㉔安政5年の導火線
(1)
直弼就任以前から、幕府は朝廷の顔を立て、条約の勅許を求めていた。
しかし朝廷は、むしろ戦をしてでも阻止を唱える有様。
交渉に当たった堀田備中守は、
「実に堂上方ら正気の沙汰とは存ぜられず」
と嘆く文を江戸に送る始末である。
これでは話し合いにならない。
ちなみに、既にこの頃、薩摩の西郷など、初期の志士と言われる者達は動き始めており、様々なやりかたで朝廷の公家達を動かし始めていた時期でもあり、このような者たちの暗躍で、さらに説得は困難となった。
井伊直弼はアメリカ交渉について六月十九日。
最後の会議を開いた。
実は直弼、朝廷や水戸に言われるまでも無く、
もともと、勅許が出るまでは、調印せず。の考えであった。
しかし、老中松平伊賀守忠古が、
「公卿の言いなりになっていたら幕府の権威が失われる!」
と、即時調印を主張。
これに海防掛始め、衆論は一気に傾く。
直弼と言うよりも、その他の意見により締結は決まってしまっていたのだ。
その結論を受けて、岩瀬忠震と井上清直の海防掛は、
「勅許が出るまでなるべく延引せよ」と言う井伊を無視し、
二人はなんと、その日のうちに、神奈川沖停泊中のポーハッタン号に乗り込み、調印してしまった。
その結果が、礼砲二十一発である。
国内的には、これが正に、革命の導火線に火が点いた瞬間と言って良い。
さて、こうなってしまっては、いくら直弼でもどうしようもない。
結局、アメリカとの通商条約は、岩瀬らの拙速とも言える暴走で、朝廷、いや幕府でさえ無許可同然で成立してしまった。
しかしその是非はともかく、直弼に取って一番の難問であった条約は片づいた。
そんな彼に残る問題は、将軍家跡目の件である。
しかし跡目については、この頃既に彼は、水戸以外の御三家、尾張と当の紀伊から同意を得ており、南紀派を形成していた。
一橋派がどうであろうと押し切る積もりであったから、この時の彼にはそれほどの困難は感じていなかったものと思われる。
後年、井伊直弼は本当に開国派であったのか? と言われている。
何しろ、彦根で蟄居同然の暮らしをしていた時から、禅や茶道に専念し、のち国学者長野主膳義言を呼んで師と仰ぎ、日々研鑽していた様な男だ。
どう考えても、どこにも開国の目は出て来ない。
やはりこれは、あくまで政治的な判断による決定だったのだろう。
岩瀬らが、直弼の言葉を聞かずに行動したと言うのは、彼らにとっては当然の様に感じ、むしろ勝ち誇ったかの様な気になっていたかも知れない。
しかし、直弼はそこまで甘くはない。
これらの責任は全て、岩瀬を筆頭とした海防掛に追わせることが出来る。
それに加え、これら諸問題の全ては一橋派の全責任と転化する事ができるからだ。
(2)
さて、それから数日後、なんとお華は大奥に呼ばれた。
呼んだのは、年寄・瀧山だ。
お華は、慣れたように平川から入って行き、七つ口でその旨を届ける。
もう、橋の検問は、気楽な物である。今で言うフリーパスと言うところか。
その辺は、七つ口も同じで、切手掛の中臈が笑顔で、
「あらお華様。瀧川はお部屋にてお待ちにございます」
この辺、ほとんど自分の屋敷と変わらない。
それはともかく、お華は部屋の前に行き、襖越しに、
「お呼びにより、お華、只今参上致しました」
と声を掛ける。
中から、
「お~待って追ったぞ」
と本人の声が響き、お華自ら襖を開け、
「この度はお知らせ誠にありがとうございます。ご命に寄り、参上致しました」
と早速、瀧川の前に、頭を下げつつ座った。
瀧川は笑顔で、
「改まら無くても良い。少々聞きたい事があっての~」
と、割と機嫌良く言うので、お華も、
「もしや、先日の大きな音にございますか?」
こちらも少々和やかに聞く。
「はは、そうじゃ。内輪では何やら条約が調ったから……と聞いたのだがな」
お華はふふっとおかしくなって、
「しかし、それを私にお聞きになりますか? ただの芸者なのに」
それには、二人とも声を上げて笑ってしまう。
瀧川付きの局が、お茶を振る舞ってくれたので、挨拶をしながら、
「あれは、まさしくその通りと存じます。しかし、これからが大変になると思われます」
「ほう。まあ、大体予想は出来るが……」
お華は頷き、
「はい。問題は朝廷にございます。些か面倒なやり取りが続くと、姉小路様も仰っておられました」
それには瀧川も、
「ほう。姉小路様も。で、どうなると言うのじゃ」
お華は再び頷き、
「恐らく、大老以下、主立った者に京に出向き申し開きをするよう言うでしょう」
それには瀧川も、うんうん頷き、
「で? その後は?」
などと聞く者だから、お華は笑って、
「ですから、その様な事、柳橋の芸者なんぞにお聞きになってどうするのです」
と言いながらも、
「しかし、昔からそれは、殆ど無視で押し通してきたのが通例とお聞きしております。今回もそうなるのではないでしょうか?」
