㊱和宮親子内親王御降嫁
(1)
帝の妹、和宮は文久元年(1861)十月二十日。桂御所から江戸に向け、出発した。 中山道を使い、ひたすら未知の国、江戸を目指したのだ。
少し遅れた夕刻の江戸。お華の屋敷である。
座敷でお華はあまりの衝撃で、まだひっくり返ったままである。
抱かれている七重は、新たな遊びと勘違いしたのか、ケラケラ喜んでお華の胸をポンポン叩いている。
同じく座っている優斎と祐三郎・おかよは、含み笑いである。
正面のおさよが、
「分かった? お華ちゃん」
お華は、ようやく身体を起こし、
「ねえねえ、姉上。そりゃ一体どういう事? あたしゃ、京都に行って、今度は仙台に行って、今度は信濃? そりゃ、いくらなんでも……」
おさよも、微笑んで頷き、
「私だって重々承知してるわよ。でも行けってご命令だからさ」
「何、兄上が行けって?」
と聞くと、おさよは首を振る。
「あの人はむしろ、自分が行くつもりだった様よ。ところがさ……」
お華は、七重を膝の上に座らせながら、
「ところがって何よ。大体、何の為に信濃なんか」
些かお華は詰問調で聞く。
するとおさよは、一度頭を軽く下げ、
「お華ちゃん。これは内親王様の御降嫁。江戸にいらっしゃる為よ」
これには、さすがにお華も気が付いた。
そもそもお華は以前、その為に京都に行っている。気づかぬ筈もない。
優斎が、
「そうか。内親王様か。そりゃお華さん無理だ」
と言ってしまう。
優斎も同じく、京都に行っているから当然分かる。
しかし、お華はまだ食い下がる。
「確かにそれは大変な事だとは私も分かるけど、お付き(警護)の方だっていらっしゃるんでしょ? どれ位いらっしゃるの?」
おさよは頷き、
「お話によるとね、人足などを含めて三万人ぐらいかしら」
この数字には、お華は勿論、優斎・祐三郎も驚愕だ。
「さ、三万? それで中山道って、まるで合戦に行く見たいじゃない! そんなに居ても、私と姉上。おまけにこの小坊主も連れて行くの?」
小坊主と言われた新之助は、ムスッとしている。
ただ、お華の言う事ももっともだ。
警備の為だけにそれだけの人数を連れていくなど、日本史上初めての事と言って良い。
しかしおさよは、ここでお華にトドメを刺す。
「そう私もね、最初はそれ聞いて何で? とは思ったけどさ、これは、大奥筆頭お年寄の瀧山様、そして姉小路もからもお申し付けがあってさ、しかも瀧山様のお使いによると、この事、内親王様御自らのご希望だそうよ」
これには、お華はまた驚愕する。
優斎は微笑み、
「お華さん、こりゃ絶対無理だ。完全に退路は断たれたよ」
お華も、ガックリ七重の頭の上に顎を乗せ、
「そうだね……」
ここで、お華の抵抗も終わった。
「で? 中山道で信濃って?」
おさよは微笑んで頷き、
「ご一行は、二十日に京を立たれるご予定だそうで、その通りなら明日出発すれば、行き会うのは信濃辺りって事よ」
お華は優斎に、
「また、信濃だって。呪われてるのかな?」
優斎は笑って、
「んな訳ないでしょ。でも、こんな時に信濃とは、神様も粋な事をなさる。むしろ心配要らないって事じゃないですか?」
お華は、ようやく頷いて、
「それなら良いんだけどね~」
すると、お華は新之助に向けて、
「あんた! しっかり歩くのよ。っていうか、姉上。なんでこの子まで?」
おさよは、新之助を見ながら、
「旦那様がね、それほど大勢の中に飛び込むなんて、一生のうち一度あるかどうか。後学の為、連れてって欲しいって言うからね」
「ふ~ん。まあ言われて見れば、それもそうね。一種の肝試しみたいなもんか」
と笑う。
すると、優斎が、
「今回の仙台の事は、旅の途中でこの人から聞いて下さい。それでは明日ご出発なら、速くお帰りになって準備なさる必要がございますでしょ。祐三郎!」
今度は祐三郎に、些か微笑みながら、
「姉上を八丁堀にお送りしてくれ。まあ、お前じゃどっちが送られるのか分からんが……」
それには、ガックリ肩を落としながらも承諾する。
すると、優斎は、
「仙台の話は明日。浩太郎さんにお話しするから、お前も一緒に聞きなさい」
はいと、祐三郎は承知する。
今度はおかよが、
「奥方様。お子さまは、こちらでお預かり致しましょう。女将がななちゃんを見てくれますし、ここには小さな子もいます。何と言っても、お医者も居ますから。それに、ノブさんが三味でも弾いてくれるでしょう。寂しい思いをしなくて済みますから」
それにはおさよも大喜びで、
「それは助かるわ。すみませんね女将さん」
それにはお吉も頭を軽く下げ、
「何を仰います。責任持ってお預かり致します。ご安心を」
話は纏まった。
(2)
翌日おさよ、旅支度で子供を連れ、お華の屋敷にやって来た。
新之助も同じく、旅姿である。
優斎以下、みんなが見送りである。
おさよは優斎に、
「先生。あの人がね。今夜は終わったら「すみや」に来てくれって言ってたわよ」
「ああ、姉上様もいらっしゃらないからって事ですね。承知しました」
と深く頭を下げる。
おさよは、七重を女将に預け、礼を言って出発した。
そしてお華も、些か元気のない顔で手を振り、同じく出発した。
さすがにまだ、ショックから立ち直れない様である。
さて今日の泊まりは、まずは板橋宿である。足慣らしというところか。
最も、お華にとっては、足慣らしどころの騒ぎでは無い。
板橋は、中山道、一番初めの宿場である。
そして同時に、川越街道の起点でもある。
江戸時代は、江戸四宿(品川・内藤新宿・千住宿)として有名な大きな宿場である。
三人一緒に歩いていると、お華は突然、
「新ちゃん! 姿勢が悪い!」
と叱りだした。
「え? そうですか叔母様」
と新之助は、些か不満そうに言うと、お華はビシっと、
「折角、剣術習ってるのに、そんな姿勢じゃ、弱く見えちゃうでしょ。姉上見なさい姉上。三人も子供産んでても、あんたより姿勢が綺麗でしょ!」
言われてしまった。
おさよは、
「子供は余計よ」
と笑う。
そしてお華は、
「姿勢が良くないとね。抜刀から何から全てが後手に回るのよ。強い人はそんな隙は見せません。兄上や優斎先生、そして千葉の先生だってそうでしょ」
「はぁ~」
次々、矢の様に言われ、彼も言い返せなくなる。
「歩きながら常に四方に注意を向け、どんな時でも直ぐ身体が動く様に姿勢を正しくするのよ。一歩遅れただけで、死んじゃう事だってあるんだから。分かった!」
新之助は、縮こまって頭を落とす。
すると再びお華に尻を叩かれ、
「姿勢!」
と怒鳴られる。
途端に新之助の背中が伸びる。
「昔、よくお父上様から言われたわね~」
お華は頷き、
「そうよ。でも姉さん。今まで言ってこなかったの?」
それにはおさよも、苦笑いで、
「いざ、我が息子だと、言いにくくてね~」
などと言うものだから、お華は笑って、
