【57】 お華のお江戸①
(1)
結局、お華の予想通り、京都の事態は、戦へと動いて行く。
薩摩・越前・土佐・宇和島の当主による「四候会議」も行き詰まって行く。
慶喜の兵庫開港などに対する意見反対に回る薩摩などにより、ますます、反幕府が盛り上がっていた。
そこへ、江戸薩摩藩邸への攻撃である。
事態は一気に倒幕へと傾いていった。
薩摩は、兵を京に呼び寄せ、戦時体制が整っていく。
そして、慶応3年10月13日(1867/11/8)岩倉具視などの暗躍により、
とうとう、倒幕の密勅が薩摩藩に下る。
しかし、翌10月14日(1867/11/9)大政奉還により。その密勅は延長になってしまった。
この事により、薩摩は、卑劣な作戦に出た。
江戸中で、勤王は浪人を使い、民家に対する強盗、町民に対する強盗・辻斬りを起こすよう指令した。
こうなると、もう武士とは言えないやり方になっていく。
そうなると、お華が動き出す、それは前回までの通りである。
そして慶応3年12月9日(1868/1/3)
明治天皇は、「王政復古の大号令」を発する。
そして、朝廷は、内大臣・慶喜への官位返上と、領地からの天皇家献上を命じた。
それらにより対立は益々悪化、
そして、薩摩屋敷焼き討ちによって、西郷は、
「これで倒幕の名分は立ち申した」と喜び、戦となっていく。
これにより、お華の耳にも、鳥羽伏見の戦が耳に入って来た。
「まあ、負けるだろうね~」
お華の言葉に、集まっていた浩太郎や優斎は、小さく頷く。
そして優斎は、
「当然、その後は江戸か」
「そうね。そうなるだろうね」
と言ったお華は、庭を指差し、浩太郎に、
「見た通り、兄上。もう屋敷は作り始めてるわよ」
外ではコンコンと、大工職人が入って、既に屋敷に取りかかっている。
浩太郎も、頷き、そして、
「お前は、どうすると言うのじゃ。脅すだのなんだの言っていたが」
お華は頷き、
「あたしの所も、兄上の屋敷も、焼くわけにはいかない。これだけはどんなことしても守らなきゃ。亡き父上もきっとお許しして頂ける筈」
浩太郎は、
「ふ~ん」
と難しい顔をしている。
するとお華は、
「兄上。信吉ちゃん借りていい?」
それには、
「信吉? ああ、今はやること無いからな」
「ありがとう」
と端に座って聞いている信吉は、突然自分の名を上げられたので、驚きながら、
「な、何を……」
怖々聞いて来るが、お華は笑顔で、
「大した事じゃ無いわよ。内藤新宿の甲賀のお店に行って、女将にお華が呼んでるって行ってくれればいいわ」
ただ呼びに行くだけと聞いて、信吉は安心した様だが、優斎は、
「甲賀? 何するつもりだ」
と声を上げるが、お華は、
「甲賀だけじゃない、伊賀もよ。こっちはあたしが大奥に行って、ついでに言ってくる」
さすがに優斎は、
「伊賀もか!」
と驚く。
しかしお華は、
「まあ、状況にもよるけどね。少なくともやられたらやり返す。これは、この屋敷をお与え下さった、亡き将軍様だって、お許しして下さるわよ。あとはサブちゃんが、上手くやってくれれば、言う事無いわ」
(2)
これも、お華の予想通り、幕府は鳥羽伏見の戦に負けた。
江戸にいるままのお華達に取っては、それらはタダ聞いただけの結果である。
そして、これから戊辰戦争が始まっていく。
江戸庶民、いや武士も含めて、ようやく大騒ぎとなっていく。
さて、その知らせと、朝廷の命令による「江戸討伐」の知らせを、祐三郎から聞いたお華は、大きく頷いた。
さらに祐三郎は、
「なんと、将軍は、鳥羽伏見の兵を置き去りにして、船でお逃げとの事!」
この話を聞いたお華は笑ってしまう。
「何の為に戦ったんだか……」
である。
祐三郎は、
「どうやら、朝廷から朝敵とされた事に、かなりの衝撃を受けたとか……」
お華は呆れながら、優斎に、
「先代から、朝廷第一だった水戸の一橋公が朝敵だって、昔から考えると驚いちゃうね~お父さん」
優斎も、
「どうも水戸でも滅茶苦茶らしいからな」
「あ、そうそう、今、どうなってるの?」
優斎は苦い顔で、
「どうも、幕府派と尊皇派で、殺戮が繰り返されてるらしい。このままじゃ、あそこは人が居なくなるよ」
お華は大きな溜め息。
「恐れ多くも御三家であったのに、一体どこの御三家やら……。まあ、どっちに転んでも水戸だし。どうにもならないと思うけどね」
このお華の思いは、その通りになってしまう。
