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お華の髪飾りⅡ  作者: 本隠坊
47/65

㊼千客万来のお華屋敷

この物語はフィクションです。

 登場する、人物などは架空でございます。

 また、歴史的な出来事に沿って進めていますが、

 事実・史実とは異なる場合があります。

 どうぞ、ご了承ください。

(1)


 庭に物干し竿が四本並んでいる。

 

 我が国では、西でこれから戦か? と言われていたが、

今はお華の屋敷の方が戦争状態である。

 姉小路から、おるいが助太刀で現れたものの、相手が相手。

 とても彼女では太刀打ち出来ない。

 相手は強敵である。

 朝早く、屋敷にはまず姉小路達が訪れた。

 それには、優斎が気づき、廊下に平伏し、

「これは勝光院様。おはようございます。そして、あけましておめでとうございます。昨日は大変ありがとうございました。この様に早く起こし頂き、誠にありがとうございました」

 と顔を伏せながら、挨拶をすると、庭に立つ、姉小路と綾瀬の顔は和やかだ。

 そして綾瀬が微笑みながら、

「御前様が、早く早くと仰るものだから慌てて来てしまったわ。大変なところすまんな~」

 姉小路は、「これ」と綾瀬に言いながら、

「今、顔を見ても大丈夫か?」

 と聞くと、優斎は顔を上げ、笑顔で、

「姉小路様ですから、お華も子供達もありがたい事にございます。さあ、さ、どうぞ、どうぞ」

 と引き入れるが、大広間には既に二人の子が寝ているから、まず綾瀬はそれに驚いて、

「優斎……この子達が?」

 と聞くが当然優斎は笑いながら、

「驚かれたのも仕方ありません。ただこの子達は、一人は三味線の名手の子。そしてもう一人は、お華の妹芸者だった女の預かり子でございます。すみません。お華はこちらでございます」

 と言われたから、二人は同じ様に肩を落とし、そして笑ってしまう。

「優斎。こんな子達がいるのに、更に二人か。確かに物干しが四本もあるはずじゃわ」

 と姉小路が言いながら、優斎が導く隣の部屋に入っていった。

 さすがにお華も、それには気づいており、布団の上で正座して待っていた。

「おお、お華。大丈夫なのか寝てなくて」

 と姉小路が心配そうに言ったが、お華は、

「まだ、ちょっとクラクラしますが、まずはご挨拶しませんと」

 と頭を深く下げ、

「あけましておめでとうございます。わざわざ、お越し頂き、誠にありがとうございます。こちら右が長女、八重。そしてこちらが、敏次郎にございます。どうかこれからはこの子達、よろしくお願い申し上げます」

