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お華の髪飾りⅡ  作者: 本隠坊
33/65

㉝ Dancing Queen

(1)


「どうです? お華さん。何か心から湧き上がる物がありますか?」

 優斎が聞いたが、お華は不思議な顔で、

「私? 全然」

 と、あっさり首を振る。

 優斎は「そうですか」と言いながら、頭上を見上げている。

 お華は、それより、

「これがお城か。天守があるからだろうけど、大きいね~」

 と、現実的な感想だ。

 

 そう、ここは大阪城。

 その堀際に、みんなで立って見学している。

 船で江戸に帰る為、京からやって来たが、お華には縁もあるだろうと、優斎はわざわざ連れてきたのだ。

「でも、お華さん。ここはお華さんのご先祖ゆかりの土地ですよ」

 優斎は、持っていた地図を見ながら、

「ほら、あそこの山」

 と、少し離れた小高い山(茶臼山)の辺りを指差し、

「あそこが、例の、夏の陣での幸村様御本陣だそうですよ」

 するとお華は笑って、

「ああ、その話? そうなんですか~」

 と、あまりに感心がないような事を言っているから、優斎は多少、ガッカリしているが、隣の姉小路が、

「ほほほ」と笑っている。

 そして、

「優斎。それは無理と言うものじゃ」

 それには優斎も驚き、

「え? 何故ですか御前様?」

 すると、姉小路は微笑み、

「優斎。この大阪城は、お華に縁のあると言われる城とは違うのじゃ」

「違う?」

 姉小路は、再び笑って、

「あれは、立て直したものじゃ。しかも城下も作り直しているから、場所は同じでも、今では全く違う物じゃ」

 それには、優斎も驚き、

「ああ、これは作り直したものですか。これは知りませんでした」

 と頭を下げる。

 姉小路は微笑み、

「そなたが知らないのも無理はない。それだけ昔の話だからの」

 同じ様に聞いていたお華は、

「だから、何も感じないのですかね?」

 と聞くが、姉小路は更に笑って、

「もっとも、お華の事じゃ。たとえそのままであっても、同じであろうがの」

 今度は一緒の者達も一斉に笑ってしまう。お華は何だか悔しそうだが、姉小路は、

「しかし、それで良いじゃ。その方がわらわも助かる」

 それには綾瀬も、

「ほんにその通り」

 と微笑む。

 するとお華は、

「大体、その時伊達様も出陣なさってたんでしょ。どこにいたの?」

 と逆に聞き返され、それには優斎も、

「あ、ああそれはどうなんでしょ。おそらく、後ろのずっと奥に居たんじゃないでしょうか。あまり、その時どうだったなんて話は余り伝わってませんから……」

 お華は明るい顔で、

「それなら助かるわ。どうせ先生のご先祖は強かっただろうから、大変な戦いになってたかもしれないしね」

 それには優斎も頷き、

「それなら、今となっては有り難い事です」

 しかしお華は、

「でもね、サブちゃんに似たご先祖だったら、むやみに突っ込んで来てるかもね」

 などと言うから、優斎は笑ってしまい。

「で、どうなるんです?」

 お華も笑って、

「兜と鎧が手裏剣だらけになって、あたふたと引き返してるね」

 と言うから、優斎は大きく頷いて、

「まあ、そうでしょうね~」

 これもみんな大笑いになる。


 さて、それはともかく、伊達家の手配で、一行は船に乗り、江戸へと出航した。

 船中は皆、大喜びである。

 何しろ、向こう側を見れば、大海が広がる。

 この様な光景は、単なる江戸暮らしの者には、そうあることでは無い

 そもそも、船は昔からおおむね女子禁制だったそうだが、この頃になるとそれ程の事も無くなっていた様で、更には伊達家の指示だから、何の心配もない。

 やはり、天気の良い日に海へ乗り出すのは、気持ちの良い物ではないだろうか。

 みな、船縁に立ち、遙かつづく海を見詰めながら喜んでいたが、ところが一人、離れた奥に、布団を被ってお華は寝込んでいる。 

 さすがに、綾瀬が、

「優斎どの。お華は大丈夫であろうか?」

 と聞いて来るが、優斎は笑って、姉小路と綾瀬に向かって、

「お二人は、お華さんの類い希な力を当然ご存じでしょう」

 当然二人は一緒に頷く。しかし優斎は、

「確かに、侍十人程度なら簡単に倒せる力を持っていますが、唯一船だけは、お華さんにとっては鬼門。いや、弱点と言って良いでしょう」

 姉小路が、

「弱点? とな?」

 優斎は「はい」と頷き、

「あの人は、どんな体勢からでも、またあげくには、空に飛んでも、正確な簪を打つことが出来ます。ただ、これが出来るのは、丘の上だけなのです」

 それには綾瀬も不思議そうに、

「丘の上?」

 と聞いているが、辛い顔のお華も寝ながら、眉を顰めて聞いている。

「綾瀬様。丘の上で、片足のみでどのくらい立って居られます?」

 これには彼女も驚き、

「か、片足? いやそんなには……」

 と答える。優斎は頷いて、

「そう。普通の人なら、そうそう長く立って居られませんが、お華さんは長い時間立っていられるのです。これは人が持つ、平均感覚をより持っているからです」

「ほう」

 優斎はここで笑い。

「ところが、船の上では、お二人もお分かりのように、常に下が波で揺れています。お華さんは、感覚が鋭いだけに、これには簡単に狂わされてしまうのです。だから、ああいう風に」

