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神様の自由帳  作者: ぼたもち
第4章ー青年冒険編ー
73/83

これは痛みを無視する彼の物語


 普段よりも高めにヘアピンをセットしたミクは、グレンの飲みかけの紙コップを掠め取って記号の前に差し出した。


「これは何杯目のコーヒーでしょう?」


 記号が「ムムム」と唸り、グレンが「返せ」と言っている最中、ミクは人差し指を揺らして「チクタク」と左右に揺らした。


「分かた! コーヒーは沢山飲んじゃダメってヤミヤミ言ってたから、最初の1杯!」


 ミクの人差し指を掴んで止めた記号は、自信満々に宣言した。

 ミクは「グググ」と身を縮めて回答を勿体ぶる。

 彼女の言葉を待てない記号は、テーブル越しにミクの腰へと跳び付いた。


「ブブー! 正解は2杯目でしたぁ!」


「何ですと!? 記号さん間違ってないもん!」


 ミクは推理を披露する。

 薄茶色の紙コップの外側に付いた濃いシミは、グレンが不注意で零した名残。

 雑に捨てられたタオルと、テーブルの継ぎ目の汚れを証拠品として提示したミクは、「フッ」と、嘲笑気味に笑った。


「グレンさんへの理解力は私が上でしたね」


「ぐぬぬぅ……記号さん負けない! 次は記号さんの番!」


 元気な2人を背景に、手持ち無沙汰のグレンは、ミクに取り上げられた紙コップを眺める。

 彼女の推理通り、外面は過度に汚れが染み込んでいた。

 一度汚れたシミは、決して元には戻らない。


 ――――――――――――――――――――

 

 マゼンタは時折、姉弟の夢を見る。

 夢の中では裁縫上手な姉と、不器用な弟が楽しそうにぬいぐるみを編んでいる。

 いつもは見えない2人の表情が、今日はハッキリと認識出来た。


「オーブリー……お前、女だったんだな……」


「ボク……私はー、女なのー?」


 当時とは違う、痩せこけた細い身体の娘。

 マイペースな彼女の声を5年越しに聞いたマゼンタは、彼女が弟と指した少年の横顔を覗いた。


「ミミル?」


 特徴的な太い眉を見たマゼンタはつい、口から疑問が漏れた。

 その声を拾ったオーブリーは、目を伏せて首を左右に振る。


「もうー……思い出せないんだー。何度もー何度もー身体を縫ったからー」


 腕に巻いた包帯の隙間から、彼女の素肌が覗く。

 オーブリーと名付けられた少年を()()ぎした彼女の全身には、オーブリー達の魂を失った今でも痛々しい傷跡が残っていた。

 彼女が思い出せないのは、本当の弟の素顔。

 ミミルのパーツを貼り付けた少年は、オーブリーの作り出した幻影に過ぎなかった。


「……ルシファー様への、全ての幸せへの怒りー。それがー、私に残る唯一の、意志」


 ミミルの顔をした少年が笑顔で彼女の方へと振り返り、全力でその身体を抱き締めた。

 彼と抱き合ったオーブリーは、虚ろな瞳に僅かな光を宿すと、悲し気な表情でマゼンタの方を見上げた。


「私はー……私は弟を護りたかったー。ルシファー様のー支配からー逃れたかったのー」


 涙を「ポロポロ」と流したオーブリーは、マゼンタから差し伸べられた手に、「来ないで!」と叫び声を返す。

 

