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お華の髪飾りⅡ  作者: 本隠坊
45/65

㊺天狗風がお華に吹き荒れる

 この物語はフィクションです。

 登場する、人物などは架空でございます。

 また、歴史的な出来事に沿って進めていますが、

 事実・史実とは異なる部分があります。

 どうか、ご了承ください。

(1)

 

 文久四年二月、改元が行われた。

 この日は、元治元年三月と言う事になる。


 そして、二人の子が泣いている夜の事。

 サキが慌てて音に乳を与えていると、英太も泣き出したので、今度は英太にも乳を与える。

 しかし、双子でも無いのにサキは大変である。

 ただ昼になると、お吉やお秋が英太は、貰い乳や重湯など与えているので何とかやっている。

 こういう時にお華は碌な事が出来ないので、お吉に、

「あんたも重湯ぐらい作ってきなさい!」

 とか文句を言われる始末である。

 お華は笑って誤魔化すが、そんな時、信吉がやって来た。

「お華さん。旦那様から至急、出立のご用意をと」

 それにはお華は、眉を寄せながら、

「出立? どこ行けっていうのよ」

 お華は、一応、新之助の後見になった。

 北町奉行所の総意だと浩太郎に言われ、呆れながらも引き受けてはいる。

 ところが、

 それをうっちゃって、来いとはかなりの大事である。

 勿論、信吉は事情を説明する。


 お華は意外な顔で、

「何だって? 水戸が?」

 信吉は頷いて、

「とにかく、千住大橋辺りから江戸には決して入れぬよう。と、両奉行の御命令が出てまして、既にかなりの人数が出ている様です。お華さんは……」

 と信吉は少し笑い、

「全員一致で、お華さんに止めて貰おうと話になりまして……」

 これには、お華も、

「何言ってんだか。こっちは赤子で大変だってのに、放っといて行けって言うの?」

 と信吉に抗議しているが、そこでお吉が、

「何言ってんだかはこっちのセリフよ。あんた何もしてないんだから、サッサと行っといで!」

 と言われてしまうから、お華もさすがにこれには頭を掻き、立ち上がる。

「仕方無いわね~。兄上はもう来るの?」

 信吉も思わぬ援護を受けて笑いながら、

「は、はい。まもなく参ります」

 お華は「分かったよ」と仕度に移った。


 浩太郎が迎えにやって来て、三人はそのまま、今の昭和通りをただ進んでいく。

「兄上。その天狗党っていうのは、水戸の者達なの?」

「ああ」

 と浩太郎は頷き、それについて若干の説明をする。

 天狗党は、水戸斉昭が藩政を取るようになって結成された、斉昭藩政改革の担い手として誕生した。

 ただ、斉昭である。

 尊皇攘夷を基本としているので、それを旗印に動いていた。

 反対派からは「一般の人々を軽蔑し、人の批判に対し謙虚で無く狭量で、鼻を高くして偉ぶっている」と言われ、そしてそれが天狗党との名称になった。

 安政五年八月、日米修好通商条約調印を反対して、孝明天皇からの勅書巡って(戊午の密勅)幕府と対立、井伊直弼から大弾圧を喰らい(安政の大獄)その後は、桜田門外の変に至る。

 結局、斉昭病没後、これで水戸藩内の(保守派・諸生党)内部抗争となっていく、

 今回の騒ぎは、劣勢になった天狗党が筑波山で挙兵し、小石川の水戸藩邸を諸生党が掌握したため、残った江戸一橋の藩邸を掌握しようと天狗党の一部が向かっているとの報告を受けた為だと思われる。


「江戸に来るかもってのは、今のところ推測だが、本隊は京都に向かっているらしい。その一部が、水戸屋敷。慶喜公は今、京都にいらっしゃるのに、一橋家に行こうとしているらしい。恐らく占拠してお味方につけたいのだろう」

 お華は頭を抱え、

「また水戸? んで慶喜公? まるで水戸烈公が蘇るようなもんだねぇ~」

 浩太郎は少し笑い、

「まあ、さすがにご老中方は、江戸の中でそれだけは避けたいとお考えの様じゃ。だから南北の同心を動員しているんだが、うちのお奉行は、今一心配だと。それなら、薩摩兵を三十人も倒したお華も一緒に、って言う事だ」

