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お華の髪飾りⅡ  作者: 本隠坊
20/65

⑳お華大敗北

(1)


 この日、優斎とおかよは八丁堀の浩太郎の屋敷で、新之助と小春を診察していた。

 この子達はつい先日。疱瘡ワクチン治療をしているので、その後の体調の様子を確認する為である。

「新之助君。頭が痛いとか、具合が悪い事は無いかな?」

 優斎の質問に、新之助は「はい」と素直に頷き、もう一人、小春を見ているおかよに、

「おかよさん。そちらはどうかな?」

 おかよは微笑みながら、小春の着物を直し、

「はい。小春ちゃんも熱は無く。問題は無い様です」

 おさよとおきみはその様子を並んで眺めているが、それを聞き、おきみが、

「奥様。良かったですね」と頭を下げ、おさよも微笑む。

すると、新之助が優斎に、

「先生。もう道場に行ってもいいかな?」

 彼は、いや双子達は、もう喋れる様になっていた。

「ん? あ、そうか君は、北辰一刀流の道場に通ってるんだったね」

 優斎は頷き、

「心配ない。もう大丈夫だ」

 と、頭を撫でる。

 すると新之助は、

「ねえ、先生。先生は剣も強いんでしょう? この前も強かったけど」

 その途端、おさよが、

「これ! この方は一刀流の免許皆伝のお方。強いんでしょじゃなくて、お強いのでしょう。です! お医者であっても、あなたより遙かにお強いのだから!」

 と叱りつけるが、新之助は一応、頭を下げるが、

「存じてますよ母上。お父上かお聞きしてますから」

 と、なんとおさよに反論している。

「ねえ。先生?」

 優斎はその様子が微笑ましく、和やかに、

「なんだい?」

「あのさ、先生。私はいつ頃になったら、母上より強くなるんでしょう?」

 などと聞いて来るものだから、優斎は一瞬「は?」と言って、途端に大笑いしてしまった。

 おさよは、この馬鹿息子という目で、

「あなたは何を言ってるの!」

 と怒るのだが、優斎、それとおかよまで笑って下を向いてしまった。

「まあまあ、奥様。しっかし、新之助君。それを医者の私に聞くのかい?」

 と、まだ笑っている。

 すると新之助は、

「道場の先生も、お母様はそりゃお強い方だから、帰っても色々お聞きしなさいって言うんだけど。確かにこの前は強かったけど、母上は小太刀だし、何を聞けば良いのかと思ったんです」

 もう、優斎は可笑しくて可笑しくて堪らない。

 この時は、おさよまで呆れて笑ってしまっている。

「よしよし。新之助君。剣の先輩としてお話しましょう。残念ながら、今のままで、奥様に勝つのはとても無理です」

 新之助は、ガッカリとした顔で、

「え~、駄目ですか?」

 優斎は改めて、

「君はまず、刀より小太刀が弱いと思ってないかい? そこの考えを変えない限り、君は大人になっても、奥様には勝てないよ」

 新之助は首を捻り、おさよは優しい目で、口を押さえ笑っている。

「どういう事でしょう?」

 優斎は頷き、

「あのね。刀の名手と小太刀の名手なら、多分良くて引き分け、もし、刀の方の足が遅ければ、確実に負けてしまいます」

 おさよは片頬を上げる。

 新之助はさらに聞く、

「どういう事なの?」

「うん。刀は小太刀より長いとはいえ、間合いの、さらに中に入られたら、小太刀には敵いません。圧倒的に小回りが利きますからね。避けるのに必死になって、その内斬られてしまうからです。わかるかな?」

 それには新之助も、何となく理解が出来たようで、

「あ、そうか。長いから強いって訳じゃないんだ~」

「そう。例えば、刀と槍だったらどうでしょう。距離がある間は、圧倒的に槍は強いけれど、槍の長さより中に入ってしまえば、今度は逆になります」

「はい」

「君の先生はね。恐らく足を鍛えなさいと言っるんだと思うよ。例えばね、十の間を一気に、一の間に縮める事が出来る足って事だよ。お母上の飛び込みがそうだったでしょう?」

