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お華の髪飾りⅡ  作者: 本隠坊
58/65

【58】 お華のお江戸②

(1)

 

 この日お華は、子供達と庭に居た。

 子供達は、思い思い楽しそうに遊び、お華もそれを眺めながら、笑顔である。

 しかし、そんな時向こうの方で、八重が大泣きし始めた。

 お華は、

「おやおや、どうしたどうした」

 と言いながら、お八重の所に行って聞くと、八重は泣きながら、上を指刺す。

「鞠が乗っかちゃった!」

 である。

 鞠が木に引っかかってしまった様だ。

「はいはい」

 と言いながら、周りを見るが今日は誰も居ないし、ハシゴが近くにあるわけでもない。

「仕方無いわね」

 とお華は、笑顔で言いながら、

「ナイショよ。敏! 行方をちゃんと見ておいてね」

 などと言いながら、お華はサッと頭に手をやり、

 まあ、いつもの様に、スパッと上空に手を上げた。

 そう、簪だ。朝日を反射しながら、キラっと飛んでいく。

 引っかかっていた枝を打ち抜き、鞠は何事も無く落ちてきた。

 敏次郎は、「あっちだ!」と言いながらその方向に走っていく。

 

 しかし、その時お華は、背後から鋭い視線を感じた。

 キッと振り向くと、旅姿の侍が一人、笑顔で立っていた。

 お華は、その、染みついた様な殺気を放つ男に少々警戒し、自然に手は懐に入っていたが、その男は笑顔のまま、お華に近づいていき、

「失礼ながら、お華様でいらっしゃいますか」

 と予想外に丁寧に聞いてきたので、お華も幾分、警戒が解け、

「左様にございます。失礼ながら、あなた様は?」

 と聞くと、その男は、

「私は、土方歳三と申す者。お華様にお伝えする事がありまして、参上致しました」

 などと言うから、江戸にいるお華でさえも、土方と聞いて、驚く。

「え? まさか、あなた様は、新撰組の?」

 と聞き返す。

 男は、素直に、

「左様にございます。ただ、今は逃亡中にございますので、どうかご内密に……」

 と、些か笑顔で話す。

 

お華は若干慌てて、

「これはこれは。わざわざ、あなた様が我が家などにいらっしゃるなど思ってもいませんでした。で、ではこちらに」

 と、お華は土方を導き、屋敷の方へ。

 土方は、

「こちらで、結構」

 と、廊下の方に腰を掛けるので、お華は座敷にいたお秋に、

「秋ちゃん。悪いけどお茶のご用意を」

 言いながら、お華も廊下に正座する。

 すると土方は、

「実は、我が新撰組、一番隊長であった沖田総司の遺言により、お知らせをと参ったのです」

 それを聞いたお華は驚く。いや、同席していたお秋の方が、動きを止めてしまい茶を若干、零してしまう。

 お秋が慌てて、それを拭いていると、お華が、

「遺言って、沖田さんはお亡くなりに? やはり斬られてしまったので?」

 と聞くと、土方は首を振り、

「奴は、元々身体が悪く……」

 それには、お華も江戸に居る頃から気付いていたので、

「やはり肺病で」

 土方は頷き、

「はい。鳥羽伏見の戦の折には、既に立ち上がることも困難になっていました。

ですから、戦の先に船で江戸に逃がしたのですが、千駄ヶ谷の潜伏場所、いや寝かされてる所でそのまま」

 それにはお華は、

「江戸に戻っていたのなら、使いを出して頂けば……」

 と言ったが、土方は首を振り、

「いや、お見せしたくはなかったのでしょう。あまりにやつれた自分をお見せするのは……」

 そう言われると、お華も何も言えない。

 だが、

「そうですか。あの人とは、ここの……」

 とお秋を指して、

「この子が、つまらん侍に揶揄われていたところを助けてくれたのです」

 しかし、土方は、

「いやいや」と首を振り、

「アイツは、貴方の手裏剣にえらく感心した様で、京都でも江戸の話となるとしょちゅう、貴方の話をしていましたよ。私も先程の手練を見せて頂いて、なるほどと感心してしまいました」

 お華は少々、恥ずかしげに、

「そう言って頂くと、余計に残念な事。私も、あの方の余りな動きの速さに驚きました。ただ、あの時から、呼吸が気になってましてね。その後、京に行ったと聞いて、陰ながら心配しておりました」

