㉒赤鬼の足音
(1)
安政江戸大地震の頃に、少し時間を戻さなければならない。
地震の折、お華が奥方の骨折を応急処置した事は述べているが、その後の阿部伊勢守についてである。
彼はあの地震の折、殆ど寝間着に脇指一本で、将軍の元にご機嫌伺に行った事は既に述べた。
ところが、その数日後、奥方ではなく伊勢守本人が、体調を大きく崩してしまった。
彼は若い頃から、今で言うイケメンで、大奥でも大人気の殿様で、実際、姉小路に至ってもご贔屓連中の一人であった。
そんな事も手伝って、出世も順調。
水野忠邦が改革で失脚した後は、瞬く間に筆頭老中として政務に携わった。
しかし、いくらイケメンであってもその頃の江戸の状況は、その様な事など無残にも叩き壊してしまった。
そう、アメリカの襲来である。
むしろ、前任の水野の方がその点、良く考えていて、例えば印旛沼の開拓なども、江戸湾が封鎖された場合の物資供給を考慮したものであった。
しかし、阿部には、そこまでの考えは無かった。
筆頭がそうであるから、下の者も周章狼狽、混乱の頂点に達する有様だ。
この点。時代に合わない人事(自薦他薦に関わりなく)は国を危機に陥れる結果となる。
彼には相当なストレスが溜まっていたのだろう。
加えて、まるで追い打ちを掛ける様な、安政江戸大地震である。
平時であれば、大過なく老中として安泰に過ごせた男であったと思われる彼も、この江戸始まって以来の大波には、心底困窮し、結局、彼の身体を蝕んでしまった。
彼は、ペリーが、再度の来日を宣言し、立ち去った際、
「自分は不幸にも早く顕職に進んだので、力量以上に重い責任を背負い込み、世人から非難を浴びせられて赤面汗顔の至りだ。今更臍を噛んでも及ばない」
と語った程である。
何しろ相談しようにも、この様な事は始めての事でもあるし、誰も明確に判断出来る者などはおらず、頼りにした水戸の斉昭は、大言壮語のみで戦することしか頭になく、全く役に立たない。
それが、彼をどんどん追い詰めていった。
結局彼は、震災の七日後、突然、老中首座の席を、堀田備中守正篤に譲った。
これは、あまりの御用繁多に、阿部一人では裁ききれず、仕事を分担させ、加重を減らしたかったのだろうと言う意見が多かったが、実はこの頃から、身体の不調もあったのが一番の原因だったかも知れない。
ペリーに代わって下田に赴任してきた、米国領事ハリスは、当然、交易を要求してきた。
押しの強い男であったハリスは、強行に交易を要求するが、阿部はギリギリまで、それを拒絶した。
しかし、とうとう押し切られてしまい安政四年(1857)一月、ハリスの内府を内諾してしまう。
この事自体は、事前に予想された通りの結果となったが、その事より、この頃、幕府が最も驚愕したのは、オランダ商館長クルチウスからの、いわゆる別段風説書であった。
同年二月、イギリス軍が軍事力で、中国・広東を占領したとの一報である。
いわゆる、アロー号事件だ。
これは、かたくなに自由貿易を拒絶し続けると、無慈悲な武力行使をためらわないと言う事を明確にした。
幕府内部も、これを他山の石とし、我々も開国に踏み切らなければならぬという意見が大きくなっていく。
結局、五月二十六日、ハリスと日本全権との間で、九ヶ条の下田条約が結ばれる事となった。
ところがそんな時、阿部伊勢守は、とうとう倒れてしまった。
右腹部に大きなシコリが出来たようで、その様相は、かつてのイケメン容貌も消え失せてしまい、この時は、まるで絵に描いた様な幽霊、の様な顔に変わってしまったと言われる。
恐らく、消化器系の癌ではないかと思われるが、ついに六月十七日、三十九歳の若さでこの世を去った。
墓所は谷中霊園である。
(2)
さて、それから暫く経った、昼の事である。
優斎の患者が居ない診療所内で、お華の愚痴が始まっていた。
「ねえ先生。講武所って知ってる?」
如何にも嫌そうに言うと、優斎は腰掛けに座ってお茶を飲みながら、
「講武所ですか?」
と少し考えたあと、
「ああ最近、築地鉄砲洲に出来たっていう武芸の伝習所の様なものでしょ?」
ここの診療所は、最近畳を外し、いわゆるダイニングテーブルと椅子を置くようになった。
現在では当たりと言っても良いが、その頃、ようやく江戸でも流行になったらしい。優斎も一応蘭方医だからかなのか、模様替えを決意したようだ。
お華は机に両肘を付いて、
「最近ね、柳橋にもさ、その若い講武所の連中が来るのよ。あいつらお旗本の次男、三男の奴ばかりだから金はあるんだけどさ、どう~もね。如何にも偉そうでさ」
