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お華の髪飾りⅡ  作者: 本隠坊
35/65

㉟青葉城で御前試合?

(1)


 初夏。抜けるような青空の中、二人は江戸を旅立った。

今回は、仙台への旅だ。

 日光街道・奥州街道、そして仙台街道の旅である。

 東海道に比べれば、まだ穏やかな街道ではあるものの、お華にとっては、京都に続いての旅。

 この年は、生まれて初めて長旅の連続となる。

 今回も、留守番は祐三郎。

 さすがに今回は彼の実家への旅だから、嫌も応もない。

「サブちゃん、よろしくね。おかよちゃんの言う事、よく聞くのよ!」

 と言われ、俺は子供か? と

 と些か、腹が立ったが、黙って頭を下げる。

 優斎も和やかに、

「おかよさん、よろしくね。こいつには厳しく言い付けて下さい。何とかお願いするよ」

 祐三郎は、ガックリとしているが、おかよは、

「ご心配なく。祐三郎様としっかり留守は守りますので、お気兼ねなく」

 微笑んで頭を下げる。


 と言うことで、後の事はしっかり頼み。二人は、もう千住大橋を渡り、いよいよ江戸を後にする。

 途中、お華が、

「ねえ、先生?」

「何です?」

 するとお華は、自分を笑いながら、

「私もそういう事には、勘が悪いんだけどさ。でもサブちゃんとおかよちゃん。妙に仲が良いね~」

 前を歩く優斎も意外な事と感じたが、こちらも些か笑いながら、

「私も、そういう事は苦手ですけど、仲が良いって、もしかしたらそういう事を言ってるんですか?」

「そうよ。まあ、私はおかよさんが、あれで良いって言うんだったらそれで良いかなとは思うんだけど、でも、さすがに難しいでしょ」

 お華は、おかよが吉原出身だと言う事が問題になりはしないかと恐れているようだ。さすがに感が悪いと自ら言う優斎も、その話には「う~ん」と首を捻る。

 するとお華は、和やかに、

「私は、おかよちゃんみたいにしっかりした人なら、サブちゃんには合ってるとは思うけどね。その辺、もし揉めたら先生お願いね」

 その言葉には、思わず優斎も振り返って、

「わ、私が?」

 お華は笑って、

「だって、私はそんな事で、仙台のお母さんやお姉さんと揉めたくないもん。先生が責任持って、何とかしてよ」

 と、優斎が言い付けられ、彼は盆の窪に手をやり、

「参ったな……

 と嘆きながら、傍らの大きな河に目をやる。

 

 それから数日で、宇都宮で分岐し、奥州街道に入る。

 今回は、お華と二人なので、上洛の時の様に湿布を山ほど持って来てはいなかったが、さすがに、白川・二本松辺りになると、お華も揉み治療を頼む事になった。

 白石辺りまで来ると、優斎が、

「もうそろそろです。頑張って下さい」

 と声を掛ける。

 お華は疲れはともかく、仙台が近づくにつれ、不安になってきた。

 そして、

「ねえ、先生。お母様にお会いするのに何か気を付ける事はある?」

 と聞いた。それには優斎も察し、

「何言ってるんですか、お華さんはお華さんでしょ。下手に取り繕っても直ぐバレますよ。いつものお華さんで充分です」

 とは言ってくれるのだが、それでもお華は心配だ。

 この辺は、何時の時代も同じ様だ。

 しかし、結局は優斎の結う通りになってしまうから、いらぬ心配と言う事なのだろう。


(2)


 さて、とうとう仙台に到着した。

 坂の上から眺める、優斎の第一声は、

「おお! ようやく帰って来た!」

 で、和やかな気分で両手を伸ばす。

 しかし、お華は町に入り、居並ぶ商家、武家屋敷などを眺めると、その繁栄振りに感心している。

 するとお華が、向こうの山に見える、大きな建物を指差して、

「ねえ。あれがお城?」

 と聞くと、優斎は嬉しそうに頷き、

「そうです。政宗公がお作りになった青葉城です」

「へ~」

 そんな話をしながら、二人は町並みを歩いて行く。

 現在は少々薄れてしまったと言われるが、この頃は正真正銘、杜の都である。

「お江戸と殆ど変わらないね~」

 と言うお華の言葉に、優斎も頷いて、

「そうでしょ。もっと田舎だと思っていました?」

 それにはさすがに首を振り、

「いえ、そこまでは。さすがに六十二万石の伊達様ですから。でも、ここまでとは……」

「そうですか。まあ、初代政宗様・瑞鳳殿様は、町作りにお力を傾けた方で、京や江戸に負けないようにとの志をお持ちの方でしたから」

「なるほど」

 と二人は、ドンドン歩いて行く。

 次第に周りは武家屋敷が建ち並ぶ所に辿り着き、一軒の屋敷の前で立ち止まった。 ここで、お華は一つ大きく深呼吸する。

 そして、前を行く優斎の後を付いていく。

 八丁堀の屋敷より、数段大きい玄関に優斎が入ると、

「母上! 兄上! 裕次郎只今戻りました!」

 と大きな声で告げると、向こうから下女の様な若い女が、トコトコやって来て平伏する。

 下女なのだろう。優斎は初めて見る顔だ。

「ござえんちゃ。え~お江戸の次郎様で?」

 (いらっしゃいませ)と言ったのだが、お華は驚き、優斎の袖を引き、

「これ、方言?」

 と小さな声で聞く、当然優斎は笑顔で小さく頷きながら、

「兄上はご在宅か?」

「へぇ~お帰りだぁ」

 と言うから、お華は嬉しそうだ。

 優斎は大きく頷き、

「では、参る」

 とお華を導きながら、居間へと向かった。

 さすがに江戸とは作りが違っていて、廊下も広い。

 そして、優斎は笑顔で居間に入り、お華はそのまま廊下で座り、頭を下げる。

 すでに母達は笑顔で待っていた。

 優斎は、前に座る、母親のおしげ、兄夫婦を見回し、

「裕次郎、只今戻りました。母上、兄上、姉上。久方振りにございます」

 それには兄、裕一郎が、

「よう戻った。本当に久方ぶりじゃ。私らはまだ良いが、お母上には、それこそ親不孝というもんだぞ」

 と口調は叱りつけているが、笑いながら言っている。

 これには優斎も、深く母に頭を下げ、

「母上。誠に持って、ご無沙汰しておりました。誠に申し訳ありません」

 お華は顔を伏せながら、和やかにその話を聞いている。

 おしげも、

「まあ、お前の事じゃ。諦めておったが、よう戻って来てくれた」

 とさすが、武士の母親らしく厳しいが、満面の笑顔である。

 すると、姉、つまり長男の嫁、おちよは、

「で、で、あちらがお手紙に書いてあった方?」

 当然ながら、廊下にお華が平伏して座っているのだ。みんなの視線はお華に集中している。

 優斎は一度頭を下げ、お華を呼ぶ。

 お華は、頭を下げ、顔を伏せつつ、フワッと静かに優斎の隣へ座る。

 そして優斎が、

「姉上の仰る通り、こちらがそのお華にございます。母上には勝手な振る舞いで誠に申し訳ございませんが、どうか婚礼の件、お許し下さいますようお願い致します」

 すると、ようやくお華が顔を上げ、緩やかに見回し一度深く頭を下げる。

 さすがに芸者の時の様に、また大奥の時と同じ様、隙の無い振る舞いだ。

 そして、

「この度は、勝手に押しかけまして、誠に申し訳ございません。兄上様久方振りにございます。お母上様、姉上様。初めてお目にかかります。私、縁あって、裕次郎様と夫婦になる事になりました、お華にございます」

 と、再び和やかに頭を下げる。

 母親のおしげは、笑顔で何回も頷き、

「よう、遠い所お出でなされた。私が裕次郎の母じゃ。そしてあちらが、長男嫁のおちよじゃ。私はありがたい。こんな息子でも、なんと江戸の姫が嫁に来てくれるとは、知らせを貰ってから、一日千秋の思いで待っておったわ。それより何より、お華さんには亡くなった我が娘の敵を取って頂いた事。本当に感謝している」

