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お華の髪飾りⅡ  作者: 本隠坊
18/65

⑱お華VS金庫破りの大盗賊~後編~

 安政大地震が起こる直前の安政二年三月六日の事である。

 江戸城平川梅林内、奥御金蔵より、六千両が盗み取られるという事件が発生した。

 頼まれた訳でもないのだが、お華が事件に乗り出す。

 お華は盗みの手口を解明し、そしてそれに対応した手配を吟味奉行佐久間に頼むのだが、同じ年、安政二年十月二日に大地震(安政江戸地震)が発生してしまう。

 その為にこの件は、一時、沙汰止みとなっていた。


(1)

 

 この日お華は、今日の炊き出しをおみよ達に任せ、自分は一人、江戸城大奥へ向かっていた。

 さすがに地震からまだ、実質二日しか経っていないので、火は上がっていないものの、建物崩壊の惨状は変わっていない。

 しかも、まだ余震が小さいながらも続いているので、道を通るのも細心の注意が必要である。

 とは言え、お華なので何て事もなく、平川門から大奥へ上がって行った。

 それから、しばらく経って……。


 大奥から降りてきたお華は、今度は北町奉行所の大門を潜った。

 そして、右側にある同心部屋の腰高障子を開け、

「ああ、兄上。居たの?」

 相変わらず、兄に対し、無礼な物言いのお華だ。

 しかしながら、いつもの事なので、全く気にもしない浩太郎は、

「なんじゃお華。今日は炊き出しではないのか?」

「うん。今日は、おみよちゃんに任せてるの。私は他に用事があったからね」

 すると浩太郎は、玄関口まで来て、

「用事だと? それ以上の用事なんぞあるのか!」

 と、少々叱り気味で言うのだが、お華の、

「いや、姉様の御用事でさ、大奥にね」

 という一言は、浩太郎だけで無く、回りで聞いていた同心連中にも、多少なりとも緊張感が走った。

 浩太郎も、少々怖々と、

「お、大奥だと? 一体何じゃ。何か急なお話か?」

 お華は少々笑って、頷き、

「ちょっとね。それより兄上。与力の佐久間様に一緒に会ってくれる?」

 それには、驚く浩太郎。

「佐久間様に? なんなんだ?」

 と聞くが、お華は、

「ちょっと、ここではね。だ、い、じ、な、お話だから……」

 などと意味ありげに言うものだから、浩太郎も動揺した様で、

「わ、分かった。今すぐ行こう」

 と、慌てて気味に草履を履き外に出た。


 さて、そういう事で、与力部屋の佐久間の前に、お華と浩太郎が並んで座った。

 今日は、吟味与力見習いである、佐久間健二郎も一緒に座っている。

 父親の佐久間は微笑みながら、

「なんじゃ、お華。急ぎの用か?」

 お華は深く頭を下げ、これまでの事を報告した。


 大奥接客の間での事。

 お華は、一昨日頼まれていた、例の姉小路、お見舞いの書状を、年寄・瀧山に渡した。

「瀧山様。本来は姉様……いや姉小路様ご本人が、地震のお見舞いに行くと仰ってましたが、さすがにあの曲輪の有様。とてもじゃありませんが……」

 と少し笑い、

「姉様じゃ、平川門でさえも大変な事になると思いましてね。代わりにご書状をと申し上げたのです。瀧山様におかれましても、この大変な時期にわざわざ見舞いに来られても、返って、ご迷惑になりかねないと思いましてね」

 と言うと、瀧山は渡された書状を頷きながら一読して、

「よいよい。そなたの言う通りじゃ。さすがに今は満足なお相手は難しい。見た通り、大奥も無事であったと、姉小路様にはご心配無くと、そなたから伝えてくれるか?」

 お華は笑顔で、頭を下げ、

「はい。承りました。その様にお伝え致します」

 お華は、本来の目的が終了したので席を立とうとしたが、瀧山から引き留められた。

 お華は、少々驚いて、

「どうなされました瀧山様?」

 と聞くと、

「話は違うがの。そなた例の御金蔵破りの件、担当していると聞いたが、本当か?」

 それには、さすがにお華は、大きく首を振り、

「瀧山様。私がその様な事、担当などする訳無いじゃないですか。大体、私は柳橋の芸者ですよ」

 笑いながら否定するが、瀧山は、片頬を上げて、

「なあにを言っておる。奥御金蔵の見分までしていたって報告が入っているぞ」

 どうだ! という言い方である。

「あらあら、そんな事までご存じでしたか……」

 と、笑いながら頭を下げ、

「兄は奉行所同心ですが、さすがに気軽に大奥まで行く事は許されておりません。ならば、お前が見てこい。と言う事で少しお手伝いしただけにございます」

 すると瀧山も興味を持ったのか、

「ほう。そなたはどう見たのじゃ?」

 それにはお華は一礼し、

「あれは、恐らく事前に門鑑を使って、御金蔵の位置と鍵の仕組み、そして見廻りの間隔などの様子を確認し。そして合鍵を作るための蝋型を事前に用意したものと思いまする。そして、当日北詰橋から侵入し、合鍵で外を開け、中の鍵はねじ切って、二千両箱を三つ背負子で背負って逃げたと考えまする」

 その説明に、滝川も感心した。

「なるほど、よくそこまで見破ったの。さすがお華である」


 さて、場所は与力部屋に戻る。

 お華は佐久間に、

「まあ、そういう事で、ちょっと手伝っただけだって、言ったんですけどね」

 佐久間はうんうんと頷く。

 するとお華は、

「そうしましたらね。その盗賊いつ捕まえられそうだ! なんて言い出すんですよ」

 それには佐久間も、意外な事だったらしく、

「え?」

 と、叫んでしまった。

 お華は笑いながら頷いて、

「大奥のお年寄りが何故? ってご様子ですね」

 佐久間は大きく頷いた。

 すると、佐久間の息子健二郎が、不満そうな顔で、

「いくら大奥と言っても、少し出過ぎた真似ではないでしょうか?」

 などと言うから、お華の目尻が頂点に上がる。

 そして、首を傾げながら、

「全く、この子は。相変わらず感が悪いと言うか何と言うか……」

 突如、この子扱いとなり、その勢いに健二郎はポカ~ンと固まってしまった。

 横の浩太郎は慌てて、

「こら、この子とはなんだ。与力様の御嫡子に向かって!」

 と怒るのだが、お華は、

「だって、この子は子供の頃から感が悪くて……あのね。与力見習様? 大奥だって、普通。こんな事に一々何も言わないのよ。ところが今回に限って、こんな事言うなんて、何か裏があるとは思わないの?」

 もう佐久間は、下向いて大笑いだ。

 さらにお華は、

「お父様だって、それが分かっているから黙っているでしょ。そんな事じゃ吟味与力の仕事は勤まらないわよ。大体、大奥のお年寄りに出過ぎなんて、もしお耳にでも入ったら大変な事になるわよ? お奉行様だって、ご出世のお願いに協力を頼まれ、四、五百両ぐらいは包むぐらいなんだから。もし睨まれたら、すぐ船にでも乗せられて、八丈島担当にでもされちゃうわよ。しかも見習いのままで。あの人達は、それぐらい力があるんだから、迂闊に出過ぎなんて言わないの!」

 叱られてしまった健二郎は、俯いてしまった。

「おい、お華!」

 と浩太郎は怒るのだが、本心はその通りと感じてしまっているから、勢いが弱い。

 笑っていた佐久間は、

「まあ、まあお華。まだ若いのじゃ。それくらいにしておいてやってくれ」

 なんとお華に謝るのだが、お華は、

「い~え。この子は子供の時から近所の子達にしょっちゅう泣かされていて、いつも私が助けて、お屋敷まで送ってあげたんです。そしたら奥様もあまりの情けなさに、私におっしゃるんですよ」