お華は、おみよが嫁に行った後もおゆきと二人で芸者を続けているが、彼女はどうも、その連中が気に入らないらしい。
すると、隣に座っているおかよが、
「偉そうって?」
と、聞くとお華は頷いて、
「うん。俺たちはお上をお守りしている! まあ、ここまでは良いのよ。けどさ、俺たちがいれば、アメリカの連中など敵ではないとか、お前ら芸者が安心して生きているのも俺たちが、日々研鑽を重ねているお陰だとかさ……」
それにはおかよも「なるほど」笑って頷く。
するとお華は、
「それだって、まだギリギリ許してやってもいいんだけどさ。終いには、この髷、粋であろうとか言い出すのよ」
さすがに優斎が、
「髷?」と自分の頭を指差し、「これがどうしたっていうんです?」
お華は如何にも嫌そうに、
「これは、講武所髷と言うのだ! とか言いやがってね」
と言い放った。
講武所髷とは、講武所に通う者たちが、好んでした、月代を剃る面積を縮小した髷で、銀杏髷とも言う。
まあ、いわゆる講武所の連中が自ら流行らせた髪型と言う訳だ。
お華は吐き捨てるように、
「何の事は無い、あれは兄上の髷と一緒。あたしは思わず簪に手を触れたわよ!」
と怒るが、優斎とおかよは笑ってしまう。
そして、
「全くさ、髷で戦ができるか! って思わない? 優斎先生!」
と口を尖らせている。
優斎は笑いながら、幾つも頷いている。
言いたい事言って、ようやく落ち着いたのか、
「まあ、他の子は、そうなんですか~よい御髪で~なんて褒めてやるんだけどさ、あたしは終いに馬鹿馬鹿しくなっちゃってさ。世も末だなって思っちゃうのよ~」
おかよは、分かっていないようで、不思議な顔をしているが、優斎は、
「それは仕方ありませんよ。いよいよ、国を守ると言う事が、皆分かる様になったって事じゃないですか?」
「国ね~?」
と、お華は机に顔を横に置いてしまう。
講武所は、阿部伊勢守が生前、外国の近代的な軍事力に影響を受け、安政元年に安政の改革の一環として、今の浜離宮の南側に大砲の操練所を作り、その後、築地に講武所を発足させた。
教授には、高島秋帆・下曽根信敦・男谷信友・榊原鍵吉などのその当時の剣豪や、勝海舟やなんと村田蔵六(大村益次郎)まで、そうそうたる面子が揃っている。
しかしながら、講武所髷で喜んでいる連中を見ると、お華には、どうも軽い様に感じてしまうのだった。
「いくらいい先生を抱えてもさ、刀と槍で勝てると思っているところが、何とも情けないわよ。先生だって見たでしょ、横浜の彼奴ら。あれだけ多くの鉄砲を持って、そしてあれだけの大砲。あれに刀と槍で勝てると思ってるんだからおめでたいわよ」
さすがに優斎も、
「まあ、確かにね。私でも戦いたくは無いですよ」
するとお華は、
「あれを見ちゃえば、普通はさ。こちらも鉄砲や大砲の準備や稽古をとか考えそうなもんなんだけど、いや、鉄砲なんぞ足軽が持つもんじゃ、我々は刀で充分! とか言うんだよ。全くお気楽としか言い様がないわよ」
と、憤懣やるかたない、といった様子。
するとさらに優斎は笑って、
「簪打ちのお華さん、ならではって話だね」
お華は苦笑する。
するとおかよが、
「お華さんならではって、どういうことなんです?」
と聞くものだから、優斎が、
「言ってみれば、お華さんだっていつも鉄砲持ってる様なもんだからね。よく分かっているって事ですよ」
するとお華は、
「五間離れりゃ、十二本は打てるからね。どんな侍でも一つは当たる。でもね、鉄砲じゃその一つが命取り。その辺をどう考えているのやら……」
(一間=1.818m)
優斎は笑い、
「いまだに戦国の長篠の合戦と同じってことですね」
お華も笑い、
「そうそう。三千本も並べられりゃ、どんな剣豪だってやられるわよ……」
おかよは、さすがに長篠の合戦は知らないから、何の事か? という顔をしている。
お華と優斎は、二人とも机に頬杖を付いて、天井を見ている。
そして、そんな時だった。
「すいません~」
と、如何にも子供の声で、診療所の戸が開く。
おかよは立ち上がり、
「いら……あら?」
と思わぬ訪問者を笑顔で迎える。
その訪問者は、
「すみません。今いいですか、優斎先生は……」
と聞くものだから、お華も立ち上がり玄関先に行くと、その訪問者は信吉だった。 少々驚いたお華は、
「どうした? 信ちゃん! お腹でも痛いの?」
と、さすがにここは医療所だから、そちらの方に思いが行ってしまう。
信吉は、お華の顔を見て、満面笑みとなり、
