㊷轆(ろく)轤(ろ)首の意趣返し
この物語はフィクションです。
登場する、人物などは架空でございます。
また、歴史的な出来事に沿って進めていますが、
事実・史実とは異なる部分があります。
どうか、ご了承ください。
(1)
小さな男の子と母親が、医療所から、
「じゃあねお華さん!」
などと笑顔で手を振って、帰っていった。
お華もそれを笑顔で見送ったが、手を振る子供が見えなくなった途端、おかよに、
「なんで私が呼ばれるのよ!」
と怒っている。
するとおかよが、少し笑いながら、
「だって~お華さんが良いとか、男の子が泣くんだもん」
それには優斎も笑って、
「妙に子供には人気のあるお華だからね。これもお仕事ですよ」
とおかよと二人、笑っている。
「あんな小っちゃい子に人気って言われてもね~」
お華は机に頬杖でぼやく。
今は上様上洛中。
お華は一日毎には大奥に行き、和宮様の護衛に行っているのだが、しかしこの護衛、護衛とは言っても、迫り来る危険が予想されるある訳では無いので、大奥に上がっても、宮様相手に馬鹿話で終始し、瀧川とも笑いながら仕事している位のものである。
今日はお休みで、優斎をよそに屋敷でお秋をからかいながらゆっくりしていたが、
些か、手の焼く子供が来て「お華ちゃんが良い!」と喚くので、おかよが仕方無く呼んだと言う事。
しかし、そんな時だった。
再び扉が空き、
「ごめんなさい! 伊賀屋の弥七でござんす」
と男が入って来た。
弥七は内藤新宿にある薬屋の番頭である。
手代でも良いのに、薬屋の番頭本人がいちいち優斎の所に薬を届けると言うのも少々おかしな話だが、ここだけは毎度、弥七がやって来る。
勿論、古い付き合いなのでお華も知っている。
すると、
「あ! お華さん。これは丁度良い」
などといきなり言われ、お華はガックリ肩を落とし、
「披露宴以来だね~。あんときはありがとうね。でもその調子じゃ、また面倒な事持ち込んで来た?」
弥七は頭を掻き、湿布が入った風呂敷をおかよに「いつもありがとうございます」と笑顔で渡すと、お華の正面に、
「ご免なすって」と言いながら座る。
すると弥七は、
「へえ。実は女将から、至急、頼む様にとか言われまして」
お華は、机に肘をついて、頭を支え、
「あの、ろくろ首が何だって?」
と言うから、おかよが驚いて、
「ろくろっくび!?」
叫んでしまう。
優斎は笑って、
「やめなさいお華。あれでも。あそこの統領。そして女将さんなんだから」
と言うのだが、お華は、
「だってねおかよちゃん。いっつも天井から首出して来るからよ。さすがに披露宴の時は普通にやって来たけど、内心、ドキドキものだったんだから!」
さすがに弥七もそれには、
「申し訳ありません。あの人、そういうのが好きなんで、あんときは私が必死に引き留めましたよ」
「でしょ? あんときやったら、簪打って引っ込めてやろうと思ってたもん」
それにはみんな大笑いだが、おかよは何の事だかわからないから目を丸くしている。
するとお華が、
「おかよちゃん。この人はね。薬屋の番頭でもあるけど、実は、甲賀忍びの二番手でもあるのよ」
と言った途端、おかよは怯え「しのび?」と驚き二三歩、後ろに下がってしまう。
優斎が笑顔で、
「おかよさん、大丈夫ですよ。みんな知ってますから。何も心配無いから、こちらに座ってて下さい」
と言われ、おかよは何だか怖々椅子に座ると、弥七は、甲賀者とは思えない笑顔を向ける。
するとお華が、
「で? 何なの弥七さん」
弥七は、おかよに軽く頭を下げ、改めてお華に、
「あのですね。まだうちまで来て無いんですけど。最近、内藤新宿の店が次々、脅されて銭が奪われるって言うのが頻発してるんですよ」
しかしお華は、
「へぇ~。でもさ。あんたら甲賀の一党があれだけ揃ってたら、そんなもん大した事じゃないでしょ?」
と聞くと、弥七は首を捻り、
「確かに、そうしようと思えば出来ない事は無いんですけど、脅しがちょっと込み入ってまして……」
お華は不思議な顔で、
「込み入ってる? なにそれ?」
と聞くと、弥七は、
