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神様の自由帳  作者: ぼたもち
第4章ー青年冒険編ー
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これは無謀な彼の物語


 クルンヴィッグの洞窟ダンジョン。

 その地のエリアボスは、『マザーワーム』と呼ばれるゴカイの親玉だった。

 通常、ミミズに似たその生き物は30㎝程の大きさだが、ことマザーに関しては常軌を逸していた。

 洞窟内に鳴り響く地鳴りは、マザーワームが地面を這う音。

 転送魔法陣を中心として外周を這うその生き物は、時速50㎞を優に超えていた。


 ――――――――――――――――――――

 


「ワームが増えて来た。この先がマザーワームの周回エリアだな」


「ひぃぃ! こんなに居るなんて聞いてないわよ! きゃああ! 降って来たああああ!」


 冒険者達の頭に「ベトッ、ドロッ」と、大量のワームが降り注ぐ。

 肩に触れたワームを泣き叫びながら叩き斬ったしーちゃんは、武器を「カラン」と落としてシロの方へとにじり寄った。


「猫シロー! このベトベト取りなさいよー!」


「汚い。近寄らないで」


 汚れた両手をシロに向けた状態のしーちゃんは、彼の言葉でその場に固まる。

 シロは、口をへの字にして「プルプル」と震える彼女を嫌そうに見つつ、新品のタオルで彼女の手や肩を拭き始めた。


「おい、サボんな馬鹿! 手数が足んねぇだろ!」


「はぁ!? 偉そうに命令しないで! 雑魚くらいあんた1人で倒しなさいよ!」


 相変わらずマゼンタへの当たりが強いしーちゃんは、「キッ」と彼を睨んで使い終わったタオルを彼へと投げた。

 マゼンタとしーちゃんの間には数mの距離があり、タオルはそのまま地面へ「ベチャッ」と落ちる。


「――ひっ!」


 タオルの触れた場所。

 先程までしーちゃんが立っていた場所は今や、大量のワームが地面を覆い尽くしていた。


「ねぇ、クラウ。ワームの数が異常だよ。もしかしたら、この空洞は――」


「全員下がれ! マザーワームが戻ったぞ!」


 ミミルの発言を遮ったマゼンタは、状況を飲み込めていないしーちゃんを突き飛ばした。

 「ドドドド」と鳴る音が彼等へ近寄ったのも束の間、辺り一面に暗闇が広がった。


「なっ……一体何なのよ!」

 

 横穴へ転げたしーちゃんは、ぶつけた後頭部を摩りながら片手で洞窟の壁を探す。


「明かりを……点けなさいよ、馬鹿……」


 しーちゃんは不安気に「じわじわ」と前進する。


 ――トン――

 