瀧川も笑顔で、
「なるほど、いや、こういったことは留守居などに聞くより、お華に聞いた方がよくわかりやすいわ」
と高笑い。
そんな中、大きな足音がして、いきなり障子を開いた。
役職はなんであろう中臈の女が平伏し、
「滝山様! 女坊主から連絡が入りまして、何でも、水戸斉昭様が登城なさったとの事。なんと不時登城にございます。そして大老の井伊様に面会希望と仰られておるとの事!」
女の坊主は、男とは違い、いわゆる表と大奥の行き来が出来る。
基本的に、将軍が大奥に行き来する事に関わっているからである。
その様な事もあり、比較的自由に、表の出来事をすぐに連絡できる役目も持っている。
瀧山は、さすがに驚き、
「先日は一橋様であったが、なんと水戸様が。これは……」
と呻いてしまう。お華も当然驚いている。
お華も大奥に勤めていた事があるから、ある程度の事は分かる。
しかし、お華は首を深く傾げて、
「しっかし、水戸様と言うお方は……」
とこちらも呻いている。
すると瀧川が、
「な、なんじゃお華」
と言うと、お華は少々呆れた顔で、
「なんて、喧嘩の下手な方なんでしょう」
などと言うから、瀧山は目を丸くして、
「何じゃそれは?」
するとお華は、
「滝山様。不時登城というのは、言ってみれば謀反にも等しいと、以前お聞きした事がございますが……」
「おう。そうじゃ。たとえ御三家と言えども、登城するする日は決まっておるからな。火事にでもならぬ限り、許されるものではない」
「それでございますよ。一橋様は勝手な条約締結と言うのを怒られていらっしゃるのでしょうけど、この様な事したら、大老様に取っては、待ってました~てなもんでございますよ」
と、それには瀧山もうんうん頷きながら笑ってしまう。
「これで、跡目は決まったようなもんです。何と申しますか、やはり下手でございますな」
などと首を捻る。
さて、その江戸城表。
無断調印の話は、既に武士の間にあっという間に広がっていた。
もちろん朝廷にも、堀田ら老中五人の連名で、六月二十一日、宿継便(速達という事)で 京都の武家伝奏に、「今般、やむを得ない仕儀により……」と送っている。
当然、朝廷の反発は著しく、更なる反発を招く結果となった。
それはともかく、水戸派というより斉昭本人の落胆失望、そして怒りは甚だしかった。
まずは、一橋慶喜が、同じ御三卿、田安慶頼を誘い、早速登城して井伊に面会を求めた。
御三卿は各大名とは違いがある。
別個の家ではなく、あくまで将軍家の家族扱いであり、登城もある程度自由である。
そんなこともあって、慶喜の父である斉昭は軽く考え、この事を聞いて更に抗議すべく、登城日も無視し登城したのだろう。
慶喜は当然、「調印の件! 其許ご承知の事か!」とやり始めた。
しかし井伊は、平身低頭で「違勅とは存じておりましたが、多勢に無勢、止むなく同心致しました」と言い、後は、ひたすら「恐れ入ります」が続き、同席の老中連中も「仰せご尤も」の連呼である。
まさに、暖簾に腕押しと言った様子。
翌日は、桜田の井伊屋敷に、慶永・後の松平春嶽が訪ねて来たが、これは、
「まっぴらご免下され」
と、結局押し問答。
そんなことをやってるうちに登城の時刻となり、「今日はここまで」と立ち上がったが、春嶽は井伊の袴の裾を掴んでしまい、袖が破れてしまったそうな。
あるいは、この波状攻撃とも言える非難は、一方で倒閣と言えるチャンスと踏んでいたのかも知れない。
しかし、この計画。結局は失敗した。
お華の言う通り、喧嘩が下手だったのだ。
六月二十五日、そうちょうどお華が大奥に居るその日。
朝も早よから水戸斉昭を先頭に、これには水戸藩当主慶篤、尾張藩の徳川慶恕(のちの慶勝)、そして再び松平春嶽も一緒に早くから不時登城して、井伊を待っていたのだ。
上記の様に、登城日を無視し押しかけた。
これが世に名高い「押しかけ登城」であった。
直弼は、内心喜んだだろう。
将軍に拝謁という申し入れは、あっさり却下。
不時登城であれば尚更である。
そして肝心の井伊にしても、公務多忙と称し会おうとしない。
斉昭は待っている最中も大声で、
「これは井伊に腹を切らせないかん!」
と、ここぞとばかり騒いでいたそうな。
結局、三人は午前9時から午後3時まで、延々六時間も待たされた。
しかも、正午には弁当さえ出していないのだ。全く遊ばれてしまっている。
結局、その3時にやっと井伊が会ったのだが、これも同じく平身低頭。返答はのらりくらりである。
終いには、
「条約締結は、家老以下、衆議により決定した事。既に上様にもご裁可頂いております。それをあなた様のご意見で覆そうと仰るのか? 上様のお決めになった事を何をもって、ここまで仰るのか。さらに上様跡継ぎにおいては、これはどこまでも、徳川将軍家、今の上様ご意志によって決まる事にございます。それを水戸様は何を持って、異議を唱えられるのか? これは将軍家に対する、ご無礼ご謀反ではございませぬか?」
