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お華の髪飾りⅡ  作者: 本隠坊
63/65

【63】お華最後の戦い

前回・前々回と順番が間違っていました。

誠に申し訳ありません。

(1)


 お華は、屋敷に伊賀衆やお香の甲賀衆の連中などを呼んで、細やかな宴を開いた。

 勿論、浩太郎やおさよ、優斎兄弟などもいる。

 お華は、

「あんたら。時代は変わったからね。油断しないようにしなきゃ駄目よ!」

 などと言っている。

 おさよも、

「これまでは、このお華ちゃんや旦那様がいるから何とか出来た物も、これからは難しくなるかもね~」

 と頷いている。

 するとお華は、

「伊賀さんはどうすんの? 油屋手を広げんの?」

 と聞いたが、三蔵は盃を持ちながら首を捻り、

「そうですね~。今の所は、そのようなところでしょうか」

 するとお華は、些か微笑み、

「ただ、あんた達もこれから自由だから、商売なり何なり、何でも出来る様になったからね。迂闊な事だけは気を付けてね。お香さんとこみたいにやってけばいいよ」

 と、言ったのだが、その甲賀のお香はバツが悪そうな顔で、

「いやさ、ちょっと言い辛いんだけどさ」

 などと言い出している。

 さすがにお華は眉を寄せ、

「何なのよ」

 と言うと、

「私達じゃ無いんだけどさ、百人町の連中は、長州に誘われて、会津に行くらしくて…」

 それにはお華も驚愕な顔で、

「え~? あれに」

 間髪入れずに、

「何であんた、止めないのよ!」

 お華、怒りの言葉である。

 優斎や浩太郎も、如何にもと言う顔で頷いている。

 するとお香は、

「あそこは、鉄砲隊だったから、今度は自分達の出番だなんてさ。勿論、うちの連中には止めたわよ。でもね、あいつら伊賀の様にならなきゃなんて言ってさ」

 それには、伊賀の三蔵も苦笑する。

 お華は湯気を出した様に、、

「バカじゃ無いの。伊賀さんだって、ただ城を守っていただけでしょ。まだ、百人町で、傘貼りやツツジでも植えてた方がお金になるわよ。しかもこれからは世界相手に勝負しなきゃいけない、いや、あれはあれでお金になるってのに!」

 どうも憤懣やるかたないと言ったご様子だ。

 

 ただ、戊辰戦争で甲賀隊は、さすがに忍びの者だったからか、庄内地方の戦いでは軍功を上げた様で、西郷から褒められたと残されているが、結局はそれだけであった。


「だいたい伊賀さんだって、戦が終わったら、結局城番になっただけじゃない。ねえ三蔵さん」

 三蔵は、苦笑いで、

「まあ、そうです。結局、百人町と変わらないでしょうねぇ」

「そうよ。むしろ兄上の方が幸せだったかも知れないよ」

 と浩太郎にフルから、彼も苦い顔で、

「何言ってやがる。おれらだって御家人止まりだ。その辺、大して変わりないよ」

 しかし、お華は、

「でもさ、奉行所だから、普通の三十俵二人扶持よりは全然マシでしょ」

 これは、奉行所と言う事で、町家からの付け届けが多いからである。

 これは与力同心、均等に分けられたそうだ。


 浩太郎は苦笑いで、

「マシって、多少役得があっただけじゃ。うちなんかお前が芸者だなんだと支払いが大変だったのはお前も知っているだろう!」

 それには、さすがにお華も苦笑いだが、

「でもさ、これから、みんな違う道が開かれているってのに、なんで戦国の頃みたいな事やるのかって言いたいのよ。うちのお父さんは医者だし、さぶちゃんなんか、その気になれば、アメリカでも暮らせるのよ」