 と頭を下げ言った。

 この頃で考えれば、驚異的な復活の早さである。

 通常、産褥の時期は、少なくてもかなりの間、寝たままであるが、やはり幼い頃から鍛えられていたお陰か、万全とは言えないまでも、それ程では無かった。


 とは言え、姉小路は、

「もう良い、昨日の今日じゃろう。寝なさい、寝なさい」

 と言いながら、右の八重をしげしげと眺め、左の敏次郎のそばに座った。

 姉小路は、

「昔、大奥では一人産んだだけでも大騒ぎであったが、さすがにそなたはそれ程ではないな」

 横になったお華は、少々笑いながら、敏次郎を姉小路に抱かせた。

「それは、お褒めになっているのか、呆れておられるのか分かりません」

 と言うと、綾瀬も和やかに、

「いやいや、褒められておるのじゃ。しかし、生まれたばかりと言うのは可愛いの~」

 如何にも嬉しそうである。

 お華は、ありがとうございますと言い、姉小路に、

「姉様。名前、ご許可頂いて誠にありがとうございます」

 右手を出して、寝ている赤子を示し、

「どうでしょう、敏次郎にございます?」

 と言うのだが、姉小路は笑って、

「昨日生まれたばかりで、どうもこうもないわ」

 などと言いながら笑うと、敏次郎も起きた様で「あ~」と言うから、二人とお華は笑ってしまう。

「分かるのかの? 自分の事言われてるのが」

 と姉小路は若干驚いて言っているが、端で座っている優斎は苦笑している。

「なによりもな、元気で、道を外さず、これから長く生きることが出来れば、それだけで良いのじゃ。先代、敏次郎様よりも長くな」

 それにはお華も頷く。

 するとお華は、もう一度身体を起こし、

「姉様。この二人には、仙台の遠くに祖母はおりますが、江戸にはおりません。

どうか、この子達の祖母として、ご指導下さればありがたく存じます。お願い出来ますでしょうか?」

 と頭を下げる。

 お華は、祖母代わりでは無く、祖母としてと言っている。

 これには、姉小路も、うっすら瞳に涙が溢れたが、それは見せず、

「良いじゃろう。だが、指導か甘やかすか分からんけどな。どうせそなたが厳しい事言うだろうから、慰めてやろう」

 これには、優斎も綾瀬も、色々感じながら、笑顔を見せる。 

綾瀬は、おるいに暫くの間お手伝いしろと言い付け、二人が一度、

「おう、おう」と言いながら怖々赤子を抱いた時、大門の方が何やら騒がしくなった。

 どうも行列が入って来たようだ。

 優斎が、外を確認すると、どうやら女駕籠、しかも上等な駕籠の行列が入って来た様だった。

 駕籠が前までやって来ると、姉小路も敏次郎抱きながら出てきて、

「あれは大奥の……」

 そして降り、そして上がってきたのは、やはりお春だった。

 これも、起き上がって出てきたお華の顔を見ると、「叔母様~」と言って喜んでいるが、

 姉小路の手前、「このばか」とお華は、困った顔である。

 仕方が無いから、

「これ、お春、こちらには姉小路様もいらっしゃる。大奥の者が慌てて大声を出してどうする」

 と叱りつけるが、お春は、全くそんなことは気にせず、

「赤子は? わたしの従姉弟は?」

 と部屋に入ってくると、優斎や姉小路は笑顔である。

 すると、さすがに姉小路と綾瀬の事は思い出した様で、

「これは誠に失礼致しました。勝光院様、綾瀬様、あけましておめでとうございます」

 と、ようやくその場に座り、大奥の女らしく挨拶した。

 お華は、嬉しいのだが、幾分呆れた顔で、

「お二人に抱いて頂いているのが、お前のいとこじゃ。勝光院様の方が、敏次郎。綾瀬様の方が姉の八重だよ」

 と言ってやると、綾瀬が抱きながら立ち上がり、お華に渡そうとするが、

「綾瀬様、この子はまだまだ赤子の抱き方など分かりませんよ」

 と笑うが、綾瀬は優しく、まだ首が据わっていないことを教えながら抱かせてあげた。

 お春は、掠れた奇声を上げ、

「ま~、なんと可愛い!」

 と満足そうである。

 すると姉小路が、

「宮様から、お許しを頂いたのか?」

 とお春に聞くと、こんどは敏次郎の顔を眺めながら頷き、

「はい。恐れ多くも、お許し下さいまして、用意した祝いの品と共に来たのですが……」

 既に小者達が、廊下に様々な品を置いている。

「ま~勿体ないこと……」

 とお華はありがたく、お城に向かって頭を下げるが、お春は、

「祝いの品などは事前に用意していたのですが、我が母より、生まれたのは双子と聞かされ、御前様など皆様慌ててしまいまして……」

 それにはさすがに姉小路も頷きながら、

「そりゃそうじゃ」と笑う。

「おもちゃなどはともかく、着物をどうすると言う事で、慌てて呉服の間のお頭に、一着を二着に出来ないかと、朝から大騒ぎでございました」

 これにはお華も含め、皆がそれを想像しながら微笑む。

 お春は続けて、

「すると、呉服の間のお頭が、笑いながら、まだまだ赤子も赤子。とりあえず、残った布地を加えて、二着にしましょうと言って頂いて……」

 と、赤子を抱きながら、廊下に行くのだが、お華に、

「落とすなよ!」といわれ、

「んなことしませんよ」などと言い返しながら、ゆっくり持って来てお華に渡す。

 お華が、包みを開いてみると、とても継ぎ接ぎで作ったとは思えない、見事な着物であった。

 それには綾瀬も、そして姉小路も頷き、

「良い出来じゃ」と言ってくれた。

 お華は、お春に、

「お春。くれぐれも宮様に、お華がありがたく頂戴致しましたと必ず伝えなさい。あんたの今日の仕事は、それだけなんだから」

 と笑いながら言うと、お春も笑顔である。

 すると、八重も起きだして、お春を叩きというより、撫でながら、きゃきゃ声を出している。

 それには、大人達も思わず笑ってしまう。


(2)


