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お華の髪飾りⅡ  作者: 本隠坊
44/65

㊹幕末版・特別軍事作戦

この物語はフィクションです。

 登場する、人物などは架空でございます。

 また、歴史的な出来事に沿って進めていますが、

 事実・史実とは異なる部分があります。

 どうか、ご了承ください。

(1)


 時刻は、丁度七つの鐘が鳴り響いた頃だった。

 今日は、お座敷の予定も無いお華はお秋と、話をしている。

「あんた。ノブさんと行ったのかい?」

 お秋は頷き、

「ええ。町年寄様のところへ」

 

 町年寄とは、町政運営のため、町人を司る町役人の筆頭である。

 その役割は多く、町の区画整理や地所の受け渡しなど地割役も付随し、町名主を 配下に、江戸の治安も担当する。

 浩太郎の様な町同心の人数が、少数でも江戸を取り締まる事が可能だったのは、こういった者達のお陰と言える。

 そして、奈良・樽・喜多村の三家が代々世襲で勤めている。

 町年寄は当道座も任されているので、検校になるには、こちらで惣録検校の承認を受けなければならない。

 それで新たに検校に推薦されたノブがお秋と一緒に向かったと言う事である。

 とは言っても、さすがに将軍と御台の推薦であるため、どこまでも確認と言う事に過ぎない。


 それはともかく、そんな時、座敷の庭の方に、一人の同心がやって来た。

 勿論、お華はすぐ気付いたが、見慣れない顔だった。

 しかし身なりはどう見ても同心だった。

 するとその男は、

「あ、あの~お華さんはいらっしゃいますか?」

 と、奉行所の同心にしては、些か丁寧に言うものだからお華は、心の中で笑いながら、

「お華は私よ。あなた、南の人?」

 その男はいきなりお華に会ったものだから驚いたのか、偉く緊張した口振りで、「あの~。私共のお奉行様が、いらして欲しいと仰ってまして……」

 と緊張? いや何だか怖がって言うので、お華は本当におかしくなって、

「南って、ああ小栗様ね。私にすぐ来いって?」

 その同心は、言う事全て言ったと思ったのだろう。

「はい! はい!」と些か引きつった笑いで、「よろしくお願いします!」と一目散に逃げて行ってしまった。

 お華はとうとう大笑いしてしまってしまった。

 お秋でさえ、このやり取りは面白かったらしく、一緒に笑ってしまっているが不思議にも思っている。

 突然の奉行所の呼び出しだから、普通の女ならば恐れ戦くところである。

 まあ、元々北の奉行所に関わりのあるお華だし、その態度も或る程度は理解は出来るが、北では無く南である。

 しかしお華にそんな様子はなく、多少、思いつく事があるから、早速仕度をしようと立ち上がると、お秋は今、笛の名手とは言え普通の女だから、

「お華さん。お奉行所のお呼び出しって、大丈夫なのですか?」

 とこちらも些か恐れ戦きながら聞くが、お華は笑って、

「心配無いよ。ちょっと行って来るね」

 といって奥に去る。

 お華は一言、優斎に断りを入れ、南町に向かった。

 それを優斎の傍らで聞いていたおかよは、

「南町ってなんでしょう。何か悪い事でも?」

 おかよも同じ思いである。

 しかし優斎は過去のお華を知っているから、

「大丈夫ですよ。南でお華とやり合える人は一人も居ないと思いますし」

 と大笑いしている。

 そして、

「あの人はね……」

 と以前の南町奉行所との戦いを、おかよに教えると、

「え~お奉行所と? あの人は一体……」

 驚愕し、目を丸くしている。


(2)