 と、寝込んでいるお華の方を指差し、

「なってしまうのです」

 それにはお華自身が、

「ああ、そういうことなのか」

 と寝ながら、納得したが、身体は納得せず、

「う! か、厠!」

 などと言いながら、慌ててまた外へ。

 それを見てみんな笑ってしまうが、姉小路は、

「なるほどの~。面白いもんじゃな」

「ええ。そう言う意味では、人の身体はよく出来ています」


 などと言いながら、通常は、十日程度はかかる行程だが、今回は潮の流れも良かったのか、五日程度で帰ってきた。

 ようやく、品川に帰って来て、地上に降りたお華だが、フラフラしている。

「先生……あたしはアメリカには行けないわ。これが一ヶ月続くなんて冗談じゃない」

 すると、優斎は嬉しそうに、

「三郎は、ひと月全く大丈夫だった様ですよ。残念ながらこの勝負じゃ負けますね」

 と言うと、お華も頷き、

「やっぱりそうだよね。一緒に船には乗らないことにしよう」

 とピッと背筋を伸ばす。

 さて、時分は既に夕方、姉小路一行を屋敷に送った後、優斎とお華は八丁堀に向かった。



(2)


「帰ってきたよ~」

 と玄関の戸を開けると、玄関先にお春がやって来て、

「あ、おばちゃん」

 などと可愛い声で言うのだが、お華は、眉を寄せ、

「これ、おかえりなさいでしょ」

 と言われてしまい。

 お春は慌てて「おかえりなさい」と頭を下げると、後ろに駆け込んでいって、

「父上! おばちゃんが!」

 報告した。

「え、おばちゃん? ああ、お華か。ん? もう帰って来たのか」

 と言っていると、既に、お華・優斎は居間に入ってきた。

 お華は、浩太郎より先に、座っている、おさよに、

「姉上、只今戻りました。お身体は大丈夫?」

 おさよは妊娠中。割と目立ってきている。

 おさよは微笑み、

「これは先生。お華ちゃん、ありがとう大丈夫よ」

 と軽く頭を下げる。

 すると優斎が、

「浩太郎さん。只今、無事戻りました。お世話をお掛けしました」

 こちらも頭を下げる。

 向こうの部屋には、お春と新之助が、並んで座り、すこし離れて、おきみも笑顔で座っている。

 浩太郎は笑顔で頷き、

「無事で何より、で、上手く行ったのかい?」

 浩太郎はまず、その事を聞いた。

 優斎は、些か首を捻りながら、

「どうなんでしょ。この事は、明確にどうなったと言うものではありませんが、御前様いや姉小路も、ご機嫌でございましたから、話はうまく進んだのではないでしょうか」

 浩太郎もそれには頷き、

「そうだな。単純な話でもないしな。まあ、でもそういう事なら、良しとすべきか」

 優斎は「はい」と頷き、

「しかし、浩太郎さんが、考えていらした事。見事的中でしたよ」

 浩太郎は首を傾げ、

「ん? 何の事だ?」

「我々は、京で二度、襲われました」

 さすがにそれには、浩太郎・おさよ、そして子供達でさえ驚く。

 浩太郎は厳しい顔で、

「やはりか!」

 すると、お華が呆れた様な顔で、

「いや、驚いたわよ。普段なら、髪を吹き飛ばして、肩でも打ち抜けば、先生もいることだから、それで終わりだと思ったら、そいつらの中の一人は、倒れても駕籠に脇差し投げつけるのよ!」

「なんと!」

 と浩太郎とおさよ、そして、まだ幼いが、多少剣の心得もある新之助も、驚いた顔をしている。

「で、それは?」

 慌てた浩太郎の言葉に、お華は、

「先生が、事前に姉様を駕籠から出る様に言っていて、刀は姉上も知ってる、るいちゃん」

 おさよは頷き、

「ああ、別式の」

「そうそう、あの子が短刀で叩き落としてくれたから、大した事にはならなかったけど、あれほどしつこいのを見たのは初めてよ」

 浩太郎は、腕を組み、

「やはり、そういう連中だったか……」

 お華は更に、

「祇園の芸者さんから聞いたんだけどさ、最近、客も浪人者が多いんだって。本当ならあそこは、一見の客しか取らないんだけど、どうもね、誰々の紹介だと勝手に行って来るらしいよ。そういうのに限って、紹介した者も脅されてたりするから、金も取れず、大変なんだってよ」

 それにはおさよが感心した顔で、

「さすがお華ちゃん。そういう所は外さないわね」

 すると、浩太郎は、

「浪人じゃ、難しいだろうけど、どういった連中だかわかるか?」

 それには優斎とお華は頷き、お華が、

「私達はね。公武合体反対とか喚いて、二回襲われたんだけど、最初は、土佐。んで次は長州……」

 浩太郎は驚愕の顔だ。

「土佐と長州だと? 何で分かるんだ」

 するとお華は微笑んで、

「言葉よ。柳橋のお華さんにかかっては、方言でみなバレるわよ」

 それには浩太郎も頷いて納得だ。

「ただね、どうも浪人と言っても、本当かどうかわからない。もしかすると、家の指示かも知れない。土佐なんか土佐勤王党とか言ってたから、なんかね?」

 するとお華は、思い出した様に後ろを向き、

「そうそう新之助。坂本先生にお会いしたよ」

 それには、後ろの新之助も驚き、

「え、龍馬先生? 京都にいたんですか? とすると、龍馬先生は叔母上達を?」 それにはお華は笑って首を振り、

「いや、あの人は、辞めろって言ってたんだって。私の顔見たら、大笑いしてたわよ。もうそろそろ江戸に戻ってくるんじゃないかしら。そう言ってたよ」

 新之助は、安心した様で、

「ありがとうございます。道場に行って、さな先生にご報告しておきます」

 しかし、それにはお華は微かに笑って、

「さあ、どうなるかな?」


 すると浩太郎は、

「それで、二度目は長州なのか」

 これには優斎が、

「いや、それは、私とお華さんが京都の大通りを通って、橋本様のお屋敷に戻ろうとしていた時に起こったのです」

 すると今度はお華が、

「いや~後ろからさ、前の方で牛車……」

 と突然、後ろの子供達に、

「京都のお公家さんのお偉い人は、牛が引いた車に乗るのよ」

 それには新之助が、

「あ、それって源義仲で有名な」

 お華と優斎は顔を合わせて笑いながら、お華が、

「あんた、よくお勉強してるわね。そうそうその牛車。んでね、兄上」

 浩太郎も微笑みながら頷く、

「それが止められて、中の方に、降りて来い! なんて大勢で言ってるものだから、私達が駆け付けて、簪、投げまくってやったの」

 これには、おさよも笑ってしまう。

「いや、姉上。人数がいる割には弱かったのよ。坂本さんなんか、分かっているから最初から辞めろ辞めろって言ってくれたんだけどさ、そいつら甘く見てるから、私にしちゃ打って下さいって言ってる様なもんよ」