 姉小路やお春は、辰巳(am10時ぐらい)のうちに戻って行き、

 その後、この日は「あけましておめでとう」の言葉と共に、次々祝いに人々が現れた。

 まさに千客万来。

 優斎も、今日は診療所も、おかよに任せきりで、応対に大忙しであった。

 次には、浩太郎一家が現れた。

 新年の挨拶の後、

「お華の具合はどう?」

 とおさよは来た早々、お華の事を心配したが、優斎は笑顔で、

「大丈夫でございます姉上。やはり、姉上と一緒で、それほどの事は無いようです」

 それには浩太郎が、

「まあ、そうだろうな。昔っから同じ様に稽古してたからな」

 優斎も、

「妻の事ながら私も勉強になりました。女も身体を鍛えないと、出産にも影響があると言う事です。これはこれからの女子達にも教えねばなりません」

 すると浩太郎は、

「まあ、その辺も限度ってのがあるけどな」

 と破顔している。

 すると、おさよが、

「先生、三郎さんが、昨日、兄上様が江戸にお着きになったと仰ってましたよ」

 と言われ、優斎も満面笑みで、

「そうですか! 兄上が!」

 と喜んでいる。

「なんでも、お屋敷の用事が済んだら、三郎さんが連れていらっしゃるそうよ」

 おさよの言葉に優斎は、頭を下げ、

「わざわざ、お知らせ頂きありがとうございます」

 すると浩太郎は、

「生まれたのは嬉しいんだけどさ、何も元旦じゃ無くてもと思うよ、これから俺は八丁堀の挨拶回りだ」

 と、妙な顔で言うと、おさよが、

「今日は大変よ。旦那様の事はともかく、お華の子達の事で、やたら大変よ」

 それには二人で大笑いだ。

 すると寝床に戻っているお華が、向こうから挨拶と共に、

「これで、立派におじさんになったんだから、しっかり御報告してくださいよ」

 などと言われ、これには頭を掻いて、

「ったく。お華と一緒で、来た時から、色々やらされるよ」

 これには優斎も頭をさげるものの、皆で笑ってしまう。


 ちなみに、この双子の子供達、この時一歳である。

 不思議に思われた方は正しい。

 そう、今現在の測り方で言えば、生後一日だからだ。

 しかし、それは今の考え方。

 江戸時代には誕生日というお祝いも、生年月日を言う事はほぼ無かった。

 どの身分でも、生まれればその時が一歳だからだ。

 これは幕法で決められていている。

 もっとも誕生日と言っても、この時代には何回か暦が変わっているし、閏月もあるので、必ずしも正確とはいえない。

 その様な事があるからかは不明だが、この頃の江戸、いや我が国の人々は誰もが一月一日生まれである。


 お昼からは、お華・優斎が親しくしている平吉などの親分連中、や柳橋の、普段三味の指導を受けている連中が大挙して来た。

「きゃー可愛い」など声を上げて、祝ってくれる。

 平吉は、

「女房と、祝いの品色々考えたンですけど、何が良いでしょう?」

 などと聞くが、お華は、

「そんな気を遣わなくても良いわよ」

 と遠慮するが、すると佐助も一緒になって、

「そうはいきませんよ。私ら、仕事も何も、そして有るときは命まで助けて貰ってるんですから、遠慮無く仰って下さい」