「姉上も、親バカになっちゃったの?」
二人顔を合わせて笑う。
しかし! お華は隙を見逃さず、
「姿勢!」
と再び、新之助は尻を叩かれる。結局、これが最後まで続く事になる。
彼には、地獄の日々の始まりであった。
どうやらお華は、信濃辺りまでの道のりに馬鹿馬鹿しくなったのか、新之助の指導で、不満を誤魔化す事にした様だ。
さて、お華達が板橋宿についた頃、優斎も、
「では、私もそろそろ出掛けるか」
と、声を上げ椅子から立つと、向こうのおかよが、
「先生。あの私も付いて行っても良いですか?」
それには、優斎も、
「ああ、構いませんよ。まあ、子供達も、女将さんが居ますから大丈夫でしょう。何より、ここ最近、貴方にはご迷惑ばかり掛けてましたからね」
おかよは、大きく首を振り、
「いえいえ、何と言う事は無かったです。私もどうだったのかお話が聞きたくて、いつも祐三郎様とその話ばかりしてましたから……」
優斎は微笑み、妙に明るい顔で
「いいですけど、かなり驚きますよ。そして他言無用ですから、その辺承知して下さいね」
などと言うから、おかよには更に興味が湧いてしまい。ニコニコして、
「はい。お任せ下さい」
とか言っている。
そうして二人は、すみやに行くと、既に浩太郎と祐三郎。なんと、おきみも一緒に居た。
祐三郎が、おかよの姿を見た途端、
「おかよさん!」
と叫ぶから、浩太郎は何だ? と驚いてしまう。
優斎はまず、出迎えた平吉・おてい夫婦。そして娘のお千代に、
「お世話になります。それと先日の披露宴ではお世話になりました」
二人はわざわざの礼に恐縮して、平吉が、
「何を仰います。こちらこそ手伝わせて頂いて、本当にありがとうございました」
と頭を下げる。
そして、小上がりの浩太郎の席に向かうと、祐三郎が立ち上がり、
「兄上はこっち、おかよさんはこちらへどうぞ」
などと言って、自分はわざわざ空いた酒樽を持ってきて、やや、おかよの方に座った。
優斎は、呆れた顔で、
(お華さんの言う通りだ……)
と思いながら、浩太郎の正面に座る。
浩太郎は満面笑みで、
「女将! 酒を五、六本頼むよ」
と声を上げる。
優斎は、おかよに酒を注がれ、それを飲むと早速、
「兄上。早速ですが親王様の件。驚きましたよ」
浩太郎は早速この話だから、大笑いして、
「いやな。奉行所にこの話が来た時。俺はてっきり俺が行く事になるのかな? って思ってたんだ」
みんなもお酒を舐めながら頷く。しかし浩太郎は、
「ところがさ、家に帰ったら、何と姉小路様と大奥のお年寄、滝山様から使いがあったって言うじゃないか。しかもその使いの話じゃ、親王様。御自らのご指名と仰られたなんて話だから。とても嫌だとは言えなくてな」
すると、おかよが、
「親王様と仰るのは、どういうお方なのです?」
と聞くから、祐三郎が得意な顔で、
「京の帝様の御妹様でね。そして今度、将軍様の奥方。つまりは御台様になられるご予定のお方だそうですよ」
それにはさすがに、おかよも驚いて、
「この国で一番偉い女の方ではないですか? お華さんってそんな方からご指名って凄い人ですね~」
同じく、おきみも驚愕の思いで聞いている。
彼女にとっては更に遠い話だ。驚いて当然である。
しかし浩太郎は、
「その辺は、あいつの得意技だからな。だから俺の出る幕は無いと思ってさ、それなら、おさよに頼もうと思ったんだ。そして新之助は、全て合わせて三万は居るって言う大軍勢だ。良い経験だと思ってな」
優斎は頷いて、
「まあそこまでいれば、そうそう危ない事もないでしょうしね。しかし、お華さんは、京都行って仙台行って今度は中山道ですよ。もう怒った怒った」
浩太郎は手を叩いて笑い、
「そうだろうな。俺もさすがに、そりゃキツいだろと思ったんだけどさ」
「そうですよ。でも、兄上からじゃ無く、呼んだのは姉小路さんと、しかも内親王様御自らだから、怒りたくても怒れなくて、面白かったですよ」
「全くだ」
と二人は大笑いする。
(3)
すると優斎は改めて、
「それで、仙台のご報告なんですけど」
「おお、それじゃそれ」
優斎は一度頭を下げ、
「その前に、まず祐三郎の事を先に」
「おうおう。そうか。母上様も御心配であろう」
祐三郎は、いきなり自分の話になったから、目を丸くしている。
すると優斎は、
「母上……いや、面倒くさいから、ここでは兄上、姉上にするぞ」
「はい。良いですけど」
優斎は頷いて、
「うん。まずはお前のアメリカの件だ。これには母上は勿論、兄上も姉上も大変喜んでおられたよ」
それには祐三郎も目を輝かせ、
「そうですか。喜んで頂けましたか」
優斎は頷いて、
「いきなりアメリカからの土産の品が贈られて来て、さすがに異国の物じゃと、腰抜かすぐらい驚いたそうじゃ」
それには二人、笑って、
「そうですか。兄上も喜んで下さいましたか」
それには優斎は笑って、
「ところがな、酒など一度口にしたら、あんまり妙な味だったんで、そのまま床の間に飾ったんだそうな。私が行った時も、そのままだったよ」
「おや、駄目でしたか?」
優斎は笑って、
「そりゃ、これまで殆どの我が国の男は味わった事のない物じゃ。仕方あるまい」
そこで浩太郎も、
「そうだよな。俺だって注いで貰った時には、既にあの香りで驚いていたからな」 優斎も頷き、
「まあ、床の間に飾ってあるくらいだから、余程嬉しかったのだと思う。それよりもな」
「まだ、何か」
と祐三郎が言うと、優斎は、
「やはり、お前がアメリカに、しかもご公儀のご指名で行ったって事だけで、大変お喜びであった。しかも、伊達には嘗て海外視察した者が居たが、その子孫達がそれを聞いて、やっと世間に言える様になったと、兄上の所にお礼に来たそうじゃ。何より、その事が、母上や兄上には本当に嬉しかったらしい」
さすがにこの事は、祐三郎にも感激の言葉だった。
「ありがとうございます」
頭を下げ、涙を流している。
すると、浩太郎が、
「ああ、あの件か」
優斎は頷き、
「はい。これまで、子孫と言われる者達は、隠れるように暮らしておりましたから。これで、遠慮無く人に言えると」
「そうだよな。それを考えるとお気の毒だったな」
すると、おかよが不思議そうに、
「もっと以前に、異国へ行った方がお国にいらっしゃったんですか。でも何故、隠して暮らさねばならないのです?」
それには優斎が、
「まあ、これは浩太郎さんの仕事にも掛かって来る事なんだが……」
浩太郎も大きく頷く。
「伊達様が海外の異国に、殿様のご指示で行った者達は、その頃、丁度この江戸で徳川様の幕府が開かれた頃で、何よりキリシタンが御法度になって、それは厳しく取り締まっておられたのじゃ。そこに、海外から戻って来た者がいるとなると、それだけで大騒ぎ。その頃の殿様、伊達政宗公も彼らを庇い、表に出ぬ様申し付けられたと言う事じゃ」
「そんな事が……」
続けて浩太郎は、