()()って言うのかなー。彼もきっと救われたかったんだねー」


「オーブリー!?」


 座り込んだ彼女の足元から、暗闇が這い上る。

 オーブリーの胸元に顔を埋めていた幻想の弟は、次第に「ドロドロ」と溶けて彼女の全身を濡らした。


「寒い……ざむい……」


 ヘドロじみた塊に変貌した弟を、再び抱き寄せたオーブリーは、ヘドロで顔を隠したままマゼンタに言った。


「君はー、私のー最初で最後の友達――」


 オーブリーの身体が、弟と同じ様に闇の中へと溶けていく。

 その内の蒸発した靄が『怨霊(ギフト)』だと気付いたマゼンタは、妖刀を持ち出してそれを斬ろうとした。

 だが、ここは彼の心の中。

 妖刀の代わりに現れたのは、マゼンタの本能を司る『泣き虫な自分(火炎クラウ)』だった。


「ひっぐ……オーブリー今までありがとう……。5年間、僕の事を護ってくれて……」


「ううんー。感謝したいのはー私の方ー」


 『誰かを護る』。

 それはオーブリーの根底にある願いだった。

 彼女は嬉し気に「クスリ」と笑って目を細めた。


「だからー、今度は、私がー助けてあげるねー」


 彼女の抱き締めた闇が「ズズズ」と音を立てながら、マゼンタの精神世界から消えて行く。

 取り残されたマゼンタは悔しそうに拳を握り、クラウは人目(ひとめ)(はば)らずに大泣きしていた。


 ――――――――――――――――――――


 マゼンタを取り込もうとする『強欲の呪縛』は、彼の精神に大きく左右される。

 弱った心と魔力の欠乏は呪いを加速させ、彼を彼ではない何かに変えようとしていた。


「――タ! マゼンタ!」


 揺さぶられる感覚で、マゼンタは目を覚ます。

 後光の射した視界に一瞬目を伏せた青年は、何度か(またた)いて目を擦った。

 自分の視界を埋めていた光が、シロの後方に浮くランタンの明かりだと気付いた彼は、ランタンを持つ娘を見上げた。


「……超絶しーちゃん」


「違うわ! 超絶カワイイ最強しーちゃんよ!」


 「キンキン」と騒ぐしーちゃんの声が、寝起きのマゼンタに耳鳴りを誘発する。

 苦し気に頭を抱えたマゼンタは、自分が上裸(じょうら)な事に気が付いた。

 洞窟ダンジョンの硬い岩の上に横たわっていたマゼンタの背中に、刺さった小石が「チクチク」と痛みを生んだ。


「ごめん、直接触れた方が魔力を流せたから」


 シロはマゼンタに謝りながら、肩へと触れた。

 (かつ)ての怨霊(ギフト)から受けた外傷は、宿主を殺そうと脳を目指している。

 だが、今回はいつもと様子が違った。

 上へ上へと移動していた黒い靄は、インクをぶちまけた様に真っ黒な色で、マゼンタの肩を染めている。

 その形は何かの棘だろうか。

 傷口を中心に浮かび上がったベタ塗りは、等間隔に8本の棘を構築していた。


「見た目に反して今は落ち着いてるみたい。消費した魔力の大半が『居候(いそうろう)』の分だったからだろうね」


 シロの言う居候に心当たりのあったマゼンタは、自分のステータスを表示して確認する。

 案の定、カッコで表示されていた雷属性の魔力が、根こそぎ無くなっていた。

 