と言われてしまう。
初めの勢いはどこに行ったのか、結局会談は一時間程度で終わったのである。
井伊直弼はその日側近に、
「老公、老公と鬼神の様に言われてきたが、案に相違して実物は大した事なかった」と言っていたとか。
実におかしな話で、この短い会談中、斉昭は開港問題には殆ど触れず、慶喜を時期将軍にという話ばかりだったらしい。
不時登城までして、親バカぶりをさらけ出した、全く意味の無い会談だった。
そこで、直弼は素早い対応を見せた。
翌日の六月二十七日には、正式に将軍後継は、紀伊徳川家の家福と決定・発表したのである。
将軍始めどこからも支障は出ず、正に敵失によって、鮮やかに決まった様なものである。
(3)
大奥を辞したお華は、小川町方面から、少し坂を上る。
現代であれば、水道橋・東京ドームシティ周辺に向かった。
お華はそこに屋敷を構える、火事の時に世話になった川路聖謨の屋敷に向かった。
何やら、お上の処分を受けたと、瀧川から聞いたのでそんな気になった様だ。
屋敷に着き、別に何の用事も受けてないが、「瀧川様のお使いで……」などと言って門番を誤魔化し、玄関に奥方が慌てた様子で現れた。
それはそうである。一幕臣に大奥から使いが来るなど、そうそうあることでは無い。
ところがお華は、もう芸者の陽気さで、深く頭を下げ、
「奥様でいらっしゃいますか? 私はお玉が池前に住みますお華と申します。え~瀧川様とは先程お会いしまして、何でもお殿様が御役替えになったとお聞きしまして、一言ご挨拶をと参りました」
と言われた奥方は、少し頭を傾げていたが、気が付いたらしく、
「ああ。お華様。先日、殿がお世話になったという。しかし、瀧川様の名を使うとは驚いたお方じゃ!」
などと、何故か喜んでいる。
そんな事もあって、お華は川路の前に出た。
川路は喜び、
「おう久しぶりじゃお華。どうしたんじゃ」
と言うと、お華は笑い、
「大奥で何やら罰を受けたらしいとお聞きしたものでね、まあ、からかいに来たと思って下さい」
それには、川路夫妻が笑ってしまい、奥方が、
「別に大した事ありませんよ。特に用事が無くなったってだけですから」
するとお華は、
「それは残念。笑って差し上げようと思ったんですがね~打って付けの御役でございますか~」
などと、好き勝手な事言っているから、川路も、
「何、言ってやがる。おい、どうせこいつは芸者だからな。酒でも用意してこい」
と奥方に命ずるとお華は、
「どうもすみません。奥様もどうぞご一緒に。どうせ大奥の話ですから一緒にお聞き下さいませ」
と言って、簡単な宴の用意が出来ると、お華は川路に、
「西の丸留守居役ですか? とは言っても、まあ近いうち、恐らく忙しくなりますよ。新しい若様が入られますからね」
それには川路が驚き、
「なんじゃと? 儂はそんな話は聞いとらんぞ!」
西の丸留守居役である。その様な事むしろ一番先にも知っていなければならない。
お華は少々前屈みで、
「本日はお休みでしたか?」
「そうじゃ」
「では、以前のお仕事、条約の件は無論ご存じでしょうね」
それには川路も軽く笑い、
「まあ、祝砲も聞いたからな。が、こんな早くとは思わなかったぞ」
それには、お華も頷く。と奥方が女中と一緒に、酒を自ら運んで来た。
お華は、目を丸くして、
「これは、奥方様自ら、誠に持って申し訳ありません」
と頭を下げるが、奥方は微笑んで、二人の前に猫足膳を並べ、自分も前に置いて、
「お言葉により私も戴きましょう」
と微笑んでいる。
お華も微笑み、
「しかし、奥方様。これはもしや、ヤケ酒になるかも知れません」
などと言うものだから、奥方が目を大きく開け、同じく川路が、
「なんじゃと! 一体どういうことじゃ?」
するとお華は、川路に酒を注ぎ、自分にも注いで、一気に飲み干すと、
「それでは川路様は本日の本丸表での事はご存じないのですね?」
その言葉には、川路も驚き、
「本日じゃと?」
しかしお華は、
「まずその事より確かめたい事がございます。実は、それが心配ですから本日こちらに参ったのです。川路様、もしかしたらこちらの屋敷のお隣! 大きな屋敷のご子息様を時期将軍にご推薦とか、あちこちで言ってませんよね?」
これには、川路は虚を突かれた様子で、思ってもいない事を突然言われ大きく目を開く。
「そりゃ、こんなに近いのじゃ……まてまて、まさか今日お跡目が決まったのか?」
と慌てて聞くが、お華は笑顔で酒を飲み干し、
「いえ、いえ。でも明日には決まるでしょ」
などと言うものだから、
「なんじゃと? 一体どういう事じゃ」
と叫ぶ、川路にお華は呆れた顔で、
「やはり、心配は現実となった様です。実は、本日……」