 それには、お華も首を振り、

「あれはたまたまお手伝いしただけにございます。そちらはともかくも、不束な女にございます。兄上様始め、母上様、姉上様。よろしくお導きの程をお願い申し上げます」

 と再び頭を下げる。

 すると母親は、

「次郎。お江戸の皆様へのご披露は済ましたのであろうな?」

 さすが母親、そうした事が心配だったのだろう。

「はい母上。挙式、江戸での披露は恙なく終わらせました。ご心配なく」

 おしげは和やかに、

「まあ、おめの事だがらそれ程心配はしてねえけども、ご無礼があっては、いげねえからな」

 それには優斎も笑い、

「ご無礼も何も、元の大奥年寄り御筆頭や、旗本・御家人の方、そして伊達家留守居役様もお出で頂きましたので、ご無礼どころの話ではございません。大変にございました」

 これにはさすがに、裕一郎が驚き、

「大奥お年寄り? お旗本? そして我が留守居じゃと? そんなに……というか、その様なお方までお呼びする事ができるのか?」

 と彼は、母と妻と顔を合わせ大いに驚く。

 優斎は笑いながら、手を横に、

「皆様、この人のお陰の様な物です」

 と言うのだが、お華は慌てて、

「嫌ですよあなた。いえいえ、たまたまにございます」

 と手を振る。さすがにあなたに変わっている。

 しかし裕一郎は、

「たまたまって、そんな方々、たまたまで呼べるのか?」

 優斎はさすがにおかしくなってしまい、笑いながら、

「まあ、まあ、その辺は後ほど」

 と言った。

 すると今度は兄の嫁、おちよが、

「挙式はお江戸で?」

 と聞いたので、優斎が、

「いえ、私共はつい最近、先程申し上げた、元、大奥年寄り、姉小路様に同行しまして、ついでと言ってはなんですが、京の八坂神社にて、略式ではございますが、式を上げました」

 三人は再び驚愕の顔だ、

「八坂様ってあの?」

 と、おちよが言うと同時に、お華が前に出て、懐から、三人分八坂のお守りと御札を兄達に配る。

 おしげは、それをジッと見詰めて、

「誠じゃ。まさか八坂とはの……」

 それを見て優斎が、

「いい加減な物ではない事はお分かり頂いたと思います。と言う事で、どうか皆様ご承知おき下さいませ」

 お華と二人、頭を下げる。


 こうして、お華が恐れていた挨拶も滞りなく終了し、夕食の時間となった。

 すると、突然裕一郎が、盃を片手に、

「そうそう、お華さん。お知らせしなければならない事があったんじゃ」

 と言われ、お華は若干眉を寄せている。

「お殿様がな、明後日、城に来て欲しいと仰っておられてな」

 それにはお華もさすがに、大きな目で額に手を当て、

「そ、それはまさか、手合わせと言う事でしょうか?」

 裕一郎は頷いて、

「そう、御前試合じゃ」

 と言われ、お華は、ガックリ両手を畳に付ける。

 しかし、それには母親ら女達も驚き、同時にえらい剣幕で、

「裕一郎何を言う。嫁さ手合わせなど、正気で言っておるのが?」

 そうそうとお華は頷いているが、優斎は大笑いした。

「やはり、そうなりましたか。やられましたねお華さん。留守居様の言う通りだ」

 しかし、おしげは、

「次郎! 何を言ってるそんな危なぇ事、お江戸から来て早々の嫁さ言うなんて」

 と本気で怒っているから、お華は正直嬉しかったが優斎が、

「はは、母上。ところがそうはいかないのですよ」

「なに?」

 優斎は一口酒を呑み、

「母上。何故、お華は姉小路様とご一緒に京に行ったと思います? 単なるお付きではございません。私は医者として。そして、この人は護衛として行ったのです」

 さすがにこの言葉には、女二人大層驚いた。

「ご、護衛って。この人ほだ(そんなに)に強いのかい?」

 優斎は少し頷き、

「私でも、まともに相手をすれば、敵わないでしょう。江戸のそうそうたる大道場の剣客達でさえ敵わないと思います」

 もう、二人は何が何だかわからない。文句も言えなかった。

 すると、お華が恐る恐る、

「兄上様? どの程度の方と……」

 と聞くと、

「仙台で有名な道場から、三人だそうな」

 お華は優斎に、

「あの~江戸あたりから私なんぞが出て行ったりしたら、お顔が潰れて、尚且つ殿様の御不興を買いませんかね?」

 と聞くから、皆は更に驚く。

 すでに勝つ前提で、物を言っているからだ。

 優斎は頷いて、

「その気持ちは分かるが、相手も道場を背負って出てくる。あなたが下手に手を抜くと余計、無礼な事になってしまう。こうなれば仕方無いよ」

 などと言っているから、余計に女二人は、別世界の話を聞いている面持ちになってしまう。

 すると、おちよが、

「手合わせって、何で? 刀で?」

 優斎は笑って、

「あ、姉上はお聞きではありませんでしたか。お華さん、お教えしなさい。丁度正面に花瓶の取っ手があるでしょう。あの丸に」

 お華は驚いて、

「え? ここで?」

「そうです。説明するより実際に見て頂いた方が早いでしょ?」

 お華はまたガックリとしながらも、

「お兄様、お母様。お部屋を傷付けますがお許し下さい。そして、お声掛けするまで決して動いてはなりません。でも直ぐ終わりますので……」

 と言った途端、素早く頭に手をやったかと思ったら、同時にポ~ンと大きな音がした。

「手裏剣!」

 小さな声で叫んだ、おちよが驚いた顔をしている。

「もう大丈夫ですよ」

 と言う前に、後ろで見ていた下女は、驚きで口に手を当てて怯えている。

 母のおしげがそっと後ろを見ると、見事、簪が小さな丸い取っ手に突き刺さっていた。

 お華は兄に、

「申し訳ありません。お騒がせ致しました」

 と頭を下げるのだが、三人は凍り付いていた。

 大体、打ったがどうかさえ分からないまま、音だけが高らかに響いたからだ。

 もう、何と言って良いのかさえ分からない。

 優斎が、  

「これがこの人の技です。おそらくお殿様もご存じなんですがね。どんなお積もりなのか……」

 すると裕一郎が、

「そう言えば、お前も知ってるだろう。(くろ)()(ばき)組の……」

 優斎は大きく頷いて、

「ああ、はい。手裏剣のお師匠様」

 それにはお華が「ええっ」と驚愕の声を上げ、

「まさかその方と?」

 しかし、裕一郎は笑い、

「いや、一緒にご覧になる様だ。お華さんも黒脛巾組の藤林道場知っておるのか?」

 さすがにお華は首を振り、

「いえいえ、あなた?」

 と優斎に顔向け、説明を求める顔をする。優斎は笑顔で、

「昔の我が伊達の忍衆じゃ。ただ今は、若い娘の嫁入り前に、自衛のため習いに手裏剣を教えている所じゃ。あ、そう言えば、姉上も行ってたのですよね」

 それにはおちよも和やかに、

「ええ、私も嫁入り前にね少し。でも、手裏剣と言っても、今のお華さんのとは全然違いますよ」

 と大きく手を振る。

 優斎も頷き、

「まあ、そうでしょうね。ですからお華さん。そう心配する事はありませんよ」  すると、今度は母のおしげが、

「本当に大丈夫なのかい?」

 と心配そうに聞くが、優斎はお華の顔を見ながら笑い。

「だって、この人。江戸の伊賀や甲賀よりも強いですから、何の心配も入りませんよ」

 これには裕一郎が驚く。

 さすがに仙台でも、伊賀や甲賀の名は通っている。それよりも、と言われると当然。

「じゃ、この人は?」

 と聞くが、優斎は、

「それは、終わってからにしましょう。少々手間がかかりますからね」 



(2)


 翌日。

 優斎夫婦とおちよは、青葉城へ向かっていた。

 おしげが心配の余り、おちよに付いていけと申し付けたらしい。

 もっとも、おちよも黒脛巾組の藤林道場の当主、お龍とは顔見知りだから一言、ご挨拶したかったらしい。

 そして城に入り、庭。つまり今日の試合場。白幕に仕切られた所に行くと、お華は侍に案内され、控え場に行く。

 それを見送り、優斎とおちよは、こちらも案内され居間に上がって行った。

 廊下で二人は、向こう正面に座る当主。伊達義邦に平伏した。

 義邦は笑顔で、

「優斎、久しぶりじゃ、こちらに来い」

 と自ら立ち上がって、庭側の中央に席を移動する。

 横に来い。と言う事らしい。

 そして、この日は、その隣にこれも移動した侍がいた。

 当然、優斎は、この侍にも挨拶する。

「優斎。今日はな、片倉にも来て貰ったのじゃ」

 と言った。

 片倉家は小十郎の名で有名だが、伊達家の家老である。

 そして、この頃大名は、一国一城令の世ではあったが、この片倉家は幕府から特別な信任を受け、白石城の城代でもある。

 しかし、この日はたまたま所用で登城していたが、剣術の御前試合があると聞き、

見学と言う事で座っている。

 さすがに、片倉家当主、邦憲がいるというのは、優斎も驚いていた。

 後ろの方では、お千代が藤林道場の道場主の前に出て、あくまで小声で、

「これはこれは、龍子様。お久しぶりにございます」

 と挨拶している。

 挨拶された龍子も、余りに突然の出会いに驚き、

「これは、おちよ殿。何故あなたがここに?」

「ええ。実は本日の、お華というのは私共の弟の嫁でして……」

「なんと!」

 と師匠と弟子の再会を喜びながらも、師匠は、

「そなたの嫁というのは、この様な所に呼ばれるぐらい強いのか?」

 さすがにその道の師匠だから、当然聞く。しかし、おちよは眉を寄せ、

「お師匠様。それが、昨日、江戸から報告に来たばかりなのですよ。弟は大丈夫だと言うのですが、私も母上は、心配で仕方なく来てしまったのです。ただお師匠様がいらっしゃるとお聞きしましたので、丁度良いとご挨拶に……」

