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お華の髪飾りⅡ  作者: 本隠坊
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㊾横須賀ストーリー

 この物語はフィクションです。

 登場する、人物などは架空でございます。

 また、歴史的な出来事に沿って進めていますが、

 事実・史実とは異なる部分があります。

 どうか、ご了承ください。



(1)


 その日、何故か屋敷には、小栗上野介が来ていた。

 どっかと蓄音機の前に座り込み、ニコニコしながら眺めている。

 もっとも、後ろでは赤子達が、鳴くの、ちょこちょこ這って居たりして騒がしいのだが、そんなことには目もくれず、ただ眺めていた。

 お華が、茶を持って来ると、

「小栗様、お茶で良いんですか? お酒じゃなくて」

 それには強力に首を振り、

「これから運命を聞くのじゃ、素面でなければならん」

 などと言っている。

 そう、お華自身が前に、屋敷に蓄音機が届いたので、お暇な時にどうぞ。などと言った結果である。

 しかし、この時小栗は、南町奉行だったが、今は勘定奉行。

 この人は、兼任なのか今は、陸軍奉行や軍艦奉行など、様々な役職に就いている。 やたら移動の激しい人である。

 勿論、能力を認められての事ではあったが、お華にしても目を丸くして、

「今度は何のお役職なんです?」

 と聞く程である。

 小栗は笑って、

「今は勘定じゃ。ちょっと考えがあっての。ここに来れば祐三郎も呼べるじゃろう。藩邸なんぞ行くより、ここで運命が聞けるんだから、一石二鳥じゃ」

 お華は、祐三郎を呼べなどと訳が分からないが、この人の事だから何か意味があるのだろうと考えて承知する。

「それでは!」

 と早速、お秋を呼ぶ。

 お秋は、蓄音機担当になっていた。

 祐三郎に操作を教えて貰った様だ。

 さすがに幕府のお偉いさんが聞きに来ているので、些か緊張しながらではあるが、教えられた通り、レコード盤に針を置く。

 さっそく、

【じゃ、じゃ、じゃ~ん】

 と演奏が始まる。

 小栗は満面笑みで、

「これじゃ! これじゃ! う~ん、懐かしいの~」

 などと唸って聞いている。

 お華は小声で、

「何かあったらお呼び下さい」

 と言ってお秋を手で呼び、そこを離れてヒソヒソ声で、

「秋ちゃん。申し訳無いけど、八丁堀に行ってさ、さぶちゃん居たら、小栗様がいらっしゃってるから至急来い! とお華が言ってたと伝えてくれない」

 お秋は笑顔で、

「はい。承知しました」

 と言うが、お華は笑顔で、

「まあ、あの曲は長いから、そう慌てなくても良いけど、何か御用らしいわよ。多分、通訳の事だと思うけど、その辺は言わなくても良いわ」

 と肩を軽く叩いたが、お鼻は、

「あ、ついでに医療所のおとうさんに暇になったら、屋敷に来てって伝えてくれる?」

 お華はこれまで優斎は「先生」で通して居たが、さすがに子供が出来たので「おとうさん」に変わった様だ。

 大した事ではないが、それも一つの成長だろうか。

 早速、お秋は「はい」と言いながら出て行った。

 お華も早速、寝ていた子供二人の側に行って、ベートーベンを子守歌代わりに優しく頭を撫でている。


 暫くすると、優斎と祐三郎が揃ってやって来た。

 祐三郎はいきなり「運命」を聞いている小栗の姿が目に入ったから、少々驚きながら声を出さず廊下で深く礼をして、そのままお華のところに二人してやって来る。

 小声で優斎が子供を起こさぬように、

「小栗様はどうなさったのだ?」

 と言うと、

「運命が聞きたかったらしいわよ。それとさぶちゃんにも用事があるらしいけど、それはまだ」

 お華が首を振りながら答える。

 ただ、こういう事になると、とりあえずは一緒に「運命」を聞かなければならない。

 祐三郎も優しい笑顔で、甥達を見詰めながら待っていた。


(2)


 曲もようやく終わり、昼食代わりをお吉やおゆきが用意し、おかよやサキ、そして子供を抱いたおゆきとお吉も座って、上の二人はもう乳離れしたので、二人で食べさせてやりながら、お華の子は優斎と祐三郎が抱いて座っている。