 土方もそれは彼も知っていた様で、

「そうなんです。何度も無理をせぬ様、申していたのですが」

 しかしお華は、明るい顔で、

「まあ、でも、あの人にとっては、病気で、ただ死んでしまうより、その方が幸せだったのかも知れません」

 それには、お秋も大きく頷く。

 そして、お華は、

「わかりました。わざわざありがとうございました。後ほど、この子連れて、お墓参り致しましょう」

 と二人は同時に、頭を深く下げる。

 するとお華は、

「それは仕方の無い事は言え、あなた様はどうするのです。沖田さんも勇名を馳せた方。それは貴方も負けてはおりますまい」

 土方はそれには笑顔になり、

「私はこれから、沖田の分まで戦いますよ。会津の殿様の元に向かい、トコトンまで戦うつもりでございます」

「会津へ……。そうでしょうね。あなたにはもう、戦うしかありませんよね。降参しても首斬られるだけでしょうし」

「そうです。ただ、謹慎なさる将軍になりかわり奥羽では、奥羽越列藩同盟の動きもあるようで、望みか無い訳ではありません。私もそこに一命を捧げる所存」

 これには、お華も腕を組んで、眉を寄せる。

(奥羽越……)

 ともなれば、当然、仙台も関わりが無い訳ではない。

 彼女に、一つ不安が生じた。

 それはともかく、

 土方は座を立つと、お華は、平伏し、

「土方様。あなた様は何故か、正真正銘、最後の侍となられた様です。どうか最後まで、気が済むようなお働きを、江戸よりご武運を、お祈り申しておりますおります」

 とお秋と一緒に平伏した。


(2)

 

 土方が帰って行くと、

「それじゃ、お秋ちゃん。お墓参りに行こうか。お礼ぐらいしなきゃね」

 と言うと、

「はい。是非」

 お秋も頷き、後をおゆきに任せ、二人で屋敷を出た。

 とその前に、医療所に寄った。

 優斎は、敏次郎に文字やら何やら教えていた所だった。

「とし! ちゃんとお父上の教え聞いてるの?」

 と、いきなり頭の上からお華が言うので、敏次郎は、

「何です母上!」

 さすがに反抗期に近いのか、文句を言っている。

 しかし、本気で反抗するのは恐いので、

「さっきの簪拾っておきましたよ」

 と言い、お華の前に出す。

「おうおう、それはありがとうね」

 などと笑いながら、お華とお秋は椅子に腰掛ける。

 そして、優斎に、新鮮組の土方がやって来た件を話すと、優斎も驚いた。

「なんと、ご無事だったのか!」

「ええ、私にお伝えにいらっしゃったの。おとうさん覚えてる? 沖田さんって言う方」

 それにはお秋の顔を見て、

「ああ、お秋ちゃんを助けた新鮮組の……」

 と言うと、お華は低い声で、

「あの時、お父さんが言ってた通り、やっぱり肺病でお亡くなりになったんだって。その事を知らせに来てくれたのよ」

 それには優斎も驚き、

「そりゃ、ご親切な」

 と言ったが、

「ご病気って事は、先の戦でって事では無いんだ」

 お華も頷き、

「その前に、もう駄目だったらしいわよ。いくら剣が強くても、病には勝てないわね。江戸まで船でお帰りになり、四谷で無くなったらしいのよ。だから、お秋ちゃんと一緒に、線香でも上げに行こうと思ってね」

「そうか……」

 と優斎も腕を組んで唸る。

「でもさ、江戸に帰って来たなら一言い伝えてくれれば、何かしら出来たと思うんだけどさ」

 と、文句では無いが、お華には残念でならない。

 しかし、優斎は首を振り、

「お前だって、あれ程剣が強いのに……って言ってただろ。だから余計に、衰えた自分を見せるのは嫌だったんだろう。分からない事では無い」

 それにはお華も、

「やはり、おとうさんもそう思う」

 と、こちらも唸ってしまう。

 するとお華は、

「それはともかくさ、おとうさん。奥羽越列藩同盟って話聞いてる?」

 それにはさすがに優斎も驚き、

「奥羽越? い、いや何も」

 するとお華が、横の敏次郎の頭を撫でながら、

「サブちゃん呼んで、聞いて確かめた方がいいわよ。土方さんが言ってたの。会津やらあの辺北の大名が組んで、薩長を止めるとか話が進んでるらしいわよ。まあ、会津が敵対するのは、成り行きでわかるけど、北の大名っていったら当然、伊達様もってなるでしょ」