 しかし、その師匠は、

「なるほど、どこかでお見かけと思ったら、次郎殿であったか。剣術でも有名だった次郎殿が大丈夫と言うぐらいなら、相当な者なのであろうな」

 おちよは頷き、

「嫁は、棒手裏剣を使うのですが、昨日、一本だけ見たのですが、確かに驚かされまして。今までに見た事のない速さでした」

「ほう! 棒手裏剣か!」

と彼女は笑みを浮かべ、

「それは楽しみじゃ」

 と庭に視線を移す。

 一方、中央の優斎は、

「お殿様は私の事ご存じなのに、なんで仙台まで来て! と怒ってまして」

 と言うと義邦も大笑いし、

「先程、そこで一礼してくれたが、顔が膨れてたわ」

「殿、これには何かお考えが?」

 と聞くと、義邦は大きく頷き、

「実はな、江戸にいると、いつも三郎が報告してくれるんだが、あやつは、お華さん凄いのです! としか言わん。わしも実際には見たこと無いからな。それが一つ。それより、我が家中で評価の高い侍が、どう戦うのか見ておきたくての」

 優斎も大きく頷き、

「なるほど、普段、相手にしない手裏剣を相手にどう戦うのかご覧になりたかったのですか」

「そうじゃ、剣と剣ではなく、思いも寄らぬ相手ならどうなのかということじゃ」

 すると優斎は笑い出し、

「殿様。それが目的でございましたなら、相手が悪すぎます」

 さすがに、それには義邦が驚いて、

「なんと、そんなに違うのか?」

 優斎は頭を下げ、

「申し訳ございませんが。あ、それに片倉様!」

 と反対隣に座る片岡に話を振って、

「ぜひ片岡様にも、よくご覧頂ければ、恐らく驚く事になります」

「何、驚く?」

 と片岡は、首を傾げるが、優斎は、

「まあ、その辺は試合が終わった後で。それから殿。折角、手裏剣の師匠もお出でですから、もっと近くで見て頂いてもよろしいでしょうか」

 義邦は笑顔で頷き、後ろに向かって、

「師匠! そなたも近くで見なさい!」

 と声を掛けると優斎も、

「姉上! お殿様からお許しが出ました、姉上も一緒に」


 みんな庭沿いに、座席が決まると、頃は良いとみたのだろう、審判を務める、長老が、お華と最初の相手を呼び出す。

 相変わらず、お華は気分が優れぬ顔だ。

 だが、審判の、

「始め!」

 の声が響き渡ると、一気に顔が変わる。

 しかし、直ぐに優斎は、額に手をやる。

 侍は、「おう!」と大上段の構えである。

 実はお華も、少し首を傾げながらも、二つ後ろに飛んで、一つ回った。

 全く光も何もなく、相手の刀に向かって、素早く飛ばした。

 その簪は、相手の刀に「キーン」と音を立てる。

 さすがにいきなりの、しかも刀にそのものの、回転で力の入った攻撃に、侍は「あっ」と声を上げてしまい、刀が後ろに飛んでしまった。

 優斎は両手を頭に当て、(馬鹿者)と小さな声で言ってしまう。

 しかし、お華は既に、二回目の回転。今度はいつもの様に、相手の頭に向け、もう一本放つ。

 それは、これもいつもと同じ、髷を打ち抜いて爆発させる。

「それまで!」

 審判の声が、周りに響く。

 居間で見ていた者達に、感嘆の声が湧き上がる。

「なんと、あっという間ではないか……」

 義邦は、悔しいのか嬉しいのか、大声で叫んでしまう。

 藤枝道場の師匠も、

「刀と髷?!」

 と、信じられない顔で驚いている。

 もう、余りの事に泣きながら退く相手の男を嘲笑いながら、もう一人出てきた。

 しかし、この男も大上段である。

 優斎は、医者でもあるが、充分知ってる世界でもあるので、余りの油断に少々怒っていた。

(馬鹿者どもめ!)とあくまで小さな声で言ったのだが、義邦はそれを聞き、ぷぷっと笑ってしまう。

 さて二人目だ。

 いきなり駆け込んできた男に、お華は容赦無く、同じ様に刀に一本素早く当て、足を止めさせる。

 今回は刀を飛ばさなかったものの、そこでお華は再び、華麗に円を描く。

 放った簪、今度は二本。

 それは男の両の腰に向かって飛び込む、そして、それは男の袴帯を切り裂いた。

 同時にお華はまたポンポンと二つ下がる。

 男は、大した事では無いと、更に飛び込もうとし、腰に力を入れたのが拙かった。

 袴の帯は、綺の帯が左右に飛ぶ。当然袴は下に。

 結局、それに足を引っかけ、豪快に倒れてしまう。

 審判や見学していた者達は、思わず笑ってしまう。

 もう、義邦は頭を抱えている。

 女達は、視線を逸らしながらも、再び驚いた顔だ。

 しかし優斎が、ここで声を上げた。

「お華さん! 遊んではいけません!」

 である。

 お華はさすがに優斎の声には気付き、頭を掻きながら笑っている。

 当然、ここで試合終了である。

 彼は、慌てて袴を片手で上げ、顔を隠しながら去って行く。


 すると、義邦が驚いた顔で優斎に、

「優斎、あれは遊びと言うのか?」

 さすがに優斎は、

「殿様、誠に申し訳ありません。あの人は、余りに力の差があるとつい遊んでしまうのです。あの子の悪い癖です」

 と聞いたものの、義邦と片岡は顔を見合わせて、義邦が、

「遊びだと。信じられるかお主」

「い、いえ。あんな事、遊びで出来るなど、とてもとても」

 彼も大きく首を振る。

 そしてとうとう最後だ。

 三人目は、これこそ優斎が居ない伊達家では、一番とも言われている男だ。

 さすがにこの男は、幕の後ろで様子を見ていた様で、驚愕の顔をしている。

 先程の二人とは違って、慎重な心が顔で出ている。

 お華も、優斎に怒られた事もあって、気を入れ替え、ジッとその動きを見ている。

 開始の言葉を聞いても、さすがにこの男上段には構えず、正眼に構えている。

 暫く、この状態が続いた。

 さすがに、一番と評判される男であった。

 義邦も「この男なら」と思っているだろう。