 それは、さすがに佐久間も驚き、

「え? 奥が?」

 お華は頷き、

「奥様は私に、あなた、ちょっとこの子を鍛え直して頂戴。このままじゃ旦那様の跡なんか継げないって」

 さすがに、それには佐久間は勿論、浩太郎まで笑ってしまった。

 健二郎は斜め下を苦い顔で俯いている。

「はは、奥がな。分かった分かった。お華は正しいよ」

 と言って、話を変えた。


「ところでお華。その裏ってのは何なんだ?」

 う、う~ん。と咳払いしたお華は、佐久間に顔を向けて、

「あのですね。佐久間様。今、お城では上様のご婚礼が進められているって話。ご存じですか?」

 佐久間は、それにはさすがに、

「ご婚礼?」

 と大声を上げた。

 あまりに思ってもみない事言うものだから、佐久間は勿論、浩太郎、健二郎も瞼を目一杯広げた。

 佐久間は、少々慌てた様子で、

「い、いや。さすがにその様な話は聞いたこと無い。が、誠か? お華」

 お華は、大きく頷いて、

「そうなんですよ。地震があったので少々伸びるかも知れませんが、恐らく来年らしいのです。そして何でも、京の三条様の姫をお迎えするとの事です」

「ほう~」

 と佐久間は驚いた。

 佐久間にしても将軍家定の様子は承知しているから、意外な話だったのだろう。「さらに!」

 と、お華は声を上げ、

「三条様と申し上げましたが、実はこの姫。薩摩様、つまり島津様のご養女との事の様で……」

 さすがに、それには浩太郎も再び驚いた。


 そう、その姫という者は、後の「天璋院篤姫」の事である。

 この頃はまだ、藤原敬子(すみこ)と名乗っている。

「なんと! では、文恭院(11代将軍・徳川家斉)様と同じって訳か」

 お華は、横の浩太郎に頷く。

 そしてお華は、健二郎に向かって、

「大奥が、御金蔵の事を気にするのは、薩摩の姫に御金蔵の金が盗まれたままだと知られるのを恐れての事です。大奥としては、外様大名にこの事がバレたら、上様に大変なお恥をかかせるっていうんで、突然、焦り出したのよ」

 健二郎も、さすがに上様の名まで出されてしまうと、何も言い返せない。

 佐久間は笑いをかみ殺し、

「なるほどな。そういう事か。で、お華どうする」

 それにはお華も笑い、

「ただ、そうは言われても、ご存じの様に盗みが分かったのが、ひと月も前の事。しかも、それから江戸では大地震。これでは難しいですよ。とは言っておきました。ですから、それ程のお叱りを受ける事はないと思うのですが……」

 浩太郎も大きく頷き、

「そうなんだよ。鍛冶屋も、江戸府内は全て洗ったが一向に出てこなかったからな。それに地震で、とてもじゃないが今からじゃ無理だ」

 するとお華は、片頬を上げて、

「でも、おじさま?」

 とうとう、佐久間ははおじ様呼ばわりになってしまった。

 しかし、もう誰も何も言わない。佐久間も含み笑いで、

「何じゃ、お華」

「はい。今回地震で被害に遭われた方々には誠に申し訳無い事ながら、今回の地震。この金蔵の件には、上手く働いたかも知れません」

 佐久間は意外な話に、

「どういうことじゃ?」

 と驚く。

 お華は、和やかに、

「下手人達も今回の江戸地震で、きっと安心してる筈でございます。大名横丁も壊滅しているぐらいですから、きっと自分たちへの監視は止まっているだろうと」

 それには、佐久間も大きく頷く。

「そうじゃろうな。確かに安心している筈じゃ」

 するとお華は、

「ですからそこが、唯一の狙い目です。きっと安心して、それ程の気を回さず、地方で換金するに違いありません。いや、彼らにとっては好機と言っても良いでしょう。ですから逆に、そこが付け目なのです」

 そう聞くと、佐久間は勿論、浩太郎、健二郎も大きく頷いた。

 更にお華は、

「おじ様? 例の各、地方の奉行所、そして大きな御家中にはその旨お送り頂いたのですよね?」

 佐久間は頷く。するとお華は、

「大変申し訳ありませんが、再度、お送り頂けないでしょうか。今回は少々キツめに」

 それには佐久間も笑い、

「キツめね~。まあ、それぐらいしとかなきゃ、やったとは言えんか」

 お華は頭を下げ、

「はい。正直、私もそれでどうなるのか? とは思うのですが、やらないわけには行かないだろうと思うのです。だから、健ちゃん!」

 健二郎は、もう怯えだしている。

「あんた! 今暇なんだから、お父上に成り代わり、直ぐに手配しなさい。あんたの今後が掛かっているのよ!」

 健二郎は悲しそうな声で、「は、はい」と頷くが、浩太郎は、

「こら、お華!」

 と言うのだが、お華は浩太郎にも、

「兄上も、のんびりしている場合じゃないの。地震で被害が無かった両替商を一つ残らず、同心みんなに手配する様に言ってね。でないと兄上も、姉上と一緒に八丈島行きよ」

 それには、浩太郎でさえも、「お、俺もか? あ、ああ……」と意気消沈。

 もう佐久間は大笑いで、

「来年まで間に合うかの~お華」

 お華も笑って、

「まあ、無理だと思うんですけどね~。ここまでやっておけば、被害も少なくて済むでしょ、おじさま」

 佐久間は、お華から久々におじさまと言われ、何だか嬉しそうだ。

「ったく、この娘には困ったもんだ。分かったよ、至急にやっておこう」

 それにはお華も満面笑みで、深く頭を下げる。



(2)