 おさよは何だか恥ずかしくなったらしく、

「申し訳ありません先生」

 と礼を言い、そのまま新之助に、

「あなたは、まだ人に勝つとかより、今はまず自分を鍛えなさい。全てはそれからです」

 おさよは優斎に、深く頭を下げ、

「申し訳ありません。御教授戴いて。これ、新之助! あなたからもお礼を!」

 と言われ、新之助もぴょっこっと頭を下げた。

「あはは」

 笑っている優斎に今度は、小春が、

「ちぇんちぇい。おばちゃんは?」

 と聞くから、優斎は更に笑ってしまう。

 そしておさよに、

「この子達は、あの時の事に相当驚いたんでしょうね~」

 それにはおかよも、一緒になって笑ってしまう。

 すると新之助も、

「先生。道場の先生は、お母上は剣が強いって言うんだけど、叔母上は、訳が分からないって言うんですよ。叔母上にも当分、敵わないでしょうか?」

 さすがにこの質問は、おさよも含め大爆笑だ。

 優斎は、破顔しながら、

「お華さんね……。さすがの北辰一刀流の先生でも分からないか。そりゃそうだろうな。でもよくお華さんの事まで知ってますね?」

 とおさよに聞くと、おさよは微笑みながら、

「入門をお願いに行った時に、立ち会いを挑まれたんですよ。それも坂本様と仰る塾頭の方に」

 優斎は、眉毛を頂点まで上げ、

「塾頭ですか! やらなきゃ良かったのに」

 おさよは笑って頷き、

「その通り、大変な結果になってしまいまして……」

 すると、その時一緒に行っていた、おきみが、

「凄いんですよ。お華さん。その塾頭さんを、道場の壁に磔にしちゃって……」

 もう、優斎とおかよは、身体を曲げて大笑いだ。そして、

「今、江戸で、三代道場の一つと言われている所の塾頭を磔ですか? そりゃ、信じられないでしょうな」

 と、まだ優斎は大笑いだ。

 すると、新之助と何故か、小春まで身を乗り出して、

「どうやったら、叔母ちゃんに勝てます?」

 などと聞くのだが、優斎は首を振り、

「だって、新之助君。あの時、暗かったけど叔母ちゃんの手裏剣、見えたかい?」

 新之助と小春まで首を振り、小春は、

「ピカってね、光は分かったよ」

 優斎は頷いて、

「手裏剣そのものが見えない内は、絶対勝てないよ。そうですね奥様」

 おさよも大きく頷き、

「だって見えなきゃ避けられないでしょ」

 と笑ってしまう。

 そして優斎は、

「何と言っても、お華さんは、なんともえげつない……」

 と言った時、突然、庭先から、

「誰がえげつないって?」

 不機嫌そうな声を上げて、お華が庭に現れた。

 みんなは一斉に驚いたが、すぐ大笑いしてしまう。

 お華は、直ぐ笑顔で、

「おきみちゃん。悪いけど、お塩、持って来てくれる?」

「なに、お葬式でも行ってたの?」

 とおさよが聞くと、お華は首を振り、

「葬儀って訳じゃないんだけどさ。仏前にお参りしたから」

 おきみが持って来た塩をお華に振ってあげると、お華は、

「で、何がえげつないのよ」

 と聞き返した。

 それには優斎が、笑いながら、

「新之助君と小春ちゃんが、お華さんの手裏剣に勝つにはどうしたら良いかって聞くからね。あの人は、えげつなく一遍に十二本も打って来るから無理だよ。って言おうと思ったんですよ」

 と笑う。

 それにはお華が眉を寄せ、

「何と! 小僧と小娘が、わらわに勝ちたいなどと申すのか!」

 と、姉小路の真似で偉そうに言い放ち、ワハハと笑った。

 そして、

「ああ、あんとき見せちゃったからね。でもさ姉上。教えてあげるっのはどうなの?」

 おさよもそれには笑って、

「旦那様は、我が家にお華は、二人も要らないって仰ってるけどね」

 それには、おきみとおかよまで笑ってしまう。

 お華は、また不機嫌な顔になり、

「全く、あの兄貴は……」

 すると、お華は軒下を少し覗き、

「あ、あったあった」

 と、見つけた物は、鞠突きの鞠であった。

 それをを引っ張り出し、

「まだ、そのまんまだ。姉上、これ憶えてる?」

 おさよは和やかに、

「もちろんよ」

 と頷く。

 そしてお華は、

「新之助、小春。ちょっと見てなさい!」

 二人は、なんだなんだと言う感じで、寄ってくる。

「いい? この鞠をね……」

 と鞠を屋根にポーンと振り上げた。

 優斎は「なるほど」とすぐ頷く。

 同時にお華は庭にある三間毎の立木二本に向かって素早く走る。

 そして、それぞれに簪を突き立て戻り、落ちてきた鞠を掴んだ。

 その、あまりの素早さに子供達は、驚きの表情だ。

「これが出来る様になったら、少しは勝負できるかな」

 と笑う。

「まずは新ちゃん。これを練習しなさい。それとこの鞠は、亡きおじいちゃんが買ってくれたものだから大切にね。ここに置いとくよ」

 刺さった簪を抜きに行って、そして元の場所に鞠を戻して、そのまま居間に上がる。

 優斎は、笑顔で、

「確かに、その稽古が出来る様になれば、奥様の小太刀も分かってくるかも知れないね」

 子供達は、早速、軒下を覗き鞠を見ている。

「姉上なんか、隣に住んでたのに、年中来て、やってたもんね」

 とお華とおさよは笑い合い、

「そういえば、そうだったわね」

「ねえ、先生。これなら俊敏に動けるようになるし、何をやるにしても悪い事はないよね」

「その通りですよ。大旦那様は、今度は孫に教えてやるって所ですね」

 それには、二人とも満面の笑みだ。


「お華ちゃん。ところで、葬儀じゃないって、どこに行ってたの?」

 とおさよが聞くと、お華は、

「阿部様のお屋敷よ」

 それには、おさよも大きく頷くが、おかよが優斎に、小声で、

「阿部様って?」

 と聞くと、

「筆頭老中、阿部伊勢守様だよ。先日お亡くなりになったから……」

 おかよは葬儀云々より、筆頭老中のところに行けるお華に驚いている。

 それに気付いたお華は、

「でもさ、葬式って言っても私の身分じゃ行けないから、奥様が数日経って呼んで下さったのよ。まあ、奥様の腕の骨折も心配でもあったからね。それにしてもあの方がもう亡くなってしまうとはね……」

