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お華の髪飾りⅡ  作者: 本隠坊
51/65

〔51〕お華の里帰り

この物語はフィクションです。

 登場する、人物などは架空でございます。

 また、歴史的な出来事に沿って進めていますが、

 事実・史実とは異なる部分があります。

 どうか、ご了承ください。

(1)


 優斎・お華の子は、二歳になった。

 しかし、それは当時での事。

 今で言えば一歳になったばかりである。


 実は、江戸時代。

 特に武士には、実年齢を誤魔化している人が多い。

 もちろん一般的にというのではなく、身分の高い嫡子においてである。

 その様な身分の高い侍である場合、3~4歳偽っている場合が多い。

 だから、実年齢を知りたい場合は、墓石に刻まれている享年月日を調べる方が正確である。

 さすがに、あの世では嘘はつけないと思っているからかも知れません。


 この年齢詐称の原因は、勿論家督相続による御家騒動を避けて、と言う事である。

 何故なら、江戸時代の武士には十七歳と言う歳が、一種のレッドラインになっているからだ。

 これは、幕法である「武家諸法度」によると、十七歳以下では、実子がいない場合、養子を取る事が厳禁されている。

 従って、その家中の者は、たとえ実子がいても、十七歳までは生きていて貰わねば、御家が断絶になってしまう。

 従って、嫡子が誕生しても、しばらくは極秘にしておいて、切の良いところを見計らって(病気がちで無いと判断)幕府に、嫡子出生届け、この当時では、

「丈夫届」を出す。

 一例では、


 「出生時には病弱であった為に、お届けを見合わせておりましたが、近年、丈夫  に成長致しましたので、改めてお届け致します」


 そして、実際幾つであっても、当年四歳上で提出してしまう。

 これにて跡取りと承認を受けるのだが、実際、将軍目通りには、五歳が十歳として申し上げる事があって、将軍吉宗は、その子をみて、

「随分若い十歳だな」と笑ったという話も残っている。

 今から考えれば馬鹿馬鹿しいが、当時ではこの事甘く見たばかりに、御家取り潰しになった家が多い。

 だから、御側の者は嫡子誕生と喜んでもいられない、薄氷を踏むといった立場になるから大変である。


 しかし、お華の子供達にはさすがにその様な事にはならないから、気楽である。


 さて、子供の成長は早い。

 敏次郎はまだ、授乳だが、八重は既に卒乳している。

 とは言っても、まだ、おかゆの様な物だが。

 

 そして、世間でもこの年は江戸時代最後に、元号が変わる。

 「慶応」である。

 これは、年号というだけで無く、いよいよ幕府も大詰めである。

 長州では、内戦が勃発し、高杉晋作率いる正義派が、藩の俗論派を打ち倒し、

 そして、横須賀製鉄所が起工となった。

 責任者の小栗上野介は、既に幕府の命運を予感していたのか、

「同じ売家でも土蔵付売家の方が良い」と述べたそうだ。

 時勢が変わっても、徳川の仕事を後世に残したいと考えていたのかもしれない。

 そして、長崎ではあの坂本龍馬が、亀山社中を設立したりしている。


 しかし、江戸ではそれ程の変化は無い。


 お華は、そんなことに囚われず、ただ育児に励んでいた。

 子供達は、這って歩回るようになり、女達は、庭に落っこちやせぬかと、ヒヤヒヤしながら見守っている。

 上の二人と敏次郎は、まだおとなしく、頂いたおもちゃなどで楽しく遊んでいるのだが、問題は八重であった。

 とにかくよく動き、誰かが来ると、真っ先にそこに飛び出して行くのだ。

 もっともお華だから、素早く先回りして抱き上げ、

「落ちるでしょ!」

 と怒られ、客と大笑いしている。

 ここだけ日本中で、ここだけ平和な日々を過ごしていた様だ。

 