 これにには、子供達も思わず笑ってしまうが、よく考えると、言っている内容が余りにも信じられなくて、逆にお華に恐怖を感じてしまう。

 すると、お華が優斎に顔を向けると、優斎は浩太郎に、

「あれは、神道無念流でした。何故、京で神道無念流なのか分かりませんが、私は以前江戸で、道場外から稽古を眺めた事があったのですぐわかりました」

 お華は、後ろの新之助に、

「新之助。神道無念流、知ってる?」

 と聞くと、新之助は、

「はい。確か、練兵館の斉藤弥九郎先生の……」

「そうそう。新之助。よく勉強してるね」

 お華は褒めた後、浩太郎に、

「まあまさか、斉藤先生が、どうと言う事は無いと思うけどさ、一応、ご報告して置いた方がいいよ。すぐ動けるから」

 と言われたが、浩太郎は、

「それ、姉小路様には、ご迷惑かからないのか?」

 一応、聞くと、お華は、

「大丈夫よ。姉様に兄上に一応報告しておくって言ってあるから。と言うか、しない訳にはいかないもん」

 勘の良いおさよは、

「もしかしたら、その、牛車の中の方が問題って事?」

 お華は大きく頷いて、

「その通り。なんと牛車にお乗りになっていたのは、何と、和宮内親王様だったのよ」

「な、内親王様!?」

 この言葉には、浩太郎は勿論、おさよも最大の驚きだった。

 浩太郎は慌てて、

「ちょっと待て、内親王様って事は、例の?」

 優斎が頷き、

「はい。帝様のお妹君様。そして、もしやすると江戸の、御台様と呼ばれるかも知れないお方です」

 浩太郎とおさよは、余りに現実離れした話に、対処の仕様が無い。

 すると優斎は、

「姉小路様が機嫌が良いと言うのは、この事があったからです。お華さんが次か次へと薙ぎ倒すものだから、北面の武士も驚いておりました。内親王様もお華さんを気に入って頂いて、例の話も一気に上手く行ったのかも知れません」

 お華は荷物を探りながら、

「そうそう。それでね。お礼とお祝いって事で……」

 お華は例の扇子を取り出した。

「これ、舞扇を頂戴したのよ」

 これにも、二人は更に驚き、おさよが、

「礼って、わざわざ内親王様がお華ちゃんにお渡ししたの?」

「そうよ。ほらっ」

 と、おさよに渡すとおさよが開く。

「あら~美しい扇子」

 お華は頷いて、

「何でもお母様から受け継いだ扇子だそうで、お母様のお形見みたいで、遠慮したんだけど、何本もお持ちだそうで。ほら、橋本家の家紋も入ってるでしょ」

 浩太郎は目を白黒して、

「そうか、たしか橋本様は権大納言。確か姉小路様の御親戚だったな。こりゃ驚いたな優斎さん」

 優斎も苦笑いで、

「私は、宮中に入るのでさえ、家門の誉れと思っていましたけど、この人はそれ以上。その時その場にいましたが、とてもとても信じられません。姉小路様でさえ、内親王が江戸の芸者に扇子を下げ渡すなど、聞いた事無いと仰っていたぐらいですから……」

「さもありなん」

 と浩太郎も、このお華の運の良さに舌を巻いている。

 すると、おさよが今気が付いた様に、

「ね、お祝いってどういう事? お礼なら分かるけど」

 と言われたものだから、優斎とお華は、和やかに顔を見合わせる。

 そして、優斎が、座っている座布団をずらし、浩太郎とおさよに向かって、

「ご報告致します。この度、私とお華さん。一緒になりました」

 と、お華も同じ様に、平伏している。

 さすがに、この言葉には違った意味で、大いに驚かせる。

 しかし、浩太郎は、途端に満面の笑顔で、

「そうかそうか、やっと決めてくれたか!」

 と、嬉しそうに叫ぶ。

 後ろの子供達でさえ、顔を見合わせて驚いている。

 おさよも満面笑みではあるのだが、

「これはおめでたい事……。でもさ、もう一緒になりましたってどういう事?」

 それにはお華も笑顔で、

「姉上。私共は既に、京都・八坂神社で式を挙げました」

 また二人は、それには仰天する。

 浩太郎は、

「も、もう式まで挙げちゃったのか~」

 それには優斎が、

「お兄様には既に許可を頂いてましたし、それなら何でも一遍に済ましてしまおうと……」

 浩太郎は笑って、

「お兄様って……。まあそうだけどさ。しかしそれにしても早いな~。あん時の言葉が、こんなに早くその通りになるとはね」

 するとおさよが、

「しかも、八坂様なんて、歴史もあって有名な所で、よく直ぐに式を挙げられたわね」

 それにはお華が、

「夜だったんだけどね。一緒になるって話が決まった途端、先生がさ、神主様を叩き起こしてさ。略式で良いからとか言って……」

 そこで優斎が、恐い顔で口を挟み、

「叩き起こしてませんよ。たまたま、見廻りで出て来てらっしゃったから、急ですけど旅の者なのでと、お願いしたんですよ」

 それには、みんな笑ってしまう。

 するとお華が、後ろの子供達や、おきみも呼んで、一人ずつ、

「これは京のお土産よ」

 と八坂神社の御札とお守りを一人ずつ渡した。

「姉上が言う通り、この神社は、平安の時代よりも前に出来た、千年ぐらい前からの古い神社だからね。芸事、縁結びの神だから、ちゃんと大切にしないと鉢があたるわよ」

 と言ったが、新之助が、

「芸事って言っても、私は男ですし……」

 しかしお華は首を振り、

「いい新之助。芸事っていうのは何も芸者だけの言葉では無いの。それこそ、その昔には、剣術の上手な者も芸者って言われてたのよ。だからあんたには特に必要なの。わかった?」