 さて、そのお華。 

現在で言うJR有楽町駅前にあった、南町奉行所の前に立った。

 門番にお華が軽く挨拶すると、事前に聞いていたのか後退りをし、恐怖の顔で、「ど、どうぞ!」と特に何も聞かずに入れてしまう。

 お華は、笑みを浮かべて、頭を傾げながら奉行本宅前に進み、そこにいた同心と思われる男に、お華が来たと告げると、こちらも後ずさりである。

 何やら奥で「お華が来た!」と何やら大騒ぎしている。

 お華は、頬に手を当て苦笑いである。

 お華は仕方無いから勝手に上がり込み、正に勝手知ったる他人の家であるから、奉行の私宅部分の居間の前に座る。


「おはようございます。あの~お華ですけどお召しにより参りましたが」

中から「おう、入れ」

 との声が聞こえたから、お華は襖を開け、正面の、文机で何か書き物をしていた小栗の前に座った。

 すると小栗は、

「何か騒いでいたな~」

 と言うのだが、お華は、

「私が来た! って騒いでましたよ。それから誰も来ないから、勝手にお邪魔いたしました」

 などと頭を下げるが、小栗は大笑いだ。

 お華の方は些か呆れ顔で、

「いつも、私が来るとここは大騒ぎですよ。門番から、同心まで何だかおばけでも見た感じで……」

 と言うのだが、小栗は、

「お前さんは、南を崩壊寸前まで叩き潰したからな。そりゃ恐いよ」

 しかしお華は、

「叩き潰しちゃいませんよ。ちょっと脅かしただけです」

 と言うが、

「何言ってる、お前は同心与力に腹を切らし、先の奉行を遠方に島流しにした癖に。皆それを恐れているんだよ」

「まったく!」

 と腕を組み、不機嫌な顔をしているが、小栗は表情が変わり、

「今日、来て貰ったのは、お前さんに頼みがあっての事じゃ」

 それにはお華も目を開き、

「なんでしょう?」

「実はな。大奥、天璋院様に使いを頼みたいのじゃ」

 お華は、天璋院の名前を聞き驚いたが、同時に、

「小栗様、まさか薩摩が?」

 静かに頷き、

「そのまさかじゃ」

「え~!」とお華は後ろに身体を反って驚くが、一方でやっぱり来たか……という具合である。

 しかし小栗は、

「お華。長州の事は、聞いておるか?」

 それにはお華も頷き、

「はい。私の兄から、噂程度ですけど」

 すると小栗は、

「薩摩より先に、長州じゃ。あそこは遙か昔、源平の壇ノ浦の合戦が行われた辺りじゃ。あの者ら、上様の攘夷期限が決まった途端に、下関から国構わず外国船を砲撃し始めた。すると当然、外国の連中も激怒する。結局、

イギリス・フランス・オランダ・アメリカと特別軍事作戦とやらを行ったようじゃ」

 これにはお華も大いに驚愕し、

「よ、四つの国と?」

 と額に手を当てる。

 そして、

「いつか攻撃されるとは思ってましたが、四カ国とは……。それじゃ当然」

 小栗は頷き、

「馬鹿馬鹿しい事この上無いわ。対岸の小倉藩の報告によると、結局、砲台なんぞ、簡単に潰され、おまけに外国の兵隊に上陸され、記念の写真。存じておるか写真。 そんな物を皆で記念に撮られるという、一体何の為に戦したのかという有様じゃ」

 外国船の被害は12名の死亡。負傷50人であるが、沈没した船はない。

 一方の長州は、あくまで自称だが、死亡18名29人が負傷、軍艦二隻沈没、一隻大破。大砲62門鹵獲である。

 恐らく、死傷者は、民間人に相当数、被害が有ったのではと思われる。

 この事は現在でも、外国兵士達が上陸して撮ったベアトの記念写真が現代にも残っている。

 さすがに長州もこの後、これでは攘夷など断念するしか無かった。

 お華は、

「なるほど、まあ、あそこは最初から攘夷、攘夷と叫んで、結局コテンパンにやられたのなら、さぞご本望でございましょう。では、薩摩も同じ様に?」

 聞くと、小栗は首を振り、

「薩摩は少々事情が違うのじゃ。例の生麦の賠償金を有利にしようと、英国が薩摩の汽船を拿捕しようとした事が、始まりだったらしい」

「汽船を……。でもあれはお上が既に賠償金をお支払いになったのですよね?」

 小栗は頷きながら、

「まだ、下手人の件で揉めてるからの~。脅しのつもりだったのだろう」

 するとお華は、

「やはり薩摩も?」

 と聞いたが、

「長崎奉行所の密偵の報告では、初めの内は砲台が機能して、相当の被害を与えたらしいのだが……」

 お華は、天井に目を向け指で顎に触れながら、

「確か、その砲台とか言うのは、先代の斉彬公が作ったと、天保の頃でしたか聞いた事あります」

 それには小栗も驚き、

「ほう、そなたよく知ってるな」

 と言うとお華は笑い。

「だって、その頃私、大奥に上がってましたから。しかもあの時代で、水戸のご老公なんかが煩い頃で、よくそんなことが話に上がってましたから、うっすらと」

「さすが、姉小路様の秘蔵っ子じゃな~」

 と小栗は笑うが、すぐ真面目な顔に戻り、

「だが、勢いも最初だけだったらしい。立て直したイギリスの戦艦は、その斉彬公の砲台を徹底的に破壊し、本陣も破壊され、あそこは城下も近いから、城は勿論、城下半分は焼失して、こちらの被害は計り知れない」