「被害に遭った店の者に聞きますと、何だかその男は、風呂敷包みを持って来て、ドンと店先の座敷に置いて、これは帝様を裏切った者の首である!」
「く、首?」とお華は驚いたが、おかよはもっと驚き、
「生首ですか?」と怯えながら声を上げる。
弥七は頷き、
「そうなんです。そして、京都から検分があるまで預かって欲しい。付いては、尊皇攘夷の為、帝様への協力金も頂きたい! などと言うそうです。その包みは下の方が血だらけで、町の者もさすがに震えてしまいまして、払ってしまう店が続いているんです。うちはまだですけど、さすがにどうしたもんかと、女将さんがお華さんに相談して来いと言うものですから……」
お華も眉を顰め、
「なるほどね。新宿でも尊皇攘夷かい? まあ、確かに手が出し辛いってのはわかるよ」
とここでもぼやく。しかし優斎は、
「それは、ちょっとした仕掛けですね。風呂敷包みの下が血で一杯というのは、風呂敷開かなくても、何が入っているのか分かる。店の人はとてもじゃないけど、開いて確かめようとはしないでしょうからね」
するとおかよは、
「お華さん。そういうの大丈夫なんですか?」
と聞くが、優斎が笑って、
「だって、この人は伝馬町の牢屋で、打ち首見てるもの」
しかしそれにはお華も、
「別に平気じゃないわよ。あれは奉行所の手伝いをやる以上は見なけりゃいけないとか父上の遺言でさ、仕方なしよ。今でも、あの血が噴き出す音なんか思い出しちゃうもん」
優斎は頷いて、
「そう。でもあれはお裁きが出た下手人だし、仕方無いからね。多分、新之助君もその内、見に行かされるでしょう」
お華は頷いて、
「ああ、それはそうだね。あ、そうそう、おかよちゃんも一緒に見に行けば良いんだよ。医者としての勉強のためにさ」
おかよは、一瞬気を失いそうになり、
「わ、私もですか?」
すると優斎が若干笑いながら、
「ま、そうだね。これまで勉強してきた事を確かめるには丁度、良いかな。そうそういずれは解剖もね」
とまで言われるので、さすがにおかよは机に膝を付き、頭を抱える。
それを横目で笑いながら、お華は弥七に、
「でもさ。いくら帝様だって、江戸の日本橋あたりで言うならまだしも、新宿でそんな事するかね。しかも、帝様自らの御命令とか言うんでしょ?」
優斎にも問いかけると、優斎も大きく頷き、
「それは詐欺ですよ。そもそも、いくら帝様でも、江戸の新宿って所さえご存じないと思いますから」
「そうよね。じゃさ、新宿にも奉行所の同心が回ってるでしょ? そっちに言えば?」
しかし弥七は首を振り、
「私らの所は北町のお役人が回って居るんですけど、私から見ても、申し訳ありませんが何だか頼りなく。実際に訴えは出てるようなんですけど、全く駄目で……」
それにはお華は呆れた顔で、
「誰だい? それ。北の同心って」
さすがに北町と言われると、お華は黙ってはいられない。
「はい。たしか早坂……」
この時点で、お華と優斎の首はそれこそ、打ち首の様に下に落ちてしまった。
お華は、
「と、とくぼん? アイツ何時から新宿に? そ、それは駄目だ……」
と呻き、優斎も笑ってしまい、
「さすがに、彼では無理でしょう」
と同じく小声で言ってしまう。
そうなるとお華は身体を起こし、
「あ~んもう! そういう事なら仕方がない。弥七さん一緒に新宿行きましょ。先生、一晩良いよね。それでそのまま大奥に行くわ」
優斎もさすがに頷いた。
そしてお華は、
「先生。悪いけどこの事、八丁堀の兄上に伝えてくれない? それとお華が、とくぼん叱りつける様に言ってたと。自分が出来なきゃ兄上にでも相談すりゃ良いのに。全く馬鹿馬鹿しいけどさ」
と言うと優斎も頷き、
「そうなんだ。これは、どこか生きてる人の首を切って持ってってるかも知れないからね」
それにはおかよも目を大きく見開き、
「先生! そんな事もわかるのですか?」
優斎は頷き、
「染みこんでるっていう血の量にも寄るんだけど、既に死んでる者から首を取っても、心の臓が止まってるから血は出ないんだ。でも血が流れてるって事は、首を打って直ぐって分かるからね」
「は~なるほど~」
とおかよは納得するが、やはり首の話であるし、いずれ自分にも関わると考えたら気味が悪い。