 優斎は、ただ(どっちが先に仕掛けるかな?)とそれだけを考えていた。

 先にお華が動いた。

 まず、いつも頭の頂点を狙った簪が飛んだ。

 さすがにこれは素早く、刀の峰で音を立てて防いだ。

 その時この男は、ここだと思ったのだろう、一歩前に踏み出した。

 ところが、その時既に、お華は沈んでいた。

 そして、沈んだ時点で、もう二の矢を放っていた。

 それは、男の踏み込んだ足に太陽の光を反射させながら、見事に草履の鼻緒の部分を刺し貫いた。

 男にもその衝撃が下から響いたが、既に走り出そうとしていた時だ。

 もう間に合わなかった。

 足がそこから動かず、そのまま前に、ドーンと倒れてしまう。

 これには、居間で見ていた者の度肝を抜いた。

 手裏剣の師匠は、

「鼻緒を?」と後ろに手を着き、恐れおののいている。

 同じく、義邦と片岡は息を呑んだ。

 そして優斎は、顔色も変えず、頷いている。

 この時点で、もうお華の勝ちだった。

 しかし、審判は止めないので、お華は一回り、

 二本の簪で、倒れた顔、両方寸前に打ち抜いた。

 ここでやっと、

「それまで。お華の勝ち」

 の声がかかる。

 優斎の予想通り、お華の全勝であった。

 お華は、そして回りで見ていた者に頭を下げて挨拶し、庭横の階段を上がっていく。

 座り直していた義邦の前、優斎の隣に座り、一つ頭を下げ、

「お殿様、お久しぶりにございます」

 とは言ったものの、直ぐに、

「お殿様! 殿様も私の手裏剣は既にご存じの筈なのに、今更どうしてです?」

 と文句を言っている。

 後ろに座る、おちよは慌て、

「こ、これお華さん。ご無礼な事を言ってはいけません」

 と窘めるが、義邦は笑って、

「いや~すまんすまん。これはな、お華と言うより、我が家強者の実力を知りたかったからじゃ」

 などというから、お華は頬を膨らませ、

「要するに私は、試しに使われたのですか?」

 お華がまだ言っているから、優斎は、

「もう良いではないか」と笑顔で止めると、これも庭から先程の審判が登ってきた。

 実はこの男。優斎が通っていた道場主だった。

 もちろん優斎も分かっていて、

「これはお師匠。お久しぶりにございます。お疲れ様にございました」

 と深く頭を垂れる。するとその師匠は、苦笑いで、

「いや。女子の手裏剣使いが相手だから、駄目なら直ぐ止めてくれと係の方に言われてたのじゃが、とてもではございません。裕二郎。そなたはまた凄い女と夫婦になったもんじゃの」

 夫婦は、笑顔で顔を見合わせる。

 そして、裕二郎の師匠は、お華に、

「そなた。そなたの手裏剣の技は、どこの流派なのだ。恥ずかしながら、私でも見たことが無い」

 すると、同時に、藤林道場の師匠、龍子も、

「そうです、貴方は一体……。どうも伊賀や甲賀とも違うし」

 と聞くから、優斎がお華に変わって、

「この人は、言うなれば信濃流にございます」

 と二人は頭を下げた。

 これには二人とも驚いた。

「信濃?」

 と驚く龍子。彼女は聞いた事が無い様子だった。

 すると、優斎は笑顔で、

「信濃と申しましても、根本は甲州流の草の根が別れた物にございます。甲州と言うと有名なお方、武田信玄殿。その配下にございます。そして同じ頃、信濃に居たのが……」

 と、優斎は片岡の顔を見て、

「片岡様はもうお分かりでしょう。そう真田様にございます」

 片岡は、大いに驚いた。

 すぐに理解した様で、皆大きく頷くが、意外な名前に驚いている。

 そして優斎は、

「真田と申しましても、今もございます真田家ではございません。これは戦国の終わりに、大阪にて、大活躍した真田にございます。これは当然お殿様も、当然ご存じの筈だと思います。何しろ瑞鳳の貞山公(伊達政宗)も、この戦には御出陣なされておりましたから」

 しかし、義邦は更に驚愕した顔で、慌てて、

「ち、ちょっと待て、と言うことは、お華は真田の草の者の血を引いていると言うのか。そして真田と言えば、片岡、そなたの縁戚ではないか……。こりゃ驚いた」

 いや、もっと驚いたのは、おちよと裕一郎である。

 まさか昨日初めて仙台に来た、嫁にそんな繋がりがあるとは信じられない。

 すると、片岡邦憲が、

「そうか。お主が言いたかったのは、この事か……。わしが今日、ここに来たのも、何かの引き合わせかもしれんな~」

 と腕を組んで、感心している。

 そして優斎は、

「今回の侍達に実力が有るのは私にも分かりましたが、些か、思慮が足りないと申します……そうですね、お師匠様」

 優斎の師匠も厳しい顔で頷いて、

「うん。手裏剣に上段で構えるなど、間が抜けておる。わざわざ自分から打って下さいと言ってる様な物じゃ。あれなら、龍子殿でも勝てます」

 さすがに、龍子は額に手をやって、

「いえいえ、そんな……」

 と恥ずかしがっている。

 すると優斎は、

「殿。本日は情けない姿をお見せしましたが、ご安心下さい。他の家の侍でもそれ程変わりません」

「お? それは誠か?」

 優斎は頷いて、

「なにしろこのお華は、長州・土佐、そして水戸の者など、そして江戸の有名な道場に集まる各地の侍も一人残らず倒していますから。我が伊達だけが、どうと言う問題ではございません」

 と笑う。

 さすがに、今度は聞いてるお華が恥ずかしくなって、

「先生……それぐらいで……」

 と、下を向いているが、義邦がそれを聞いて、

「へ~そうか、そうか。それならば、まあ安心じゃ」

 これで、皆、笑ってしまった。


 帰り際、龍子から、お華に、

「一度、私の道場に」

 と誘いがあった。お華は優斎が頷くので、

「はい。一度遊びに寄らせて頂きます」

 笑顔で頷いた。

 


(3)