 城下半分はオーバーな表現だが、実際は十分の一程度と言われている。

 だが、それでも城下だから被害は相当数に昇り、死傷者は数知れないという事だった。


 お華は頭を下げ、

「それで私をお呼びになった訳ですか。さすがにこの事は、あまり気の進まないお話ですが、あれだけ期限は辞めろと申し上げていましたから、申し上げねばなりませんね~」

 とお華は目を閉じ、溜め息である。


(3)

 

 その時、女中がお茶をお盆に載せて、座敷に入って来た。

 お華は礼を言って、お茶を受け取ると、

「小栗様。して、これからイギリスはどうするでしょう? やはり薩摩を占領でしょうか?」

 と一口茶を啜る。

 すると小栗も難しい顔で、

「それじゃ。それが一番難しい。お華は英国の政策決定の仕方は知っているか?」

 それには、

「まあ、大体は。弟の祐三郎から多少聞いております。あ!」

 とお華は思いだした様に、

「小栗様には、アメリカで私の弟がえらくお世話になったそうで。お礼が遅れて申し訳ありません」

 と頭を下げる。

 それには小栗も、

「いやいや、世話になったのはこっちの方じゃ。あれの正確な通訳のお陰で、勤めも無事に済んだからの」

 お華は笑いながら、

「あの子は、武勇で鳴る伊達家に勤めているのに、武芸は全く下手。私も色々心配でしたが、そう言って頂くと、人間、何か役に立つことがあるのだなと安堵しております」

 お華はしおらしい事を言うが、小栗は呆れた顔で、

「何言ってる、薩摩兵三十人も倒す姉に、武芸が下手と言われても恥でも何でも無いわ」

 二人は大笑いする。

 そして小栗は、

「アメリカと同じで、あそこは議会という集まりで全てを決めるのだ。だからそこでどういう方針を立てるのか。清の香港の様に占領するのか、和解するのか、それ次第じゃな」

「やはり。小栗様の見解は?」

 小栗は頷き、

「お華。戦は勝っても負けても金が掛かるのじゃ。負ければ当然壊滅的な打撃だが、勝ったとしても、占領するにはそれなりの金が掛かる」

「はい」とお華は頷く。

「占領ってのは、もう香港でやっているから、今度はインドの様なやり方を取るような気がするのじゃ」

 それにはお華も驚き、

「インド……でございますか?」

 一度は名前は聞いたことがある有名な大国だが、お華はその事情までは全く知らなかった。

 小栗は続けて、

「あそこは、占領と言うよりも、経済的、武力的に支配していてイギリスの植民地になっている。あそこは部族が多数あって、これは我が国と同じだが、一つの部族に肩入れし、武力その他で、その部族の領土拡大を助け、その代わり香辛料など生産物を只同然で大量に手に入れるのじゃ」

 これにはお華も驚いた。

「そ、それってまさか……」

「そうじゃ。下手すると二の舞になる。まあただ、薩摩は特に珍しい何かがあると言う訳ではないから、今すぐどうとはならんだろうけどな。まあ、いろいろやり方はあるって事だ」

 お華は事の重大さは勿論だが、小栗の知識の深さに驚いている。

 しかし、そう聞くと、天璋院への報告もそのままと言う訳にはいかないだろうと感じた。

「小栗様? では、天璋院様にはどの程度までなら良いと思われますか?」

 それには小栗も腕を組み、

「まあ、これは憶測に過ぎないから、今は事実だけで良い」

 するとお華はついでにとでも思ったのか、

「お奉行様にお聞きするのは、筋違いかも知れませんけど、江戸はどうなんです? これで江戸は戦になりますか?」

 それには小栗も笑って、

「それは今のところ問題無い。しかも長州・薩摩とこれだけアッサリとやられてしまうのでは尚更じゃ」

 と言うので、お華は些か安心の表情で、そして笑いながら、

「いくら私でも、あの大砲には勝てませんからね。とりあえずそれだけが心配で」

 それには小栗も大笑いして、

「大丈夫じゃ。お華の簪はわしも、アメリカワシントンで大統領と一緒に拝ませて貰ったからな。最近ではイギリスの女王陛下もお持ちって聞いたぞ。さすがにお華には誰も向かって来んよ」