「あ、お華さま!」
しかし、お華の言葉には首を振り、
「そうじゃなくて、ちょっと先生に教えて戴きたい事があって……」
などというものだから、おかよとお華は安心したような顔で頷いた。
しかしお華は、信吉がそんなこと言うから、むしろそちらに驚いて、
「先生に教えて貰いたい事? ま、まあ今暇だから、こっちいらっしゃい」
と引き入れ、優斎の正面に座らせた。
おかよとお華も信吉を囲む様に座った。
信吉が優斎に挨拶すると優斎はそれを返し、笑顔で、
「どうしたんだい信吉君? 教えて欲しいなんて。何をだい?」
医者として、見た目元気一杯の信吉を見て、一応、健康面を確信したのだろう、気軽に話す。
すると信吉は、早速本題に入った。
「実は、この間。深川で人殺し事件があったんですけど……」
その言葉に、優斎とお華はいきなり驚く。
お華は、眉を顰めて、
「ひ、人殺しって。あんた、もうそんな現場、連れて行かれてるの?」
と聞く。
いくら浩太郎の従者と言っても、現代ならば、まだ小学生の子である。
その驚愕も当然だ。
お華は遙か八丁堀の方に顔を向け、
「いくらなんでも、なんでこんな小さい子を兄上は!」
と配慮の無さに、少し怒った様に言ったが、小さいながら信吉もそれに気付いたらしく、
「いえいえお華さま。たまたまなんです。深川ご担当の旦那様から急に呼び出されまして。それに付いていっただけなんです。ですから、そういうお積もりではないと思うんですけど……」
と、なかなか大人の様な口をきく。
お華は、信吉の意外な落ち着きに安堵して、
「そう。分かっているなら良いんだけど……あ! 深川って言ったら、とくぼんのところじゃない!」
彼は今、見習いから本勤に変わり、今は本所・深川担当になっている。
信吉もそれには笑顔で、
「はい早坂様です」
と頷く。しかしお華は、居ない彼を怒るように、
「いいのよ、あれはとくぼんで!」
それには信吉も笑ってしまう。さすがに優斎も、笑顔で、
「お華さん。信吉君の前でそれはいけませんよ」
と言われ、お華は黙り込み、隣のおかよも笑ってしまう。
そして優斎は、信吉に、
「で、一体、それでどういう事なんだい? 信吉君」
話が元に戻ったので、信吉も安心して、
「はい。私が旦那様と一緒に行きますと、女将さんらしい女の人が畳で横になって亡くなっていたのです。ところが早坂様は、その人がどうしてそうなったのか、原因がお分かりで無いようで、うちの旦那様にご意見をお聞きなりたかった様なんです」
「ほほう」
と優斎は頷き、お華は、その内容に、まだ厳しい顔をしている。
信吉は続けて、
「旦那様は、首筋や、背中とか足を見ただけで、あっという間に、これは殺しだとおっしゃったんです。おいらは驚きました。おいらは旦那様に何故、そんなに早くお分かりになるのかお聞きしたんですけど、旦那様は笑って、お前には優斎先生にお聞きした方が良く分かるだろうと仰るのです。ですから、今日はお休みだったんで、お聞きしようと思いまして……」
それには優斎は、感心して、
「へ~浩太郎さんがそんな事を。しかし君も大人になったね。そんな恐い事に興味を持つなんて」
と笑顔で言うのだが、お華は、
「何言ってんですか、兄上は面倒な事は先生にうっちゃったんですよ」
などと言うから、おかよはお腹を抱えている。
しかし、優斎は、
「何言ってるのは、お華さんですよ。たぶんこの事は、身体の基本にかかわる事だから、浩太郎さんは私に任せた方が、後々の為だと思ったんでしょう」
と叱りつけて置いて、信吉に、
「信吉君。人の心の臓はどこにあるか知ってますか?」
「え、えっと。左の胸でしょうか?」
すると隣のお華がサッと手を出し、ポンと信吉の胸、その部分を軽く叩き、
「左というよりね、真ん中からちょっと左寄りだって憶えておきなさい」
と、いきなりお華が教えるものだから、信吉より優斎の方が驚いて、
「お華さん、よく知ってますね~」
それにはお華は少し笑って、
「だって、私も解体新書、読んでるもん」
「あ!」と優斎は何かに気付いた。
「浩太郎さんの?」
「そう。兄上が隠して読んでいたけど、私も引っ張り出して読んで勉強したんだよ」
などと明るく言うのだが、優斎は呆れた顔で、
「と、とても芸者とは思えん……」
お華もそれには、あははと笑う。
しかし優斎は、気を取り直し、
「でね。信吉君。今、君の指でも足でも、何かの間違いで刃物でで斬ってしまうと、ドクドク血がでてしまうだろう?」
信吉は、真面目な顔で頷く。