 お華は首を捻りながら冷笑し、

「南北勢揃いで、尚且つ不安って、一体どういうことなのよ?」

 と言うが、浩太郎も歩きながら笑い、

「まあ、いいじゃないか。それにそれ程の人数じゃ無いだろうし、俺も居るからな。お前ん所も赤子が増えたし、良い収入になって多少楽だろ?」

 それには、

「ま~それはそうなんだけどね~」

 と話していたが、浩太郎はそれより、当初からお華の足取りが気になっていた。

「お華、お前具合が悪いのか?」

 と一応聞く。

 しかしお華は、

「ああ、大丈夫よ、ちょっと寝不足でフラフラするけど、後ろから簪打つぐらい何て事無いから」

 というから、浩太郎もその時は頷いて、先に進む。


(2)


 道は日光街道となり千住大橋を渡り千住宿を突っ切る宿屋街に入ると、南北の同心達は既に、店の影など、それぞれ配置に付いていた。

 ここが江戸の第一防衛線であり、かつ最終防衛線でもある。

 お華はその後ろの方の宿屋の壁に寄りかかって立っていた。

 お華自身も自分の具合の悪さに気づいている。

 浩太郎は別の同心達との打ち合わせで、隠れながら行ってしまうと、信吉の方が、珍しいお華の姿を見て驚いていた。

 お華はもう、腰を落としてしまっているのだ。

「お華さん~大丈夫ですか~?」

 と信吉は心配して声を掛けるが、辛そうなお華は、それを隠し、

「だ、大丈夫よ」

 如何にも元気の無さそうな返事をしている。

 しかし、ここは言ってみれば、もう戦場。

 とくぼんでさえ、別の宿影で、刀の鯉口を切って緊張している。

 客引きは、既に止められているが、意外な事に一般の旅人なども通っていない。

 噂を聞き、どこかの茶屋辺りで様子を見ている様だ。

 

 そして暫くすると、とうとうその一団がやって来た。

 総勢二十人ぐらいだろうか。

 既に筑波山などで戦闘を行っているから着物はボロボロで、一目で怪しい者と判別出来た。

 一人、南の同心が、素早くその前に出ると、一斉に他の同心達も出てきた。

 後ろの方の信吉も、

「お華さん。始まりますよ」

 と言うと、お華はパッと目が開き立ち上がった。

 反対側からは、浩太郎が既に道に飛び出している。

 要するに、事実上、ここが最終防衛線となっている様だ。


「ここからは、一切、江戸には行かせん!」

「何を!」

 などと言い合い、同心には珍しく長刀を抜いて、斬り合いが始まった。

 とくぼんでさえ、必死の形相で打ちかかって行く。

 

