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お華の髪飾りⅡ  作者: 本隠坊
41/65

㊶229年目のご挨拶

この物語はフィクションです。

 登場する、人物などは架空でございます。

 また、歴史的な出来事に沿って進めていますが、

 事実・史実とは異なる部分があります。

 どうか、ご了承ください。

(1)


 お華は朝から叩き起こされた。

「おはようにございます。信吉にございます!」

 と些か大きな声で呼ぶので、診療所のお華と、もちろん優斎も直ぐ起き出す。

 優斎が玄関先まで行くと、笑顔で、

「おはよう。信吉さん。こんな朝からどうしたんだい?」

 と、優斎は笑いながら中に引き入れると、

「申し訳ありません。先程、八丁堀の方に知らせがありまして。お華さんに大奥の年寄様から至急来る様にと」

 優斎は少々驚き、

「大奥が? こんな速く?」

 まだ明け六つの鐘が鳴ったばかりで、魚屋ならともかく、診療所にはだいぶ早い。

 お華もまだ眠たそうな顔で、二階から下りてくると、

「おはよう信ちゃん。瀧山様が? 一体何だろ」

 と言うのだが、信吉は慌てた様に、

「何でも、瀧山様というよりも御台様の仰せだそうで。旦那様より奥様が慌てて、お華さんに知らせよと仰るものですから」

 それには、優斎とお華も驚く。

「宮様……」

 そう言われてしまっては、お華は慌ててそこを飛び出し、屋敷の方に駆けて行く。

 仕度の為だ。

 優斎は、信吉に笑いかけ、

「これで大丈夫だよ。あとはあの人が何とかするでしょ」

 信吉は安心した様な顔で帰って行ったが、優斎は首を捻る。


 お華は得意の早仕度で、早速、江戸城に向かった。

 そこに残った、おかよやお秋は、不思議な顔で送り出す。

 おかよが、朝食を摂りに来た優斎に聞くと、彼は笑って、

「大奥に至急来いってさ」

 それにはおかよも驚き、

「大奥ですか? 来いってったって……」

 優斎は大笑いして、

「全く、ここも大奥の屋敷か何かと思われてるだろう。そこまで近くではないんだがな。ただ、御台様の御用事だそうだ。一体、何だろうね」

 これにはおかよは更に驚愕する。

「み、御台様って、将軍様の奥方様、そしてそのお方って……」

 優斎は微かに笑って、

「そう、内親王・和宮様だよ」

「ひえ~」

 とおかよは、声を上げて驚く。


 さてそのお華。

 勝手知ったる大奥とはいえ、朝っぱらから平川にやって来て、さらに七つ口に行ったところで誰もおらず、門も閉ざされている。

 当然である。

 ここが開くのは巳の刻(午前10時)頃と決まっているからだ。

 しかし、お華はそんな事は関わりなく、扉をドンドンと叩く。

 そうすると、中で寝泊まりしている伊賀の若い男がやって来て、「誰です?」と懐に手を入れながら、脇の戸を開けると、お華を見て目をパチクリ。

 しかし、お華は、

「何、驚いてんのよ。あたしゃ朝っぱらから瀧山様に呼ばれたのよ!」

 と少々不機嫌そうだ。

 さすがに知っているお華だから、彼も何の抵抗もなく、招き入れる。

「ちゃんと閉めとくのよ」と言われ、苦笑いしている男を尻目に、七つ口の普段、鍵番が座っている所から、

「お華にございます! 仰せによりやって参りました!」

 と大声で、長局の方向に叫ぶと、何と瀧山本人が早足気味でやって来た。

「おお、お華。よく来た」

 頭を下げたお華は、

「滝山様、一体どういう事で?」

 と聞くが、瀧山は、

「ま、入れ」

 と中に引き入れた。

 そして、対面所に連れて行かれる。

 暫くそこで待っていると、宮様と天璋院が、朝の拝礼を終えた後と思われる二人が、一緒に入ってきた。共の中臈達は廊下に待たされている。 

 お華は平伏し、

「これはこれは、宮様。天璋院様。おはようございます。お呼びにより、まかり越しました」

 と笑顔で再び頭を下げる。

 宮様は笑顔で、

「お華。久方振りじゃ。朝早くすまぬの」

 と言って頂き、天璋院も同じく、ご苦労と言葉を掛けてくれた。

 するとお華は、

「とんでもございません。でも本日は一体、どの様な……」

 と聞く。

 すると天璋院が、

「実はな。お上がこの程、上洛されることが決まったのじゃ」

 などと言うから、お華は、宮様の顔を見ながら驚く。

「上洛? 上様がご上洛でございますか? これはまた何故?」

 すると、瀧山が難しい顔で、

「この度のご上洛は、実に229年振りの事」

 それにはお華も驚愕し、

「229年? そう仰られると、上様がご上洛など、ついぞ聞いた事ございません。何用あっての事にございますか?」

 瀧山は頷き、

「そなた、先日、勅使が江戸城にお見えになった事は知っておるか」

「あ~はい」

「その折から、一度上様に語上洛を願い、攘夷について帝が話し合いをしたいと仰せになられていると申しての~」

「攘夷?」

 お華は再び驚いてしまう。

 すると天璋院が、