 しかし、おかよは、

「こ、骨折って、お華さんが直したんですか?」

 驚愕の目である。

 さすがにお華は笑って、

「いやいや、ほらあの地震の時にね、奥様、柱を腕に落として折ってしまったのよ」

 それには、聞いている優斎が、

「固定して応急処置をして差し上げたんですよね」

 それこそ、おかよに取っては、とんでもない事である。

 医者でもないお華が、骨折の患者をいとも簡単そうに応急処置するなど、驚き以外の何物でも無い。

 しかし、お華は笑って、

「ああ、ああいうのはね。うちでは誰でも出来るよ。姉上も兄上も。亡くなった父上が教えてくれたから」

「へ~」

 おかよの眉が上がる。そしてお華は、

「それぐらいなら、先生に聞けば直ぐ教えてくれるよ。あなたもそれぐらいはできないとね」

 と言われたが、首を捻りながら頷く。

 すると、優斎は笑って、

「ここの家は、奉行所の役人というよりは、(きん)(そう)()、つまり戦国の世の医者みたいな家で、大抵な事はできるんですよ」

「へ~」

 と驚くおかよだが、お華は、

「とりあえず、信濃流の家だからね」

 これには大笑いだ。

 しかしすぐ真面目な顔に戻って、

「あの時だって、地震があってもお元気だったのに、もうお亡くなりになるなんて……。だってまだ、三十九よ? 」

 それには、優斎も大きく頷く。


 

(2)


 先に、優斎とおかよが帰った後、お華は浩太郎への報告でまだ残っていた。

 小春は、相変わらず、お華に手を出して戦おうとするが、あっさりひっくり返されて、膝の上に座らせられる。

 そんな時、浩太郎も帰って来た。

「佐助は、ちょっととか言って、また出て行ったよ」

 と迎えに出たおさよに言うと、

「あら、そう」

 と話しながら居間に入るとお華が、小春と遊んでいたので、

「どうした? 何かあったのか?」

 そう言われると、ちょっと頷き、

「一応、報告してあげようと思ってさ」

「ふ~ん」

 と、早速着物を着替えに行って、戻ってくると、新之助は隣にちょこんと座る。 その頭を撫でた浩太郎は、

「それで? 報告って?」

 お華も小春の頭を撫でながら、

「うん。兄上も阿部様の事は、もう耳に入ってるでしょう?」

「ああ、その事か。どうも、お気の毒な事だが、もう後任は、堀田様(堀田備中守正睦)で決まっているって話だぞ……」

 お華も頷いて、

「そう。ご老中はね」

 などと妙な言い方をするから、横に座ったおさよが、

「何かあったの?」

 お華は大きく頷き、

「私は今日、阿部様の奥様をお伺いした時に仰ってたんだけど、どうも今回ご大老を置かれる噂があるらしいわよ」

 それにはさすがの浩太郎も驚いて、

「え? ご大老? それを聞いて来たのか」

「そうなのよ。上様が少し御心配だからなのか、そうらしいわよ」

 その理由は浩太郎とおさよも、分かる様な気がした様だが、

 そして浩太郎は、

「で、誰か聞いてるのか?」

「うん。奥様は、井伊様じゃないかって……」

 浩太郎は途端に渋面になって、腕を組む。

 隣のおさよが、その様子に驚いて、

「なんです? 旦那様。井伊様ってあの?」

「そう。彦根藩主、井伊掃部頭(井伊直弼)様じゃ」

 お華は、少し悲しげな顔で、

「奥様が仰るには、井伊様では、殿がなさった事は全て取り消されるのではないかと、酷く肩を落とされていたわ。ねえ、井伊様って、どの様なお方なの?」

 それには浩太郎も頷いて、

「そのお気持ちは分かる様な気がする。あの方はお上でも(うるさ)(がた)というお話じゃ。そう、もう一人の水戸様というところか」

「げ!」

 お華とおさよは驚く。そしてお華は、

「こんな、外国で大変な時にそんな方出てきたら、もっと滅茶苦茶になるんじゃない? また、いつかの御改革の様になってしまうかしら?」

 しかし、それには浩太郎は首を振り、

「いや、ああいう風にはならんじゃろ。それより何よりもっと幕府を混乱させてしまう様な気がする。第一、今、庶民を構ってる暇無いからな」

 それにはお華も、胸を撫で下ろし、

「そ、そう。そんなんだったら、まだ良いけどさ」

 しかし浩太郎は、それも首を振り、

「いや、そういう弾圧はしないと思うが、下手すると、戦になってしまうかもしれん」

「え~!」

 お華とおさよは声を上げる。今度はおさよが、

「もっと悪いじゃない。でもどうして?」

 浩太郎は、

「上様じゃ。上様の後、若君がいない。これが問題じゃ。今既に、養子のお話も出ているらしいから、それが絡むと大変な事にも鳴りかねない」

 こう聞かされると、お華やおさよも武士の子だから、その意味は理解出来る。

 しかしお華は、

「でもね~。外から見てる人がいるのに、内輪でそんなことやってたら……」

 彼女は外国に占領されるのでは無いかと言っている。その辺は浩太郎も同じだ。

「まずはどう出てくるかな。全てはそこからだ」



(3)