 それには、優斎と、側にいたおかよも驚く。

 彼女は、祐三郎の婚約者。今後の生活にも関わる。

「今、江戸に向かっているとは聞いてるが……。そうだないずれ北もか……」

 これには優斎も頭を抱える。

「わかった、すぐにも連絡取ろう。伊達も大変な事になってしまう」


 と、お華達はそれを言い残し、ようやく沖田の墓所である麻布の専称寺に向かった。 この時代、肺病(肺結核)は死病。

 彼は、局長・近藤の斬首も知らないまま亡くなったという。

 そして、真偽はともかく、最後には猫さえ斬れずに嘆きながら、亡くなったという逸話が残っている。

 二人は、墓前で祈り、戻って行った。

 その途中、お華は、お秋に、

「刀が振れなくなって、悲しみながら死んでいったか……、でもさ、この事は私達にも言える事だね」

 お秋は、少し首を傾げて、

「私達にも? ですか?」

「そうよ。私だって、簪投げられなくなったら……。あんただって、笛が吹けなくなったらと考えるとね。そういうことなら、あの人の気持ちは良く分かるよ」

 そう言われると、お秋にも納得いったようで、

「今を、そして身体を大事にしなければいけませんね」

 と大きく頷く。


(3)


 屋敷に戻ると、門の所で、おかよが待っていて、

「お華さん。お客さんです!」

 と言われ、お華が、

「客? 一体誰?」

 と聞くと、おかよは、

「祐三郎様が、勝様と御一緒に……」

 それには、お華も、

「ほ~」と笑顔で言いながら、

 三人で座敷に向かった。

 優斎と祐三郎、そして勝が、座って待っていた。

 少し離れて、浩太郎夫婦も座っている。

 お華は、座敷に上がりながら、

「これは勝様。いらっしゃいませ。お城から逃げていらっしゃいましたか」

 と笑顔で、座敷に上がり笑顔で頭を下げると、勝は、苦笑し、

「お前さんに話があって来たのじゃ」

 苦い顔で言う。

 前に座ったお華は、

「大奥にも行かれましたか」

 それには、もっと苦い顔で、

「大変じゃ。あれこそ、地獄というものじゃ」

「でしょうね。あたしも、のこのこやって来たら、さんざん言ってやれば良いのです。と申し上げましたので」

 それには、「か~」と勝は嘆き、

「やはりお前さんの入れ知恵か~」

 しかしお華は、

「入れ知恵とは、酷い仰り様。あの方々、日頃の悲しみを考えれば、当然の事にございます」

 それには、優斎も浩太郎、おさよも声は出さず苦笑してしまう。

 すると勝は、少々大声で、

「お前、御所の兵に何か仕掛けようとしてるらしいな!」

 と、叫ぶ様に言う。

 それには、お華は少々笑って、キッと祐三郎に顔を向け、

「あんた! あっちこっちで、話してるらしいな! 小栗様も知っておられたよ」 祐三郎は慌て顔で、頭に手をやり、

「あ、いや~つい……」

「まったくあんたは!」

 と叱られてしまう。それには優斎も頭を抱える。

 しかし、お華の叱責はそこで終わり、

「はてさて、勝様。ところで敗軍の将のお一人が何を仰りにいらっしゃったのです?」

 その言い方には、勝もさすがにガックリと頭を下げるが、

「上様は、ご謹慎なさるそうだ。そんな時に余計な事をしてはいかん!」

 と言うのだが、お華は片頬を上げて、

「上様? 一体、どちらの方に向けて仰ってるのでしょう。大奥で絞られた方は、今は単に、一橋の当主。しかも、今や大政奉還で、なんの力もございません」

 そう言われると、勝も言い返す言葉も無い。

 さすがに優斎が、

「これ、お華。言葉が過ぎるぞ!」

 と、叱りつけるが、お華は笑顔で頷くだけ。

 続けてお華は、

「私にとって上様は、先の上様。あの方が亡くなってしまいましたら、私共の主君もいらっしゃらぬと言う事にございます」

 これには、勝本人も同じ様に思っていた様で、さらに言葉を無くす。

 すると、

「本日はその事を言いにいらっしゃったのですか?」

 と聞くと、勝は慌てて、

「い、いや。これから薩長軍が江戸に登ってくる。そんな時にお前が妙な事すると、城の明け渡しに支障をきたすからじゃ」

 それにはお華は笑い、

「さすが薩長と仲の良い勝様。さぞ今後に問題が起きます事でしょう」

 お華は、チクチク毒針を刺す。

 聞いている優斎には、いつもの事ではあるが、こういう時でも変わらない度胸に驚く。 浩太郎などは、どうであっても相手が勝であるので、口が挟めない。 