 それには、また二人揃って笑ってしまう。

 するとお華は、

「小栗様。小栗様ほど外国の事をよくご存じなら、南町など退屈でいらっしゃいませんか?」

 と聞くと、小栗は少々笑みを零し、

「まあ、江戸はお前さんがいるから、わしの出る幕はなかろう。何しろ薩摩まで……。しかし、あれは何故じゃ? お前さんが北町にゆかりの或る者とは知っていたが生麦じゃ、余りにも遠い」

 お華は、微かに笑みを零し、

「小栗様ならば、私が単なる武家の者とはお思いではないでしょう。手裏剣使いますからね。忍びは自分が生まれ育ったところが一番大事。今の私には江戸なのです。あの時、祐三郎が、イギリスの女も斬られるかも知れないと聞いた時、これは逆に江戸が危ないと思ったのです」

 それには小栗も大いに頷き、

「それは正しい。男だけで無く女子供までやられれば、向こうの者達は怒り狂い報復へと進んでしまうかも知れないからな」

 お華は頷いて、

「いくら私が簪使いでも、さすがに大砲には敵いません。これはどうしても、江戸の者が止めなければと思ったのです」

 すると小栗は笑い、

「あれは助かったぞ~。向こうのイギリス公使パークスと言う者も、さすがにお前が。いや女一人が、イギリスの女を助けてくれたから、とても驚いて、あいつは何なんだ? なんて言ってたからな」

 と笑う。

「パークスさん……」と一瞬、目を逸らし、

「ああ、あの方。横浜で会いましたよ」と笑い、

「その時、女の人のご家族でしょうか、そのおじさんが、何でも褒美をやる! なんて言うものですから、私は蓄音機をお願いしましたよ」

 それには小栗も、蓄音機なるものを知っていたから驚き、

「え? あの蓄音機だと? なんでお前さんがそんなこと知ってるんだ?」

 お華は笑い、

「実は、その時知り合いのアメリカの女の人のお家に行って、その家にある蓄音機で曲が流れていたのです。その時、祐三郎も居ましたので、説明して貰って、それでお願いしたんですよ。そして、この前届きましたよ」

 それには更に小栗は驚き、

「おいおい、お前さん凄いな~。わしもアメリカ行った時見たが、とても驚いたのを覚えているよ」

 すると、お華は、

「小栗様はお忙しいでしょうが、もし暇が出来たらいらして下さい。え~と

ベートーベンだっけ、その人の曲が聴けますよ」

 それには、もう小栗はひっくり返って驚き、

「え~それって、運命だろ?」お華が笑って頷くと、

「行く行く。わしもあの曲、好きだったのじゃ。また聞けるなんて……。頼むぞ行くまで壊さないでくれよ」

 お華は大笑いで、頭を下げて承知した。


(4)


 お華は続けて言い付け通り、大奥に上がった。

 実は、宮様に預けたお春の事も気になっていたが、事が事なので、まずは天璋院の部屋に向かった。

 大奥、七の口入り口を入って表向の裏側左方向に、先の御台様だから大きな部屋に彼女は居た。

 いつもの通り、廊下で一旦、声を掛ける。

「お華にございます。至急、天璋院様に御報告がございます」

 と言うと、なんと年寄瀧山が襖を開けてくれた。

「あ、瀧山様これは誠にありがとうございます」と深く頭を下げる

「お華が直接来るとは、何か大事が起こったか?」

 お華は真面目な顔で、

「その通りにございます。申し訳ありませんが失礼申し上げます」

 と言って、天璋院の前に出る。

 瀧山は丁度、大奥の報告に訪れていた時だったから、お陰で素早く、会う事が出来た様だ。

 すると天璋院は、

「そなたがわらわの所に急いで来ると言う事は、やはり薩摩の事か?」

 と些か厳しい顔である。

 お華は平伏から頭を上げ、

「左様にございます。今頃、表にも報告が入る頃とは存じますが、薩摩は一昨日、イギリスと戦になったそうにございます」

 これには、その事態をを想定していたとは言え、天璋院は倒れるようにガックリと両手を畳についた。

 慌てて、側の女中が、天璋院の身体を支える。

 その落胆の中、天璋院は、

「詳しく聞かせよ」

 お華も厳しい顔で、

「はい」と言いながら、小栗が書いてくれた簡単な報告書を読む。

「はい。イギリスは五隻の船で……」と状況を説明し、

「結局。イギリスの船は死者も含め、多少の被害を受けましたが、薩摩の方は、先代・斉彬様お作りの砲台。八門全て破壊か捕獲。蒸気船三隻焼失。本陣も被害を受け、お殿様はご無事だったものの、海岸付近は勿論、城下の半分程度を破壊、火薬庫やお城の櫓や門も破壊。集成館や寺社仏閣民家など三百以上、武家屋敷百六十は破壊されたとの事にございます」

