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お華の髪飾りⅡ  作者: 本隠坊
32/65

㉜お華上洛(3)

(1)


 お華は公家のお屋敷に泊まるなど初めてだから、妙に落ち着かない。

 とはいえ、いつまでもその様な気分に浸ってもいられない。

 皆で、朝食を囲むと、その席で姉小路が、

「わらわは本日、京都所司代に出掛ける。よいな」

 良いも何も、京まで来てしまえば、言われるが儘である。

 ところが、お華の隣にいた優斎が、

「姉小路様。私その後、伊達の屋敷に行ってもよろしいでしょうか。長者町と言うところにある様なんですが……」 

「伊達様の?」

 優斎は「はい」と頷いて、

「はい。来た早々何ですが、帰りの仕度をしてきたいと存じます。皆様もお疲れでしょうし、なるべく楽に帰れるようにしたいと考えておりまして」

 それには、姉小路も和やかに、

「おお。何だか分からんが、所司代が終われば何もない。構わんぞ」

 と微笑み、嬉しそうに答える。

「はは」

 優斎は頭を下げるが、横のお華は、

「楽に帰る? どうやって?」

 と聞くが、優斎は笑って、

「いやまだ、向こうで聞いてみなければわからんがね」

 優斎が言うと、後ろのおふみが何やら足を摩っているのを見て、

「おふみさん、あとで私の部屋に来なさい」

 その様子を見たお華は、

「そうか、確かにキツイもんね」

 とお茶を飲む。

 

 姉小路は昼過ぎ、皆を引き連れ、二条城横にある、京都所司代に向かう。

 京都所司代という部署は、その昔、鎌倉幕府の時代に置かれた「六波羅探題」の様な役所。

 そして室町幕府の折りの「所司代」にならって設置されていた部署である。

 民政上の京都支配などは、京都町奉行の権限であるが、京都所司代は西の大名の監視。そして朝廷対策の為に置かれている。

 今回の公武合体などは、まさにこの所司代の管轄であるから、姉小路も当然、まずそこへ挨拶に行かねばならない。

 とは言っても、あの元大奥女帝・姉小路であるから、相手先もさぞ、戦々恐々としている事だろう。

 それは、到着した時には、係の者は総揃いで、片膝を落とし、頭を下げている。

 その張り詰めた緊張感は、お華を苦笑いさせる。

 彼女は小声で、

「先生。姉さん、もうお辞めになってるのに、ここまで怖がらせるものかね……」

 すると優斎も、

「確かに。相当なもんだね。まあ、あの方の一言で出世が左右されると思っておられるのだろう」

と、こちらも苦笑いだ。


 一通りの行事が終わると、優斎とお華は、綾瀬に呼ばれた。

 綾瀬は、

「ここからは、所司代の方々が橋本家までお送りして頂けるようじゃ。そなた達は、伊達様のお屋敷にお行きなさい。して、そのまま京見物でもして来なさい。それから、夕刻近くなったら、こちらにお行きなさい」

 と紙一枚渡してくれた。

 そこには、「祇園・一力茶屋」と書かれている。

 これにはお華の方が驚き、

「あ、綾瀬様。一力と言えば、芝居でも有名な茶屋」

 そう、「仮名手本忠臣蔵」で、あの大石内蔵助が豪遊したと言い伝えられている、日本一有名と言っても良い茶屋だ。

 優斎でさえ、驚いた顔をしている。

「このような所、江戸の私共、しかも一見の者は断られると存じますが……」 

 さすがに柳橋のお華。その程度は知っている。

 しかし、綾瀬は笑いながら、

「何を言うておる。権大納言の橋本様ご紹介であるから、全く問題ない」

「あ~そうか。大納言様なら、さすがに文句は言えませんか。しかも姉小路様のお供の者なら、断る方が難しい」

 お華はこの時点で、嬉しそうに、

「これはこれは、姉様のご配慮。誠にありがとう存じます。ただ……」

「ただ何じゃ」

 と綾瀬は首を傾げる。

 お華は笑って、

「もしかすると、江戸と京都、芸者の合戦になるかも知れませんが、よろしいでしょうか?」

 などと言うから、綾瀬や優斎も大笑いし、

「そうじゃな~。お華。戦う以上は、負けてはならんぞ」

 と言われてしまう。



(2)


「ということで、今日はちょっと歩きますけど覚悟して下さいね」

 笑顔で歩きながら、優斎はお華に言う。

 お華も、

「折角来たんですもの、返れば湿布もあるし大丈夫よ」

 それには、優斎も頷き、

「そうそう。準備は万端です。おお!」

 と優斎は突然声を上げ、

「ほらお華さん、あそこ」

 手を差し伸べた向こうに、一見して違った雰囲気の場所が見えて来た。

 そう、京都御所だ。

「あれが……」

 とお華も立ち止まって感激しているが、少し首を傾げ、

「でも、それほど大きくはないなぁ~」

 などと言うから、優斎も頷いて、

「そうです。歴史は長いですが、今ではそれ程の領地もありませんからね。せいぜい二万石程度と言われています」

 それにはお華も驚き、

「二万? それじゃ、江戸で言う小大名じゃない」

 優斎も頷き、

「ただ、帝は神様のご子孫。あの天照大御神ですから、伊達はおろか、権現様でも届くものではない。これが昨日、我々にもあった騒動に繋がっています」

 それには、お華も、

「そうか~天照大御神様じゃ、後が恐いだろうしね」

「そうです。だから、これまで天下をお取りになったどなた様も、手出しは出来なかった。そうそう潰すことなど出来ないのです」

「なるほどね~」

 などと話ながら、二人は長者町の京都伊達屋敷に着いた。

 伊達は、滋賀にも飛び地があり、そちらは仙台の米などの、言ってみれば商売用の土地であり、藩邸と言う事ではこちらになる。


 二人は、屋敷に入り、留守居の侍に挨拶した。

「留守居様、この度はお手数掛け、誠に申し訳ありません」

 と、優斎、そして後ろに座るお華は、頭を下げた。

 するとその留守居は満面の笑顔で、

「おうおう、秋月殿。国に帰るとそなたの兄に世話になっておってな~。まさかそなたが京に来るとは思わなかったぞ。しかもお上の使いとは……。しかしそなた、医者になったのではなかったか?」