そして優斎は、
「ところが心の臓が止まってしまう。つまり死んでしまうと、血は流れなくなってしまう。そうなると、死んだ人をいくら斬っても刺しても血は、零れるぐらいしか出なくなるんだ」
「は~」と信吉は、頷きながら一生懸命聞いている。
優斎は続けて、
「そうすると、身体の血はどこに行ってしまうのかと言うと、下に集まる。例えば立ってれば足に。寝てれば背中に。そしてそれは痣の様に、外側から見える様になるんだ」
信吉は、そこで大きく頷き、
「ああ、だから旦那様はそれを確かめようと……」
するとお華は、信吉に、
「あんたのご両親もあんたの目の前でお亡くなりになった。だからあなたも人が死ぬってどういうことだかわかるでしょ」
信吉は思い出し、悲しそうに、
「はい。手がドンドン冷たくなって……」
お華は頷き、
「そう。冷たくなって、身体の血が固まって、痣の様になるのよ。痣というのはその様に見えるという事。あなたは、お父様とお母上から、自分の命と引き換えにあなたに教えてあげたのよ。だから、その教えは、決して無駄にしては駄目よ」
その言葉には、信吉には突き刺さった様で、
「はい。決して……」
と頭を下げる。
しかし、そのお華の言葉に、優斎とおかよは、
「なんなんだ? この人は?」
という顔をしている。
すると、「あ!」と信吉は思い出した様に、
「先生! もう一つお聞きして良いですか?」
優斎が笑顔で頷くと、
「あの~「地蔵背負い」ってなんですか?」
しかし優斎は、その言葉を聞き、一瞬で「え?」っと固まってしまった。
「じ、地蔵ですか?」
と言ったきり、首を捻って黙ってしまう。
そこでお華が、信吉に、
「あんた、凄い言葉知ってるわね。それも兄上が聞いて来いって?」
信吉は首を振り、
「そこまでは仰ってないんですけど、下手人がつかまった時に、旦那様が……「地蔵背負いじゃなくて良かった」と仰ったんです。後で旦那様にお聞きしたら、笑って、まだ知らなくても良いとは言って下さったんですけど、おいらは何だか気になっちゃって」
お華は笑って、
「へ~さすがは兄上ね。それも考えていたんだ……」
と言いながら、優斎の方を見ると、両手で頭抱えて机に蹲ってるから、お華は首を捻り、
お華は大きい声で、
「先生! 知らないの? 地蔵背負い」
優斎は小さい声で、驚いた様に、
「え? お華さんは知ってるんですか?」
呆れた顔のお華は、
「先生。まさか無冤録述、読んでないんじゃないでしょうね?」
優斎は「あ!」と言う顔で首を振る。その書名は聞いた事がある様だ。
すると、なんと信吉が、
「お華さま、それですそれ。無冤……なんとかっていうの。深川担当の早坂様もお読みでは無かった様で、旦那様にえらく叱られてました」
お華も厳しい顔で頷き、
「そりゃそうよ。同心たるもの、必読の書よ。全くあの、とくぼんは、せっかく本役になったって言うのに、どうしようもないわね~」
と、怒っている。
すると今度は優斎の方に、
「先生、本当に読んでないの?」
優斎は、俯きながら黙って手を上げる。
すると、お華の怒声が飛ぶ、
「先生! 無冤録述なんぞ、先生に取っては初歩の初歩でしょう。外国の事に一生懸命になりすぎて、馬鹿にしてたんでしょう! もし奉行所から検死頼まれたらどうする気だったの? 知らないじゃ済まされないよ!」
もう、次々に叱声が簪の様に優斎に突き刺さり、ますます小さくなって行く。
隣のおかよも余りの事に驚き、目が丸くなってしまう。
さすがに医療の事で、医者が芸者に叱られてる姿など見た事ないし、あり得ない事だからだ。
そこで、おかよは、
「お華さん……よく知ってますね~」
と言ってしまう。
しかしお華は、それには笑って、
「あなたも兄上が元々、医者になりたがってたって話、聞いてるでしょ? 父上は兄が可哀想に思ったのか、剣や手裏剣の稽古の後に、父上は無冤録述広げて、毎晩、教えてたのよ。すると私も何か面白そうだったから、一緒に聞いていたの。あれはね、医療とはちょっと方向が違うけど、聞いてると結構面白いのよ。お芝居みたいでね」
おかよは、驚いた顔で、「へ~」と唸ってしまう。
するとお華は、
「先生がこれじゃ、仕方無いわね。あたしが教えてあげるわよ。信ちゃん。地蔵背負いってのはね……」
と教え始めた。
まず、作った本物の地蔵の、その運搬方法を教える。
「その時、首に縄を一筋掛けて、背中に背負って運ぶのよ。地蔵さんでは無く、これを人だと思ってごらん」
「あ」っと信吉にも、すぐ理解出来た様だ。