 帰った優斎・お華達に、母親おしげが出迎えた。

「お母様。只今戻りました」

 と、お華が深く頭を下げると、おしげは、

「どこか怪我してないかい? 大丈夫かい?」

 さすがに心配していたのだろう。あちこち触っている。

 それと、江戸のお華だから、少し言葉も直した様だ。

 それには、おちよが笑って、

「大丈夫も何もないですよ。余りに強くて」

 さすがにそれには、

「え?」

 と意外な表情である。

下女のおろくが、茶を運んでくる中、

 裕一郎が、むしろ呆れた表情で、

「しかし、あれほど殿と親しいとは思ってなかった。手裏剣は強いし、見てたお師匠も驚いておったわ~」

 と茶を一口。

 そんな中、お華は優斎に、

「ところであなた? 信濃とか、あんな話して大丈夫なんですか?」

それには優斎も不思議な顔で、

「ん? 何がだい?」

 と聞き返す。

「いやね。大阪の陣とか、こちらに迷惑かかりませんかね?」

 それには優斎は笑って首を振り、

「大丈夫ですよ。ここは仙台ですよ。だれもそんなことを騒ぎ立てりゃしません」

まあ、そうですよねと、お華も安心したのか、笑顔でお茶を啜る。

 すると優斎は、

「だいたいその話。姉小路様もご存じですよ」

 お華は、さすがにその話には驚愕し、

「え? 姉様も?」

 優斎はゆっくり頷き、

「あの、京都の際、私の同行をお願いした、浩太郎の兄上が全部」

「全部? ったく、あの兄上は余計な事を……」

 と怒っていたが、優斎は笑って、

「そもそも、もう二百年も昔の話。今更、どうと言う事は無い。と姉小路様が」

お華は驚き、

「お咎めは無かったの?」

「お咎めどころか、今となってはどうでも良い事。と仰っていましたよ。重要なのは今。いつもの様にやってくれれば充分と……」

「そうでしたか……。それならばありがたい事です」

 すると、一方でおちよから報告を受けていたおしげが、

「お華。黒脛巾組のお師匠から、ご招待を受けたのかい?」

 それには、お華は大きく頷いて、

「ええ。そうなんでございます。お母様。その場ではお受け致しましたが、やはりお断りした方がよろしいでしょうか?」

 おしげは微笑み、

「何を言う。折角のご招待じゃ、おちよ連れて、明日にでもお伺いしなさい。あそこは確か、広瀬川沿いだったな、おちよ」

 おちよも、

「まあ、裕二郎さんもご存じでしょうけど、ここからそれ程遠くはありませんから」 お華は「ありがとうございます」と深く頭を下げた。


 そして夕食になり、色々笑いながら、小宴となった。

 おしげは、

「私も見に行けば良かったな~」

 と言うのだが、裕一郎は、手を振り、

「母上が行ったら、腰抜かしますよ。この人(お華)は母上の想像を遙かに超えてます」

 おしげは、

「だからよ。武士よりも強い、我が家の嫁ってのを見たかったわよ」

 などと言うから、後ろの座敷で食事をとる、この家の下男下女も思わず笑ってしまう。

 お華も、

「嫌ですよお母様。何だがおばけみたいに仰るは」

 と楽しく過ごしていたが、しかしある時、優斎は箸を置き、スクッと立ち上がった。

 当然、お華も同じく気づいていた。

 優斎は、部屋の隅に立て掛けている刀を手に取り、同時に衣紋掛けに掛かっていたお華の黒紋付きも引き下ろし、お華に渡す。

 お華はそれを素早く着ながら同時に、

「母上、姉上、端に! 兄上、恐れ入りますが、捕り手の手配を」

 裕一郎もさすがに異変に気づき、奥の下男に、

「奉行所にこの事を、捕り手を大至急、頼んでくれ!」

 と声を発すると、おしげ達も慌てた様子で、二人とも部屋の隅へ、その前に下女のおろくも、素早く移る。

 その時、庭から、

「秋月のお華! 我が師匠の敵討ちに参った、尋常に勝負せい!」

 と、五、六人、庭で刀を抜いて構えている。

 こうなると、お華はいつものお華である。

「どいつの弟子か知らないけど、仇だ? 誰の仇なのよ! せいぜい髷削ったか、袴脱がされただけでしょ!」

 と言い放ち、優斎に、

「多分、こうなるんじゃないかと思ってたんです。だから嫌だったんですよ~」

 と言うと、優斎も微笑んでしまう。

 六人で討ち入ったのはいいが、お華と優斎が、廊下に立ちはだかる。

 どうも手出しが出来にくいと見える。手裏剣の事は聞いているから、さすがに警戒している様子だ。

 しかし、何時までもジッとはしていられない。その一人が「覚悟!」と言って飛び込もうとした。

 だが、それまでだった。

 当時にお華は、両手から六本の簪を既に放っていた。

 それは、一瞬の月の光を反射させ、男達全ての両頬に、ほぼ同時に六本突き刺さった。まるで往復ビンタの様に。

 その時、庭の方に下男が連れて来た、押っ取り刀の同心が入ってきたが、丁度、男達が、いきなりの攻撃に、ギャーと悲鳴を上げた時だった。

 仙台奉行所の同心は、一瞬、どちらがどうなのか見誤るほど、鮮やかな攻撃だったが、頬からの血の噴水を見て納得した。

 そしてお華は、間髪入れずに、二度目の攻撃。

 同じく六本が、男達の髷に襲いかかった。

 当然、爆発である。

 おしげ達は、襲われた怖さよりも、このお華の動きに見とれていた。

「す、すごい!」

 下女・おろくの一言である。

 当然、優斎は下に、素早く飛び降り、男達の膝辺りの筋を、まるで手術のように切り裂いて行く。

 その様子に立ちすくんでいた同心と手下達は、目覚めた様に次々縄を打ちに走る。

 武家屋敷に討ち入りだから、遠慮はない。

 お華は裕一郎に、

「お兄様。お裁きに口出しするつもりはございませんが、どうか、命だけは取らぬ様、殿様に申し上げて頂けませんか。充分お仕置きは済みましたから」

  そして若そうな小者の一人に、

「簪手裏剣、抜いて返してくれる?」

若い男は、如何にも恐ろしそうな震えと共に「へえ」とぎこちなく頭を下げる。

 そしてそれを、裕一郎も、笑顔で眺めている。

 お華は、振り返り、

「お母様、お姉様。お騒がせしました。食事の続きを致しましょ」

 と笑って言うのだが、二人は、顔を合わせまだ動揺していた。

 何しろ、我が家に討ち入りなんぞ初めてだから、当然である。

「ね、母上申し上げた通りにございましょ」

 のおちよの言葉に、さすがのおしげも震えながら頷く。

 そして座ったお華に、

「おっどろいだ! 話は、前から聞いていたけども、これほどとは。そのような腕を持っているのなら、他の道もあったんではないかい?」

 と言うと、お華は笑って、

「お恥ずかしい所をお見せして申し訳ありません」

 チョコっと頭を下げると、隣の優斎と顔を合わせる。

 それは、言葉無き承諾というもので、早めに帰ろうと言う事。

 これ以上、居ると、母親に迷惑掛けるのを恐れての事だ。

 そしてお華は、裕一郎に、

「兄上様。これも全て、殿様のせいですよ。と仰ってくれませんか。そうすればこれ以上襲われる事もないでしょうから」

 と言うのだが、殿様に文句を言えと言うのだから、頭を抱えてしまう。

 それから、何事も無かった様に、話が始まる。

「お母様、あのサブちゃんは……」

 と、祐三郎の話で、夜遅くまで盛り上がった。


(4)


 さて翌日。

 留守を優斎に任せ、お華とおちよは、黒脛巾組の、藤林道場に向かった。

 

 裕一郎は登城したので、残っているのは、優斎とおしげ。

 おしげは、

「二郎。サブは上手くやってるのかえ? しばらく様子を聞いてないけど……」

 末っ子の祐三郎の事が気になっている様だった。

 しかし優斎は笑って、

「母上。先日、あいつのアメリカ土産をご覧になったでしょう」

 少々、彼女は忘れていた様だ。

「おお、そう言えば」

 優斎は、静かな声で、

「我が伊達の者が、アメリカに行く事など、政宗公以来、二五十年余り振りの事。これは長い間関わった者達の無念を晴らす事が出来ましたし、あいつ自身は、なんとご公儀に指名されての事です。大したもんでした」

 そう言われて、おしげも嬉しそうに、

「あの子は末っ子で、甘やかされて育ったから心配だったのじゃ。でも、皆様の御役に立てる者になったのなら、誠に嬉しい」

 すると、優斎は、

「まあ、相変わらず剣の方は全く駄目ですけどね。いつもお華さんに笑われていますよ」

 それにはおしげも一緒に笑ってしまう。

 しかし優斎は、

「でも、そのお華さんのお陰で、良い先生に就くことも出来て、あっという間に、アメリカの言葉も話せる様になりました。あの人のお陰で、あいつの未来は、本当に大きく開けました、伊達のお殿様も、大変喜んで頂いた様で、なんとアメリカに渡る時、港まで、見送りにいらっしゃった位ですから。御家にとっても、下手な武将より、余程、役立つ男になりましたよ」

 それには、おしげも涙を零し。

「いやいや、お前とお華さんのお陰じゃ。よく導いてくれた。しかし、お前さんも嫁を貰うまでになったのじゃ、頑張らねばなりませんよ」

 と言われると、優斎も顔を微笑み、

「そうです。末っ子の心配ばかりしている場合じゃありませんから、しっかりしないと」

 すると、おしげは、

「そうじゃ。でないと、お華さんに叱られるぞ」

 と大笑いだ。

「全くもって」

 優斎も口に手を当ててしまう。


 さて、お華とおちよは、

「お姉様、ちょっと……」

 と言って、何人か既に見学していた格子窓際に行って、稽古を少し見学した。

 意外に広く、しかも女子ばかりだ。

 芸者でもあるお華には、女ばかりも珍しくはないが、この時代、道場では滅多に見られる光景では無いので、余計に嬉しく感じた。

 暫く、二人で見ていると、おちよが、

「ああ、懐かしい」

 と声を上げる。

 その言葉に微笑んだお華は、

「では参りましょう」

 と、二人で玄関口に向かった。

 当然、今日のお華の来訪は分かっていたから、直ぐに通され、道場に向かった。

 師匠席の龍子は、喜んで迎えた。

「ようこそお出でなさった。お華さんの噂は行き渡っていた居た様で、みんな集まってくれました。こちらへ」

 と言うので、お華とおちよは頭を下げ、龍子の側に座ると、弟子達、およそ十五人程度だろうか若い娘達が集まっていたから、こちらも一斉に「先生。いらっしゃいませ」と頭を下げる。

 お華は、少し照れて、

「先生って程ではありませんよ」

 と和やかに返礼する。

 龍子が、

「お華さんには、手狭でしょうが、いかがでしょうこの道場」

 お華はいつもの調子で、

「いや。思ったよりも、綺麗で広い道場。そして女の子ばかりだから、何だか道場に来たと言うより、踊りの稽古場にでも来た様な気がしますよ。江戸の剣術道場なんか、汚くて汚くて、私なんかが行くと、女が何しに来た! って顔で、粋も何もこれっぽっちもありませんからね。本日は、ご招待頂いてありがとうございます」