 それには優斎も恐縮気味に笑い、

「如何にもその通りにございますが……」

 と、後ろのお華に顔を向け、

「この者、お華という、姉小路様の手下で、たまたま江戸で隣に住んでいる者でございます。この者から頼まれて、何故かそういう事になりました。江戸の殿も、官位の事でお世話になった姉小路様のお供ですから、それは大いに喜んで頂きまして……」

 留守居も

「うんうん。その辺り、祐三郎からも文を貰ってな~。しかし、そなたもあれほどの剣の腕前がありながらと、そなたの兄上と話しておったが、今度は、恐れ多くも上様、そして帝様への使いとは……。やはり、修業と言うものはしておくもんじゃの!」

 と大笑いだ。

 お華は、話を聞きながら、ただ微笑んでいる。

 そして優斎は、

「お手紙でお願い致しました、船の件、いかがになりましたでしょうか?」

 それにはお華も、眼を大きくして驚くが、口を挟むわけにはいかない。

 留守居は、大きく頷き、

「そうそう、その事よ。上手い具合に、仙台からの船が、今、大阪についておる。既に話を付け、待たしておる」

 優斎は、嬉しげな顔で、

「これは誠にありがとうございます。何しろ、今回は私を除けば全て(おな)()。さすがに江戸までの歩きは、些か辛かろうと存じ、しかも、留守居様もご存じでしょうが、今回の件で狙われてもおります」

 それには留守居も大いに驚き、

「何! もう既に何かあったのか?」

「はい。来た早々、土佐と思われる連中に絡まれました」

「何と!」

 留守居は思わぬ話で、驚愕している。

 優斎は微笑み、

「まあ、私と、この人がいますから大抵の事は何とかなりますが、帰りもつきまとわれるのは、少々面倒。ということで今回のお願いとなったのでございます」

 留守居は驚愕の顔のままだが、それよりなにより、

「なんと! そなたは分かるが、そちらの女子と一緒にだと?」

 お華に顔を向けるが、お華は、思わぬ展開に恥ずかしくなり、

「いえいえ、私、姉小路の元で別式の心得がございまして、少々、優斎様のお手伝いをしただけにございます。優斎様には本当に助かりました~」

 と笑うが、優斎は心の中で、

(上手く逃げたな)

 とこちらも笑っている。

 留守居は、頷き、

「それにしても、強いと評判の土佐の連中と戦うなどとは、手伝いと申しても大変じゃのう……。しかし、良くやってくれた。わしも妙な事になっては困るからな」

 すると、優斎は、

「お褒めに頂き、誠にありがとうございます。左様にございます。船の件も、姉小路様に少しでも何かありますと我が仙台の家が、困った事になります。これを避ける為とどうか、ご納得下さいませ」

 留守居も、

「その通りじゃ、いやいや、頼ってくれてありがたい限りじゃ。船の件、間違いなく念を押しておく」

 これには、二人は揃って、

「ありがとうございます」

 と平伏する。


 こうして屋敷を出て歩き出すと、お華は、

「先生、船っていつ考えたの?」

 お華は、その様な事全く知らない。

 内緒にされていたのが気に食わないのか、些か文句の様に言う。

 優斎は笑って、

「もう、江戸にいるときから決めてましたよ。お華さんはともかく、女ばかりで往復は難しいと思ってましたから」

「まあ、それはそうだけどね~」

「でも、とりあえず行きは歩き通したのですから、皆さんも充分満足だと思いますよ」 

 お華は笑って、

「まあ、湿布、大量に貼りながらだからね。まあ、私もサブちゃんから、船の旅の話をさんざん聞いてたから、興味はありますよ」

 と二人は笑い合う。

 すると優斎は、

「今日はこれから、本当に見学です。まず、金閣寺に行きましょう。勿論私も見た事ありませんから、一度は見ておきたかったんです」

 それには、お華の顔もパッと、それこそ花が咲いたように、

「良いですね~金閣寺。私も話だけしか知りませんから。参りましょ参りましょ」 と、二人は、勢いよく歩いて行く。



(3)


 今更、金閣寺の説明をするまでも無いだろうが、一応……。

 鹿苑寺金閣。

 鹿苑寺は臨済宗相国寺派の寺院。

 その境外塔頭として、足利三代将軍・足利義満が建立した。

 正式には、北山鹿苑寺と知られている。

 金閣は建物内外に金箔が張り巡らされた舎利殿から、金閣寺と知られている。


 さすがに二人は、金閣を実際に見た途端、唸ってしまう。

「金閣、金閣と言われていたけど、本当だったんだね~」

 その姿、そして装飾を見たお華は、感心の声を上げる。

 優斎も、さすがに見入ってしまう。

「さすがに京都ですね~。しかも、これは室町の時代そのままと言うのだから、よく焼けずに残ったもんです」

 ご存じだと思うが、現代見る金閣は再建されたもの。

 1950年に放火により、一度焼失している。

 ただ、焼失前の写真を見ても金閣の風格は感じられる。

 二人は、その当時そのままの金閣を眺めている。

 