ということでお華は、弥七と一緒に新宿に向かう。
船に乗って、近くまで行く様だ。
そしてその船中。
「あの人も、そんな事私に相談するように言うなんて、殊勝な事言う様になったんだね。如何にも自分で型付けるとか言いそうなのに」
弥七は笑って、
「さすがに、披露宴の時、あれだけの方々がいらっしゃるのを見て、慎重になったんだと思います。さすがにあんなとこに呼ばれる以上、下手なことは出来ないと」 お華は、大きく頷き、
「まあ今回の事はこれで正解よ。私には面倒な事だけどさ、帝が関わるって言われたら、今ちょっと放っとけないからね」
と笑う。
そして船は市ヶ谷辺りの船着場に到着し、早速、お香の薬問屋に向かった。
以前にも言ったが、お香はこの薬問屋だけでなく、宿屋、小間物屋など、結構手を広げている。
街道沿いでは、結構、名の通った大女将である。
普通は薬問屋に居るので、弥七と一緒に暖簾を潜る。
弥七は、
「おいおい、女将さんを呼んでお出で!」
と店の者に言うと、お華の言う「ろくろッ首」が現れた。
「来たよ、女将さん」
お華は手を上げ、笑顔で言う。
女将は、自分の店だからか丁寧に、
「申し訳ありませんお華さん、呼び出して。話は弥七から?」
当然お華は頷く。
「では、ちょっと奥に」
とお華と弥七を引き入れ、店の奥に入った。
「で? 今日はまだ大丈夫なの?」
と聞くと女将は座り、茶を出しながら、いつもの様に、
「困ってんのよ。ただの押込だったら、遠慮はしないけどさ。京都の方の名前まで出されるとね~」
それにはお華も、
「そうだね。よく抑えてくれたよ。でも、私が来れば、これは奉行所の仕事になるからね。後が楽で助かるよ」
と笑う。
しかし、
「でもね。こりゃ、多分単なるカタリだと思うよ。だってさ、幾ら新宿が栄えてるって言っても、江戸の端だしね~。もし正式にお上にも通っている話なら、まず、日本橋あたりに話があってもおかしくないもん。気にすること無いよ」
それには、お香も笑顔で、
「ああ、やっぱりそう。それなら良いんだけどさ」
(2)
さてその頃、優斎は八丁堀におかよと一緒に居た。
浩太郎も居たから、優斎から一連の話を聞き、難しい顔をしている。
「しかし内藤新宿でか……」
浩太郎は、当然とくぼんの担当地域だと知っているから余計に怒りを露わにして、
「あのバカ。なんでそんな大事。相談しねえんだ」
と怒った後、信吉を呼び、とくぼんを至急連れてくる様に頼んだ。
そして、浩太郎と同じく休みだったとくぼんがやって来ると、庭に立たせたまま、
「ばかやろう。新宿の生首騒動、何故奉行所で相談しないんだ!」
いきなり怒られたとくぼんは頭を掻き、
「どうも私は、生首なんて気味悪くて……からかわれているのかと……」
「何言ってるんだ。その話が本当なら、毎日、新宿のどこかで罪の無い者が首を切られているかも知れないって想像できないのか!」
それには、頭を下げて謝るとくぼん。
その話を隣で聞いている、おさよとお春は笑ってしまう。
「先生、それ。お華ちゃんが、とくぼんを叱って貰うように言われたの?」
とおさよが聞くと、優斎と七重を抱いているおかよは笑いながら頷く。
すると、おさよは、
「まあ、甲賀の人がいるし、その上、お華ちゃんがいるんなら、それ程心配はないけどねぇ」
浩太郎も頷いて、
「そっちは俺も安心しているが、今この時、被害者が出ているかもしれねえ。早坂、至急、新宿に行け。行かねえと後で思いっきりお華にどやされるぞ」
「ひえ~」と、とくぼんは悲鳴を上げて、庭を駆け出る。
信吉となんと新之助まで促され、
「良い機会だから、お前達も勉強してこい!」
とか言われ、二人も急いで出て行った。
恐い顔で見送りながら、浩太郎は、
「先生。でもこれはカタリだってお華も言ってたんだろ?」
優斎は頷いて、
「はい。私もそうだと思います。それより、こういう事は早く決着付けないと、各地でドンドン増えていくかも知れません」
浩太郎もそれには大きく頷いて、
「それなんだよ。俺はそれが心配だ。仕方無い。俺も奉行所に行かなければ」
おさよとお春は二人揃って、