「まあ、今でも禁止は禁止なんだが、知っての通り、今はアメリカやイギリス、おまけにロシア、オランダなど、港を開く他国が増えちまったもんだから、禁止だ破ったら打ち首だとは迂闊に言えなくなっちまった。だから三郎さんも行き易くなったって訳だ」
おかよは大きく頷いて、
「なるほど、そういう事だったんですか」
と、彼女も時代の移り変わりを感じている様だった。
すると優斎は、
「だが、今回の事は、全てお華さんのお陰だ。それは分かってるな三郎」
それには、祐三郎も頷いてしまう。
おかよが驚いた顔で、
「え、お華さんですか?」
と言うと、浩太郎も苦笑いだ。優斎も笑って、
「三郎が江戸に初めて来た時、お華さんにお旗本の勝様(勝海舟)をご紹介頂いたのが、今回のアメリカ行きに繋がったからだよ。勝様は三郎に、まず英語の勉強をと言って下さった。まあ、本人も興味が湧いたのだろう。めきめき上手くなって。ご公儀もそれをお認め下さった。一緒にアメリカに行かれた、小栗上野介様にも先日の披露宴で、アメリカでは世話になったとお褒め頂いたからな。その事も母上にもお伝えすると、涙を流されておった」
本人は勿論。みんな真面目な顔で頷く。
優斎は続けて、多少苦笑いで、
「母上はお華さんに、本当にありがたいと仰っておられたよ。お華さんも、もしかすると頭の出来は、お兄さん。つまりは私だ。それよりも良いのでは。何て言ってたよ」
すると、優斎は浩太郎に、
「でもお華さん。さぶちゃん、剣はまるっきり駄目なんですけどね。とか言ってましたけどね」
それには、一転みんな、いや祐三郎以外だが、笑ってしまう。
「もう、お華さんは!」
と祐三郎は文句を言っているが、それは更にみんなの笑いを誘う。
(4)
丁度、同時刻。
お華とおさよ。そしておさよの息子、新之助も最初の宿場、板橋で食事が終わって、お茶で寛いでいる時だった。
やはりここでも、話題は仙台の事。
「お華ちゃん、どうだったの。うまくご挨拶出来たの?」
と、おさよが聞くと、お華は、
「いや~さすがに緊張したけどさ。挨拶は何とか。さすがに大奥で鍛えただけはあったわ」
お華が笑うと、おさよも頷き、
「まあ、そうね。あそこで鍛えられたら、大抵の所は大丈夫だものね」
と、大笑いする。
すると、お華は、
「まあ挨拶は良かったんだけど、ほら、八丁堀に一度いらっしゃった事のあるお兄様がね」
おさよも、当然覚えているから、
「ああ、あの方」
お華は、おさよに手を振り、
「そうそう。お兄様がさ。来た早々悪いが、お殿様が御前試合をご用意されいる。とか仰るのよ」
さすがにおさよも驚愕して、
「御前試合!? お、お華ちゃんが?」
そして、
「どうも、それは~」
おさよは苦笑いで、
「まあ、お華ちゃんだから、分からない事は無いけどさ……」
するとお華は、
「後で聞いた話じゃ、どうも殿様。伊達の家中で、上手と呼ばれる方々の実力を見たかったんだそうなのよ」
まだ、不満そうに言っている。
「それは何て言うか、相手が悪いわよ」
お華は、ハハハと笑う。
すると、板橋の新之助が、
「どうして、叔母ちゃんじゃ拙いのです?」
と聞くから、おさよは笑って、
「お華ちゃんが強すぎるからよ。実力も何も、何も分からない内に終わっちゃうもん」
「え! そうなんですか?」
と新之助は驚く。お華は呆れた顔で、
「だってさ、姉上……」
と、今度は両国。
優斎が苦笑しながら、
「浩太郎さん。最初に出てきた奴から、なんと大上段の構えですよ」
それには、浩太郎は頭をがっくり。
「そ、それは、やって下さいってなもんじゃないか!」
祐三郎は分からないらしく、
「兄上。なんで大上段は駄目なんですか?」
優斎は呆れた顔で、
「あのな、手裏剣相手だって分かっているのに大上段なんて、少しでも剣を知っていれば絶対やらん。あれは、完全にお華さん舐めてた表れ。その途端に私は、相手の負けだと確信出来たよ」
すると優斎は、
「あの、浩太郎さん。話は少々変わりますが、仙台には手裏剣の道場がありましてね……」
と言うと、祐三郎がああと声を上げる。
「勿論、お前も知ってるよな」
「はい。確か母……いや姉さんが嫁入り前に通っていたとか」
「そうそう。浩太郎さん。その道場っていうのは、嫁入り前の若い武家娘に、嫁入り支度の一環で、武芸の一つぐらいはって事で教えている所でして、昔、戦国の頃は黒脛巾組という集団の道場です。それこそ伊賀や甲賀と同じ様な忍びの集団だったのですけど、しかし平和な時代を迎えて技も廃れてしまいましてね。今ではその程度に手裏剣を教えている道場があって、しかも御前試合に、師匠も見学で招かれていまして、恐らく、試合相手の者達もその程度と勘違いしていたのでしょう」
「なるほど。江戸でもそんな道場は無いからな」
すると優斎は、
「とは言え、余りにもバカにしすぎですよ。だから最初から、刀飛ばされて髷を爆発です。おかよさんだって何回か見た事あるでしょう?」
おかよは、笑顔で頷く。
すると優斎は、浩太郎に、
「ところがお華さん、相手がそんなんだから、始まっちゃったんですよ」
「ん? 何がだ?」
「遊びですよ、あそび」
浩太郎は驚き、
「遊び? まさか、御前試合でか」
「そうですよ。二人目、初めと言われたら、いきなり両腰へ……」
「こ、腰って、まさか」
「そうですよ。紐切ってしまったんです」
浩太郎は、思わず額に手を当てる。
おさよも板橋で、口に手を当てる。
すると、新之助が、
「どういうこと? 袴の紐って?」
おさよは笑って、
「貴方の、袴の紐が切れたらどうなる?」
「紐って、斬れたら落ちる……え、落としたの? おばちゃん」
お華は笑って、
「あの人に上の座敷から怒られちゃった。遊んではいけませんって……」
「そりゃ、そうよ……」
とおさよも呆れて笑ってしまう。
一方、祐三郎も驚愕の顔で、
「お華さんって、そんな事も出来るんですか?」
優斎は笑顔で、
「だから遊んではいけませんと、声を掛けたのです。だからか、さすがに最後は真剣の振りして……」
「ふり……ですか」
「そう。頭に一本。これはおとり。するとお華さんは身体を沈め、今度は鼻緒にぐっさり」
浩太郎は眉を上げて、
「は、鼻緒かよ!」
「ええ。丁度、相手がおとりの簪を打ち落として、突っ込もうとしたその瞬間でした」
祐三郎でもさすがに、
「そりゃ、倒れちゃうでしょ」
優斎は頷いて、
「そうだよ。そして首筋脇に、二本打ち込んでお終いです」
浩太郎は、大笑いして、
「彼奴め、相変わらずだな」
しかし一同は、その様な話とても信じられなかったから、笑うことも忘れている。
すると、浩太郎は、
「ここだけの話だがな。アイツの簪の正確さは、とてもじゃないが俺もかなわん。あれは本当の意味で、天性だ」
しかし浩太郎は、重ねて皆に、