「そうか、首の跡も、血痣も、首つりと一緒になる」
お華は笑顔で、
「そう、その通り。これをやられると、自害か殺しなのか分からなくなるのよ。ただね。これは、吊る方の人が身体の大きい人で力のある男の人。つまり背が低い人に対してしか出来ない。それと周りが広いところ、例えば橋の上とか広場でないと無理だわ。深川の長屋じゃ、狭くて、吊られる方も苦しくて、あちこち蹴ったりして、跡が出来ちゃうから、すぐバレる」
「なるほど、そういう事でしたか……。お華さま、ありがとうございました。勉強になりました」
と頭を下げるが、反対側の優斎は、衝撃で机に沈没したままだ。
すると、おかよも笑顔で、
「いや~私も勉強になりました。確かに謎解きみたいで面白いかもしれない」
「そうでしょ。医療も色々よ」
この言葉は、現代にも響いている。
すると優斎は、突然立ち上がり、信吉に、
「今日は、浩太郎さんはお屋敷にいらっしゃるよね?」
と聞く。
信吉が「はい」頷くと、
「一緒に、お屋敷に行こう。無冤録述、お借りしなきゃ!」
と、信吉連れて、さっさと外に出てしまった。
信吉は早口で、
「みなさん。ありがとうございました~」
と慌てて付いていく。
それを見た二人は、お腹を抱えて吹き出している。
「先生、さすがに慌ててましたね~」
お華は少し笑って、
「まあ、燭台もと暗し。ってとこじゃない?」
おかよは、
「なるほど。今日はお華さんの勝ち!」
と、一緒に笑っている。
(3)
そんな話をしている同じ頃、江戸城では混乱の極致であった。
アメリカと友好条約を結んだことが、世界に知れ渡ると、各国、イギリス・ロシア・フランスなども我が国ともと騒ぎだし、あげくにはこれまで唯一交易していたオランダまで、新たな条約を求め出す。
そうなると、各国とも通商条約も言い出し始める。
しかし、国を治めている幕府でさえ、いわゆる国体については一応、朝廷にお伺いを立てねばならない。
当時の老中首座、堀田備中守は朝廷に対し、条約勅許を求めるべく使いを出したが、単なる使いではけんもほろろの扱いを受けてしまう。
仕方無く局面打開のため、堀田本人と、川路聖謨・岩瀬忠震を連れ、再度交渉の為、上洛した。
懸命に状況を説明したものの、所詮、お公家達の頭に世界地図は無く、夷狄は禽獣同然と毛嫌いしているから、聞く耳を持たない。
あげくには、
「幕府の方々には、大和魂が足りぬのと違いまっしゃろか」
などと嘲笑されてしまう。
そもそも 孝明天皇は、大の夷狄嫌いであった。
安政五年三月二十日、堀田に通達された勅答には、
「先頃の日米和親条約でさえ不承知であるのに、今回の条約はなおさら許容出来ない」
とあった。
驚いた堀田は、
「もし、外国との関係が紛糾したら、どうせよと」
と当然、再度、伺いを立てる。
しかしそれには、
「向こうから、異変に及んだ場合は、是非無き儀と思し召している」
との返答だ。
堀田は我が耳を疑った。
なんと天皇は、いざとなれば戦争も仕方が無いと言い切ったのだ。
堀田は三月二十七日に江戸に、
「実に堂上方らは、正気の沙汰とは存ぜられず」
と失望と落胆を込め、不首尾の顛末を告げる手紙を送っている。
一方江戸では、この件とは別の陰謀も動き始めていた。
将軍・家定の跡目についてである。
それは、ちょうどハリス拝謁前の事だった。
越前福井藩主・松平越前守慶永が、
「家定公はご病身であり、その上癇症で、視線もうろうろして落ち着かない。この際、一橋慶喜公を将軍家養子として定めた方が良いのではないか?」
と表明し、各方面から賛同を受けた。
気を良くした、慶永は、安政四年十月十六日、徳島藩の蜂須賀斉裕と連署して、
一橋慶喜を将軍継嗣に推薦する建議を上申してしまった。
いち早く、慶喜擁立運動の旗を揚げたのだ。
慶喜の英才さを買っての事だが、しかし、理屈はともかく、こうした運動は早ければ早いほど、逆に不利となるものなのが人事というもの。
加えて、いわゆる保守派への工作を考えていないから、結局、反対派の警戒心を刺激する事にもなる。
お殿様には、その辺の兼ね合いが分かってい無かったのであろう。
ますます、大混乱となってしまった。
そしてそんな中、とうとう、紀州の慶福を擁立する、溜詰の大名勢力が動き出したのだ。
とりわけ、大奥に取り入ったのは、紀州藩家老の水野忠央だった。
これはおかしな程、簡単だった。元々、大奥は水戸をトコトン嫌っているからだ。
それらが結束して将軍を動かすべく、暗躍を始めたのだ。