「恐らく、いつ何時までに条約を破棄し、外国人を我が国から追い出す日を決めろ。ということなのだろう」

 と言った途端、お華は途端に怒りの表情になり、

「それは、お止めすることは出来ませぬか?」

 少々、声高く宮様に向かって言う。

 その勢いに、和宮も少々驚いたが、

「ならぬのじゃ」

 と、首を振りながら、如何にも悲しそうに言う。

 お華は一度頭を下げ、

「宮様には、少々ご無礼な事を申し上げます。お許し下さい」

 と頭を下げ、そして今度は、天璋院そして瀧山に、

「攘夷の期限? 本気で仰ってるのでしょうか? これが朝廷のご意志と仰るなら、この者達、相当、愚かと言わざるを得ません!」

 と言い切った。

 これには天璋院も驚き、

「我が方の侍では、到底敵わぬと?」

 すると、お華は、

「天璋院様。薩摩の者も、先日、生麦で攘夷を決行し、朝廷から褒美の言葉を受けたとか。まさか、そんな事に調子に乗って、その様な事を上奏したのでは無いでしょうね」 

 と言われ、天璋院は笑って、

「あれは、そなたが薩摩兵三十人を見事に潰したそうではないか。そんな事ではない」

 些か苦笑気味で言うから、宮様は仰天し、

「お華が、そんな事を?」

 と宮様が聞くから、天璋院が、

「全く、お恥ずかしい事でございます。この者、イギリス人を助けようと、薩摩との間に入ったそうで、まだ斬り込もうとする薩摩兵三十人を討ち果たしたそうにございます」

 宮様は、お華が強い事は知ってはいたものの、そこまで強いとは驚きの顔である。

 しかし天璋院は、

「そなたが、異人とはいえ、女を斬るなど、侍の風上にも置けないと言っていたと聞いたぞ。だが、今回の事はソレとは関係が無い。ただ帝のお考えだそうでな」

 お華は憤然とした顔で、

「別に殺してはいませんよ。あれは薩摩が愚かなだけで、女だと侮って迂闊な攻撃を行うからです。しかも、あれらは英国人でも、ただ女づれの遠乗り、ただの庶民にございます。これを討って褒美だなんだと言って、お言葉を与える帝様も帝様にございます!」 

 これには和宮も、苦笑している。

 そしてお華は、

「皆様、よろしいですか? もし今、江戸とアメリカ・イギリスが戦など致しますと、戦艦、いくさぶねにございます。これが品川沖まで出てしまい、大砲、三発程度で、このお城は吹き飛んでしまいます。そしてあっという間に、町民・侍は勿論、そして皆様方も火の梅に、投げ出されてしまいまする!」

 もうこの辺になると、お華の言葉は半分怒って言い放っている。

 そして、彼女は続けて、

「天璋院様。まさか、あなた様も、あれは仕方が無いとでも思ってらっしゃいませんよね」

 天璋院は、いやこの場合の気持ちは、篤姫だが、大きく目を開け、大きく首を振る。

 お華は続けて、

「生麦の一件。私が止めましたのは、いくら我が国の常識が、行列を邪魔する者は斬られても仕方がないと申しましても、それはこの国だけの事。向こうの人達は只の遠乗りで、人を殺し女まで殺そうとするなんて! と向こうの公使も相当お怒りの様でした。これは、下手すると江戸は勿論、薩摩半島でも攻撃が起こり、清国・上海のの二の舞の恐れがあります。実際、英国はそういう事もしているのです。挙げ句の果てには、帝のおられます京都でさえ、簡単に砲撃されてしまいます。皆様も二十一発の礼砲の音をお聞きになった事がございましょう。あれが本当の弾に変わる事になるのです!」

 とお華は言い切った。

 さすがに、これには誰も言葉が無い。

 すると、ようやく瀧山が、

「やはり、ご上洛は思い止まって頂いた方が良いかの?」

 それにはお華は、首を振り、

「しかしもう、お返事もなさったのでしょう。ですがせめて、攘夷の期限などは決してお決めにならないようになさった方が得策にございます」

 と頭を下げる。

 すると、天璋院は、

「宮様、いかがでしょう?」

 と聞くと、和宮も、

「お華が言う事じゃ、その通りなのであろう。わらわの方から上様にお話ししてみよう」

 お華は、笑顔で、

「お聞き届け頂き誠にありがとうございます。そうでもしませんと、宮様をお助けしようとしましても、私程度では何とも仕様がありません。結局、宮様と一緒に空にでも飛ばされるのが落ちにございます」

 これには、皆笑い。

 そして瀧山が、

「そういうことだから、上様御不在中は、そなたは宮様をお守りせよ」

 こうなっては仕方が無い。

「はい。承知致しました」

 とお華は平伏する。


 実のところ、将軍上洛は、生麦事件を受けて横浜にイギリス戦艦が次々入港しているとの知らせを受け、些か急いで決めた様だ。

 東インド会社に委託し、駐留しているイギリス太平洋方面の艦隊である。

 さすがに幕府も危機感から、早急に京に上洛し、事態を沈静化させようと考えた様だ。

 しかしながら、攘夷期限など決めてしまえば、不戦を決めている江戸はともかく、どこか他藩で攻撃を始めてしまうかも知れない。

 実際にこれから大変な事になるが、それでも、京都の攘夷派を落ち着かせようと考えたのだろう。


(2)