 金閣を堪能した二人。

 するとお華は、

「次はどうするんです?」

 と聞くと、優斎は、

「駕籠に乗りましょう。そして私が一番行きたかった所に参ります」

 お華は、

「へぇ~、どこなんです?」

 優斎は笑顔で、

「清水寺です。こちらも国中一番と言っても良い、有名な寺ですからね」

 それにはお華も楽しそうに、

「清水……。清水の舞台か~」

 そうして、二人は清水へ駕籠で向かった。

 清水道、三年坂(産寧坂)辺りで降り、参道の坂道を登っていく。

 正式名称、音羽山清水寺。

 山の斜面にせり出す様に作られた、清水の舞台と今も言われるその本堂。

 参拝した後、高い舞台から見下ろすその風景は、二人も言葉を無くす程の迫力と優雅さだった。

「清水の舞台から、飛び降りた気で……とかよく言うけど、実際に見るとさすがになるほどと納得できますね~」

 優斎の言葉にただ大きく頷くお華。

 そして優斎は、

「これだけでも見る事が出来て、これで私の京都見物は充分です」

 と和やかに、語る。

 お華も、

「私もそうですよ。これで充分、京都を見たって言えますから」

 二人は、微笑み合う。

 そんな時、鐘が鳴り始めた。

「お華さん、でも貴方にはもう一つ重要な用事があるでしょ?」

「え?」

 優斎は笑って、

「祇園ですよ」

 と言うと、お華は、

「あ~そうでした、そうでした。江戸の芸者が来た以上、ご挨拶しとかなきゃね」 などと言って笑い出す。

「もう、時刻の様です。参りましょうか」

「はい」

 と二人は、坂を下っていく。


 祇園。

 ここは、当然ながら、お華の深川・柳橋より遙かに長い歴史をもつ。

 京都東山にある。鎌倉時代の門前町として開けたが、江戸になる頃には遊興の町として発展した繁華街である。


 黒塀に囲まれた、そして如何にも由来がありそうな建物の前に立ったお華は、

その何とも言えない圧力に、戸惑ってしまう。

 しかし、その様には遠慮の全く無い優斎は、ドンドンと中へ。

 そして、

「ご免下さい! 私共は、橋本様よりご紹介を頂きました者にございます」

 と二人揃って、頭を下げる。

 すると、玄関先にここの女将と察せられる女性がやって来て、

「おいでやす。お伺いしております。橋本様の……。どうぞ中の方へ」

 お華は、きっちりとした、立ち振る舞いの女将を見て、

(やはり、江戸とは違うね~)

 と感心している。

 実は、その女将の方も、公家の橋本家の紹介と言っても、些か変わった江戸の客、しかも女の方に少し興味が湧いた様だ。

ご存じの方も多いと思われるが、こうした所は「一見さんお断り」である。

 プライド云々より、トラブル防止の為なのだろう。

 そういうところは、お華も気に入っている。

 広めの座敷に通されると、優斎は柄にも無く、

「ここが、大石殿が入らした所か……」

 と感慨に耽っている。

 一方、お華は、そんな事には全く関心が無く。

 部屋の造り、配られた小皿、今で言う「お通し」となどを一生懸命眺めている。

 彼女にとっては、これも勉強の一つなのだろう。

 時分はまだ夕方でも無いので、それほど待つ事もなく、襖の向こうから、

「ようこそおいでやす。失礼致します」

 と、芸妓が四人ほど、如何にも華やかに現れた。

 そしてそれぞれ、優斎とお華の間に入り、

「お客様は、お江戸からとの事。遠い所、ようこそにございます」

 と、挨拶される。

 優斎はともかく、お華は、それぞれの芸妓の衣装。

 そしてその立ち振る舞いを、目を皿の様に眺めている。

(やっぱり、江戸とは違うわ)

 と感心と微かな驚きで、盃を持った。

 すると、優斎が笑みで、

「どうですお華さん。京都の芸妓さんは?」

 しかし、お華は少々厳しい顔で、

「あなたたち。座敷に上がるって事は、舞妓では無く芸妓なのよね?」

 突然、意外に厳しい表情と予想外の質問に彼女らは、たじろぐ。

 お華は、

「あなたの紅、あなたのおしろい。塗りがいい加減。どうなのかしら?」

 具体的な指摘に、芸妓らはお互いの顔を合わせ、目を大きくしてしまう。

 そしてお華は、

「いい。ここは京の祇園なのよ! しかも一力。 国中、どこの芸者も憧れる場所に上がっていながら、そのいい加減さは、これまでの先輩方の苦労を無にする物よ!」

 聞いている優斎は、何を怒って入るのかわからなかったので、

「まあまあ、お華さん……」

 とあやすように声を掛けるが、お華は止まらない。

「江戸の客だからって、思ったのかな? でも客を選ぶようじゃ、この先……」

 と言ったところで、向こうの襖の影から、一人の芸妓が、些か笑みを浮かべながら、するすると現れ、正面の方に座り、

「これは誠に申し訳おまへん」

 と、言われている芸妓を見回し、首を傾げ、

「全くもって、お客様の仰る通り。あんたたち。出掛ける前に、お母はんに見て貰わなかったん?」

 と言われると、彼女らは下を向いてしまった。

 その芸妓は、改めて、

「ほんに、お客様の仰る通り。これでは祇園の名が泣きます。誠に申し訳おへん」

 と、頭を深く下げ、身体を起こすと、お華に、

「せやけど、あんたはんは、お江戸の芸者どすね?」

 と、上目遣いで言うと、他の芸妓達は、声を上げ驚く。

 お華も笑顔で、

「お姉さん。まさしく祇園の芸妓らしいお方で。仰る通り、私は江戸、柳橋のお華太夫にございます」

「柳橋?」

 と、若い芸妓達は声を上げて驚く。

 お華にとっては(意外と有名なのね……)と笑みが零れる。

 これには、芸妓は思った通りと頷き、他の彼女らは、魔物でも見ている様だ。

「いや~。本日は、祇園を勉強させて頂こうと思いましてね。途中まではさすが京のお座敷と思っていたのですが、さすがに肝心の芸妓さんがこれではと思いましてね、外野の者が差し出がましいとは思いましたが、ここは祇園。一番上がこれでは、他国の芸者まで同じ様になってしまいます」