 と、並んで座っている娘達に頭を下げる。

 みんなが笑っている中、道場筆頭の様な女が、

「先生。お城でのご活躍お聞きしております。是非、一手、ご教授願えませんでしょうか」

 頭を下げるが、来た早々、迷惑だと思ったのか、龍子が、

「これ、折角いらっしゃったのに、いきなり技を見せよというのは失礼です」

 と叱りつけるが、お華は首を振って和やかに、

「はは、その辺は、剣術道場と一緒ですねぇ~」

 一度笑って、

「分かりました、お見せしましょう」

 と立ち上がった。

 お華は道場の真ん中、窓際に行って座る。

 他の子達は、的に向かって真ん中を開け、ズラッと座っている。

 お華の正面には、丸い的が六枚、ズラッと並んでいた。

 するとお華は、

「では!」

 と声を上げると、懐から簪を取り出し、両手で六本。素早く打ち放った。

 それは、全ての的の真ん中に、殆ど同時に突き刺さった。

 さすがにこれには、驚愕の声が上がった。

 余りに速く、そして的確な手裏剣だったからだ。しかも両手である。

 おちよとお龍はともかくも、初めて見た女達は、本当に驚いていた。

 そして周りを見回し、お華は、

「私の手裏剣は、信濃流と言います。この流派については、後ほどお師匠様にお聞き下さい」 と笑顔で言い。

「先程、あなた方の稽古を拝見しておりました。さすがは伊達様。手裏剣の道場があるとは、私も驚きました。そして皆さんも、しっかりお師匠のご指導を受け、大した手筋と感心しております」

 その言葉には、皆、笑って恥ずかしそうにしている。

「ですから、私が外からあれこれ言うのは些か失礼にも思いますが、お師匠様が是非にと仰るので、一つだけ申し上げます」

 と、一度頭を下げる。そして顔を上げると、

「皆様は、自衛の為、武家の嫁の嗜みとして、こちらで学んでいると思います。そうですね?」

 お華は、近くの女達に向けて言うと、その子達も大きく頷く。

「では、今、私が放った手裏剣はお忘れ下さい。精々、そんなことが出来る女が居たという位で結構です。そして、あなた方に今必要な事。それは、二つを確実に当てる事です」

 中の一人が、驚いた顔で、

「二発だけですか? それはどういう?」

 と声が上がった。

するとお華は、周りを見回し、背の高そうな娘に目を止め、

「貴方。あなた悪いけど、あの正面の的の左に立ってくれる?」

 と頼む。

 その子は、いきなりのご指名に驚き、恥ずかしげに笑いながら、的の横、壁について立った。

 そして、お華は側の小さな机に揃えてあった手裏剣を二本、手に取った。

 お華は師匠に、

「お師匠様。これは、伊賀の手裏剣に似てますね~」

 と笑顔で言うと、師匠は大きく頷き、

「はい。殆ど同じの平手裏剣です」

 お華はそれを揺らしながら、

「なるほど、良い手裏剣です」

 と言うと、お華は軽く頭を下げ、改めて正面に身体を向けた。

 立ってる女に、「動いちゃだめですよ」と軽く言うと、素早く一本打った。

 それは、女の顔の高さ、丁度、鼻辺りの所に突き刺さった。

 そして、同じくもう一本放つ。

 これは同じく、彼女の膝辺りの的に突き刺さった。

 居並ぶ女達は、これにも驚いた。

 お華は、軽々と道場の手裏剣も正確に突き刺したからだ。

 お華は頷き、

「まず、もう既にお師匠様にお聞きだと思いますが、手裏剣の本来の目的は、その場から逃げる。と言う事です。仮に、刀を持った男が襲いかかって来た場合。まず最初に、どこでも良い、どこかを撃ち、続けて、二発目を足、出来れば腿か関節を打ち抜けば、逃げる大きな隙が出来ます。その隙にご自分、若しくは大事な者。例えば皆さんお若いですから、お子さんが出来る方もいらっしゃるでしょう。抱き上げるなり、手を引いて、サッサと逃げるのです。助けて! とか大声で言いながらね」

 と笑いながら言って、

「そうすれば、その辺の者も出てくるでしょうから」

 それには、弟子達も一様に、笑いながら頷く。

 お華はまた続けて、

「ですから、最低でも二発。一つ目は、場所は顔辺り、そして二発目は、足。ここに確実に撃てるようにしなければなりません。お分かりになりましたか?」

 そしてお華は師匠に、

「どうせなら、的は上下二つ。ご用意なさった方が良いと存じます。今の手裏剣辺りに。一本目は、顔を目指して。しかしこれは、何分、目の近く。修業を積んだ者ならば除ける事が出来るでしょう。しかし、これで一瞬動きが止まります。そして次に下、膝の辺りに打ち込む事が出来れば、これで逃げる隙間が出来る筈です」

 それには、龍子も、

「そうね。至急、上下二枚、用意しましょう」

 と笑顔で頷く。

 するとお華は、

「刺さった簪手裏剣は、差し上げます。あれが合ってるなと思ったら、刀鍛治か簪作りの職人さんに頼んでみて下さい」

 とお華は、深く頭を下げた。

 一同は明るい顔で、一斉に頷く。師匠の龍子も良い事を話してくれたと、招待したのを満足している。

 すると、別の子が、

「あの先生? でも先生は昨日、我が伊達の侍達に、髷を打ったり、袴を斬ったりしたそうですが、あれは?」

 と聞かれ、お華は、お龍、おちよと顔を合わせ、大笑いだ。

 お華はやっと、

「もう知ってるの? あれは、遊びですよ」

「え? 遊びにございますか? でもあれは御前試合とお聞きしてますが。私の父はお城勤めで、本日是非お聞きする様言われまして……」

 するとお華は、和やかに、

「そうですよ。御前試合だって言うのに、女で楽だとでも思ったのでしょう。余りに隙がありすぎなので、つい」

 と、笑いを止め、

「私は、兄が江戸の奉行所の同心、そして同時に、柳橋の芸者もやってますから、よく、お奉行様から、探索など手伝えと言われるのです。そんな時、私はいくら手裏剣が得意でも、決して人は殺さないようにしてます。でないとお裁きが出来なくなってしまうでしょ? 昨日の様に、髷の元結を打って、ビックリさせ、次に膝辺りを打つのです。そうしますとほぼ動けなくなるので、縄を打ちやすくなります。それと同じです。そしてこれは、あなた方に二本打てるようにしろと言うのと同じ意味です」

 それには彼女も、分かり易い説明で十分、理解出来た様だ。

 同時に、師匠もおちよも、改めて納得した様だ。

 そして、お華は、

「でも、旦那様から、遊んではいけませんとか、怒られてしまいましたけど」

 と大笑いだ。

 それから、お華は一人一人、それぞれ気づいたことを指導したりした。

 そして、

「皆さんは、ご自分の命を守るだけではありません。あなた方は若い娘たちだから、将来、ご両親や子供達を守る為にも、どうかこちらで教えを頂いている間だけは、どうかその事、真剣にお考え下さい」

 と頭を下げる。


 さてその後、暫くして師匠に挨拶し、おちよと戻っていくのだが、途中、お華は おちよに、

「お姉様? あんなんで良かったかしら?」

 と聞くと、おちよは笑って、

「何、言ってるの。あれで充分よ。まだ、嫁入り前の娘たちだもの。あれ以上になると、それはそれで、別の問題になるわよ」

 と笑っている。

 するとお華は、

「今日、あの子達に言った殆どは、旦那様に言われた事でもあるんです。それを、伊達家中の女達に教えて上げる事が出来たのは、それはそれで嬉しい事です」

 と言う。

 おちよは、微笑み、

「そう言ってくれると、こちらもありがたいわ」

 などと、おしゃべりしながら戻って行った。  



(5)


 戻ると、兄、裕一郎も戻っていた。

「お華さん。お華さんの言う通り、命だけは助けるで済みましたよ」

 お華は、手を突いて頭を下げ、

「これは兄上。御面倒な事お願いしまして、誠に申し訳ありません」

 と言うと、裕一郎は、

「殿様に、お華が、だから嫌だと申し上げましたのに! と文句言ってましたよと伝えるとな」

 それにはさすがに、優斎が、

「そんな事まで、仰ったのですか?」

 と、呆れた様に言うと、

「殿はな、笑うながらすまんスマンと言っておられたわ」

 それには、お華以外が大笑いだ。

 すると裕一郎は、

「だが、そうは言っても、殿はお怒りだ。いくらお華が思った以上に強くても、負けて、家に押し入るなど、わしの顔に泥を塗る許せぬ事だ! と仰ってな」

「あら~」

 とお華は声を上げる。

 優斎も腕を組み、

「他家なら切腹ものだが、助かるなら良しとしなければ」

 するとお華は、

「やはり、あなた……」

 優斎も深く頷く。


 さて、小宴会の続きである。

 裕一郎が、優斎に、

「ところで、三郎はどうしてる?」

 と聞いた。

 それには、

「ああ、申し訳ありません。ご報告が遅れまして。母上には既にお話ししましたが、兄上も三郎のアメリカの土産などは届きましたでしょう?」

 裕一郎は笑って大きく頷き、

「そうじゃ、そうじゃ。あれには驚いたぞ。まさか我が家から、そんな異国に行く物が届くとは。しかも末のあいつじゃ。なあ、おちよ」

「本当ですよ。あれは本当に驚きました」

 すると、優斎は、

「実はあれは全てお華のお陰です。兄上は以前、江戸に来た時、お華に三郎の監視を頼まれたでしょう?」

 それには裕一郎も笑って、

「そうじゃったな。あれはどれほど前になるかの?」

 すると優斎は、

「まだ、あいつも十になったか、ならないかの頃で。それから江戸にやって来ましたから」

「そうだのう」

 と酒を呑む。

 するとおちよが、

「お華さん。監視ってどうしたの?」

 お華は大笑いして、

「お母様、お姉様。私は同心の妹ですが、柳橋の芸者をしておりますでしょう」

 それには二人とも頷く。それは既に手紙などで知っていた。

 お華は、些か得意げに、

「芸者ですから、あれくらいの若侍が遊ぶ所など、到底想像出来ます」

 優斎が横で笑っている。

「ですから、芸者としても、町回りの同心の妹としても、すべてに網を張ってですねぇ、サブちゃんに言って置いたのです、どこ行っても直ぐバレるからね。もし変な事したら……」

