㉞甘く危険な花嫁
(1)
優斎とお華は、並んで座敷に座っていた。
その前には、お吉が座っている。
怒られている訳ではないのだが……。
お吉が口を開き、
「京で式を挙げたってのは聞いたけど、それはあくまであなたたちのケジメ。ならばお二人とも、普段からお世話になった人達にご披露をして、お知らせするのが必要ですよ」
と言われてしまう。
それには優斎も、
「そうですね~。やはり必要ですよね」
と言うのだが、お華は、
「え~、まだやるの?」
と、不満顔。
ただ彼女は、大袈裟で恥ずかしいという思いが先に立っている様だ。
しかし、お吉はあっさり却下。
「何言ってるの。先生は、ご両親は無理だけど、お医者だし伊達様御家来の繋がりがあるから勿論です」
そしてお吉は続けて、
「そしてお華ちゃん。あんたに至っては、芸者ってだけじゃなく。元はお武家。しかも奉行所にも関わっていて、更にお旗本やら御家人やら、終いにはお武家の奥様方、果てには姉小路様まで、山ほどご報告しなければならな方だらけじゃない!」
優斎は、口に手を当て笑ってしまっている。
そう言われるとお華も沈黙してしまう。
すると優斎は笑顔で、下を指差し、
「やっぱりここで良いですかね。幸い、無分不相応と言っても良いほど広いですし、お金もありませんから、広さの割には至って質素なのですけど」
ところが、お吉は笑って懐から、封印された小判の束を一つ差し出した。
これには二人も驚き、お華が聞く、
「どうしたのおかあさん。この金」
お吉は頷き、
「これはね。八丁堀の若様が、昨日届けて頂いたのよ」
「若様って、あの古い若様?」
などと言うから、優斎とお吉は笑い、お吉が、
「これはね。お華ちゃんが所帯を持つ時、渡して欲しいと、あんたのお母様が残してくれたお金らしいよ。たぶん、あの深川に住むとでもお思いだったのでしょう。大変だったらこれを使うようにと、長年、お貯めになってたらしいわよ。まあ、支度金ということよ。ところがまさか、こんな所に住むことになるとは思ってらっしゃらなかっただろうから、せめて、披露の時に使って欲しいと、浩太郎様が仰ってね。若様もお察しになったんでしょう」
それには、二人とも、いやお華は余りの事に、
「母上~!」と前に倒れて泣いている。
優斎はその背中をさすってやる。
そしてお吉は、
「私も昔。大変お世話になったから、奥様の代わりに言わなければなりません。あんたも娘である以上、それに答えなければいけませんよ」
と言われ、もうお華は、全面降伏である。
と、言う事で、数日後の吉日。披露の宴を行う事になった。
そうなると、まずは玄関の掃除から始まる。
何しろ、これまで一度も使った事のない玄関だがら、おかよまで動員されて掃除をする事になる。
おかよは、綺麗になった玄関、そして式台を眺め、
「これは、確かにお大名の屋敷。さすが上様に頂いたという屋敷ですねぇ~」
と感心するが、お華は苦笑いで、
「それが問題なのよ。兄上の屋敷だって式台なんかないからね。それを私が使うってのはどうかと思ったのよ」
それには、おかよも頷く。
式台を玄関に置くのは、与力以上の侍のみ。
たとえ富裕な商人でも、金に任せて作ってしまうと、即、牢屋に連れて行かれてしまう、身分の象徴といった様なものだから、いくらお華でも、気が引ける。
「ただ、さすがに、お招きする方がそういった方々が多いからね。仕方無くよ」
と笑う。
さて、次は当然、当日の料理だ。だが、これは最初から決めていた。
両すみやの平吉と佐助である。
彼らは和やかに、二つ返事で承知したのだが、来客の面々を聞いた途端。青くなっていた。しかもその数の多さだ。
早速、二人は集まって、献立会議を始めた様だ。
さて、来客だが、浩太郎ら親族の者は勿論。優斎の方は、伊達家留守居役。そして医者はの医学館・医療所で優斎が親しくしている者。
そして、与力の佐久間や、とくぼんの早坂徳之介。そして町家の者達だ。
それより、お華だ。
当然、姉小路を筆頭に、故老中阿部の奥方、故遠山の奥方。そして、勝麟太郎、
小栗上野介、川路聖謨と言った錚々たる顔ぶれだ。
そして下は、鍛冶の伊平や、岡っ引きの平次や、深川の芸者の面々。