 お華は、大奥を辞し、この時は平川門ではなく、二の丸沿いの白鳥堀横を通り過ぎ、大手門まで行った。

 大手門は、十万石の譜代大名二人が門番の役を務めている。

 開門前であるし、何より、通常は女の通行など許される筈も無いが、お華は例の調子で、

「大奥・天璋院様、御用のため」

 と言いながら、通用門を何の咎めも受けず通り抜けた。

 さすがにこの名前は大きい。

 そうしてお華は、このまま北町奉行所の横を通り抜け、八丁堀に行くつもりだった。

 現在で言えば、東京駅を通り抜け、呉服橋を渡って八丁堀へ。という道順である。

 すると、向こうで駕籠から降りている侍の姿を見付ける。

 良く見ると、勝麟太郎、後の海舟であった。

 それに気が付いたお華は、大手を出て堂々と真ん中を進んでいく。

 ここら辺は、普段なら大名・役人などのお供で混雑しているものだが、今はまだ早い時分だったので人は余り居なかった。

 門の方を見た海舟はお華に気づき、既に頭を掻いている。

「勝様!」

 とお華は大きな声を上げて走り寄るから、勝は「あ~」と空を見上げる。

 そして、

「な、なんじゃお華。お城にまで何用じゃ、しかも大手を堂々と」

 と言うから、お華は、

「ご存じでしょ、大奥ですよ、大奥」

「あぁ」

 と額に手を当て、勝はガックリと頭を落とす。そして、

「そんな勢いで来るって事は、聞いてしまったんだな」

 お華は頷き、

「そりゃそうですよ。しっかし、上洛って一体どういう事です? 勝様も賛成なさっての事ですか?」

 それには勝も、高速で首を振りながら、苦笑し、

「んな、そんな事お勧めなどせん。今一番、悪い時じゃ」

 するとお華は、

「それよりも期限ですよ、期限。こんなもの決して決めてはなりませんよ。そもそも、勝様が私らに言った事ですよ、品川から大砲討たれたら、この」

 とお華は手を広げ、

「このお城だって、叩き潰されてしまうって」

 勝は、些か笑って、

「そんな事、言ったかのう?」

 と惚けるが、お華は続けて、

「御所だって、大阪からは遠いけど、あの者達は車に乗っけた大砲も持ってますから、簡単に丸焼けになってしまいます」

 これには勝も驚いて、

「お前さん。よく、そんな事まで知ってるな?」

 お華は笑って、

「だって、私、横浜でイギリスの黒船に乗っけて貰いましたもの」

「え! お前いつの間に?」

 お華は笑って、

「私が女だからですよ、色々、見させていただきましたよ。確かに、艦首の大砲はとても大きく、砲弾と言う物? これも見せて貰いました。あれってまん丸じゃ無くて、細長い奴なんですね~。これは、ただ建物を壊すだけで無く、落ちて爆発するものだそうです。恐らく横浜からでも、江戸近辺は大火事でしょう。その大八車みたいなのに乗せた大砲だって、相当な物でしたよ」

 勝は驚愕して、

「わしでさえ、見てない物を……」

 と海軍伝習所を作ろうとしている勝は悔しそうに言ったが、一転、

「それを、女だからって、お華に見せるとは奴らも抜けてるな」

 などと大笑いである。

 お華も「だって、あたし忍びですもん」と笑う。

 するとお華は、

「そう言えば、薩摩の件はどうなりました?」

 それには勝も厳しい顔で、

「どうも拙いな。賠償金はお上から支払うと決めたのだが、下手人の引き渡しを薩摩がゴネててな」

 今度はお華の方が笑い出し、

「下手人は薩摩の殿様ですよ。私見てましたもん」

 勝も笑い出し、

「まあな。しかし、下手人は逃げただの何だの言い張って、話が纏まらんわ」

 すると、お華は、

「これは、やられますよ薩摩。だって、横浜じゃ直ちに薩摩に軍艦を! とかイギリスの公使代理って人? そう言ってましたもの」

 それにはさすがの勝も、

「本当か? やはりまずいな~」

 と腕を組む。

 

(2)


 勝と別れたお華は、奉行所には寄らず呉服橋を渡って、そのまま八丁堀に向かった。

 そして、浩太郎の屋敷前まで来ると、丁度、おさよ達が、玄関から出てくる所だった。

「姉上!」

 お華が声をかけると、おさよも笑顔で、

「あ、お華。丁度良かった」

 と言うのだが、そこにはおさよ他子供達に、祐三郎やお秋まで居るから驚いて、「なんであんた達まで?」

 と手を伸ばしながら言うと、おさよが、

「秋ちゃんが教えてくれたのよ。お屋敷に姉小路様がお越しになってるって。だからご挨拶にね」

 お華は驚愕して、

「姉様が~? 何で姉様が……」

 と言うと、今度はお秋が、

「あの勝光院様と仰る方が、お華はどうしたとか仰る物で、とにかくここへ。所で姉小路様って誰ですか?」

 などと聞くから、お華は笑って、

「あ、そうか。あんたはまだ知らないよね。姉小路様がご出家されて勝光院を名乗ってらっしゃるのよ。あの方見たらなら分かるでしょ? 私なんかは前から知ってるから、姉小路様ってそのまま言っているけどね」