「いいか! 今のはここだけの話だ。絶対アイツに言ってはいかんぞ。すぐ調子に乗っちまうからな!」
ここで、ようやく大笑いとなってしまう。
一方、板橋の新之助は不思議そうな顔で、
「叔母様? それは父上にも出来るんですか?」
それには、お華は微笑み、
「あのね。兄上はたまに小柄投げたりするんだけど、あの人はやたら勢いが強いのよ。だから、どこに打つなんて一切頭に入ってない。兄上だったら、足の指全部斬られてるわよ」
それには、おさよも笑って、
「まあ、そうかもね。そういう気遣いはないかもね」
そして両国に戻り、続けて優斎が情けない顔で、
「ところがですよ。屋敷に戻ったら、夜に先生の敵討ちだ~てのがやって来ましたね」
浩太郎はさすがに驚き、
「まさか……。しかし敵討ちも何も……」
優斎は頷いて、
「そうです。お華さんは一切、相手には傷付けず、全部勝ってしまったのです。しかも、一度も刀を振らせずです。まあ、悔しかったのでしょうね。殿様の御前だし、あまりの負け方で」
すると祐三郎が大声で、
「じゃ、母上は!」
しかしそれには優斎も笑って、
「何言ってんだ。今度はお華さんと私が居るんだ。しかもこういうのは、浩太郎さんやお華さんの十八番ですもんね」
さすがにそれには、浩太郎も笑い、
「十八番って。まあ、お華もそうゆんだったら、更に凄かったろ?」
優斎は笑って、
「もう、何が敵討ちよ! とか言いながら、両頬に一本ずつ、おまけに鼻にも投げて血を吹き上げてましたよ」
これには、おきみなど何と言って良いかわからず、浩太郎の顔を眺める。
そして優斎は、
「祐三郎、心配するな。後は私がみんなの足を切り上げて終わった。母上はなんと大喜びだ」
「え? 母上が?」
「そう。こんなに強い嫁が来てくれて嬉しいってな」
それには浩太郎が、畳を叩いて喜んでいる。
そして優斎は、
「でね。こう……いや兄上。お華さんが、お母上には申し訳無いけど、こうなったら早く帰りましょうと言うんです。私も、こんな事で母上に万が一の事があれば、と思いましてね。三日後には、帰ったんです」
すると今度は板橋のお華が、
「ところがさ、その手裏剣の道場から、一手ご指南をとか使いが来ちゃってさ」
「あら。凄いじゃない」
「でもさ姉上。芸者の踊りなら、若い子の指導を頼まれることはあるけど、手裏剣はどうしようかと思っちゃってね。大体、一手ご指南なんて言われた事無いしさ」
それにはおさよも笑って、
「まあ、そうよね。表芸とも裏芸とも言えないしね~」
「でもあちらの母上様が、こんな光栄なことはこざいません。是非いってらっしゃいとか仰るんでね。結局、あちらの姉上様と行ったのよ」
おさよは笑って頷く。お華は続けて、
「でもね。根本的にあの手裏剣は、私とは違うからね。ねえ姉上。姉上だったらどう教える?」
それには、おさよは即答だ。
「そりゃ、顔と足よ」
それにはお華に喜色が広がり、
「やっぱりそうよね。私も隙を作るのはそれが一番だと思ってさ、そのやり方とか教えたわよ」
すると、新之助が、
「え? どうしてです? 叔母上」
と聞くから、お華より、おさよが、
「あなただって、いきなり顔を簪で打たれて、直ぐ足を打たれたら、相手を追いかけるどころじゃないでしょ」
それには、新之助もそれを想像しながら、
「ああ、確かに。そうですね~」
と理解した様だ。それをお華は見て微笑んでいる。
するとお華は、思い出した様に、
「新之助。あなたぐらいの年で、あんたの母上なんか、八丁堀の同心の道場にいつも乗り込んでさ、みんな打ち倒してたわよ」
「え? 母上が?」
とおさよの顔を見て驚いている。
「その頃、まだ子供だし、しかも女子だし、みんな本気でやれる訳もないのにさ。それを良い事にもう次々」
さすがにおさよは、恥ずかしそうな顔で、
「辞めてよお華ちゃん。子供の前で」
しかしお華は、
「いやいや、今、言っとかないとね。でもね。一人だけ絶対勝てない相手がいたの」
「一人? 誰です?」
お華は大笑いして、
「そりゃ、あんたのお父上よ」
新之助は、背筋を伸ばし驚いている。
おさよは良い加減、
「これお華。余計な事言うんじゃないの」
と文句を言っているが、お華は全く無視。
「あんまり勝てないもんだから、今度は兄上の事、好きになっちゃったのよ!」
これにはさすがに、
「もうお華! 息子の前で何言ってるの。恥ずかしいでしょ」
と怒っているが、お華と笑ってしまう。
そして今度は、両国。
「で、兄上。それから白川の御城代様のお屋敷に行きましてね」
浩太郎も、笑顔で、
「おうおう。どうだった?」
「ところがね。誰か先客が来ていたと思って、これは挨拶だけとお伝えして、早々に退散しようと思いましたら、皆さんがお待ちだと言うのです。私とお華さんは驚きまして、居間の座敷に参りますと、殿を先頭に両側に何人か並んでおるのです。すると、御城代様は、これらはお前達を待っていたのだと仰るのですよ」
すると、祐三郎が不思議な顔で、
「あの、御城代様って片倉様の事ですよね」
「そうだ。実はな、あの御前試合に、片倉様も他の御用でいらしていたのだ」
「ああ、そうなんですか。しかしそれが何か?」
それには、浩太郎は笑ったが、優斎は多少怒り気味の顔で、
「お前は勘定方のくせに、そんな事も分からんのか!」
と珍しく、声を上げて叱りつける。
祐三郎は、肩を窄めてしまう。
だが浩太郎が、
「まあ、まあ、先生。三郎君が知らないのも仕方無いよ。何しろ二百年以上前の話だし……」
しかし優斎は、
「いえいえ、こいつは勘定方のくせに、その様な事も知らんのは問題です」
と言って浩太郎に、
「それから、御城代様に話を伺ったら、そうしたら、旧真田の家臣の者が、大挙して是非お話をと、いらっしゃったそうなんです」
そして、
「祐三郎。片倉様のそれこそ、遠い御先代は、あの真田幸村様の御息女を正室に迎えられたのじゃ。そうなると、当然お付きの方も一緒に来て、そのまま片倉様に使える事になったのじゃ。お華さんにとっても筋目の方々。だから当然、信濃の草の者の事もご存じだ。そうなればその御子孫らもその草の者に縁の或る者が来たとなれば、話を聞きたいと思うのは当たり前だろ」
「確かに」と祐三郎は、さすがに頭を下げる。
すると浩太郎が、
「直ぐ受け入れてくれたのかい? お華」
それには優斎も笑って、
「早速、草の者というのは本当の事か? という話から始まりましたよ」
浩太郎は笑って、
「そうだよな。さすがに昔の話だし、その頃の忍びが今の時代にいる事自体、信じられない話ではあるからな」
優斎も頷いて、
「全く。でも、あの例の伊賀・服部半蔵様のお話を致しましたら、さすがに驚きましてね」
浩太郎は、アハハと笑いながら、
「あ~あれか! さすがに敵に言われたら、信じるしかないわな」
「て、敵ですか?」
祐三郎は驚いたが、優斎が、その大阪城の戦の話を祐三郎達に話すと、