 曲に満足した小栗だったが、その様子には今頃驚いた様で、

「凄いな、お前のところは」

 などと言いながら、出された酒を少し口にすると、早速本題に入った。

「実はな、わしはこの度、横浜の横にある横須賀で、造船所を作る事にしたのじゃ」

「造船所?!」

 とお華は素っ頓狂な声を上げる。

 時代は、慶応元年の事である。

 小栗は、既に「横須賀製鉄所」(後の横須賀海軍工廠)の建設を開始している。

 幕府内では当初、余りに費用が掛かる事から、反対の意見が多かったが、小栗は

万延二部金を(ぞう)(ちゅう)した事により、貨幣発行益により建設費用を賄う事になっている様だ。

 ちなみにこの事が、後に徳川埋蔵金説に繋がってしまうのだが……。

 そして小栗は、製鉄所の首長として、フランス人のレオンス・ヴエルニーを任命した。

 今日、小栗がお華屋敷に現れたのは、この事があっての事である。

 

 優斎は、さすがにこの事は専門外の為、首を捻りながら腕を組んでいたが、祐三郎は嬉々として、

「あ、アメリカのあの造船所と同じ様な物ですね?」

 と笑顔で言う。

「そうじゃ。やはりそなたは話が早いの」

 こちらも笑顔で大きく頷く。

「実は先日、我が国でもオランダから船を購入したが、したは良いが、整備する所が無い。これではかなりの問題じゃ」

 祐三郎も頷き、

「確かに、あの時アメリカでお聞きした話によると、適宜の整備が適時必要とお聞きしました」

「そうじゃ、だからこの度横須賀に、整備場、そして造船所を作る事になったのじゃ」

 お華は聞いていて、詳しい事はわからないものの、祐三郎が当意即妙な返事を、直ぐさま行える事に感心していた。

「我が国で、あの黒船を作ると言う事ですか?」

 小栗は頷き、

「そうじゃ、それにはまず製鉄所が必要になる。これは船ばかりで無く、家など、様々な用途に役立つ。そして造船所じゃ。何よりも我が国は海の国である。これに後れを取ってはならない」

 この辺でようやく、小栗の意図を優斎も理解し、

「そうですね。これはわれわれ医者にも意味があるかも知れません」

 と言うと、

「して、祐三郎には何を?」

 と聞くと、

「実は、造船所創設の首長、おさ。だな、これをフランス人のレオンと言う者に任せたのじゃ、この者は英語も喋れると言うから、祐三郎にはその通訳を頼みたいのじゃ」

 しかしそれには、祐三郎も疑問が湧く。

「斧さんは呼ばないのですか?」

 それには、

「勿論呼ぶ。だが、どうもアメリカが煩くてな。こっちの対応もあるから、どうしても複数必要なのじゃ」

 さすがに祐三郎は理解したが、そもそも祐三郎は伊達家の家臣である。

 幕府の仕事に勝手に入って行くのは、さすがに問題である。

 これには優斎が、

「しかし、こいつは伊達家の者です。それは構いませんので?」

 と聞くと、小栗は笑って、

「既に伊達の殿様には、城中にて、ご承諾を得ておる」

 これには、二人もこの手回しの良さに驚いている。

 お華は満面の笑みで、

「良い事じゃない、さぶちゃん! あんたは仙台の者として初めて黒船作る事ができるんだよ?」

 しかし、祐三郎は笑いながら、

「作る訳じゃないですよ姉上。お話を通訳するだけですから」

 するとお華は、

「何言ってるの、作るのは職人に決まってるでしょ。でも、その方法や、手配する事を学べるのよ? つまり、あんたが指揮出来る様になるって言う事。これは本当に凄い事よ」

「は~」

「だいたいあんたは、最初、大砲作るって江戸に来たんでしょ。でも今、それより凄い物を作る事にも詳しくなれるんだよ。しかも金を貰って。こんな良い事無いじゃない」

 こう言われると、さすがに祐三郎も、

「そうですね~」

 と頷く。

 するとお華は小栗に、

「実はね小栗様。以前、この子を勝様から、海軍操練所の訓練生にどうか? ってお話があったんですけど、あたしはこの子の剣の素振りを見てましたから、お断りしたんです。役には立ちそうにないからってね」

 これには祐三郎は目を大きくして、

「姉上!」

 と怒るが、お華はそれを無視し、

「でも、小栗様が仰ったような事に携われるのなら、それこそ、この子なら役に立てる様に思います。それに我が国も、そちらを最初に力を入れるべきではないかと思います。人は、向いた方に進むのが一番幸せですからね。この子はそれで充分」