 そう言われて、彼も納得した様だ。

「はい、ありがとうございます」と大きく頷く。

 そして、お春とおきみにも、

「あなた達は特に、何でも出来る女になって、良い縁に恵まれますようにって事よ」

 二人も笑顔で、揃って頭を下げる。

 そして、お華はおさよにも新たに取り出して、前に寄って渡し、

「これは、安産と生まれてきた子の為に。神主さんにお祓いして貰ったから。どちらでも元気に生まれて来る様にね」

 優斎も、笑顔で頷いている。

 おさよは、

「ありがとう。京都からなんて、とてもありがたいわ」

 と、浩太郎と一緒に頭を下げる。

 そして、浩太郎は両手を高く上に伸ばし、

「良かった良かった。これにて、我が家長男の勤めは全て果たせた。安心したよ」

 お華は首を捻り、

「勤め?」

 それにはおさよが笑って、

「何言ってるのお華ちゃん。お亡くなりになったお父上様もお母上様も、亡くなる寸前まで、あなたの行く末をとても御心配だったから、この人に頼まれていたよ」

「あ」

 とお華は、恥ずかしげに首をすくめる。

 すると、優斎が、

「そうですね。後で、お墓参りしましょう。すぐに、ご報告しなければなりません」

 それにはお華も、

「はい」

 と、恥ずかしげに頷く。



(3)


 さて、帰る寸前、浩太郎から、

「お華。帰って来てそうそう悪いんだが、三日後の夜、俺に付き合って欲しい」

「え? 早速何?」

 頷いた浩太郎は、若干困った顔で、

「優斎さんも聞いてくれ。実はな。最近、品川の御殿山の寺(東禅寺)に、英国の公使館とやらが出来たんだ」

 それには優斎も驚いて、

「英国ですか~」

「そうなんだよ。先生、英国ってのはどうなんだい?」

 優斎は首を振り、

「どうもこうも、たぶん世界最強の国って言われてますよ。アメリカよりも。ほら、何年か前、清国でも戦争を起こして勝ってしまってますから……」

 浩太郎も思い出した様で、

「そうかそうか、天保の頃にな……」

 そして、

「で、今回そういう事になって、余りにも江戸に近いので、北と南で、順番に警備につかなきゃなんねえ。何時かはまだ決まってねえけど、さすがに俺一人じゃ大変だし、俺の時に、襲われて余り犠牲者を出したくはないからな。先生、そん時、お華、借りてもいいかい?」

 浩太郎は更に、

「先頃、アメリカの通弁、ヒュースケンとか言う奴が暗殺されてしまったから、奉行所でも神経質になってしまっての~」

 それには、優斎も笑って、

「ええ。それはもう。どうぞ兄上様のお好きな様に」

 などと言うから、お華は口を尖らせて、

「もう先生!」

 と怒っている。

 しかし浩太郎は更に、

「それから、三郎君も貸して貰って良いかな」

 それにはお華が驚き、

「サブちゃんじゃ、やられちゃうじゃない!」

 と言ったが、優斎は笑って、

「お華さん、通訳ですよ。英国なら英語ですからね。わかりました。では私からも頼んでおきましょう」

 浩太郎は、嬉しそうに何回も頷き、

「ありがとう。いや、助かったよ。言葉も通じないじゃ、護衛もなんも手間かかるからな」

 優斎も、笑顔で頷く。


 さて、それから二人は深川に行き、亡き父と母、そしてもう一組の父母の墓前に報告へ入った。

 果たして、あの世で、どういう顔をしていたか分からないが、とにかく、一安心しただろう。 

 そして、岩本町の屋敷に戻った。

 まずは診療所へ。と言う優斎の言葉に頷いたお華だったが、戸の前で立ち止まる。 何だか、楽しそうな声が漏れてくるからだ。

 眉を寄せたお華は、まるで忍びの、いや、ご先祖の様に、音を立てず扉を開き入って行く。

 優斎は口に手をやり、面白そうに後で見ている。

 中では、二人が席で、おかよのすぐ後ろで「ここはこういう事です」などと言って、妙に親しく何かを教えている様だ。

「ああ、若先生。ありがとうございます」

「良いんですよ~」などと、ニヤついた顔を上に上げた途端。お華の顔が迫って来る様に、彼の瞳に飛び込んできた。

「うわ~!」と、後ずさりして、祐三郎は、足をバタバタさせて驚いている。

 同時に顔を上げた、おかよは微笑み、ごく普通に、

「あら、お華さん! 先生! お戻りなさいませ!」

 と、立ち上がって頭を下げる。

 お華は、

「ごめんね、おかよちゃん。只今」後ろから優斎も笑顔で、

「只今戻りました」

 と、留守番の苦労に礼を言ったが、同時に、

「サブちゃん! 何してんの!」

 まるで、叱りつける様な、声を飛ばす。

「何って、いや、今、おかよさんの勉強を手伝ってたんですよ!」

 これには、おかよも、

「そうなんです。この頂いた英語の御本。教えて頂いていたんです」

 すると、優斎が前に出て、

「おお、これは三郎が土産でくれた、看護技術の本じゃありませんか。さすがですね、おかよさん」

 しかし、お華は、

「おかよちゃんは良いのよ。サブちゃんはニヤニヤと情けない顔で、全く。大丈夫だった? おかよちゃん。変な事されなかった?」

 これにはさすがに祐三郎も、

「な、何を言ってんですか。留守を頼まれた私が、そんな事する訳ないでしょ!」

 些か、慌てて言い訳しているが、お華は、

「さあ、どうだか?」

 それには優斎も、

「まあまあ、お華さん」

 と止め、

「三郎、済まなかった。今、帰って来た。留守中何か変わった事は?」

 それには、おかよが微笑みながら、

「はい。特にございませんでした。足の打撲や切り傷の患者さんばかりで。若先生が、先生の弟と聞くと、皆さん喜んでくれまして。若先生も人当たりが良いお方なんで、何も問題はございませんでした」