 それから暫く時は過ぎ、安政三年の末の事であった。

 江戸はようやく落ち着きを取り戻し、柳橋のお座敷にも、ようやく火が灯るようになっていた。

 となると、お華も芸者として働き始める。

 さてこの夜は、日本橋とその近辺の小間物屋店主の寄合であった。

 久々の寄合で、結構の数、旦那連中が来ているので、芸者もお華達三人では足りず、なんと、看護婦のおかよを含め、他の芸者屋の子たちと一緒に、接待する事になっていた。

 本来なら、年嵩のお華が先頭に立って、他の芸者たちを指導する立場なのだが、今回はおみよも居るし、全て任せていた。

 そして、かよには三味線を任せる事にした。

 かよも、そういう手伝いであれば、客とも接しなくて良いから気分も楽で、ただ三味線を弾いてれば良いから、嬉しい様である。

 お華はおかよに、

「先生は何も言わなかった?」

 と聞いたら、おかよは笑顔で、

「お華さんには何も言えないよですって」

 それには、お華もおかよも二人で大笑いだ。

 ただ、まだ、若いおゆきには、

「他の芸者さんたちに恥ずかしいとこ見せない様にするのよ」

 と、一言言ったぐらいで、お華は些かお気楽な気持ちで、客前に座っていた。

 この時彼女には、お金蔵事件の事など、頭の隅にも存在していなかっただろう。 お華は、角席に陣取る旦那衆にお酌しながら、ただ、笑顔で話を聞いていた。

 すると、一人の旦那が、お華の事を知っていた様で、

「太夫。こちらは、あの天災明けて、日本橋に店を開いた旦那だ」

 と紹介した。

 お華はいつもの事なので、

「あらあら。あんな事があった後なのに。それはさぞ大変だったでございましょう」

 と言うと、その男は頭を掻きながら、

「いや~私はつい先頃まで、大坂におったものですから、お江戸の事は全く存じませぬ……従って、全くもって驚いている有様で……」

 笑って、慌ててといった様子で、盃を傾ける。

 一緒の男は、

「この人はね。大坂に修業に出ていて、ようやくこちらに店をもったという、努力のお方だよ。太夫も今後ご贔屓にね」

 と言うので、何の気なしに、お華は、

「それでは、元々、こちらのお人で?」

 問いかけると、その男は、

「いや。私は(しもつけ)()(くに)の生まれでして、商売をやるなら、まず大坂辺りで修業をと思っておりました」

「お店は、日本橋なのですか?」

 その男は笑顔で、

「ええ。信濃屋という名前でございまして、日本橋上槇町に出しております。私は信濃屋治平衛と申すものです」

 お華は微笑み、お酒を注いで、そして頭を下げ、

「私は、お華太夫と申します。今後とも、どうぞよろしくお願い致します」

 愛想良く、挨拶したお華だが、彼女の中では、先程から少々違和感を抱いていた。

 この男の喋り方にである。

 お華は芸者だが、一方では武士の娘である。

 商人と言う割には、言葉が固い。

 これが武士であれば、それほど感じなかっただろうが、話を聞けば、商家で修業したなどと言っているから余計である。

 いや、それよりも何より、下野出身と言いながら小間物屋で信濃屋である。

 いかにもとってつけた様な名で、その点も不審だった。

 ただ、武家を辞めて商人になる者など、この時代、それ程珍しい事ではない。

 だから、この時点でお華は、それ以上、深くは考える積もりは無かった。

 そして、お華は不審の顔色は隠し、

「下野と申しますと、お近くなどには桐生などもございますが、絹などには全く?」

 治平衛は笑って手を振り、

「いや、近くとは言っても、割とありますから」

 お華も笑って、

「不躾なこと申し訳ありません。私はご覧の通り芸者ですのでつい。では、信濃で小間物とは、何かご縁がございまして?」

 治平衛は頷き、

「ええ。良い、簪などがございましてね。もしよろしければ、一度いらして下さい」

 お華は、大喜びの顔を作り、

「はい。是非一度、寄らせて頂きます」

 などと、懸命に作り笑顔を作り、頭を下げる。

 そんな話をした後、おさよを呼び相手を変わった。

 お華は、廊下まで下がり、復旧しつつある外を眺めながら、少し考えていた。

 彼女には、どうもあの治平衛が納得出来なかったからだ。

 この時お華は、ふと江戸城お金蔵の事件が、脳裏をよぎった。

「まさか……」

 お華は、おかよに三味線を他の子に変わらせ、廊下の外に呼び出した。

「どうしたんです? お華さん」

 お華は、おかよに、

「悪いんだけどさ、私に協力してくれる?」

 おかよは、不思議な顔で、

「協力? 一体、何です」

 すると、お華は小さい声で、先程の怪しい客について鑑定を頼んだ。

 おかよは驚き、

「し、調べろと? お武家かどうかですか?」

 お華は頷き、

「私はそうだと踏んでるんだけどさ、やっぱりここは、あなたの経験も聞いてみたいと思ってね。ただ後ろでニコニコして酒を注ぐだけでいいからさ。あの人の言葉なんか、聞いてみて欲しいのよ」

 さすがにおかよもその意図に気づき、

「それって、お取り締まりか何かですか?」

 お華は頭を縦に振り、

「もしかしたら……盗賊かも知れない」

 さすがにそれには、おかよも驚いたが、話を聞けばいいと言うだけだから、元吉原呼び出しの彼女にとっては、造作も無い事である。

「私が後ろから見ているからさ。心配はいらないからね」

 何があっても、お華が身の安全は保障するという事だろう。

 そうとなれば、彼女にもその程度の度胸はある。

 頷きながら笑顔で、

「わかりました、ちょっとやってみますよ」

 お華は手を合わせ、

「ご免ね。よろしく」

 と言って、二人は座敷に戻っていった。

 ところが暫くすると意外に早く、おかよがやって来て、部屋の隅に座っていたお華の肩をポンポンと叩いた。

 二人は直ぐ、廊下に出て襖を閉めた。

 お華は、目をパチクリさせて、

「早かったわね。もう分かったの?」

 勿論、小声で話す。

 おかよは頷き、和やかに、

「あの方は、仰る通りお武家ですよ」

 と、あっさり。

 お華はあまりの早業に驚き、

「そうだった? やっぱり話し方で?」

 しかし、おかよは首を振り、

「ええ、まあ、話し方もそうなんですけど、それよりあのお酒の注がれ方ですぐ分かりました」

「注がれ方?」

 お華は再び驚いた。そして、

「何、お酒を注いだら分かったって事?」

 おかよは頷いて、

「お座敷でお酒を注がれる時、お侍と町人では少し違うんです。お華さんだって知ってるでしょ?」

 ところが、全く分からないお華は、

「いや、まあ確かに、芸者だから何千、何万と酒は注いだとは思うけどさ。そんな事一度も考えた事無かったもん。でもなんで、おかよさん、それが分かるの?」

 その質問には、少々、彼女もはにかんで、

「里……いや、あそこではね。事前に客がどういう人間か分かるように幼い頃から教えられるんですよ。例えば町人のフリした侍なのかとか」

「へ~そうなんだ。そんな事まで……」

 と、お華は感心して聞いている。

 そして、おかよは、

「別に、分かったから直ぐどうこうと言う訳じゃないんですが……。ほら、あそこは、お大名が、たまに普通の侍姿で来る事もありますし、役者は、吉原禁止ですけど商人に化けてくる事もありますからね。事前に知っておいた方が良いと言う事なんです。妙な人であれば、直ぐお役人にお知らせするとか……」

 お華は、大きく頷き、

「なるほどね。あそこは、妙な縛りが多いからね。で、あの旦那はどうだったの?」

 と襖越しに指差す。

 それにはおかよは和やかに、

「普通、商人でも主人になれば、片手で受けたりするんですがね。お酒を過ごすと、なぜか両手で受けたりしだすんですよ。あれは昔の癖が出るんですね~。ですが、お侍は全くの逆。あの方は最初は両手で注がれてましたけど、その内、横柄な受け方になります」

 お華は、本当に感心した。

「そうかなるほどね~。昔の癖か……。言われてみれば分かる様な気がする。本当にありがとう。ごめんなさいね。変な事頼んで」

 おかよは笑って、

「良いんですよ。御役に立てるのなら。あの経験も考え様によっては、意味があることが分かって、私の方が嬉しいですよ」

 二人は、廊下の奥で、笑い合う。



(3)

 

 さて、確信したお華は、翌日の朝。

 一人のつもりで、無事だった両国橋を渡って、伊平の店に向かった。

 おみよから、奇跡的に無事だったと聞かされていたが、周辺はまだまだ潰家が多く、悲惨な状態であった。

 当初、一人で行こうと思っていたのだが、おみよやおゆきも行くと言うので、

柳橋芸者の三人が連れだって行く悲惨な状況の本所は、一種、異様にも映る。

 店に着いたお華は、

「おはよう!」

 と、店の襖を開け入って来た。

 すると、おみよ、おゆきも来てしまったものだから、作業机に向かっていた伊平と、その隣の寛太は、目を大きく開け驚いた。

「お華さん。おみよたちまで……い、いらっしゃいって、一体何なんです?」

 伊平が声を上げる。

 三人は笑っているが、お華が、

「いやね。私一人でと思っていたら、この子達も来るって言うもんだからさ」

 と、含み笑いをしている。

「で、今日は一体? ……ああ、旦那がだいぶ前言っていたあの件ですか?」

 と、伊平がお華に言うが、

「ああ、あれじゃないんだけど……その件で、何か分かった事あるの?」

 と、お華、そして他の二人も框に座る。

 伊平は、首を捻り、

「残念ながら、今はまだ寄合なんぞもしてねえから、まったく。すみませんねぇ」 お華は直ぐ手を振って、

「いや、それは良いのよ。どうせそんな早く分かるとは思ってないから」

 と笑っていると、店の奥から、なんと二人の女が出てきた。

 若い娘と、その母親と思われる年齢の女だったが、そちらの方は、些か足がおぼつかない。

 すると寛太が慌てて頭を下げ、

「姉さん。これは私の母にございます。そして妹にございます」

 それを聞いて、お華も驚いて立ち上がり、

「これはこれは、お初にお目にかかりますお華にございます」

 と深く頭を下げる。

 すると、母と呼ばれた女は、跪き、

「こちらこそお初にございます。お華様。いつもいつも息子がお世話になっていまして、今回は、またこの様な良い所をご紹介頂きまして、誠にありがとうございます」

 と、涙ながらに感謝の言葉を言われ、お華は少々照れてしまう。

「いえいえ。寛太は、亡き蔵前の親分に世話になっていた関係で、その後を継いだ私が、伊平さんにお願いしただけにございます。どうぞ、お気になさらないで下さい。……っていうか、なんで、こちらにいらっしゃるんです? お二人とも」