川路は、うんうん頷く、
「隣の大旦那様が、城に押しかけまして、ご大老様に条約違勅の大抗議をしたそうです」
これには、「うわ!」と言いながら、川路はその通りひっくり返ってしまった。
当然それは不時登城であることが分かっている。
しかし側で聞いている奥方は、その光景に驚き、そして何が何だか分からない。
だからお華に、
「ね、お華さん。一体どういうことなの?」
お華は、奥方には丁寧に伝えた。
「……ですから、この様な事したら、跡継ぎの話など、どこかに飛んでしまいます。問題は、その若君を支えていた者。つまり一橋派と言われる者達の処分です。川路様は昔の事もあるから、片方に寄りすぎると碌な事はないとお考えだろうと、まさかとは思ったのですけどねぇ」
さすがに川路は、それがどういう事になるか分かっていた。
ガックリと肩を落としている。そして、
「まて、お華。儂程度でもお咎めがあるとしたら、他は……」
お華は大きく頷き、
「はい、大変危険だと思いますよ。むしろ、屋敷替え程度ならマシなものかもしれませぬ」
「ほう、そこまで……」
そしてお華は奥方に、顔を向け、
「残念ながら、御役御免の上、閉門蟄居。そしておそらく、お屋敷替えになると思われます」
その言葉を聞いた奥方は目がつり上がり、
「旦那様!」
と怒鳴りつける。
川路は頭を抱えている。すると奥方はそのままの調子で、廊下の方へ、
「誰か! さ! 酒を持って来なさ~い!」
と大声で叫ぶ。
川路は頭を抱え、
「地震でやっと立て直したのに、この様な事になるとは……儂の武運も尽きたな」
と酒を煽る。
お華は、目尻が上がっている奥方に、
「こうなっては致し方ありませぬ。明日から少しずつ引っ越しの準備をなさった方がよろしゅうございます。慌ててやるとバカバカしゅうございますから」
奥方も大きな溜息と共に小さく頷く。
と言う事で、実際ここは千坪の屋敷なのだが、数日もしない内に、堀の向こう側、四百坪の屋敷の移動を命じられる事になってしまう。
(4)
さて、話は変わって、ここは優斎の診療所。
優斎は、一通の手紙を読んで頭を抱えている。
お茶を持って来た、おかよが、
「どうなさいました? 先生」
と聞いたが、優斎は首を捻ったまま、黙り込んでいたが、
「ちょっと問題が起こった。また流行病が起きそうだ……」
それにはおかよも目を丸くして、
「流行病ですか? それは一体……」
優斎は身体の方向を変え、おかよの正面で、
「うん。これは前の疱瘡より厄介じゃ。大人も子供も関係無い。あなたはコロリと言う病気を知ってますか?」
それにはおかよも驚愕し、大きく頷き、
「そんなものが広がっているのですか?」
「うむ。この手紙は、私の知ってる駿河に住む医者からのものです。なにやら伊豆辺りにコロリの患者が出た様だ」
コロリ……これは要するに「コレラ」である。
江戸時代の人々は、これにかかると三日ぐらいでコロリと死んでしまう。
その事から三日コロリと呼ばれ、大変恐れられていた。
この頃はコレラを「虎列刺」「虎狼狸」とあて名で広まっていた。
以前に流行った際は、長崎から上方まで蔓延したと言われている。
しかし、今度は伊豆からだ。
当然、発生元は下田。つまりアメリカ人からと想像がつく。
しかし、今、その様な事を言っても始まらない。
優斎としては治療法を考えなければならないのだが、疱瘡の様なワクチンなどは当然この時代には無い。
いや、現代でも発生する病気で、絶滅には至っていないぐらいだ。
正直、なすすべが無かった。
とは言え、医者の一人として、座して死ぬ訳にもいかない。
優斎は立ち上がり、
「おかよさん。済まんが、留守番をお願い出来るかい。治療についてはあなたに全部任せる」
それにはおかよも驚き、
「先生、どちらに?」
優斎は頷いて、
「私はこれから、医学所の伊東様のところに行って、今後の事を聞いてくる」
おかよが「はい」と答えると、優斎は早速出て行った。
いわゆる「安政コレラ」の始まりである。
優斎はこの頃、神田和泉町・和泉橋近くに越していた医学所に向かった。
だが、安念ながら伊東玄朴は不在で、代わりになんと、緒方洪庵が用件を聞いてくれた。
この緒方洪庵。
この頃はまだ江戸勤務では無かったが、種痘の件でちょうど江戸に出て来ていた。
優斎に会ったのは種痘を守ってくれた大恩人と聞いての事だった。
これには優斎も驚き、平伏し、
「これはこれは、緒方先生。ご高名は以前からお聞きしております。まさか江戸におられるとは……。お会い頂き、誠にありがとう存じます」
と丁寧に礼を言った。
すると、緒方は、
「聞いておりますぞ、そなたが火事の折、種痘所の株全滅を救ってくれたとの話。私は今後の種痘所について意見をと言う事で呼ばれて参っておったのじゃ。こちらこそ、近々ご挨拶にと思っておったところじゃ」
と笑いながら受け入れてくれた。