 気が重くなる話をしていた時だった。

 お華には、更なる重圧が加わる事となる。

 さてその時、玄関先に佐助が帰って来た。

 しかし、彼は、中に入ったものの、なぜかそのまま立っており、おきみが迎えに来たのに、

「奥様を」

 と何故か、おさよを呼びに行かせた。

 それを聞いたおさよは、首を捻りながら玄関先に出て行くと、佐助が深く頭を下げ、

「奥様。誠に申し訳ありません。今、旦那様よろしゅうございますか? 少々お話が」 

 と、えらく畏まっていうので、少し可笑しくなってしまったおさよは、

「お華ちゃんも居るけど、良いの?」

 と聞くと、

「ああ、それはありがたい。是非、一緒にお話を聞いて頂きたいのです」

 その会話は、居間の浩太郎とお華の所まで聞こえているので、お互い顔を合わせて首を捻っている。

 おさよは微笑み、

「わかったわ。居間よ」

 と言うと、佐助はありがとうございますと言ったのと同時に、後ろの戸を開けて、女を一人、引き入れた。

 おさよも、さすがにその顔を見て驚き、

「おみよちゃん!」

 と叫んだ。


 お華も二人が入って来るのを見て、後ろの畳に手をやって支える位、驚愕していた。

「な、何?」

 もちろん浩太郎も、慌てた様に、

「おいおい、一体どうした?」

 と当然聞く。

 おみよは、お華を見ると一瞬笑ったが、何も言わず、直ぐ真面目な顔に戻ってしまった。

 お華には、それが何よりも恐怖を感じた。

「ど、どうしたの……」

 と言うのだが、おみよは何も言わず黙っている。

 おきみも佐助と兄弟だから、目を丸くして後ろに座っている。

 佐助とおみよは、並んで浩太郎の前に座り、おさよはその横。

 お華は、まだ驚愕の顔で、縁側の方に座っている。

 そして子供達は訳も変わらず、人が増えて嬉しいのか、ニコニコしている。


 すると佐助とおみよはまず、浩太郎に頭を下げ、佐助が、

「実は、旦那様。お許しを得たい事がございまして……」

 と、口火を切った。

 浩太郎は、ただ、

「う、うん」

 と言うだけだが、お華は、「あ!」とした顔で、何かを察したらしい。

 しかし、とっくに察しているおさよは、それを見て、心の中で爆笑している。

「旦那様。早速ですが、私とこのおみよが夫婦になる事、お許し頂けますでしょうか?」

(言った!)という顔をしているのはお華。

 笑いを懸命に押さえ込もうとしているおさよ。妹のおきみも驚いている。

 当然、浩太郎にとっても意外な事だった。

 余りの事に暫く言葉が出なかったが、やっと、

「ち、ちょっと待て。それは本気か?」

 と言い。すぐ隣のおさよに、

「そなたも承知の事なのか?」

 と慌てて聞く。

 おさよは微笑んで、

「いいえ。私も初めて聞く話ですよ。ただ、以前から察しはしてましたが」

 そして、お華にも……と思ったが、お華はあまりに表現の難しい苦しい顔しているので、聞くのを辞めた。

 しかし、従者が正式に言って来た事だから、主人としても、キチッと対応しなければならない。

「佐助。その事まず、深川の爺さんや、向島の両親にも伝えてあるのか?」

 それには、佐助も大きく頷き、

「はい。私の両親は、おきみもお世話になってますし、旦那様のお許しがあれば、と認めてくれました」

 と言うと、今度はおみよが、

「おじいちゃんも、同じです。旦那様のお許しがあればという事でした。もっともおじいちゃんは、旦那様もご存じだと思いますけど、寛太さんのお母上と一緒に住んでまして、どうやらそちらの方が楽しいらしく、それはあっさりと……」

 微笑みながら答える。

 どうやら、外堀は既に埋まっていた様だった。

 おさよは思った。「お華落城」と。

 その通り、お華はガックリと、畳に両手をつく。

 おさよは笑いながら、横に座っている小春に、

「小春。お華おばちゃんに、よしよしってしてあげなさい」

 いわれた小春は、よしよし言いながら頭を撫でて、きゃはは、とはしゃいでいる。

 しかしお華に取っては、更なる地獄に落とされた様に、

 再び泣き崩れる一歩手前だ。

 新之助と小春は、何だか分からないものの、手を叩いて喜んでいる。

 それを横目に、おさよが、

「屋敷の女将には?」

 と、一応聞いてみた。

 もちろんおみよは、

「はい。お母さんには、前から言ってありますから。とにかくその前に、おゆきをしっかり指導しなさいと言われてました。お陰様で、最近は一人前に、お座敷にも立てるようになりましたし、先生のところは、おかよさんもいますので、もう頃合いかなって……」