そしてその、芸者のお姉さん達は接待役も兼ねている。
あとは、この屋敷に住む者達である。
お華は、八丁堀に行って、
「姉様もいらして頂けるとの事。よろしくね。父上と母上も大丈夫かしら?」
おさわは、赤子を抱きながら、
「心配いらないわ。母上も、やっと約束を果たすことが出来たと大喜びよ。良かったね~お華ちゃん。皆さんにお祝いして頂いて。それに、この子が生まれるまで待ってくれて、ありがとうね」
と言われたが、お華は首を振りながら、少し恥ずかしがって、
「なんかね、大事になって、内輪にしときゃ良かったと思ってるぐらい人が多くなっちゃって……」
「そりゃ、貴方が悪いのよ。呼ばなきゃならない人が多すぎるから」
浩太郎もそれには笑って、
「すんごいぞ。大奥から、大名、旗本、御家人まで、男女問わず来るってんだから、平吉達も頭抱えているよ」
おさよも頷き、
「さすがにね~。私達はあれで充分とは思ってるけど、さあどうなるかお楽しみね」
お華も頷き、改めて、
「兄上。母上の資金の件。お預かり頂いていて誠にありがとうございます。まさか母上が、その様な事お考えだったとは、思いも寄りませんでした……」
と平伏する。
浩太郎は笑い、
「あんまり、結婚しない様だったら、新之助かお春にやっちまうとこだったよ。まあ、孫なら母上も怒りはしないだろうからな」
すると、お華は、
「だから、先生や私に早く何とかしろとか言ってたの……」
彼女は全てが氷塊するような思いだった。
すると浩太郎は真面目な顔で、
「良い機会だから言って置く。父と母は、お二人とも身体の弱いお人であった。そのお二人が、私やお前の為に残してくれた物が、どれだけの物なのかを考えなさい。そしてこれはあまり言いたくはないが、その金のために、お二人はきっと寿命を縮められたと思う。わかるなこの事」
お華は、初めてハッキリと言われ、身体が震えた。
「特にお前は、好きな事をやってここまできた。でもそれは、しっかりお前の為になった筈だ。これからは亡くなった父と母の為にも、これからは、しっかりとした家庭を作ってくれ。勿論私達も……」
と、おさよの笑顔に顔をやり、
「同じ様にやらなければならない。わかったなお華」
お華は、平伏し、
「はい、兄上。その通りに」
と改めて頭を下げる。
すると、おさよが、
「で、結局、何人ぐらいお呼びするの?」
と話を変えた。しかし、それにはお華も笑い、
「いや~、一体どうなる事になるのか。先生は伊達様お留守居役様や医者のお仲間。私は、姉小路や阿部様や遠山様の奥方。お旗本、奉行所の連中や、芸者。一体どうなることやら……」
浩太郎は、大笑いしながら、
「こりゃ、平吉と佐助は地獄だな。いい加減な物は作れないし、数も多い。まあ、今更、修業の一環って事だな」
おさよも、
「そうね。あの屋敷で足りるのかしら……。ああ、あなた。食器とか何か必要な物は取りそろえてあげないと……」
それも浩太郎は笑い、
「それはもう、信吉を走らせてるよ。だから、新之助も一緒に行ったろ?」
「ああ、だからあの子達も。これはこれで、修業の一環って事?」
浩太郎は微笑み、
「そういう事だ、偉い人達も来るんだから、新之助にしてもいずれ意味があるかもしれねえしな」
もう、お華は申し訳無い顔で、再び平伏する。
「ありがとう兄上」
するとおさよが、
「何を言ってるの、これは桜田家の為よ。あなただっていつもやってるでしょ。同心の娘だからって舐めるなよって、それと同じよ」
と夫婦は、大笑いだ。
お華は改めて、良い家族に恵まれたと、思い知らされた。
(2)
さて、当日。
「本当に申し訳ないわ。姉上。白無垢ありがとうね」
着付けを手伝う、おさよは微笑み、
「良いのよ。まだ次の子が居るからね。受け継いで行って欲しいわ」
そして、玄関先に優斎夫婦と浩太郎夫婦が、姉小路、故福山藩主阿部正弘、故遠山左衛門尉の奥方など、来客を出迎える。案内は、おみよとおゆき。
まるで、幕府会議の様な顔ぶれだが、今日は披露宴と言う事で、みんな和やかであった。
そして当然、ノブは音楽係。
張り切って、次々曲を弾く。
それは席に着いた、姉小路を唸らせる。