 これには優斎も頷き、

「確かに、こいつははアメリカでも暮らしていける。それを考えたらえらい違いだよ」

 それにはさすがに祐三郎も、やや恥ずかしそうに笑ってしまう。


 ところで、そんな同じ頃。

 旧江戸城三の丸は、新政府軍の本拠となっていた。

 そして、その中の一つの大広間では、薩摩の幹部などが集まって、情報を聞いていた。

 上野戦争では、激戦地とされた黒門付近は、大村によって薩摩は外され、不満が溜まっていたとされている。

 しかし、新政府軍と言えども、既に上下が出来ており、だからといって表だって抗議など出来なかった。

 そして、戊辰戦争はこれから北へ進んでいく。

 これからは薩摩をバカにはさせない。と殺気立っていた。

 そんな時、ある兵が知らせを持って来た。

「西郷さんに無礼を働いた女の居場所が分かったど!」

 と言って来た。

「なんと、旗本の大きいな屋敷にすんじょっとじゃ」

 それには、

「なんちな! そげんとこにおっとか! 」

 と、幹部の一人西郷直下とも目され、大総督府軍監である中村半次郎、

後の桐野利秋が大声を上げる 。

 幕末期には、「人斬り半次郎」と言われ、高名だった男である。

 そして、あの品川での会談の際、お華に厳しい目を向けていた男である。

「よし! その屋敷とやらは接収じゃ。どうせ、上手いこと言って与えられたんじゃろう。そんで、そいつも二度と無礼を働けないようにしてやっど!」

 しかし、その言葉には、他の薩摩の男が、

「そいは、せいごさん、手を出すなといっちょったど」

 と制止したが、

「徳川が貸し与えた土地は、帝さまんもんじゃ。せいごさんもわかっとじゃろう」

 これで、数名は立ち上がり、早速準備に入る。


(2)


 そしてまたまた、そのお華の屋敷。

 玄関先から、

「お華叔母ちゃん!」

 と、大声が上がる。

 お華も当然振り向くと、

「お春!」

 お春は駕籠に乗っておらず、手を上げながら走ってくる。

 すると、その後ろを一つの大名駕籠が続いて来た。

 さすがに、お華は、

「まさか!」

 と思ったが、降りてきた女を見て、

「やはり!」

 と、おさよと一緒に廊下に飛び出し、平伏した。

 これには他のみんなも「何事?」と言うような顔だったが、

 浩太郎と優斎は、さすがに気づいた様だ。

 浩太郎は、

「上を開け、座布団を!」と叫ぶ。

 と同時に自分と優斎は、廊下に座を移す。

 そして、それにはおゆきが反応し、走り出す。

 優斎は祐三郎に、

「宮様じゃ! 失礼があってはならん」

 と言い付けるのだが、祐三郎も事態を理解していないようで、

「宮様とは?」

 などというものだから、優斎は珍しく怒った顔で、小声で、

「馬鹿者! 先の将軍様御台様、そして先の帝の妹様じゃ!」

 と怒鳴られる。

 祐三郎の顔が凍る。


 さすがに、先の御台様だけならともかく、先の帝の妹様と言われると驚愕以外の何物でも無い。

 祐三郎も慌てて、座布団から外し平伏する。

 伊達の家臣としては、江戸屋敷では帝に敵対する気はないが、名目上、

 奥羽越列藩同盟の盟主となってしまっている。

 祐三郎としては、頭を下げるしかない。

 一方の優斎は京都に行った折、拝顔しているが、身分は遙かに違うから当然同じになる。


 そう、和宮がお春を従え、お華屋敷にやって来たのだ。

 お華は慌てて、ニコニコ笑って、「すまんぬの」と言っている和宮を導いて、上座に案内した。

 そこで、おさよが改めて他の者たちに、

「この方は先の将軍御台様でございます!」

 などというものだから、おゆきや子供達なども、一斉に平伏している。

 いくら時代が変わったと言っても、内輪ではやはり大きい名前である。

 さらには、三蔵は江戸を守っていたと言っても本人の顔を見るのは初めてであるし、お香に至っては、驚愕を通り越してガタガタ震え出している。

 ただ、ノブは、子供達と同様訳がわからない。

 浩太郎はその妻サキに、

「御駕籠の方々も、あちらの部屋でお茶など!」

 と申し付けている。

 ノブと違い、さすがにサキは理解している様で、「はい」とこちらも庭先に出て行く。

 

