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お華の髪飾りⅡ  作者: 本隠坊
53/65

【53】Night Birds

この物語はフィクションです。

 登場する、人物などは架空でございます。

 また、歴史的な出来事に沿って進めていますが、

 事実・史実とは異なる部分があります。

 どうか、ご了承ください。


 (1)

  

 ナイトバーズとは直訳、夜の鳥。

 人に対する意味は、美しい翼で、街の光を目指して飛んでいく、夜遊び人の事。

 お華は、芸者。

 正にそのフリは、一番得意だろう……。


 さて翌日、早速、おさよが佐助を引き連れ、両手をブンブン振りながら、お華屋敷にやって来た。

 丁度、子供達と食事が終わったお華は、おさよに気づき、

「あら、姉上。おはようございます。早速いらっしゃったね~」

 と笑って挨拶だ。

 おさよも「おはよう」と微笑む。

 優斎もいたが、彼も経緯を知っているから、

「姉上、おはようございます」

とは言ったものの、頭に手をやる。

 するとお華は、佐助の顔を見て、

「あんたも来たの? でもさ、お店は?」

 それには佐助も予想通りの質問だから、いささか笑って、

「最近の騒ぎで、店やっても客が来ないんですよ、怖がっちゃって。だから、こんなんでやってもしょうが無いと思いました所、若様からお知らせを頂きまして、」「何、締めて来ちゃったの?」

「ええ。すみませんが後で、おみよと子供も来ますんでよろしくお願い出来るでしょうか?」

 それにはお華も微笑んで、

「あら、おみよも? でも、深川辺りまでそんなんじゃ、困ったもんね~。まあ、あの子達の事は心配いらないよ。医者兼用心棒のこの人や、歌う用心棒も居るからね~」

 お華に明るく言われ、優斎は思わず倒れ込み、その隣のノブも微笑んでいる。


「ところでさ、姉上。未だに若とか言われてるあの人に、お華を手伝ってやれって?」

 おさよは嬉しそうに、

「そうよ。旦那様は北に、緊急事態を年番与力様に進言するとか言って出て行ったわよ」

 お華は笑って、

「まあ、確かに緊急事態だからね。じゃ、新之助や七重もこっちにいる事知ってるのね?」

 おさよはハハと笑い、

「七重は絵が描けるって喜んでるよ。たぶん、おみよ達と一緒に、もうすぐ来るわよ」

「なるほどね」

 と二人は座敷に上がり、八重や敏次郎に、おはようと言いながら、お華の前に座った。

「まあ、うちは子供が多いから、あの子達も気が楽でしょ」

 すると、おさよは笑い出し、

「新之助は、叔母様も一緒に行くんだよねって何度も聞いてたわよ」

 しかしそれには、お華も目がつり上がり、

「あの若造! 叔母上様を何だと思ってるのかしら!」

 と怒るが、おさよは、

「ただ、恐いだけよ」と大笑い。


 と言うことで、お華は、おさよの前に江戸切絵図を広げ、

「さて、どっちに行きましょうか?」

「そうね~。まず、姉様のところに行って、るいちゃんに注意するように言って、やっぱり佐助さんの所、深川を回ってみようか。夜の本所は兄上が行くだろうから、今夜はそんなんで良いんじゃない。まず、あそこの警戒を見せとかないと佐助さんも困るでしょ」

 と言うが、佐助は、

「いやいや、そんなに急いで頂かなくても……」

 と遠慮するが、お華も、

「いいや。あそこは私にも縁がある場所。まずはそちらから行って見ましょうか」

 双方、結論が出たところで、お華は、おさよの顔を見て、

「姉上、ホントにご機嫌良いわね~」

 と言うと、

「そりゃ、そうよ。こんな事、もう無いと思っていたもの」

 お華は頷き、

「はは、そりゃ私もこんなことになるとは、思ってなかったわよ」

 そして、

「私達もいい加減年だし、子も出来た。本当に最後かも知れない。でも、こうなったら、やらなきゃいけないとも思うのよ」

 おさよも、

「いいのよ、それで」

 するとお華は、

「あたし達が若い頃やって来た事を、とうとう出す事になったような気がする」

 離れて聞いている優斎は、

(もう、ずいぶん出してるよ)と思いながら、笑顔で声には出さない。


「じゃ、お父さん、うちの子達、頼むわよ」

 と優斎に言った後、おさよに、

「七重達も、こっちに来るんだよね」

「うん。新之助達も一緒にね」

すると、

「そう。それなら何かあっても大丈夫ね。あの子もそれぐらい出来るでしょ」

と言って、ノブにも、

「あんた、ここと本所の姉さんのところを頼むわよ。三味弾きに来るって言っとくから、押込があった時のために二日に一遍は泊まらせて頂きなさい。もう仕込みを蹴っ飛ばされるのは無しよ!」