 すると寛太が恥ずかしそうに、

「あの、師匠が母と妹もこちらで暮らしたらどうかと仰って下さって。そのお言葉に甘えました」

「ほう~」

 と声を上げるお華。

 いや、誰より驚いたのは伊平の孫、おみよであった。

 驚いたおみよは伊平に、

「じいちゃん。本当なの?」

 裏返った声で聞いてしまう。

「そうじゃ。あの地震で、長屋も壊れてしまったと聞いたからな。それなら、こちらでと言う事になったんじゃ」

「へ~」

 おみよは、そんな事に気が回る祖父だとは思っていなかったら、余計に驚いた。 すると、寛太の母親も、

「本当に有り難い事にございます。娘と一緒にどうしようかと思っていたところ、お話を頂きまして、お言葉に甘えました」

 とその娘と一緒に、頭を下げる。

 お華は微笑んで、

「困ったときはお互い様。良いんですよ。このじいちゃんが良いって言うんだったら」

 と大笑いして、

「でもお母様。今が大事。落ち着いて身体を治して下さい。せっかく家族一緒に暮らせるのだから。ほら、おみよ。お布団にお連れして」

 おみよも頷いて、框をあがり、娘と一緒に身体を支え、奥に戻ろうとした時、

「ああ、おみよ。優斎先生にお母さんの具合を見て貰うように、お願いしてあげて。まあ、子供相手が商売だけど、下手な先生に見られるより安心だし、安く見てくれるからね」

「はい」

 と、三人は奥に下がっていった。

 するとお華は、寛太に、

「良かったね寛太。これで、もう何も心配なく仕事ができるってもんじゃない」

「はい。皆さんのおかげです」

 と頭を下げるが、お華は、

「何言ってるの、こうなったら、今度はあなたが意地でも、立派な職人にならなきゃならないって事なのよ。 がんばんなさい」

 とお華に言われ、

「はい」と頷く、寛太。

 端で見ているおゆきも柔らかな笑顔を浮かべる。

 しかし、そこで、

「あ! そうだ!」

 とお華は、思い出した様に声を上げる。

 するとお華は、帯の中に挟んであった、一両小判を取り出し、伊平の前に差し出す。

 ん? と、首を傾げながら言う顔の伊平に、お華は、

「実はね、今日はじいちゃんに頼み事があって来たのよ」

「なるほど」と言って、伊平は笑みを浮かべ頷いた。

「あのね」と、お華は今晩のお座敷の様子と、用件を話す。

 そして、

「ねえ。信濃って、簪の名産地なの? わたしゃ今まで聞いた事無いんだけどさ」 それには伊平も笑い、

「それはあっしも聞いた事ありませんよ。だいたい、簪なんて職人の作り物だし、ほら」

 とお華の頭に刺している簪を指差し、

「こんなもの、名産ではとても売れませんからねぇ」

 などと、お華と一緒に大笑いする。

 そして、

「でね。まだ、どう怪しいとか、何も分かっていないんだけどさ。いつでも良いから、日本橋の信濃屋って言う所に行って、簪とか、見てきてくれないかな。私はもう顔がバレちゃってるからさ」

「ふ~ん。そういう事ですか」

 するとお華は、

「だってさ、いくら信濃の簪に感動したからって、あの地震の後で、しかも日本橋で新たに開店するなんてどうしても信じられなくてさ。今から思うと、もしかしたら一味なんじゃないかなってさ」

 伊平はうんうんと頷く、

「確かに話だけ聞けば、あっしも信じられませんな」

「だからね、じいちゃん。一度行って、見てきて欲しいのよ。果たしてそれほどの物かどうか。それでもし、そこの旦那の言う通り、立派な物だったら、二本ぐらい買ってきて、あのお母さんと妹さんに買ってあげて。でも、私の思う通りだったら、私の簪代にして、余りは、あの人達に菓子でも買ってあげて欲しいのよ」

 それには、寛太が恐縮して、

「いや、姉さん。そんな事まで」

 と言うのだが、お華は少し厳しい顔で、

「本来は、あなたが母さんに最初に作ってあげなきゃならないのよ。もし、じいちゃんが簪買ってきたら、それをお手本に、早く作ってあげて喜んで貰いなさい! いいね!」

 その勢いには、寛太も途端に頭を下げるが、伊平は、

「お華さん。そんな事言っても、どうせ偽物だと思ってるんでしょ?」

 さすがにそれにはお華も笑って、

「はは。まあね。結局この」

 と言って、自分の簪を指差し、

「簪を学んで、早く作れるようになりなさいって事よ。私も困るからね」

 二人とも大笑いとなった。



(4) 


 お華が、伊平に頼んだ一件は、二日後には判明した。

 寛太が、お華の屋敷に走り込んできたのだ。

 廊下際でお茶を飲んでいたお華は笑顔で迎える。

 お華の顔を見た、寛太は、

「お華さん! お伝えします。お華さんの言う通りだったそうです。あれなら神田辺りで、幾らでも買えると言ってました」

「やっぱり、そうだった」

 とお華は、微妙な微笑みを浮かべる。

 すると寛太は、

「でね。その店。娘と小僧がいるだけの店で、主人は姿を見せず、売りたいんだがどうだか分かんねえ店だって言ってましたよ」

 と言いながら、懐からお華の簪を布に包んだ物をお華の前に出して、

「お陰で、日本橋の羊羹をおっかあと一緒に頂きました。ありがとうございました」

 と頭を下げる。

「結局この簪代になったって訳ね。まあ、こっちも早速これを使う事になるかな」

 などと笑う。

 

 寛太を見送ったお華は、今度は岡っ引きの親分、平次の所に一人で向かった。

 お華の突然の訪問に、平次も恐縮して、

「すみません。いま女房がいませんで、何のお構いも出来なくて……」

 と恐縮する平次だが、お華は笑顔で、框に腰を下ろす。

 そしてお華は、

「あのね。平次さん」

「へい」

 と、慣れないお茶を入れて差し出し、平次も前に座る。

「実はお願いがあるのよ」

 お華は、例の小間物屋主人の探索を頼んだ。

「お嬢さん。それは旦那にも内密ですか?」

 それには首を振り、

「いいえ。折を見て言っといていいわよ。ただね。あまり大ぴらにやらないで欲しいのよ。知ってるでしょ、あのお金蔵の一件」

 平次は頷いて、

「ええ。今、一生懸命、両替商を洗ってるんですが、一向に……」

「うん。今はそちらより、その日本橋の旦那を洗って欲しいのよ。私が思うに、どうも本当の商人ではなくて、実は侍だと思うのよ」

「ほう~。それは、金蔵の件と繋がってきますので?」

 それにはお華も、

「ちょっとね」

 と少し笑って、

「あれには、絶対に、侍が絡んでいる筈だと思っているから、どうも妖しく感じるのよ。大体、あの地震騒ぎがあったすぐ後に、すぐ新しい店を立ち上げられるなんてどうもね」

「なるほど」

 と平次も、腕を組んで天井を見上げる。

 しかしお華は、

「でもね。まだ妖しいって段階だから、向こうには気づかれたく無いのよ。せめて、共犯の奴なんかが一人でも出てくればいいけど、今ではね。それに相手は侍。下手すると危ない事になるかも知れないからさ、つかず離れずって感じでね」