 もっと外野の優斎は、思わぬ芸者の戦いに、盃を持ったまま目を白黒としている。

「ほんまににその通り、どうも近頃ん子はそこの所良く分かってへんようで……」

 頭を小さく下げた芸妓は、その彼女達に、

「ほら、今のうちに化粧直ししてお出で!」

 と、言い放つ。

 みんなが慌てて出て行ったのを見て、

 お華は、少々上目遣いで、

「ねえ、お姉さん? 今、客筋悪いの?」

 と、トーンを下げた声で聞く。

 それには些か苦笑いで、

 静かに頷く。

 お華もなるほどと頷きながら、

「そう。まあ、江戸なんかは最初から客筋どころの話じゃないけどさ。京までそうなっちゃったか~」

 と、お華は頷きながら盃を空ける。

 彼女はお酒を注ぎながら、

「戦でもはじまるのかしら、なんか世の中物騒になったし」

 それにはお華も笑い、

「まあ、何でも始まりは京都でしょ? 私らさえも妙な侍連中に襲われたもの」

 さすがにその話には彼女も驚き、

「ええ? あんたはんが?」

 お華は頷いて、

「そう。江戸から来たってんで、それだけでね~」

 全くそれだけではないから、聞いている優斎は笑ってしまうが、黙っている。

 すると、先程の芸妓達が☆「失礼致しました」と、帰って来たので、

 お華は、

「じゃ、あなたたちの踊り拝見しても良いかしら。良いとこは全部盗んで行くからね」

 と微笑む。

 すると、

「さぁ、そう簡単には盗ませへんように、江戸の芸者に見せてあげましょ」

 と、年嵩の芸妓は、立ち上がり三味の方に向かう。

 そして、伝統ある京の舞が始まる。

 踊りを見ながら、優斎は、

「どうです? 柳橋のお華太夫さん」

 お華は嬉しげに、

「やっぱり、同じ曲でも場所と歴史を見せつけられますよ。さすが、あの大石さんが喜んだってだけはあります」

 優斎は微笑み頷く。

 一曲終わると、三味の芸妓が、

「今度は、貴方はんの踊りを見せてくれへん。二番目に有名な柳橋の芸妓さんの」

 お華は、片頬を上げ、

「そうね。先生にも久しぶりにお見せしましょうか」

 優斎も、嬉しそうに、

「良いですね~。京で貴方の踊りを見る事が出来るなんて……」

 お華は立ち上がり、一度座ると横で見ている若い芸妓達に、

「真似なんかしちゃ駄目よ。あなたたちはあなた達で京都の踊りを守らなきゃね」

 などと笑いながら言っていると、まだ座敷でない芸妓まで入って来ていて、

「ねえ、ねえ、あの人、柳橋の芸者はんなん?」

 などと、小声で聞く。

 お華(柳橋の芸者)が来ていると聞いて、他から突然、芸妓が集まって来た。

 確かに京都だから、江戸の芸者なんて滅多に見る事はない。

 踊りを披露するとなれば、一度は見ておきたいと思うのに無理はない。

 

 さて三味が鳴り出し、お華は立ち上がり舞い始めた。

 先程の踊りと同じく、それは流暢な舞だが、止まるところはキチッと止まる。

 つまり、手足の先まで神経が行き届いた、踊りである。

 眺めている、芸妓は驚きを隠せない。

 江戸など田舎、だと思っていた芸妓が多いから、江戸でも評判の高い踊りを披露されると、かなりの衝撃であった様だ。

 そして優斎は、目を細め、大きく頷いている。

 お華も満面笑顔で、

「おおきに」

 と、柳橋に居る時と同じく、キチッとした背筋で挨拶すると、周りの芸妓達も驚きの顔になっている。

 たちまち、お華を囲んで、あれやこれやと話が始まってしまう。 

 

 さて二人は、いやお華は、色々京の芸妓達と話が出来て、充分に堪能したようである。

 それも終わり、外に出ると、もう薄暗かった。

 道に出ると、優斎は突然。

「あ! もう一つ行かなければいけません」

 それにはお華も驚いて、

「何? いったいどこへ?」

 優斎は頷いて、腕を正面に上げ、

「すぐそこですよ。八坂神社です。お華さんだって関わりのある神社じゃないですか? 何てったって芸能の神でもありますから……」

 言われて見れば、ここは京都で「八坂さん」と親しまれ、祇園祭の胴元でもある。「そうですよね~江戸でもお名前は有名だし」

 二人は早速、正面石段を登り楼門を潜り、今では国宝にもなっている本殿の神前に立ち、二例二拍手で拝礼すると、

 優斎が、隣のお華に向き直り、

「お華さん」

 お華は何かと驚いた。

 すると優斎は、些か、紅潮した顔になっていた。

 そして、優斎にしてみれば、ここだ! 

という勢いで、

「お華さん。私の嫁になってくれませんか?」

 と突然、お華に告げ、頭を下げた。

 彼女は知らなかった。

 実は、ここ八坂神社が縁結びの神だということを。


 お華は突然の事で、しかもその手の経験が無いから、幾分落ち着かない顔だったが、彼女は彼女自身で「そうであれば……」とずっと望んでいた。

 だから何の迷いも無く、意を決した様に、

「はい。喜んで。不束な女ですが、何とぞよろしくお願い致します」

 と、深く、深く頭を下げた。

 優斎は「やっと言えた……」と満面笑みである。

 すると、向こうの方から足音が聞こえたので、振り向くと、如何にもこの神社の者らしき姿が見えた。

 すると優斎は、

「ちょっと、待ってて下さい」と走り出す。

 それはなんと、見廻りで出てきた、八坂の神主であった。

 優斎は二三喋ると何かを渡した。

 その神主は和やかに「中にお入りを」と入り口を指差して、踵を返して中に入っていった。

 お華は「何事? 良い時だったのに」などと思っていたが、優斎が戻ってくると、「お華さん。式をやりましょう。今、神主さんにお願いしました」

 などと言うから、お華はさすがに驚き、

「早!」

 と呆れ顔だ。そして、

「で、でも私は旅の姿だし、それはちょっと……」

 困った顔で言うのだが、優斎は、

「いや、これまで浩太郎さんや皆さんに、さんざん尻を叩かれてきましたので、お華さんが承知してくれるなら、もうすぐにでも式を挙げたいと思いまして。今、神主さんに思いっきり略式で結構ですからと、持ち金全部渡してお願いしました」