 と言われ、今度はノブがガックリと畳に倒れながら、承諾する。

 するとお華は、

「じゃ、ちょっと早いけど、本所に行きましょうか」

 とお華が言うと、おさよが、

「あんた。簪は用意してんの?」

 それにはお華も笑顔で、

「御心配無く。丁度、本所に行くから、寛太の所に行って、追加分貰って行くからね」

「そう、じゃ行きましょうか」

 と二人は、侍ならぬ出陣した。

 そして橋を渡り、寛太のところに寄り、こちらでも気を付けるように言って、

姉小路の屋敷に向かう。

 

 一応聞いていた姉小路は、本当に二人揃ってやってきたから、些か驚いたが、お華の言葉に、顔が暗くなる。

「お華、それはやはり、上様がお亡くなりになってからの事かね?」

 お華も頷き、

「姉様。やはり、上様の存在は大きかった様に思います。だから途端に、始まったと言ってもよろしいでしょう。御台様もお気の毒ではございますが、私達が出来る事は、せめて、この江戸を守ること。そして、少なくても私達の里にございますから。同心で過ごして来た、我が父、そしてこの姉上の父上に唯一恩返し出来る事はそんな事にございます」

 それには姉小路も大きく頷き、

「そうか。もうそんな時代になったのじゃな……」

 と頭を抱える、そして綾瀬が、

「しかし、そんなことにわざわざ、お華達を使わねばならんとは、正しく世も末じゃ」

 とこちらも目に涙を浮かべる。

 するとお華は、

「綾瀬様。これがもし、武家同士の戦いであれば、私達は一切手を出しません。しかし、辻斬りで女子供まで斬り、そして帝の名を語らい、御用と称し、商家から金を奪うなど、人として決して許されるものではございません。たまたま、私達はそんな修業をしてきました。これは、こうした時の為です」

 おさよも大きく頷く。

 そしてお華は、

「もしこれが、時代の変化を伴うものだとしても、間違いは間違いと言いたいのです。歴代の上様方もきっとその様にお思いになってるはずです。私達の事はどうぞ御心配無く、姉様もお分かりでございましょう?」

 それには姉小路も頷く。

 そしてお華は、端に座っていた、おるいに、

「あなたも、大奥別式だった事を思い出して、今こそ、姉小路様をお守りしなさい。うちのノブも、三味持って、二日に一遍は来るように申し付けたし、我が兄もここを重点的に回ると言っているから、後はあなたが、しっかりすれば良い。あんときの気持ちを思いだして、頼むわよ」

 おるいも、今頃この様な役目が回ってくるとは思っていなかっただろうが、彼女も別式だった女、そう言われれば、姿勢も変わる。

「ご安心下さい。今のここは、私に取っての大奥。必ずお守り致します」

 と頭を下げた。

 


(2)



 日が暮れかかる夕暮れ、飛び交う鳥を頭上に、

 お華とおさよは、屋敷を後にした。

 佐助と三人、最初の目的地、深川方面に向かった。

 