「行ってらっしゃい」と妙な微笑みで言うから、浩太郎は、
「全く、どいつもこいつも」
と言いながら、部屋を離れる。
するとお春が、優斎に、
「先生。でも甲賀って人達は、叔母ちゃんと同じくらい強いんでしょ? なんで叔母ちゃん呼ばれたの?」
それには優斎達も笑いながら、優斎が、
「こういうのは奉行所の仕事だからね。いくら甲賀の人が強くても、勝手にやるとお奉行様に怒られるかもしれない。でもその点、お華叔母ちゃんが一緒にいれば、お奉行様も文句は言わないからね」
お春は驚いた顔で、
「叔母ちゃんってそんなに偉いの?」
これには再び大笑いである。そして優斎は、
「叔母ちゃんは、内親王様とお友達だからね~。帝様のお名前で悪い事する悪い奴は、内親王様、いや御台様に変わってお仕置きしなければならないんだ」
「へ~」
と納得出来たのかどうか分からないが、おさよは、
「確かに、こんな事は、帝様は勿論、御台様には良い迷惑だもんねぇ」
「その通りです。まあ、お華さんがいた事は、彼らには不運ですけどね」
すると、おかよが、
「一番怒らせちゃいけない人を怒らせたって事ですか?」
優斎とおさよは大きく頷き、
「不穏な空気が漂ってるこの頃です。只では済まないでしょうね」
優斎は腕を組む。
(3)
さて、内藤新宿のお華は、女将に、
「今日辺り来るってのは、女将の勘?」
女将のお香は頷いて、
「先の方から大きな店が次々やられてるのよ。だからそんな気がしてね~」
「ふ~ん」と言ったお華は、
「じゃさ、ここに三人ばかり、忍びの上手を呼んでくんない?」
と、女将に求めた。
女将は直ぐ頷き、部屋に三人呼んだ。
先頭の男が、
「これはこれは、信濃の姉さん」
などと頭を下げて入って来るから、お華は笑って、
「信濃の姉さんかぁ~。ここじゃそうなるのよね。初めて言われたわよ」
と笑顔だから、男達も特に緊張感もなく座敷に座った。
そして、お華はその連中に、
「あなたたち、なぜ私がここに居るかはもう知ってるわね?」
一同は頭を下げる。そしてお華は、
「あなた達みたいな玄人に、こんな事お願いするのは申し訳無いんだけどさ、これは、帝様の名前を使ってのカタリ。絶対、捕まえなきゃならない。それにこれは上様のお名にもかかわる事だから失敗は許されないのよ。だから必ず、し遂げて欲しいの」
さすがにそう言われると彼らも、悪い気はしない。
「はい、何でも仰って下さい」
と三人は頭を下げる。
するとお華は、
「あなた達には、下手人の探索をして欲しいの。まだ、次はここか隣か、店はどこだかわからないけどさ、あなたたちは、どこかに潜んで見張ってもらいたいのよ。仮にここに来たのなら、私が追い返すから、そいつらがどこに行くのか、どこに潜んでるのか、何人居るのか掴んで欲しいの」
三人は大きく頷く。お香も微笑んでいる。
「いい。ここからが大事。あんた達も忍びの二つ名を持つ者。そんな奴らの後を付けるなんてお茶の子でしょ?」
三人は真剣な顔でまた頷いた。
そんな時だった。店の方から、
「女将さん! 北町の奉行所のお役人がお見えですけど……」
と声がかかったから、お華は、お香を手で押さえて自分で店先に行った。
お華の姿を見たとくぼんは、頭に手をやり、縮こまっている。
横には新之助と信吉が、妙に嬉しそうに屈んでいた。
当然お華は、とくぼんに、
「馬鹿かあんたは!」
と激しい怒声が飛ぶ。
新之助達でさえ、ビクっとしてしまう。
浩太郎に続き、今日二度目だった。
とくぼんは身体を更に小さくしている。
「話は、兄上から聞いたね!」
「は、はい」
「あんたは、すぐ番屋に行って捕り方を集めなさい。そして、ここの子があんたの番所に知らせに来るからその案内で現場に来なさい。必ず捕り縄持って来る事。あんたでもそれぐらい出来るでしょ!」
と続けて怒鳴られる、とくぼん。
「承知しました……」
お華は続けて、
「上様はご上洛中。今の御台様、つまり和宮様はあたしが警固してんの!」
これにはとくぼんだけで無く、ここの女将と弥七も驚く。