 しかし、お華は、畳から片手を伸ばし、

「わ、わたしは~わたしは~」

 と訴えるのだが、おみよは冷徹に、

「お姉さんには、お母さんが黙っときなさいって。いつまでもグズグズしてるのが悪いのよって言うので……」

 これには再び、お華は前のめり。またも小春によしよしされている。

 おさよも堪らなくなって、大笑いである。

 浩太郎もそれを見て、笑いながら頷き、

「そうであれば、俺が反対する事は無いよ。しかし、これからどうするんだ?」

 当然である。

 佐助は従者だし、おみよも一介の芸者。

 収入面を考えても、このままで結婚生活は難しい。

 すると、佐助は、

「はい。旦那様には申し訳ありませんが、私はどこかの店に勤めて金を貯め、おみよも、しばらくの間は芸者でお金を貯めて貰って、何とか、店を出したいと思ってます」

 しかし、それを聞いて浩太郎は大層驚いた。

「おいおい。どっかの店って、お前いつそんな技を憶えたんだ!」

 と慌てて聞く。

 すると、おさよが少々呆れた顔で、

「何言ってるんです。旦那様はいつも佐助さんの料理で、お食事してるではありませんか」  

などと言われ、目を丸くして、更に驚愕する。

「え~ おきみじゃないのか?」

 佐助、それで意味が分かったおきみも、微笑んでいる。

 おさよが口を開き、

「いつも余裕があれば、おきみちゃんに教えてたのよ。だから、おきみちゃんが作ったっていうのも間違いじゃないけど、ほとんどは佐助さんよ」

 しかし、それにはさすがに、

「ちょっと待て。佐助お前、料理なんぞいつ習ったんだ。幼い時から家にいるけど、包丁使ってるとこなんぞ、見た事ないぞ」

 佐助は微笑み、

「はい。私も今後の事が心配だったので、休みや暇があるときは、すみやの平吉さんの所で修業をしてました」

 これには、浩太郎とお華が、「え!」っと声を上げる。

「すみや? 平吉は、そんな事一度も言った事無かったぞ。知らなかった……」

 おさよはこれにも笑って、

「もう、この兄妹はそっくり。肝心な事、分かって無いんだから」

 浩太郎とお華は盆の窪に手をやる。

 しかし、浩太郎は、佐助の将来への不安という言葉を聞いて、気が付いた。

「いや、それもそうだが、すまん。その事はもっと早く俺が気が付いてれば良かった事だ」

 と、頭を下げる。

「そんな」 と佐助は手を上げ止めようとするが、浩太郎は首を振り、

「これは、俺の配慮の無さだ。我が父は、両国の親分にも今後の事を考えて店を建ててやった。今、それが平吉だ。父上はまだ若くして亡くなったのに、そういった事はキチンとしていた。俺はそんなことすっかり忘れていた。これはおれの失態だ。済まなかった」

 おさよも頷いて、

「そうね。私も同じよ。申し訳無かったわ。ごめんなさいね」

 と、同じく頭を下げた。

「やめて下さい。いいんですよ、奥様」

 佐助とおさよがそう言った時だった。

「あ!!」

 と、お華が、もの凄い声を上げ、ぴょこんと身体を起こした。

 そして、

「そうだったのか! あの親父!」

 などと突然、怒りの言葉を上げる。

 横の小春まで驚いている。

 浩太郎がさすがに、

「なんだ! 親父って」

 と、怒った様に言ったが、お華にそんな言葉は全く耳に入っていない。

 悲しげな、大きな声で、

「店の事なら心配ないわよ!」

 と、叫ぶ。

「なんだ?」

 と、浩太郎が訝しげに聞くと、

お華は、怒りに満ちた顔で、

「あの地震の時よ! あの地震でさすがに壊れちまっただろうなと思ってたけど、見に行くと、倒れもせず、焼けもせずしっかり立ってたのよ」

 こんどはおさよが、

「何が?」

 お華は、悔しそうな顔で、

「深川の置屋よ!」

 と叫ぶ様に言う。

 それには浩太郎とおさよも「あ~」と頷く。

 するとお華は、

「私はあそこに入って、父上に、私の為に無理してくれたのね。とか言って、亡き父上に感謝しなきゃと頭下げたよ。でも、それは全くの勘違いだった。何の事はない。この事の為だったのよ!」