 暗くなればなるほど、この刻限になると、人っ子一人見当たらない。

 佐助が言う通り、皆、怯えているに違いなかった。

 その佐助が、

「ね、こんなんじゃ、誰も店には来ませんよ。全く、迷惑な事です」

 そうだろう。

 さすがに、岡場所あたりに酔っ払いが遊びに出向くなんて様子は、全く無い。

 今で言う、戒厳令も出されている様でもある。

 しかし、そんな時に、女二人と、武家の奥様と芸者、小者だけで歩いていたら、当然、目立つ。

 それが、お華の狙いである。

 お華はおさよに、

「姉上、身体大丈夫?」

 と笑顔で言うと、彼女も笑いながら、

「まだまだ、御心配には及びません」

「それなら、安心ね」

 と笑う。

 おさよも、

「そうよ、あの頃の様に、腕が鳴るわ!」

 と、こちらも笑いながら言う。

 お華は、

「やっぱり、やらなきゃいけない事はやらなきゃね」

 おさよも頷き、

「あの頃やっていた本当の事を、とうとう出す時が来たのよ」

 今度はお華が頷き、

「ただ、これは新之助や、敏次郎、そして七重、八重の為でもあるからね。あの子達に、悲しい江戸を見せちゃ、あんな修行してきた私達の恥だからね」

「そうよ、お父上にも申し訳無いわ」

 佐助はこの二人の話を少々呆れながらも笑顔で聞きながら、後を付いて行く。

 するとお華は、

「佐助さん? 離れたとは言っても、まだ、番屋は頭に入ってるわね?」

 それには佐助も、

「お任せ下さい。あっしもさんざん通い慣れた所。ましてや深川なら、何も心配いりませんや」

 と佐助には珍しく、自信たっぷりに言い放つ。

 お華は笑って、

「まあ、玄人だったあんただからね。あんたもこの時ばかりは、おみよと子供の為にも頼むわよ」

「がってんで!」

 これには女二人は笑ってしまう。


 さて、お華の捲いた呼び餌だが、しばらく三人で川沿いを歩いていたら、早速、不審な殺気を、二人とも感じた。

「姉上!」「うん」

 と二人は早速、戦闘態勢に入る。


 辻斬りというのは、大抵、擦れ違った時、やにわに振り返り刀を打ち込むのが常套手段。

 しかし、奉行所最強の彼女達には、そんな事、先刻御承知であった。

 二人は瞬間目を合わせ、前方の三人の侍目掛けて、いきなり走り出した。

 その三人は慌てただろう、いきなり突撃してくる女二人。

 この二人の行動に面食らった様だ。

 二人は矢のように、最高速で三人を超えると三間先でおさよが止まり、一間ほど置いて、お華も止まる。

 既にお華は、計6本の簪を手にしている。

 予想外の動きに戸惑った男達だったが、揶揄われた様で、逆に腹が立ち、中の一人が、

「やっちめ!」と叫び、三人は刀を抜いた。

 しかし、これはお華にとっては待ってましたと言う展開。

 おさよは、

「佐助さん!」

 と叫ぶ。

 佐助は早速、脇道を番屋に向かって、往年の速さで走る。

 お華は駆け寄ろうとしている男達に向かって、いつものローリングである。

 そして当然、両手から計六本、打ち放った。

 月明かりわずかの、夜に、月明かりにキラキラ怒りを反射させて、簪は音を立てて飛んでいく。

 そしておさよも、それを追いかける様に走り出す。

 しかし、男達にはそれは暗くて目に入らず、ロマンスも何も無い簪は、見事に男達の鼻に、思い切り突き刺さり、先端は口の中に届いた様だ。

 当然、男達は、何か口に挟まった様な悲鳴を上げる。

 そこでおさよだ。

 いつもの低い姿勢から素早い動きで、八の字に次々男達の膝を叩き壊して行く。

 いくら示現流が刃速が優れているとは言え、間合いに入り込まれた、小太刀のおさよの速さに敵うはずも無い。

 アッサリ、三人を地面に寝かせた。

 そこに早くも、佐助が捕り方を連れてきた。

 どうも浩太郎の指図で、予め用意が出来ていたようだ。

 次々に縄を縛っていく。

 浪人であれば、江戸での身分は町人と同じ扱い。

 武士であろうと、容赦無く縄に繋がれる。


 お華は、佐助に、

「明日、北町に! それに向こうで、その時に、どうも薩摩の浪人たちらしい、と伝えて」

 と、指示を出す。

 一息ついたおさよは、

「お華ちゃん、薩摩って良く分かるわね」

 と聞くと、

「あたしも芸者だもん。西の方はすぐ分かるわよ」

「なるほどね」

 おさよが言うと、

「でもね~」

 とお華は笑みを浮かべながら、

「北の方は、全く。うちのお秋ちゃんに、津軽弁で喋ってみな。とか言って話させたら、何言ってんのかサッパリわかんないの。あれには驚いたわよ」

 おさよは大笑い。

 そしてお華は、

「あんた、どこの国の人? って言ったぐらいだもん」

 など、軽口を叩きながら、二人と佐助はさらに深川へと進んでいく。


(3)