「だからそういうわけで、敵が言うのだから、だからむしろ間違いないとな」
浩太郎は頷く。
そして、優斎は、
「そして翌日お華さんと、その皆さんと、お梅様のお墓に行きましたら。かなり酷く削られてるんですよ。不審に思ってそこの和尚に聞いたところ、墓石を削って、粉を飲めば、歯痛に聞くと言われているそうで、お華さんと二人。この方は今でも役に立ってるのだなと感心致しました」
浩太郎は目を丸くして、
「それじゃ、あの鼠小僧と一緒じゃねえか、もっともあれは、博打のお守りらしいがな」
と、二人は大笑いだ。
そして優斎は、祐三郎に、
「だから、お前は知ってなければいかんのだ。要するにこれは、あそこに歯医者が足らないと言う事の証でもあるのだ。お前は勘定方なのだから、これ以上、お梅様にご苦労をお掛けしてはならん。てな事をお華さんが言ってたぞ」
「げ!」
祐三郎は驚愕して、
「さ、早速手配を!」
と、平謝り。
それを見て、おかよも一緒に笑顔になる。
(5)
さて、お華達は再び、中山道を進む。
「さあ、もうすぐ信濃よ~」
とおさよは元気に言うが、お華は、
「さすがに中山道はキツイわね。坂道ばっかり」
汗を拭きながら言うと、おさよは、
「仕方ないわよ。山しかないんだから」
「ひえ~」と声を上げるものの、新之助には相変わらず厳しく、
「背筋!」
と、お尻を引っ叩いている。
新之助も初めての旅で、更に中山道だからフラフラに近いのだが、お華が叱りつけるから、仕方無く我慢している。
するとお華は、
「ねえ姉上? 何で宮様はこの道選んだの?」
それにはおさよも笑い、
「宮様が選んだ訳じゃないわよ。ほら、見た通り人通りも少ないしさ……」
中山道は、幕府側が過激派の妨害や、日程が調整し易さから選ばれたと言われる。 ここは、東海道に比べると、道は険しいが、川止めなどの遅延の少なさが選定の理由とされる。
今回、沿道警備には、周辺の藩29藩が動員され、警備は人足も含め三万人と言われ、住民は、外出・商売が禁じられ、犬の鳴き声さえ許されなかった。
まさに、大軍勢である。
すると、おさよは、
「三万人って、二代将軍様がその昔、関ヶ原の頃に、真田討伐の為、まさにこの道を上田城に向かわれたそうだけど、あっさり負けてしまったそうよ。旦那様に教えて貰ったの」
それには、お華も驚き、
「へ~、三万相手で、真田様は勝たれたんだ。凄いわね~」
と感心する。
「だから、それ以来の大人数だそうよ。まあ私達は助かるけどね」
などと笑う。
何泊かして、三人はようやく旧真田の領地、小県を過ぎ、下諏訪宿に到着した。
ここは、江戸から数えて二十九番目の宿場。そして同時に甲州街道の終着点でもある場所だ。
既に、宮様一行も、ここの本陣に到着していた様だった。
それを聞いた三人は、その本陣に向かう。
するとその門前で、お華は知った顔と会った。
それは、お華の披露宴にも来た、川路聖謨だった。
むしろ川路の方が驚き、
「おやお華。お前さんも来たのか?」
お華とおさよは笑顔で頭を一つ下げ、お華は、
「そうですよ川路様。川路様こそ番方でも無いのに何してるんです?」
それには川路も笑って、
「わしは今、御役に付いてないから、暇だろって行かされたのさ。しかし、お前さんまで来るとは、そんなに危険なのかね?」
ただ、この言い方は少々おかしい。
おさよは、口を押さえて笑ってしまう。
お華は、苦笑いで、
「宮様のご希望なのよ。私が京でつい、江戸にいらっしゃったらお守り致しますとか言っちゃったもんだから断れなくてね」
川路も笑う。
「まあ何にせよ、お前さんがいてくれるのは安心じゃ。この通り番方も二重でお守りしているから、心配無いけどな」
「それは有りがたい事です。川路様よろしくお願いします」
と、新之助も含め三人は頭を下げると、早速、本陣に入って行った。
この本陣・岩波家は、こうして和宮様も泊まられたが、後年、明治天皇も宿泊される事になる。庭の美しい本陣である。
三人は来訪を告げると、早速、親王様の前にまかり越した。
本来なら、京都や江戸城でもそうそう簡単に会う事など出来ないが、さすがに旅の途中。しかも、相手は女のお華だからその辺は緩やかであった。
三人は平伏し、お華が代表で、
「内親王様。久方振りにございます。お華にございます。今回はお召しにより参上いたしました。この後江戸迄、しっかりお守り致しますので、どうかご安心下さいませ。それから……」
和宮も笑顔で聞いている。
続けて、おさよと新之助の紹介をし、再び平伏する。
和宮はうんうんと、
「ああ、お華。あれ以来やな」
お華は頭を下げながら、
「内親王様、いや和宮様。お元気で何よりにございます」
三人揃って、また深く頭を下げた。
和宮は笑って、
「よいよい。しかし悪かったの~。そなた仙台から帰ったばかりなんやろ」
彼女は、お華が仙台に行ったのも知っていた。
「いえいえ、姫様の御指名でございますから、そのような事は……。あ、い、いや、少々疲れましたが……」
と二人は笑う。
するとお華は、
「しかしながら、姫も良く御決断なさいましたね。色々とお有りだとは聞いておりましたが、江戸の者としましては、ありがたい限りにございます。少なくとも江戸では私、そしてこの義姉のおさよもおりますので、何時でも御用の際はお呼び下さいませ」
聞いている和宮は、笑顔で頷く。
すると、お華は、横に並ぶお付きの女達を眺め、
「あなた方も御一緒に、大奥へ行くのですね。では付きましたら、姫の大叔母に当たる姉小路様に大奥の事。よくお聞きになって下さい。皆様が江戸につきましたら、早速、ご挨拶に上がると思います。よろしいですか?」
女達も、初めての江戸だ。それぞれ期待と不安に満ちあふれているだろう。
お華は(まあ、驚くだろうな)とは思いながらも、励ましの言葉を申し上げる。
何しろ姉小路は、前評判だけでもそりゃ厳しい。それを思うと、お華は笑いたい気分であった。
さて、それから、皆一緒に夕食を取りながら、あれこれ話し合い。和やかな時間が流れていた。
それも終わり、そろそろ風呂にでも入って寝ようかという刻限であった。
しかし、お華とおさよは突然、庭の方向に顔を向けた。
「姉上!」
「うん」
二人とも何かを感じた様だ。
その時、和宮も二人の異変に気付き、
「どないしたのじゃ」
と声を掛けたが、お華は穏やかに微笑み、
「まあ、念の為にございます」
などと言うと、お付きの女達に、
「あなた方は宮様の前に並んで座りなさい! 宮様の前は開けてね」
と申し付け、新之助に厳しい顔で、
「あんたは宮様の前に来て、刀を横に座る! 何があっても宮様の盾になるのよ。分かった!」
と大声で言われ、彼は慌てて、次部屋に置いた刀を取って来て、言われた通りに正座した。
「キチッと座ってなさいよ! そして背筋もね!」
と言い放つ。