 平次は、大きく頷き、

「わかりやした。腕利きの下っぴきを二三使って、やりやす」

 とその言葉を受けて、

「よろしくね」

 一瞬微笑んだ後、お華は、

「平次さん。本当に、くれぐれも無理はしないで頂戴ね。当然、向こうも必死だから」

 それには平次も笑って、

「ご心配なく。そこら辺は充分、気を付けますんで」

 頭を下げる。

 するとお華は頷いて、畳に一両をそっと置き、直ぐ立ち去っていった。

 平次がその一両に気づくのは、お華が居なくなった後だった。


 その三日後の夕刻。

 さすが浩太郎が信頼する平次は、早くも信濃屋治平衛について調べを終わらせていた。

 その結果を報告に、お華の屋敷に向かったが、屋敷ではおゆきが、

「ああ、お姉さんなら、八丁堀に行きましたよ~」

 と笑顔で答える。

 平次は、「残念」と一言。

 おゆきに礼を言って、早速、八丁堀に向かって走り出した。

 しかし、その時平次は、既に妙な男に付けられている事に気づいていなかった。

 お玉が池から、八丁堀までは、橋回りで殆ど一直線。

 急ぐ平次だったが、八丁堀の堀近くに差し掛かった時だった。

 何やら追いかけてくる草履の音に、平次にもようやく気が付いた。

 しかし、彼も数々の刃をくぐり抜けてきた男。

 ここで立ち止まるのはマズイと敏感に察した。

 急ぎ足で、浩太郎の屋敷に向かったが、角を曲がった所で、とうとう追い付かれてしまった。

 そして直ぐさまその男は、いきなり上段から刀を振り下ろした。

 しかし、平次もその攻撃は予想していたので、微妙に身体を捻り、直撃は避けたものの、肩口を浅手ながら斬られてしまい。前方に倒れ込んだ。

 そして、その浪人らしき男は、更に迫って来て、上から刀を突き刺そうとしたその時。平次は、

「これはいけねえ……」

 と、両目を瞑った。

 ところが、その時突然。違った方向から、

「これ! 何をしているの!」

 と、突き刺すような、大きな女の鋭い声が飛んだ。

 浪人は一瞬驚いたが、迫って来たのが女だと分かり、片頬を上げ、

「なんじゃ女か! それならお前が先じゃ!」

 と方向を変え、今度はその女に斬り掛かった。

 ところが、その女は「ふん」と言いながら、何とも恐ろしい笑みを浮かべたと思うや、素早く身体を落として右に飛び、抜き打ちで背中から小太刀が、夕闇の町の光を反射させながら振り下ろす刀より数段早く、その男の右足を切り放った。

 途端に、男の悲鳴とも言える声が上がる。

 そしてその女は、一瞬振り向き、

「あんた! 大丈夫?」

 と声を掛けたかと思ったら、再び侍に突っ込んで行った。

 あまりの早さと強さに驚愕したその侍は、これ以上は危険と判断したのだろう。

 逆に、斬られた痛さに耐えながら、思い切り後ろに下がり、掘際から水に飛び降りて、泳いで逃げてしまった。

 それを確認し立ち止まり、刀を納めて、ふ~と息を付く女。

 そして平次に近づくと、驚きの顔で声を上げる。

「平次さんじゃないの! 一体、どうしたの?」

 おさよもようやく誰だか気が付いた様だ。慌てて、側に腰を下ろす。

 平次は、傷の事も忘れ、何とも言えない顔で笑いながら、

「お、奥様じゃないですか。どうして、こんな所に?」

 むしろそちらの方に驚いている様だ。

 おさよは笑って、

「あのね。子供達が世話になった方のお家に、お届け物があったから、行ってた帰りなんだけど、いきなり目の前で町人らしき人が斬られそうだったからさ」

 さすがに平次は済まなそうな顔で、

「これは申し訳ありません。あっしもまだまだで。しかし、相変わらず奥様も凄いですね~。あっという間に」

 それにはおさよも笑いながら、平次の肩の傷を見ている。

「それより、こんな所に居るって事は、旦那様に用事があるんでしょ。肩も浅手の様だから、直ぐ行きましょ」

 