「この事は、宮様にお伝えしなきゃならない。兄にでも相談してりゃ、もっと早く何とかなったのに、こんなにまでなるまで放っておくてのはどういう事なの! もう失敗は許されないよ、このままじゃ奉行所は勿論、あんたの家も大変な事になるわよ。しっかり用意しときなさい!」
と、やはり怒鳴られた。
とくぼんは青い顔で、慌てて振り向き外に走り出した。
信吉が、
「私達はどうしましょう」と聞くと、新之助と信吉には笑顔で、
「あんた達は、私と一緒に。まず、店の中の影にでも隠れてて」
新之助が「はい」と言って、店の者に聞いて、何かの影に隠れた。
座敷に戻ったお華は、三人に、
「聞こえた?」
三人は、些か苦笑しながら、
「あんた今、そんなことやってるの?」
和宮警護の事である。
「よかったよ、あんたに相談しといて。後が恐い事になるからね~」
お華は些か笑いながら、
「じゃ大体分かったね。三人で街の様子を伺い、来たら三人で後を着け、一人は自身番。一人はここ。そして一人はその場で監視。おねがいね」
笑顔の三人は頷き、早速庭から出て行った。
するとお香は、
「あんたが捕まえに行くの?」
と聞くと、お華は、
「女将も一緒に行くのよ。甲賀が喧嘩売られて黙っている気?」
などと言われ、お香は弥七と顔を合わせ笑ってしまった。
お華は、
「私が居れば、殺さなきゃ何しても平気よ。何も気にする事無いから安心して」
と微笑む。
(4)
すると、暫くして店の方から大声が上がった。
なんと女将の予想通り、この店に奴らが乗り込んできたのだ。
お華は、些か笑って下を向いて笑っていると、見張りの一人が飛び込んで来て、
「こ、こちらに来ました!」
と小さく叫ぶが、お華は片頬を上げて、
「やったね女将。大丈夫よ任せといて」
と女将をまた、そのまま座らせ、自分が店先に出て行った。
店に出たお華は、低姿勢で、
「あらお客様。いらっしゃいませ。何だか大きなお声でどうなされました?」
などと、女将にすり替わり、一見して浪人者三人の前に、ここの女将の顔して奴らの前に座る。
後ろの部屋では、お香が声を出さず笑いながら、覗いている。
頭と思われる男が、
「お前は誰だ!」
と怒鳴りながら言うから、お華は静かな声で、
「はい。私、甲賀屋の女将にございます。何かご無礼な事でも致しましたでしょうか?」
些か人を食った様な顔で、頭を下げる。
するともう一人、浪人達の頭らしき者が前に出て、
ドン! と音を立てて一つ、風呂敷包みの様な物を置く。
そして、
「これは、帝様に楯突く、不埒な者じゃ! こちらの近くで捕まえた。これを朝廷のお調べがあるまで預かって欲しい。そして、恐れ多く帝の御用に携われるのだ。それと、恐れ多くも帝様への献金を頂戴したい!」
と、既に言い慣れたセリフを言い切ったのだが、お華は呆れた様な顔で、
「お客様。何かお間違えでは? 私共は薬屋にございます。質屋ではございません。それにその様な大事があったのなら、その辺の番屋でも行かれたらいかがです?」
と、けんもほろろに言う。
その浪人は、今までと違った反応だから、怒り心頭といった表情で、
「これは、生首じゃ。信用があると思って頼んでおるのじゃ。畏まって預かれ!」
とのセリフ。事前に分かってはいるものの、店で遠くから見ている若い娘などは、やはり怯えてしまっている。
しかし、お華は笑って、
「ならば、お奉行所の方が余計に信用がお有りなのでは? 恐れ入りますが、我が甲賀屋は、京の親王様ご贔屓の店にございます。帝様の御用と仰いましたが、まず内親王様にお確かめの上、お許しが無いとお引き受け出来ませぬ。どうぞお引き取りを」
と、一切、驚きも無く言う者だから、浪人達も思わぬ言い草に驚いていた。
「誰じゃ! 内親王とは!」
と吠えるが、ここでお華は高笑い。
同時に、影の新之助もククっと笑っている。
彼は本人と直に会っているからだ。
ここでお華は挑戦的な目で、
「おやおや、朝廷のお使いが内親王様をご存じないとは、呆れてしまいますな~。お聞きしたところ、どうやらあなた様は長州訛りのお方。長州のお方がいつから京の使いが出来る様になったんでしょう? それならさぞ、お高い官位、位階のお方でしょう。是非ともそこの所もお聞かせ下さい」