「当面心配ないと思うけど、無茶な魔力消費は避けた方がいい。全く……雑な魔力の使い方は誰に教わったんだい? まさか、僕って言わないよね?」


「ハッハハハ……ちょっと(りき)んじまっただけですよ」


 ポリポリと頭を掻いたマゼンタは、オーブリーを失った悲しみを紛らわせる為に「ケタケタ」と笑う。

 2人の会話を伺っていたしーちゃんは、蚊帳の外が気に食わず、手持ちのランタンをマゼンタの頭に「ガシャン」と無造作に置いた。


「あんた、馬鹿で鈍臭(どんくさ)い上に愚かなのね。……まあいいわ。あんたとその魔法猫、私がこき使ってあげる。有難(ありがた)く思いなさい」


 相変わらずの上から目線に、傲慢な態度。

 頭を押さえるランタンをしーちゃんから奪い取ったマゼンタは、彼女の腕を掴んで顔へと寄せた。


「あん時、ミミルが割って入ったのは、お前が()()けたからだよな。じゃなきゃ、あいつが死にに来る訳ねぇ。どんな能力か知らねぇが、俺達を殺してぇなら覚悟しろよ」


 バツが悪そうに目を逸らすしーちゃんの頭を、ランタンの光が追い掛ける。

 話の流れが掴めないシロは、2人の様子を伺いながら、いざという時の為に彼女の周りに魔力を練っていた。

 途端、しーちゃんは恐怖で目を丸くする。


「わっ悪かったわね! あいつが戦わないと出られないって思ったの! 死ねなんて言ってないわよ!」


 「本当よ」と、目尻に涙を溜めたしーちゃんは、シロの方を「チラチラ」と伺いながら口を「ムッ」と尖らせる。

 彼女の視線を追ってシロと目配せしたマゼンタは、「うん」と頷いてしーちゃんへ向き直った。


「だが、そう仕向けた事実に変わりないだろ……。ったく、ギルド戻ったらちゃんと謝れよ。『消失』の責任も俺達で取るぞ」


「……分かった。分かったから、あの獣人を止めて! こんなんじゃ(いく)つ命があっても足りないわ!」


「はぁ? シロさんがどうしたんだよ」


 シロの放つ、高純度の魔力を把握する存在は(まれ)だ。

 言い換えれば、しーちゃんはマゼンタよりも、魔力を感知する能力を持っている。

 のらりくらりと魔力を調節したシロは、警戒した瞳でしーちゃんの身動きを追った。

 防御魔法も探知魔法も展開してない無防備な状態の人間。

 1つ気掛かりがあるとすれば、彼女の魔力の質だろうか。


「……君が10番目の世界(ベラータ)の愚者なら容赦しない。マゼンタを(おとし)めないなら何もしないよ」


 「パッ」と笑顔を咲かせたしーちゃんは「話が分かるじゃない」と、シロへ気さくな態度を取る。

 猫耳の毛を逆立てたシロは、驚いた様子のままマゼンタの影へと移動した。


「そういや、アギルマー達どこ行ったんだ?」


 マゼンタの質問に、シロの肩が「ピクッ」と反応した。


「……先に、ギルドへ帰ってんじゃない?」


 投げやりなシロの呟きに「マジかよ」と驚きで返したマゼンタは、しーちゃんの手首を掴んでダンジョンの出口を一目散に目指す。

 平凡な体幹のしーちゃんが岩に(つまづ)いて倒れそうになるのを、シロの魔法が「フワッ」と浮かした。


「きゃっ! ちょっと! 私のペースに合わせなさいよ! 怪我しちゃうじゃない!」


「ミミルとアギルマーを鉢合わせちゃ不味(まず)いんだよ!」


 アギルマーに騙された同盟のマゼンタは、1人で怯えるミミルを想像して額から汗を(にじ)ませた。


 ――――――――――――――――――――


 受付のあるギルドテント内に足を踏み入れたマゼンタは、部屋の中央部へ集まった冒険者達に驚いた。

 閑散として然るべき場所は、多くの人々でごった返している。

 冒険者等の背中で足止めを食らったマゼンタは、ミミルを探して彼等を掻き分けた。


「私はお前達の所為で、ダンジョンに閉じ込められていた! 絶対に許さない!」


「ちっ……証拠もねぇのに決めつけんな。お前が自分の不注意で迷ってただけだろうが」


 ミミルの声は野次馬の中心部にあった。

 アギルマーを睨み付けた太眉の青年は、マゼンタの姿を見つけるなり、大股で彼の許へと近寄った。

 そして、マゼンタの腕を掴んでこれ見よがしに上げた彼は、冒険者達の視線を独り占めしながら堂々と声を荒げた。


「証人ならここに! 私と同じ被害者だ。それに、私達だけじゃないはずだよ。クルンヴィッグに居る冒険者の数は、そう多く無いでしょ」


 野次馬の中には、若い顔がチラホラある。

 その内の殆どの冒険者が顔を暗くさせたのを、ミミルは目敏(めざと)く見つけた。

 

「はっ! んなハッタリで俺達に逆らうのか? 何にも出来ねぇ低レベが口答えしてんじゃねぇ」


 「ガシャッ」と、アギルマーがミミルへ向けた槍の切っ先は脅しだ。

 これで内気なミミルが引き下がるだろうと考えた彼は、悪い笑みを隠そうともせず口角を上げる。

 だが、彼やマゼンタの予想とは裏腹に、ミミルは自分の喉へ槍の先を押し付ける様にゆっくりと前進した。

 

「ギルド職員さん。この行為も含めて、アギルマーパーティへの処罰を求めます」


 ミミルの毅然とした態度に(おく)したアギルマーは武器を下げ、その代わりにフリッガが苦しい表情で杖を構えた。

 ギルド職員は「オドオド」しながら杖へと目を遣り、震える声で小さく呟いた。


「しょ、証拠も無いようですし。数人の証言では判断しかねます……」


 職員の発言に「ちょっと」と口を出し掛けた若い受付嬢は、同僚達にすぐさま押さえ付けられる。

 その様子を「ニヤニヤ」と笑って見るアギルマーは、形勢逆転を感じ取ってミミルへとガンを飛ばした。


「あーあー、テメェの所為で俺の評判が下がっちまったなぁ! ちゃんと責任取れよ?」


 ミミルの耳元で「逃げんじゃねぇぞ」と締め括ったアギルマーは、ミミルの怯える顔を見ようと一歩身を引いた。

 丁度その時、ミミルがアギルマーの首を「ガッ」と掴んで殴り掛かる。

 下がろうとしていたアギルマーはバランスを崩し、そのまま尻餅を付いた。

 ――周りから悲鳴が上がり、空気が一転した。

 ミミルは空気の変化にお構いなしで、何度もアギルマーの顔面へ向けて拳を下ろす。

 だが、前衛職と魔法使いでは力量の差が歴然だった。


「ざけんじゃねぇぞ雑魚ガキが!」

 