 その時お華も浩太郎の屋敷にいて、小春、新之助と遊びながらあやしていた。

 すると、平次とおさよが突然、庭から現れたので、お華が、

「あ、姉上、それに平次さんどうしたの?」

 と、浩太郎も新之助を膝に座らせながら、驚いている。

 平次は、庭先に膝をつき、

「へい。お華さんにご報告と、やって来たのですが、襲われてしまいまして……」

 それには、二人とも更に驚愕した顔で、おさよに顔を向ける。

 おさよは、まず端に座っていたおきみに、医療道具を持って来るように指示を出したから、浩太郎が慌てて、

「斬られたのか!」

 と叫ぶ様に言ったが、おさよが、

「大丈夫だと思う。肩口に浅手よ」

 それを聞いたお華が慌てて、小春を放り出して、平次に手を貸してやり上に登らせる。

 そして、お華は、

「あんた、まさか?」

 と少々厳しい声で聞くと、平次も、それには申し訳無さそうに、

「面目ない」

 と悲しそうに頭を下げる。

「まったく、だから言ったのに!」

 お華は怒って言ったものの、おさよの顔を見て、

「そんな時に姉上とはね。手先の危ない所に、同心の奥方に助けられたってのも、おかしな話ね~」

 お華は微笑む。

 それには、浩太郎も笑顔で、「まったくだ」と頷いている。

 平次も、恥ずかしそうな顔で、おきみに肩の治療を受けながら改めて、

「お華さま。やはりお見立て道理にございました」

 お華は笑い、

「そうやって襲われるんだから、言うまでも無いわね」

 すると浩太郎が、

「そうだ。話はお華から聞いていたが、斬られる様じゃ、相当な話なんだろうな」

 それには、平次も大きく頷き、

「お華様が仰ってた、あの日本橋の治平衛って男は、やはり侍でした。それがまた驚くじゃありませんか、その男。元、田安家の小人だったって話です」

「え? 田安様!」

 さすがに田安という名前には、お華、浩太郎も驚きに驚いた。

 お華が、

「田安様って、あの田安様? 御三卿じゃない! しかも上様のご実家」

 浩太郎は、首を捻って、

「あ~あ、また厄介な所が出てきちまったな~」

 と難しい顔をするが、お華は、

「何言ってるんです。これで全て筋が通りましたよ。門鑑も北詰橋門も御金蔵の事も全て繋がりました」

 それにはおさよも、

「そうねえ。華ちゃんが言ってた、堀も、あんな近いところにいるんだったら、そりゃすぐ考えつくわね」

 お華も大きく頷くと、平次が、

「日本橋のあの店も、小間物屋なんて表向きで、諸方に金貸しをやってる様です。そして、さっきの侍みたいな浪人物も何人か、飼っている様です」

 それにはお華が怒って、

「それが分かってたら気を付けなきゃ駄目でしょ!」

 と逆に叱られてしまい、平次は肩に包帯巻いて謝っている。

「ま、でも、それぐらいで済んでよかったわ。あとはもう一枚ね」

 それには浩太郎が、

「そうだな。田安家が関わっているとなると、いい加減な事は出来ないからな」

「そうよ。これまでならこれで捕まえて、牢問(拷問)して、吐かせていただろうけど、それじゃやっぱり足りないわ。ねえ、兄上?」

「なんだ」

「佐久間様にお願いした、お通達の件、すでに終わってるのよね」

「ああ」

「じゃ、それが上手く行けば、全て終わりね」

「そうだな。現物持っていたら、逃げ様がないからな」

 すると、平次は、

「あの男、時々、店をほっぽり出して、一人で下野の国に行ったりしてんですよ」

 それを聞いたお華は、また怒り出し、

「そんな所まで着いて行ったの? 見つかったら殺されちゃうじゃない!」

 また平次を叱りつける。平次は、頭に手をやり、

「すみません……」

 と、謝っているが、おさよが、

「まあ、良いじゃない。こうして無事だったんだし」

 しかし、お華は、

「何言ってんの姉上。だから深くまでは調べなくて良いって言ったのよ。結局、八丁堀になっただけよ!」

 とは言ったものの、

「まあ、姉上に見つかっちゃうからね。あっちもツキが無くなったって事かな」

 などと笑い、

「で、下野であいつは何やってたの?」

 と平次に聞くと、平次は片頬を上げて、

「お華様に近づくなって言われてましたから、詳しくはわからないんですけど」」

少し笑いながら、

「あれは、実家なんですかね。一人で山の中に入って行っちまったんですよ。それがこれまで期間を空けて何回も」

 浩太郎は、腕を組んで、う~んと唸るが、お華は、

「それはたぶん。小判を作り替えてるのよ」

 とあっさり答える。

 浩太郎とおさよは驚いて、

「作り替えてるって何なの? お華ちゃん」

 お華は頷いて、

「優斎先生に聞いたんだけど、小判みたいな鉄は、土の中に埋めて、暫くすると錆びてくるんだって。先生にね。新しい小判を、どうやって普通に使える様になるか聞いていたのよ。あのままじゃ江戸では下手すると、人の目に留まってしまう。一回、土の中にそのまま入れとくんじゃないかって、言ってたの。彼奴らは、江戸じゃ危険だから、故郷に行って安心な所に、埋めとこうと思ったんじゃないかしら」

 それには、三人ともなるほどと、大きく頷いた。

 お華は、お茶を一口飲み、

「私はね。この件。こうなったら、きっちり方を付けたいのよ。牢問なんかじゃなく、相手が頭で来るなら、こっちも頭でってね」

 それには浩太郎も大きく頷き、

「そうだな。奉行所を馬鹿にされたまま、終わらせる訳にゃいかないからな」

 と、こちらも茶を飲み、庭に目を向ける。



(5)


 まだまだ日が掛かるだろうなと思っていたのだが、意外と早く、お華に浩太郎から呼び出しがあった。

 奉行所に行ってみると、佐久間と浩太郎が待っていた。

 すると、佐久間が満面の笑顔で、

「おい、お華! お前の言う通り捕まったぞ!」

 と開口一番、言い放った。

 お華は、目を大きくして、

「まさか、あの件で?」

 佐久間は大きく頷き、

「そうじゃ。妖しい奴が、加賀の金沢で捕まったと知らせがあったのだ」

「加賀ですか。そりゃまた遠くに居ましたね。どういう訳です?」

 すると、佐久間は書状を取り出し、浩太郎に渡し、

「見てみよ」

 と言うので、お華がそれを受け取り読んでみた。


 その男、名前は富蔵。

 富蔵は、博打場で大負けし、負け代を真新しい小判を使い、そして宿場でも小判を渡し、遊興していたとの事。

 受け取った宿場の女将が、金ぴかの小判を支払いに使うなど、あまりに不自然だった為、当地の奉行所に届け出た所、既に再度の佐久間、いや健二郎の知らせを受けていた取り方に捕まったようだ。

 どうもその男、「まだまだ、お宝はお江戸の水の中に隠してあるんだ!」などと酔っ払って女中に言い放っていたものだから、余計に怪しまれ、動き出す切っ掛けになったらしい。


「やっぱり、我慢出来なくなったんですね」

「そうじゃ。しかし、水の中ってなんだ?」

 それにはお華も少々考えて、「あっ」と手を叩く。

「佐久間様。もしかしたら、お堀の中にあるんじゃないでしょうか。多分、一箱、落としてしまったんじゃないでしょうか? この富蔵って男、こちらに送られてくるんですか?」

 佐久間は頷き、

「既に出発している様じゃ。あと二日もあれば着くじゃろう」

 その、到着したその富蔵は、早速、浩太郎の手で厳しく詮議された。

 まずは、その水の中のお宝という件だ。

富蔵は、長旅の疲れもあったのか、意外と早く白状した。

 お華の推察通り、田安家横の堀の中に沈められている様だった。

 後の調べは佐久間に任せ、浩太郎とお華、そして見習いの早坂徳之介他、小者など数名は、早速、数人で白状した場所に行った。

 内堀にはいくつかの番所が設置されているが、ちょうどその真ん中に、何かで石垣を引っ掻いた傷をお華が見つけた。

「ここよ! 恐らくここから真っ直ぐ。その途中に沈んでる筈よ!」

 と大声で言うのだが、そうは言っても簡単な事では無い。

 誰かが水の中に入らないとならない。

 となると、当然、同心見習いの早坂であった。

 しかし、まだ寒い、この三月の時期。寒中水泳をやれというのに等しい。

 お華は、堪らず笑いを堪えている。

 早坂は、悲しい顔で、

「やっぱり、私ですか?」

 と文句を言ってるが、お華は厳しい顔を無理矢理作り、

「仕方無いでしょ。お上の大切なお宝だもん。でもさ、もしかしたらこの働きで、見習いが消えるかも知れないよ、とくぼん。小さい時から、水潜るの好きだったでしょ」

 と、無責任に言うのだが、

「何言ってるんですか、ありゃ、いつもお華さんに、川にすっ飛ばされたからでしょ。別に好きじゃありませんでしたよ」

 などとプンプン怒っているが、さすがにお金蔵の金箱。立場上、早坂しかいないから、彼はいやいやながら着物を脱いでいる。

「佐久間様に言っといてあげるから、ちゃんと探すのよ。ねえ、兄上」

 浩太郎も少々笑い気味で、

「俺からもお願いしといてやるから、頑張って見つけて来い」

 結局、飛び込む早坂だが、やはりまだ水は冷たい様で、

「ひえ~」と悲鳴を上げている。

 しかし、それでも彼は、視野の殆ど無い堀水に、頭から浸かり手探しで探索する。

 お華もそれを見て、多少気の毒にはなったものの、眉を寄せて眺めている。

 そして暫くすると、ようやく彼は見つけた様だ。

 三間先あたりから、水の中から手と顔を上げ嬉しそうに、

「ありました! 二千両箱!」

 と声を上げた。

 浩太郎とお華は、爆笑しながら手を叩いている。

 しかし、浩太郎は、

「おいおい、それは二千両箱だから、持ち上げようとすると溺れるぞ!」

 と言いながら、他の、これも些か笑って見ていた小者達に、用意の引き寄せ道具を持って来る様命じた。

 お華も、久々に心の底から大笑いして、喜んでいる。


 お華達三人は、早速、それを運んで、佐久間の前に進んだ。

「やったか?」

 浩太郎は、大きく頷き、

「はい。新品の、小判や小銭、まだ数えておりませんが、確かに入っておりました」

 佐久間も、さぞ安心したと見えて、大きな溜め息を吐く。

 前の二人は、笑顔で並んでいるが、少し下がって、布団を被って震えている早坂は、どうも風邪を引いてしまった様で、しきりにくしゃみをしている。

 お華は、佐久間に、

「これは、とくぼんいや、早坂殿が、お上の為、寒い中でお堀に入っての事にございます。言ってみれば、これはかなりの手柄に存じます。どうか次期、見習いから本役への昇進。お願い出来ませんでしょうか」