 しかし、今まで死闘を繰り広げてきたが者達と、ただの同心では、人数は多くても力の差は歴然だ。ドンドン斬り払われて打ち倒されてしまう。

 殺されるほどの傷は受けて無い様だが、腕を斬られ足を切られ、防衛線は押されていく。

 しかし、最後にはお華と浩太郎が並んで立っていた。

 お華は、寛太への無理な注文した三十本を持ち。浩太郎も珍しく小柄を複数所持していた。

 切り抜けて、進む男達に向かい、浩太郎は「よし!」と大声でお華に合図を送る。

 浩太郎は力強く、小柄を次々に放つ。

 それは男達の顔。もう何処との区別は無い。首がねじ曲がるほどの勢いで突き刺さる。

 実のところ、普段はこれほど強く打つことはない。

 頭に深く刺されば、さすがに死んでしまうからだ。

 脇で隠れて見ていた信吉も、これほど浩太郎が小柄を使うとは思っていなかったから驚いている。

 そしてお華である。

 浩太郎と殆ど同時に、打って変わって、いつもの様に華麗に回転し簪を飛ばす。

 具合が悪いにも関わらず、この一瞬は、いつもの正確な簪が、雷の様に音は立てないが、次々、男達の膝に突き刺さり、あちこちで悲鳴が上がる。

 ところが、それを見届けた時お華は目を閉じ、パタンと、そのまま倒れてしまった。

 さすがに浩太郎と信吉は大声で、「お華!」「お華さん!」と叫ぶ。

 信吉はとっさにお華に駆け寄った。

 しかしその時、残りの男三人が「お前ら!」と怒りの声を上げて襲ってくる。

 お華はもう起き上がれない。

 しかし浩太郎が「やかましい!」と声を上げながら、

小柄を三本、打ち放ち、素早く刀を抜き、殆ど切り落とす勢いで、足に刃を入れる。

「お華さ~ん! お華さ~ん」と信吉は泣きながら叫んでいる。

 倒れた男達は、他の同心の小者達が次々お縄をかける。

 それを見届け、浩太郎もすぐさまお華の所に行き、口に手を当てる。

 息はあった。浩太郎は些か安堵し、

「信吉! 大至急、駕籠を探して来い!」

 と叫ぶ。信吉も承知し、顔を出している宿屋の人間に大声で聞き回り、篭屋の位置を聞き、最大限の走りで呼びに行く。

 お華の頭を抱えながら浩太郎は、頭を捻る。

 確かに行く時から様子がおかしかった。

「一体何が?」


 信吉が駕籠の者を連れてくると、浩太郎はその担ぎ手に、

「済まないが、この女、病人の様だ。少し遠いが、岩本町のお玉が池の辺りまで載せてって欲しい。そこに医者がいる。言った様に病人だから、ゆっくり急いで正確にな」

 駕籠かきの男達は、さすがに同心の願いなので、大きな声で承諾の返事をする。

 そして、三両もの駕籠代(現代なら約30万)を払うから男達は驚く。

 ちなみに日本橋~吉原でさえ300文(約6000円)が相場と言われている。

「旦那。こんなに?」と驚いたが、

「かまわぬ。とにかく病人だからな。よろしく頼むぞ」

 と行って、信吉に、

「悪いが、お前も行け。そして優斎先生にこの事をご説明するんだ」

 それには信吉も大きな返事で承諾する。

 早速、浩太郎と信吉はお華をゆっくり駕籠に乗せる。

 男達は、多少大きなお辞儀で、ゆっくりしかし早足でなるべく揺らさず走り出した。

 信吉も同じく、一緒に進んで行く。


 それを見送る浩太郎の所に、とくぼんもやってきて、

「大丈夫なんですか? やられたんですか? お華さん」

 浩太郎は首を振り、

「そう言う訳ではない。具合が悪くなった様だ。特に大きな問題は無いと思う。優斎先生に送ったから、後は旦那が何とかしてくれるだろう」

 と些か笑みを零し、

「早坂。全てお縄は掛けたか?」

 とくぼんは大きく頷き、

「はい。すべて。下手人は南町の方が連れて行くそうです」

 と言って、

「しかし、具合が悪いというのにお華さん。よくあれだけ手裏剣打てますね~」

 それには浩太郎が笑い、

「お前、人の事言ってる場合か? さんざん着物斬られているじゃないか」

 と、正面と袖に切り目が入っていた。

 とくぼんは、笑いながら、

「何とか躱しました」とか言うので、

「そういうの、躱したとか言えるのか?」

 浩太郎は益々笑う。

 そして、

「もう暫く様子を見なければならん。気を抜くな」


(3)


 天狗の方はともかく、信吉は駕籠と一緒にゆっくり走っている。

 鍛冶町辺りから左に曲がり、ようやく屋敷に着いた。

 門に入ると、駕籠掻きの兄さん達に待って貰い、信吉は優斎の診療所に飛び込む。 気配も感じる隙も無く信吉が扉を開けたから、優斎も驚き、思わず脇の木刀を掴もうとした位である。