緒方洪庵は、大坂で有名なあの適塾を開き、そこでは医者だけで無く、慶応の創始者、福沢諭吉や、後年、幕府の大きな敵となる大村益次郎などを育てた人物だ。
優斎も以前より医療の業績なども聞いていたから、偶然の事ながら嬉しかった。
しかし、
「先生! 本日はコロリにつきまして、もし何ぞ対策などがあれば教えて戴きたいと存じまして……」と貰った手紙も見せながら、願った。
しかし、さすがにこの事については、緒方も渋い顔だ。
「やはり、コロリでしたか……。残念ながら、私もこれについてはさしたる事は言えません。しかし、もう伊豆に達して居るとは、これは上方に来るのも間もなくと言う事でしょうな。これは困った」
と腕を組んで、考え込む。
すると優斎は、
「疱瘡の様な訳には参りませんか?」
洪庵も辛そうに頷き、
「そうなのじゃ。これといった物が無いのじゃ」
優斎も、
「私も数々の書を調べましたが全く……」
と首を振る。
すると洪庵は、
「実は長崎出島の医師でポンペと言う者が、コレラの患者には、キニーネとアヘンを服用させ、温浴治療をすべきと言っているらしいのだが、儂はどうも、これには首を傾げてしまうのじゃ」
優斎は、その情報の広さに驚き、
「もう、長崎まで情報を集めていらっしゃるのですか。キニーネとアヘン……」
阿片は知っての通り、麻薬の一種である。
そしてキニーネは南米アンデス山地に自生する「キナ」というアルカロイド成分の植物。
キニーネはどちらかというと、抗マラリア作用があり、後年、マラリアの特効薬とされている。
しかし洪庵は、
「成功した例もあるらしいが、全てではなく、まだ未知数と言って良い。輸入も大変であるし、それになによりアヘンを使うのはどうもな。直るかも知れんが、後で大変な事になりかねない。それではとても、私には勧められない」
優斎もそれには大きく頷き、
「お聞きかも知れませんが、私は基本、子供専門の医者でございます。とてもアヘンを使うなど無理にございます」
洪庵がは和やかに、
「お前さんは、蘭学だけで無く、漢方も取り入れて治療を行っているそうだな」
「はい。蘭学はこういった特別とも言って良い病気や、大けがなどには良いですが、子供には、薬効が強すぎる事が多いからでございます。その点、漢方を上手く使えば、無理な治療にならぬ事が多い様に思われます」
それには洪庵も大きく頷き、
「誠に持ってその通りじゃ。そもそも医療は枠を持ってやる事では無い。患者に何が良いのかを第一に考えねばならん。江戸にも儂と同じ考えを持った医者がいてうれしいよ」
機嫌良く笑う。そして、
「だがコレラは残念ながら、今は、予防に努める他は無い。なるべく換気を良くしてな、口に入れる全てのものに気を遣わなければならん。どうも一番危ないのは、水そのものの様だ」
「水にございますか?」
「そう。特に厠に近い井戸には気を付けねばならん。少なくとも一度は、火を通す事じゃ。その上で瓶などに貯めて飲む。もちろん食べ物も、魚・野菜全てに火を通す事。炊いた米は長くほっとかない。後は、なるべく身体、部屋は風通しを良くし、清潔にすることじゃ。そして結界じゃ。これである程度は防げると思われる」
結界とは、仏教・神道用語だが、この場合は鳥居、しめ縄といった意味ではなく、
現代で言えば、密にならないと言う事だ。
例えば、平伏する武士の場合、自分の前に扇子を横に置き、頭を下げる。
首筋を見せ、害意の無い事を示す。
身分に上下が無ければ、相手も同じ様にするから適度な距離になるというもの。
この場合の自分の位置が結界と言われる。
昔ながら、現代にも通用する仕来りだ。
ついでながら、この時の話が切掛になったのか、緒方洪庵は大坂に帰って、
ほぼ三週間で「虎狼痢治準」を書き上げ、各地の医者に配ったと言われている。
優斎は嬉しそうな顔で、
「ご教授ありがとうございます。つまり衛生に気を付けるという事ですね」
そして洪庵は、
「もし、コロリにかかった者が居たら、すぐに隔離じゃ。死因は知っての通り、体中の水分が、下痢嘔吐によって全て無くなってしまうことから来る。単純ではあるが何とか水分補給をさせるしか、今は手が無い」
優斎には、この言葉でコロリ(コレラ)に対する絵図が頭に浮かんだ。
そして、深く頭を下げる。
「お前さんも、大坂来ることがあったら遊びに来なさい」
と笑顔で言われたが、優斎も笑顔で、
「先生。それより先に、江戸出仕になるのではないですか? 医学所の為と言う事でお上から……」
些か、含み笑いで言うと洪庵も頭に手を当て、
「実はそうなんじゃ。しきりに誘われておっての~。儂はあまり大坂離れたくないのじゃが……」
優斎は、頷いて、
「わかります。医者と言えども、あまり場所を変えるのも考え物ですからな。まあ、その時は、不肖私がお相手させて頂きます」
と二人は笑いあう。
(5)