 とおみよも笑顔で頭を下げる。

 お華は優斎と顔を見合わせながら、

「じゃ、お言葉に甘えて、普段の着物が良いな。赤子用のね」

 と言って、

「ただね。うちは他にも二人居るから、四人分。但し、決して高くなくていい。あの日本橋富沢町やすぐそこの柳原土手辺りで売ってる古着で充分。できればそれに一つずつ、例えば敏次郎の「と」とか八重の「や」とか大きく張ってくれればいいよ」

 それには、優斎もおみよも大きく頷き、おみよは、

「あたしがお願いした英吉の事もあるし、あたしがやっときますよ。でも姉さん。これから大変ね~。お乳は出たの?」

 それにはお華も、

「うん。大丈夫みたい。今までそんなこと一度も考えた事無かったけど、不思議なものね~。お陰で、余り貰い乳に行かなくて済むわよ」

 おみよも、

「それは良かった。でも相変わらず姉さんは、色々大変ね~」

 と笑いこれには女共もそうそうと頷く。

 すると平吉が、

「私は、お千代を手伝いに行かせますよ。あの子もこれから。ちょうど良いですからね」

 お華と優斎は、揃って礼を言う。


(3)


 翌日、ようやく大騒動も一段落つき、お華は二人に乳を与えている。

 もう既に、庭の物干し竿には、洗った襁褓(おしめ)が並んでいる。

 暮れ六つ頃の鐘が鳴る頃、大門前の方から大きな声が響いた。

「こりゃ、ここは本当に二郎の屋敷か? 三郎!」

 そう、仙台の優斎の兄がやって来たのだ。

 一緒の祐三郎は、笑いながら横の離れを指差し、

「あそこが兄さんの医療所。そしてあっちがお華さんの屋敷ですよ。何しろ将軍様から頂戴したお屋敷ですから……」

 それには裕一郎も、

「あ、そうだった。そう言ってたな~。しかし凄いな、うちの屋敷より遙かに大きいぞ」

 などと言い合いながら、二人は居間前までやって来ると、障子越しに祐三郎が、「あけましておめでとうございます。兄上! 姉さん! 只今参りました!」

 これには優斎が、直ぐに障子を開き、

「あ、兄上!」

 平伏して、

「あけましておめでとうございます。長旅お疲れ様です。どうぞお入り下さい」

「おう、おめでとう」

 事前に、屋敷の者には言ってあるので、お吉以下、皆並び、新年の挨拶をすると、

上座に用意された席に案内するのだが、

 裕一郎は真ん中に寝かされている赤子達を見て、こちらもまず驚く。

「おい三郎。双子と聞いたが、これは……」

 と当然聞くが、祐三郎は和やかに、

「えっと、両端の子供は、ここの家の他の子達。そして真ん中の二人がお華さんの子ですよ」

 さすがに四人並んでいるから、裕一郎もさすがに驚き、

「二郎。大丈夫なのか? 四人も」

 優斎も笑顔で、

「まあ、何とかなりますよ」

 と言って、

「まずはお席で。お寛ぎ下さい」

 と席に案内する。

 おゆきが、酒、その他を用意していると、向こうの部屋からお華がやって来た。「これは、お兄様お待ちしておりました。あけましておめでとうございます。遠い所、わざわざお出で頂き、誠にありがとうございます」