本人は勿論、同じく聞いていた和宮も眼を大きく開け驚いた顔だ。
そしてお華は、庭の廊下際に座っているおさよの横に座る。
小声で、
「姉上、どう?」
と外の様子を聞いた。おさよは難しい顔で、
「どうも、拙そうよ。扉をドンドン叩いている」
お華は頭に手をやり、
「全く、番方でしょう? 何人だか知らないけど、一万以上いて捕まえられないのかね~」
呆れた顔をしている。
番方とは、江戸幕府の職制の事。
通常、番方は武官を意味する。つまりは戦闘担当の職務だ。
大判組・書院番・小姓・先手などがそれに当たる。
例えば、鬼平で有名な、火付盗賊改の長谷川平蔵は、御先手弓頭である。
そして一方、役方は主に行政担当。
寺社・町・勘定などの奉行、そしてその配下などを言う。
さて、どうやら念の為が念では無く、本当の事態になった様だ。
「姉上。三人も子供産んで、大丈夫なの?」
と笑って聞くと、彼女も笑顔で、
「待ってたのよ。こういうの」
これを聞いて呆れ顔のお華だが、ゾロゾロと胡乱な者が目の前に現れると、サッと立ち上がる。
勿論、おさよも帯の後ろから、小刀を取り出しながら、片膝である。
お華は、現れた者共に、
「あんたら。ここがどういう所か、分かってるんだろうね!」
と、突き刺すように叱りつける。と同時に懐から簪を取り出して、両手に。
男達は追いかけてくる者を気にしながら、頭目と思われる者が、
「問答無用! 宮様以外、皆、斬り捨てろ!」
と叫んで、刀を振り上げ、六人が掛けだそうと一歩踏み出した瞬間だ。
今回は回らず、お華の両手から六本。 矢のように飛び出した。
それは、漆黒の闇に包まれ六人の頬に向かって突き進む。
間髪入れずお華はまた、同じく六本を繰り出した。
今度はそれぞれの反対側の頬に突き刺さる。
おさよは、それらを横目で見ながら、お華が二度目に打ち出したと同時に、彼女も庭に飛び降り彼らに飛び込んだ。
その時既に彼らは、闇の中から突然突き刺さった簪に悲鳴を上げていたが、それらをくぐり抜け、稲妻のように小太刀が走る。たちまち六人。新たな悲鳴を上げて、バッタリ倒れる。
しかし頭領とみられる男は、血だらけな顔でまた立ち上がり、奇声を上げて刀を振り上げたが、お華はとっくにそれを予想していた。
狙い澄ました様に二本。刀を持つ手と鼻の中央へ鮮やかに打ち込む。
刀は飛ばされて庭の池に沈み、男は鼻から血を吹き上げながら倒れた。
お華は、同時にやって来た番方達に、
「お縄を!」
と叫ぶ。
倒れていた男達は次々、お縄になって連れて行かれていく。
その時、向こうから、慌てた顔で川路が早足でやって来た。
「もう。川路様……」
とお華は眉を寄せながら、
「暫くお待ちを」
と言って、お華は和宮の前に行って頭を下げながら二、三話し、再び川路の前にやって来た。
「川路様。これは一体、どういう事でございますか?」
いつもと違い、少々キツく川路に問う。
川路も、何が何だかと言った顔で、
「いや~。十人の不埒な者が飛び込んできて、四人までは抑えたのだが、後は残念ながら……」
と言うのだが、お華はキッと厳しい顔に変わり、
「何を仰っているのです。守っているのは番方ではありませんか。逃げられたでは済みません。これが上様だったら何とします。そして、もっと大勢だったら。大失態どころか皆様もお命はありません」
さすがに川路も、その理屈には反論出来ない。
お華は、穏やかな顔で、
「まあ、川路様は役方のお人だし、私も川路様に責任はないとは思いますが、率いていた以上仕方ありません。恐れながら宮様のご意向により、守っていた者達全てに処罰を言い渡します」
川路は仕方無いと、ガックリ肩を落としたが、お華は、
「皆に江戸に帰り次第、三日間の蟄居・謹慎を申し付けます」
これには、川路も驚いた。
「お、おい、お華……殿。三日って誠か?」
お華は笑顔で、
「三日ではご不満ですか?」
と言うと、「いやいや」と川路は笑う。
「まあ川路様はともかく、皆には事の重大さをお分かり願いたいと存じます。三日間、今回の事で何が悪かったのか。戦ったもの。そして指図していた者。何が違っていたのか、これから帰り、三日の間でそれぞれお考え直し頂きたいと存じます。謹慎の長さは関係ございません。先程も申しましたが、今度は自分の命を無くしかねませんからね」
川路は、すぐ理解し。
「わかり申した。すぐあれらに伝えましょう。お華。スマン。しかし、お前さん政治家だなぁ~」
と笑って頭を軽く下げ、川路は立ち去った。
ニコニコしているおさよとお華は、和宮の前に戻り、
「以上申し付け、全て終わりました。宮様。お楽しみ頂けましたか?」
それには彼女も頷き、
「やっと、しっかり見えたぞ。しかし女二人。強すぎるな~」
しかし、お華は笑って、
「いえいえ相手が弱すぎるのです。姉も私も、旦那様相手なら、そうは行きませんから」
と、みんなが笑ってしまう。
さて、それから宮様は風呂に入り、居間に出てくると、
お膳は既に下げられ、耳盥が置かれてあった。
お華とおさよはそれを挟んだ、向かい側に座っており、宮様がお出でになるのをお待ちしていた。
するとお華は、
「宮様、温泉は良い物でございましたでしょう。ではそこで、これから江戸に参ります為にお支度を致したいと存じます」
「仕度? 何がや?」
と不思議な顔の和宮に、お華は、
「お顔を、お剃りさせて頂きたいと存じます」
しかしこれには、お付きの女の一人が驚き、
「都ではその様な事、致しまへん」
と怒るのだが、お華は全く動揺の素振りもなく、
「皆様、よろしいですか? 確かに京、いや朝廷の女子は、その様な仕来りは無いのでしょう。しかし、その仕来りはもう古うございます。女が、顔の産毛を剃るのは全国の女には常識にございます。京ではと仰いますが、京の舞妓でさえ、その程度の顔の手入れはしております。このままでは、江戸の女に笑われてしまいます。残念ながら京都の常識は、他の事ならともかく、女の美しさと言う事にかけましてはもう通じません。郷に入れば郷に従えでございます。古い言葉でさえ言っておりますので、どうかご理解下さいます様にお願い申し上げます」
とお華とおさよは深く頭を下げる。
京都の女、いやお公家の女について、このことは当時有名だった様で、世間ではまるで熊の様だとも言われていたそうだ。
「お分かりいただけましたか、宮様。私としても宮様に、それも江戸の女達に笑われるのは我慢出来ません」
と言って、少し笑い。
「まあ、お剃りになりますと、お化粧のノリもよくなりますしね。ここは私に欺されたとでもお思いになって下さいませ。ただ、決しておかしな事にはなりません。どうかご安心を、そしてお聞き入れを!」
お華が頭を下げると、和宮も、
「そうやな~。それも良いか」
と、快く承諾した。
(6)
そんな事もあったが、翌日。一行は再び、江戸へと進み始めた。