「じゃ、石場にでも行きましょうか」

 とお華が言うと、おさよも頷く。

 さすがに、おさよも武家の娘だとはいえ、定町の嫁でもあるから、それがどういう所か知っていた。

 天保の改革のおり、一時、廃れていたが、どうやら、この頃には復活していた様だ。

 深川には、「深川七場所」の一つと言われた、各所の花街があった。

「仲町」「新地」「櫓下」「裾継」「佃」「土橋」

 これらの地を総称して、「深川七場所」と言われていた。

 当然おさよも、浩太郎の話だけだが、一応知っていた。

 するとおさよは、

「あそこはさ、岡場所とか多いとこでしょ? 私らが行っても逆に狙わないんじゃない?」

 お華は笑顔になって、

「さすが同心の嫁ねぇ。その通り、歩いてる女郎や芸者なんか金、持ってないからね」

 と言って、佐助を呼んで、命じる。

 佐助はさすがに驚いて、

「私が、商家の旦那のフリするんですか?」

 お華は簪を抜いて、羽織を佐助に貸してやって、簪を自分の帯に隠す。

 ようするに、佐助旦那に寄り添って歩く、芸者とどっかの女将を演じる、と言う事だ。

 

 少し歩いていると、今度はおさよの策に早速嵌まる者が出てきた。

 こいつらは、正面から薩摩弁で、

「金を置いてゆかんか!」と脅す。

 途端に、お華は、後ろを指差して、

「佐助さん! あっちの方から番屋へ走って!」

 と指図を出し、そして、男達に、

「あんたも薩摩か。あんたら田舎もんが江戸に何しに来やがった!」

 とお華は怒鳴る。

 強気で出たのにさらに強気で返されるから、やはり驚く。

 ここで弱気に出ると「卑怯もん」と同じ薩摩の者達に言われかねない。

 こうなると、刀に物を言わせるしか無い。

 しかし、ホントに物を言ったのは、お華の簪だった。

 おさよも余裕が出てきたのだろう、クスッと笑ってしまう。

 そして簪が光線を放つ。

 直線で進むものもあれば、

今ならMLBの大谷翔平の様な、スライダー・スプリット・シンカーのような左右上下から飛んでくるから、まるで一人・十字砲火のような攻撃である。

 逃げられる訳が無い。

 これも、ほぼ同時におさよが飛んで行った。


 結果は先程と同じである。

 黒羽織の佐助が捕り手を連れて来た。

 さすがに花街だから、その騒ぎに次々人が見に出てくる。

「あれは、お華太夫じゃないか?」

 とか声が上がるようになると、さすがにお華もマズイと思ったのか、おさよに、

「姉さん、橋渡って、今度は日本橋にでも行こう」

 と行って、サッサと歩き出す。

 おさよは吹き出して、

「仕様が無いわね~」

 とこちらも歩き始めた。


 日本橋は、当時、江戸一番と言って良い繁華街である。

 大店が軒を連ね、金だって思う存分に有る。

 

 三人が、着いた目抜き通り、ここの通道(大伝馬町通り)が、いわゆるメインストリートである。

 やはりここも行かないと、見廻りとは言えないとでも思ったのだろう。

 しかし、さすがにここまで一気に来ると、息が上がる。

 三人とも「ハァハァ」言いながら歩いている。

 繁華街とはいっても、この時間になると、店も殆ど閉まっていた。

 空いているのは飲み屋ぐらいだ。

 ただ、余計に危険は増大する。

 

 しかし、そんな中でも、ある地点で、お華の足が止まる。

 一瞬だが、ある店の方から、悲鳴の様な声が聞こえたからだ。

  ところが、反対側から時を同じくして歩いて来る年輩の男が居た。

 特に殺気を放っている訳でもないので、この時、お華、おさよも気づかなかった。


 そして、その時続く、悲鳴と男の声で、

「帝様の御用である。他言無用!」

 などの声が響き、五人ほどの男が出てきた。

 それと同時に、その謎の男は、音も立てず、軒下を走っていた。

 それはともかく、お華は正面の男達に、

「あんたら! 薩摩の者かい? 押込とはタダじゃ置かないよ!」

 と突き刺さる様に、怒鳴った。

 ちょうど、その瞬間、謎の男は、男達が出てきた店に入り、眉を寄せる。

 すると男達もその男には気づかず、お華に、怒声を浴びせる。

 しかしお華は、つまらないそんな言葉には一切、ひるまない。

「あんたら一人残らず、お縄だよ! 覚悟しな!」

 と言い放ちながら、懐に手を入れていた。

 さすがに日本橋であるから、より早く、既に佐助は、捕り方を呼んでおり、一つ、二つ、「御用」の高提灯まで上がり始める。

「ほ~」と小さな歓声を上げた謎の男は、後ろへの逃走を防ごうと、逆の方向に走り、刀を抜く。

 そして、声を上げ、

 「お嬢ちゃん方、もう一人やられている! 遠慮無く捕まえな!」

 と叫ぶ。

 お華は、ニコッと笑いながらも、男達には鋭い視線を浴びせる。

 こうなると男達は、進むも引くも決断が必要だ。

 後ろの男も、何やら強そうだ。

 となると、進む道は一つ。

 女の方だ。

 が、実はそれが最大の失敗だったのは御承知の通り。

 