 お華は、

「何が若先生だか……。おかよさん。気を付けなきゃ駄目よ。剣は全く下手だけど、これでも一応男だからね」

「うっ」

 三郎は、余りの口攻撃に、言葉が出ない。

 優斎は呆れた様に、

「もう、お華さん。 さて、今は今は手が空いてる様だから、呼び札掛けて、大座敷に、二人とも来てくれ」

 呼び札とは、横に木槌が老いてあり、患者はそれを叩いて、優斎やおかよを呼ぶ札の事。


 と言うことで、お華達が屋敷内に来ると、他の女連中と丁度、芸者になって、名前を変えた、おゆき。

 そして店が休みだったのか、おみよも一緒に居た。

 今日は、ノブに三味を習う日だった様だ。

 おみよには、既に三歳になる男の子、太助も連れてきている。

 脇には、和やかな顔で信吉と小さな太助が、並んで座っておとなしく聞いていた。

 そんな日だったから、皆一斉に、「おかえりなさい!」と声を上げる。

 早速、輪になって皆座ると、お華が、

「みんな。留守番ご苦労様」

 と、優斎と一緒に頭を下げる。

 そして、お華は、

「着いた早々突然ですけど、皆さんにご報告があります」

 報告と聞いて、女将のお吉が、

「なんだい報告って?」

 と聞くと、お華は頷いて、

「はい。私とこの優斎先生は、所帯を持つ事になりました!」

 同時にもう一度、頭を下げる。

ところが、誰からも声が上がらない。いや、ノブとサキ夫婦が、

「おめでとうございます」と言い、小さな太助が真似して、同じく信吉と一緒に、おめでとうと言うだけだ。

「あ、あれ?」

 と言うお華だが、おみよが呆れた顔で、

「おめでとうも何もないわよ姉さん。今頃、やっとなの?」

 などと、その方がみんなの笑いを誘う。

 今度はお吉が、

「そうよ、もう、とっくに所帯持ってる様なもんじゃない。今頃言われたって、おめでとうも何もないわよ」

 と、また笑う。

「そうかな~」

 お華と優斎は見合わせて困っている。

 しかし一人。驚愕の顔で頭を抱えている男がいた。

「ち、ちょっと待って下さい。とすると、お華さんは、おばさんか、姉上?!」

 と言って、その場に平伏気味に倒れ込む。

 おかよが、それを眺めながら、心配そうな言葉だが笑いながら、

「大変な事になりましたね、若先生」

 と小声で本人に囁くと、お華と優斎に向かって、

「致し方あるまい。これは、誠におめでとうございます」

 一人、頭を下げる。

 お華は厳しい目で、

「何が、致し方ないよ!」

 と怒るが、笑顔に変わり、

 袋を持って立ち上がり、例の八坂神社のお守りと御札を、

「お土産よ~」

 と一人一人配った。

 信吉とノブには、

「留守中悪かったね」

 と渡し、

 おみよと太助にも、

「お店に飾ってね。お守りは太助ちゃんに」

 と、太助の頭を撫でてやる。

 おみよは頭を下げて、そのものを見て驚く。

「ありがとうございます。でも、八坂神社なんて、凄いところから貰ってきましたね~」

 さすがに、おみよは元芸者だから、意味が分かる。

 そして、女将のお吉にも渡し、

「おかあさん。祇園にも言って来ましたよ」

 と座って言うと、お吉は驚き、

「え、あんなところにも? で、祇園のどこ?」

 お華は微笑んで、

「なんと、一力ですよ」

 それにはお吉も驚愕して、

「え! 一力って、あの忠臣蔵の?」

 お華は頷き、

「そう。あの一力。さすがに私も、江戸の芸者ってバレちゃったよ」

「へ~、そりゃ驚いた。後で詳しく教えて頂戴」

「はい」

 と、お華は戻って行く。

 そして、戻ると、

「さぁ、ご飯にしましょ」


 食事になり、それから、優斎は祐三郎に、浩太郎の願いを伝えた。

「え? イギリスですか?」

 すると優斎は、

「無理かい?」

 と聞くが、祐三郎は頭を傾げ、

「いや、多分大丈夫だと思うんですけど、まだイギリスの方とは話した事無いんで……。ま、でも、私も興味がありますから嬉しいのですけど……」

 優斎は、分かってはいるものの、

「けど……、ってなんだ」

 祐三郎は、困った顔で、

「私は、イギリス人より、姉上の方が心配ですよ!」

 と小さな声で、抗議するが、

 あっちの方から、

「聞こえてるわよ!」

 と言われ、祐三郎は頭を下げるが、優斎は大笑いだ。


(4)