 そんな時、診療所の方から、

「お~い、お華! ちょっと来てくれないか!」

 と優斎の大声で呼ばれた。

 気づいたお華は、抱いていた八重に、

「父上に呼ばれちゃった。あんたはここでおとなしく遊んでいるのよ」

 と言って、座敷に居たサキに後を願って、

 小走りで診療所に向かった。

 早速、

「はいはい、何です?」

 と診療所の戸を開け、中を覗くと、

 祐三郎が立ち上がり、お華に笑顔を向け、

「Bonjour.Comment allez-vous」(おはようございます。ご機嫌いかがですか)

 などと、フランス語なんかで言うものだから、

 お華は少々カチンと来た様で、

「やかましい! 訳のわかんない事、言うんじゃない!」

 と、怒られる。

 奥のおかよは、笑っている。

 すると祐三郎は、

「ご挨拶したんですよ~。 丁寧にフランス語で」

 と言うのだが、お華は、

「訳のわかんない言葉で挨拶されても、何が何だか分からないのよ!」

 そう言いながら、優斎の隣に座ったが、

 その優斎は、腕を組んで、首を些か捻って座っていた。

 そして、お華は、隣に座り、、

「何の相談?」

 と、低い声でゆっくりと聞く。

 

 するとこちらも座った祐三郎が、

「姉さん! あの……」

 と言い出した途端、お華は頭を落とし、やはりと言う顔で、その先を手で止めた。

 そしてお華は、

「あんた! おかよちゃんと一緒になりたいとか言うんじゃ無いだろうね」

 機先をを制して言うと、

 祐三郎とおかよは、ゆっくりと頷く。

 お華は眉をつり上げ、祐三郎に、

「あんた! それが一体どういう事だか、分かってるんでしょうね! それがどれほど大変なのかも!」

 少々、怒り気味で祐三郎を叱りつける様に言った。

 これは、おかよのこれまでを指しているのでは無く、まず、武士と町人の身分の違いを言っている。

 例えば、仮にそうする場合、おかよは形だけでも武士の家に養子に入らないとならない。

 この作業も簡単な事では無い。

 まあ、お華なら何とかしちまうだろうけど……。


 そして、おかよにも、

「あんまり言いたくないけど、こんなんでも一応、武家の跡取り。かなり厳しい事になるかも知れないよ」

 と、こちらには、諭すように言うと、おかよは、

「はい。それはもう。私も覚悟が出来ました」

 と頭を下げる。

 それを聞くと、お華は優斎に、

「あなたはどうなの。納得してるの?」

 優斎は、難しい顔で、

「私は実は恐れていたんだ。いつかこんな話をしてくるんじゃないかと……」

 と、とつとつと語ると、お華は笑って、

「あたしもそう。おかよさんに、いつ、ちょっと相談がとか言われるんじゃないかってね。でも、このサブはいきなり正面突破して来やがった。全くもう!」

 とお華も机に腕を置いて、額を支える。

 そして、

「ただ、私もこれは難しい事だから、良い答えが無かったから、ビクビクしてたわよ」

 と言って、祐三郎とおかよに、

「もし、このサブが、武家の跡取りでなければ、どうぞどうぞと言うところだけど、あの世界はそう簡単にいかないのよ」

 祐三郎もそれには素直に頷く。もちろん自分もそれは承知しているからだ。

「ただね、あんたみたいな頼りない武士なら、おかよちゃんみたいなしっかりした嫁がビシビシ叱ってくれて丁度良いとは思うのよ。でもね、これは伊達様だからと言う訳では無く、武家ではどこも、簡単な話ではないんだよ」

 そして優斎に、

「だいたい私は、お母さんに何て言って良いか分からないのよ。そもそも、この子は十ぐらいの頃から江戸に来て、母上からしっかり見張って欲しいと言われてたし、おかよちゃんのせいでは無いけど、吉原の女だった人とって言うのは、ちょっとね~」