 描けだした瞬間の男達に、お華は、同じ様に十字砲火で、簪を鮮やかに投げ打つ。

 当然、おさよもまるで、獣の様な速さで突っ込んでいく。

 この時むしろ、一番驚いていたのは、後ろで見ていたその謎の男であった。

「あれは、まさか手裏剣?」

 勿論それだけではない、異常な速さで飛び込んで来た女の、小太刀だ。

 その男も驚き、

「うちでも敵う奴が居るだろうか?」

 と嘆く様な、鮮やかな斬り廻し。

 彼は本当に驚いていたが、

 盗賊の一人が、足を斬られたにも関わらす、男の方に逃げ出した。

 とは言っても、斬られた足は、殆ど完全に斬れてしまいそうだし、彼の相手ではなかった。

 相変わらず、上段から斬り込もうとするが、もう速度は失せていた。

 男は簡単に刀を跳ね上げ、首筋を撃つ。

 今度こそ、地面に沈んでしまった。


 すると、お華が走り寄ってきて、

「おじいちゃん、大丈夫?」

 と言われ、その男は何とも言えない笑顔で、

「大丈夫じゃ」」

 そしてお華は、

「おじいちゃん。殺して無いでしょうね」

 などと言われ、少々呆れ顔で、

「峰じゃ、心配無い」

 というと、お華は満面笑顔で、

「ありがとう」とちょこっと頭を下げ、振り向いて、

「皆! お縄を掛けな!」

 と叫ぶ。

 佐助は、いわゆるピンチヒッターだが、思わぬ大捕物で、何だか嬉しそうである。

 そしてお華の所におさよも寄って来て、

「こちらは?」

 と聞く。

 しかしお華だって知らないから、

「助けてくれたんだけどさ、おじいちゃん、一体誰?  剣術強そうだけど」

 などと言われるから、彼は、むしろ困惑した顔で、

「わしは、斎藤弥九郎じゃ」

 などと言うから、おさよが驚いて、

「え? あの練兵館の?」

 斎藤弥九郎は、幕末三大道場と呼ばれた中の一つ。

 千葉道場と同様、数多くの門下生を抱えた剣術道場の創設者である。

 お華はまだ気づかない。

「え? 何、何?」

 とか言っているから、おさよが深く頭を下げながら、彼の事を説明した。

 さすがにお華も、旦那が旦那だから、ようやく気が付いた。

 その斎藤も笑顔で、

「しかし、面白い物を見せて貰った。もう片づいただろ、その辺で一杯どうじゃ。話が聞きたい」

 と言うものだから、お華は笑顔になって、

「いいわ。ねえ姉上、ちょっと、ひと休みしましょ」

 おさよも、多少歩き疲れているから、

「そうね……」と承諾し、近くでまだ開いていたが、この騒ぎで客が逃げて行ってしまって、空き放題の居酒屋に入っていった。

 小上がりに座った三人。

 早速、斎藤が、

「そなたら、何者なのじゃ。手裏剣は忍びの者と分かるが、あれ程の小太刀は見た事が無い」

 と言うと、お華とおさよは笑い。お華が、

「何流って事は無いですよ。強いて言えば、私は信濃流、そして姉上は甲州流、って事でしょうかね」

 しかし斎藤は、

「信濃に、甲州? どういうことじゃ。しかも、奉行所の連中まで引き連れて」

 お華はまた微笑み、

「捕り手は、あたしが頼んで呼んだんですよ。あたしたちは、動きを止めてお縄にすることが目的。斎藤先生なら、手裏剣を見て、想像は出来てんじゃありません?」

「まあ、分かるが、あの辺は今もそんなことやっているのか?」

 お華は首を振り、出された酒を一口。

「私の父が、師匠でしてね。もう亡くなってしまいましたが。そしてこの人は私の兄の嫁です。ただ私達は八丁堀屋敷が隣同士だったんで、一緒に教えを受けていたんですよ」

 それには斎藤も驚いて、

「って言う事は、元々忍びだったとか?」

 お華は、

「私は信濃生まれで養女なんですよ。でも私達は筋が良いって事でここまで」

 すると、おさよが、

「先生なら、この子の手裏剣、打ち落とせますでしょ?」

 と言ったが、斎藤は大きく首を振り、

「ありゃ、一度に沢山撃ってるじゃろ。あんなに一度に撃たれたら、わしでも無理じゃ、必ず一つは刺される」

 今度はお華が、

「じゃ、先生、この人の小太刀は?」

 もう斎藤は、勘弁してくれと言った顔で、

「小太刀は、通常一見不利の様だが、あれだけ早く寄られ、回られ、低く振り回されてしまうと、どんな剣術家でも敵わんわ。いや本当に驚いた。まだこんな芸当が出来る者が居るとはね」