 それには、みんな大爆笑である。

 それには浩太郎も嬉しそうな顔で、

「おお、あそこがあったな。あそこなら少し手を入れれば、店として使えるんじゃないか?」

 しかし、さすがにそれにはおみよが、恐縮という顔で、

「でも、良いんですか? あそこは大旦那様が姉さんに……」

 と言ったのだが、お華はグッと帯の間に手をやり、繋がっている紐を引きちぎり、鍵を佐助の前に、バシッと置いた。

「これはあそこの鍵。以前、おみよの爺さんに拵えて貰った物よ。これ渡すから、早いところ二人で行って、どうするか相談しなさい!」

 如何にも悔しそうに言い切った。

 浩太郎も頷き、

「それは良い。助かるよお華。そうしてくれれば俺も父上に言い訳が立つ」

 と感謝しているが、おさよは、

「お父様はご立派ね~。お亡くなりになっても尚、そこまで考えてらっしゃったとはね……」

 浩太郎もそれには少々恥ずかしげに頷く。おさよは続けて、

「そして、お華ちゃんに至っては、亡くなってもまだ、おからかいになってらっしゃる」

 お華はびくっと、頭を上げる。

「あらあら、結局、お華ちゃんは、おみよちゃんに先に行かれて負け、そして、なんと亡くなっているお父様にも負けたって事。簪のお華が二連敗したって事よ。お華ちゃん、お父上が仰ってたでしょ? 上には上がいるって」

 おさよは、殆ど笑いながら言い放つ。

 お華はまたもや、前に倒れ崩れてしまう。

 そしておさよは、新之助と小春に、

「わかった? 二人とも。叔母ちゃんに勝つ方法はこういう事。お勉強して賢くなったら、叔母ちゃんに勝てるよ。小春。可哀想だからよしよししてあげなさい」

 お華は「ま、負けた? 二連敗……」と、泣きながら畳に蹲ってしまう。

 小春は、よしよしと嬉しそうだ。


 すると浩太郎は、

「よし、店の事は深川のお前も知ってる大工に頼んで置け、俺のツケでな。せめてこれぐらいだ、俺が出来るのは。良いな、おさよ」

 当然、おさよは笑顔で頷く。

 佐助とおさよは、平伏して、

「旦那様、奥様。そしてお華様。ありがとうございます」

 と、お華とは違った涙で二人、喜んでいる。


 するとおさよが、

「でも、そうなると、あなた。今後どうするの?」

 と、今度は浩太郎に聞く。

 浩太郎も「あ!」と言いながら、顎に手をやる。

 そう、佐助が抜ければ、変わりの従者が必要になる。

 これは幕府の決まりだから、早急に決めなければならない。

 佐助も、それは気にしていた様で、

「勝手言って、誠に申し訳ございません」

 と謝るが、それには良い良いと言いながらも、浩太郎は途方に暮れていた。

 すると、お華が、何とか涙を振り切り復活した様子で、浩太郎に提案する。

「それは、あの子でどうだろう?」

 おさよが、「あの子って?」と聞くと、

「うん。うちの信吉よ」

 それには、おさよは頷いたが、浩太郎は、

「しかし、あの子はまだ幼いだろ。少し早くねえか?」

 と言うのだが、しかしお華は、

「佐助さんだって、家に初めて来たのだって、子供の時だったもんね?」

 佐助も、恥ずかしげに頷く。

「あの子は、これから一人で、妹を守って生きて行かなきゃならない。しかも兄上にも深い縁があるでしょ? そんな子だから兄上の仕事に、今は着いていくだけだろうけど、人の倍は勉強できると思うし、絶対、大丈夫よ」

「まあ、そう言われればそうかも知れねえが……」

 すると、お華は隣に座っている新之助の頭を撫でて、

「それに、一番の理由は、この子よ!」

 それには、同じくおさよも笑顔で「そうよ」と大きく頷く。

「兄上の為に、お父上は佐助さんを預かった。今度は兄上がやる番でしょ?」

 そこまで言われれば、浩太郎も頷かざるを得ない。

「そうか。ひいては新之助の為か。それもそうかも知れないな……」

 お華は笑って、

「まあ、最初は子供を連れて、散歩に行くっていう様なもんだろうけどね?」

 浩太郎はもう一度頷き、

「そうだな。じゃあお華、お前から言っておいてくれ。それから佐助。決まったら悪いが二、三日付き合ってやってくれるか? お前の引き継ぎとして」

 それには佐助も嫌な訳はない。むしろ、

「そこまで仰られると、なんか寂しくなりますよ。これまでいろいろありましたから……」

 気持ちがわかるみんなは、黙って頷く。

 しかし、お華は目を険しくして、

「そんな事言ってる場合じゃないのよ。あんたは、私の大事な妹芸者を嫁にするんだから、泣かせるような事だけはしないでよ。いいね!」

 と叱りつける様に言うと、おさよが、

「そうそう。泣かせたら、お華ちゃんに穴だらけにされるよ。気合い入れないと」

と大笑いする。

 それには、さすがに佐助も、

「いやいや、それは今まで嫌って程、見てましたから、髷を飛ばされないように気を付けます」

 などと、頭を下げるものだから、浩太郎やおさよ、そしておみよおきみまで、大笑いした。



(4)