その結果、とうとう彦根藩主・井伊直弼に、大老就任の命が下ったのだ。
しかし、この抜き打ち人事は、下の者には驚天動地の出来事だった。
岩瀬忠震・永井尚志などは、憤激に絶えず、
「掃部守は大老の器ではない。天下艱難の今、こんな人物を推挙するとは何のつもりか」
と老中連に食ってかかる始末。
一同は、不平満面で、
「児童同然の男」「無知な頑固者」「世が世なら坊主になっていたはずの男」
など、言い放ったが、全てが遅かった。
しかし、この事は、当然、直弼の耳にも事細かに入る。
当然、口は災いの元であると言う事を、後に知る事となるのだ。
(4)
さて、その様な事は、一切関わりないお華は、この日八丁堀に居た。
小春と遊んでいるお華に、休みだった浩太郎は、
「お華。先生に、余計な事、言ったんじゃないだろうな?」
聞かれた。
「余計な事? 何それ?」
と言うと、
「無冤録述だよ。いきなりやって来て無冤録述をお貸し下さい何て、頭下げて言ってくるから。まさか先生が読んでなかったのには、俺も驚いたけど、あそこで他に知ってる者が居るとしたらお前しかいないからな」
お華は、小春を抱きながら、軽く笑い、
「兄上、信吉ちゃんに、地蔵背負いの事言ったでしょ」
それには浩太郎も少し頭を捻って、
「俺が? 言ったかな~」
「言ったの。だから、信吉が先生にそれを質問したのよ。どういう事ですかってね」
それには、浩太郎も目を丸くして、
「あいつ、そんな事まで聞いたのか……」
お華は頷き、
「私もそんな事、まだあの子にゃ早いかなと思ったけど、むしろ問題は先生だったのよ」
そこまで聞くと、浩太郎もすぐ察した。
「わかったよ。優斎さんが知らないから、お前が出しゃばって教えてやったんだろ。そんで、先生に検死頼まれたらどうすんのとか言ったんだろ」
お華は、ケラケラ笑って、
「ご明察!」
と言いながら、小春の頭を撫でる。
隣に座っているおさよも、聞いてて微笑んでいる。
しかし、浩太郎は呆れた顔で、
「俺が信吉に言ったのは、身体の仕組みを丁寧に教えて貰おうと思ったからで、血痣なんぞは、正にいい題材だったからな。でも地蔵なんぞは、別に先生が知らなくても良いんだよ。あれは死因さえハッキリすれば、後は俺たちが考える事で、先生が知らなくても問題ないんだ。全くお気の毒な事を……」
「そうなの?」
「そうだよ。しかし先生もそんな事、お華に指摘されるとは思って無かっただろうな。微妙な事だけど、まさか芸者のお華に教えて貰うなんて、これが本当の
本末転倒だ」
最後には、浩太郎も笑ってしまう。
するとおさよが、
「でもね、信吉さんは、とても喜んでいましたよ。私にも、先生やお華さんって凄いんですね、だって」
それには皆が笑ってしまう。
さて、そんな時だった。
庭先から、裕三郞と当の先生が、些か慌てた感じで一緒にやって来た。
「お! 二人揃ってどうしたんだい」
と浩太郎。
お華は早速、小春を後ろにうっちゃって、場所をずらす。
裕三郞は、
「これは、突然申し訳ありません。私、伊達屋敷から戻ってきたんですけど、浩太郎さんが先日仰ってた事を、お留守居から伺ったんので、お知らせしようと帰って来たら、そこで兄と鉢合わせしまして……」
優斎は、些か恥ずかしげに、
「私は……先日、お借りした本、お返しにあがりまして……」
と言ったが、そこにお華が居るものだから、段々声が小さくなってしまった。
お華は含み笑いだ。
おさよが、
「さあさあ、皆さん、お上がりを」
と、お茶の用意を始めている。
浩太郎は、まず、
「先生、この芸者が余計な事言ったそうじゃないか。むしろ謝らなければいけないのは俺の方だ」
しかし優斎は、手を振り、
「いえいえ。この事こそ、上には上がいるって普段あの人が言ってた通りだなと思いましたよ。読ませて頂きまして、正に私の油断だった事がよく分かりました。医者たるもの、生死を超えて学ばねばならんと実感いたしました」
さすがに浩太郎は、
「はは、まあまあ。で、裕三郞くん。そっちはなんだい?」
裕三郞は、
「あのですね。お上の大老に井伊様が正式にお決まりになりましたようで……」
それにはさすがに、浩太郎・お華、そして優斎も「え!」と声を上げる。
浩太郎は、真面目な顔に戻り、
「本日か」
「はい。ですからお留守居様から聞いてこいと言われまして……」
それには浩太郎も笑ってしまい、
「せっかくのお言葉ながら、同心の俺なんぞに申し上げる事などないよ。でも、どうしてもと言う事なら、俺より……ほれ……」
と指を指す。
それには裕三郞も苦笑いで、