 さて、時は文久。五月二十八日(1861/7/5)の朝の事である。

 お華の屋敷に、浩太郎が訪れた。

「いくぞ、お華!」

 の声で、兄妹は高輪へ向かった。

「サブちゃんは品川?」

「ああ、迎えに行って、それからだ」

 お華は頷いて、

「ところでさ、今までのところ、何もなかったんでしょ?」

 それには浩太郎も頷き、

「そうだ。だから、行っても単なる訪問で終わるかも知れんが、だからといって油断する訳にはいかん。頼まれた以上しっかりやらんと」

「ふ~ん」

 とお華は、お気楽な様子だ。

 すると浩太郎が、

「ところでどうなんだ? 新婚生活は? うまくやってるのか?」

 一応、彼も多少気になるらしい。

 しかしお華は、

「別に今までと何も変わりはないわよ。あ、ただ、今日のこれが終わって仕度が出来たら、仙台に行かなきゃならない」

 浩太郎は頷き、そして明るい顔で、

「なるほど、先方のご家族へ挨拶に行くのか。そりゃ、むしろ今日の事より大変じゃねえか?」

 と、声を立てて笑ってしまう。

 さすがにお華も、自信なさげに、

「そうなのよ。江戸の芸者を気に入って頂けるのか、お母様が最大の難敵よ」

 浩太郎はハハと更に笑いながらも厳しい顔で、

「難敵とか言うんじゃない。仙台のお人に、江戸の粋だなんだと言っても通じないだろうからな。ただ、あちらの兄上様とは一度お会いしてるから、上手く話して頂いているかどうかだな」

 お華も更に、気落ちした顔で、天に手を合わせ、

「どうぞ上手く行きますように……」

 などと拝んでいる。


 さてそんなことを言っている間に、品川、伊達家上屋敷に到着した。

「少々お待ちを」

 と祐三郎が言って、戻ってしまった間に、留守居の侍がやって来た。

 お華は、顔見知りなので、

「これは留守居様。こちらは我が兄の同心、浩太郎にございます」

 と紹介すると、浩太郎も平伏して、

「この度は、詰まらない事を秋月様にお願いしまして、誠に申し訳ございません。お聞きとは思いますが、相手はイギリス人ですので、どうしても彼の力が必要で……」

 と言ったが、留守居は、その言葉を遮り、

「良いのじゃ、良いのじゃ。今は殿も国元であるし、比較的暇じゃからな。しかし、イギリスとは、また面倒な所が、高輪にやって来たの~」

 浩太郎と留守居はしばらく、その話をしていると、留守居が突然、

「お華。そなた優二郎と所帯を持ったらしいではないか」

 それにはさすがに、お華も恥ずかしそうに、

「これはこれは、もうお耳に。はい左様にございます。今後とも主人同様、よろしくお願い申し上げます」

 と平伏すると、留守居は、

「で、もうすぐ、仙台に行くとか?」

 などと言うからお華は驚いて、

「な、何故それを……」

 留守居の侍は笑って、

「祐三郎が話しておったのじゃ。さて、母上とどんな顔して会うんだろうなどと言っておったぞ」

 お華は、唖然とし横を向いて拳を握り、(あのばか!)