 しかし、お華だけは相変わらず、

「御台様、お春一人連れて、お忍びですか?」

 それには和宮も、

「いやぁ、これまでお城から離れた事がなかったが、こうやって出てみると面白いの~」

 意外に上機嫌である。


 しかし、おさよはお春に、

「そなた。他の方々はどうなされたのじゃ。護衛も無しに!」

 と母親として、少々厳しい声で言うと、

 それには、和宮の方が笑顔で、

「そのような者、もう誰もおらんのじゃ」

 と声を立てて笑う。

 おさよは、お春に顔を向け、

「それは誠のお話か?」

 やはりお春も、

「宮様の仰る通りでございます。お付きの方々は京の方々なので、お先にそちらの方へ」

 これには、お華も呆れた顔で、

「それじゃ、何も無しにお忍びしてらっしゃったの?」

 お春は大きく頷き、

「構わぬと仰るので」

 それにはお華は宮様に、笑いながら、

「上様がお亡くなりになり、一段と度胸がお付きになったようですね」

 と笑いながら言うと、和宮も笑って頷き、

「こういう方が、本当が見えるからの。今の私には気楽である」

 それにはお華とおさよは笑顔になる。


 するとお華は、

「宮様は京におられる頃から、突然襲われたりされたのを思い出します。慣れと言うのは恐ろしいものですね」

 と言って、振り返り、新之助、敏次郎、そして他の子供達に向けて、

「お前達は、宮様の御側に。しっかりご挨拶するのじゃ」

 と言われ、一斉に子供達は和宮の前に集まり、ぎこちないが、

「宮様、いらっしゃいませ」

 と一斉に頭を下げる。

 これには、普段見ない子供達に囲まれ、和宮も幸せそうだ。

 下手な接待より、こうした方が心に響く。

 子供達との会話で、和宮は機嫌が良い。

 お華が、

「宮様、京には何時頃戻られるので?」

 と聞くと、

「わらわは当分戻らぬ、まだまだ静まっておらんからの」

 八重と七重の頭を撫でながら、笑顔で答える。

「そうでございますね。私も先の乱は、あちらの将軍様には申し訳無い事ながら、上野で安心しておりました。色々と、収まるようお手配なされたとお聞きしておりますが、不幸中の幸いにございました」

 それには、和宮も、

「先代様方には申し訳無いことながら、あの程度で済んで、本当に有り難い事じゃ」

 おさよとお華は、大きく頷く。


 しばらくの間、穏やかな時間が流れていた。


 しかし、ある瞬間、男達、そしてお華とおさよは、殺気に気づき一斉に大門前に目を向けた。


 巨大な敵の気配を感じたのだ。

 すかさず、お華は信吉に、

「お父さんの刀と、ノブさんの仕込み、急いで取ってきて!」

 と言っているお華は、相変わらず、いつもの羽織を纏っている。

 そして、お香と三蔵には二階を指刺す。

「頼むよ、ろくろっ首の姉さん達!」

 などと言うから和宮は、

「ろくろくび?」

と驚いている。

 二人は笑顔で部屋を出る。


 そして子供達に、

「あんたらは宮様の前に並んで座り御守りしなさい。サブちゃん頼むよ!」

 突然の事に、祐三郎は、何が何だか分からないが、お華の言う事である

 素直に頷く。

 

 そして子供達に、

「あんた達に見せるのも最後かも知れない。叔母ちゃんとお母さん、ちゃんと見てるのよ!」

 と言った言葉に、子供達もただ頷いている。

 祐三郎が、再び頷いたと同時に優斎とノブはは刀を手にする。

 そして、結構な人数が、門から入って来た。


(3)