 指先が冷たい岩壁に触れて安堵した彼女は、「ホッ」と胸をなで下ろして周りを見渡した。

 何一つ視認できない暗闇の中で、マザーワームが這う音だけが鳴り響く。

 壁に手の平を当てた状態で俯いた彼女は、エリアボスが過ぎ去るのをただ待ち続けた。

 そして、マザーワームの通過した空間に、天井からの光が広がった。


「……ううっ」


「ミミル!? 酷い怪我じゃない! ちゃんと逃げなさいよ!」


 脚を押さえるミミルへ駆け寄ったしーちゃんは、彼の頬を掴んで無理矢理ポーションを飲ませた。


「ゴボッ! ゲホッゴホッ! じっ、自分で飲めます」


「怪我人が口答えしてんじゃないわ! 私が手ずから介抱してるのよ! 感謝しなさい!」


 空の瓶を投げたしーちゃんは、残りの仲間を探して周りを見渡す。

 彼女の前には、平気そうな顔をして現れたシロの姿。

 残りの1人は何処に居るのだろうか。


「リーダーの分際で先にくたばるつもり? 早く出て来なさいよ」


 マザーワームの通り道へ身を乗り出したしーちゃんは、マゼンタを探して近場の洞穴を覗く。

 探せど探せど、マゼンタの姿は何処にも見られない。


「……もしかして、死んだのかしら」


 「はぁ」と溜息を吐いたしーちゃんは、マザーワームに倒された情けない仲間を憐れむ。


「死んでねぇよ。天井にぶら下がってた」


「いやああああ! きっもい! あんた馬鹿じゃないの!? ワームは服じゃないわ! 常識も無いのかしら!」


 全身ワームだらけのマゼンタを見たしーちゃんは、叫びながら彼から距離を置いた。

 職業魔法『ウェアフレイム』で自分の服を燃やしたマゼンタの身体には、燃え(たぎ)る炎と瀕死のワームがへばり付いていた。


「よく、無事だったね」


 マゼンタに上着を貸したミミルは、「どうして上に逃げていたのか」と問うた。

 彼曰く、マザーワームの周回する空洞の縦幅は、マザーワームの胴体よりも広いらしい。

 子供を産み落としながら、同じ場所を「グルグル」と巡るマザーワーム。

 生まれたてのワームは、本能的に壁を張って天井を目指しその場所に身を寄せ合う。

 そして、マザーワームの次の周回で、重なり合ったワームの一部は、母親に轢き殺されて命を落とす。

 毎度密度の違うワームの重なりは、空洞の縦幅を広げる一役(ひとやく)(にな)った。


「同時に問題点が出たな。マザーワームはワームの経験値を得てレベルが上がってる。長期戦になれば俺達が不利だ」


 マザーワームの進行中に唯一レベルを視認していたマゼンタは、モンスターのレベル上昇を目撃していた。

 現在のエリアボスのレベルは22。

 異空ダンジョンに訪れてから、この場所に辿り着くまでに小一時間浪費している。

 中途半端なボスのレベルは、その間にマザーワームが力を蓄えていたと考えられた。


「まあ、個体差も有るかも知れねぇが、次の周回でマザーワームのレベルが上がってることも考えられる」


 「それに」と付け加えたマゼンタは、マザーワームの返り血で「ドロドロ」に変色した木刀を持ち出した。


「レベル上昇で、さっき与えたダメージが回復する事も視野に入れねぇとな」


 マゼンタの冷静な分析を聴き終えたミミルは、洞窟を見回して足止めの手立てを模索する。

 一方、黙って話を聞いていたしーちゃんは、恥ずかし気にマゼンタの(はだ)けた肌を「チラチラ」見ながらシロの袖を引っ張っていた。


「ポーションも使っちゃったし、あんたもボロボロじゃない。今回は帰って休みましょう……お風呂にも入りたいもの」


「そうだな。レベルが上がるかどうか、次は最短でここを目指せば分かるだろう」


 しーちゃんの発言に一理あると、珍しく彼女の提案を素直に聞き入れたマゼンタは、駆ける足音を聞いて振り返った。

 「タタタ」と小気味良い音のした先では、ミミルがワームの密集する地面に手を突っ込んでいた。


「きゃああああ!」

「おい! 離れろミミル!」


 「え?」と、叫ぶ仲間へと視線を移したミミルは、その場でバタンと倒れた。

 ミミルが手を伸ばした先は、マザーワームの進行を逃れた体力の多いワームの集合地。

 攻撃力の弱いワームでも、数が増えればミミルのHPを一瞬で吹き飛ばせた。

 「キラキラ」と輝く粒子を見たマゼンタは、すぐさまダンジョンから離脱する事を決意した。


 ――――――――――――――――――――


 ダンジョン内での死亡は、地上の死よりも扱いが軽い。

 とりわけ、マゼンタ達が挑んでいる下位帯のダンジョンでは、リスクが無に等しかった。


「これで何度目だと思ってる、ミミル。危険な行動は控えろって言ってんだろ」


「? うん。悪かったよ」


 マゼンタの長い説教を聞き終えたミミルの反応は鈍く、本当に理解しているとは思えなかった。

 ミミルの失った感情は、予想以上にダンジョン攻略の足枷(あしかせ)となっている。

 『恐怖』は、自身の身を護る為の最大の感情だ。

 恐怖が無ければ逃げる事も、危険を忌避(きひ)する事も出来ない。

 「痛みを感じれば逃げろ」と言ったマゼンタの命令も、今のミミルの心には全く響いてなかった。

 実際、マザーワームの進行から、ミミルとしーちゃんを護ったのはマゼンタだった。

 恐怖に無関心で動かぬミミルと、実戦経験が少ないしーちゃん。

 そんな2人を庇いながらの戦闘は、マゼンタにとって負担だった。

 反応の薄いミミルを部屋に残して外へと出たマゼンタは、ダンジョン内の様に暗いクルンヴィッグの村の空を見上げた。


「策はあるの?」


 マゼンタが1人になったのを狙って現れたシロは、彼の隣へ立って質問をした。

 頭を抱えながらその場にしゃがみ込んだマゼンタは、彼にだけ本音を吐露し始める。


「俺はもっと強くなりてぇ。冒険者になりたかったのも、S級目指してんのも全部強くなるためです。だから、あの女とやっていくのは間違いだと思います」