 とお華は、とりあえず敏次郎を抱いて裕一郎の前に行き、

「どうぞ、抱いてやって下さい。次男の敏次郎にございます」

 と起きないよう寝ている彼を裕一郎に渡す。

 裕一郎は、声は小さくも満面笑みで、

「お~お~」と喜んでいる。

「そして……」

 今度は八重も慎重に手渡す。

 さすがに、甥と姪を一遍に抱く事ができたのには、蕩けるような笑顔であるが、早々に、起こさぬ様お華に返す。

 お華は戻ってくると、一つ酌をし、

「兄上様に、お会い頂き誠にありがたい事でございます。本来なら、直ぐにでも母上様の御側にと思っておりましたが、さすがに襁褓が取れるまでは、仙台は遠く。どうかよろしくお伝え下さいませ」

 とお華は、丁重に頭を下げる。

 それにはさすがに裕一郎も、

「その様な事、気を遣わんで良い。母には早速急便で知らせたから。それに今がどういう時か、母上には充分承知なさっておるからな。しかし、そなたは二人も産んだ割には、元気そうだな?」

 お華もそれには些か笑い。

「まあ、唯一の取り柄なのかも知れません」

 と、一家は笑顔に包まれる。


 そして優斎が、懐から紙を一枚出し、

「これが二人の名です。三郎にお聞きかも知れませんが、これを母上に。そして子供達の様子を母上にお話下さい」

と、裕一郎に渡す。

 そこには、長女・八重、次男・敏次郎。と書いてある。

「そうか、そうか」

 彼はそれを眺める。そして、

「この由来は?」

 と聞くから、優斎はお華に、

「貴方から、ご説明しなさい」

 と言われ、お華は、

「七重、八重、花は咲けども山吹の……」

 と、昔の太田道灌の逸話で有名な和歌になぞらえたと八重の命名説明をし、

「やはり、江戸で生まれたと言うことを知っていて欲しいのです」

 この説明をすると、今度は敏次郎。

「あの子の名前。実はここだけの話でお願いしとうございます。そんな話が広がり、名前負けすると可哀想なので。敏次郎と言う名は、慎徳院様。十二代将軍であらせられた家慶公の幼名なのです」

 それには、さすがに裕一郎は驚き、

「よ! 良いのかその様な名前を頂戴しても」

 実は、浩太郎の息子、新之助も八代将軍・吉宗の通称だが、こちらも通称である上、百年前の話でもあるので、さほどに問題は無いが、家慶は、亡くなっているとは言え、遙かに最近の将軍であったからである。


 お華は優斎と顔を合わせ、微笑みながら、

「その辺はどうぞご心配無きように。事前に、当時の上様付きの元大奥上臈年寄であった姉小路様と今の御台様、和宮様からもご承諾を頂戴しております。そして、この屋敷は十二代様から、褒美として頂いた屋敷にございます。この事にお礼と感謝を込めて、もし子供・男の子が生まれたら、かねてより名前を頂戴したいと思っておりました」

 と頭を下げるが、裕一郎は、大奥や、今の御台様まで出されると、何も言えない。 それより、

「あんた凄いな~。姉小路様や御台様にも話が通るのか……。これは我が家にも誉れではあるが。裕次郎。お前気を付けぬと、本当に名前負けしてしまうぞ」

 と優斎と共に大笑いである。


 すると優斎は、

「兄上こそ、よう江戸に参られましたな。三郎から留守居の話は聞いておりましたが、まさか兄上が選ばれるとは、しかも折良くというか……」

 それには祐三郎が笑い、

「私が殿様にお願いしたのですよ、兄上」

 優斎は驚き、

「やはりお前か」

「はい。留守居と言っても、大した事をやるわけでも無いですし、殿様に姉さんに子が生まれるかも知れないと申し上げたら、それならちょうど良いと……」

 すると優斎が、

「では母上も、さすがにこの事は喜ばれたのでは?」

 と裕一郎に聞くと、彼は満面の笑顔で、

「そうそう。下手すると戦だって言うのに、孫に会えると言うだけで、さっさと行って来いだってよ。全く今や息子より孫が大事らしいよ」

 お華も笑顔で、

「そうですか。それは本当に有り難い事にございます。どうかお母様には、この子達が、そちらに行けるようになるまで、どうかご健勝でとお伝え下さい」

 と頭を下げる。


(4)