 するとお華が、

「おじいちゃんだって、だいたい大道場の大先生が、なんでこんな所にいるんです?」

 と聞くと、斎藤は大きく頷き、

「我が練兵館では、意趣・遺恨で剣を用いてはならない。と言うのが掟じゃ。もっとも、これはどんな流派でも同じ。しかも江戸で、ただの町人を狙って剣を振るうなど、ただの暴じゃ。わしとしてはこれは食い止めねばならんと思うての」

 それにはお華が微笑んで、

「その通りにございます。私達も、女ではありますが、女子供に、容赦無く斬りまくるなど、許せません。ですからこうやって、見廻りを」

 斎藤も頷き、

「まったく、忍びの者たちにまでそう言われてしまうとは、武士も落ちたものじゃよ」

 と、肩よ眉が落ちてしまう。

 すると、お華が、

「あっ!」

 と声を上げる。

「どうしたのお華ちゃん」

 おさよが言うとお華は、斎藤の方を向き、

「先生。先生には苦情を申し上げなきゃなりません。先生の弟子達は京都でも、酷い事していますよね」

 それには斎藤も、

「え!」

 と、驚くのだが、少々心当たりがあったらしい。

 そして、渋い顔で、

「それは、長州の事か?」

 するとお華は、

「そうですよ、人の家に押込、子供の目の前で狙った男の首を斬ったりしてますよね!」

 これには、斎藤も返す言葉が無い。

 お華は止まらず、

「私自身。長州の者達に、襲われましたもん。確か、かつら? とか言う男と仲間十人ぐらいで」

 それには斎藤は驚いてしまった。

「そ、そなたを襲った?」

 お華は頷き、

「斬り込んできましたよ。まあ、簡単に倒してしまって、慌てて逃げてしまいましたけど。でもその時私が御守りしていたのが、今の御台様ですよ。あの者達は御台様を拐かして、攘夷の決断を促そうなんての考えらしかったですけどね」

 それには、

「か、かつらが?!」

「そうですよ。その時は内親王様ですよ。それで如何に長州の尊皇攘夷なんて物がいい加減なものだと確信しましたもん」

 斎藤は腕を組み、

「あの、馬鹿者が……」

 と唸るが、お華は、

「まあ、上段で遮二無二襲ってくる薩摩の奴らよりは、まだマシですけどね」

 それには、更に斎藤は驚愕する。

「も、もしや、生麦で、薩摩を何十人も倒したってのはそなたか?」

 お華は笑い、

「あんなの、剣術のうちには入らないと思いますけどね。でも先生、こんどその、かつらとか言う奴に会ったら、叱って置いて下さいよ~」

 斎藤は、困った顔で、

「承知した。なんと言う事をしてくれたんじゃ、あのバカは」

 と怒っている。

 おさよもそれを見て、笑ってしまう。

 もうお分かりだろう、かつらは、桂小五郎。すなわち後の、木戸孝允の事である。

 後は、三人で大笑いしながら笑顔で、話が続いた。


(3)