 と怒っている。

 しかし、留守居は、

「そんなことよりもう、殿様のお耳にも入っている様でな」

 これには、お華は更に驚いて、目を大きくする。

 そして留守居は、

「どうもな、家中の剛の者集めて、手合わせをさせたいと仰ってるそうでな……」

 お華は気を失った様に畳に両手を付き、青い顔をしながら、

「い、いや……そういうつもりで行くのでは……」

 と手を振りながら顔を伏せるが、浩太郎は逆に、大きく背中を反らし、大笑いである。

 すると、ようやく祐三郎がやって来て、

「さあさ、参りましょう」

 とお気楽に言うものだから、お華の厳しい視線がまるで簪の様に突き刺さる。


 さて、伊達家を後にして三人は、高輪に今もある「東禅寺」に到着した。

 山門を入ると、向こうの方から、

「三郎さん!」

 と、声がした。それは二人。

 祐三郎がアメリカ親善で一緒だった立石斧次郎と旗本・小栗上野介であった。

 さすがに祐三郎は、知っているので、慌てて側に寄り、

「斧さんではないか。小栗様まで。これは誠に……」

 と深く立礼する。

 そして、浩太郎に、

「浩太郎さん。こちらがアメリカの時にお世話になった、お旗本の小栗上野介様。そして立石殿でございます」

 と紹介すると、

「おお、お華ではないか、久しいの。で、そちは兄か、話は聞いている。今日はわしも少々関わっていての、そなた達が来るって聞いたので安心していたのじゃ」

 さすがに相手は旗本。浩太郎は固くなって、

「これはこれは、小栗様、わざわざのお越しありがとうございます」

 と頭を下げ、

「これよりは私共もおりますので、どうぞご安心を」

 そして微笑むお華も、

「お久しゅうございます。横浜以来かと。此度は兄に引き摺られて参りました。御役に立てるかどうかわかりませんが、なんとかお手伝えればと思っています」

 とこちらも頭を下げるが、

「何を申す、恐れ多くも将軍様からご褒美まで貰っているくせに。だが、そのお陰でわしは失礼できるわ。お華がいたんじゃ、わしの出る幕はないからの」

 と笑っている。

 すると斧次郎は、

「私は残っています。わたしも、あのアメリカホワイトハウスに、大統領が大事に保管されているお華さんの手裏剣の技が見たいですから……」

 これにはお華も、

「いやですよ、お二人とも」

 と笑ってしまう。

 そして小栗は、

「お華、その内我が屋敷に遊びに来い。我が妻が是非会いたいと言ってるのじゃ。そんなに強い芸者を一度なんて申しておっての」

 と微笑む。お華も笑顔で、

「はい。そちら様のご都合のよろしいときに是非」

 と頭を下げると、小栗は待たせていた駕籠に乗り込んだ。


 残る皆は頭を下げ、それを見送ると、お華は、釜次郎に、

「あんた、アメリカで、女に人気だったって本当なの?」

 釜次郎は、突然の質問で、顔を赤くしている。

「ふ~ん、あんたがね~」

 などと言いながら、既に待機している者達に一々挨拶すると、とくぼんの顔を見つけたお華が、

「あんたも来たの? 大丈夫なの?」

 と心配そうに言うのだが、

「お、お華さん。た、大丈夫ですよ。私がお守り致します」

 とは言うのだが、お華は息を一つ、

(無理だな……)と思いながらも、

「まあ、しっかりやりなさいよ」

 と、肩をポンと叩く。


 すると、釜次郎が、

「どうぞ、こちらへ。イギリス公使オールコック殿にご挨拶を」

 と言うから、浩太郎は、

「ええ? おりゃ同心だぞ、身分違いじゃねえのか?」

 と聞いたが、

「小栗様が、いろいろ仰って下さったので、是非お会いしたいとの事で……」

「しかし……」

 と浩太郎はさすがに腰が引けているが、お華が、

「ちょっと待って。アメリカならこのサブちゃんに多少は聞いてるけどさ、イギリスってのはどんな国なの?」

 釜次郎は大きく頷き、

「さすがお華さん。事前に聞いとこうと言う事ですか?」

「そりゃそうよ。芸者のお座敷だって、誰がどうって話は一応聞くもの」

 釜次郎は再度頷き、

「イギリスは……」

 と始めた。

「今、国を治めていらっしゃるのは、ビクトリア女王とおっしゃるお方です」

 それには、お華や浩太郎が驚いた。

「何、女王様の国なのか?」

「そうなんです。男系が帝と決められている我が国とは違うのです」

 お華は笑って、

「あれね。姉小路様が帝になってる様なもんね」

 それにはさすがに浩太郎は、

「んな訳ないだろ。帝だって、一時的には女性の帝であった時もあったんだから」

「ああ、そうよね後桜町上皇様は、飢饉でリンゴを配った事で有名だったからね」

 後桜町、その頃上皇は、天明の飢饉の折、飢餓に苦しむ町民達に、リンゴを三万個、配った事で有名である。

 お華は、どこかでそういう事を聞いていたのだろう。

 斧次郎は笑顔で、

「お華さん、よくご存じですね~。そうです。ですから、我が国と似た国ではあります。ですからそのお積もりで」

「分かったわ」

 とお華は歩き出す。


 斧次郎が案内し、その時の公使ラザフォーク・オールコックに、お華達を紹介した。

 実は、オールコックは外国人で初めて、富士山登頂を行った男である。

 今でも五合目には、記念碑が立てられている。


 しかし、オールコックは、浩太郎はともかく、お華には驚いた。

 それはそうだ。護衛と言いながら如何にも芸者風……最も彼にはそれは分からないが、そんな普通の女が来るなど、考えられず。

 苦い顔で小声……小声の必要も無いのだが、斧次郎に、

「Is a woman the guard?……」

〔女が、ガードだと? 一体どういうつもりだ!〕

 と苦情を言った。そりゃそうだ。しかし斧次郎は和やかに、

「Because she is a Japanese dancing queen」

〔彼女は我が国のダンシングクイーンです〕

 と言う。

 オールコックは両手を挙げ、

「I don't understand」

〔訳、わからん〕

 と言っている。

 しかし、彼も英国紳士の一人のつもりだから、それ以上は言わず。

 浩太郎・お華に、

「Nice to meet you」

と握手を求めた。

 浩太郎は、握手など人生で初めてだったから、戸惑ったが、お華は既に横浜で体験済みだったから、こちらも笑顔で、

「thank you」

 と祐三郎に教えて貰った英語で答える。

 そしてお華は、

「女王様の為に!」と頭を下げる。

 釜次郎が英語で伝えると、オールコックは驚いた。

 こんな事を言う日本人は初めてだったからだ。


 そして、彼らは別室に向かった。

 一応、座っていると、祐三郎が笑って、

「斧次郎さん。姉さん紹介するのに、ダンシング・クイーンってどういう事?」

 と、大笑いすると、斧次郎は祐三郎に

「あんただって知ってるでしょ」

 とお華の顔を見て、

「まるで、踊りの様に曲者を倒してしまうから。むしろ、本当の踊りの女王に思えてね」

 お華と浩太郎はそれを聞いて、「それでか」と大笑い。

 浩太郎は、

「どうせ、なんで女なんかとか、言ってたんだろ?」

 斧次郎と祐三郎は、笑って頷いた。

「まあ、普通はそう思うよな。弾除けになるならいいや、ってとこかい?」

 斧次郎は、