隣の綾瀬とおるいに、
「さすがにお華の披露宴ね。洒落てるわ」
綾瀬も、嬉しそうに、
「あの人。何でも武芸もお強いとか。るいちゃんでも、敵わないだろうって優斎が言ってたわよ」
るいは驚き、
「だって、目も見えないのに?」
「しかもね、お華の簪の音を聞き分ける事も出来るらしいわよ」
「へ~。それは驚きました」
と感心している。
その並びに座る勝は、小栗に、
「こんな時に何だが、イギリス公使、守ったんだって?」
それには小栗は酒を飲みながら、大笑いで、
「あれは、お華のお陰ですよ。正直なところ、お華が居て助かりました」
と隣の釜次郎も大きく頷く。
それには勝も笑って、
「やっぱりお華か! あの子には敵わんな」
とこちらも笑う。そして、
「全く、侍も役に立たない時代になった……」
と、こちらも酒を呑む。
二人もようやく座につき、優斎が代表で一言挨拶して、宴が始まった。
柳橋の主立った芸者も集まっているから、早速、酌に散らばる。
違った意味で、侍、特に祐三郎と釜次郎などは、とても嬉しそうな顔だ。
小栗が少々乗り出して、姉小路に、
「御前様。京では何かと大変であったとの事。さぞお疲れであったでしょう。何でも、胡乱な浪人共に襲われたとか。良くご無事でした。その上見事、話を纏められたそうで、ご苦労の事に存じまする」
と、こういう席ではあるが、幕府の重大事であるから深く頭を下げ、礼を言うのだが、姉小路は微笑んで、
「なんの、これも全て、お華じゃ」
さすがにそれには、勝も少々前に出て、
「またお華ですか? それは一体どういう事で?」
すると、促された綾瀬が代わりに、
「襲われたと申しましても、全てお華が撃退してしまいました。まるで相手になりませんでしたよ。挙げ句の果てには、橋本様の方にご挨拶にいらっしゃった内親王様までお助けした位ですから」
と笑う。
一同も、さすがにその名には、
「な、内親王様?!」
と、驚愕の顔だ。
姉小路は、呆れた顔で、
「何の事はない。江戸行きが決まったのも、お華があっての事じゃ。わらわは何もしておらんのじゃ」
さすがに、旗本達も言葉が無い。姉小路は続けて、勝・小栗に、
「こんな場ですまぬがの、京の守り。厳重にした方が良い。特に内親王様におかれては所司代や奉行所では、少々心配じゃ。何しろ、北面の武士なんぞ、何の為についてるのか分からぬ位じゃ」
それには小栗が、
「承知致しました。その事、至急、上の方にご報告致します」
と、やはりまるで会議の様だ。
すると勝が、
「イギリスといい、京といい。大したもんじゃな、お華は……」
と腕を組む。
すると、向こうで話を聞いていた祐三郎と斧次郎が前面に寄って来て、頭を下げ、
釜次郎が、
「公使の件ですけど、いや~驚きました。私も初めて襲撃なんぞ見たものですから。しかし、お華さんと浩太郎さんはさすが奉行所の方、次々に」
今度は祐三郎が、
「私達は、少し離れた障子の影から公使と一緒に見てたのですが、いきなりお華さん……いや姉は空に舞い上がり……」
「空に?!」
と勝は驚くが、小栗は、
「それは、以前、慎徳院(十二代将軍・徳川家慶)様御生前の頃、将軍様面前で披露した技と同じじゃ。そうですよね姉小路様」
それには姉小路も笑って、
「懐かしいの~。あれで褒美をと仰った位じゃったからの」
一同、また感心しているが、いつの間にか浩太郎達もそこに来て、
「三郎君。まあその辺で」
と笑いながら言うのだが、今度は釜次郎が更に、
「イギリス公使などは、ダンシングクイーンなどと言って、いたく驚いていましたから」
それには勝が、
「ダンシングクイーン? 何じゃそれ」
釜次郎は微笑み、
「踊る女王様、って意味です」
さすがにそれには、「ヒェ~」と勝はまた驚いている。
すると小栗が浩太郎に、
「あの空に飛ぶ技は、お華の得意技なのか?」
と言うと、浩太郎は笑って頷き、
「亡き父に、舞い上がったらどうだろうと、幼い頃、言ったらしいのです。今、考えますと、これも何か、知らず知らずの伝承かも知れません。そう思いませんか姉小路様」
それには、姉小路は何も言わないが、微笑みながら頷く。
すると祐三郎が、向きを変え、皆に向かって、