 妙に興奮している優斎が、珍しいなと思いながら、お華もどうせ式を挙げるなら、江戸の芸者仲間でも有名な八坂で上げられるなら、文句は無い。

「分かりました。では、こんな格好ですけど、神様もお分かり下さいますでしょう」

 と、承諾した。 

急いで、挙式用の烏帽子、狩衣に着替えた神主に祝詞を上げて、(ぬき)を振って貰った優斎とお華は、

誠に簡単ながら、目出度く夫婦となった。

 巫女はもう帰ってしまっていたので、なんと、神主の奥さんが急遽仕度して、三三九度を執り行ってくれた。

 二人は丁重に挨拶して、神酒を飲み干す。

 神主は、

☆「わしも長年やってるが、こんな事は初めてじゃ。とは言え、いつもより気合い入れて神に祈ったから、きっと前途は明るかろう」

 さすがにおしとやかな顔をしていたお華だったが、その言葉には笑ってしまう。

 そして、

「旅の途中で、誠に無理を申しましたが、願いをお聞き届け頂き、ありがとうございました」

 神主夫婦に、二人は頭を下げて礼を言い、優斎・お華夫婦は、神社の階段を降りて八坂を後にした。

 歩いているとお華は、

「先生? ……いや、旦那様?……いや言いにくいなぁ、ねぇ、慣れるまでとりあえず先生でいい?」

 優斎は笑って頷いて、

「はいはい。どちらでも構いませんよ」

 と言う。

 するとお華は、

「先生。芸者は辞めなきゃ駄目? 出来れば、おゆきが一人前になるまでは、続けたいんだけど……」

 それにも優斎は、微笑み、

「一緒になったからって言って、すぐに生活を変える必要はありませんよ。生活はそのままで」

 お華は喜び、

「ああ~助かった。それが心残りだったのよ。お母さんも、それさえしっかり決まっていれば、安心してくれるだろうし、私もこれまでの恩がありますから」

 優斎は頷いて、

「そうですよね。女将さんもさんざん貴方には振り回されてるから、せめてそれぐらいはして差し上げた方がいいでしょう」

 しかしお華は、

「別に振り回したりはしてませんよ~」

 と口を尖らせて言うが、優斎は笑いながら手を振る。

 そして、今度は真面目な顔で、

「それでは私の願いです。京都まで来て置いて何ですけど、近いうち仙台にも貴方を連れて行きたいんですけど……」

 それにはお華も頷き、

「ああ、それはそうよね。私も母上様にご挨拶に伺わないと。でも、私の様な芸者で、お嘆きにならないかしら?」

 さすがにお華はその点が心配だったようだ。

 しかし優斎は、

「問題はありませんよ。私は次男だし、医者だし。それに、以前、会ってくれた兄上がお華さんの事も話してくれているそうだから、今更、心配する必要はありませんよ」

「そう~お? それなら良いんだけど……」

 余りの事に二人は道を間違えた様で、三条を飛び越え、やっと烏丸通りに入っていく。

 するとお華は、

「あ、って言う事は、サブちゃんは甥って事になるの?」

「いや~、あれは表向きの事だから、弟で良いんじゃないですか? それに兄上にも母親代わりに厳しくやってると文を出したら、喜んでましたから、きっと仙台の母上も喜んでいることでしょう」

 しかし、そんな時だった。

 夫婦二人の足が急に止まった。


(4)



 向こうの方に、牛車らしきものが一台、夜なので月明かりでうっすらと、幾人かの男と女が付き添っている様に見えた。

 それは、糸毛車という種類の牛車だった。

 金銀で飾られた、身分の高い者が乗る、豪華な物だ。

 だが、二人はさすがに、そこまでは分からないが、たぶん、お公家さんの牛車ではないかとは思った。

 そして同時に、何か大声で言い合っているのが聞こえた。

 夫婦は、反射的に走り出した。

 そして、後ろからさっと入り込み、牛車の前に立った。

 すでに牛は脇に避難している。

 側の侍らしき男が、

「そ、そなた達は……!」

 と言うのを、お華が笑顔で止め、前方には厳しい顔を向ける。

 そこには、浪人らしき男達が並んでいた。

 しかし、お華は呆れ顔で、

「また、こういうの? あたしゃさっき渾身の踊りをしてきたばっかりなのに!」

 と文句を言っているが、優斎は、相手に目を離さず、少し笑って、

「これはこれで、貴方の踊りですよ。むしろこっちが本業かも知れない」

 お華は頷きながらも、

「まあ、そうなんだけどね。折角良い気分だったのに!」

 怒りだしてしまった。

 そして、代表者らしき男が進み出て、

「中のお方。どうかおとなしく出てきて頂きたい。そして私共が安全な所にご案内いたしましょう」

 と江戸言葉で言うから、とっさにお華は頭を傾げた。

 しかし、周りの連中は、

「そうじゃ、サッサと降りて来なされ」

 などと言っているから、お華にはピンと来て、

「何言ってんの! これじゃただの拐かし(誘拐)でしょ! 見れば中のお方はお公家様。あんた達の様な粋も何も無い田舎モンに連れて行かれたら、命が幾つあっても足りないよ~」

 ビシっと言うが、優斎は横で、

(やっぱりこうなったでしょ)

と、少々苦笑い。

 しかし、そいつらも、いきなり女が、しかも江戸弁の啖呵を受けて、驚いた様で、

 特に一番驚いたのが、その代表者らしき男だった。

 久々に本物を聞いて驚愕しているというのが正しい。

 すると、回りの者が、

「おい、小五郎。彼奴ら、所司代の回し者じゃ?」

 そう、この男、桂小五郎。後の明治の元勲だ。

 しかし、小五郎は首を捻る。

 所司代の手の者と言ったって、言っているのは女だからだ。

 しかし、周りの者達は、痺れを切らし、

「もうこうなりゃ問答無用じゃ。踏み込んじまえ!」

 と一斉に刀を抜く。

 優斎は更に微笑み、

「結局、夫婦最初の仕事はこういう事になるんだね……」

 と言いながらも、こちらも刀を抜く。

 護衛の男達刀を抜いているが、些か頼りない様に見えた。

 優斎はチラッとそれを見て、

(もしかすると、こいつら北面の武士か?)