「まあ、そんなもんでしょ。お華さん。せいぜい驚かせてやって下さい。私は横浜で見ましたけど、ありゃ、敵より味方の方が驚く代物ですからね~」

 お華は、笑って、

「いやぁね。釜ちゃん。さすがアメリカでモテる訳だわ」

 などと言うから、浩太郎と祐三郎も笑ってしまう。


 そして、夜。

 イギリスのお付きの者。そして、奉行所や外国方の同心は寝ずの番で、所定の場所で過ごしている。

 すると、お華と浩太郎はある瞬間。顔を合わせる。

浩太郎が「来た!」と言った途端、寺の雨戸を蹴破り、二人の男が飛び込んできた。

 そして、

「尊皇攘夷!」

 と叫びながら、各部屋の戸を開けまくる。

 お華と浩太郎は、暗い廊下前で、上下に静かに待っていた。

 その時、公使室のオールコックも、異常に気付いたらしく、乗馬用の鞭を手に、戸を開ける。

 その曲者は、オールコックを見つけらしく、

「攘夷め!」

 と二人とも一斉に刀を抜いた。

 しかし、それと同時に、気配を消していた、お華と浩太郎は瞬間、廊下に飛び出し、素早く簪、そして小柄をそれぞれ無言で打ち込んだ。

 お華は続けて二本。月夜を切り裂きながら、二人の男に投げ打つ。

 それらは、刀を持っている右の手首や頬、そして足膝を破壊し、男達を沈めた。

 お華は、祐三郎達に、

「あの二人縛っといて!」

 と叫ぶと、二人は、事前に用意して置いた紐を持って向かう。

 それを、後ろから見ていたオールコックは、唖然としている。

 余りの早業に声も出ないようだ。


 そして、本堂前で八人ばかり、

「この! 腐れ役人め! 尊皇攘夷じゃ!」

 などと叫びながら刀を振り上げているが、既に役人らに周りを取り囲まれている。

 しかし、既に二人ばかり斬られている。仲間に端に寄せられている。

 幸い、軽傷の様だった。

 すると何を血迷ったのか、とくぼんが威勢良く、飛び込もうとしていたのを察知してお華が叫ぶ。

「とくぼん! 離れてなさい!」

 と鋭い声が飛び、お華は部屋の奥から走り込んで、床ギリギリを踏み込み、屋根ギリギリまで舞い上がった。

 側の浩太郎の顔には笑みが浮かぶ。

 まるで、天女の様に舞い上がるお華を、向こう柄の襖に隠れ外を見ていたオールコックは、度肝を抜かれたのだろう。

「unbelievable!」

と、同時に口に手を当てる。

 一緒に見ている二人は、知っている事ではあるが、改めて唸ってしまう。

 舞い上がったお華は、両手で六本、まるで翼を開く様に打つと、降りながら続けて六本を取り出し、放つ。円を描きながら更に打つ。

 襲撃側は、突然の事に気持ちを削がれたのか、八人は除ける余裕もなく、それぞれ頬に喰らってしまう。

 勿論、既に浩太郎は、低く敵に迫っており、脇差しで次々、それぞれの膝辺りを切り払う。まるで、おさよの様に。

 地上に降りたお華は、

「さすが夫婦。そっくりだ事」と笑ったが、同時にそれより奥に四人程潜んでいる者を見つけた。

 その者達は、目の前で余りにあっさり打たれた同志に驚き、既に、後ろに体重がかかっていた。

 お華は、即座に四本打ったが、時既に遅く、二人を逃がしてしまった。

 また当然、浩太郎が駆け入って、それらの足を切り払う。

 その時、お華が、

「もう、良い。お縄を!」

 と叫んで、手を振る。

 お華は、横でボーッとしている徳之介に、

「とくぼん! あんたもお縄よ!」

 と言い。

「ああ、とくぼん。簪、集めといてね」

 と笑っている。


 それからと言うもの、オールコックはお華と浩太郎を呼び寄せ、礼を言い、小さな宴会となった。

 釜次郎は、

「お華さん。相変わらず大したもんですね~。空からも打てるんですか~」

 などと笑っている。

 とくぼんが、簪を洗って返しに来たので、

「ありがとう、とくぼん」

「では、これで」

 と彼は出て行った。

 捕まえた者を奉行所に引き立てねばならない。

 すると浩太郎も、

「私も行こう。お華、三郎さんを頼む」

 と、オールコックに頭を下げ、一緒に出て行った。

 すると、オールコックが、釜次郎の通訳で、

〔その、簪。見せて頂けないか〕

 と言う者だから、お華は微笑み、

「差し上げます」と一本、渡した。

 それには、オールコックも少年のように笑顔で、礼を言いながら受け取った。

 すると、祐三郎が、

「あ~あ、イギリスにも、一足先に簪が行っちゃうんだ」

 と些か不満そうに言うから、お華は、

「何よサブちゃん!」

 キリッと言うのだが、釜次郎も笑って、

「そうそう。だってお華さんだって聞いたでしょ? アメリカのホワイトハウスにもお華さんの簪があったって。我々が死ぬ思いで、一ヶ月掛けてやっと日本人初だと喜んで言ったのに、先に飾ってあって、私と小栗様は、ガッカリしてたと」

 祐三郎が通訳して聞いているオールコックも聞いて驚き、

「White House?」

 と声を上げる位だ。

 釜次郎が、今度は英語で事情を説明すると、これも彼は感心していた。

 お華は、恥ずかしげに笑って、

「だって、あんただって知ってるでしょ。アメリカの兵隊さんが襲われそうになったから守ってあげたんだから」

 もうオールコックは、それを聞いて呆れ果てている。

 そして祐三郎に、

〔日本の女性はこんなに強いのか?〕

 と真剣な顔で聞いている。祐三郎が頷くと、

〔やはり、日本は清の様にはいかないな〕

 と腕を組み考え込んでしまう。

 それを聞いたお華は大笑いだ。


 これが、いわゆる「第一次東善寺事件」である。

 動機は言うまでも無いが、浩太郎も関わった調べによれば、水戸脱藩の攘夷派浪士、有賀半弥、以下十四名の犯行だった。

 浪士・警備の双方、死者も発生する襲撃だったが、お華の働きで、何とかその程度で済んだ。

 お華は、その詳細を後で聞き、

「水戸ね~。困ったもんだわ……」

 と溜め息をつく。



~つづく~


 今回もお読み頂き、ありがとうございました。


 さて、お華はイギリス公使館、護衛に回ります。

 しかし、今でも北の方では戦いが起こっていまして、イギリスも支援などしていますが、日本とイギリスはこの頃から、深い歴史があります。

 これが初めての、我が国最初のイギリスとの関わりと言っても良いでしょう。

 

 さて、とうとうイギリスも日本に進出してきましたが、この頃からアメリカは勢いを無くしてしまいます。

 そう、それは同時期「南北戦争」が始まるからです。

 そして、それが終結すると、今度は余った銃砲を日本に持ち込んで来ます。

 それが、倒幕の力となる訳ですが、それまでは一休み。

 これからはイギリスが主流となって行きます。


 今回は、「女王様に愛を込めて」「ダンシングクイーン」となりました。

 最も、「ABBA」はスウェーデンのコーラスグループですが、ま、いいでしょ。

 私の好きな曲の一つだし。

♪ See that girl

Watch that scene

Digging the dancing queen


 お華はGirlとは言えませんが、あちらで日本人は実年齢よりも若く見えるそうで、そういう事でご了承下さいませ。


 では、今回もお読み頂き、誠にありがとうございました。

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