 大きな被害である。

 集成館とは、島津斉彬によって起こされたアジア初の近代的西洋式工場群の事である。

 さすがに、城や集成館まで被害を受けたとあっては、天璋院はまた気を失いそうになる。

 その時、瀧山が代わりに、

「それで、今後どうなるのじゃ?」

 しかしお華は事前に聞いているので、

「申し訳ありません。こればかりはイギリス本国がどう決めるのか分かりません。残念ながらこれ以上の事は……」

 全ての者はこれで言葉を無くす。

 お華は、後を瀧山に任せ、自分は部屋を後にし、一番奥の御殿向に行った。

 そこは御台、和宮の部屋。

 今はおさよとお春が働いている。

 お華がそこに行くと、和宮は喜ぶが、お華の難しい表情を見て、これはと何か感じたのだろう。

「何があったのじゃお華」

 平伏しているお華は、先程の天璋院と同じ話を報告した。

 もっとも、当然彼女は薩摩とは直接関係が無いので、天璋院ほどでは無いが、お華が言った通りの結果になったので、やはりこちらも驚愕している。

 そして、

「ここは! お華。ここは大丈夫か?」

 やはり彼女はこの大奥の事が気になる様だ。

 しかしそれにはお華も笑顔になり、

「御心配無く。江戸は今、どうこうと言う事はございません。宮様はご安心下さい」

 と平伏し、そこを辞し、おさよの所に行く。

 おさよは、お華に言われた通り、城の絵図を広げて、お春に逃げ方を説明している所だった。

 おさよは突然のお華に、

「お華ちゃん。どうしたの?」

 お華は笑顔で、

「姉上、ご苦労様。お春。しっかり聞いてる?」

 などと聞くと、お春は、

「うん。わかったよ叔母ちゃん」

 と言うのだが、おさよが、

「うん叔母ちゃん。じゃ無いでしょ。はい。叔母様ぐらい言いなさい」

 と叱られている。

 お華は笑って、

「まだまだね。母上いなくなっても大丈夫かしら」

 おさよも苦笑して、

「多少、苦労する事も必要よ。何しろ御台様のお近くなんだから」

 お華は頷いて、

「まあ、落ち着いてやりなさい。とりあえずは当分、安心だから」

 と言って、おさよにも事態を説明する。

 さすがにおさよも驚いて、

「薩摩様が……」

「そう。でも、いつどうなるか解らないから。お春! しっかり覚えるのよ!」

 と言われてしまい。お春もガックリしながら、

「はい。はい」と答えると、当然おさよから、

「はいは一度!」

 と再び叱りつけられる。


(5)