 小栗も、

「さすがお華。その通りじゃ」

 と大笑いする。

 優斎も、

「そうだね~。そうした技術が我が国にドンドン入っていく事によって、色々な事も進んでいくかも知れない」

 と頷く。そして、

「フランス人の通訳なんて凄いじゃないか。アメリカにはもう現地に行ってるし、同じ英語をつかうイギリスにも顔が利く。そして今度はフランスだ。お前は、我が国一番の世界通として、充分生きていける」

 と優斎も、我が兄弟の事だがら、心の底から喜んでいる。

 また、医者としての自分の先々も、とても意味がある。

 

 祐三郎は、全てを理解し、決断した。

 小栗に平伏し、妙な顔で、

「それでは、どうか私を導いて下さいませ。文句を言うと、姉に酷い目にあわされるかも知れませんから」

 と言うと、お華は、

「何!」

 と怒るが、小栗も、

「心配するな、わしもお華は恐いからな」

 と言うものだから、そこに居る者、子供も吊られて大笑いとなる。

 

(3)


 今度はモーツアルトが流れ始めた中、いつの間にか八重が小栗の膝の上にチョコンと座っている。

 元治元年の生まれ、元治は一年のみだったので。現代の感覚で言うと一歳になったばかりで、既に這ってチョコチョコ動き回り、お華は勿論、お秋も廊下から下に落っこちやしないか気が気ではない子である。

 もっとも一方の敏次郎は、全くその様な事はなく。いつもおとなしく、姉小路から貰ったおもちゃで一人遊んでいる。

 で、その八重。

 いつの間にか、皆の前を通り過ぎ、小栗の膝に座って、分かりもしないくせに中央で話を聞いているのか、どうなのか?

 お華はそれを見て、

「人見知りしない子だね~」

 と微笑んでいる。


 すると、庭の方に、既に話に出ていた斧次郎がやって来た。

 彼も小栗に呼ばれて来たのだろう。

 彼はこの頃、幕府開成所(洋学研究所)に勤めていた。

「おう! 斧さん!」

 と祐三郎の声に笑顔を向けながら、座敷に上がり、小栗に向かって、

「立石斧次郎。お呼びにより参りました」

 一応平伏するが、本人は八重と一緒に、うんうんと頷いている。

「あんたも横須賀へ?」

 と祐三郎が聞くと、彼は笑いながら、

「そりゃ、勘定奉行様からの仰せ付け。断る訳にはいくまい。もっとも自身興味もあってな」

 祐三郎も、それには良く理解出来た。


 そうした中、優斎が、

 「小栗様、先程アメリカが煩いと仰ってましたが、どういう事なんでしょう? 確かあそこは今、戦争中と聞きましたが」

 小栗は頷き、

「あれは、去年終息したようじゃ。だからアメリカはイギリスに負けまいとか、造船所を作るのに、自分達に任せよ。とか言って来たのじゃ。だが、何でもかんでもイギリス・アメリカはどうかの? と思ってな。ヨーロッパでイギリスに次いで進んでいるというフランスにしたのじゃ」