 さて、早速、佐助はおみよは、平吉、そして深川の大工に相談して、置屋の改造に取りかかった。

 大工の棟梁は、「こりゃ、実はあたしの父がつくったもんでね。こういう事で、あたしに頼んでくれるとは、ありがてい事にございます」

 と、嬉しそうだ。

 結局、一階はほぼ半分に敷居を置き、両方に杉の一本板を敷、半分は客席で腰掛けを置き、半分は調理場といった、今で言う小料理屋の様な作りとなった。

 この時代では、珍しい部類の店である。

 そして奥には、小さな座敷兼、手が空いてる時には、おみよが三味線を弾ける空間まで作った。

 いわゆる設計図を見せられた浩太郎は「ほう!」と歓声を上げ、おさよも「変わったお店ね。でも、なんか良いわ」と喜んでくれた。

 そして、それが一段階着くと、佐助とおみよは、浩太郎とおさよの勧めで、挙式を上げる事になった。

 そして、披露の宴は、お華の提案で柳橋の茶屋で開く事となった。

 場所は、以前、深川から柳橋に移ってきた茶屋の女将に頼んだ。

 芸者を引退する、元、深川芸者のおみよだから、それもちなみ、言ってみれば、これが最後のお座敷という訳だろう。

 女将ももちろん、「へ~おみよさんが。そりゃ、お目出度い」と喜んでくれたが、

「で、お華太夫? あんたは……?」

 の言葉には、もちろんとっさに手で遮り、

「え~。それ以上は、私も良く存じておりますので!」

 と睨み付けるが、女将は、大笑いである。


 二人は、商売繁盛の神として有名な、近所の柳森神社で、お華達が見守る中、細やかな挙式を上げ、羽織袴と白装束の二人と、参列したみんなは、披露宴会場に集まった。

 二人と、お吉、お華とおゆきとおさよが二人を囲んで、来客に挨拶している。

 既に、佐助の両親とおきみ、反対には、浩太郎、優斎、裕三郞・おかよやノブ夫婦など、座席について待っている。

 おみよの挙式だし、ノブが三味線を指導している芸者達の参列も多く、結構広い座敷なのだが、一杯になっている。

 やはり、花嫁衣装のおみよは美しく、それを見守る祖父である伊平も涙が溢れていた。

 お華の改まった挨拶の後、宴が始まった。

 芸者連中は多いし、ノブやおかよも居ることから、普段の挙式とは違った、柳橋らしいともいえる、曲に溢れる挙式となった。

 二人も、みんなのお祝いを戴いて、本当に幸せそうだった。

 お華も、もうこの頃は立ち直っていて、本当に妹芸者の旅立ちを祝福すべく、あっちこっちに、普段の座敷より忙しそうにお酌に回る。そうなると、もちろんおゆきも、大車輪で、それを眺めて、優斎は気の毒に思ったぐらいだ。


 そんな時、隣の浩太郎が、

「先生。ここだけは、目出度いな」

 と、盃を傾けながら、話す。

 ははっと優斎は、笑って頷き、そして、

「ここだけってのは、何かあったんですか?」

 あくまで二人だけの会話である。

「それがな……」

 と、最近の幕府の状況、そして外国事情を話し出す。

 さすがに、小さく優斎は驚き、

「今、そんな事になってるのですか?」

 浩太郎は頷き、

「あんたも聞いてるだろ? アメリカの事」

「はい。なんでも、公使と言う者が、江戸城登城をお願いしているとか……」

「そうなんだよ。でも今はそれより、上様跡目の話で、大変な事になるんじゃないかって話が持ちきりでな」

「跡目にございますか……。確かにお世継ぎはいらっしゃいませんからな」

「そう。今のこの状態を見て、俺は、先代、先々代の上様が、お子様を多くお作りになった理由が分かるような気がするよ」

「そうですね。しかし、あれだけいらっしゃったにも拘わらず、生き残った方はわずか。これは、医者としてもかなりの問題ですよ」

「そう、先代は二十七人のお子をお作りにも拘わらず、居残ったのはたった一人、それが今の上様だ。まあ、あの上様なら、今更アメリカだなんだ言ってもどうしようも無いが、今後どうするのか心配だよ」

「そうですね」

 と腕を組む優斎だったが、そこにお銚子を持ったお華が現れ、

「全く兄上も先生も! 折角のお祝いの席なんだから、答えの出ない難しい話はしないの!」

 と笑って叱られる二人は、慌てて、

「すまんすまん」と二人揃って、謝るのだった。

 するとお華は、信吉を呼んで、浩太郎の前に座らせた。

「兄上。この子に話したところ、是非やってみたいと言ってます」

 浩太郎も、その話か、と、信吉に向かって、

「信吉。お前は幾つになった」

 信吉は笑顔で、

「はい十二です」

 と答える。横の方で、おふみはもちろん、裕三郞も縁があるから、心配そうに見ている。

 浩太郎は、

「お華から話は聞いたと思うが、お前さんは俺の家来となり、毎日の様に町中歩き回らなけりゃならない。分かるか?」

「はい。良く聞いています」

「うんうん。だが、それに加え、悪い人を捕まえたり、困ってる人は助けてあげなきゃ行けないし、それと、俺の言う事を奉行所に伝えに急いで行ったり、それこそ数え上げたらキリが無いぐらいだ。それも聞いてるな?」