 お華はそれから北町奉行所に向かった。

 外の腰掛けにいた信吉に、笑顔で手を上げると信吉は慌てて立ち上がり、同心部屋の扉を開け、

「旦那様、お華さんが!」

 と、声を上げる。

 お華は苦笑して、信吉に、

「あんたも入りなさい」

 と命じられて、お華に続いて入って行く。

 こちらではこちらで、新之助が浩太郎から高積と廻り同心の違い・心得などの教えを受けていた。

「お華か」

 と浩太郎が言う。

 幸いな事に、今日は浩太郎達のみが部屋に居た。

 お華は少々笑いながら、その前に座り、少し後ろに信吉も座った。

 浩太郎が、

「今日はどうしたんだお華」

「南のお奉行に呼ばれたのよ」

「え? 南?」

 と驚いたが、南の奉行が小栗であることは当然知っていたので、

「どういう事だ」と聞く。

 お華は浩太郎に、

「兄上も長州の話は聞いてるよね」

「ああ、あれだろ。何と言うかバカなことしたもんだ」

 するとお華は、

「実は、薩摩もやられてね」

 と、言うものだから、こちらもおさよ同様、目を剥き驚いた顔をしている。

 こちらにも状況を説明して、お華は続け、

「だから天璋院様に御報告しなきゃいけなくて、大奥にも行ってきたのよ」

 浩太郎は大きく頷く。

「そういう事か」

「でもね。こう言っちゃあちらで被害に遭った人達に申し訳ないけど。江戸への攻撃は無くなった様で助かったわよ」

 浩太郎はお華の説明で理解した。

「だから、新之助もお春も当分問題無いわよ。だから、姉上はじっくりお春に教えることができる」

 浩太郎はフフっと笑い、

「これで本当にご褒美になったな」

 と言うとお華は、

「ね。ところで兄上。お父上は、喜んでくれた?」

 それには、浩太郎も満面笑みで、

「そりゃ、大喜びさ。こりゃ寝てられんなどと仰っていたよ」

 と言うと、お華も胸を撫で下ろし、

「じゃ、お母様も?」

「勿論だよ。お華には本当に感謝していたよ」

 お華も笑みを浮かべ、

「そう。それなら良かった」

 と言って、お華は、次に新之助に向かって、

「あんたもしっかり教わって、決まった通り三年でおじいちゃんの後を継がなきゃ、地獄が待ってるわよ!」

 などと脅かすから、新之助は眉を寄せ、

「叔母様、どういうことです?」

 と聞くが、お華も眉を寄せ、

「あんた。これから御台様に付いている他の方々が、お春に京都の作法や礼儀なんか教えてごらん。あんた、まともに会う事も出来なくなるかも知れないよ。ましてやその時まだ見習いだったら、地面の上に座らされて、平伏しなきゃいけなくなるよ!」

 これには、新之助は、眼を大きくして驚くが、浩太郎は苦笑している。

「新之助。嘘だと思ってる? これは本当の事よ。下手したら兄上だって、場合によってはそうしなきゃいけなくなる羽目になる」

 ここまで行くと、後ろの信吉も驚いて居るが、浩太郎は頷いている。

 そしてお華は、

「これはね、誰の代理で話しているのかが重要なの。いくらお春でも、御台様の代理で来られたら、見習いの同心が、まともに話出来る訳無いでしょ」

 新之助は、ガックリ項垂れる。

 浩太郎も、さすがにそれには、

「確かに。そうなったら、俺でもどうにもならん」

 と大笑いだ。

「だから、あんたは何としても三年で同心にならなきゃ大変よ。そもそも同心でさえ危ないんだから」

 新之助は多少堪えた様で、「はい」と小さく返事をする。

 するとお華は、後ろの信吉にも、

「あんたも他人事じゃ無いんだよ」

 と言われ、まさか自分に来るとは思っていなかったから「え?」っと大いに動揺している。

「おゆきは、もう柳橋で、そこそこ人気の芸者だよ。あんたも、人に親分ぐらい言われるようにならないと、とっとと置いていかれ、あんたが、おゆき姉さんの兄さんなの? とか言われて、恥ずかしくて両国歩けなくなるよ。あの子はまだ若いけど、柳橋一番の芸者なんて言われるのはあっという間だからね。気を付けないと新之助と同じになっちゃうよ」

 これには、浩太郎もおかしくて仕方が無い。

「そうか~身分に関係無く、兄は厳しいもんだな……」

 と、二人に語る。

「じゃ、私は」

 とお華はサッサと、去って行く。

 残された男二人は、声が出ない。


(6)


 お華が屋敷に帰って来ると、久々に、おみよが子供を連れて、屋敷に来ていた。

 ところが、おみよが連れてきていたのは赤子だった。

 さすがにお華は、驚きながら座敷に上がると、

「おみよちゃん、いつの間に又、子が生まれたの?」

 と聞くが、おみよは笑って、

「違うのよ姉さん。昨日に夜、深川で火事があったの知ってる」

 お華は、う~んと少し考えて、

「あ、あの夜中、半鐘が鳴ってたやつね。あれやっぱり深川だったんだ。まさかあんたの家」

 と言うが、おみよは少し笑って、

「いえいえ、あれはどちらかというと本所に近い所で、私の所は大丈夫だったんだけどね……」

 と事情を説明する。

 おみよの知り合いの夫婦のところが火事に遭い、二人とも焼け死んだらしい。

 ただ、このおみよが抱いているまだ一才のこの子だけ、助かったようだ。

 母親が、死ぬ間際、何とか子供だけ外に転がしたらしい。

 そしてその瞬間。彼女は今で言うところの一酸化炭素中毒で命を失った様だ。

 おみよは知り合いだったため、一度は自分でと思った様だが、おみよには既に小さな息子も居るし、仕事もあって手に余るだろうと夫の佐助と相談し、お華の所に来たと言う訳だ。