 それには優斎も頷き、

「それそれ、それだよ。その辺は私も同じだ。サブはサブで努力して、今ではお上の勘定方の手伝いまで任されてるぐらいだから、余計な」

 お華も頷いて、祐三郎に、

「それより何より、だいたいあんた。この事がおおっぴらになったら、おかよちゃん守ってあげられるの? その覚悟はあるの?」

 祐三郎は大きく頷くが、お華は笑顔で、

「どうだか……」

 と両手で顔を覆う。

 すると、お華は、パッとそれを外し、

「あんた! こういう事は剣と簪でなんとかなる訳じゃ無い。この人もあたしも守ることなんか出来ないのよ。どこまでも自分達次第。それも覚悟してる?」

 と聞くと、二人は大きく頷く。

 お華は大きな溜息で、

「おとうさん。これは私とお父さんも一緒に仙台に行って、説得するしかないだろうと思うんだけど……」

 それには優斎も、しぶしぶ頷き、

「まあ、そういうことになるだろうな……」

 と頬杖を付く。

 するとお華は、

「まあ、おかよさんの事は黙って、私が偶然会ってとか言って、実はこの子商家に勤めていた子で、としか言えないけど、私はあそこの嫁としてお母さんには嘘付きたくないしね~。どうしよう」

 と言うと、優斎も、

「その気持ちはありがたいが、これはそれで許してくれる事でもないからな。嘘も方便と言うし、仕方無いんじゃないか。せめて母が生きてる間は」

 お華もそれには頷いて、

「そっか。それしか無いか。まったくサブは次々、無理難題を押し付けやがって」

 と言われ、祐三郎も苦笑する。

 すると優斎は、

「まあ、子供達も連れて行って、誤魔化すしかないよ。ただ、お前達二人も一緒に行かなきゃ駄目だぞ。しっかりした言葉で言わなきゃいけないからな」

 するとお華は、

「あの子達も? でも遠いよ~」

 すると優斎は少し笑って、

「船に決まってるでしょ。子供達が歩ける訳無いでしょ」

 と言われ、お華は目を釣り上げて、

「サブ! 貴様のせいで!」

 と怒るが、これには、三人とも笑ってしまう。


(2)


 結局、そんな訳で、船で行く事になった。

まあ、予想通り、お華はずっと伏せていた。

「あ~、胃のもんは全部無くなっちゃったよ~」

 と、さすがに、世間では、幕末・最強の女との声もあるお華だが、この時ばかりは影も形も無い。薬も無いから、ひたすら耐えるしかない。

 ヘボンに言えば、クロラールを出してくれるかも知れないが、これは劇薬でもあるので、無理だと言われるだろう。

 この事は、1900年のバルビツール酸系薬まで待たなければならない。

 

 ただ、お華は船中使い物にならないが、おかよは大丈夫だったので、何とか仙台まで行く事が出来た。

 

 と言う訳で、一日置いて、万全になって、改めて、優斎・祐三郎の実家に向かった。


 事前に文は出していたので、裕一郎と母達は心待ちにしていたから、子供達の顔を初めて見ると、母は驚喜している。

 男の子、敏次郎は、多少人見知りなのか、少々緊張しているが、お華二世と優斎が言っている八重は、早速祖母・おしげに抱きつき、キャッキャ言っている。

 座敷に行って、優斎とお華は、人通り挨拶したが、自分の家なのに祐三郎は酷く緊張した面持ちで、挨拶し、それより緊張しているおかよは、この時ばかりは、吉原の呼びだしの頃の様な振る舞いで、慎重に挨拶した。

 さすがに仙台の女達では、その辺は分からないから、

「なんと立派な」と思ったかも知れない。

 勿論、文には、おかよが相手だとも知らせているので、母親と姉のお千代も、この気品そして丁寧な言葉遣いと態度に、満足していた。

 

 敏次郎も八重もまだ正座は出来ないのだが、それなりに頭を下げ、すぐさま祖母と姉に這って寄っていき、抱かれている。


 すると祖母は、和やかに、

「あちらの部屋に、色々用意してるのよ。おもちゃも有るから行きましょう」

 と言う。

 優斎と二人で、子供達を連れ、下女が既に待機している部屋に、移っていった。

 祖母が、向こうの部屋に行くと、お華は、ここだ!と決意した。

 残った兄夫婦にお華は、

「実はお二人に、申し上げて置かねばなりません」

 と頭を下げると、

「実はこの(おかよ)の事についてございます」

 裕一郎は、何やら改まったお華に、少々驚きながら、

「何かな? お華殿」

 するとお華は顔を上げ、

「はい。本来ならお母上にも聞いて頂けねばならない事ではございますが、私自身、この事でお母上様に嘘を付きたくありませんし、かといって、悲しませたくもございません。ですが、ならばせめてお二人にだけは承知しておいて頂きたいのです」