これには男も言葉を失った。
同時に裏で聞いてる女将も唖然としてるが、信吉は家具の裏で「さすがお華さん」と静かに笑っている。
「ええい、その様な事、そなたに明かす必要はない。さっさと献金を出せ!」
とまた吠えたが、厳しい目で半笑いのお華は、
「やなこった!」
である。
とうとう、その男は怒りが頂点に達し、刀に手をかけた。
しかし、そんな事はお華もとうに予想していた。
お華も同時に、座りながら、両手で床を押して後ろに飛び、片膝を立てて懐に手を入れる。
男は更に、
「帝様へのご無礼、許しがたい!」
と刀を抜こうと左足を前に出したその瞬間、お華の右腕が右に開いた。
その瞬間、簪が一本その男の鼻っ柱にグサリ、突き刺さった。
距離を取ったとは言え、近いからかなりの深手だろう。
男は「ギャー」と叫び、両手で顔を押さえ、悲鳴を上げる。
それを見ていた弥七は、その技に至る一連の「余りの速さ」に唸る。
男はこの攻撃は予想して居なかったと見られ、刀を抜くどころか頭を向こうにもっていかれ、一気に後ろの暖簾まで追いやられる。そして、鼻から血がどっと流れ落ちてきた。
お華は既に、三本、構えている。
この恐怖にはさすがに男達も、敵わないと見たのか、
「覚えてろよ!」
との捨てゼリフで、慌ただしく走り去る。
出血している男は、左右に血を振り撒きながら逃げて行った。
お華の元に、女将が走り寄り、
「あんた。あんな事言って大丈夫なの?」
と聞く。そりゃ、内親王様だの何だと言えば、それはそれで罪になるのでは?
と警戒した様だが、お華は笑いながら、
「だって、本当の事だもん」
などと言うから更に驚く女将。
するとお華は、店の娘達に、
「あんた達、何か大きなお盆か番重持って来て。それと大きめな風呂敷も!」
と頼みと、娘達は些か緊張しながら言われた物を持って来た。
お華は、まず大きなお盆の上に風呂敷を広げ、その上に先程の首と思われる者を載せ、さらに風呂敷を包んで上で縛る。
そして一瞬、手を合わせる。
そして、その子達に笑いながら、
「あんた達、悪いけどこのお盆、首ごと番屋に届けてくれる? お華から証拠だから預かるようにって言ってさ」
直に見るわけではないからそれ程恐ろしくはないが、気味は悪い。
信吉も呼ばれ、一緒に行くよう命じられる。
彼は笑顔で頷く。
女の子二人は大盆を左右で持ち、信吉と一緒に外へ。
すると、お華は、
「さて、甲賀の坊や達、しっかり掴んでくれるかな?」
とニコニコしている。
女将のお香に取っては、甲賀の誇りにもかかわる事だ、祈るような顔である。
(5)
女将の祈りが通じたか、探索の男一人が、足音高く戻ってきた。
彼女は、
「上手く行ったんだね」
と確認すると、その若い男は笑顔で大きく頷く。
するとお華が、
「で、どこ行ったの」
と聞くと、その男は、
「ええ。この道の向こうの方に玉川用水の川がありやす。ここからちょっと先、丁度内藤様のお屋敷の近くでしょうか、そこにボロの隠れ家がある様です」
するとお華は、
「何人くらい見えた?」
「はい。五人は確認致しやした。一人残って、見張りを続けております」
頷いたお華は、立ち上がり、
「女将。仕度は良いね」
と聞くと、女将は当然の様に大きく頷く。
するとお華は、店の女達に向かい、
「今日はもう店仕舞。サッサと戸を閉めな。弥七さん達は女将と一緒に向かうわよ。天下の甲賀が売られた喧嘩。不肖、信濃の私が手伝ったけど」
少し笑ったお華は、
「蹴りをつけるわよ。新之助! あんたも付いてきな!」
そしてお華は、
「女将。さっきも言ったけど殺しちゃ駄目よ。裁きをしないと、誰が殺されたのか分からなくなるからね」
女将は笑って、裾を上げ、帯に挟みながら、
「充分、承知してるわよ~」
と、一同は、玉川上水へと向かった。
お華達が着くと、見張ってた男も頭を下げながら、口を押さえながら笑いながらやって来た。
「ヤサはあそこ?」
と聞くとその男はとうとう笑い出して、
「さっきまで、一人鼻から血が出続けてて、止めるのが大変みたいだった様ですよ。わたしゃ、おかしくておかしくて」
お華も笑って、