 居間前の庭に、ほぼ一列に並んだお華達。

「ほう、鉄炮もあるのかい」

 と、お華は小さく笑う。


 そして、お華はおさよと浩太郎と優斎そしてノブに、

「これで本当におし舞いかもね」

 すると、門前に並んだ兵士達の先頭に立っている薩摩の桐野が大声で、

「おまんらのこの屋敷は徳川から与えられた物。さっさと出て行かんと、痛い目に遇うど」

 などと息巻いている。

 それにはお華は冷笑し、

「ここは、私が頂いた屋敷。しかも、帝にも認められた所。田舎者で女好きの薩摩の者がガタガタ言う所じゃないよ」

 と言い放つ。

 しかし、帝に認められたと言う言葉には、桐野も少々驚いた。だが、所詮はったりだろうと思いこみ彼は、

「帝のお名を出すとは、恐れ多い事。容赦せんぞ!」

 などと返し、後ろの鉄砲隊に前に出るよう命じた。

 それを見たお華は、おさよに、

「あれは私がかたづける。姉上、最後のお仕事、私を上にお願い」

 おさよにはすぐ理解出来たものの、少々心配だった。

「鉄砲よ! 大丈夫なの?」

 と言ったが、お華は笑顔で、

「あたしも文明開化の女よ!」

 などと笑い、後ろに回る。

 頷いたおさよは、

「じゃ、お華ちゃん。行くよ!」

 と言うと、

「はいよ、姉上!」

 と走り出した。

 浩太郎と、優斎は、以前江戸城で見たあれか! と、こちらもすぐに理解し、刀を抜いて構える。

 ノブも気配で気づき、低く仕込みを構える。

 そして同時に、桐野は、

「鉄砲隊! 狙え!」

 と叫ぶ。

 六名ばかりの鉄砲隊が並んで構え始めた。


 同じ頃、三の丸で、この攻撃に参加しなかった者から、お華の屋敷に向かったとの一報を聞いた西郷は、真っ青になった。

「あそこはほっとけち、言うたに!」

 すこし離れた所でその話を聞いていた大村は、向こう向いて、笑っている。

「だから薩のもんは駄目なんじゃ、相手がわかっておらん」

 と思いながら、苦笑している。

 しかし西郷は、その余裕も無く、

「馬を出せ!」

 と、薩摩の小者に言い放つ。


 そしてその時、お華とおさよは走り出した。

 しかし、それを座敷で見ていた祐三郎は、

「さすがに鉄炮には!」

 と思っていたが、次の瞬間、顔を上げて驚いた。

 和宮自ら、子供達に頭を下げる様に仰っていたが、

 子供達も下げながら様子を見ていたが、

 その時一斉に、

「おばちゃん! 飛んだ!」

 との声が飛ぶ。

 そう、お華は舞い上がったのだ。

 おさよは同時に、再び走り出す。

 

 浩太郎と優斎は、あの時の再現を目の当たりにし微笑ながら突っ込んでいく。

 青空に舞い上がったお華は、両手を広げる。

 如何にも江戸最後の芸者姿、そして忍びの末裔として空で舞う。

 鉄砲隊の連中も、これには照準どころではなかった。

 舞い上がったお華を追うのが精一杯である。

 それは同時に、「討て!」と言う筈の桐野も目を剥き、一瞬遅れた。

 

 舞い上がったお華は、その瞬間を逃さなかった。

 華麗に両手で簪を放つ、

そして、一瞬早く、

「カシャ! カシャ! カシャ!」

 と言った音が先に響いた。

 それは、ようやく狙いを付け、そして射手が引き金を引いた瞬間だった。

 なんと弾は発射されず、手元が音を立てて爆発してしまった。

 さすがにこれには、敵も味方も、そして祐三郎も子供達も驚いた。

 当然、討ち手は、手元が爆発してしまったから、その手は、血を吹いて転げ回る。


 和宮も八重や七重の頭を優しく下げさせているものの、予想外の結果に目を丸くしている。

 上空から降りてきたお華を支えるべく、手を貸していた優斎は、

「ありがとう、おとうさん」のお華の言葉に、

 優斎は大きく頷き。

「良くやった!」

 と、叫び、

 再び刀を抜いて前に走り出す。

 これで、刀と手裏剣との戦いとなった。

 ノブも、真っ先に飛び出す。

 こうなるとおさよ、優斎、ノブの刀が低く華麗に舞う。

 

 浩太郎も、

「この押込の賊め!」

 と、彼も久々いつもの刀を抜き、突っ込む。

 そして屋根の上からは、

「やるねぇ~」

 とお香は三蔵と笑いながら、例の撫で斬り手裏剣を繰り出す。

 伊賀・甲賀の手裏剣が、二階から容赦無く、突き刺さっていく。

 そしてお華は、今度は地上で、華麗に回転し舞いながら、次々と簪を飛ばす。

 