 すると、浩太郎も、

「そうです。この男は同心としての基本は出来ていますので、もう良い時期かと、私も思います。是非、今回の事も含め、お願い出来ませんでしょうか」

 と、二人とも頭を下げ、くしゃみをしながらも、早坂も慌てて頭を下げる。

 佐久間も笑って、

「あい分かった。わしの方から上の方々、そしてお奉行にも伝えよう」

 それには、お華がキャーっと両手を挙げて喜び、

「やったね~とくぼん!」

 早坂も、笑いながら頭を下げ、喜んでいる。

 すると浩太郎が、

「よし。早坂。今日はもういいから。家に帰り、暖かくして早く寝ろ。折角の朗報ご両親にも伝えねば。とは言っても風邪引いて、病気になったら台無しだからな」

 それには、佐久間も頷き、

「そうじゃ。身体を大事にせよ」

 などの言葉を受け、早坂は、被っている布団を引き摺りながら、部屋を出て行った。

 さて、それを見送ると、浩太郎が、

「佐久間様、その後、彼奴は素直に吐きましたか?」

「おう。全てはお華が言ってた通りだった。彼奴もしばらくは、小銭のみで旅をしていた様だが、使い果たしてしまった様での、結局、今回の事態になってしまったようじゃ」

 それを聞き、お華が小悪魔の様な顔で、

「それでは佐久間様。駒は全て揃ったと?」

 些か、妖艶な笑顔で聞くと、

 佐久間も笑って、

「お華らしい言い方じゃな。そうじゃ。駒は全部揃った! あとは捕まえるだけじゃ!」

「はい!」

 二人は、長く掛かったこの一件がようやく、千秋楽と思っているようだ。

 すると佐久間は、

「これは、全て北が仕切る。悪いがお華。お前にも一働きして貰いたい」

 それにはお華も微笑み頭を下げようとすると、浩太郎が、

「佐久間様。こいつは一働きどころか、下手すると全てやってしまいますけど、それで宜しいので?」

 それには佐久間も大笑いしたが、

「いいさ。お華もいれば、他の連中も安心するだろうからな。やらしてやれ」

 するとお華は、

「まあ、兄上にも、少しは働けるように取り計らいますよ」

 それには浩太郎が不満な顔で、

「お前は、大奥のお年寄りか! 偉そうに」

 しかし、三人は大笑いした。



(6)


 もう日が暮れかかろうという日本橋。

 信濃屋の周りには既に、北町奉行所の取り方の者達が取り囲んで居た。

 お華は、腕を手拭いで縛って横に立つ、平次に、

「それじゃ、大変だろうけど、あんたをやった奴は、あんたがお縄を掛けるのよ。あの時の敵討ちってとこね」

 平次は笑って、おもむろに手拭いを取り去って、

「お任せ下さい、お華様!」

 と彼も、これからの事に緊張しながらも、幾分嬉しそうだ。

 すると、浩太郎が合図を送ると、表から裏まで、一斉に高提灯が上がった。

 近所の商店は、暮れ六つ過ぎているので、店は閉まっているが気が付いた様だ。 ざわめきは異様な緊張感に包まれ、表には一切出て来ないが、二階あたりから幾人か外を覗いている。

 であれば、当然中の信濃屋の連中も、妙な殺気に気付いていただろう。

 浩太郎が、店の表をドンドンと叩き、

「北町奉行所である。中の者! おとなしく出て参れ!」

 と叫んだが、沈黙のままである。

 しかし、お華が、

「出て来るよ!」

 と叫ぶと、信濃屋に居たと思われる浪人連中と、その頭、藤岡藤十郎が、自分から戸を蹴破って現れた。


 二間ほど下がっていた浩太郎が、

「素直にお縄につけ!」

 と言い放ったが、藤岡は仲間連中に、

「何とか、血路を開け!」

 こちらも悲しげな、怒声をあげる。

 すると、身軽そうな侍が二人、早速柱を上って、上から逃げようとするが、そんな事、お華が許す訳が無い。

 素早く簪を二本発射し、二階で見ている商家の者達の目の前で、その男二人の腿に、ザックリと刺さり、その者達は足を滑らせ、下に真っ逆さまだ。

 それを捕り方は、猛然と走り込み、衝く棒を振り上げて叩きのめす。

 他の五人程度の侍は刀を振り上げ、正面の浩太郎目掛け、突き進んでいく。

 しかしその時、既にお華の演舞が始まっていた。

 合計十二本。いつもの様に轟音を上げ、男達に襲いかかる。

 今回は、髷などは狙わない。

 まず、それぞれ刀を持つ手に、一斉に突き刺さっていき、持っていた刀は円を描き、上に跳ね上げられた。

 そして再び、肩、腕、足に正確に刺さっていく。

 同時に、浩太郎は珍しく小太刀を抜き、それらの左右に低い態勢で飛んでいく。

 まるで、おさよの様に、次々、男達の太股を切り裂いていく。

 すると、お華は走り出し、横の通路から逃げようとする浪人達にも、背中目掛け、簪を打ち放つ。

 それも男達の足に当たっていく。

 これも同じ様、待機していた捕り方にさんざん打ちのめされた。

 すると一人、声を上げて待機している平次に打ちかかっていく侍がいた。

 足を引き摺っているから、どうもあの時の男の様だった。

 お華はこれを撃とうしたが、平次は十手を上げて止め、落ち着いた様子で、振り下ろす刀を宙に跳ね返し、跳ね上げた十手をそのまま、力強く首筋に叩き付ける。

 そして間を置かず、素早く平次は縄を取り出し、あっという間に締め上げた。


 そして残ったのは頭と思われる、藤岡藤十郎、一人。

 お華は呆れた顔で、

「まったく、あんたは鼠ばりの盗賊だと思っていたのに、この様かい! 鼠でさえ囲まれたら、潔くお縄に掛かるんだよ。しかも武士のくせに情けない!」

 と、珍しく怒鳴りつけた。

 藤十郎は、この様な事を言われて腹が立ったのだろう。

「やかましい!」

 と、勢いよく刀を抜き、お華に斬り掛かるべく、突っ込んだ。

 当然ながら、お華の手には、既に六本の簪が用意されている。

 今度は回る事もせず、無表情のまま、身体の前で、十字に描く様に振り払った。

 それは藤十郎の動きを止め、髷の辺りから、血が夜空に、勢いよく吹き上がった。

 さらに二本は、藤十郎の耳を無残に突き通し、一本は腹の辺りを裂き、そして二本は両腿に見事に突き刺さった。

 切り裂かれた腹からは、夜の仄かな光を反射させながら、金ピカの小判が音を立てて散乱した。

 そして、浩太郎は既に背後に回っており、背中、首筋を小太刀の峰で叩きのめした。

 藤岡は、辺りに散らばった小判の上に倒れていった。

 そのあまりにも鮮やかな光景は、薄闇の中でも見物衆の目にもハッキリとわかったらしく、お華の頭上から、大きな拍手と歓声が上がった。

  