「ありゃ、死にやしないけど、当分止まんないからね」
と言う。
すると、案内の男を先頭に、とくぼん達捕り手も、音を立てずにやって来た。
頭を下げながらやって来た、とくぼんはともかく、来た人数をパッと見て、お華は頷いた。
「縄は持ってるンだろうね」
と聞くと、とくぼんは硬直しながら背を伸ばし、
「はっ。全て調っております!」
とか大声で言うものだから、とくぼんはお華に頭を叩かれ、
「声が大きい!」
と言われたのだが、結局そのせいで、小屋から一人男が出てきて、騒ぎ始める。 お華はとくぼんを睨みながら、
「あんたは!」
と言い、早口で、
「新之助! あんたは良く見てなさい」
と言うお華。どうも新之助に捕り物を勉強させるらしい。
「はい」との返事を聞いたお華は、
背を向け、女将と二人その小屋に向かう。
お華は、その小屋の方向へ、
「あんたら、もう全てバレたよ。素直に出て来てお縄を受けな!」
と怒鳴りつけ、
「もう、あんたら囲まれたのよ。諦めな!」
と重ねて言うと、お香に、
「では、甲賀の頭領。まずは頭領の腕を見せて下さいな」
その言葉に、女将は頷いて、懐から手裏剣を二枚取り出す。
ゾロゾロと六人ばかり出てきて、並び立って刀を振り上げる男達を見ながら、間髪入れず、一枚を少し身体を斜めに傾けて、腕を振り上げる。
甲賀手裏剣を力強く打ち放ったのだ。
それは丁度、五人並んで立っていた男達の端から、次々に頬を切り裂いていく。
まるで、平手打ちで次から次へと引っ叩かれている様だが、手裏剣である。
頬を引き裂かれて飛んでいく。
既に二本目も打ち放った。
端に立っていた男は、お華に既に鼻を破壊された男だ、再び宙に血煙を上げる。
それを片頬で笑いながらお華も既に簪を手にしている。
当然、勢いを付けるため、その場で回って、次々、渾身の簪を投げ入れる。
それは正確に、五人の男達の膝に向かって、膝の骨も叩き壊さん勢いで正確に突き刺さる。
激痛で動けなくなった男達は全て、その場に倒れ込んでしまう。
すると、お華は、
「甲賀の方々、何しても良いけど殺さない様に。刀を奪って、地に這わして頂戴!」
と叫ぶ。
待ってましたとばかり、女将の手下の連中、弥七まで加わって襲いかかる。
それと同時にお華は、とくぼんに厳しい声で、
「ほら、あんた達も囲みなさい! そして縄を打つ!」
するとお華は、新之助と信吉に言う。
「あんた達は、お縄、覚えたの?」
新之助は頷いて、
「はい叔母様。父上に習いました」
それには信吉も頷くから、
「じゃ、あんた達も行きなさい。これは奉行所の仕事なんだから」
と言われ、二人は慌てて走って行く。
あっと言う間の逮捕劇であった。
お華は横のお香に、手裏剣を見せて貰う。
「これは、八方手裏剣ってヤツ?」
名前の通り多角形の平手裏剣である。しかも割と大きいから、今なら円盤・フリスビーとも言える様な手裏剣である。
それにはお香も笑顔で、
「甲賀先祖代々のね。何年ぶりだろ、こんなの使うなんて……」
お華はそれを返し、
「さすが、現役を張ってる忍びは凄いね。一度に二人とか三人とかさ」
お香は頷き、
「甲賀では、撫で斬り手裏剣とか言われてたわよ」
と笑い、
「あ~気が晴れた!」
とか言っている。
そして、お華はとくぼんを呼び、
「いい。これから言う事書いて、報告書にしなさい。とりあえず、私の兄上に確認して貰ってね」
と言い付けると、とくぼんは頭を掻いて、頭を下げている。
「そして、今回はお華と甲賀屋の皆さんに手伝って貰ったって書くのよ。分かったね! それと……」
女将の顔を一度見て、
「首を切られちまった人達は、その遺体。川にでも流されてたら、せめて首だけでも、被害にあったお店の方々に少しずつ銭を頂いて、どこかの寺に塚でも作って貰って供養して貰いなさい。あんたにも責任はあるんだからね。あんたも少し出しなさい」
と言いつけると、さすがにとくぼんは、一切口答えせず、はいと素直に頷いた。
お華はついでに、
「それからね。あんたはこの女将に十手を渡す事。いいね」
つまり、十手を貸与すると言う事である。
それにはお香が驚いて、
「私に岡っ引きになれって言うの?