「実は、お留守居様も、お華殿にお聞きした方が良いのではないかと……」
些か、悔しそうに言うのだが、それにはおさよまで笑っている。
お華は、フンとした顔で、
「サブちゃん。お留守居様はなんて?」
と切り出した。
裕三郞は反抗を諦め、お華に、
「まずは、外国の事ですよ。先頃、ご老中様が上洛されたものの、通商条約の許可は頂けなかった様ですが、この事にどうなるかと言う事でございます」
お華は僅かに微笑み、
「まあ、サブちゃんは勘定方だからね。確かに重要な事か……」
「ええ、まあそうです。それから今後どうなるのか、海岸防衛などにも金がかかります。いくら伊達と言えども、これはかなりの負担」
「なるほどね。残念ながら海岸防衛についてはよく分からないけど、朝廷のご許可は誰が大老になっても変わらないわよ。姉小路様が仰るには何しろ、帝様ご自身が夷狄が大のお嫌いだからね。後は、井伊様次第ね」
それには優斎が、
「次第って、どういうことだい?」
と聞くので、
「昔から、朝廷が首を縦に振らない時は、お上が勝手にやり始める。姉様もそれが常套手段だと仰ってたわ」
これには、裕三郞も細かく何回も頷き、
「まあ、私としては、交易だけなら、そうして貰った方が余計な負担が無くなるし、むしろ、ありがたいんですがね」
と、腕を組む。
そして、裕三郞は、
「それと、もう一つ。お跡目の問題です」
と、これは浩太郎に聞くが、これも浩太郎は苦笑して、
「その事なら、もっとお華だよ~」
これには、お華以外は大笑いだ。
裕三郞は首を捻り、
「お華さんは一体、芸者なのか何なのか……」
と呻いてしまうが、優斎がそれに重ねて、
「検死(屍)係でもある」
と笑いながら言ってしまう。
浩太郎は、
「まあ、その辺は俺はもうお華から多少聞いたが、お華。裕三郞君にお話して差し上げなさい」
と言われ、
「ほう~」
とのお華の返事に、
「何がほう~だ」
叱られたお華は、片頬を上げながら、
「サブちゃん。お留守居様はどうお考えなの?」
と聞くと、裕三郞は、
「実は、お留守居様もお困りなのです。実は井伊様がお決まりになる前、福井の松平様が、お上に、お世継ぎは一橋様をと言上されたそうなんですが、それをお聞きになって、水戸は我が仙台とも近い。やはり、そのご提案に載るべきかどうかと」
しかしお華は、その話に驚いた。
「ねえ、先生。跡目とか人事の話は、あまり先行すると返って潰されると仰ってませんでしたか?」
その通り、優斎も首を傾げながら、
「焦られたのかの……? ましてや徳川ご本家のお跡目のお話。慎重には慎重を期して動かなければならんのに……」
その辺は、浩太郎も同意であった。そして、お華に、
「この件。上手く行くと思うか?」
と聞くのだが、お華は多少、呆れた顔で、
「なんて、馬鹿正直なんでしょう。恐らく、井伊様が決まる前に上様のご内諾をとでも思われたんでしょうけど。それにしても芸が無いわね」
すると裕三郞は、
「井伊様、ご就任については幕閣内でも、やたら批判があったそうです」
お華は軽く笑って、
「何するか分からないから、むしろ怖がってるんでしょ、その裏返しよ」
そしてお華は、
「あの一橋様。というより、水戸様は、大奥じゃ蛇蝎の如く、嫌われているのよ。それが将軍の父として、城に入られたら、大奥は大混乱になると思うもん」
それには裕三郞も驚いて、
「大奥ではそれ程嫌われているんですか?」
お華は大きく頷いて、
「そりゃもう。姉様が居る頃から、特に嫌われててね。御三家なのに、女好きの助平なんて平気で言われてたもの」
「どひゃ~」
裕三郞は奇声を上げて驚く。
「それでね。大奥じゃ、水戸は紀州・尾張に比べて、遙かに血縁が遠い。御三家と言っても水戸などは下々ならば他人同然! なんて公然と言ってるんだもん」
もう裕三郞は、反論の言葉さえ無くなり、同時に、浩太郎も優斎も下向いて苦笑してしまう。
そしてお華は、
「跡目の事。先に言ったらマズイって事わかるでしょ。毎晩毎晩、上様は大奥に来れば来るほど、水戸の悪口だらけを聞く事になる。こんなんで上手く行くはずは無いわ。それにね元々……」
優斎が、眉を顰めて、
「元々って?」
お華は軽く頷いて、
「姉様が言うには、元々、上様自体が一橋様がお嫌いなんだって」
それには、一同仰天だ。
おさよが口を挟み、
「上様がお嫌いなら、最初から無理じゃない」
「でしょう? 姉上。だから恐れ多き事ながら、この事は上様がご危篤になった時や、普段のご判断ができなくなった時じゃ無きゃ出してはいけないのよ」