屋敷に帰った優斎は、早速おかよに頼み、八丁堀の浩太郎一家と裕三郞も一緒に呼んで貰った。
暫くすると、お華の屋敷にノブ夫婦も含め、全ての者が集まった。
そしてそれが一通り落ち着くと、優斎が緒方洪庵に教授頂いた、今後の生活の衛生面について説明した。
「せっかく疱瘡が一安心したのに、誠に申し訳無いありません。それに、まだ夏場で大変で気の毒なのですが、是非、この事守って欲しい。でないとあっという間に広がってしまう」
浩太郎は厳しい顔で、
「ころりは俺も知っているが、そんな知らせがあったのかい?」
「ええ。今は伊豆、もう神奈川にも広がりつつあるようです。浩太郎さんはお手数ですけど、この事、お奉行所にもご報告を」
「おお、わかった。しかし何故伊豆なんだい?」
すると優斎は、少し笑って、
「アメリカですよ」
それには、浩太郎も驚き、
「え! 来ただけでそんな病気が広がるのかい?」
優斎は頷き、
「実は既にアメリカでも万単位で亡くなっているという話です」
「ま、万だって?」
「はい。恐らく直った者が我が国に来るのでしょうが、その病気の許はそのまま持っている事が考えられます。一人に移れば、あっという間にございます。本来は長崎、あそこは出島がありますから、そこで起こる事が多いのですけど、知っての通りの騒ぎで、とうとうこちらに病気まで来てしまったと思われます」
それにはみんな暗い顔をしてしまう。
すると裕三郞が、
「私まで呼ばれたのはそのせいで? これは明日留守居様にお話ししなくては」
優斎は、
「皆さんの中で、具合が悪くなったと思わる方がいたら、まず隔離じゃ。そしてすぐ知らせなさい」
「これは皆さんも一緒です」と優斎は向こうを指差し、
「大人、子供構わず、具合の悪くなった人は、あの長屋で治療します。隔離が必要だからです」
それにはお華が、
「ノブさん達は?」
それには、
「大変申し訳ありませんが、早めにここの屋敷に移って下さい。いいですねお華さん」
「そりゃもちろんよ」
と、笑って言うから、ノブが、
「これはお気遣い頂きありがとうございます」
と夫婦二人で、頭を下げる。
お華は首を振って、
「気にすること無いわよ。それはそれで大変な事になるもの。病気で、天下の三味線引きを亡くすのはあまりに勿体ない。ねえ、サキさん」
サキは如何にも嬉しそうに、
「有り難いお言葉です」
と深く頭を下げる。
いやいやと手を振りながら、お華は、
「全く、内から外から大変な事になったわね~」
と、元気無く言う。
すると、裕三郞はその元気無い様子が面白いのか、お華に、
「どうしたんですかお華さん。元気ないですね~」
と些かからかい半分で言うものだから、お華はキッと睨み付け、
「実は、千代田のお城でも大変な事が持ち上がってるのよ。今回はお城だけの話で、町民や商家の人達には問題ないと思ってたら、とんでもない事になったわ」
と、低い声で話す。
それには浩太郎が、
「ああ、佐久間様に話した件か? それからどうなったんだ?」
するとお華は、
「あれからまた大奥に行ったんだけどさ。ちょうどそこで、なんと不時登城よ!」
と少々大声で言った。
浩太郎は驚き、
「不時登城? 一体どういうことだ」
お華はその経緯を話す。
それにはさすがに、その意味が分かる浩太郎も優斎も驚愕し、
「み、水戸様がそのような事を?」
「そう。なんでも福井の松平様と一緒にね。その前日には一橋様が田安様と一緒にね。まあ、こちらは御三卿だから良いとしても御三家・御両典(御家門)では、相当な問題になる。ねえ、優斎先生。一橋派が一緒になって不始末を起こしてしまう。そうなるとどうなります?」
優斎は少々笑いながら、
「どうなるって……。もうこれは御大老様の思い通りになってしまうでしょう。上様の名をお借りして」
お華は頷き、
「そうよ。大奥の瀧川様も仰ってた。これは完全に粛清されるって……」
「粛清……」
浩太郎と、優斎は黙ってしまう。やはりこの言葉は重い。
すると、お気楽そうな裕三郞が、
「何だか、お上も大変そうですね~」
などと笑顔で言うものだから、お華の怒りを買ってしまう。
同時に優斎も小さな声で「馬鹿者」と言って頭を抱える。
「サブちゃん! あんたこの話の意味が分からないの!」
と、大声で怒鳴られる。
裕三郞は思わぬ反応で、目が点にになってしまった。
向こう側でおさよが、口元を押さえクスクスと笑っている。
「先生……。こういうのが、お江戸の担当なんて大丈夫なの伊達様」
これには優斎も、腹抱えて笑ってしまう。
すると、裕三郞は多少カチンときたようで、
「分かってますよ。コロリの件はちゃんと留守居様にお伝えしますから!」
と言い返すのだが、お華は眉を逆立て、
「あんたね。粛正って言葉が良く分かってないみたいね。んじゃお上と一戦しても良いって事?」
「え? それは御三家の……」
と言い返す途中を遮り、