 おさよは、結局、お華の所に泊まった。

 さすがに、お疲れの様で、直ぐ寝てしまった。

 お華は、寝る前に、一応、報告として座敷で優斎と話している。

「そうとうやったみたいだね」

 とお茶を飲みながら、言うと、お華は、

「大した事は無いわよ。でもなんとバカかね。女二人で歩いてたら、次々寄って来ちゃってさ」

 それには優斎も笑ってしまう。

 するとお華は、

「あ、そうそう。おとうさん、夜には、練兵館の斎藤先生に出くわしましたよ」

 それには、さすがに優斎も驚き、

「斎藤先生に? 私は、まだお会いした事は無いが、なんでそんな先生に?」

 お華は和やかに、

「先生もね、近頃の辻斬り騒ぎに怒ってたらしいわよ。丁度、日本橋の押込をお縄にするのを手伝ってくれちゃってさ、お酒までご馳走になっちゃったわよ」

「え~ そりゃ凄いな。弟子だってそんな事してくれないだろうに」

 するとお華は、

「でもさ、今、長州や薩摩の連中の中にも、先生の弟子もいるでしょ、ほら京都で私達が襲われた時も長州だし、頭は先生の弟子だからね、苦情を言っといたわよ」

 優斎は、頭に手をやり、

「さすが貴方だ。それ言われたら、さすがに京伝払いには出来ないだろうからね」

 と大笑いだ。

 ちなみに「京伝払い」とは、今で言う割り勘の事。

 あの江戸時代有名な作家、「山東京伝」が始めた事で有名である。

 墓は今でも、回向院にある。


 そして優斎は、天井に目をやって、

「それじゃ兄上は、今朝大変だろう……」

 と思いやっている中、その、北町の同心部屋には、早朝、浩太郎が新之助と一緒に朝早く出ていた。

 警戒態勢を引いているから、言い出しっぺの浩太郎がのんびりしている訳には行かない。

 が、今の所、各番屋から連絡も来ていないし、

「じゃ、見廻りの準備でもするか」

 と独り言を言ったと同時だ。

 同心部屋の戸が勢いよく開き、

「旦那様!」

 と従者の信吉が入って来た。

 息子、新之助が、

「どうした? 信吉」

 と、こちらも見廻りの準備をしていたが、信吉は、

「若、旦那様、本所・深川、そして日本橋からも使いが来ました!」

 それにはさすがに浩太郎が寄って来て、

「どういう?」

 と言おうとする前に、信吉は、

「何でも、三ヵ所ほどの辻斬りの下手人と日本橋押込の下手人との事」

「なに!?」

 と叫んだが、本所・深川は、お華達が行くと言っていた場所。

 直ぐに飲み込めた。

「で、何人ぐらいだ」

「へい。十、四五人とか」

「じ、十、四五だと? 」

 と言って、

「新之助、信吉。仮牢にその事伝えよ。そして俺たちは、見廻りには行けねえ」

 すると、二人一緒に、

「承知しました」

 と早速、外に出る。

 浩太郎も続いて大門前に出ると、丁度、佐久間と出会った。

 佐久間は、もうほぼ、隠居生活なのだが、こうしてたまに奉行所に出向いてくる。

 