「私は優斎・裕次郎の弟、祐三郎にございます。ここで兄に成り代わり、秋月家を代表致しましてご挨拶致します」
と平伏した。
「我が姉は、先日のイギリスだけでなく、浦賀にやって来たアメリカのペリーが来た時も、胡乱な者がアメリカの兵隊を襲おうとしたのを、この人はアッサリ撃ち
倒してしまいました。皆様。アメリカの兵隊をお華姉さんが救うんですよ~。どう考えても順番が逆です」
それには、その場にいた小栗を除き、居座る人々はなるほどと声を上げて感嘆する。
お華は目尻が上がっているが、祐三郎はそんな事お構いなしに、
「それもそれですが、大変有り難いことに、私は仙台の者にも関わらず、通訳としてアメリカに行かせて頂きました。一ヶ月の船旅です。そりゃ大変でした。そして死ぬ思いでアメリカに着き、条約の件などを話し合いあうべく、ホワイトハウス、我が国で言うところの江戸城ですが、そちらに参りました。我々は日本人で初めてホワイトハウスに入ることが出来ると思っていました。ところが、そこには旗が飾ってあったのですが、よく見るとその旗の一本に、妙な見慣れたものが刺さっているではありませんか、この釜次郎さんが呼ぶものですから、行ってみたら目を疑いました。なんと姉の簪が刺さっていたのです。驚いたと同時に、皆さんガックリとしておられました」
それには小栗も大笑いだ。
「何の事は無い。ホワイトハウスにはお華姉さんが簪だけ、先に来ていたのです。私達の苦労は一体何だったのか、肩を落としたのは言うまでもありません。そして今回の英国公使の件も公使が、姉さんの活躍に驚いて、簪くれって言うものだから、ニコニコして渡しているのです。何と英国の女王陛下にお渡しすると仰っていました。これがどういう事だかお分かりですか、今後、我が国の誰が英国に行っても、永遠に二番目になってしまったのです」
さすがにこの物語には、子供達まで興味深く聞いていて、腹を抱えている。
しかしここまで来ると、堪忍袋の緒が切れたのか、お華が怒りの目で、
「これ! サブちゃん 余計な事を!」
と片足を立て、頭から簪を抜くのだが、とっさに優斎の掌がお華の前に出る。
同時におさよが、
「お華ちゃん。高砂のお嫁さんが片膝付くとは何事です!」
と叱られてしまう。
さすがに失礼致しましたとお華は肩を窄める。
「ほら、危険な花嫁でしょう」
と祐三郎は、言ってやって嬉しげな顔だが、一転して真面目な顔に変わり、
「長々と失礼致しました。こんな姉ですが、我が兄同様、今後ともよろしくお願い致します」
挨拶し、万雷の拍手を受ける。
(3)
それから暫くして、姉小路の前に、浩太郎と赤子を抱いたおさよがやって来て座った。
「本日はありがとうございます……」
と二人と一人は、綾瀬やるいにも頭を下げて挨拶をする。
姉小路は赤子が目の前に現れて、普段と全く違った、優しげな顔になった。
そして、姉小路は手を伸ばし、
「おお! これがおさよの二人目の娘か。かわゆいの?」
普段見せない様な笑顔が、赤子には見せてしまう。
赤子も、人見知りしない子の様で、けらけら笑っている。
するとおさよが、
「どうぞ、お抱きになって頂けませんか」
「良いのか?」
「勿論にございます。姉小路様にお抱き頂けるなど、有り難い事にございます」
おさよから、赤子を渡されると、
「おお、女子か」
と、ますます笑顔になる。
赤子は、穏やかな顔で抱かれている。
すると浩太郎が、
「実は姉小路様。突然ですが、お願いがございます」
と頭を下げ、浩太郎は笑顔で、
「申し訳ございません。この子はまだ名前が決まっておりませぬ。この目出度い祝いの席、是非、名付け親になって頂きたいと存じまして……」
などと言うから姉小路は喜んだが、いきなりだからさすがに子供を抱きながら、
「う~ん」と唸る。
隣の綾瀬は、笑って聞いている。
すると、姉小路は、意外と早く大きく頷いた。
「確か、上の子は、お春じゃったな」
「はい。左様にございます」
とおさわが返事をすると。
「ならば、季節も良い。七重はどうかな?」
それには浩太郎が目を大きく開け、
「ななえ。にございますか? これはどういう謂われで?」