「はい」

 と信吉は、大きく頷く。

「しかしお前はまだ子供だ。無理な事は命じたりしないから安心してくれ。それより、もし頭が痛くなったり、お腹が痛くなったりしたらすぐ、この」

 と、おさよの肩を軽く叩き、おさよも微笑んで頷く。

「奥様に言う事。いいか、この仕事は身体がしっかりしてないと勤まらない。お前はこれから、まず身体を作る事から始める。いいな。細かい事はその都度教えるから安心しなさい」

「ありがとうございます」

 するとお華は、

「いい。最初から無理しちゃ駄目よ」

 信吉はそれにも笑顔で頷く。

 すると、優斎が、

「じゃ、これから八丁堀暮らしか。何か困った事があれば、そこの裕三郞の兄さんに相談しなさい。それほど役に立つとは思えないが……」

 などと苦笑すると、裕三郞が少々怒った顔で、すかさず、

「兄上! 大丈夫にございます」

 浩太郎と優斎は笑っている。

 そして、お華が信吉を元の席に連れて行くと、浩太郎が、

「先生よ。時代は動いていくな~。子供だった佐助も、同じく子供だったおみよも、もう所帯を持つ。父上が最後に残した置屋も、父の願い通り、あの子達にやることが出来た。父の願いは全て叶ったと言って良いのだが、うっかり一つだけ、大きいのを忘れていた」

 それにはおさよも顔を出し、

「そうそう。お父上様一番のお心残りの、とんでもなく大きいのがね」

 と和やかに言う。

 優斎は、「あ!」っとした顔になる。

 浩太郎は、

「頼むぜ先生。あのおっきい残り物。早く何とかしてくれ」

 と大笑いだ。

 優斎は頭を掻きながら、

「いや、中々そういう話にならなくて……」

 おさよは笑って、

「まあ、あの子だからね。分からないことはないけど」

 しかし浩太郎は、

「だって、もうお互い良い年だろ。さっさと覚悟を決めな」

 これには、優斎には珍しく頭を抱える。

 浩太郎とおさよは、向こうでみんなと楽しく話しているお華に目をやり、笑っている。



~つづく~



 今回もお読み頂き、誠にありがとうございます。


 さて、その頃の歴史的動向というのを若干書きますと、この頃、伊豆下田に新たな町が出来ました。

 幕府が慌てて、下田奉行所を創設するほど、大展開と言って良い変わり様でした。 そう、アメリカ人の襲来です。

 ただ、この時はまだ、ペリーが居る時だったので、下田だけでありますが、その後ドンドン大きくなっていき、遂には移動する羽目になります。


 さて、その下田。その頃の日本人には外国人が珍しかった様で、見物人が殺到したようです。

 今考えるとおかしいですが、人々は、米国の兵隊に纏わり付き「ボタン」をねだったそうです。

 私はその話を初めて知った時、斉藤由紀さんの「卒業」を連想してしまいました。古い?(笑)

 まあ、その頃の人々の着物にはボタンはありませんし、尚且つ兵隊のボタンは装飾されているので、珍しかったのでしょう。

 気持ちは分からなくもありませんが、しかし、何の恐怖も抱かず、ボタンくれって言ってしまうその頃の人は大したもんです。


 そして、当時、勘定奉行であった川路聖謨の話が残されています。

 安政2年(1855)に下田に見廻りに言ったところ、なんとアメリカ人の美女に出くわしたそうです。

 犬を連れた彼女は、艶然と彼に微笑みかけ、通り過ぎて行った。

 年齢は22、23と言ったところ。

 黒い髪を短めに切って、左右に分けスカートを履いていたと書いてます。

 男ならともかく、さすがに女性を見て驚いた様ですね。

 彼の観察文によると、

「首には(よう)(らく)(宝石などを重ねて編み、仏像の頭・首などにかけた飾り)の様なものを下げ、腰が細いことと言ったら蜂の様だ。日本の女の半分もない。そして肌は抜けるように白い」

 などと言ってます。どうも商人の妻だった様ですが、さすがにコルセットをした女性を初めて見た事がそうとう印象的だったようです。

 

 さて、おみよも結婚してしまいました。お華ピンチ! といったところですが、いつの時代も問題なのはそこから。

 ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、江戸時代は意外と離婚が多い。

 その話題だと、駆け込み寺と言う事が連想されますが、実は男の方が離婚が簡単だったというのは、少々疑問です。

 三行半を叩き付けるのには、支度金の全額返還、花嫁道具もすべて返還が必要です。

 背くと、侍でも奉行所によって裁きを受けます。これは末代までの恥。

 旗本などは、支度金返還に4~5年かけて、ようやく離婚成立させるなどが、日常茶飯事だったと言います。

 この頃、旗本だって基本的に貧乏ですからね。それはそれで大変です。

 まあ、その辺は、その内、別の話でやるかもしれません。


 ということで、次回からはいよいよ、井伊の赤鬼が登場します。

 内容については、ある程度お分かりでしょうが、お華達はどうなって行くのでしょう?


 それでは、次回もよろしくお願い申し上げます。

 ありがとうございました。

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