 お華もさすがに、死ぬ間際に母親が命と引き換えに助けた。という話には、どうしても自分と重ね合わせてしまう。

 おみよは、そんな事は知らず、ただ女の子も多いし、医者もいて屋敷も広いからという事で頼んでいるに過ぎないが、お華には、何となくこの前聞いた「運命」を感じてしまった。

 お華は隣に座っていたお吉に、

「おかあさん。サキさんももう産み月だけど、良いかな?」

 と聞くと、お吉はお華の事知っているから、同じ事を思っていたらしい。

「まあ、あんたじゃ嫌とは言えないよね」

 と笑い、

「いいんじゃない。一人や二人。大変なのは変わりないし」

 と頷く。

 するとお華は、おみよに、

「この子は男の子?」

 と聞くと、おみよは静かに頷き、「英吉」って言うの。

 お華は、お吉に顔を向け、

「おかあさん。この子の親になってくれない?」

 さすがにお吉はそれには驚き、

「よ、養子って事?」

 お華は頷き、

「私のところでも良いんだけど、うちは武家だし今は医者とは言っても、いろいろ面倒な事もあるからね。どっちにしてもここで暮らすなら同じだし。でもせめて、母親は誰? という事だけは決めて上げないと可哀想でしょ」

 勿論お華でも出来ないことでは無いが、兄の方、そして優斎の実家の事を考えるとかなり面倒な事が予想される。

 それならお吉の方が簡単に決まるからだ。

 お吉は、難しい顔をしていたが、

「私が、親?」

 勿論、お母さんとは言われても、彼女は結婚をしているわけではないから、養子と言われても直ぐにはピンとこない。

 でも、母親という響きには、僅かながら嬉しさも湧き上がって来た様だ。

 暫く、沈思した後、

「分かった。英吉を我が養子とするわ」

 と決めた。

 それはお華も喜び、

「それが良い。そうなれば、全てがハッキリするし」

 そして、お華は笑顔で「おゆき!」と大声で呼ぶ。

「は~い」と言いながら出てきたおゆきは、赤子がいるのに驚いた様だ。

「ね、姉さん? この子は」

 とおみよに聞くと、お華が、

「今日から、この子はあんたの弟分よ。あんたと同じ様に、両親を無くしてしまったの。だから、そうなったらあんたの弟になるしかないのよ。まだ赤子だからね」

 それには、おゆきも驚き、そして彼女も何とも言えない顔して、おみよから、

「この子は英吉って名なの……」

 と説明を受けながら英吉を抱っこする。おとなしい子だった。

「両親は引き取り手がいないから、回向院で供養する事になったの」

 それにはお華が、

「あらら、それも一緒か……」

 と言われ、おゆきも「かわいそうに……」と優しく抱きしめる。

 そしてお華はおみよに、

「うちで預かるよ。深川の自身番にこの事あんたから届けてくれる? そして佐助さんにも心配しなくて良いと伝えて頂戴」

 するとお華は、

「おかあさん。貰い乳はどなたか見つかるかな?」

 と聞くと、お吉は笑って、

「もう、サキさんのところのつもりで探してあるわよ。あそこだって生まれてみなきゃ分からないからね」

 お華とおみよは、笑い合う。


 さて、それからその夜、いやもう朝方だった。

 突然、屋敷に声が響く。ノブだった。

 優斎を呼ぶ声だ。

 すると、優斎は一旦、屋敷のおかよに声を掛け、部屋に行く。

 そう。もうサキは産み月に入っている。

 おかよも、直ぐに仕度をして部屋に駆け付け、優斎に頷く。

 さすがにお華も駆け付けて来て、

「生まれるの?」

 昨日赤子を預かったばかりなのに、余りの手回しの良さ? に驚いてしまう。

「ああ」

 との優斎の返事を聞いて、お華は直ぐに屋敷に向かい、出てきていたお秋に、

「すぐ、お湯を!」

 命じ、自分は、産婆を呼びに走って行く。

 事前に、準備は出来ていた様である。

 そして、しばらくするとお華は産婆を背負って帰って来た。

 おかよは産婆と一緒に出産に立ち合う。

 しかし、優斎は外している。

 ノブに気を遣っての事だろう。

 そのノブはと言うと、部屋の外で手を合わせて祈っている。

 彼の思いは一つ。

 検校などの事より、こちらの方が、より大切と言う事だ。


 それからしばらく、その状態が続き、明け六つの光が屋敷を差した頃、産声が聞こえた。

 おかよが長屋から顔を出し、大声で、

「無事、生まれました!」と叫ぶ。

「生まれた!」

 とお華が声を上げる。

 女の子だった。

 しかし、外で座りながらノブはまだ祈っている。

 まだ、その子の目が見えるのか解らないからだ。

 しかし、傍らにいる優斎が、

「ノブさん。目の事は暫くしないと分からない。今は誕生を祝ってあげましょう」

 と言われ、ノブもそれには頷いた。

 そして、名前をオトとした。「音」だ。ノブ夫婦が考えた名前である。

 