 この言い方には、裕一郎も首をかしげ、眉を寄せる。

 そしてお華と同じく座って聞いている、おかよと祐三郎には生気が無い。

 今更、後戻り出来ない。しかし、事は重大だ。

 そしてお華は、

「実はこの子、商家の出というのは一概に間違いではありませんが、ただ、その商家は、江戸・吉原にございます」

 と言った。

 「え!」

 さすがにこの事には、前の夫婦には衝撃であった。当然である。

 ところが、もう一人驚いていたのは、

 実は襖越しに、立ち聞きしていた母であった。

 彼女は、妙な予感がしたのだろう。

 子供達を優斎と下女に任せると、戻って聞いていたのだ。

 当然、目を釣り上げている。

 お華も緊張しているからか、その気配には気づかなかった。

 

 お華は軽く頭を下げ、話を続ける。

「はい。富貴楼という店で、呼び出しで、花風の名で御職を張っていた子です。ただこの子は、安年季明けになったその時、安政の大地震が起こりました。ご存じの通り、武士だろうが遊女だろうが大変な目に遭い、その時たまたま、私と出会い。私の屋敷で裕二郎さんの助手として、次の人生を始めました」

 それには裕一郎が、

「たしか呼び出しっていうのは、あの花魁道中をやるって、あの?」

「はい。その通りにございます。ちなみに私も1度この人にやらせて貰った事があります。あれは中々気分の良いものです」

 と大笑いで言うが、前の二人は考え込んでしまう。

お華は続けて、

「ところが、そこに現れたのが、このサブです」

 祐三郎は頭に手をやる。

「恐らく、おかよさんも、最初は何とも思わなかったでしょう。それより、女の医者になると道を決め、兄上から学んでおりましたから」

 そこでお華は微笑し、

「私も芸者稼業ですから、男女の間は思いもよらぬものとは存じていますが、私も二郎さんも、まさかと思いました」

 すると裕一郎が、

「これは困ったな~。いや、お華さんもよくよく考えての事だとは理解出来るし、わしとしては、そんな事どうでも良いと思うが、ただな……」

 これには、妻のお千代も同じらしく、困った顔で頷いている。

 お華は、

「お気持ちお察し致します。私も元は武家の出。若い頃は、芸者になるのだって一騒動あったぐらいですから」

 と笑い、

「ただ、この祐三郎殿は……。お父上の前で申し訳ありませんが、剣術はすこぶる下手!」

 祐三郎はおかよの方を向き、

「また、始まったよ」

 と小声で文句を言っている。

「武家として、そもそも全く頼りありませんが、人、それぞれ取り柄と言うものはあるようで、伊達家でありながら、通詞として、お上の勘定奉行様のお手伝い出来る男にはなりました。こういう男を支えられるのは、おかよさんの様な、しっかりとした女しかありません」

 そして、お華は少々、片頬を上げ、

「今の武家の娘などでは、無理にございましょう。この子の様に苦労を踏まえた女でないと。しかも医者なのです。ここで下手に駄目だ駄目だと言うと、心中され兼ねません」

 これにはさすがに、おかよが、

「い、いや、私は、その様な事は……」

 と否定するが、お華は、

「貴方はそうでしょう。少なくとも医者になろうとする女。問題はそこの、頼りない男です」

 祐三郎は目を大きく開けて、ぶんぶん首を振るが、障子のあちらの母親は、口を押さえ、笑いながら頷いている。

 お華は、

「ちょっと前に、江戸でも、同じ様に、旗本の養子が遊女と心中があったものですから、私はそれが心配で、心配で」

 心配そうに言うのだが、顔は笑っている。


 この心中事件というのは、天明五年に起きた、「箕輪心中」を指してる様だ。

 四千石取りの旗本と吉原の遊女・綾絹の心中事件である。

 双方、見事? に亡くなったが、男の藤枝教行の藤枝家は、事実を隠して病死と届けたが、あっさりバレてしまい。藤枝家は、改易となってしまった。

 この心中は、世間で話題の的になり、全く関係の無いお華でさえ知ってる事件だ。

 