結局、維新の英雄との称号も受けられず、尊皇で人を処刑しまくった頭目は、結局、明治では芝居小屋の草履取りになったとも言われている。
「とりあえず、伊達様には影響無いってことでしょ? あとは殿様がどうお考えになるかよ。だからさぶちゃん。あんた次第よ。で、上様はどうしたって?」
と、祐三郎に聞くと、
「まさか、江戸に逃げ帰ってくるって事?」
と聞くと、祐三郎は頷くのだが、お華はまた大笑いしてしまう。
「今更、城に戻ってどうするのよ、天璋院様や御台様にお会いするつもりかね。下手すると殺されるわよ~」
しかし浩太郎は厳しい顔で、
「致し方あるまい。おそらく、朝廷に取りなしでもお頼みになるのだろう」
その浩太郎一家は既に引っ越しが終了し、隣に住んでいる。
「新しい屋敷はいいなぁ~」
などと言いながら過ごしている。
そして、お華に、
「で、お前はどうするつもりだ」
と聞くと、お華は奥に座っていた信吉に、
「信吉ちゃん。前にも言った通り、お願いね」
と、声を掛け、お華も立ち上がる。
「どうするんだ」
言った浩太郎に笑顔で、
「お城よ。ちょっと様子も聞きたいしね」
早速、お華と信吉は出て行った。
(2)
もう、こう乱れると、門番も有って無きような有様。
なんの制止も受けず、七つ口にまで、お華はやって来た。
中では右往左往、入り乱れている。
それはそうだろうなどと思いながら、お華は御殿にまでやって来た。
もう、人に頼むも何も無く、
「お春!」
と大声で、お華が叫ぶと彼女は、意外と落ち着いた様子でやって来た。
お華は、その様子に微笑み、
「お春。落ち着いてるな。良い度胸じゃ。さすがに、姉上の娘じゃな」
と言うのだが、お春はお華の前では、少々慌て気味に変わり、
「叔母様~。よくお出でに。どうなってしまうのでしょう!」
と、これまで感情を抑えに抑えていた彼女は、一挙に弾けてしまった。
お華も、微笑みのまま頷き、
「御台様のご様子は?」
「は、はい。落ち着かれておられます。しかし、内心はどうなのか……」
それは予想して居た通りである。
「いいわ、お会いするわよ」
とお春と二人立ち上がって、奥へと進む。
そして、
「お華にございます」
と跪いて、声を掛け、中に入っていく。
御台も、お華の顔を見て、ようやく安心した様で、そこには天璋院も一緒に座っていた。
さすがに天璋院は、本当に落ち着いていて、
「おう、お華。これから攻めてくるのか?」
と、静かに聞いて来た。
しかし、お華は、
「まだまだにございます。まだ敵は京周辺。御心配には及びません。ただ、いずれは攻めて参るでしょう」
「そうか……」
彼女も落ち着いているとは言え、そう言われると手を握り締める。
そしてお華は、
「ところで、十五代様は、もうお戻りで?」
と聞くと、瀧山が、
「さきほど、浜御殿(今の浜離宮)にお付きになったとの事、真っ先に、大奥へご挨拶との事ですよ」
いささか、トゲがある言い方である。
すると、お華は御台に、
「どうなさるお積もりで?」
と聞くと、御台は、困った顔で逆に、
「お華。どうすれば良い?」
と聞くので、お華は笑って、
「御台様、天璋院様で、さんざん文句を仰ればよろしいのです。戦に負けて、いまさら、戻って来ても、何も出来ません。戦っていた者達を置き去りに、大将だけさっさと逃げたとあっては、それぐらい当然にございます」
それには天璋院も
「誠じゃ。役にも立たない者じゃ」
そして、お華は、
「さっさと、寺にでも入り、出家でもしなさいとでも、言ってやれば良いのです。それはともかく、皆様の事についてにございます」
そして、お華は、御台に、
「御台様。御台様は敵が攻めてきたらどうなさいます?」
と聞くと、御台は背筋を伸ばし、
「わらわは、武家ではないが、武家に嫁いだ以上、城を枕にする所存じゃ」
これには天璋院も、
「わらわは当然、同じじゃ。御台様と一緒に自害する」
それにはお華も平伏し、
「さすがにご立派なお覚悟かと。ただ、これからの交渉次第では、城明け渡しで、無用な死者を増やさず済むかも知れません」
「そ、そうかお華」
お華は再び平伏し、笑顔で頭を上げる。
「とは言っても、それはそれで御自由をお掛けするすることにはなると存じますが、まず、御台様はそうなった場合どうなされます。京にお帰りになりますか」
それには、本人も覚悟を決めていたようで、
「もし、そう言った事になるならば、私は京には帰らぬ。亡き上様のお墓から離れたくは無いのじゃ」