途中、明らかに番方の頭取連中が、次々お華に挨拶に来る。
この書院番の男は、部下数人を引き連れ、
「お華様にございますか? この度は僅かのお叱りに止めて頂き、ありがとうございます」
どうも、和宮付きのお年寄りか何かだと勘違いしている様だ。
お華も少々偉そうに、
「ご心配なく。上様には、あなた方のお陰で大事にはなりませんでした。と申し上げます。但し、これは今回のみだとお思い下さい。次、お守りするのは上様かも知れません。お分かりですね。謹慎期間中、どうか今回の間違いを正すよう、皆様でお考え下さいませ」
と、まるで姉小路の様だ。
おさよと新之助は、むこう向いて含み笑いである。
それらが去ると、おさよは、
「お華ちゃん。何時から上臈年寄になったの?」
と笑いながら言われてしまう。
まあ、お華も笑顔で、
「でもさ姉上。次から次に、挨拶に来るけどあの人達、本当に分かってるのかね~」
おさよは、大きく手を振り、
「無理無理」
そして、
「切腹申し付けられてもおかしく無いですもの。そりゃそっちの方が重要よ」
「やっぱりそうか~」
しかし、お華は新之助に笑顔で、
「あんたは良かったよ。背筋も伸びていたし、しっかり睨んでいたからね。感心、感心」
と褒められ笑顔になる新之助だが、実は余りに恐ろしく、背筋が伸びてしまっていただけ。内心、どうするどうする? で睨んでいただけだ。
おさよもその辺は分かっていて、
「この子は怖がっていただけよ」
と言うのだが、お華は首を振り、
「ああいうのを目の前にすれば恐くて当たり前。でもね、やらなきゃ行けない事を忘れなかっただけ、今のこの子には充分よ。ところで新之助」
「はい」
「貴方も母の手練見たでしょ? あれは兄上も出来る。今は後ろに隠れていれば良いけど、いずれは父と母と同じ様に動けなきゃ駄目よ」
「え~、でも叔母様、母上があんなに強いなんて、道場の女子先生より強いなんて、驚いてしまって。とてもそこまで行けるかどうかわかんないよ」
と、元気の無い言い方をする。
おさよは、笑っているが、お華は、ピシッとまた尻を叩き、
「何時までも、母上に守ってもらう積もり? もっと修業なさい」
新之助は自分の尻を撫で、
「ふあ~い」と生返事だ。
おさよは、
「まあ、そうなってくれれば嬉しいけどね」
と三人は、来た道を和やかに帰っていく。
さて、何泊か重ね、あれから何事もなく、いよいよもうすぐ板橋宿という時、
一行は、突然、右に曲がった。
お華は少々驚き、
「あれ? 道、変えたの?」
と声を上げると、隣のおさよは、静かに笑い、
「あれ、お華ちゃん気づかなかった?」
「え? 何を?」
すると、おさよは、
「中山道をあのまま行くと、途中に大きな榎があるのよ。その榎は、縁切り榎って言ってね」
再びお華は驚き、
「え、縁切り榎?」
落語にもある「縁切り榎」
実は、この中山道の板橋宿手前、石神井川の手前に、近藤石見守の屋敷があり、そしてその垣根に、大きな榎が立っている。
それは、地元の人から縁切り榎と言われていたのだ。
もっとも、単なる語呂合わせで、そこが微妙な坂になっていて、
「榎が槻る岩な坂」と戯れで言われるようになり、いつの間にか、縁切り榎が定着し、嫁入りの際はここを避けるようになったそう。
「さすがに、これから輿入れ前の宮様をそこをお通しする訳にはいかないでしょ。だから少し、迂回するのよ」
お華は驚くより、怒っている。
「え~、だって、私。行く時通ったじゃない。姉上。言ってくれれば……」
と言うのだが、おさよは平然と、
「何言ってんの。あんたはもう嫁に行ったでしょ。だから良いの」
新之助も横で大笑いしているが、お華に頭を引っ叩かれる。
ということで、一行はその迂回路。根村道で迂回しまた中山道に戻る。
その榎は、事前に榎に筵など捲き、見えないようにしていたとか。少々おかしな事だが、厳重な処理がされている。
と言う事で、板橋宿に到着し、お華達は和宮に最後の挨拶をし、翌日、ようやく江戸に入り、城に入る和宮を、頭を上げてお見送りし。
お華達は、そのまま、八丁堀に向かった。
「まあ、ななちゃんは明日でいいでしょ。どうせ、泣き別れになるからさ女将」
と笑うと、
「今夜ぐらいって事ね」
「そうそう。今夜はゆっくりと寝た方がいいよ。新之助。あんたもね」
新之助も笑顔だ。
(7)
そして、八丁堀の屋敷の扉を開け、おさよが、
「只今、戻りました!」
と言うと、なんと浩太郎みずから出迎えて、
「おお、おかえり。みんな何事も無かった様だな」
笑う浩太郎だが、お華は、
「何事もあったわよ」
と冷たく言うものだから、
「え?」
と、目を丸くする。
おさよが、居間に入ると、優斎と祐三郎も来ていた。
「あら、先生。いらっしゃいませ」と笑顔で言うのだが、優斎の方が、
「これはこれは、さぞお疲れになったでしょう。ご無事のお戻り、おめでとうございます」
と言い二人で頭を下げる。だが、後ろからお華が顔を出し、
「先生? 私は?」
などと言うものだから、優斎は苦笑し、
「お華さんもお疲れ様にございました。若も。ご苦労様です」
正面に座った浩太郎が心配そうに、
「何かあったのか?」
それにはお華が、
「お迎えはして、丁重に千代田にお送りしたわよ。でも、無事ってのはね~」
と、おさよと顔を見合わせて微笑む。
「だから、お怪我でもなさったのか?」
お華は笑って、
「そちらの方はご無事よ。でもね。案の定、襲われたわよ」
その言葉にはさすがに三人眉を上げ、驚いている。
「ど、どういう事だ!」
と声を上げる浩太郎だが、お華は笑って手を振り、そして、
「私達はね。信州のね。あ、先生、早速信州よ!」
しかし優斎は、苦笑いで、
「わかったわかった、でどうしたのだ」
と聞くと、お華は、
「そうそう。丁度、その信州、下諏訪の本陣で和宮様とお会いしてね。姉上と新之助の紹介をして、しばらくは、なんだかんだとお話ししてたんだけどさ。その夕刻よ。後で話を聞いたら、十人で、本陣に討ち入りされちゃったわよ」
「本陣に? その夜にか」
「そう。まあ、その前に四人は外の侍が取り押さえたらしいんだけど、他の六人が入ってきちゃってさ」
しかし、浩太郎も優斎も話が理解出来なかった。
優斎が、
「でも、外で守っておられたのは、番方の皆さんなんだろう?」
お華は大きく頷き、
「そうそれよ。それにもかかわらず、六人も和宮様の前にお出ましよ」
「うわっ」っと浩太郎も優斎も驚愕している。
するとお華は、少し厳しい顔で、
「まあ、来たとあっちゃ、いつもの事よ。でもこの人」
とおさよに向いて、
「三人も子供を産んだ後だし、ななはまだ乳飲み子。大丈夫なのかなって、ちょっと心配だったけど、本人やる気満々でさ」
さすがにおさよが笑って、
「何言ってんの、貴方だって、いつもより余計に簪打つもんだから、飛び出すのも待たされちゃったんだから」