 お華は、

「まあ、そうなりますと、御家は断絶。これでは世間への体面どこの話ではなくなってしまいます。また、そうしなくてもこの子は今、アメリカでもフランスでも行けます。向こうでも評判は良いらしいので、歓迎してくれるかもしれません。これでは同じく御家も大変な事になってしまいます」

 そう言われると、いちいち納得してしまう二人。

 するとお千代が、

「でも、この伊達家にも、この人を知っている方が居るんじゃないでしょうかね?」

 と、吉原で有名な女であれば、そう言う人も居るのでは? と言う疑問であるが、お華は、笑顔で、

「その辺は御心配無く。この子を知ってる者が居るとすれば、唯一、江戸の留守居様です」

「御留守居様?」

「はい。伊達様に限らず、各家中のお集まりは、大抵、一流の料理屋か、吉原の大店で行われる事が多いのですが、この子はそう言う座敷には出たこと無いと言ってます」

 それには、おかよも頷く。

 さらにお華は、

「実は試しに、伊達様の江戸のお屋敷に、この子を連れて行った事があるんですけど、留守居様初め、誰もこの子に気づきませんでした」

 と笑い、

「まあ、そもそも、そう言う場所にこの子なんか呼んだら、余りに高額ですから。今はどこの家中もそこは控えている有様なので、お留守居様と言えども知らない、分からないのは当然でございます」

 これには、二人も苦笑しながら、特に裕一郎は、その辺の事情が分かるから、ようやく安心した様だ。


(3)


 しかし、そんな時である、襖から「ドン」と音が聞こえた。

 さすがにお華は、素早く立ち上がり、襖を開けて様子を見ると、

なんと母のおしげであったから、驚愕し、

「母上様! どうなされました!」

 と叫ぶ。

 当然、二兄弟はそれ、ぞれそれに気づき母を持ち上げて、おかよが座布団を並べた所に枕を○○が、こちらも素早く持って来て、静かに横にした。

 むこうから異常に気づき、やってきた優斎は、おかよに、

「あなた、診断してみなさい」

 と言うので、おかよは頷き、おしげの枕元に寄り、

「お母様、どうなされました」

 優しく問いかける。

 それを言いながら、彼女は発熱や脈拍なども同時に確認している。

 すると、おしげは、弱った声で、

「どうも最近、身体がだるくて、たまに急にドキドキしたりするのよ。今もちょっと目眩がして……」

 その話を聞いた、優斎に、

「先生、これは、脚気の症状では?」

 そう、脚気という病気の初期症状にピッタリあっていた。

 彼女も優斎が行かせてくれる医学所の話にもあったから、すぐ思い出せたのだろう。

 優斎も頷き、

「おそらくそうでしょう」

 そして姉・お千代に、

「これは以前から?」

 と聞くと、彼女も頷く。

 するとお華が、何とも言えない顔で、

「母上様、お話お聞きになってましたね?」

 と笑いながら言うと、おしげも苦しい中、笑顔を作り、

「そうよ。でもお華ちゃんが認めた人なら、私は良いのよ……」

 小さな声で言うものだから、おかよは、

「ありがとうございます」

 と、畳に額を押し付ける様に頭を下げる。

 優斎も、安心したのか、笑顔だったが、一転厳しい顔に代わり、

「兄上!」

 と強い口調で、

「母上は、お米の食べ過ぎです」

 さすがに裕一郎は、「え?」と驚いている。

 優斎は続けて、

「江戸などでは贅沢病などと言われている病気です。うちは武家ですから、録を頂いている以上、お米は当然ではありますが、この事と身体の事は別です。過ぎるは及ばざるが如しで、米ばかりではいけません」