 すると、お秋は不思議な顔で、

「姉小路様って、あまり聞かない名前ですけど、どなたなんです?」

 それには、こんどはおさよが、

「元、大奥の姉小路様よ」

 それにはお秋は驚愕し、同時に妙に恐ろしい物でも見るような顔になっている。

「大奥……」

 お華は少々笑って、

「まあ、あなたもご無礼の無いようにね」

 と言うのだが、おさよは、

「貴方が一番のご無礼者でしょ」

 と言うから、祐三郎と新之助・お春は笑っている。

 そして歩きながら、

「でも姉上。何で姉様がこんな刻限に?」

「なんでもお引っ越しだそうよ」

 お華はまた驚き、

「引っ越し? どうして?」

 と首を捻る。がそれはおさよも分からない様だ。

 

 そして、とにかく屋敷に急ぐ。

 診療所の辺りから、荷物を積んだ台車が並んでいて、お華は目を見張る。

 早速、廊下の敷石の辺りから屋敷に上がると正面に姉小路が座っていた。

 綾瀬とおるいが、笑顔で横に座っている。

 なんと、お話し相手は優斎だった。

 お華は、頭を下げながら、優斎の隣に行き、

「これはこれは、姉様。突然のお運び。慌てて帰ってきましたよ。お引っ越しとは一体、どういう事にございます?」

 と平伏する。

 姉小路は笑い、その事より、

「大奥に行ってたそうだの。こんな朝早くからどうしたのだ?」

 お華は、頭を上げ、

「実は、この程、上様が御上洛なさると言う事で」

「なに御上洛?」

 それには、本人は勿論、優斎と後ろの祐三郎の方が驚いている。

 姉小路よりも先に、優斎が、

「上様が? 一体どういう事で?」

 しかし、それにはお華は皆を見回し、

「それは後で」と意味ありげに笑って、

「それよりお引っ越しとはどういう事で?」

 と聞くと綾瀬が口を開き、

「ちょっと、あそこが住みにくくなっての。御前とお話しして引っ越そうとなったのじゃ」

 平然と言うが、元の屋敷は長門清末藩の江戸屋敷。

 お華は、ピンと来て、

「長州から苦情でも入りましたか?」

 と聞くと綾瀬は、首を振り、

「毛利様に言われた訳では無い。ただな、少し窮屈になってな……」

 と言うのだが、長門清末藩は支藩の支藩、孫藩ということもあって、本藩の圧力に耐えきれなくなったのだろうと、お華は想像した。

 しかし、それならそれで気も楽というもの。

 お華は姉小路に、

「で、どちらに行かれますので? 姉様」

 姉小路は笑って、

「本所にした」

「え! 本所? ここからえらい近いですねぇ」

 すると姉小路は、

「ちょうど、旗本屋敷が空いたのでなぁ、あそこは回向院も近いし、わらわにもありがたいと思うてな」

 本所・回向院は浄土宗の寺院。

 勝光院でもある姉小路には同宗派でもあるし、何かと都合が良い。

 お華にしても、おゆきの両親の供養塔もあるし、縁がある。

 それよりなにより、本所なら道一本の近場。お華にしても助かる。

「それはそれは」

 とお華は笑顔で、後ろに手をやり、

「それでしたら、今日は働き手も連れておりますので、さっさと終わらせましょ」 それには、新之助と祐三郎は唖然とする。

「働き手って私達の事?」

 と祐三郎は嘆くが、しかし嫌とは言えない伊達家の事情。

 新之助は最初から、有無など言えぬ。

 結局、二人ともお華の言いなりなので、二人とも手をついて、

「何なりとお申し付け下さいませ」

 と言うしかない。

 おさよは口を手で押さえて笑いが止まらない。

 そして、お華はお春にも、

「あんたも一緒に行きなさい。小さな物ぐらいは運べるでしょ。でも、丁寧に運ぶのよ。それに新しいお屋敷が汚くならないように気を付けるの。そしてお掃除もね」

 お春も、ガックリとしながら、

「はい。承知しました」

 と頭を下げる。

 そしてお華は、

「じゃ、綾瀬様とおるいちゃんについて行きなさい。姉様は私がお送りするから」

 号令をかけられ、みんな渋々庭に降りていく。

 さて残った、姉小路、おさよ、優斎・お華は笑って見送る。

「すまないな優斎、おさよ。引っ越し手伝わして」

 と姉小路が言うのだが、おさよは笑顔で手を振り、

「いえいえ良いのですよ。お引っ越しのお手伝いぐらい出来なきゃ、男として頼りになりませんから」

 優斎も笑顔で、

「あの男も、引っ越し程度で音を上げるようなら、伊達の殿様のお役には立てませんから」

 と二人、頭を下げる。