 当然、緊急の事と分かる。

 どうしたと言う前に信吉が、

「お華さんが大変です!」

 と言うから、旦那の優斎は勿論。横のおかよも驚く。

「何がどう」と言っていると信吉が、優斎の腕を取り「こちらに!」と引っ張って行く。 

 駕籠があったので、優斎も直ぐ理解した。

 お華が駕籠の中で、ぐったりして、気を失っている。

 おかよも、小さく「きゃー」と声を上げる。

 優斎は、おかよに、

「医療所の机に何か敷物を!」

 と言うと、おかよは飛んで行く。

 優斎は素早く、呼吸・脈を取り、抱き上げて診療所に連れて行く。

 信吉は篭屋の兄さん達にお礼を言って、帰りを確認すると、すぐ後を追う。

 すると、優斎が笑みを浮かべてるから不審に思ったが、優斎はおかよに、

「この人診てごらん。これは貴方の領域だ」

 と言うから、おかよは驚いた。

 しかし、代わりに色々診ていくと、顔色が変わった。

「これは?」

「お分かりになりましたか?」

 と優斎はまだ笑っている。

 おかよも笑みを浮かべ、

「これは、つわりでは?」

 優斎はとうとう大笑いして、

「その通りですよ」

 おかよはすぐ、

「先生。おめでとうございます」

 と笑顔で頭を下げる。

 後から、正にコッソリ部屋に入ってきた信吉も、思いの外、気楽な雰囲気だから、

「先生? どういう事です?」

 そりゃまだ子供の部類の信吉だ。そんなこと分かるはずも無い。

 おかよが代わって、

「信吉さん。これは病気じゃないのよ。つわりよ、つわり」

 と言われ、それにはさすがに信吉でも理解できた。

「え~つわりって、子供が出来たんですか~」

 信吉は一気に緊張が解け、椅子にガタンと座ってしまう。

 しかし、直ぐに気づき、立ち上がって優斎に、

「先生。おめでとうございます」

 と頭を下げる。

 優斎は信吉に、

「病気では無いけど、迂闊に動かすと危険だった。いくらお華でもね。丁寧に運んでくれた様だね。 よく気が付いたね」

 それには信吉は笑い、

「旦那様ですよ。さすがに旦那様もつわりとは思っていなかった様ですが、簪、投げ打って下手人にお縄を掛けようとした時に、お華さんが突然パタンと倒れてしまうから旦那様も俺も大声を上げちまって、慌てて駕籠を呼び、旦那様が、病人だから、ゆっくり、急いで、正確に! と仰って、お陰で駕籠でも、それ程揺らさず運べたのです」