 と隣の優斎を見て、

「この人が、木刀持って、引っ叩きに行くよ! って」

 これにはおしげが、

「なるほど、恐くて何も出来なかったか」

 裕一郎は、

「そりゃ、裕二郎が木刀で、そしてお華さんが手裏剣じゃ、わしでも恐いわ」

 と大笑いだ。

 するとお華は、

「あの子は剣の方は全く駄目。遊びは監視付きですので、当然、お仕事と勉学しかありません。でも、あの子はそっちの方に才があったみたいで、若くしてアメリカまで行っちゃうんですから、その点だけは、この人を或いは超えてるかも知れません」

 と言うから、おしげは嬉しそうに、ニコニコと頷いている。

 やはり母親だからこそ。というところか。

 すると優斎が、

「まあ私を超えたかどうかはともかく。兄上」

 と裕一郎の方に顔を向け、

「アメリカへの親善使節など、本来はお上の者が行くのが当然ですが、伊達の侍でありながら、あいつに白羽の矢が立ったのは驚くべき事で、伊達家にとっても長年の宿願と言っても良い事をあいつは成し遂げました。私もそれを、聞いた時、嘘ではないかと信じられなかったぐらいです」

 裕一郎も、

「それそれ。お陰で、我が伊達家では、他家には内緒になっていたが、晴れて言える様になったからな。子孫の者も喜んで居ったとの事じゃ」

「はい。本当に、兄上と姉上は、良い息子を持たれたと言う事です」

 しかし、お華は、

「でも、剣は下手なんですけどね」

 と言うから、聞いてる下女、下男まで笑ってしまう。

 すると優斎は、

「良いんですよ。恐らくあの才能は、今後重宝されるはずです。貴方みたいに、踊りや手裏剣なんて、世間にそうはいないんですよ」

 と怒るが、おちよが、

「裕二郎さんも、剣とお医者だから、似た者夫婦って事ね」

 それには、みんなが和やかに、頷いた。

 すると、優斎は姿勢を正し、

「母上、もうそろそろ私達は江戸に戻ります。今日の様な事があるのは問題ですから。明日は、瑞鳳殿にお参りし、明後日旅立ちます。途中で、白石の片倉様にご挨拶して帰ります」

 お華も同じく、母と姉に頭を下げ、

「慌ただしくて、誠に申し訳ありません。どうせならもっとゆっくりしたかったんですけど、お城で余計な事をするもんで……」

 と笑い、

「今度は、黙って参りますので、暫く、お許し下さい」

 と二人とも、頭を下げると、母、おしげは、微笑み、

「気にすることはありません。じゃあ、また近いうちにまた。いらっしゃいね」

 と言ってくれたので、二人とも胸を撫で下ろした。

 そして、優斎は兄に近づき、

「兄上。先日はお華の御前試合だったし、御家から離れた私が言うのはおかしいと思いましたから、控えておりましたが……」

 いつになく厳しい顔で、

「よろしければ、先日私とお華が京に行った際、帰りに江戸への船を、京都の留守居様に、お手配頂きました。こちらの礼状方々、京の状況をご報告をお願いした方がよろしゅうございます」

 それには、

「おう。礼状な。送っておこう。しかし、京の状況と言うのはどういうことじゃ?」

 優斎は、一度頭を下げ、

「はい。かなり京都は困った事態になってました。我々も襲われたり、何と内親王様まで襲われたのです。これは公武合体反対派の浪人がしでかしました」

 さすがにそれには裕一郎も驚愕し、

「何と、内親王様じゃと?」

 優斎は頷き、

「はい。まあ、この人」

 とお華に顔を向け、お華も少し微笑む。

「この人も居ましたので大事にはなりませんでしたが、これは、かなり危険な状況です。治安の回復は、既にお旗本に申し上げましたから、ご公儀の方でおやるで、おやりになるでしょうが、問題は、伊達の京屋敷の事です。これ以上この事悪化したら、どうなさるか、お殿様とご相談下さるべきかと。あそこには別に飛び地もございますからこことの兼ね合いなど。兄上の方から、是非お願い申し上げます」

「おお、了解した。至急検討しよう」

「ありがとうございます。そして、出来ましたら、江戸の祐三郎にもお知らせをと、お伝え下さいますでしょうか?」

 優斎と、聞いていたお華は一緒に頭を下げる。


(6)


 さて翌日、優斎とお華は朝、広瀬川の近く、そして仙台城と向かい合う様な場所にある。経ヶ峰の瑞鳳殿に向かった。

 勿論、ご存じの通り、仙台藩藩祖伊達政宗が眠る霊廟である。

 残念ながら、後に太平洋戦争で一度、焼失してしまったが、現在は復興され、仙台の有名な観光地となっている。

 しかし、この時は元々の瑞鳳殿である。

 お華達は、政宗を始め、歴代の霊廟に仙台藩の一員となった事を報告し、二人揃って、神妙に頭を下げた。

 そして、屋敷に戻ってくれば、最後の小宴となる。

 城から戻ってきた、裕一郎は、

「あれらの者達の処分が決まったぞ」

 と言う言葉から始まった。

「はい」と言うお華に、部屋着に着替えた裕一郎は、正面に座り、

「お前さんの言うとおり、やはり何とか命は取らぬ事になった」

 それには、お華も微笑み、

「左様にございましたか、それは有りがたい事で」と言うと、裕一郎は、

「やはり、あの道場の連中は、加わった者全て改易になったわ」

 それにはお華も、

「まあ、殿様にもご辛抱頂き、誠に恐れ入ります」

 と、頭を下げると、優斎が、

「江戸なら、確実に切腹・打首になるでしょうからな。有りがたい事です」

 しかし、裕一郎は笑いながら、

「ただ殿様は、あまり変な事すると、あいつは江戸で奥に言い付けるからな。恐い恐いと、仰っておられたわ」

 それには、お華は勿論、家族一同、笑いに包まれた。

 お華は、

「兄上、お伝え下さい。奥方様や姫様には、決して言わないと思いますのでご安心をと」

 優斎は、また笑って、

「言わないと思いますじゃ、お殿様は参勤出来なくなるだろうが」

 これにはみんな、また笑ってしまう。


 翌日、別れの挨拶をして、二人は屋敷を出て、今度は白石城に向かう。

城代家老・片倉邦憲に、帰国の挨拶の為だが、ここ白石には、昔、あの真田幸村の娘お梅が嫁いでいて、墓も片岡家の菩提寺、当信寺にある。

 お華に取っては、一応、旧主の娘である。当然、夫の主筋でもあるから、お参りしない訳にはいかない。

 さて、現在の宮城県白石市にある白石城、本丸御殿に行き、ご挨拶だけしてと思っていたが応対に出てきた若侍が、如何にも嬉しそうに出てきて、

「お待ちしておりました。さ、さ、どうぞこちらへ!」

 と言われ、二人は思わぬ事に驚いたが、案内された座敷に行くと、またここで二人は驚愕した。

 正面は当然、当主、邦憲だが、両側に家臣が四、五人程度並んでいるのだ。

 二人はここでも驚いたが、慌てて廊下に下がり、優斎が、

「ご歓談中にお邪魔し、誠に申し訳ありません。私共、帰国の為、御城代様にご挨拶と参りました者でございます。直ぐに失礼致します」

 と頭を下げると、みんなが一同に笑い、そして邦憲が、

「何を申しておる。この者達は全て、そなた達を待っていたのだ。こちらに来い」 などと言われるから、二人は目を丸くし「お言葉に甘えて」と言いながら二人は正面下座に進む。