さすがに裕三郞も大いに納得したようだ。
「分かりました。いや、さすがお華さんですね。お留守居様より、よくご存じだ」
しかしお華は、裕三郞に厳しい顔で、
「でもね。こういう事はいつひっくり返るかわからないよ。だからね、せめて伊達様は決してどちらかの側に立たないようにしなきゃ駄目」
彼は驚愕し、
「そ、そうなんですか?」
「そうよ。余計な事をすると角が立つ。とにかくお留守居様始め、今はお帰りになってるお殿様も、将軍家の事は口に出さない。というのを徹底した方がいいと私は思うわよ。それに、あんただって勘定方なんだから、下手な選択は余計な金が掛かると言う事を憶えていた方が良いわよ」
それには優斎も大きく頷いて、
「そうだね。どっちに転んでも、それが伊達安泰への道ってことだね」
お華は頷いたが、裕三郞は呆れた顔で、
「しっかし、お華さんには驚かされますよ、浩太郎様。一体、芸者何だか、お上のご意見番なのか……」
苦笑している浩太郎に、お華は、
「そう言えばどうなの、奉行所の方は、何かお達しがあったの?」
それには、
「いや。今は特にない。一斉に町を回れとも言われてないからな」
そこでお華は、
「そんなら良いけどさ。全く、「悪魔外道」や「妖怪」なんかがやっと終わったと思ったら、今度は「赤鬼」だよ先生。まるでお城は、おばけ屋敷よ。 毎回驚かせてくれるわよね~」
それには、優斎始め一同、大笑いだ。
笑いを収めた優斎は、
「ただ、浩太郎さん」
「うん?」
「私は、その赤鬼が何かしそうな気がしてますよ」
浩太郎も、それには難しい顔で頷き、
「それさ。俺もそう思う。まあ、今回は町民がどうとか、風紀がどうとかの話は無いが、何かそれを超えた何かが始まる様な気がするよ」
しかし、お華は眉を上げて、
「まあ、鬼さんは、早いとこ鬼ヶ島に帰っていただきましょ」
それにはおさよも、
「まあ、それが良いわね」
と二人は笑い合う。
しかし、鬼の棍棒は、もうすぐ日本中に旋風を引き起こす事となる。
そして、我が国の歴史も大きな転換点を迎える事となるのだ。
~つづく~
今回もお読み頂き、ありがとうございました。
さて、とうとう幕末の主役の一人、井伊直弼の登場です。
この人については、次回またご紹介することになりますので、そちらに譲ることとします。
もう一つ、「死体は語る」のつづきですが、
「地蔵背負い」この如何にも怪談めいた響き。
もっとも職人さんには、さぞご迷惑な言い方でしょうが、一方で、さすが江戸時代とも言える風情です。
一番良いのは、橋の欄干の側で、相手の首に縄を引っかけ、欄干の外に飛ばす事です。すると、自然な首つりの死体が出来上がりますからね。
そして、生死を確認して、そのまま川に流す。
少し話が逸れますが、川に落ちた死体。同心などがそれを発見した場合、どうするでしょうか。
現代ならもちろん、引き上げて死因を確認と、検死によっては事件化していきますが、この頃は違います。
まずは、その死体が男なのか女なのかを確認します。
もし、女なら、なるべく引き上げ確認し、不明ならお寺行きですが、
男であれば、そのまま。そう、そのまま川に流したままです。
珍しいのは、いわゆる土左衛門ぐらいでしょうか。
あの方は相撲取りだった方ですから、通常とは少し違ったのでしょう。
墓は、深川霊巌寺にあります。
江戸時代、川で水死、自害または殺されたものなど、一日一回は見る。とまで言われてますから、かなりの数だったのでしょう。
将軍家光でさえ、川遊びの時、水死体を発見したと伝えられてます。
ここだけの話、江戸前だ! って喜んでいると、とんでない魚を食べることになるかも知れません。(笑)
では、なぜ男と女は扱いが違うのか。
読者の皆さんは、円山応挙の幽霊の絵画をご覧になった事があるでしょう。
そう、幽霊となって恨みを晴らすのは、決まって女だからです。昔はね。
浮世絵だけで無く、芝居もそう。男が幽霊となって人を脅す事は、殆どありませんから、余計に恐かったのでしょう。
結局奉行所でも、決まりでも何でも無くて、ただ、祟りが恐いだけだった様です。
しかし、次回は祟りがやって来ます。
しかも鬼の。
ですから、さすがに年初は避けたい。縁起悪そうだし(笑)
と言う事で、次回は年明けになってからになります。
本年は、皆様お付き合い頂き、誠にありがとうございました。
もし、お見捨て無ければ、来年もお読み頂けるとありがたいです。
それでは、良いお年を(^_^)