 優斎は大きく頷いて、

「さすが浩太郎さんだ。たとえどんな病気でも、慌てて動かしたら、治るものも治らなくなるからな」

 これにはおかよも頷く。


 ということで、優斎は病気ではないのだからと、再びお華を抱え上げ、屋敷に向かった。

 まだ、お華は気を失ったままだ。

 それにはおかよ、信吉も付いて行く。

 部屋に上がると、その姿にお吉以下、お秋も驚愕する。

 しかもお華だから余計である。

 優斎は、お秋に布団を敷く様に頼む。

 早速、お秋が慌てて布団を敷くと、優斎はお華をゆっくり寝かせた。

 既に寝ている、英吉と音の間だ。

 優斎が見たその構図が、妙におかしくなってしまう。

 とは言え当然、みんな動揺している。

 お吉が慌てた様に、

「お華! どうしたんですか先生?」

 しかし優斎は微笑み、

「ご心配なく。お華はつわりで気を失っているだけです」

 と言うから、「え?」と声が上がり「つわりかぁ~」とみんな一様に安心したが、それは直ぐさま驚きに代わる。

 お吉は慌てて、

「つ、つわりって、子が、子が出来たんですか?」

 あとから入って来たおかよが、

「そうなんですよ。これは、つわりで気分が悪くなっているんです」

 これには、おゆきや女達は「お~」と明るい声を上げる。

 当然こちらでも、お吉他おゆき、サキなど揃って優斎に、

「先生。おめでとうございます」

 と頭を下げるが、余りの騒々しさに、赤子二人がむずかり始めたから、みんな笑顔でそれぞれ、あやし始める。

 しかしお吉は、

「でも先生。もう二人いて、この上、お華の子も増えたら、とんでもない事になりますね」と呆れながら笑う。

 するとサキが、

「すみません。私の子まで……」

 と謝るが、それにはお吉も、

「何言ってんの、謝る事ではないよ。あんただって、これから大変な日々を迎える事になるんだから」

 と、笑いながら言うと、どうやらお華もようやく気が付いた様だ。

 当然ながら、お華は今の状況がわかっておらず、

「敵は! あれ? ここは?」と懐に手を差し込みながら身体を起こしたが、優斎がすぐ、お華の腕を押さえ、

「ここは屋敷ですよ」

 というから、お華は、

「先生!」と言って、それから左右の赤子達を見て、笑い始めた。

 そして、

「なんで私がここに?」

 には、信吉が、

「駕籠に乗せて帰ってきたんですよ。お華さん気を失ってたから」

 それにはお華も「あ!」と声を上げる。

 そして優斎が、お華の耳元で、小さな声で、

「あなた、最近月のものが無かったんじゃありませんか?」

 と聞かれ、頷く。

 しかし、その問いには顔が変わり、

「ま、まさか」

 と優斎の顔を見ると、優斎が笑顔で頷く。

「そうだったのか~」

 と何やら身体に力が無くなり、再び横になった。

 そして、

「いや~突然、目の前が真っ暗になっちゃって驚いたんだけど、もうそれから覚えて無いのよ」

 優斎は微笑み、

「貴方は敵に簪打った後、倒れたんだって。ねえ信吉さん」

 後ろの信吉も笑顔で「はい」と答える。

 優斎は続けて、

「貴方は全神経を使って簪を撃ち、確かに相手は倒れたけど、一方、お腹の子はビックリして怒ったんだと思うよ。さすがにお華さんも侍には勝てても、お腹の子には勝てなかったってわけだよ」

 それには、周りの女達や、そしてお華本人も、笑ってしまう。

 するとお吉を初め、また女連中が、一斉に、

「お華姉さん。おめでとうございます」

 と皆、頭を下げ笑っている。

 お華も生まれて初めてこんな事言われ、何だが目元が熱くなり、

「みんな、ありがとう」と目を閉じる。


(4)