 お華は、七重を畳で転がして遊んでいたが、七重は姉小路に気づき、這って突進していった。

 どうも、お吉と勘違いしている様だが、姉小路は「よしよし」と優しく抱き上げ、膝に座らせるとおとなしくしているから、満足している様だ。

 すると、姉小路は、

「して、上様御上洛はもう、お決まりなのか?」

 とお華に聞くと、

「はい。その様です。どうも朝廷の要求に、言い負けてしまったようです」

 それには優斎が、

「上様御上洛というのは、前の御上洛は、随分以前の事と聞いてますが……」

 姉小路も頷き、

「そうじゃ。確か三代大猷院様の頃が最後と聞いている」

「三代って家光様? だから229年前なのか……」

 お華が感心しているが、おさよは、

「でも、こんな時期に御上洛とは何の為に?」

 それにはお華が、多少不機嫌な顔で、

「攘夷の期限を決める為みたいですよ」

 と吐き捨てる様に言い放つ。

「攘夷の期限?」

 と姉小路と優斎は、意外な言葉に大いに驚く。

 お華は、

「期限がきたら、条約を破棄して外国の勢力を実力で追い返すそうですよ。全く、どこにそんな実力があるのやら、どうも、恐れながら京都のお考えもお気楽なもので」

 それには、姉小路も七重の頭を撫でながら、

「困ったもんじゃのう~」

 と笑っている。そして、

「以前であれば、その様な要求、即座に撥ね付けておったがのう。時代が変わった様じゃ……」

 悲しそうに、そして静かに言う。

 するとお華は、優斎に、

「ということでね。上様ご不在中の宮様の警固を頼まれたんだけど、良いかしら?」

 と聞くと優斎はおかしそうに、

「良いも何も、もう承諾のご返事はしてるんでしょ」

 それには、お華も小さな声で、

「まあ、そうなんですけど……」

 と言うから、姉小路とおさよは笑っている。


(3)


 さて、幕府関連の話が終わった後、暫くして姉小路・お華は本所に向かった。

 新之助が迎えに来たのだ。

「ところで、お屋敷はどの辺なんです?」

 と、歩きながらお華が聞くと、姉小路は、

「小竹蔵の裏じゃ」

 現代で言うと、およそ江戸東京博物館の裏側、北斎通りの辺りだろう。

 すると、お華は、

「あら、それはそれは、何かと近いですね。丁度良いわ」

 と喜んでいる。

 早速、到着すると既に、荷物持ちの職人達は消えており、搬入自体は既に終了していた様である。

 お華は屋敷を眺めながら、

「なかなか、こぢんまりとして、良いお屋敷ではないですか?」

 と感心しながら、姉小路と座敷に庭から上がる。

 祐三郎は部屋の隅でぐったりと座っているが、お春は、最後の拭き掃除をしていた。

「感心、感心」

 とお華はお春を褒めるが、祐三郎には、

「何だ、もう限界なの? 情けない!」

 と笑いながら怒っている。

 もっとも、疲れすぎて祐三郎は返す言葉も出ない。

 お華は、綾瀬に、

「お疲れ様にございました」

 と頭を下げると、綾瀬とるいは笑顔で、綾瀬が、

「三人とも、よくやってくれたわよ。みんな、ありがとうね」

 祐三郎と二人は安心した表情で、平伏する。

 姉小路も綺麗に片づいていて満足そうだ。

すると、綾瀬が、

「実はねえ、お華。前の下女が引っ越しと言う事もあって辞めてしまってね。誰か、代わりに良い人いないかしら?」

 その様な話になると、さすがにお華も眉を寄せ、頭を傾げる。

 しかし、お華はあることを思い出した様で、

「まだどうか分かりませんけど、ちょっと声をかけて見ます。なにしろ、姉様のところだし、誰でもという訳にはいきませんから。ま、少々お待ち下さい」

 そしてお華は綾瀬に、

「今日の食事などは、我が姉が手配してくれますので、ご安心下さい」

 と頭を下げ、

「では姉様。とりあえず、ごゆっくりなさって下さい。ここなら気を遣う必要はありませんからね。兄上にも言って、間違いの無いように見張ってもらいますから」

 姉小路は笑顔で、

「うん。すまんの。よろしく言っといてくれ」

「はい」と四人は、そこを出た。

 

 お華は、早速、お春の肩を叩き、

「意外としっかりやるのねぇ~。見直したわよ」

 と言うのだが、お春は、

「いや~おばちゃん。緊張したよ~。いつ怒鳴られるかと思ってさ」

 お華は楽しそうな顔で、

「まあ、大奥に居た人だからね。新任の中臈なんか、いつも怒鳴られてたもの。でも、さすがに町中に降りられるとそこまではないでしょう。御本人も、そんなことばっかり言ってたら疲れるもの」