お華もそれには、大きく頷いて、
「御台様も、いつかの事を思い出しますと、本当に亡き上様の妻となられたのですね」
と頭を下げる。
すると天璋院も、
「私とて同じじゃ、上野にいらっしゃる亡き上様を御守りしなければ……」
少々微笑みながら言う。
その心を知ったお華は安心して、
「それでは、大至急、その方の手配もしなければ。城を出る以上、色々と大変でしょうが、むしろその方が安心といったものです。で、瀧山様は?」
と、お華は瀧山にも話を振ると、
実は本人も困っている様で、
「私は田舎に引き込もうかと思っておる。わらわに仕える局の生家にな」
「左様にございますか。そうですね。中央からお離れになった方がよろしゅうございます。つまらん戦いに引き込まれるのは馬鹿馬鹿しゅうございまする」
とお華は、頭を下げる。
そして、お華は改めて、
「この様になってしまえば仕方ありません。昔からこういう事は、何度も繰り返されてきたそうです。お気の毒ながら、御台様、天璋院様も、何の因果か、そういう時代に当たってしまった様です。しかしながら、どうかお気を落とされませぬよう」
と改めて平伏した。
お華は、15代の悲惨な末路を見ても仕方無いので、帰り際、お春に、
「お前はどうするの?」
と、小部屋に引き寄せて、聞くが、
「私は……」
するとお華は、
「兄上も姉上も私の所に居るの。あんたも帰るならさっさと来なさい」
と言うと、お春は、
「でも、私は、御台様にお仕えしたいのです叔母様。駄目でしょうか」
それには、お華も笑顔になり、
「おうおう、誠か。決して間違ってはおらん。だが、そう決めた以上はしっかり頼むよ。あの方もお気の毒なお方だからね。今となれば、お前さんに任せるしかない」
お春は笑顔で頷く。
そしてお華は、伊賀の小屋により、用件を伝えると、屋敷に戻っていった。
(3)
翌日、まだ御前中に、伊賀・甲賀の頭目は、お華の屋敷に集まっていた。
そこには他に、優斎兄弟、浩太郎・おさよ夫婦もいた。
そしてお華は、
「どうやら、京の連中は、江戸焼き討ち目指して、向かい始めている様よ。そうねさぶちゃん」
祐三郎も大きく頷く。
すると甲賀のお香が、
「あんたこの前言ってた、敵討ちって、何をする気なの?」
聞いている浩太郎も大きく頷く。
お華は、少々笑顔で、
「そう、この前も言った通り、戦なんかしない。でも江戸を燃やして、女子供容赦無く殺すなど、人として、いや江戸、町回りの同心の娘として、決して許されない。ならば、いざ攻撃があった時には、同時にこっちもお返しするのよ。調子に乗って、好き勝手なんか、させはしません。私達も家族、それに繋がる者がいるんだからこれらを守んないといけないわよ」
今度は伊賀のおこうが、
「それは前にも聞いたし、その通りだと思うけど、一体何を考えてるんだい?」
お華は頷き、
「でね……」
と皆に説明する。
さすがに、優斎も含め驚いてしまう。
そして、
「それは、お前の今までの信念を曲げる事にならないか?」
と聞く。
お華は、どんな盗賊・殺人者も、みずから命を取るような真似はしなかった。
それに反するのでは? という意見だ。
お華は頷いて、
「確かに、これまではそうだった。おとうさんも覚えてるでしょ逆袈裟。あれだって、捕まえさえすれば、お上が裁きを下すって前提があればこそ。でも今回は、その保障はない。ただ、どこまでもそれをしたらって事。それが無きゃ、天下がどこに行こうと私はどうでも良いと思ってるの」
それには優斎も「う~ん」と頷かざるを得ない。
するとお華は、
「私だって、そんなことはしたくない。出来れば、無事に全て進んでくれれば、文句はない。でも、焼き払うなんて言われれば、明暦の大火と同じで、みんな死んでしまう。それだけは許せないの」
そしてお華は、祐三郎に顔を向け、
「そっちの方はどうなの? 話は進んでいる?」
と聞くから、兄の優斎は驚愕して、
「おいおい、三郎つかって何しようと言うんだ」
祐三郎は苦笑している。
再びお華は、
「使えるものは全て使うのよ。お父さんだって、この先、やりやすくなるわよ」
と言うと、祐三郎は、
「まあ、お華さんですからね。話は早かったですよ。あちらはあちらで、国の損になってしまうから、大いに賛成してくれましたよ」
と言われるものだから、優斎も浩太郎も予想がつかず、眉を寄せる。
すると祐三郎が、二人に話を説明する。