 それから優しい時間が流れた。

 だが、それを打ち破って診療所の方から大声が聞こえてきた。

「先生! 俺だ浩太郎だ! 先生!」

 であった。

 浩太郎が、早めに戻ってきたのだ。

 彼もさすがに心配だったのだろう。

 屋敷の信吉がそれに気づき、屋敷の廊下から、

「旦那様! こちらで~す!」

 と、大きな声で叫ぶ。

 浩太郎も気が付いた様で、屋敷の方にやって来る。

 そして優斎の姿を見つけると、

「先生! お華は? お華はどうです?」

 と些か慌てて大声で聞くが、優斎は廊下際に座り、落ち着いた様子で、

「兄上。どうぞこちらへ」

 と座敷に導くから、彼も「お、おう」と上がって来て、お華が寝ているのを確認する。

「先生?」

 と再度、浩太郎が聞くが、優斎は、

「この度は、妻、お華に多大なご配慮ありがとうございます。しかし、お華は病気と言うのではありませんでした」

 などと言うから、浩太郎は驚いて、

「どういう事だ」

 優斎は、笑顔で、

「お華は身ごもった様です」

 と言うから途端に浩太郎の顔が変わり、満面の笑顔で、なんと両手を挙げ、

「万歳!」と叫んだ。

 寝ていたお華も目を開ける。

 そして優斎に、

「誠か、誠に子が出来たのか?」

 優斎は微笑み、

「まさに、あの時と同じ、おさよ奥様と同じく、戦いでつわりが出た様です」

 そう、その時、おさよを助けたのが優斎だった。

 浩太郎は、途端に全身の緊張から解き放されたのか、

「本当に助かったよ……」

 と言って、肩を落とす。

 皆が聞いている中、

「これで亡き父上の遺言を全て果たす事が出来た。あんたのおかげだよ先生!」

 優斎の手を掴み、礼を言う浩太郎だった。

 もう起きているお華もその言葉には感慨深いものがあった様で、一筋涙が零れる。

 するとお秋が、

「じゃ、私は奥様にお伝えしてきます!」

 と廊下から草履を履いて庭を掛け出していく。


 意外な速さで八丁堀に向かったお秋は、屋敷の庭に飛び込む。そして、

「奥様! 奥様!」

 と叫びながら入って行くと、おきみと一緒に、おさよが七重を抱きながら出てきた。

 居間には新之助も端に座っている。

「どうしたの? お秋ちゃん」

 お秋は、深く頭を下げ、些か上気した顔で、

「奥様、お知らせがあって参りました」

 しかし、おさよは気の毒そうに、

「今ね、旦那様は御用で千住の方に行ったままなんだけど」

 と言って、「あ!」声を上げ、

「そう言えばお華ちゃんも一緒なんじゃない?」

 それにはお秋も笑って、

「その、そのお華さんについてです。お華さんは千住の捕り物の時、簪で十人程、倒したそうなんですけど、そこでバッタリと倒れてしまって……」

 その言葉には、さすがにおさよも驚き、

「何、何! やられたの?」

 と些か興奮気味に聞くが、お秋は首を振って微笑み、

「それから、駕籠でうちに運ばれたのですが、優斎先生とおかよ姉さんが見たところ、なんと、奥様とご一緒との事で!」

 言われたおさよは、ニコニコしている七重を見詰めながら、あの出来事が思い浮かんだ。

 途端に笑顔になって、

「まさか?」

 と叫ぶと、お秋も笑顔で、

「そのまさかです」

「おお~」とおさよは声をあげる。

 そして「旦那様はご存じなの?」と聞くと、お秋は、

「さすがに御心配だった様で、事件の後の事はどなたかに頼んで、走って駆け込んでいらっしゃいまして、先生からお聞きになって、万歳! と叫ばれたのです」

 おさよは頷き、

「まあ、あの人ならそうでしょうね。それなら直ぐにお祝いを言いに行かなきゃ」

 と後ろを向き、

「新之助、あんたも向こうの屋敷に行くわよ!」

 言った後、離れの祐三郎の方にも、

「三郎さん! 出掛けるわよ!」

 と声を掛ける。

 そしておきみにも、あんたも行くよと言う。

 祐三郎は寝ていた様だが、慌てた様子で、おさよの所に走り寄ってくる。

 しかし新之助は、今一話が理解出来ていなかった様で、

「折角の休みで叔母ちゃんのとこ? なんで?」

 と言うが、おさよは、

「何言ってるの、お華に子が出来たのよ。あんたのいとこが生まれるの!」

 半分叱りつけて言うと、ようやく分かった彼は「え!」と驚いた顔をしている。 そして駆け付けた祐三郎には、

「あなたの兄上にお子が出来たそうよ。あなたの甥か姪か、それはまだ分からないけどお祝いに行きましょ」

 さすがに祐三郎もそれには「え~」と驚き、

「お華さんの……分かりました御一緒に」

 するとおさよは、

「直ぐ行かないと後で何言われるか、わかんないよ。新之助、お華は後見役なんだから、真っ先に行かないと」

 新之助は、改めて袴の帯を締め直す。


(5)