「兄上、上方の状況はどうなんでしょう? 江戸でも相当数の武士が京に進んでいると聞いておりますが」

 この話になると、さすがに裕一郎も真面目な顔で、

「さあな……。わしらは留守居だからまあ、これぐらいで済んだが」

 それには優斎が、

「やはり、伊達家としては水戸が問題では無いかと思います。仙台には入り込んでいませんか?」

 すると、裕一郎は苦笑いで、

「それそれ。やはりあそこは今、血で血を洗う状況らしく、こちらに逃げて来る者もいる。まあ、只の農民などなら、それ程問題は無いが、天狗党なんぞが混じってやせぬかと警戒しておる。あ、そう言えばお華。そなた天狗党とやり合ったっていうのは本当か?」

 お華は和やかに、

「やり合ったって程の事はありませんよ。二十人近くが、江戸に入り込もうとしてたので、奉行所の人達とでそれを止めたってだけです。しかも、ねえ先生」

 それには祐三郎が、

「なあんて言って、殆ど一人で何とかしたらしいじゃないですか」

 笑って言うから、お華は、

「こら、余計な事言わない」

 とお華は軽く叱りつける。

 それには優斎や三郎も笑って、

「父上、その時、姉さんには悪阻(つわり)がおこって、危うくだったらしいですよ」

さすがにそれには、

「本当か? 何というか、どちらも困ったもんじゃの~」

 

 天狗党については、江戸侵入が失敗したこともあってか、そのまま北陸道を進んでいくことになる。

 そして、すべて全滅という目に遭う。


「ま、何はともあれ無事にて良かった」

 と裕一郎が言うと、優斎も些か呆れた顔で、

「はい。これも八丁堀の兄上や、皆さんのお陰で何事も無く済んで、安心してこの日を迎えることが出来ました」

「うん、うん」と満足そうに頷く裕一郎にお華が、

「あちらがその様なことですと、結局、兄上は本当に、甥、姪の顔を見に江戸にいらっしゃっただけになりましたね」

 それには、兄弟は笑い、裕一郎は、

「母上などは私の事より、そちらの方が心配だったらしく。戦の事より、言う事はそちらばかり、三郎にも、しっかりお世話をと嫁まで言い出す始末。しかしどうやら、その通りになった様じゃ」

 それには祐三郎も口を開け、

「私は世話係ですかね~」

 と悲しげに言うが、後ろの方で聞いているおかよも口を押さえて笑っている。

 するとお華は、

「この人、普段は全く頼りないんですけど、ギリギリのところで持ちこたえてるようですよ」

 と笑いながら、

「以前、南町のお奉行小栗様に、アメリカでの事お礼を申し上げましたら、あの方は大変助かったと仰って下さいました。とりあえず、御家の恥とはならずに済んでいる様にございます」