 それから一ヶ月が経った。

 ようやく赤子の目が開いた。

 乳をやる、サキの姿と赤子の様子を注意深く観察し、優斎とおかよの目が合った。

「分かりましたよね、おかよさん」

 おかよも大きく頷き、

「はい、今、確かにサキさんの顔を、目で追いました」

 優斎は、ノブを大声で呼ぶ。

 むしろその声で、赤子は驚いた様で、泣き出してしまう。

 サキが慌ててあやすが、ノブが来ると優斎は、

「目は、目は大丈夫です。見える様です!」

 と教えると、ノブは途端に大声で泣き出した。

 そこにお華も英吉抱きながらやって来て、

「み、見えたの?」

 優斎が笑顔で頷くと、お華は手を叩いて喜んだ。

 こんどは英吉がビックリして泣き出すから、慌ててお華はあやしている。

 それを見て皆が大笑いだ。 



※※※つづく※※※



 今回もお読み頂き、ありがとうございます。

 

「特別軍事作戦」が江戸時代に起こっていたなんて、驚かれたかも知れません。

 長州の件は、結局、占領もありませんでしたが、長州から攘夷の考えを捨てさせる転換点の戦いとなりました。

 今現在、某、軍事大国第二位の国がやっている戦争とは違い、意味がある戦であったと言えると思います。

 しかも相手は、今のNATO諸国ですから、笑ってしまいます。

 ただ、この戦にも犠牲者が出ていますので、それを含め、やはり馬鹿馬鹿しい戦でもありました。

 ちなみに日本はこれから、中国(清)・ロシア・アメリカ、そして今回の英国+今回のNATO諸国と、世界でも珍しいが、自慢にもならない無謀な戦争に突入していきます。

 これだけでも、私には江戸時代の方がまだ良い時代だったのでは? と思ってしまいます。


 さて今回は、小栗上野介が久々に出て参りました。

 彼については、あの司馬遼太郎が「明治国家の父」と記していますが、私もそう思います。

 幕末は、今では英雄などと呼ばれ、数々の長州や薩摩の人を、褒め称えていますが、私はこの人ほど、今の私達にも貢献した男は居ないんじゃないかと思います。

 まずは、日本で初めてアメリカに渡り、アメリカ政府と金貨の金の複合割合で、為替協議を行っています。

 つまり日本初の日米通商協議というわけです。。

 残念ながら外交は力が背景。小栗の思うような結果にはなりませんでしたが、現地の新聞などでは、サムライの意外な知識の深さに驚愕した様です。

 次はロシアが、対馬において密かに軍港を作っていたのを、英国に協力を頼み、ロイヤルネイビーを利用して排除し、今のウクライナと同じ様な悲劇を避ける事に成功しています。

 さらには、それで今度は英国が日本支配を試みようとすると、為替操作で何とか免れています。

 これは関税引き下げを要求してきた英国政府に対し、これを簡単に認めてしまえば、インドと同じ様に植民地化されてしまいます。

 小栗は、これを日本の危機と捉え、「万延二分金」(金28%銀71&)を大量発行させ、小判の価値を下洛させる。

 現代と同じく、円安に持って行き、国内産業の保護を図ったのです。

 これら、とても江戸の旗本とは思えない様なやり方で国を守っていきます。

 そして横須賀には今も跡が残る製鉄所、後の海軍工廠まで作り、ある時期まで武力方面においても、その頃の日本という国を守った男です。

 この事などは、日露戦争・日本海海戦の後、東郷平八郎が霊前に訪れ、礼を言ったとされています。

 しかし残念ながら、幕末一部の愚か者が彼の首をはねてしまい、明治維新が十年は遅れたと言われています。

 生き残っていれば、今頃日本も別な形になっていたかも知れません。


 それから、ノブの子も生まれました。

 こんな時でも、新しい命は生まれ続けます。安心できて良かったです。

 物語的には、この子も。と言うのが良いのかも知れませんが、

私的にはちょっと……(笑)

 

 これが今回のお話でした。

 また次回もよろしくお願い申し上げます。

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