 と大笑いだ。

 するとお華は、

「みんな! ちょっと寄るとこあるから、付き合って」

 と言った。

 祐三郎は、また何か? と警戒した顔になっていたが、お華は、

「バカね。ただ立ち寄るだけよ」

 と言って、暫く歩くと一件の鍛冶屋の前に着いた。

 おさよなら当然知っているところだが、お華以外は初めてだ。

「こんちわ」

 と腰高障子を開けると、中の女が高い声で「いらっしゃいませ」と挨拶する。

 座って下を凝視していた男も、顔を上げ笑顔で、

「あ、お華さん、いらっしゃいませ」

 と頭を軽く下げる。

 そう、ここは寛太の店。

 つまり深川、おみよの、祖父の店だった所だ。

 今は、そのおみよの祖父も亡くなってしまい、今は寛太が後を継いでいる。

 お華以外は、「なんでこんな所に?」と思ったが、お華が、

「あんた達は、その辺適当に座って。女将さん悪いね」

 それには、女将さんも、

「何を仰いますお華さん。いつもご贔屓にありがとうございます」

 と頭を下げ、お盆を持って、お茶出しに入って行く。

 祐三郎が、

「ここはどういう?」と聞くから、

 お華はいきなり頭から簪をスパっと抜き、いつもの的に投げ打つ。

 そして、

「この人はね。これを作ってる職人よ」

 と言うから、三人とも大いに驚いた。

 寛太は笑いながら、立ち上がり刺さった簪を抜いてお華に渡すと。

「改めて、皆さんいらっしゃいませ。私はお華さんに無理な注文をされ、困っている職人にございます」

 と頭を下げて言うから、みんな笑ってしまった。

 そして寛太はお華に、

「この前、おゆきちゃんが来て、いきなり三十本頼まれましたけど、あの子も何でか良く分からなかった見たいですけど、一体何です?」

 と聞くから、それには祐三郎が「あっ」と叫び、「それは……」

 と事情を説明した。

 寛太は驚き、

「薩摩様と? お華さんが?」

 と絶句し、

「戦でも始めるつもりですか?」とここでも言われ、大笑いだ。

 しかしお華は、

「仕方無いでしょ。襲ってきたら当然、やり返すわよ」

 そして、何とも言えない顔で、

「あんた。おじいちゃん亡くなったけど、しっかり後を継いでるようね。簪投げれば充分わかるわよ」

 寛太は笑って、

「ありがとうございます。でも、薩摩なんかと戦するために作ってる訳じゃないんですけどね~」

 これもまた、皆笑ってしまう。

 するとお華は、祐三郎に、

「ほら、前に私が横浜で勧めた包丁やハサミ。評判良いんでしょ?」

 それには祐三郎も驚いて、

「え? そうですけど、あれもここで?」

「そうよ。この子が作ってるのよ。寛太!」

「はい」

「あんたの包丁とハサミ、イギリスやアメリカ人に大評判だってよ。凄いじゃない、簪だけじゃないってとこも見せられて」

 これには寛太も、喜ばれていると聞いて笑顔になり、

「本当ですか? それはありがたい」

 と祐三郎に頭を下げるが、しかし祐三郎は、

「でも、やっぱり簪手裏剣が評判が良すぎて……なんとアメリカじゃ大統領まで飾って見てる位ですから」

 これには寛太も驚き、お華とみんなも苦笑している。

 するとお華は、新之助とお春に、

「あんた達の、母上の小太刀や、父上の小柄もここで作っているのよ。覚えておきなさい」

 それには、寛太の方が驚いて、

「え、旦那様のお子様方ですか、これは失礼致しました」

 と大きく頭を下げ、

「初めまして、寛太にございます。旦那様にはよろしくお伝え下さい」

 と頭を下げる。

 新之助とお春は、微かな驚きと、それを知ることが出来た嬉しさに顔がほころぶ。


 そしてお華は、

「ところでさ、今日は簪の催促で来たんじゃないのよ。あんたの妹。確か仕事を探しているって聞いた事があったけど、もう決まったの?」

 それには寛太より、

「いらしゃいませ、お華さん。皆さん」

 と母と一緒にお茶を持って来た妹が、お茶を出しながら挨拶する。

 そして、本人が、

「まだなんですよお華さん。兄が、ちゃんと、しっかりしたとこじゃないといけないとか言うもんでね」

 と笑い、

「そんな、兄の言う様な都合の良いところなんか、あるわけ無いと私は思うんですけどね~」

 お華は、「ほう!」と声を上げ、

「寛太。あんた自分の昔は棚に上げて、随分と偉そうな事言うんだね~」

 と言われ、寛太はさすがに慌てて、

「い、いや、私がそうだったから、この子には間違いとか無い様にと……」

 恐縮している。

 もうこの辺で、祐三郎達は、お華が何を言おうとしているのを察した様だ。

 みんな笑顔になっている。

 お華はそこで、

「あのさ、それなら、一つ紹介したいところがあるんだけど……」

 これには寛太より、座っている母親の方が気になった様で、