 と思ったが、そうであれば、中の御仁は相当な人だ。

 そっちの方に優斎は驚いている。

 周りの、特に女達は悲鳴を上げる。

 お華は大きな声で、

「少し、下がって居なさい!」

 と声を投げかけると同時に、走りだそうそしていた男達の前で、一回り。

 いつもの如く、六本、全弾打ち放った。

 月光を浴びながら、それは光を反射させながら雷の様に頭上部を爆発させる。

 小五郎も構えていたが、この攻撃には身動き一つ出来なかった。

 頭を片手で押さえ、

「な、何と!」

 当然、優斎も同時に走り寄っていく、まずその小五郎の足下に沈み切り払うが、彼も剣では江戸で名を売った男。簡単には斬られないが、それはまた新たな隙を呼ぶ。

 最大の敵は、お華なのだ。

 だから、優斎の剣は辛うじて除けるが、お華には格好の的。

 再びお華は、華麗に右、左と打ち抜き、膝を突いて様子を見ながらも既に六本、両手に構えている。

 簡単に右肩を打ち抜かれた小五郎は、この時、生命を諦めていた。

 そして他の連中はお華にとっくに膝を打ち抜かれ、更に優斎にトドメの様な一撃を食らう。

 

 痛さで這いつくばっている者達の中で小五郎が、何とか立ち上がり、

「こりゃいけん! ひ、退け!」

 と声を上げる。

 逃げると言うには、余りの足の痛さで死ぬ思いだっただろうが、皆、頭から血を流しつつ、慌てて去っていった。

「ふ~う」

 と、一息つくお華。

 牛車を守っていた侍を一人呼んで、

「悪いけど、この簪。落っこちてたら拾っといてくれない?」

 お華は笑顔で言うから、その男、操り人形の様に緊張しながら。

「はい。承知しました」

 と、素直に走って行った。

 優斎が戻って来て、お華に、

「ありゃ神道無念流じゃないですかね~」

 それにはお華が驚いて、

「神道無念流? それ、龍馬さんに聞いた事あるよ。神道無念流を習ってるのは長州が多いって。あそこで習ってたんだ……。どうりで江戸弁を使うと思ったんだ」

 これには二人とも驚いてしまう。

 神道無念流は、幕末江戸三大道場の一つ「練兵館」の創設者、斉藤弥九郎が指導を行っている

 それはともかく、二人は牛車の前に膝を着き、優斎が、

 「中のお方。お公家の方と存じますが、只今の様に、京は今、とても物騒にございます。どうか早めにお帰りを」

 と丁重に言うと、周りの女が、これこれと止めると、

「よいよい」

 と中から声が上がり、そして「前簾を上げよ」と命じた。

 これで、優斎とお華には、中の者が女性だとわかる。

 実際顔を合わせると、月夜でも随分と若い女性だと感じた。

 お華は、驚いて上目遣いで見ている。

 優斎は、慌てて、

「お、お姫様にございましたか。それでは私共も屋敷まで参りますのでご安心を」

 すると、このお姫様が、

「すまんがの、わらわは橋本の屋敷に行きたいのじゃ」

 などと言うから、夫婦は二人とも、「え?」と言って驚いた。

 そしてお華が、

「誠に恐れ入りますが、どなた様で」

 と問うと、側の付いている女が、

「これ、ご無礼な事を申すでない。こちらは和宮親子内親王様じゃ!」

 これには更に二人とも口を開けて、最大の驚愕である。

 いや、正確には腰を抜かしたと言って良い。

 今回の旅は、内親王ご説得の為とは知っているが、まさか、本人に直接会うとは思ってい無かったから当然だ。

 まさに、我が国最高の令嬢と言って良い。

 

 優斎は動揺を隠せず、

「下賎な我々に、直にお言葉を頂戴出来るなど、誠に持ってありがたい限りでございます」

 と平伏する。

 するとお華が、

「私共は、勝子様を護衛しながら上洛致しました。まさかこの様な所でお会い出来るとは……。そして、わざわざお言葉を頂き、誠にありがとう存じます」

 勝子は姉小路の諱。姉小路は江戸だけの名だから、それを知るお華は、姪に当たる和宮には、そちらの方が適当と考えたのだろう。

 しかし、和宮は笑顔で、

「そなた。最前とはえらい違うの~。江戸の女子は、みんなあんな事を申すのかえ?」

 と扇子を口に当てて、笑う。

 すると、お華は和やかに、

「そりゃ、相手によりけりにございます。ああいう連中は、脅せば女はみな悲鳴を上げるなどと思い込んでおります。ですから、逆に女の方から脅されると、驚いてしまいます。そうなりますと私共の勝ち……」