 つまりこの病気は、ビタミンB1の不足によって起こる病気。

 当然ながら、今の時代であれば周知の事だが、この頃はさすがにビタミンの存在さえ知られてないから、仕方が無い。

 仕方が無いと言う事は、この国は日本で、主食が米である事。

 武士だけで無く、庶民・農民も、米をお腹いっぱい食べられる事が、富貴の基本となっている。

 例えば、おかよは吉原に売られたが、承諾した大きな原因は、お米を腹一杯食べられる事に引かれてである。これは他の女達も同じ事。

 そして、殆どは悲惨な最期を迎える事となる。

 だが、おかよは知ってか知らずか、その道から抜け出せた。

 今、おしげの世話をしている彼女は、どんな思いだろう。


 優斎は、何かの備えで持って来ていた薬箱を、お華に持って来させ、中を探っていると、

「あった!」と声を上げる。

 そして隣で子供達の相手をしている下女を呼び出した。

 代わりにお華が行った。

 やって来て、驚愕している彼女に優斎は、

「どうやら、母は、脚気の様です。済まないが、この薬をこの人の……」

 と、おかよを指差し、

「指示に従い、飲ませてやってくれるかい」

 彼女は大きく頷いたが、優斎は続けて、

「それから今後の食事についてです。聞いて下さい。とにかく、当分は米は、これまでの半分以下です」

 下女は、真剣な顔で、頭を下げ、おかよと一緒に台所に向かう。


 そして兄と祐三郎にも、今後、気を付ける事などを話してると、お華が子供達を抱え、こっちにやって来て、

「ほら、お婆さま、病でお休みになってるのよ。慰めて差し上げなさい」

と言うと、降ろされた子供達は、這っておしげの枕元に行き、言葉はまだ意味不明だが、やさしく撫でている。

 おしげは、涙をスゥと流し、喜んでいる。


(4)

 

 別室に仕度をし、薬も飲んだおしげは、兄弟の手で、ゆっくり寝かせた。

そしてお華は双方にも布団を引き、子供達を寝かせ。彼女が寝かしつけている。 船だと言っても人生初の長旅である。さすがに疲れたのだろう、お華もすぐ寝てしまった。 

 お千代もその様子を、幸せそうな顔で、寝ながら二人それぞれに手を伸ばしながら眠った。


 居間では、男達と奥方が酒を呑みながら話し合う。

 もちろん今後の情勢についてだ。

 お華が起きて戻ってくると、裕一郎が、

「お華さん。今、二郎に聞いたが、大奥に登ったんだって?」

 お華は、チラッと優斎を見て、

「ええ。御台様のところに」

 すると、裕一郎は、

「最近、また長州に、という話が伝わっているんだが、その辺どうなんだろう?」 お華は大きく頷き、

「その話ですか……。サブちゃんは聞いて無いの?」

 祐三郎は首を振る。

 するとお華は、

「きっと、留守居様止まりみたいね。それでは」

 と裕一郎に顔を向け、

「実は、再びの征伐の勅令が出たとの話です」

 それには皆、やはりという様子で頷いている。

 そしてお華は、

「しかし、今回は薩摩は出兵しないとのお話。どうも知らせでは、かの国は長州と何らかの合意が出来たと言われています」

 それには優斎が、

「なんだと? 薩摩は長州と手を組んだと?」

 しかしお華は、

「あくまでそんな様子が見受けられる、というところです。でも、上様もまた大阪城に御出陣。そうなりますと、こちらでも再度の御命令があるのではと思います」

 裕一郎は、或る程度予想していたとは言え、大奥でさえそんな話が広まってるとなれば、ほぼ確信せざるを得ない。

 お華は、

「御台様がお悲しみで、そのお慰めに大奥に参ったという次第です」

 さすがに女だからお千代も、

「そうでしょうね。お気持ちはお察し致します」

 するとお華は、

「そうなると、天璋院様が大変で」

「あ、なるほど」

「そうなんですよ。あの方、私にまで今後どうなるとお聞きになるんですけど、とてもではありませんが、私が答えられる訳ないですよ。そうなると、涙を零されてしまう。あれは辛かったですよ」