 それには「ほ~」と裕一郎は嬉しげに喜ぶが、祐三郎は、

「姉上はね、大抵そう言う時は、あの子は全く頼りなくってところから始まりますから、小栗様も気の毒に思われたのですよ」

 と細やかな抗議をするが、優斎とお華、そして後ろのおかよまで笑顔だ。


 そしてお華は、

「お母様に取っては、我が血が未来に続く事だけはハッキリしましたから、その事をお喜びなのだと思います」

 それには、優斎も大きく頷く。するとお華が、

「あとは、この頼りない兄上の息子にも子が生まれれば、お母様は万々歳でございましょう。ね! 祐三郎殿!」

 と、わざわざ強調していうものだから、祐三郎はまた始まったと言った顔だが、裕一郎は、

「いや~、母上はお華さんが側にいてくれるから、母もその辺は安心している。嫁もじゃ」

 お華は少々驚いた顔で、

「お二人ともにございますか?」

 裕一郎は頷き、

「まあ、子が生まれて大変だろうが、こいつの事もよろしく頼む。こいつももうそろそろ、嫁を貰わないといけないからな」

 との言葉には、祐三郎は下を向き、おかよは、難しい顔で聞いていた。


 以前も顛末を述べたが、第一次長州征伐とも言われるこの出陣は、大きな戦いにはならなかった。

 しかしその後、長州では、高杉晋作による「功山寺挙兵」が起こる。

 一種の革命戦争ともいえる戦いだが、それにより、今度は攘夷ではなく倒幕に向かって行くことになる。


(5) 


 裕一郎も伊達屋敷に祐三郎と共に戻って行った。

 そして夕食時。

 ようやく祝い客の対応も終わり、皆でゆっくり夕食を取っている。

 英吉とオトは、ようやく乳離れの時期になり、お吉とサキは、それ用の粥らしきものを子供達に食べさせながら、食事を取っている。

 しかし、お華の子はまだお乳であるから、お華も食事を取ってるんだか何だか忙しい。

 そんな様子を微笑ましく眺めながら、おかよとおゆき、そして優斎もようやく落ち着いた雰囲気で椀を取っている。

 ただ、ノブとお秋は居ない。

 二人は、正月元旦ということもあって、津軽屋敷に挨拶がてら、演奏に赴いていたのだ。

「今日は遅いだろうね~」

 とお吉は言うが、お華は、

「どうだろ。さすがにそうは長くいられないんじゃない? 向こうにしても今日は挨拶客も多いだろうし」

 などと言い合っていたが、突然庭から声が掛かった。


「申し訳ございません!」

 平吉の声だった。

 彼は昨日すでに来ているが、この時は通常通りの顔である。

 優斎が障子を開けると、意外な事に驚いた。

 なんと、ノブとお秋も一緒だったからだ。

「どうしたんです?」

 と声を掛けると、ノブは首に手を掛け苦笑していて、お秋は両手を前に下を向いている。

 その様子で優斎は一瞬、何か悪いことでも起こしたかと察したが、実は逆だった。

 平吉が、

「実は、このお二人先程、辻斬りに遭っちまって……」

 途端に、そこの大人達は「え?!」と叫んでしまった。

 この時代、辻斬りの犯罪はそれほど珍しい事では無い。

 特にノブのような男は、一番狙われやすい。

 しかも若い娘、お秋と一緒だから、絶好の標的とされたのであろう。

 さすがに、奉行所同心の娘そして妹であるお華は、怒りの顔で、

「平吉さん、事の次第を!」

 と叫ぶ様に言った。


 ノブとお秋は、お華が想像した通り、正月の挨拶と津軽三味線のお礼の言葉。そしてそれを大奥で披露し、検校の位を頂戴したことなどと、お華の出産を並べて報告した。

 そして、藩主ご家族を前に、二、三曲をご披露し、軽く宴で馳走にはなったものの、藩主・津軽承昭は度々、来客の為、席を外すなど取り込み中であった為、二人は、早々に退出した。