 その点、真の幕臣だという事だ。

 しかし、こうなると、一方のお華は自由である。

 そしてお華は、

「勝様。何か勘違いなさっておられます。私共は、戦をしようというのではありません。ただ、あの者達が、城を焼き、そして、民衆まで一挙に焼き殺そうというのであれば、タダでは済まさないと言う事にございます。これは一種の敵討ち。無辜の町民などをむやみに殺すのであれば、直ちに、京、長州、そして薩摩に火を付けまくり、調子にのって江戸に来ている者たちの一族を全て、どん底に叩き落としてやります。これは、どこまでもやり返すだけにございます」

 これには勝も驚き、

「京にも火を付けるのか?」

 それにはお華も笑い、

「御台様は、帝にまでは、と仰っておられましたが、さあ、どうなるか。こういうことは、なってみないとわかりませぬ」

 勝は腕を組み、

「しかし、その様な事、簡単には出来まい」

 と言うのだが、お華は、

「勝様は、戦国以来の技というのをご存じない様です。もし、一発でも江戸城に砲撃した途端、直ちに、京に連絡が行く事になっております」

 と、お華は浩太郎に、

「兄上、例の仕度は大丈夫ね?」

 言われた浩太郎は、口を曲げながら、

「いつでも大丈夫だよ……」

 と少々、機嫌の悪い浩太郎は、仕方無く頷く。

 お華は、

「私の家は、元々、甲州、武田信玄、そして信濃、真田幸村配下の草の根一族。それに伊賀・甲賀も加われば、江戸から京への連絡など一日もかかりませぬ。京が燃えれば、長州、そして薩摩へも直ちに知らせが回ります。城以外は、簡単に焼け落ちるでしょう。江戸を攻めて、誰彼無く殺している者達は、同時に我が家族・親戚を殺してしまっているという事です」

「そんなことを……」

 これには、さすがに勝も震える恐ろしさを感じた。

 勝は、元々武家の生まれでは無いし、父親の小吉はある方面で有名だが、元々は盲目の僧侶だった先祖が、金で武士になれた男。そして江戸時代の人間だから、戦国の技など想像もつかない。

 そして、それをお華が言っている事に驚愕している。

 さすがに勝は、

「ま、待て、まだ江戸城総攻撃は決まっておらぬ、今後、薩摩の大将、西郷と話し合って決まると言う事になっておる」

 すると、お華は、

「それならば丁度良いわ。その話し合いに私達も加えて頂きましょう。そしてこの事を聞いてどう判断されるのか、その場で決めていただきましょう」

 と、笑顔で言った。

 浩太郎はもちろん、おさよは驚いている。

 もう、お華は、まるで大奥総取締の様な権限と、威厳をもったお年寄の女に見えていた。

「如何です? 勝様」

 と言うお華に、さすがに勝も降参である。

 まあ、冷静に考えれば、お華の言う通りでもあるし、勝自身も、江戸が炎となってしまう事は、許されないとは思っていた。

 だからこそ、交渉に向かおうと思っていたから、さすがにただ、願うだけでは難しいとは思っていた。

 頷かざるを得ない。

   

 こうして、勝との交渉は終わった


 勝を送った後、お華は、

「サブちゃん。あっちの方は上手くやってるんだろうね」

 と聞くと、祐三郎は頷き、

「はい姉上。イギリス公使のパークス様も、姉上の計画には驚いておりました」

 しかし、その言葉を聞き、勝は、

「おいおい、イギリスって何じゃ。そっちは何する気じゃ」

 お華は、昔懐かしい小悪魔の様な笑顔で、

「さらに、後へは引けない様にするんですよ。向こうが洋式の大砲、鉄砲を使うようにね。それで話し合いで向こうがどうするか、それで全てが決まります」

 そう言ってお華の目が光る。



※※※つづく※※※


さて、とうとうお華の物語も最終章になります。

 これから、交渉で江戸がどうなるかが決まります。

 もっとも、歴史的には皆様ご存じの通りなのですが、

 ここで、西郷隆盛対お華の決戦となっていきます。

 そういうことが有っても良いんじゃ無いかという次回です。

 

 ですが、私少々取り込んでおりますので、少々遅れます。

 お楽しみになってる方には申し訳ありませんがお許し下さいますよう、

 お願い申し上げます。

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