 それには皆、一斉に頷く。

 陰口を叩かれている事は容易に想像できるからだ。

 すると優斎が、

「で、お前の本音は? お華」

 それにはお華も苦笑し、

「どうもイギリスがそちらを味方している様で、鉄炮などを送り始めている様です。全く、ついこの間まで、攘夷だ攘夷だと騒いでいたくせに、それを農民にまで渡して準備を始めているとも伝えられますから。さすがに時の流れと変化は早いです」

 すると優斎は、

「兄上、そうなると水戸が再度騒ぎ出すかもしれませんよ。充分にご注意を」

 裕一郎は額にてをやり、「う~ん」と唸る。

 するとお華は、少々笑って、

「兄上様、奥様、今回サブちゃんの話は、お母様の病気につけ込んだみたいで申し訳ありませんが、一応ご了承で、ご納得頂けましたか?」

 それには二人も頷き、お千代は、

「母上様もお華さんの話にご納得して頂いた様だし、構いませんよ」

 するとお華は、祐三郎に向かって、

「よかったね~でもサブちゃん。でも貴方は今の状況だと、下手したらお殿様に付き添い上洛、てな事にもなりかねないから、挙式は様子を見てからって事になるわよ。わかってる?」

 それには祐三郎も笑顔で、

「承知しています。ご承諾頂いただけで、今の私には充分です」

「じゃ、数日はここに二人で残って、母上様の介抱をお願いね。江戸のお屋敷には、使いを出しとくから安心して」

 と笑う。


 確かにお華の予想通り、すぐに結婚とはいかなかった様だ。

 仙台の空に暗雲が漂い始めるのは、それほど時を置かなかった。



※※※つづく※※※




今回もお読み頂きありがとうございます。


 とうとうサブは決意しました。

 しかしながら、おかよとの結婚は、事情がバレれば、想像以上の困難が降りかかります。

 身分違いの結婚は、江戸で幕府開府以来の禁忌。

 おかよは、すぐにも養子手続きを進めねばなりません。

 ただ、男と違い女ならば、仮養子に変えるのは、まだ楽。

 これぐらいお華が何とかするでしょう(笑)


 文中で紹介した「箕輪心中事件」ですが、

 これをされると、御家は大混乱となりました。

 何しろ2000石の大旗本。

 例えば、鬼平・長谷川平蔵でさえ、400石。

 かなりの大身です。

 

 しかも彼には(しかも心中した女と同じ年の)嫁が居るのにもかかわらず。

 ただ、彼は養子でこの旗本の当主となったらしい。

 そういう男だから、日頃、家中で蔑まされていたからかも知れないが、

こうなると、家臣達は事後処理に大騒ぎとなります。

 例えばこれが、運良く死ななかったとしても、お咎めは必至。

 彼と彼女は、身分を最低に落とされ、彼は家から離縁と言う事になります。

 まあ、この事件は、双方死んでしまったので、本人達は、念願成就というところでしょうが、残された家には地獄が始まります。

 ごく、正直に届ければ、もしやすると、先祖の忠誠やお情けで2000石は半減以下になるで済んだかも知れない。

 ところが、残された家臣らは大失態してしまう。

 病死として、届け、お上を偽ってしまった。

 時代は江戸ですが、この手の工作は、目付らの手で、直ぐあからさまになってしまいます。

 何しろ、この心中の禁止は、八代・あばれんぼー将軍が制定したもの。

 目付らも必死になります。

 結局、御家お取り潰し。

 家臣は当然解雇。

 家の者はお屋敷から一転、長屋暮らしとなってしまいます。

 江戸時代だからと言って、警察能力をバカにしてはいけません。


 しかし、サブは伊達家の侍でありながら、時代が幸運に働いたかも知れません。

 お華の言う通り、最悪の場合は、海外にも逃げられる。

 また、そのつても持って居たと思われるからです。

 しかも、侍の時代も、もうすぐ終わる。

 少なくとも、二人の間には幸せな時間が訪れたでしょう。

 お華も、もしかしたら、それを想像していたかも知れません。


 さて時代は慶応。

 この小説も、終わりに近づいて参りました。

 どうか、最後まで読んで頂ければ幸いです。

 ありがとうございました。

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