と言ったが、お華は首を振り、
「塚を作って上げる事もあるけど、毎度、こんな事があったら良い迷惑でしょ。岡っ引きというよりも、揉め事の相談役。町のね。それになって欲しいのよ」
「あ~そういうこと……」
お香は、それには安堵した様だ。
下手人は、お縄になり、引っ張られて行く浪人者、そして頭領とみられる血だらけのの男は戸板に載せられ、連れていかれる。
それは新之助と信吉が、先頭に立って、奉行所に連行する様だ。
お華は二人に、
「よろしく頼むよ~」と手を振ると、二人も笑顔で返す。
すると、弥七が戻って来て、
「女将さん。手裏剣見つけましたよ」
と八方手裏剣二枚を渡す。
しかしお華には、
「お華さんのは刺さったままなんですよ。下手に抜くと大出血になると信吉さんが言うもんだからそのままです」
と言うと、お華は笑って、
「へ~信吉がね。言うようになったじゃないあの子も」
と笑うと急に厳しい顔で、
「とくぼん! 簪抜いたら、兄上に渡しなさい! 分かったね!」
と怒鳴られ、とくぼんは「ふぁ~い」と言いながら、信吉達の後に付いていった。
(6)
さて、戻ってくると、薬屋ではなく、宿場を営む店の方にお華はみんなに連れて行かれた。
既に、店で留守番していた下女達が、十畳ほどの宴会場で待っていた。
お華とお香は並んで座り、酒を酌み交わす。
すると二人の隣で酒を呑んでいる弥七が、
「この度は、お華さんにお手伝い頂いて、誠にありがとうございました」
とチョコッと頭を下げる。
お華は笑って、
「いいのよ。あれは、とくぼん……いや早坂様が物知らずで、皆さんにご迷惑かけちゃったからね」
すると弥七は、
「まあ、うちの女将の手裏剣は前々から知っていましたが、お華さんのは本当に驚きました。ねえ、女将さん」
お香も笑って、
「信濃衆の手裏剣を褒めるのは気が引けるけどね。確かに相変わらず大したもんよ」
同席の若い忍び達も大きく頷く。すると弥七は、
「刺さって取れないってのも凄いですが、みんな全く同じ所に、しかも外れた物が無いなんて信じられませんよ」
お華は笑って、
「まあいいよ。でもさ……」
と少し真面目な顔になって、
「今回もそうだけど、少し面倒な時代になったかも知れない。女将に十手をって頼んだのも、そういう恐れがあっての事なの」
するとお香が、
「あんた。親王様の護衛って、親王様ってこの前、御台様になった方でしょ? 本当に本当の事なの?」
それにはお華も笑って、
「何故かね。まあだから、今回の事も直ぐ分かったんだけど、女将もそうだけど、みんなも聞いてくれる?」
総勢は、若い女の子も頷いた。
「御台様が京都から江戸に下られる時、その護衛の時も、水戸の浪士たちの襲撃があったの」
それにはみんなの声が上がる。
「まあ、その襲撃は私と私の姉がいたから、さっきみたいに簡単に終わったんだけど、これからそんな連中が増えていくかも知れない。どうか、簡単に話に乗るんじゃないよ。戦国の頃とは違うんだからね」
お香も大きく頷く。
お華は続けて、
「出来れば、何の罪も無い人達だけは守ってあげて。あんた達はそれが出来る人達なんだから。いや、あんた達しか出来ないと思うわ。金にはなんないけど自分の、いや甲賀の誇りのためにね」
それには、みんなが拍手で答える。
こうして、甲賀・信濃の夜は更けていった。
※※※つづく~※※※
今回もお読み頂きありがとうございました。
久々に、捕物の話でした。
この事件は、場所・時期は違いますが、実際にあった事件と聞いています。
もっとも、この頃。
京都の四条大橋の辺りでは、しょちゅう首が晒されていたので、それはそれで許されない事ですが、これは更に詐欺なので、より悪質です。
しかし、これからお華は、この手の(御用盗など)が増えていきますので、ドンドン忙しくなって行きます。
これからもよろしくお願い致します。
ではまた、次回。