 こうなると、もう子供達は、きゃ、きゃ、言いながら手を叩いて喜んでいる。

 

 力量の差は明確であった。

 いくら薩摩と入っても、戦国以来の技を繰り出されては、示現流も彼らにとっては遅い剣であった。


 おさよたちも、これが最後の戦いというのを分かっていたのだろう。

 優斎とノブも、それぞれの思いの為、刀を振る。

 祐三郎は、それらを眺めながら、苦笑いだ。

「叶わないよ」

 と笑っている。

 

 そして、優斎の前に立つ男を、優斎は力強く足を切り裂くと、その後ろに桐野が刀を八相に構えいた。

「こんなもんに負けてたまっか!」

 などと言っていたが、その時お華は優斎の後ろに居た。

 

 優斎に斬り込もうとしていた桐野に優斎の後ろから光が飛び抜けた。

 優斎は微かに笑い、座敷で見ていた祐三郎は、

「あれは!」

 と声を上げた。

 そう、それは猿若町で見せたあの技だ。

 それは優斎の左右を、鮮やかに大きく回り込み、桐野を襲った。

 これには、桐野に気づく暇さえ、与えなかった。

 お華渾身の簪は、両頬に突き刺さり、続けて両腕にも突き刺さった。

 更には二階から、撫で斬り手裏剣まで飛んできた。

 そして同時に、おさよは素早く後ろに走り込み、最後の八文字で、桐野の足を切り裂いた。

 結局、優斎に襲いかかる以前に、お華とおさよに地面に倒されてしまった。

 その顔は血を吹き出し、大きく倒れた。


 これには、子供達も更には和宮さえ、驚きの顔だ。

 そして再び、子供達の歓声が上がる。


「いや~、相変わらずあの人達は凄いな~。薩摩兵を薙ぎ倒しちゃたよ」

感心している祐三郎に新之助が、

「おじさま。あの叔母さんが飛んだ技って、どういう事でしょう。鉄炮がむしろ自分に爆発してますけど」

 それには祐三郎は呆れ気味で笑って、

「あれは、鉄炮の唯一の弱点って所かな。ああやって、姉上は上に舞い上がると、撃つ方も狙いがズレてしまう。その一瞬の隙で、姉上は鉄炮全ての先の筒に簪を打ち込む。すると、鉄砲は発射されても弾が止まってしまい。中で暴発してしまうから、ああなってしまう」

 と教えたのだが、祐三郎はそれより、

「しかし、空に舞い上がって、そこに打ち抜くなんて考えられないよ。政に神業」

 呻く祐三郎だが、子供の頃に掏摸から助けて貰った事を思い出し、

「まあ、あの人ならそれぐらいやるか」

 と笑っている。

 するとおさよが、手で腰を押さえながら、

「あ~腰が痛い」

 とか言っているので、お華は笑い、

「姉上も、もう年か」

 と言うと、おさよも、

「もう、あれは無理よ」

 などと言いながら二人で笑ってしまう。


(4)