 などと、調子に乗って言っているから、優斎は呆れた顔で、「お華さん!」と小声で叱る。

 これには和宮も、「ほほほ」と笑い。

「これは、思わぬ教えを受けたの……」

 と喜んでいる。

 優斎は、放っておくと碌な事を言わんと、思ったかも知れない。

「それでは、この様な所で何時までもお話しするのもなんでございますから、早速、橋本家へ参りましょう」

 と優斎自ら、周りに声を掛け、立ち上がった。 


 何はともあれ、それから一行は、橋本家に到着した。

その来訪を聞き、当然、姉小路は驚愕し、

「何? 宮様が? お、お華と一緒に? しかも襲われただと?」

 と、別の意味で、報告した綾瀬も一緒に驚いている。

 居間に通されて座る和宮は、上座を姉小路に譲り、姉小路は、これはこれはと恐縮しながら座る。

 そして、

「宮様。襲われたと聞きましたが、お身体大丈夫にございますか?」

 当然、心配そうな顔で聞く、

 しかし和宮は、ニコニコと、

「大叔母様。久方振りにございまする」

いくら姉小路でも、身分は和宮の方が遙かに上。

 しかし、御所でも無いので、叔母・姪で居たかったのだろう。

 その辺に、和宮の性格が表れてるのかも知れない。

 それはともかく、

「一時はどうなるのかと思いましたが、あの二人が突然現れましてね、簡単に守ってくれました。あら大叔母様の護衛とか。大叔母様も凄い女子を連れておりますね」

 と笑う。そう言われると、姉小路も笑ってしまう。

「いや。宮様もご運の良い事。あれが居れば、侍の五人や十人、簡単に倒します」

 そして姉小路は、外に控える綾瀬を呼んで、

「お華を呼んできてくれるか」

 と頼むと、お華は飛ぶようにやって来て、和宮に平伏しながら、

「先程は、ご無礼の数々、誠に申し訳ありません」

 とまさに平謝りだ。優斎に怒られたのかも知れない。

 しかし姉小路は笑って、

「よく、宮様の糸車だとわかったのう」

 それにはお華は顔を上げ、

「とても分かりませんでしたよ。牛車など初めて見ましたから。ただ、高貴な公家様では無いかとだけは思いまして、急いで駆け付けたと言う次第にございます」

 すると姉小路は、少々不思議そうな顔で、

「そなた、祇園に行ってたのではなかったのか? 何故、烏丸通りなど」

 それにはお華も恥ずかしそうに、

「いや、碁盤の目と教えて頂きましたが、江戸の者には難しゅうございます。八坂神社から、遠回りしてしまいまして……」

 それには、姉小路が驚き、

「八坂? なんで八坂なんぞにいたのじゃ?」

 するとお華は、たんたんと、

「はい。そこで挙式を上げまして……」

 これには姉小路と綾瀬は仰天する。

 しかし和宮は、何が何だか分からないから不思議そうな顔をしている。

 しかし、こうなると姉小路が、

「これ。優斎とあそこで式を挙げたと申すのか?」

「は~、なんでこうなるのか私にも良く分かりませんでしたけど、丁度、見廻りか何かで外に出てきた神主様に、略式で結構だからと……」

 これには姉小路も呆れた顔で、

「そなたら、式を挙げるために京に上ってきたのか」

 と言うと、お華は口を尖らせて、

「姉様だって、早く身を固めろと仰ったではありませぬか、あの人も我が兄から、早く早くと言われたので、丁度良いと八坂様で」

 そして、お華は和宮に向かい、

「宮様。結婚するとはこんなものにございます」

「これ! これ!」

 と姉小路は叱りつけるが、和宮はようやく分かった様で、身体を曲げて笑っている。そして、

「おばさま、仲がええどすな。そうか、結婚とはそないなものか」

 とここまで来ると女達は笑ってしまう。

 するとお華は、

「はい。あの人は仙台の人で、下手すると私も仙台に行かなければいけない所でしたが、都合良くあの人次男で医者なので……。所詮、一緒になれば旦那様次第。これはどこのどなたも、変わりません」

 姉小路は苦笑して、

「和宮様、まあお華の事はともかく、身分の上下に関わらず。こういうことはそんなものかもしれません。宮様は、式をあげたばかりのお華達に、危ない所を助けられたなど、何だか定めにも感じられまする。どうか、これを機に、色々ご不満はお有りでしょうが、お考え直しをお願い申し上げます」

 と、深く平伏する。

すると、和宮は、

「お華? そなたは江戸に行けば何時でも会えるのか?」

 と聞くから、お華は微笑み、

「はい。お城でもどこでも、呼ばれれば参ります。まあ、祇園ほどではありませんが、私も芸者でございますので、ひとさし舞に参りまする」

 と笑顔で深く、頭を下げる。

 それには、和宮もまた和やかに嬉しそうだ。

 このお陰かどうか分からないが、これから一年後、彼女は江戸行きの旅に出る事になる。


 さて、翌日。

 一応念のため一晩泊まった和宮を、朝方お華と優斎は御所にお送りする。

 御所の門内に入るだけでも通常、官位の無い者が許される筈もないが、事が事だけに細かい事は言われなかった。

 しかも、和宮の命もあって誰からも文句は出なかった。

 お華と優斎は、地面に平伏して、笑顔でお送りする。

 牛車を降りる時は、前から。

 降りた和宮は、

「しばらく、お待ちなされ」

 と言い残して、御所に入っていった。

 地面に膝を付けながら、お華は隣の優斎に、

「ここが、御所なのね~。確かに武家の作りとはちょっと違うわね」

 優斎に至っては、身分どころの話ではなく、決して来る機会など無いと思っていた場所だがら、万感の思いで、周りの光景を見ていた。

 するとお華は、

「でも、やっぱり、あちこちヒビが入ってるわね~」

 と彼女は遠慮がないから、優斎もつい笑顔になる。

 確かに、朝廷の財政は、いつも逼迫しているので、江戸城の様にしょっちゅう直せるものではない。

「その辺は仕方無いさ……」

 優斎はそれ以上は言わない。


 さて、待っていると和宮が戻って来て、

「お華。こちらへ」

 と声を掛ける。

 お華は、左右を見回し、少々恥ずかしげに、

「はい。内親王様」

 と近くに寄って、再び頭を下げる。

 すると、和宮は、

☆「これは祝いと、礼じゃ。受け取っておくれ」

 と、お華に差し出す。

 それは、お華にも一目で分かる扇子であった。

「これは、これは」

 と、お華は和やかに受け取ると、和宮が、

☆「開けてみなされ」

 言われてその通り、扇子を広げてみると、赤を基調とした、旭日模様の何とも艶やかな扇子であった。

「これは……舞扇では?」

 お華も、眼を大きく広げて見入る。

☆「そうじゃ。これは我が母から頂戴したもの。母は扇子が好きでの、譲り受けた者じゃ。この世に二つと無い物らしい」

 それを聞いた、お華は驚愕し、

「そ、そんな、お母上様のお形見ではございませんか? その様な大事な物、私なんぞが受け取る事など出来ませぬ」

 と頭上に扇子を捧げる。

 後ろの優斎も、余りの事に驚いている。

 が、和宮は笑って、

「言うたであろう。母は扇子が好きで、他にも数々受け取っているのじゃ。遠慮せんで良い。しかも、そなたには命も救って貰った。母上もさぞ喜んでおられるじゃろう。大事にしてくれるとありがたい」