 やって来たおさよ一同は、改めてお華に、

「この度は、おめでとうございます」

 と一斉に頭を下げる。

 お華は嬉しいのだが、あまり自分の事で祝いなど言われた事が無いから照れて、布団を被ってしまう。

 結局、皆で夕食を共にすることになったが、さすがにお華はそれどころではないので、布団に寝たままである。

 すると、優斎は、

「兄上、その天狗党のやつら。どうなったのです?」

 浩太郎も猪口片手に、

「うん。江戸に入り込もうとしていた奴らは、取り押さえたが、他はどうも北陸道から京に向かったと聞くよ」

「京へ。して江戸に入ろうとした連中は一体何を」

 浩太郎は僅かに頷き、

「どうもな、水戸の江戸屋敷や、一橋公の屋敷を目指していたらしい」

 それには優斎も驚き、

「水戸? 一橋? まさか慶喜公は天狗党をご支持なさっておられるのですか?」

「いや、一橋公は、むしろ協力を嫌がっている様で、屋敷に現れた者は、即座の捕縛を言い残して、京都に行かれたらしい」

 すると、布団からお華が、祐三郎に、

「さぶちゃん、明日、お屋敷に急いで御報告しなさい。それと天狗党に伊達の者が居るのか確かめなきゃ駄目よ!」

 寝ながら言うのだが、おさよは呆れて、

「あんたは寝てなさい! 今は子供が大事でしょ!」

 と叱られるから、お華はまた布団に潜る。

 祐三郎と新之助は腹を抱えて笑っている。

 すると、浩太郎が、

「まあ、伊達様に問題はないだろう。あそこは以前から藩内で攘夷派の天狗党と保守派の諸生派とかいう連中が争っていて、とうとう反乱が勃発した様だから、伊達様には何の障りも無いよ」

 しかし優斎は、

「お華の言葉はともかく……」と笑いながら、

「三郎。今の所はそういうことだけど、伊達の中で何かあったら大変だ。留守居様に報告し、今後の対応を考えろ」

 それには祐三郎も、

「はい。明日、至急に」


 お吉は、七重を抱きながら、

「さて、二人増えて、どうなるかと思ったら、もう十月十日で三人目になるのよね~。これじゃ芸者屋って言うよりも、子供預かり所になっちゃうわよ」

 というものだから、皆、大笑いしてしまう。

 すると、優斎は思い出した様に、

「あ、竿買ってこなきゃ。三本は必要だ」

 と言うので、浩太郎が、

「それは、うちでやるよ」と笑い、

「信吉。悪いが洗濯物用の竿買ってきておいてくれないか、三本は必要だな」

 それには、おかよが、

「そうなんですけど……でも三本で足りるかしら……」

 と頭を傾げるので、優斎が何故だい? と聞くと、

「だって、奥様と一緒だったんでしょう? もしかしたらお華さんも」

 これには浩太郎夫婦も大笑いだ。

「確かにな~。あの時は驚いたが、さすがにそれは無かろう。でもそうなったら、ここの女達は地獄だな」

 と二人顔を見合わせて笑ってしまう。

 すると、浩太郎は新之助に、

「お前は、姉小路様のお屋敷に御報告に行ってこい。ただ、まだ分かっただけだから御挨拶などはご無用でございますとな」

 新之助は「はい」と答え、浩太郎は信吉にも、

「お前も、平吉の所と深川の佐助の所にも知らせてくれないか。こっちも直ぐの挨拶は無用。まあ休みでも手の空いた時にでも顔を出してくれって言ってな」

 勿論、信吉も大きく頷き、

「承知しました」

 そして、おさよに、

「悪いがお前も、大奥のお春に伝えてくれないか。まあ、御台様や御年寄様には折の良い時に、と伝えてほしい」

 おさよも微笑み、

「お春も喜ぶでしょう。分かりました」

 と頷く。


(6)

 