 「ミミルだって」と言葉を続けようとしたマゼンタは、強く自身の唇を噛んだ。


「俺の思い描く魔法使いはシロさんですよ。……魔法使いは誰よりも冷静だ。そんな先入観がミミルを否定しちまってるみたいで嫌んなります」


 マゼンタの震える声に詰まった弱音は、絶対にミミルとしーちゃんの耳には入れてはいけない。

 だからこそ、「はー」と深く息を吐いた青年は、勢いよく立ち上がってシロへと無邪気な笑顔を向けた。


「でも、俺は負けませんよ。成り行きとは言え、あいつ等は俺の仲間ですから。策は……えーっと、まだ何も思い付いてませんが……」


 語尾を濁らせたマゼンタは、泳ぐ目を抑える様に自分の頬を強く叩いた。


「俺が絶対あいつ等を強くしてみせます。誰も、見捨てたりなんてしません」


 マゼンタの強い瞳は、以前と何ら変わりない。

 怨霊の魂を救いたいと願ったあの頃と。


「勿論、シロさんの事も見捨てませんよ」


「……そう。僕は君のお()りなんて()(ぴら)御免(ごめん)だけどね」


 早々に踵を返したシロは、本心を隠している。

 だから、彼の心情を察したマゼンタは、白猫を引き留めようとはしなかった。

 シロの逃げた先。

 路地の影から2人の会話を盗み聞いていたしーちゃんは、シロと目が合って居心地悪そうに身を縮めた。

 尚も歩みを進めるシロの背中を追った娘は、何かを言いたげに何度も手を彼に伸ばすが、結局その手は白猫には届かなかった。


 ――――――――――――――――――――


 ミミルは降り注ぐワームに杖を奪われた。

 魔法使いが杖を失えば、戦う術がない。

 無力に(おちい)った青年が『恐怖』するのは必至だった。

 だが、彼においてその感情は無い。


「走れ! ミミル!」


 しーちゃんを抱えて横穴に避難したマゼンタが叫ぶも、ミミルは周りを見渡すばかりでその場から動こうとしない。

 彼を助けようと身を乗り出したマゼンタを、しーちゃんのか弱い腕が引き留めた。


「放せ、馬鹿!」


「ダメよ! あんたが行ったら私が死ぬわ!」


 訳の分からぬことを言うしーちゃんに妨害され、マゼンタはミミルを救う機会を失った。

 「ドドドド」と近寄るマザーワームの這う音を気にも留めず、ミミルは前回と同じ様にワームの集まる地面へと手を伸ばした。

 彼の上部に表示されたHPが、「ジワジワ」と減っていく。

 このままだと、マザーワームが辿り着くよりも先にミミルは死んでしまうだろう。


「何やってんだ、あいつ。それに、どうして地面に居るワームがあんなに生きてんだ?」


 マザーワームは同じ場所を周回して、子供を轢き殺しているはず。

 それにも関わらず、ミミルの足元には大量のワームが未だ健在だった。

 腕を伸ばして地面を探るミミル。

 途端、彼の身体が地面へ「ドプン」と深く沈んだ。


「ミミル!」


 横穴から頭を出したマゼンタは、高速で迫るマザーワームの胴体に、側頭部を掠めて後方へ吹っ飛んだ。

 前回同様の暗闇に見舞われたしーちゃんは、マゼンタを探して手を前に出した。

 「ボッ」と燃えた小さな明かりで顔を照らしたマゼンタが、しーちゃんの許へと寄る。


「ミミルは……上に逃れたと思うか?」


「ワームに沈んだ可能性の方が高いわよ。どの道無事じゃないでしょうね。あんな奴、死んで当然よ」


 ツンケンしたしーちゃんの態度を(とが)めず、マゼンタは心配そうにマザーワームの通過を見守る。

 その時だった。


 ――ドゴオオン!――


 マザーワームの進行とは違う轟音が鳴り響いた。

 僅かに浮いたマザーワームの胴体の隙間から、強い風がマゼンタとしーちゃんの居る横穴へと吹き込んだ。


「きゃっ!」


 腕を強く引かれて強引にマゼンタから抱かれたしーちゃんは、きつく目を瞑って命運を彼に任せた。

 マゼンタは木刀に炎を纏わせて風の流れを操る。

 彼等のHPは風前(ふうぜん)灯火(ともしび)となったが、被害を最小限に抑えた事で死亡を逃れた。


「見ろ。こいつ、状態異常になってるぞ」


「気絶? どうして?」


 マザーワームの全貌は見えぬが、穴を塞いだまま停止したモンスターの体力表示の下には、『気絶』の状態異常が表記されていた。

 そして、HP自体もかなり減っていた。

 「これを逃す訳には行かない」と、武器を構え直したマゼンタは、燃え尽きた木刀を前に「あっ」と声を上げた。

 『盗賊(シーフ)』の装備可能武器は2丁武器のみ。

 手持ちの木刀1本が完全に消滅した事で、マゼンタの使える武器が無くなっていた。


「お前が仕留めろ。この隙を絶対逃すな」


「ええ? ……わ、分かったわ」


 お飾りの剣を重たそうに構えたしーちゃんは、ふらつきながら何度もマザーワームの胴体を攻撃した。

 「カンッ、カンッ」と弾かれる音は、しーちゃんとマザーワームのレベル差が大きい証拠だった。

 だが、本来なら削れないはずのHPが、『critical(クリティカル)』の効果によって徐々に減っていく。

 奮闘(ふんとう)するしーちゃんを眺めていたマゼンタは、ようやくその違和感に気が付いた。


「お前の攻撃……クリティカルしか出ないのか?」


「うっさい……はぁ……今、話しかけないで!」


 怒りに任せたしーちゃんの最後の攻撃が、マザーワームのHPを全て刈り取った。


「わっ!」

 

 身体が粒子状に変化したことで、マザーワームの当たり判定が無くなり、しーちゃんは前傾姿勢で倒れ込んだ。

 エリアボスが詰まっていた空洞は再び広い空間へ戻り、中央に小さな木箱だけを残していた。


 ――――――――――――――――――――


 これは無謀な彼の物語。

 ギルドに戻ったマゼンタは、「ヘラヘラ」と笑うミミルの頬を思いっ切り殴った。

次回更新は2026/04/05を予定しています

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