すると、二人はもっと驚いた。
優斎は、あわてて、
「おい、それ本当なのか」
と言うと、祐三郎は頷いて、
「既に、○○の海軍に連絡し、準備を伝えた様です。そしてせっかくなので、伊達領にもその旨お願いしました。ですから、最悪の場合は、江戸と同じ様御守り貰いたいと申し上げておきました。もっとも、実際にどうかというよりも、そう言っとけば脅しにはなるだろうと……」
「ひえ~」
浩太郎は声を上げて驚く。
すると、優斎は、
「これは、戦国の折、政宗公がお考えになった通りじゃの……」
お華は、
「こんなこと頼んだら、後が大変だろうけどね。でも、それを何とかするのが、次に天下をとるお人が考えればいいのよ」
と、笑うから、おさよは、その執念に似た、お華の思いに驚いている。
そしてお華は、
「伊賀さん、甲賀さん。手分けして薩摩・長州に人をやってくれる? こちらからの連絡で思いっきり火を付けまくってほしいの。火付の刑は火炙り、ただそれだけよ」
二人は、驚きながらも承知した。
そしてお華は、浩太郎に、
「兄上、その時は、甲州流の狼煙で知らせてやってほしいの」
さすがに浩太郎は、
「なんだと? そんなこと俺はやったことないぞ!」
するとお華は笑って、
「何言ってるの、子供の頃、父上に教えて貰ったことあるでしょ」
覚えが確かにある浩太郎は、まさかこの時に、と目を大きくする。
これで、下準備は出来た。
あとは、あちらがどう動くかに掛かっている。
(4)
翌日、お華の屋敷には、一人の訪問者があった。
旗本、小栗上野介である。
「どうなされました、小栗様」
とお華がお茶を出しながら言うと、小栗は、一つ溜め息ついて、
「あのなお華。わしは国に引っ込むことにした」
それにはお華も驚き、
「領国ですか?」
小栗は頷き、
「そうじゃ」
と、出されたお茶を啜る。
お華は近くに座っていたお秋に、
「あれを!」
と頼むと、小栗も気付き、
「ああ、今日はよい」
と言うのだが、お華は、
「お国に帰られるならば、当分、お耳にはできないでしょう。まあ、せっかくいらっしゃったので、小栗様へのお礼にございます」
そこまで言われれば、小栗も遠慮する方が失礼と考えたのか、笑って頷く。
早速、お秋は、蓄音機で「運命」をかける。
やはり、出だしを聞いて、小栗は、満足な笑顔だ。
しばらくしてお華は、
「今、この時何故、お上を退かれて、領国へ?」
と、一番聞きたい事を口にした。
少々言い辛そうだったが、小栗は、
「これから、薩長は、江戸に攻め上がるだろう。それを迎え撃つ方策を図ったのだが、上様が、謹慎なさると言う事で反対されてな。そうなるとわしもこれ以上、申し上げる事も無い。ならば、国に帰ろうと思いついたのじゃ」
それにはお華も、理解出来た。
それでは、江戸は戦いで火の海……
ということなのだろう。
ただ、この時の小栗の作戦は、海に幕府の艦隊を並べ、やって来る一団を、一掃しようというものだ。
これには後年、長州の大村益次郎も、
(もし、そうされたら、われわれも危なかったであろう)
と言ったと言われている。
しかし、これも幕府中央からの反対で、その通りにはならなかったが、もし、小栗の思うとおりに行っていたら、明治維新も変わった時代になっていたかも知れない。
さて、曲も終わり、小栗は席を立とうとした。
そしてお華に、
「そなた、何か考えてる様だな。三郎から聞いたぞ。だが、余り無理するな。命あっての物種じゃ」
と笑う。
お華も平伏し、
「大変申し訳ありませんが、私が仕組んで居ることは、お上を守るということではございません。ただ、江戸のため、小栗様のやり方を頂戴しようと思ってましてね。私には江戸が無事なら、それで良いのです」
小栗も笑顔で頷き、
「わしはどこまでも、先祖代々お上に仕えた恩をお返しするだけのものじゃ。そなたはそれで良い。気を付けて徹底的にやれば良い。こちらこそ上手く行くことを祈っておるぞ」
と、軽く笑いながら、出て行った。
しかし、お華には小栗のこれからが危険だと感じていた。
(どうか、あなた様もご無事で。私は大丈夫ですよ。なんたってお華ですから)
と、思いながら一筋涙を零す。
※※※つづく※※※
とうとう、江戸も終わりに近づきました。
あとは、お華の秘策がどう炸裂するのか、にございます。
少々、遅くなりますが、お待ち頂ければ幸いです。
ありがとうございました。