 二人は、食事もろくに取らないまま、出てきたのでノブが、

「今から帰っても、ご迷惑でしょう。私らはすみやで、軽く腹に入れて帰りましょう」

 などと言いながら両国橋にさしかかろうとした時だった。

 曲者二人が刀を抜いて、すり足で斬り掛かろうかという寸前だった。


 さすがにノブである。彼はそれ以前に妙な殺気を感じていて、お秋に、

「お秋さん。三味を端に。そこから動かないで!」

 と言われたお秋は、何が何だか分からなかったが、言われた通り河原際の木の下に寄りかかる様、三味の袋を並べて置き、自分も木の陰に隠れた。

 それらと同時に、曲者は無言で刀を抜き、ノブに襲いかかる。


 ここまで、平吉がお秋に聞いていた話をそのまま言うと、お華と優斎は、大笑いしている。

 お華は笑いながら、

「三人とも上がりなさいよ」

 と言って、おゆきに残った煮物と酒を持ってくる様頼む。

 おゆきが帰ってくると、優斎が、

「それじゃ稽古にもならなかったでしょ、ノブさん」

 ノブも苦笑いで頷きながら、注いでくれた酒を一口。

 お華も、

「そんな前からバレてたら、そりゃそうだよ」

 とまた笑う。

 お秋が、驚きの表情で、

「私は前から、ノブさんが剣が強いって事は聞いてましたけど、あんなに簡単に倒しちゃうなんて思いませんでしたよ~」

 と言って、続けて、

「倒しちゃうと、ノブさんが、そいつらから避けて、すみやにこの事を! というもんですから、あたしは走ってすみやの平吉さんのところへ」

 平吉も笑って酒を一口飲んで、

「私も驚きましたよ。お華さんなら、いつもの事ですけど、ノブさんですからね。もう慌てて、店に居た若い者と向かいましたよ」

 するとお華は、「何が私ならいつもの事よ」と笑いながら、

「見た目だけでそんな事したら、この人の思う壺。今時分なら、うちの旦那より強いと思うもん」

 月も出ていない夜であれば、という事である。

 そんな事言われて、ノブは手を振って謙遜しているが、優斎も、

「こんな夜中じゃ、完全にわたしには不利だよ。この人にとっては昼も夜も関係無いからね」

 それには平吉が、

「それはどういう?」

 と聞くと、優斎は笑って、

「目が見えるって事は、結局、目に頼るって事だよ。こんな月も出てないような夜じゃ、どうしても一つ遅れてしまう。でもそれは相手も一緒だから、構わないノブさんにはどうしても遅れてしまうからね」

「は~」と平吉は感心し、お華はうんうんと頷いている。

 するとおゆきが、

「だから姉さん。ノブさんが居れば一緒に行かなくても、それ程心配してなかったんだ」

「そうよ。むしろ、相手が気の毒よ。わざわざ、不利な時に刀を抜くなんてさ。しかも今日は人も出てないだろうし、自分から斬られに行くようなもんだもん」

 みんな、予想以上の結果に、感心し、敏次郎は、優斎の膝の上でなぜか、頷いていて、八重は、何故か上目使いでノブを見ている。


 すると平吉が、

「ご馳走様でございました。あっしはこれから八丁堀の旦那の所へ」

「よろしくね~」

 のお華の声を背に、再び外に出た。

 するとお吉が、

「正月から辻斬りなんて、罰当たりね~」

 それにはお華は、

「厳しい話だけど、辻斬りじゃ打ち首かもね。でも私達に取っては、まだ今年も神様のご加護があるって事よ。皆で明日、初詣行きましょ」

 それには、一斉に「はい!」と声が上がる。

 但し、これから、こうした事が多くなっていく。

 そう幕末であるからだ。

 御用盗や、理由のない辻斬りなど、子供が出来たお華だったが、自体はますます混乱の時代となっていく。



※※※つづく※※※



今回もお読み頂きありがとうございます。


 お華に子が二人生まれ、翌日のお祝い騒ぎといったところです。

 世間で何が起こっていようと、個人の家庭では何より一番の出来事。

 しかも、お華の子ですから、これぐらいは当然の事なのかも知れません。

 

そして、この生まれたばかりの子供達は、江戸時代から明治へと、日本で初めて180度変化した世の中に飛び込むことになります。

 私自身、こうした話は余りお聞きしたり、文章を拝見した事がありませんでしたので、逆に想像が楽しくなります。

 

 ではまた次回、よろしくお願い申し上げます。

 ありがとうございました。

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