「どういうところです? お華さん」

 お華は頷いて、

「武家屋敷の下女奉公なんだけど、どう?」

 それには、寛太と母親が驚いて、

「お武家?」と叫ぶ、本人も目を丸くして聞いている。

 下女奉公と聞くと、今の人には嫌な思いをされる人もおられるかも知れないが、この頃での下女奉公は、行ってみれば、女にとって、出世も夢見る事が出来る職。

 吉原などの奉公に比べれば、世間的にもかなり喜ばしい職であった。

 例えば、五代目将軍・徳川綱吉の母・桂昌院は八百屋からの下女奉公からの出世で、後に「従一位」の官位を受けるまで出世したと言われている位だ。

 もっともお華の話は、そこまでの話では無いが、程度の差はあれ、この先、良い未来が約束されるかも知れない。

「あなた、おしのちゃんと言ったわね。どう? 下女奉公だけど」

 しかし、寛太の方が、

「でも、この子にそんなところ、勤まるんでしょうか?」

 お華は笑顔で、

「武家奉公と言っても、ちょっと変わっててね。当主は女の人なのよ」

「女の人?」

「そう。当主は元、大奥・上臈年寄筆頭で大奥総取締だった、姉小路というお方でね」

 それにはおしのより、そばで聞いていたお春の方が、

「上臈年寄? ひ、筆頭?」

 と驚愕している。

 お華は振り向いて少々笑い、

「あら、お春。あんた姉上から何も聞いて無いの?」

 お春は首を振る。

 新之助でさえ、

「大奥総取締なんて、私も、そこまで聞いていませんでしたよ。ただ、大奥で母上がお世話になったお方としか……」

 お華は大笑いして、祐三郎に、

「まあ、さすがにあんたは知ってたよね」

 祐三郎は「そりゃもちろん」と笑顔で頷く。

 するとお春は、

「おばちゃん。筆頭って、一番偉いって事?」

 など聞いているが、お華は多少呆れた顔で、

「あのね。あの方が大奥に居る頃は、御台様がおられなかったから、実質、朝廷を除いて、我が国で一番偉い女の人よ。将軍様も気を遣い、ご老中でさえ頭下げてお願いしなければならない人だもん。私やあんたは御家人の娘だから、本来は今日みたいに面と向かってお話しできる方では無いの。下手すると廊下か、庭にでも降りて申し上げなきゃならない人なのよ」

 お春はひっくり返っている。

「まあ、今は大奥を引かれてるから、それ程煩くは言わないけどね」

 とお華は言うが、お春は驚いたままだ。

 お華は笑顔で、寛太とおしのに顔を戻し、

「侍の娘でさえ、この調子だからね」と言いながら、

「お春! ちゃんと丁寧にお運びしたんでしょうね。あれは、殆ど上様からの下され物ばかり。一つでも壊してたら、物によっては兄上は切腹。あんただって下手すると一生働いて埋め合わせ出来ないものばかりよ!」

 若干、脅かしも含めて笑いながら言うと、祐三郎が、

「大丈夫です、私も確認してましたから、綾瀬様も笑いながら見てましたよ。何かあれば、私だって大変な事になりますから。でも、あえて綾瀬様は何も言いませんでした。やはり下手に言うより、知らない方が安全とお考えだったのでしょうか?」

 お華は笑い、

「ほら、見てご覧。お春は今頃震えているよ。さすが綾瀬様。若い子にはそれが良いとご判断なのでしょ。大したものだわ」

 お春は本当に震えている。

 さてお華は寛太に、

「聞いた通り、あのお方は、今の御台様の御親戚でもあるお方だけど、もう今は引かれているし、おしのちゃんに一々、何だかんだとは言わないと思うから、自分の中で充分注意をしてさえいれば、大丈夫だと思うよ」

 しかし、本人より母親の方が心配そうな顔をしている。

「それに女将さん。そういうところで働けば、大奥で働く事とかわりないし、でも大奥と違って、何かあればすぐ辞める事もできる。嫁入りとかね。その嫁入りも、その嫁入り修業としても、これ以上の事はないからね。一月後、二月後、おしのちゃんを見たら驚くわよ。まあ最初は見習いということで、年、一両二分ってとこかしら」

 と雇用条件まで言って笑う。

 武家でも商家でも、一両二分は下女の相場である。

 そして、

「寛太! そしておしのちゃん。文句はないわね?」

 と念を押す。

 それにはさすがに、寛太も笑顔で頭を下げ、

「ありがとうございました。文句どころではございません。こんなありがたいお話頂戴して、本当に感謝しております」

 よ~し、とお華は立ち上がり、

「じゃ、明日私が連れて行くから、用意しといてね」

 と言って立ち上がり、まだ、ショックが隠しきれないお春に、

「これ、お春、行くよ!」

 とお尻を叩き、出て行った。


 お春は、まだ下を向いて歩いている。

 余りの事に、自分の仕事が心配でしょうが無い様だ。

 それをお華は笑いながら、

 祐三郎と三人、両国橋を渡っていく。

 

(4)