「それとは別よ! あのね。御三卿様、そして御三家様が粛正されるって事は、伊達のお殿様も充分危ないって事なのよ」
裕三郞は驚愕し、
「と、殿も?」
お華は、姿勢を正し、
「いい? コロリについては優斎さんと一緒に、留守居様より、あのお姫様にご相談した方がいいわ。結局、奥が第一の問題だからそちらはそれで一応大丈夫よ」
「は~」
もうこの辺になると、回りの皆は興味深く聞き始めていて、新之助まで、些か楽しそうだ
「そしてあなたは、留守居様に伊達様内に一橋派に通じている者、若しくは一橋様が時期将軍として良いと言って回ってる者が居るかどうか、確かめるのよ」
裕三郞は不安な顔で、
「もし居たらどうするのです?」
お華はフフンと笑い、
「早急にお国にお返しなさい。一時的でも何でも理由はどうでも良いわ。とにかく姿を隠すのよ」
「ひえ~」
裕三郞は仰け反っている。そして、
「その様な事。本当に必要ですか?」
と聞き返すが、
「当然よ。そのままにしてたら、申し開きで目付に呼ばれるわよ。向こうは恐らくそれまで色々と探っているから、下手すると伊達様ご謀反か! とか家中不行き届きとか言われて、江戸家老切腹なんて充分あり得るわよ。だから一戦覚悟してるのかって言ってるの」
さすがに裕三郞は青い顔になり、手を何回も振り、
「とんでもないですよ。分かりました。明日すぐ手配致します」
すると浩太郎が眉を寄せて、
「おいお華。あんまり脅かすなよ。気の毒だろう」
しかしお華は、
「まあ、そうかも知れないね」
と、自分でも言い過ぎか? てな顔だが、
「でもね。恐らくもう早ければ明日にでも、お世継ぎ発表があるかも知れないからね」
「ええ? もう?」
と浩太郎は驚いたが、実際、その通りになった。
お華は頷き、
「もっとも、条約の件、これからどうするのかもあるんだろうけどね」
それには優斎も、
「そうだね。でも、もう無理でしょ、調印してしたんだし。また四の五の言ったら今度は大坂辺りの港に船を着けるとか言い出します。そうなると、我が国は、病気と混乱で、滅茶苦茶になります。病気もいつになっても落ち着かない」
するとおかよが突然、
「あの~病気が治まったなんて、どうやったらわかるんです?」
と聞くので、お華は、今度は端に座らせて貰っている信吉に向かって、
「信ちゃん、どうすれば良いと思う? 同心の家にいるんだからあなたもすぐ分からなければいけないわよ」
と言うが、さすがに信吉は幼いせいもあってか首を振る。
それを見て、おさよがとうとう笑い出す。
「全く、どっちが町廻の同心か分からないわね」
と浩太郎の顔を見て言う。浩太郎もさすがに笑ってしまう。
そして、浩太郎は、
「信吉! そういうのは、両国橋の橋番に聞けばすぐわかる」
しかし信吉はさらに首を捻る。
するとお華が、
「いい信ちゃん。両国橋は、棺桶が百通ったら、一回一回水洗いしなきゃいけないのよ。あの橋は将軍様もお渡りになる橋だから、棺桶なんか通ったら穢れを清めなきゃならないの」
おかよもそれにはなるほどと、大きく頷く。
「だから橋番の叔父さんに、何回洗ったって聞けば大体の事はわかる。焼き場は深川や小塚原にも大きいのがあるけど、まあ両国見てれば大体の事は分かるからね」
信吉は「はい!」とニコニコと良い返事だ。理解したようだ。
しかしお華は難しい顔で、
「また、変な時代になっちゃったね~。これからどうなるんだろ」
と、猪口の酒を一気に呑む。
それには浩太郎も、
「本当だ。また忙しくなるんだろうな」
こちらも頷いてお茶を啜る。
すると優斎が、
「浩太郎さん。近所で病人が出たと分かったら、子供達はこちらに。ここなら誰かから移ると言う事は無いですし、すぐ対処できますから。奥様は、大旦那様と大奥様の方をお願いします。くれぐれも生もの。そして生水は駄目だと仰って下さい」
浩太郎夫婦は、揃って頭を下げる。
すると、新之助が、
「先生! そうなったら道場はお休み?」
優斎は頷き、
「その時は仕方無いね。先生にもその辺、先生に言って置いた方が良い。他の子供達もいるから、移ったら大変だからね」
するとお華が、笑いながら、
「まあここに居れば、先生やノブさんに稽古付けて貰えるよ。もっとも、道場より大変な修行になると思うけどね~」
と、ノブも一緒に笑いながら聞いている。
すると、小さい小春が、お華の横から、
「あたしは?」
と口を尖らせて聞くが、お華はあっさり、
「あんたは、うちのお母さんに縫い物でも教えてもらいな」
と言うのだが、小春は不服そうに「え~」と文句を言う。
するとお華は、しょうが無いと言う顔で、
「ちゃんと出来たら、手裏剣教えてあげるよ」
と言うので、小春は「わ~い」と喜ぶが、浩太郎から「おいおい」と渋い顔だ。、
しかしお華は、
「でも、あんたに出来るかな~兄さんより大変な修行だよ」