「なるほど。あまり集中しないようにとお考えなんですね」

「そうじゃ」

 と頷きながら、八重に笑いかけて、

「まずは、技術を学ぶ事じゃ。これが追い付いて初めて我が国の未来が開ける」

 すると斧次郎が、

「三郎さんも来るんでしょ? それは本当に助かるよ。何しろ、アメリカとイギリス二つに応対しなきゃいけないからね。しかも三郎さんだし」

 と些か笑い気味で言うと、小栗も笑顔で、

「そうそう、三郎。お前、ヘボン先生、天狗党から守ったんだって?」

 などと言い出すから、優斎がクククっと笑い出す。

 祐三郎は少々不満顔で、

「ありゃ、姉さんですよ」

 と言うのだが、小栗は、

「そんな事分かってるよ。それが先日話題になってな」

 これにはお華も頭に手をやっているが、優斎が、

「話題ですか?」

 小栗は頷いて、

「先日、フランス公使と水野様と打ち合わせの時にな」

 それには今度はお華が、

「水野様って、あの?」

 それには小栗も笑い、

「そうそう、そなたの怨敵、水野忠邦様の御嫡男、忠精殿じゃ」

 これにはお華が露骨に嫌な顔で、

「止めて下さいよ小栗様。私があのお大名様を敵になんぞするわけありませんよ。それに、あの方を怨敵なんて思ってらっしゃったのは姉小路様ですよ!」

 少々憤慨して言うのだが、小栗は、

「あ、そうか。そなたの怨敵は妖怪じゃったの」

 と大笑いだ。

 これには優斎は忍び笑いだが、おかよやお秋は何の事か分からず首を捻っている。

 お華は溜め息。

「怨敵って程も無かったですけどね」

 すると小栗は、

「でもな、あの人まだ生きているそうだよ」

 それにはお華も少々驚き、

「流されたのにまだ生きていらっしゃるんですか?」

 と言ってしまう。


 これには意味がある。

 通常、旗本・大名など上級武士は、罪を被ると切腹か、島流しなどの刑に処される。

 切腹はともかく、地方に流され、行動を制限されると通常3年で死んでしまう。と言うのが通説だからだ。

 大抵、幕府では、一年ほども経つと、上様に「もうそろそろ」と赦免の話が出てくるものなのだが、妖怪の異名をを持つ、鳥居甲斐守には、一切、そういった話が出てこなかった。

 だから、もうお華などには、過去の人ではある。

 ちなみにこの男、なんと明治維新を過ぎても、しっかり生きていた。


「生きてるそうじゃ。憎まれっ子……てなとこかな」

 と小栗も苦笑する。

 それには、優斎も天井を見上げ、

「は~。あの頃とは全く逆になってしまいましたね。今や造船所まで作ろうって言うんですから。時の流れってものを実感します」

 としみじみ小栗に語る。

 するとお華は、思い出した様に、おかよの顔をちょっと見て、

「そうだ、小栗様。そういう所だと医者も必要ですよね。重大な事はヘボン先生にお願いするとして、月に一回ぐらい、うちの人かおかよさんが通うってのはどうです?」

 それには小栗も、

「それはありがたい。なんせ横須賀だからな。そうして貰えるとありがたい」

 と言ったが、優斎は直ぐその意味が理解出来た。

 笑みを浮かべながら、

「じゃ、私がいけないときは、彼女に行かせましょう。女の人の方が、素直に受け入れてくれると思いますし」

 しかし、おかよと祐三郎は目を大きく開けながら、下を向いたままだ。


 それからしばらくして、祐三郎は旅立った。

 とは言っても、船に乗るだけのものでは有ったが、予定通りレオンス・ヴエルニーとも会って、英語の方もそれ程問題無く通じ、彼の新しい歴史が始まった。

 

 工事の方は、既に始まっていた。

 幕府自らの工事であったためか、駆り出された人々は、ひたすら堀り続けている。


 祐三郎はレオンスに、仕事の事は勿論だが手隙きの時には、フランスという国にについて教授して貰った。

 祐三郎の方は、お華にそれも大事と言われての事だが、レオンスは正直驚いていた。

 この日本の若者は、こんな世界の極東国の者なのに、英語は堪能だし、さらに、フランスについて知ろうとする、その知識欲の高さに感心し、好感をもって、仕事が終わった夜には、食事をしながら、フランスがフランク国だった頃(486年)から、知りうる限り、酒を呑みながら教えてやった。

 祐三郎が一番驚いた事は、ローマ帝国の存在だった。

 今のフランスは、ローマ帝国の支配から独立し、フランク国を建国したということだった。

 殆ど今の我が国の歴史とそう違いない。

 さらに、イギリスでさえ、ローマ帝国は支配下に置いていたと言う事に至ると、何やら、我が国の今の状態が恐ろしく感じた。

 同時に彼は、仕事を引き受けて良かったと、心底から思った。

 そしてこの事は、後年の祐三郎に役立つことになる。



  ※※※つづく※※※



あけましておめでとうございます。

 本年もよろしくお願い申し上げます。

 

 そして、今回もお読み頂きありがとうございます。

 

 まずは題名。

 単なるシャレですが、日本史上において、また横須賀にとっても重要な物語の初めになります。

 この造船所建築は、小栗上野介においては、彼最大の功績であり、この事は遙か後年、昭和に至るまで、造船業の発展に寄与する仕事でした。

 そして日本は、経済の更なる発展が出来る事になります。


 幕末には、数多く「英雄」と呼ばれる者達が出てきますが、彼も幕府側においての英雄と言えるでしょう。

 天は、使命を持って送り出し、用が無くなると、容赦無く、天に戻す。

 彼もそう言った一人でした。


 さて、それに感化され、祐三郎がどうなるかはこれから。

 どうぞお楽しみに。


 では、今回は短かったですが、多少なりとも喜んで頂ければ、幸いです。

 次回もよろしくお願い申し上げます。

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