 お華も、いきなりの事だから、

「御城代。これは一体?」

 と聞くと、

「この者達はな、以前、真田に仕えていた子孫達じゃ」

「え!」

 二人は声を上げる。

 そうなるとお華は、平伏しながら、

「あの~お尋ね致します。真田と申しますと、やはり信濃の?」

 すると、邦憲は、

「そう。我が家は二百年以上前、真田の姫、お梅殿を迎え入れた。この者達は、その時、姫に着いて来た者達なのじゃ」

 やっと、二人は「は~」と納得した。

 確かに、姫が嫁げば、真田の家臣も御側役として付くのが当然。

 だが、真田幸村の家系は、表向きには断絶となっているが、この者達はそのまま、伊達、そして片岡にそのまま仕える事になったのだ。

 ところが、今になって、真田の草の者が来たと言うので、それは真田に関わりの或る者に取っては、一大事である。

 まさか、二百年以上以上経って、その者が白石に来たのだ。

 話を聞いて見たいと思うのは当然である。

 すると、城の女中達が和やかに、食事、酒など運ばれ、ここでは大宴会と変わってしまった。


 とは言ったものの、居並ぶ彼らが、一番、関心をもっいるのが、

 お華と呼ばれる女が、本当に信濃の草の者なのか? と言う事。

 早速、中の一人が、お華に向かって、

「そなたは、本当に信濃の草の者なのか? 何か証拠は?」

 と聞いて来る。

 お華は微笑みながら、優斎の顔を見ると、優斎が頷き、

「その件につきましては、私からお離し致しましょう」

 数々の武勇伝は勿論、江戸城における話もした。

 そして、伊賀の服部半蔵の話になると、皆乗り出して聞いている。

「何と! あの服部半蔵殿がか!」

 優斎は頭を下げ、

「皆様もご存じでしょうが、当代服部半蔵を名乗った方でございます。残念ながら一昨年、お亡くなりになってしまいましたが、この方が私の前で断言なさったのです。あれは信濃の技じゃ……と」

 これには、聞いている者達、そして当主、邦憲でさえも驚く。

 優斎は続けて、

「とは言っても、半蔵殿も明確に信濃の技を知ってる訳ではありません。何しろ二百年以上前の事ですから。そう。あの大阪の戦にございます。皆様ご存じでしょうが、伊賀は、信濃に徹底的にやられ、やられたからこそ、譜代の言い伝えになっていたそうで、あれは天保の頃、お華の技をご覧になった時に、目を見張り、やはり伝えられた通りの技だと、驚かれたそうです」

 あちこちで「ほう~」と驚く声が飛び、邦憲でさえ、

「なるほど、敵の方が驚いて、覚えているというのは、誰よりも確実じゃ。確かに先日の戦いでも驚いたが、確かに全く違った技じゃった。何しろ、相手には抜いた刀を一度も振らせず、しかも傷は負わせない。もの凄いもんじゃった」

 お華は、もう顔を伏せ、恥ずかしがっている様だ。

 そして優斎は、

「ついでながら、私も直にその話をお伺い致しまして、本当に驚きました。私は伊達家に生まれ、あの大阪の戦の折、瑞鳳殿様が、敵である真田の者を。えらくお褒めになり、こちらに姫が嫁がれた事は伝え聞いておりましたから、まさか江戸で草の者の血を引く者の隣に住んでいた事、そして嫁になってしまうのですから、神様も粋な事をなさると思っております」

 これには、皆の喜びも最高潮となった。

 さて、そうやって一晩泊めて貰う事になり、翌朝、旅立つ足で、泰陽院殿松源寿清大姉の法名で眠っている当信寺に、向かう事とした。

 昨日の者達も一緒に来てくれ、住職に挨拶して、お華は万感の思いで、墓前に頭を下げる。

 これで、お華が行わなければならぬ事は全て終わり、送ってくれた皆に別れを告げ、一路、江戸に向かった。


(7)

 

 帰り道歩きながら、お華は、前を歩く優斎に、

「先生? お母上には私が実は養女だった事、言わなかったけど。良かったの?」 と聞いた。

 勿論、お華には欺す積もりは無かったが、優斎がその事は避けていたので、お華からは口に出さなかった。

 優斎は笑顔で、

「それは構いませんよ。大事なのは今。今の貴方を気に入ってくれたのならそれで充分です」

「そうですかぁ~?」

 そう聞くとお華も、気が晴れた様で、和やかに歩いて行く。


 途中、何事もなく。千住大橋を渡ると、

「帰って来たね~」

 と、お華は優斎に笑顔で話しかけると、優斎は、

「妙なもんですねぇ~。江戸に戻ると私でも帰って来たと思ってしまいますよ」

 頷きながら笑ってしまう。

 そして、岩本町、お華の屋敷に着くと、また中を窺う。

何やら笑い声も聞こえる。

 お華は、いきなりガラッと戸を開ける。

「あらあら、今回も仲が良い様ねぇ~」

 と、声を上げるから、二人とも驚いて間を開ける。

「あ、姉上! これはこれはお戻りなさいませ」

 と祐三郎が驚いた顔で、頭を下げる。

 もっとも、おかよは至って普通に、

「お戻りなさいませ」

 と頭を下げる。

「サブちゃん。一杯、お母上様とお話ししてきたよ!」

 と言うと、隣の優斎も笑顔で、

「留守中、ありがとう」

 と言い、こちらも二人に頭を下げる。

「は、母上が何と……」

 祐三郎は、そちらの事が気になって言おうとしたのだが、おかよが、その事より先に、

「お華さん。あちらの居間の方に、八丁堀の奥様が、昨日からお待ちですよ。何だか、至急のお知らせがあるとの事で」

 さすがにお華は驚き、

「昨日から? 一体何だろ」

 と言ったが、優斎が、

「そういう事なら、早速行きましょう。三郎達も来なさい」

 その言葉で、おかよはいつもの、小さな看板を表に出し、みんなで屋敷の方に行った。

 お華が真っ先に、庭から居間に行くと、おさよ、お吉は赤子を抱きながらが座っていた。

「これは、姉上。お待たせした様で……」

 と頭を下げながら、居間に上がると、新之助、お春の子供達も座っていた。

「おかあさん。姉上、只今戻りました」

 と言っていると、後から、優斎達も居間に上がってきた。

 するとお吉に抱かれていた、ニコニコしながら七重がハイハイし、「キャキャ」笑いながらお華の所に寄って来た。

「あ~ら、ななちゃん。もうハイハイ出来るの。よしよし」

 と抱き上げてあげる。

 するとおさよが、微笑みながら、

「お帰りなさい。先生、お華ちゃん。結構速かったわね。良かった間に合って」

 優斎とお華は頭を下げた。が、お華は疑問の顔で、

「間に合った? 何それ姉上」

 と聞くと、おさよは、和やかに頷いて、

「あのね。私と新之助と一緒に、出掛けなきゃならないのよ」

 などと言い出すものだから、

 さすがに仙台から帰ってきたばかりのお華は、頭を傾げ、

「お出掛けって、どこに?」

 おさよは明るく、

「信濃よ」

 と言う。

 これには、お華は勿論、他のみんなも目を大きく開けて驚いた。

「え? どこ?」

「信濃辺りまで、三人で行くのよ」

 と、おさよに冷静に言われ、お華は!

「し、信濃!?」

 言いながらお華は、気が遠くなり、七重を抱きながら後ろに倒れてしまう。

 同時に、優斎と祐三郎が畳に突っ伏して、腹を抱え、口に手を当て大笑いしている。


~つづく~



 今回もお読み頂き、誠にありがとうございました。

 少し、間が空きました事、誠に持って申し訳ございません。


 さて、今回のお華ですが、簡単に言えば、嫁ぎ先へのご挨拶でした。

 とはいえ、いつもの通り、普通にご挨拶だけで終わりませんでした。

 まあ、時代が時代なので、伊達藩主の思いも充分納得出来るのですが、お華にとっては大迷惑となってしまいましたね。

 

 言ってみれば新婚旅行ですが、やはり、気楽な旅にはなりませんでした。

 しかし、そのお陰で、自分のルーツを深く知る事にはなりましたから、物は考え様。というところでしょうか。


 そして、お華の旅は続きます。

 今度は歴史上、重大な旅になってしまいます。


 今回もありがとうございました。

 次回もよろしくお願い申し上げます。

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