「いや私もさ、ここ最近気を遣ってばかりだったし、今回は思い切りできるかなってさ」
と二人で笑っている。
「じゃ、それはいつもの様に?」
浩太郎が聞くと、お華は微笑んで頷き、
「そうとなれば、いつもと一緒。あっさり片づいたわよ」
「ほう~」
と他の男は感心の声を上げる。
するとお華は、
「それより。問題は後よ兄上」
「後?」
「だって、番方が一万もついててさ、六人も本陣、まさに本陣突入させてるんだもん。これはどう見ても大失態でしょ?」
それには浩太郎も優斎も腕を組みながら頷く。
「だから、宮様とお話しして、守っていた者達全て、失態により江戸に戻ったら謹慎を申し付けたの」
それには浩太郎が驚き、
「お前がか?」
お華は頷き、
「そうよ。まだ宿所前で撃退したって言うならともかく、宮様目の前まで現れちゃったら、もうどうしようもないでしょ」
優斎もそれには頷き、
「で、どのくらい?」
と聞くと、お華は即、
「三日よ」
「三日~!」
これにはみんな驚いた。普通、別に何も無くても遠距離出張なら三日ぐらいは休むもの。
とても罰として謹慎とは言い難いからだ。
するとお華は、
「だって、こんな事何日謹慎したって変わりないし、下手に厳しくすると、宮様のご評判にもかかわるでしょ? 切腹にでもなったら更に恨まれちゃうし。だから三日でも、それぞれの立場で、こうなった原因と今後の対処を考えて欲しくてね」
「なるほど……」
と優斎は納得出来た様だ。
しかしお華は、浩太郎に、
「でもさ兄上。番方がああじゃ。凄くマズイ様に思うわよ。今回は宮様だったけど、お上だったらどうするんだろってね」
浩太郎も厳しい顔で、
「全く、お華に守られちゃ、世も末だな……」
お華は眉を寄せ、
「何よ世も末って……」
と、少々憤慨して言うが、優斎が、
「何も、お華さんが悪いって話じゃないですよ。わが伊達でもそうだけど、強いと思われていた者達が、実はお華さんより弱かったじゃ、話にならないって事ですよ」
と笑う。
すると、おさよが浩太郎に、
「貴方がお話し下さった、徳川家と真田の戦い。私は思い出してしまって、笑ってしまいましたよ」
それには、浩太郎も頷いて、
「正しくそれじゃ」
と言うと、優斎と祐三郎が不思議な顔で、
「え? 徳川様と真田様ですか?」
と聞くと、
「あれ? 先生、関ヶ原の戦いは知らないかい?」
「いや、それは当然知っていますけど、真田様とは一体?」
浩太郎は笑って、
「まあ、関ヶ原って言うくらいだから、関ヶ原だけに目が行くのは仕方無いけれど、実はその時。真田の当主は意見を異にし徳川方に付いておってな、当主とそれこそ幸村様は西軍側で徳川と対立してて、三万の軍勢が、台徳院様、つまり二代将軍、秀忠様に率いられて、それこそ、その信濃に攻め入ったんじゃ」
「権現様とは別に?」
と優斎は驚く。
「ああ。やはり背後に西軍側を残すのは問題だと思われたのだろう。その頃既に、秀忠様は征夷大将軍様であったのもあって、二千の真田軍など簡単だと思われたのだろう。が、所がどっこい、アッサリ負けてしまってな。まあお華の先祖が簪打ったのかはどうかは知らんがな」
と笑う。
それにはさすがにお華も驚いて、
「じゃ、その頃から、番方なんて弱かったの?」
と言うが、浩太郎は首を振り、
「違う。恐らく油断じゃ。しかも、真田様の元当主は、あの武田信玄公の御側役もやっていた男じゃ、油断すれば三万でも負ける」
それで祐三郎も、
「だから、人数ではないと言う事なんですね」
「そうじゃ。結局秀忠様は、負けて更に時間を浪費してしまったから、関ヶ原の戦には間に合わないという御失態じゃ。権現様からは二度と顔を見せるななどとお叱りを受けたとの話じゃ。お華の件は、さすがに二百年経った後でもあるし、敵も味方も入れ替わっているが、正しくこれと一緒じゃ」
しかし、おさよは、
「ただね。旦那様。今回攻め込んできたのは、どうも水戸の浪士だそうよ」
それには、もう何度目かの驚愕の表情の男達。
浩太郎は、怒り心頭という顔で、
「なんと、徳川同志か? いや、本当に世も末じゃ……」
すると、お華が、
「仕方無いよ。それよりもさ、新之助。ちょっと良くなったと思わない?」
などと、全く関係無い話をしだすから、些かあわてて浩太郎と優斎は新之助に目をやる。すると横に居る優斎が驚いて、
「おお、姿勢が良くなっている」
と叫ぶ様に言った。
当然浩太郎も、嬉しくなって、
「おいおい、どうしたんだ。急に姿勢が良くなって、ついこの前までは猫背気味だったのに……」
それには、おさよが、
「だってお華ちゃんが、信濃の往復、ず~と姿勢、姿勢って厳しく言ってたからよ」
すると新之助が、
「何回、お尻叩かれたか……」
と泣きそうな顔で言っているが、お華は全く気にせず、
「大体ね。自分たちだって、亡きお父上にさんざん言われてたくせに、自分の子には甘くてさ、親馬鹿そのものだったから仕方無く、叔母ちゃんが心を鬼にして言ってあげたのよ! そうしないとサブちゃん見たいになっちゃうでしょ」
「親バカって……」浩太郎は頭を掻き、そして祐三郎はガックリ頭を落とす。
「でもね」
とお華が続けて、
「襲われた時に、宮様の前にお付きの女を前に座らせ、新之助をその前に、刀を脇に座らせたの。攻めて来たら、命を張って守るのよって言ってね」
「うわっ」と祐三郎は叫ぶが、
「でも、この子は姿勢良くキチッと守ってたわよ。宮様にも褒められたんだから」
「ほう~」
と浩太郎は勿論、優斎も感心する。
しかし、新之助は、
「でも、恐かったです。あんな事初めてだったから……」
と、嬉しそうに言うと、優斎が、
「それは当たり前。でも初めてだからこそ重要なのよ。これで、もう恐れることはないでしょう。あとは、本当に剣の修業に力を入れれば良いのですよ」
浩太郎も、思わぬ、息子の成長に嬉しそうだ。満面笑みである。
お華は、
「だからね。世も末ってのはまだ速いですよ。次のこの子達が変えてくれるかも知れないでしょう?」
おさよも、大きく嬉しそうに頷く。
~つづく~
今回もお読み頂き、ありがとうございました。
お待ちの方には、少々遅くなりましたが、ご容赦下さいませ。
今回は、お華珍道中の三回目。
ただ、これは珍道中どころか歴史的にも重要な、和宮様御降嫁の話でございました。
まあ、お華が居る時点で、歴史に忠実とは、とても言えませんが、状況としてはこの様なものだと思われれば、充分かと。
もっとも、前半は思い出話。しかも板橋、両国とあちこち飛びまして、読まれた方には、ご迷惑をお掛け致しました。
どうぞ、お許し下さい。
それでは、次回も歴史上、重大事件です。
重大かな? ……(笑) まあ、歴史書上では、そういう事にはなっていますので、お楽しみに。
それでは、今回もありがとうございました。