 そして全ての兵が倒された後、大門から馬が一頭入って来た。

 西郷である。

 彼は全ての薩摩兵が、既に沈んでいるのを見て、慌てて馬を下り、

「馬鹿者、半次郎! よせと言うたに!」

 と顔を両手で覆う。

 そして、彼は慌ててお華達の前に出て、

「誠にもって申し訳無い」

 と、平伏している。

 お華は微笑み、

「あんたこれ、どうする気? ここは私の屋敷。これは帝の方も御承知の事。まさか御用盗で、押し込んで来たとか言わないよね」

 これには、西郷も驚愕し、

「み、帝様も?」

 すると、座敷の方に立っていた和宮に膝を突き、頭をさげるお華と全ての者達。

 西郷は更に驚愕し、

「あ、あのお方は」

 お華は少し笑い、

「あちらは、先の御台様。そして先の帝のお妹様。和宮親子内親王様よ!」

 と言葉を投げつける。

 これには西郷も、更に驚愕である。

 顔中が痙攣している。

 気を取り戻すと、再び、音を立てて低く平伏せざるを得ない。

 そして、お華は、

「更には、天璋院篤姫さまからもお許しを頂いておる」

これには、政府軍とは言え、四方を囲まれてしまった。

 浩太郎は(こういった事はアイツの得意技だな)と少々笑みを零す。

 同時におさよは、(さすが姉小路様直伝だね)と笑顔である。

 そしてお華は、

「いつだったか、朝廷に鉄炮を向けた長州は、流されていたねぇ~。恐れ多くも宮様ご自身に対して、銃を向けた連中を、西郷さんどうするのかしら?」

 と、これにはさすがに尊皇である以上、抗弁できない。

 西郷が頭を下げたまま、

「直ちに処罰を」

 と言うが、お華は、

「でも、殺さなくてもいいよ。もう充分に罰は受けただろうしね。まあ、田舎に返すんだね」

 と言った。

 これは、昔からのお華のやり方。そして、


「さあ、この連中血止めをして早く連れていきな。そして、ここに二度と現れないようにね」

 と、言った時、子供達と祐三郎が

「あ!」と大きく叫んだ。


 斬られて倒れていた桐野が、再び立ち上がったのだ。

「せいごさん! もうしわけも!」

 と刀を再び、上段に振り上げたが、

 お華には先刻御承知であった。

 お華は、直ぐさま両手を広げ、再び華麗に回った。

 一挙に六本、青空の下、轟音と共に打ち放った。

 ノブなどは、その音に驚いている。

 

 当然、簪は左右両方の体に、更に突き刺さる。

 一体、この人は何本撃たれてしまったのか、撃った本人でさえ呆れ気味である。

 

 宮様も含め、座敷の者は驚きより、その凄まじさに恐怖してしまった。

 もう、新之助や敏次郎は男でありながら、涙を流す。

 子供には恐ろしい光景だったのだろう。

 桐野は、刀も後ろに飛ばされ、大きく再び、音を立てて倒れていった。

 西郷は思わず頭に手をやり、

「ばかすったれ!」と呻く。



 西郷が、あとからやって来た連中に指図をする。

 その連中も、余りのやられ方に驚きながら、早速血止めなどを施し、同時に、お華達の恐ろしさと、西郷が止めていた心を充分理解したようだ。


そしてお華達は、次々立ち去っていく連中を確認しながら、

 座敷に戻っていった。


(5)


 お華・おさよと、お香ら忍びの連中は、宮様の前に進み、お華が、

「せっかくのお越しでございますのに、大変失礼致しました。子供達にもお気をお使い下さいまして誠にありがとう存じます」

 二人は深く頭を下げる。

 お香達も上から降りてきて、後ろの方で平伏している。

 しかし和宮は笑顔で、

「何もしておらん。しかし、そなたには三度も救われたな。礼を言いたいのはこちらの方じゃ」

 それには、浩太郎も優斎も同じく頭を下げる。

 するとお吉が、

「さあ、さ、それではみんなご用意を」

 と言うとおゆきなど、女の子は台所に走っていく。

 そしてノブとお秋が、三味と笛で宮をもてなす。

 これには、宮様も大満足の様子だ。


 すると宮様が、遠くを見詰める様な目で、

「最初は京であったな」

 と言うと、優斎も頭を下げながら、

「はい。たしかあれは烏丸通り辺りではなかったかと」

 彼女も頷き、

「そうじゃ、そうじゃ」

 と、笑顔で、隣の八重の頭を撫でている。


 するとお華は、運ばれた膳を見ながら、


「これで、ここももう手を出せません。これは宮様のお力あっての事。この子達に成り代わり、厚く御礼申し上げます」

 と言うのだが、宮様はおかしそうに、

「あんな物見せられたら、誰でも驚くわ。この子達も怖がっていたしな」

 それには、お華以外の者達は一斉に笑ってしまう。

 すると、敏次郎が、

「お父上、お父上や叔母様達があんなに斬って、母上があんなに投げても、命を取らないってどういう事なんです?」

 さすがに医師を目指す、敏次郎は不思議であった。

 それには浩太郎が笑いながら、

「あれは、我が家の掟じゃ。悪い者を捕まえても命までは取らない。これはそなたのお爺さまの遺言だからの」

 そして優斎は、

「これは医師にも通じる事じゃ。何処をどうしたら良いかお爺さまはお亡くなりになる前まで、私に丁寧に教えて下さった。母上は最初からそう教わっているから、自然にそうなるのじゃ」