などと、意地悪そうに笑うので、皆も笑ってしまう。
すると、今度は平吉親子、そして佐助とおみよもやって来た。
気付いたお華は「こっちこっち」と子供達を持ち上げて横にやる。
おみよは相変わらずだと吹き出してしまう。
新之助とお春は「うげ~」と騒ぎながら、お春は「あたしの! あたしの」と騒ぐから、おゆきが微笑みながら「はいはい」と目の前に持って来てやる。
平吉は恐縮した顔で、
「お華様、そのような……」と言うが、お華は、
「いいのいいの。気にせずみんなここに座って」
すると優斎が、
「みんな済まない。店をやってるあなたたちにはどうしても聞いて貰いたいと思ってね。既にある程度は?」
と聞くと、佐助が、
「信吉さんにお聞きしました。病気が迫っているとか……」
優斎は頷き、改めてこれまで話した事を繰り返した。
当然、平吉、佐助は困った顔をしている。
そりゃそうだ。家庭内だけでなく、この二人は店の事もある。
優斎は申し訳無さそうな顔で、
「もし、病気が品川まで広がるようなら、知らせを寄越す。信吉君、君は浩太郎さんの指示で、その時は二つの店に知らせて欲しい。分かるね?」
信吉は「承知しました」と頭を下げ、浩太郎もフンフンと頷いている。
そして優斎は、
「それで知らせを受けたら、出来る事なら店を閉めて欲しい。出来れば十日」
それには、おみよが、
「十日ですか……」
この辺は現代と変わらない、閉店自粛を頼んだ。
「とは言え、そういつまでも閉める訳もいくまい。開ける場合には、皆さん、まず湯煎を掛けた雑巾で店の中を拭き、綺麗にした後でお願いしたい。平吉さんの方が広くて大変だろうが、是非お願いしたい」
平吉と娘のお千代が頷いた。
優斎は続けて、
「お話しした通り、皆さん万全の体制で、尚且つ、出すものは全て、一度火を通したもの。何を言われようとこれでお願いしたい。御両所は煮込みが看板だ。それと燗のみでお願いしたい」
「やはり、そうなりますか……」
と佐助は俯く。
「仕方ありません。この病気は、口にした途端、苦しみ始める事も実際に会った事だそうです。しかし、上手く行けば逆に名前は上がるでしょう。ここは勝負です」
浩太郎は、首を振りながら、
「全く、困ったもんだな。いきなりこんな事になるなんて……」
しかしお華は、
「何言ってるの兄上。まだ負けると決まった訳じゃないんだから。せめてここに居る人達だけは何とか生き残らなきゃ。こんな事で簡単にはやられないわ!」
と力を入れて言うものだから、お吉が呆れた顔で、
「あんたは小さい時から、何時でも戦いね~」
と言うものだから、子供達も笑って、その声は屋敷中に響いた。
~つづく~
今回もお読み戴きありがとうございます。
さて、とうとう大獄の導火線に火が点きました。
本来、江戸城への大名の登城日は、
正月の三が日、身分別に分けての登城から始まって、五節句・八朔などの行事の他、一日・十五日に定例の登城日が決められています。
不時登城というのは、もちろんこれを無視した登城の事です。
実際、アメリカとの通商決定は緊急の問題ではあるのだが、これは拙速に過ぎたと言うより、むしろ井伊は予想していた事かも知れない。という立場での話です。
結局、「大した男では無い」と井伊に嘲笑われる徳川斉昭は、どう考えても浅はかだった。
しかも、本当に抗議より、慶喜を将軍後継に! という話ばかりだったらしいです。
現将軍が面会拒絶している以上、どう考えても無理筋なのだが、おめでたいと言うほか無いです。
しかし、彼は内容はともかく、カリスマ性のある人だから、この事、そしてそれに続く粛正は、水戸だけで無く、全国の大名などに大きな影響を及ぼす。
この件で、世の中が大きく揺れ動いた事は間違いない。
その後、血を血で洗う悲劇が頻発したのにも、何らかの影響があったからだろう。
そのカリスマ性は、最後には水戸そのものにも悲劇を生む。
明治時代に水戸出身の者が、ほとんど活躍出来なかったのもそのためでしょうか。
さて、この頃江戸の民に起こった事は、地獄であった。
そう「安政コレラ」の勃発です。
現代、「コロナ渦」の私達にとっても興味のある病気です。
治療の手段が無いこの頃は、医者も厳しかったでしょう。
死者10万人とか、ある資料では30万とか言われた病でした。
さあ、優斎さんはどうするのでしょう。
もっとも、今の「コロナ」もマスクや結界を守る事、店の営業停止などを考えると殆ど変わりません。
ただ、一時は終息寸前で、結果的に間違いでは無かったのは、この頃の経験が生きているのかも知れません。
今は新たな、型が出てきたので安心は出来ませんが、これまでと同じ様にしていくのが良いのでは? と私は思います。
それでは、次回、本格的な幕府混乱と病気に振り回されるお華と優斎を見てやって下さるとありがたいです。
次回もよろしくお願い申し上げます。