 佐久間は、浩太郎の顔を見て、

「なんだ、見廻りか?」

 と聞くが、浩太郎は少々笑顔で首を振り、

「いえいえ、今日はその暇なさそうです」

 と言うから、佐久間も不思議がっているが、浩太郎は少々笑顔で、

「それより佐久間様。今日は佐久間様の方が忙しくなります」

「ん? なにが会ったのじゃ?」

 と聞くと、浩太郎は、

「今日は辻斬り下手人がわんさか参ります。おそらく、ご子息一人では間に合わないでしょう」

 それにはさすがに、驚き、

「体勢を取ってるのは知ってるが、もうそんなに?」

 すると浩太郎は外の橋に近づく、縄繋がりの浪人共を指刺し、

「来ましたよ」

 ズラズラと並んでやって来る男達に、佐久間も驚いた。

「誰がこんな事……まさか?」

 佐久間もその男達の様子で、気づいた様だ。

「まさか、お華か?」

 と呆れた顔だ。

 浩太郎は、大きく頷き、

「女房と二人で」

「ひえ~、やはりお華か~同心与力の誰より凄いな……」

 下手人どもは、皆膝辺りと頭に間に合わせの布を巻かれ、肩を落として歩いて来る。


「こりゃいかん。あいつだけじゃ無理じゃ!」

 と佐久間は急いで、与力部屋に向かう。

 そして、入れ替わりに、佐助が浩太郎の所に笑顔で、走ってやって来た。

「若様! おはようございます」

 さすがに浩太郎も笑顔で、

「おう、佐助。すまんな、苦労掛けて」

 しかし佐助は、

「とんでもございませんよ。おかげでうちの方も平穏になりそうで。しかし、相変わらず、あの方達は凄いですね。久々に拝見しましたが、いや物凄かったですよ」

 浩太郎は、連れられてくる下手人連中を横から見ながら、

「はん、あの、サラシ巻いてる顔と膝見りゃ直ぐ分かるよ」

 と笑う。

「若、もう深川も大丈夫ですかね」

 しかしそれには浩太郎も厳しい顔で、

「まだだ!」

 と首を振り、

「確かにこれで、あの近辺は警戒して、そうそう近づかない様にはなると思うが、ちょっと様子見て決めた方が良い。やはり、命あっての物種だからな」

 いささか残念そうな佐助だが、

命あっての……とまで言われてしまうと従わざるを得ない。

 すると佐助は、言おうとしていたことを思いだした。

「若。お伝えしなければ。どうも、辻斬りの浪人連中は薩摩が殆どだと。お華様が。それと、品川の屋敷の見張りをもっと増やすように、と仰っていましたが」

 それには浩太郎は、少々、怒り気味で、

「あんにゃろめ! 出過ぎた事を!」

 と文句を言ったが、

「分かった。見張りを増やそう。まだ、あぶねえ所は残ってるからな」


 さて日も落ち、再び、お華の屋敷。

「そう。兄上がそんな事言ってた」

「へい。まだまだ油断は出来ないと」

 お華は、なるほどと頷いて、おさよに、

「姉上、しばらくはこれ、続けなきゃいけないみたいね」

 おさよも頷き、

「いいわよ。やれるだけやりましょ!」

 その気になっているおさよにお華は、少々、呆れた顔をしている。

 すると、こちらに逃げて来ている、おみよが、

「お姉さんも相変わらずですね~」と笑っている。

 すると、優斎が、

「これは兄上!」

 と、やってきた浩太郎に挨拶する。

 新之助達も一緒に。

 浩太郎は、座敷に上がりながら、

「お華・おさよ、ご苦労だった」

 と一応、言う。

「先生、おかげで、今日一日、大変でしたよ」

 それには優斎も笑って、

「やはりそうなりましたか」

 と頷く。

「小伝馬が満員御礼状態だよ。吟味与力の佐久間さんが、ご子息と二人がかりでやってたが、もうお二人ともヘトヘトで、佐久間様は、まだお華とおさよはやるのかい? なんてお聞きになる始末さ」

 優斎も笑って、そうでしょうねというが、お華とおさよは嬉しそうに聞いている。

 そして浩太郎は、

「お華、おさよ。お前達の仕掛けは見事当たったな」

 と言うと、お華は、

「あったりまえよ。私だって芸者だもん。彼奴らが考えそうな事は直ぐ分かっちゃうわよ」

 それには、おゆきなどは、驚きの顔をしている。

「あ、そうそう、おみよ。佐助には言ったけど、もう暫く様子見て、戻りなさい」

 と浩太郎が言うと、お華も、

「そうそう、まだ危ないよ。子供もいるんだからね」

 と言うが、おみよは、むしろこちらに来ていた方が、気楽なので、喜んでしまっている。

 すると浩太郎は、端に座って酒を呑んでいる、ノブに、

「あんた悪いんだけど、この人達が店を開けたら、当分、三味を弾くって事で通って欲しいんだ。本人達は勿論。周りの様子も警戒してくれるとありがたい」

 それにはノブも、笑って頷いて、

「どこまで出来るか分かりませんけど、とりあえずあそこだけは守ります」

 と明るい声で言ってくれた。

 佐助もそれには嬉しそうだ。


 そして、浩太郎は、

「お華、やはり、薩摩の浪人ばかりだったよ。まあ、本当に浪人かどうかわからないが、それなら、そう言ってくれた方が、こちらも都合がいいから助かるんだがな」

 するとお華は、

「彼奴らは相変わらずの剣だから、あたしも姉上も、簡単なもんよ」

 と、大きな事を言っているから、新之助も目を丸くして、

「父上。母上も華おばさんもそんなに強いの?」

 と聞く物だから、おさよは顔を伏せてしまう。

 すると優斎が、

「何と、日本橋じゃ、練兵館の斎藤先生が手伝ったって話だから、相当強くないと、お酒なんか奢ってくれないよ」

 新之助は千葉道場だから、さすがに名前は知っている。

「え? あの練兵館の?」

 さらに驚愕の顔だ。

 そしてお華は、

「このまま、終わってくれればいいんだけどね……」



※※※つづく※※※



今回もお読み頂きありがとうございます。


 幕末の事は、江戸を中心で書きますと、物事が早い、早い。

 今回は、御用盗の前哨戦と言った所です。

 「ナイトバーズ」は、お分かりの事とは思いますが、Shakatakから付けました。

 何となく、あの二人らしくて良いでしょ?

 

 と言うことで、この騒ぎはもう少し続きます。

 そして、お華の陰謀が次回から登場します。

 よろしければ、次回もよろしくお願いします。


 では、ありがとうございました。


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