「そなた、千代田のお城は、元々誰が作ったか存じておるか?」
それには、近くに座っている小栗は笑っているが、勝などは首を捻っている。
「おや、お上の奉行所に勤めて居る者が知らぬのは問題じゃな」
「え? これは誠に申し訳ございません。あの~権現様では無いのでございますか?」
「残念ながら違うのじゃ」
などと言うから、後ろの上座に座っているお華が遠くから、いつもと違ったおしとやかな顔なのに、
「姉様~! 兄上にそんな事分かる訳ござんせんよ」
と江戸弁を飛ばす。
しかしそれには浩太郎も、
「お前だって、わからんだろ!」
と言い返すと、黒紋付きで、普段より増して侍らしい優斎が、こちらも遠くから、
「えっと、御前。確か、上杉家の太田道灌というお方では? それ以上は知りませんけれども」
姉小路は和やかに頷き、
「ほう。伊達殿の侍が知ってるとは、大したもんじゃの」
と笑い。
浩太郎達も、それで「おお!」とようやく分かった様だ。
そして、姉小路は話し始めた。
「この太田殿というお方は、武将ながら優れたお方で、雅な道を究めておってな。権現様もその事をご存じで、あやかって同じ所に城を建てたとも言われている。そして太田殿が、和歌の道に入られた切掛が」
とそこでお茶を飲み、
「或る日。市中の見廻りで突然雨に見舞われたらしいのじゃ。しかし傘の用意は無かった。仕方無く、道沿いの農家に住む若い女子に頼んだが、女子はこう言って断った。~七重八重 花は咲けども山吹の 実のひとつだになきぞ悲しき~とな」
それには、浩太郎と知らなかった連中は、お~と声を上げる。
お華はへ~だ。
「これで太田殿は、民の疲弊や、農民の娘より和歌さえ知らなかった事を恥じ、一層研鑽に励まれたそうじゃ。じゃから、この子も名も無い同心の娘であったとしても、高い教養を身につけるようにとの祈りじゃ。そうであれば、武将さえ変えられる女子になるからの。どうじゃ?」
それには、おさよの方が大変喜んで、
「ありがとうございまする。是非そのお名前頂戴したいと存じます。まさに江戸の娘らしい」
浩太郎とお華も、笑顔で深く頭を下げ、
「ありがとうございまする」
と頭を下げる。
すると、綾瀬は、
「それは、何だかそれは結局、お華にも似てますね~」
と言うから、みんな頷いて、笑ってしまう。
小栗も、
「御前。確かにお華にも似てますな。侍共に本当の強さを教えてやってる、まさにお華の様です」
さすがにそれにはお華も恥ずかしくなって、
「止めて下さいよ小栗様~」
と、顔を赤くしている。
そして、姉小路は、
「八重は、次の子に付けなさい。まあ、おさよかお華かわからんけどな」
それにはおさわも、
「いや、さすがに三人居る私はもう……。これはお華ちゃんでしょう」
「さあ、どうなるかな?」
と双方笑っている。
さすが柳橋で名を馳せたお華太夫の挙式。
同僚や半玉の芸者達が、つまり普段、ノブに三味を習っている連中が皆の酌に回って居る。旦那が料理番をやっているからか、おみよも、おゆきと一緒に回ってくれている。
芸者となれば、当然、舞。
ノブの三味で、華やかに江戸の芸者達が舞う。
人数も多いから、それはまるで京踊りの様な風情で、それは迫力もあり、滅多に見ることの出来ないものだ。
勝や川路、祐三郎や斧次郎も笑顔喜び、姉小路も穏やかな顔をしている。
優斎とお華は、その最中、各所に挨拶回りに立つ。
(4)
宴は続くが、仕度を終えて帰って来た平吉、佐助やノブはもう疲れた顔で、ひたすら食べて飲んでいる。
すると、こちらの席にも、お華達がやって来て、
「みなさん。本日はどうもありがとう」
と言った後、小さな声で、
「お偉い方々にも、あなた達の力をどうしても見せたくてね。こういう事は身分じゃ無いって事をね」
すると優斎も、
「素晴らしい披露宴を作って頂いてありがとうございます。一生の宝となりました」
と深く、頭を下げる。
それにはさすがに、平吉達も恐縮して、
「いえいえ、お二人には日頃お世話になっておりますから、こういう事ででもお返し出来たならば、光栄ってもんですよ」
おみよも、
「その通りです。私達の今は、お二人あってこその事。こちらこそありがとうございます」