「勿体ない!」

 とお華は、再び頭を深く下げ、

「はい。それでは家宝として、大事にいたしまする」

「それと、折角の舞扇じゃ、大事な踊りに使っておくれ」

 お華は、大きな涙を流しながら、

「はい。承知致しました」

 と、後ろの優斎と一緒に平伏する。


 その後、お華は橋本家に帰って、姉小路に報告する。

「何? 扇子を頂戴しただと?」

 と姉小路は驚いて、お華が渡す扇子を見て、更に驚く。

「これは、形見ではないのか? しかも、橋本家の尾長巴も入っている。この様なものを……」

 そして心の中で、(間違いない、あの扇じゃ)とすぐ分かった。

 何とも言えない顔の姉小路。

 彼女は遠い昔、この扇子を見た事があった。

 まだ、子供の頃に姪でもある、和宮の母、橋本経子が所有していたのを知っていたのだ。

 ジッと、深い目でその扇子を見入ると、スパッとそれを閉じ、お華に返した。

 受け取ったお華は、

「なんでも、母様が扇子をお好きだった様で、何本もあるから舞扇をやると……」

 姉小路は往事を思い出しながら、頷き、

「まあ、そうなのだが。しかし、内親王から江戸の芸者に扇子を下げ渡すなど、初めて聞いたわ!」

 と、笑っている。


 お華が下がった後、綾瀬が、

「よほど、お華がお気に入りの様ですねぇ~」

 と言うと、姉小路は笑いながらも、なんと涙を流した。

 その様子には、さすがに綾瀬も驚いて、

「ご、御前様、如何なされたので……」

 と言うと、姉小路はしみじみと、

「あの扇子は子供の頃、母が持っており、横目で見ながら、欲しかった扇子じゃ。だがわらわには、それが言えなかった。立場と言うものがあるからの。当然、中宮に上がる程の経子殿に渡されたのじゃ」

「え?」

 と綾瀬は驚く、しかし、姉小路は和やかに、

「それが、なんと、今度はお華に渡された。長生きはしてみる物じゃ……」

 綾瀬も、大きく頷き、

「なるほど確かに」

 と綾瀬は頷き、また、

「やはり、今回。お華に頼んでよろしゅうございましたね」

 それには姉小路も微笑み、

「お陰で、何もかも上手く行ったわ」

 と、庭の外に目をやる。


 さて、それからは、みんなで土産物屋などを見て回り、京見物をした後、いよいよ帰る日が近づいた。

 姉小路は、最後の日。

 皆を先斗町に連れて行った。

 行った先は、現在でも有名な、川床であった。

「ここは無礼講じゃ。楽しく過ごしておくれ」

 との、姉小路の言葉に、皆はさすがに喜んだが、優斎が、

「飲み過ぎてはいけませんよ~お華さんの様になりますから」

 などと言うものだから、お華も顔を赤らめて、

「ホントよ~、京の町中で倒れちゃうからね~」

 と言わざるを得ないが、お華は優斎を睨み付ける。


 楽しく過ごしていると、優斎が突然お華に、

「すいませんお華さん。仙台は何時行きましょうかね」

 と、盃を傾けながら小声で言った。 

「そうですねぇ、でも先生、診療所もあるし、すぐって訳にはいかないでしょ? 私もお母上にご挨拶したいし。でもさ、どちらもお母上になるのかな? なんてお呼びすれば良いの?」

 これには、優斎も微笑み、

「確かに。でも、私共は母上は母上、兄上の嫁は姉で良いと思いますよ。前にも言ったけど、祐三郎は世間向きの事だし」

 それには、お華は「あ」っと声を上げ、

「そう言えば、サブちゃんは、義理の弟になるんだよね?」

「そういう事になりますね」

「そっかぁ、じゃ。もっと厳しく、姉として躾なくちゃいけないね」

 それには優斎は大笑いする。

「祐三郎は気の毒な。お華さん、すでに姉君の様にいつも厳しくてるじゃないですか。これ以上やったら、アイツは寝込んでしまいますから、どうかお手柔らかに」

 とは言ったが、絶対アイツは苦情を言ってくるだろうな……と、心中覚悟した。「そおお? 前にお兄様によろしくって言われてるから、これからはもっと……」 優斎は両手を出して、

「ま、まあ、今のところは、おとなしくしてて下さい。それより、何時になるか分かりませんけど、仙台に何時行けるか、そっちを先に考えましょ」

 と言われ、お華は、

「そおお?」

 と少し不満顔だが、下の川は、その様な事に関わりなく、静かに流れていく。


 

~つづく~ 


 今回もお読み頂き、ありがとうございます。


「彼奴ら、式まで挙げちまったよ~」

 と浩太郎が言いそうですが、お華はやっと優斎と一緒になりました。

 いや~長かった(笑)

 私としては何時一緒になるのか、と考えに考えておりましたが、やはりここしか無いでしょう。

 しかも、場所は京都の八坂神社。

 縁結びの神でもありますし、その頃の日本。いや今でも、祇園祭りで一番有名ですからね。 

 とは言っても、かなりな略式ですが、まあ、こういう事は一つの節目。

 とにかく、やることはやったで、四方丸く収まるでしょう。


 さて、とは言っても、お華もとうとう、血で血を洗う京都に乗り出しました。

 まだ、幕が開いたばかりですが、早くもその兆候は見えております。

 そして今回は、とうとう長州・桂小五郎が登場。

 早くも「逃げの小五郎」の片鱗を見せておりますが、これから、終わりの始まり。 京都は更に燃えさかっていきます。

 ところがお華は、京都での出番はここまで。

 歴史を無視すれば、違った方向の面白さもあるでしょうが、やはり今回は幕末の江戸を書いて行きたいので、志士びいきの方にはご不満かも知れませんが、どうか、ご了承下さいませ。

 

 それでは今後ともよろしくお願い申し上げます。

 ありがとうございました。

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