 ミミルの行動でタガが外れたアギルマーは、青年の肩を押して馬乗り状態になると、彼よりも鈍い音で拳を叩き付けた。


「ミミルを放せ!」

炎の拳(ブレイズクラッシュ)


 ミミルへと向かったマゼンタの脚に、フリッガの魔法が放たれる。

 炎の塊に脚を潰されたマゼンタは、テントの支柱へ頭を強打した。

 

「きゃああああ! 脚がっねっ猫シロ! あんたも戦いなさいよ」


 惨劇を目の当たりにしたしーちゃんは、一足遅れてダンジョンから出て来たシロの腕を掴んで、無理矢理受付のあるテントへ引っ張った。

 彼女に()()られる中、覚えのある魔力を感知したシロは、しーちゃんを追い越してテント内を覗く。


「……生きてる」


 ダンジョン内で彼等の息を止めた白猫は、五体満足で暴力を振るうアギルマーを見て唖然とした。

 それと同時に、込み上げた怒りでテント内に竜巻を発生させたシロ。

 入口から吹き入れる強風に目を向けたアギルマーとフリッガの顔は、シロを見るなり恐怖の色へと変わった。

 全身を震わせた2人を護るべく立ち塞がったヤカブも、彼等と同じ様に「ガタガタ」と震えて甲冑を鳴らしている。


「あんた達! これ以上暴れるなら、こいつの魔法で痛い目に()わすんだから!」


 緊張した空気の中に、しーちゃんの高い声が響く。

 それを合図に、背面のテントを割いたアギルマーは一目散に逃げ出した。

 リーダーに続くフリッガとヤカブ。

 甲冑の男は足を止めると、荷物をその場に置き去った。

 彼等が遠くへ行くに連れてシロの怒りが落ち着き、文字通り嵐は過ぎ去る。

 脚を抑えて座り込むマゼンタへと駆け寄ったシロは、彼の指す方を見た。

 大の字で横になったミミルは動かない。

 シロに彼の治療を優先させたいマゼンタは、片足で無理矢理立ち上がると、シロの肩をミミルの方へと押した。


「ミミル! 意識はあるか?」


 マゼンタの声に「ピクッ」と反応したミミルは起き上がり、テントの裂け目を見て舌打ちした。


「チッ……逃げられたか」


「あんた、性格変わってない?」


 ミミルの暗い言葉にツッコミを入れたしーちゃんは、ヤカブの残した荷物からポーションを取り出して、マゼンタの顔面にぶっかける。

 扱いの酷さに苛立つマゼンタと、傷が治らない事にキョトンとするしーちゃん。


「ポーションはダンジョン専用だぞ」


「へぇ、知らなかったわ」


 一方、シロの植物魔法で完治したミミルは、アギルマー達の背中を追おうとするも、白猫の手に阻まれていた。

 奴隷に腕を触られた事へ「ギョッ」とした青年は、すぐにその手を振り払い、袖同士を擦り合わせて汚れを拭う。


「まあいいか。あんな奴等、構ってるだけ時間の無駄だし。次見掛けたら容赦しないけど」


 「ムスッ」とした態度のミミルは、ダンジョン内で見かけた彼とは遠くかけ離れている。

 彼に気を遣って言葉を探すマゼンタは、同じ気持ちであろうしーちゃんへ目線を向けた。


「ステータス見せなさいよ」


 偉そうに顎を「クイッ」と上げたしーちゃんは、ミミルを急かす様に片手を「ブンブン」と振る。

 そして、ミミルのステータスが、マゼンタとしーちゃんに開示された。


『【状態異常】 感情喪失【恐怖】』


 恐怖を失った青年へ、マゼンタとしーちゃんが同情の瞳を向ける。

 注目を一身に受けたミミルは、気まずさで頬を染めていた。


 ――――――――――――――――――――


 これは痛みを無視する彼の物語。

 恐怖が無ければ、人はどんな無謀にも立ち向かう。

 行きつく先が地獄だろうとも。

次回更新は2026/03/22を予定しています

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