と、鍛冶の伊平や寛太、平次なども寄って来て、深く頭を下げた。
お華は珍しく、うっすらと涙を浮かべ、微笑んで頭を下げる。
さてしばらく経って、中締めと言う事で、浩太郎、そして七重を母に預けたおさよが、正面の二人の横に出て、深く頭を下げる。
お華側の親族代表として、挨拶する様である。
顔を上げた浩太郎は、
「此度は、秋月家、桜田家の祝いの席におこし頂き。誠にありがとうございます。親族を代表致しまして、一言ご挨拶させて頂きます」
と頭を再び下げたが、お華は何か危険を感じたのか、
「一言よ! 一言」
などと、小さく鋭く声を掛けるのだが、浩太郎はそんな言葉は無視し、
「この二人。特にお華は皆様方に、とてもお世話になっております。亡き父も今日のこの姿、草葉の陰でどれほど喜んでおることか。先程の祐三郎殿のお話は、今のお華。これはまだお華が幼い頃の事にございます。私の上司、吟味与力の佐久間様には大変、お世話になりまして。この頃のお華は、加減というものを知らぬものですから、奉行所に戸板で血だらけで運ばれて来るのは、いつも、ちょっかい出した方」
これには皆、大笑い。若い芸者連中でさえ、和やかに聞いている。
鍛冶の伊平も、何回も頷きながら、笑っている。
当の佐久間も、盃を持って、そうそうと頷きながら懐かしそうに笑顔だ。
そして、お吉は、こちらも和やかに頷きながら、その頃を思い出している様。
しかしお華は、多少、気を失ってしまった様な顔だ。
「その度、佐久間様は、わしにどう裁けと仰る有様。私と父は毎度、頭を抱えておりました。ですが、それでも父の教えはしっかり聞いて居た様で、技量も上がり、皆様にこうやって喜んで頂ける程になった事には、父もさぞ喜んでいるものと存じます。私の弟になりました優斎は、伊達家中では一番とも言われる剣の達人ながら医者であるという変わった者。まあ似たもの夫婦というところでしょうか。しかし、日々の研鑽は欠かさない立派な医者にございます。どうか今後とも、多少馬鹿馬鹿しいでしょうが……この二人を、どうぞよろしゅうお導きの程、お願い申し上げます」
と、おさよと同時に平伏した。
拍手が起こり、皆、微笑んでいるが、お華は完全に気を失っている。
しかし、優斎が、
「お華さん。素晴らしいご挨拶ではありませんか」と促し、二人も頭を下げる。
披露宴も終わり、こうして二人は晴れて夫婦となった。
特に生活は変わり無いが、ただ一つ、お華は診療所の上にお引っ越しである。
ようやく部屋に二人きりになり、優斎は、
「お華さん。祐三郎の休みが取れたら、直ぐにでも仙台に行きますよ。もう手紙で、知らせはしてますので、母も首を長くして待っているそうです。よろしくね」
お華は、新妻らしく「はい」と答え、おさよに教えて貰ったらしく、正座で、
「不束な嫁ですが、どうぞ幾久しゅうよろしくお願い致します」
と、言いながら手を着き、頭を下げる。
その、仕草が微笑ましかった優斎は、すっと寄って肩を抱き、
「こちらこそ、よろしく」
と抱きしめる。
お華はやっと、生まれて初めて、幸せを感じた一瞬となった。
~つづく~
本日もお読み頂きありがとうございます。
とうとう、華燭の宴・披露宴となりました。
これまでの関わりをフルに使った披露宴でございました。
さすがに、これだけ登場人物が多いと、やはり名簿でも、作っておくのだったと反省しております。
とは言え、幕末もまだ始まったばかり。
結婚してもお華はますますお華。
時代の端境期に相応しい活躍を見せてくれると思います。
ただ、こうして書いていますと、今回出てきた人達もこれから、人生が大なり小なり変わって行くことを考えると、中々厳しいものがあるなと思いながら書いていました。
今の我が国でも、あるいはその時なのかも知れません。
所詮、予想はあくまで予想。
結局、なってみないと人は分かりませんからね。
今回は、一休みのお話でした。
次はまた、大変になっていきます。たぶん……。
それから、いつも二週間に1度、掲載していますが、私事の事情により、次回は一週遅れます。どうぞあしからず。
では次回もよろしくお願い申し上げます。
ありがとうございました。