 翌日、お華は早速寛太と母娘を連れ、姉小路の元へ。

 さすがに綾瀬は呆れ、

「下女のこと頼んだのは昨日よ~。もう連れて来たの?」

 と些か笑っているが、お華は、

「いえいえ、この様な事は早く決めた方が、姉様も都合がよろしいでしょうし」

 と言うから、綾瀬は直ぐに姉小路に知らせ、直ぐに面接となった。

 お華とおしのが前に、少し後ろに、寛太と母親が座り平伏している。

 姉小路は笑いながら、

「さすがお華は仕事が速いの~」

 お華も笑顔で、

「たまたまにございます。姉様が本所にいらっしゃったので、やりやすくなりましたし……」

 と言って、早速、おしの、そして寛太と母親を簡単に紹介する。

「この子は、今、申しました通り、本所の在で今年十五。丁度良いと思いましてね。そしてこの子は、大奥で言う三の間程度の事は出来ますし、鍵番が勤まるくらい客商売もしておりました。更に裁縫も多少は出来ると言う事なので、綾瀬様やおるいちゃんが、行儀作法を厳しく仕付ければ、直ぐに働ける様になりましょう。姉様、如何です?」

 すると、姉小路はおしのを見ながら、

「商売とは何じゃ?」

 するとお華が、

「それは私から説明しましょう。この後ろの男、寛太と申しますが、この男、鍛冶屋にございます」

 これは意外な答えだった様で、綾瀬が「鍛冶?」と聞き返す。

 お華は、一度頭を下げ、

「実はこの者。私のこれ」

 と簪を抜いて、目の前に上げ、

「これを作っている男なのです」

 などと言うから、姉小路は勿論、綾瀬・おるいも驚いた。

 お華は続けて、

「この者の家は、簪だけでなく、私の姉、おさよの小太刀も作っています。先代は私の亡くなった父と昵懇だった様です。まあ、今では簪専門みたいになってますがね」

 と笑う。

 別式女でもあった、おるいは、

「じゃ、今度私の小太刀も見て貰いましょうか」

 と嬉しそうだ。

 すると寛太が、

「この度は……」と挨拶した後、

「お華さんの簪は、どうも扱いが激しくて、この間もいきなり三十本作れと言うものですから、一体どこで、戦が始まっているのかと思う位でございます」

 この話は姉小路も聞いているので、途端に大笑いとなる。

 そして、姉小路が快く、

「それ程お華と繋がっているなら、わらわも安心じゃ。あとは綾瀬。手続きを」

 と言って、席を立った。

 お華とおしのは平伏し、後ろの母親も涙を零して喜んで平伏している。

 そしてお華は、綾瀬に、

「昨日は、うちの姪にお気を使って頂いてありがとうございます」

 と頭を下げる。

 綾瀬は笑って、

「実は私もヒヤヒヤしていたのじゃ。じゃが下手なこと言って、もっと酷い事になっても困るからの」

 そしてお華は、おるいに、

「おるいちゃん。申し訳無いけど、この子よろしくお願いします。とてもじゃ無いけど、ここの下女の着物らしいものなんてあるわけ無いから、何か見つくろってくださいな。それと小太刀は、速くこの人に」

 と寛太を指差し、

「磨いで貰って。最近は世間も中々難しくなって来てるからね」

 それには別の意味で、おるいも大きく頷き、

「承知しました」


 とこの一件も、めでたく落着した。


 そして、文久三年三月。

 十四第将軍、徳川家茂は上洛した。

 そう二百二十九年振りの事である。

 老中・若年寄などを供奉し、三千人を率いての上洛であった。


 そして、この年。

 京都の壬生で「壬生浪士隊」が出来た。そう後の「新撰組」が結成されている。

 これで、京都はまずます、血を血で洗う地獄になっていく。



※※※つづく※※※



 今回もお読み頂きありがとうございます。


 突然の前書きに驚いた方も、もしかしたらいらっしゃるかも知れませんが、

 前回㊵の蓄音機は、時代的に早かった。

 まあ、試作品と言えるかも知れませんが、エジソンの蓄音機が正式に発売され始めたのが明治10年ですからね~。

 まあ、お華の世界だけは特別と、お許し下さい。


 さて、今回はいよいよ、将軍家茂・上洛の話でございます。

 もちろんこの辺は事実です(笑)

 しかし、今だから言えるのでしょうが、本当に攘夷など本気で行おうとしていたなど、正気の沙汰とは思えません。

 まあこの後。壊滅的な、その間違いが如実に表れて来ます。

 そのお陰で、侍・町人など亡くなった方も大勢いらっしゃるだろうに、お気の毒と言わざるを得ません。

 お華は、ひたすら江戸が炎に包まれない様に願って、ああ無礼とも言える言葉を発していましたが、これは事実。

 この時の江戸は、いや昭和でもそうでしたが、大火事が起これば一溜まりも無い。

 そもそも、「明暦の大火」が物語っています。

 ましてや砲弾で起こされる火事では、江戸の火消しも消しようがありませんからね。

 やはり、町方同心の娘ならば、どうしてもそちらの方に気持ちが向いてしまうのでしょう。


 しかし、江戸の人間の殆どは、まだ他人事。

 この時期、庶民に危機感があるとは思えません。

 もう少し、時間が掛かるのでしょう。

 

 それでは、今回もありがとうございました。

 次回もよろしくお願いします!


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