 すると敏次郎は、

「母上や伊賀や甲賀の方もご存じだったのですか?」

 それにはお香が笑顔で、

「若様。忍びの技は、人を殺すことより、如何にして早くその場を逃げる事を第一に考えるのです。ですから伊賀も甲賀もそして信濃もそこは同じですからね」

 お華は、優斎に教えて貰った事をお香が言っているから、微笑んで聞いている。 しかし浩太郎は、

「しかし宮様。これも今日で終わりかと思います。もう技を使うとか、掟だとかも消えてしまうでしょう。これが本当の移り変わりと言えるのかも知れません」

 と言うと、宮様も頷き、

「そうじゃな。そう言えば、都も、江戸にという話も出ているようじゃ」

 これにはおさよ達も驚愕する。優斎も眉を寄せ、

「誠にございますか? では朝廷は?」

 和宮は頷き、

「遅かれ早かれ、無くなる事になるだろう」

「なんと!」

 と、優斎と浩太郎、そして祐三郎は驚きを隠せない。


 しかしお華は、

「それも良い事かも知れません。変わるのなら何もかも。一度、その方がすっきりするかも知れませんし」

 宮様もそれには頷いた。

 すると、一曲終わったお秋にお華は、

「折角、宮様がいらっしゃったんだから、あれをお聞かせして貰える」

 お秋は大きく頷いて、笛をそこに置いて、蓄音機の方に行く。

 お秋は、

「この前、頂いたアレですね」

 と言うと、お華は頷き祐三郎に、

「ポーなんとか言ったね?」

 祐三郎は、一度頭を下げ笑って、

「ポーランドのショパンですね。曲名は「子犬のワルツ」です。ワルツというのは、大奥でも行う、みんなで踊る曲と言う事です。ただ、子犬なんで、小さな子犬が踊っていると言う曲です。きっと宮様にも喜んで頂けるかと」

 

 フレデリック・ショパン(1810~1849)

 ポーランドにおける前期ロマン派音楽を代表する人物。

 日本の嘉永の頃に亡くなった人物である。

 ポーランドでは空港の名が、「ワルシャワ・ショパン空港」と名付けられるほど、有名な作曲家であり、世界でも「ピアノの詩人」とさえ、言われるほどの人物である。


 とは言っても、さすがに宮様に分かるはずも無く、お華に、

「が、外国の曲なの?」

 と、少々驚いているが、お華は頷いて、

「はい。こういうのは、何処の国でも一緒。ノブさんの三味がこの国の誇りなら、他の国の良いと言われている物をお聞きになるのも悪い事ではございません」

 などと笑う。

「おお、そうじゃの」

「別に命を取ろうと言う物ではございませんから、試しに聞いて見てくださいませ」


 そして、お秋が、レコードに針を落とす。

 和宮は、

「初めて聞いた音じゃ。そして何だか愛らしいの~」

 驚きながら感心している。


 それも終わり、

「今日は色んな物を見せてくれてありがとう」

 と小さい声で、独り言の様に言い、笑顔である。

 何しろ、生涯全て初めて、見て聞くのだから。 


 そして宮様帰り際、お華はお春に、

「あなたは、これからも宮様にしっかり従うようにね」

 と言った後、浩太郎に、

「さ、兄上。お帰りは宮様の護衛をよろしくね」

 などと言うものだから、浩太郎は驚き、

「え? 俺一人かよ」

 と言うのだが、お華は冷たい声で、

「娘も守んなきゃいけないでしょ。姉上はさすがに腰が痛そうだから、代わりに父親が行かなきゃね」

 と言われてしまうと、当の宮様と一同は苦笑してしまった。

 


※※※つづく※※※

今回もお読み頂きありがとうございました。

よろしければ、最後までおつきあいくださいませ。

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