い紫の魔石を拾って、不信感を募らせていた。
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パーティの経験値割り当ては、リーダー権限で操作出来る。
その事実に気が付いたマゼンタは、自分の取得経験値をしーちゃんへ割り当てた。
ウォーミングアップの後に挑んだ草原ボス『ヒポグリフ』との戦闘は、ミミルにより難なく討伐が出来た。
だが、その戦闘内容には不安が残る。
相変わらず短絡的な行動を取るマゼンタと、文句ばかりで戦力にならないしーちゃん。
極めつけに、ミミルが2人を差し置いて、ヒポグリフを単独討伐してしまった。
「ミミルは魔法使いだから防御低いだろ? 無理すんなよ」
「えっと……。うん、分かってるよ」
予備のポーションを飲みながら空返事をしたミミルを、心配そうに見つめるマゼンタの手には、ヒポグリフの落とした魔石が握られている。
彼の性格が変わった原因は感情の喪失に他ならないが、それを治すためには上位レベルのボスを討伐するしかない。
ダンジョン内死亡のペナルティ『感情喪失』。
上位ダンジョンに行くほど重くなるペナルティには、救済措置としてそれを取り返す方法が存在した。
それは、同じ喪失レベルが適用されるダンジョンでボスを討伐する事。
討伐の戦利品と引き換えに感情を取り戻せるシステムは、下位レベルにおいては重宝されていた。
だが、ミミルが失った様な重度な感情喪失を取り戻した者は、殆ど存在しない。
――喪失レベルSのペナルティを踏めば、二度とダンジョンに戻れない――
そう揶揄された噂話が、真実だとマゼンタ達が気付くのは、洞窟ダンジョンのボス『マザーワーム』を倒す時だった。
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これは戦う彼女の物語。
余所見をしていたマゼンタは、ヒポグリフ戦で手にした魔石を冒険者カードへ追加登録してしまった。
次回更新は2026/03/29を予定しています
今まで消失と喪失間違えてた気がします。
気にしないで下さい。