 と言う事で、新之助や信吉らは、それぞれ報告に行った。

 新之助は、姉小路の屋敷に向かい、応対に出たおしのに、挨拶し、

「あの……(しょう)(こう)(いん)(姉小路)様にお伝え願いたいのですが」

 と言われ、お華が妊娠したと聞くとおしのは驚いて、

「御前様! 御前様!」

 と新之助を放っておいて、大声で居間に駆け込む。

 さすがに綾瀬が、

「これ! はしたない。何を慌ててるの!」

 と叱られたが、姉小路本人とおるいは笑っている。

「申し訳ありません」と言った後、

「只今、新之助様がいらっしゃって、お華さんが身ごもったっと!」

 これには、怒った綾瀬の方が、

「なんと、お華が!」

 と叫んでいるから、どちらがはしたないやらと思いながら、姉小路も胸を押さえ喜んでいる。そして、

「こちらにお呼びなさい」

 と言われ、おしのは急いで新之助に言い、一緒に姉小路の前に現れ、さすがに新之助は深く平伏している。

「お華が身ごもったとは誠か?」

 と姉小路の言葉に、新之助も笑顔で「左様でございます」と頭を下げ、

「ただ、まだ分かったばかりですので、挨拶などはご無用と我が父は申しております」

 しかし姉小路は、

「そうは言ってもな」と少し考え、

「では、おしの、おるい。わらわの代わりに祝いを述べに行きなさい」

 と言われ、二人も嬉しい知らせなので、否応も無く「はい!」と平伏する。


 一方、信吉は、

 平吉の所に知らせると、早速、お千代とおていが挨拶にと言い出していて、深川でも、佐助は勿論、おみよは元、お華の妹芸者。

 挨拶無用どころでは無く、すぐ子供を引き連れお屋敷に笑顔で向かう。

 そして、おさよだが、こちらはさすがに大奥だから、浮かれた様子は見せず、七つ口で鉤番に面会の趣旨を言うと、直ぐに通された。

 さすがにお華一族? は色々と縁も深いので、話が早かった。

 御殿向の廊下で待っていると、

「母上」

 と、何も予定の無かった母が来たから、少々驚きながら出てきたお春を見たおさよは、少しだけ大人になった彼女を見て微笑んだが、今日はそういう用事ではない。

「あのね、知らせがあって来たのよ」

 と言い。新之助と同じ様に、

「あなたに、年末か正月、いとこが出来る事になりました」

 これを聞いたお春は首を傾げ、「どういうこと?」と聞くから、新之助と一緒だと少し笑ったおさよは、

「お華叔母様に子が出来たのよ!」

 と言われ、さすがにお春は満面笑みになる。

「そうか、そういうことか!」

 と言うのだが、おさよはお春に、

「御台様には、折の良い時に、そっと御報告して頂戴。いくらお華の事と言っても、相手は御台様だからね。上手くお願いね」

 と言って、立ち上がってしまう。

 お春は、些か嬉しそうに仕事に帰っていった。


 さて、後の天狗党だが、これは京に向かって北陸道と浩太郎は言ったが、途中、

幕府は、天狗党追討に動き出し、加勢していた宍戸藩主・松平頼徳など大名他は全て切腹に追い込まれ、一行828名は越前国新保宿(福井県敦賀市)にて投降してしまい、別働隊も加賀藩に投降となってしまう。

 結局、殆どの者は鰊倉(鰊粕の貯蔵施設)に詰め込まれ、武田耕雲斎など幹部24名は、即日斬首。それから順に135名、102名……などと首を切られた。

 その他は遠島・追放となり、この事件は終結した。


 お華は、その終結を詳しくは聞いていない。

 今は子供の事で手一杯である。

 が、今後、もっと手一杯になる事になっていく。

 

 

※※※つづく※※※



 今回もお読み頂きありがとうございます。

 

 さて、今回は天狗党の事件でした。

 結局、余りの過激な集団だった為、水戸本体は勿論、藩主や慶喜にも嫌われ、

 また横浜も開港され、行き場が無くなったこれらは、とうとう挙兵の道を選び、

消滅してしまいます。


 結局は倒幕が勢いを増すと、それからまた、水戸では殺戮が始まります。

 今度は、幕府にした諸政派の家族などです。

 結局、明治まで残って、名のある、残した者など、一人もいない有様。

 明治は明治で、攘夷と言う言葉も消滅してしまい、何の意味も無いことになってしまいます。

 私から見ると、結局今も有名なのは、芹沢鴨だけなのでは? と思ってしまいます。

 でも、この人だってね~。


 それはともかく、天狗に後押しされ、お華に子供が出来ました。

 正直、この事何時頃にするのかと、私自身考えておりましたが、ちょうど良い時だったのでは? と思っています(笑)

 しかも他の赤ちゃんも登場した後に、お華らしい事かなって思います。

 しかし、時期は、幕末の本当に末期。

 ある意味では悲惨であるけど、ある意味では幸運。

 それは……。

 日清・日露の戦争があるので、そこに引き出された者達は悲惨だと言えるでしょうが、明治になって、何をやってもパイオニアとして名前を残す事が出来た。

 やはりその辺は正に運命、運によるものなのでしょうけど、お華屋敷の子供達はどうなって行くのでしょう。

 祐三郎や信吉だって同じ事。

 そこまで、深く描くつもりはありませんが、武運、幸運長久を祈りたいです。


 今回もありがとうございました。

 また次回もよろしくお願い致します。

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