 捕り物は終わった。

 その後の捜索で、信濃屋の地下から、やはり二千両箱二つが見つかった。

 金庫破りが捕まったという報は、直ぐさま江戸城にも広まった。

 大奥の滝山も大喜びであった。何とか辻褄が合ったからだろう。

 またその頃、目付の小栗上野介は、目付部屋で今後のアメリカとの交渉に頭を悩ましていた所だったが、同僚の若い目付がそんなところに飛び込んできて、

「小栗様、あの奥の御金蔵破りが捕まったそうにございますよ!」

 何故だか分からないが、わざわざ彼は知らせに飛び込んできた。

 もっとも、小栗はそれどころでは無かったのだが、事が事だから、どうでも良いと言う訳にもいかず、

「ほう! 奉行所が捕らえたのかい?」

 と、調子を合わせて聞くと、

「ええ。まあそうなんですけど、ところがおかしな事に、どうも北町手先の女が捕まえた様にございますよ」

 彼は首を捻って、不思議そうに答える。

「女? して、その名は何という?」

「ええ、確か、お華と……」

 その名前には、さすがに小栗も大笑いした。

 その若者は不思議そうに、

「小栗様、ご存じで」

 彼は腹を押さえて、

「その女は、あのぺりー一行さえ助けた女だ。あいつに掛かったら、勝ち目はあるまい」

 と、まだ笑っているが、彼はペリー一行を助けた女と聞き、驚愕の顔だ。

 小栗は、何回も頷き、

「そうか。あいつも働いてるんなら、わしも気合い入れんとな」

 と、笑顔で再び書状に没頭する。

 もちろん、その知らせを聞いた、伊賀の三蔵や大奥のるい、それぞれも和やかな顔だ。


 数日たち、安政四年五月十四日の昼間の事である。

 浩太郎は一人、お華の屋敷に寄った。

 廊下で、お茶を飲んでたお華は、彼に気付き、

「あら、兄上。どうなされたの」

「おう、見廻りの途中だ」

 するとお華は、

「ちょうど良かった。そっちに行こうと思ってたのよ」

 浩太郎は刀を鞘ごと抜き、廊下に腰を掛け、

「ん? なんだ?」

 お華は立ち上がり、

「ちょっと待ってて」

 とお華は、自分の部屋に向かう。途中で、おゆきに浩太郎への茶を頼むと、部屋に入り、二つ包みを持って再び現れた。

「悪いな、おゆき」

 浩太郎がおゆきに言うと、彼女はいえいえと笑顔で下がって行く。

 戻って来たお華が、

「あのね。一昨日、大奥の滝山様に例の件、ご報告に行ったのよ」

 浩太郎は大きく頷き、

「おうおう、どうだった? ご機嫌は?」

 それにはお華も笑い、

「ご機嫌もご機嫌。機嫌良くお褒め頂いたわ」

 浩太郎も笑顔になり、

「そうか、そうか。それは良かった」

「これで負い目が無くなったって。そりゃお喜びよ~」

 それには浩太郎も笑わずにはいられない。

 そしてお華は、

「でね。滝山様、いえ大奥からご褒美を頂戴したのよ」

 その言葉には浩太郎も驚いた。

 お華は包みの一つを浩太郎に渡す。包みの上から触った感じですぐ、

「こ、これは、小判か?」

 お華は頷き、

「今回の事、誠に祝着である。上様もえらくお喜びである。とは言ってたけど、上様は多分知らないと思うんだけどね」

 と笑って、

「二十両あるわ」

 浩太郎の身分では、1年分程度の収入にはなる。

 さすがに浩太郎は、

「いいのか?」

 お華は笑い、もう一つ包みを出し、

「良いんじゃ無い。どうせ大奥の金だし。あ、それでね、こっちは佐久間様へ。兄上からお届けしてくれない? ちなみにそっちは三十両」

 浩太郎は大いに頷き、

「うん。承知した。これは誠にありがたい」

 お華は、和やかに、

「まあ、健ちゃんにもハッパ掛けちゃったし、二人分って事ね。んで、本所の爺さんと、平次さんには、前金で渡してあるから、気にしなくても良いわよ」

 浩太郎は、少し頭を捻って、

「んで、お前は」

 お華は即座に、

「そりゃ五十よ」

 浩太郎は大笑いして、

「お前も悪党だな」

 お華は、浩太郎の腿をピシッと叩き、

「なに言ってるの。うちはあの……」

 と庭で遊んでいる子供達を指差し、

「産んでもいないのに子供は増えるし、居候も増えたんだから、ほんと助かるわよ。一時はどうしようかと心配してたんだから……」

 浩太郎は、

「まあ、そうだな」

と、大笑いだ。


 すると、浩太郎は話を変えた。

「あのな、例の金蔵破り。昨日。磔になったよ」

 と、静かな声で語りかけた。

 お華も何とも言えぬ顔で、

「やっぱり。そうなりましたか」

 こちらも特に大きくも無い言葉である。

 それには、浩太郎が少々笑いながら、

「おい。あんまり嬉しそうじゃねえな」

 と言うと、お華は手を振り、

「さすがにお城のお金蔵だもん。捕まっちまったらどうなるか想像出来るけど、何だか詰まらない終わり方だなって……」

 それには、浩太郎も小さく頷き、

「ま、確かにそうかも知れんな」

 と言ったが、続けて、

「しかし、お前あの時、相当怒ってたな」

 日本橋での捕り物についてである。

 お華は急須を取って、浩太郎にお茶を足し、また自分の湯飲みにも入れると、

「あれは、怒ったというよりは、何だか悔しくて」

 浩太郎は、少し頭を傾け、

「悔しい? 何がだ」

 するとお華は、

「だってさ、実のところ、あの盗み取った手口は、密かに感心しててたのよ。亡くなった父上の頃の鼠小僧の時の様な、戦いになるのかなって思ってたの。何となく父上と、鼠ごっこの続きをやってる気にもなってたんだけど、結局、簪投げる事になっちゃったし、何だか父上に負けちゃったなと思ってね」

 浩太郎はさすがに驚いた顔で、

「なんだ。お前、そんな事考えてたのか」

 と、大笑いする。

 お華は、小さく頷いて、

「だって、子供の頃。父上があれ程言ってた鼠だからさ。私が代わりにってね」

 それには浩太郎が、

「なるほど、確かに鼠が捕まった時は、囲まれた時点で素直に膝着いて、両手を差し出していたそうだからな。彼奴とは相当違う」

「そうそう。そこよ。どうせ死ぬか逃げ切るかしかないし、鼠よりも取った金額も多いんだから、捕まってしまうなら、同じ様に素直に捕まる方が粋だもん」

 浩太郎はうんうんと頷き、

「鼠が引き回された時は、お上の仕置きなのに、集まった民衆は大歓声だったそうだからな。悪人とはいえ、その潔さが心を打ったのかも知れない」

「父上も、義賊なんて嘘だが、あれはあれで立派な奴だったって。旗本・大名を手玉に取るなんざ、良い度胸だが、浩太郎はそういう奴捕まえる事できるかな~とか言うから、私が手伝うから大丈夫と言っといたよ」

 浩太郎は「なんだと」と驚いたが、結局、腹を抱えて笑い出した。

 お華は、お茶を飲みながら、

「鼠は、泥棒にもかかわらず、回向院の墓には手を合わせる人も多いし、芝居にもなっちゃうでしょ。あれは、未来まで続くと思うよ。でも今回の彼奴らは、どうだろうな。後々まで名前を残すまでは行かないだろうな……」

 浩太郎は頷いて、

「そう。むしろ加賀に逃げた奴の方が、鼠らしかったよ。引き回される時も笑顔だったし、いざという時には、(御見物の皆様! どうかお題目! お頼み申し上げます)なんて威勢良く言ってたらしいが、もう一人は青い顔で黙って震えていたそうだ。どちらかというと、あっちの方が芝居じみてたぜ」

「へ~」

 と、お華には意外な最後を聞き、笑いながら庭に目をやる。

「まあ、盗賊であっても後の世に名を残すってのは大事なんだね~」

 浩太郎は、遊んでいる子供達に目をやり、

「確かにな」

 と、笑みをこぼす。


~つづく~


 今回もお読み頂き、ありがとうございます。


 さて、順番が前後しましたが、ようやく金庫破りがお縄になりました。

 お華は色々策を巡らせておりましたが、実際にも盗賊は加賀で捕まっており、当時の奉行所っていうのも大したものだなと思いながら書いていました。


 私としては、鼠というよりは「ルパン三世」をモデルにと考えていましたが、全くそうなりませんでした(笑)

 お華も言ってましたが、次郎吉は、頭部が両国、身体は南千住の回向院に葬られていると言われていますが、どうなんでしょうね。

 そもそも、寺に葬る事自体、よく良く許されたもんだと思っています。

 鼠小僧次郎吉は、小塚原で処刑されてますが、処刑された者は原則として埋葬は許されていません。

 遺体はその辺に放置され、せいぜい軽く土を振りかけられるぐらいですから。

 もっとも、血縁者など関係者は、そこの係の者に金を掴ませれば、内緒で引き取る事は可能だった様ですが、それも極内密に戒名の無い墓に葬る事が出来るぐらいです。

 ですから今でも、あの辺(小塚原)を掘り返したら、まだまだ遺骨が出てくるんじゃないかな。

 有名な話ですが、両国の方は博打のお守りだって、墓を削られまくり、あまりの人気で、今では二代目の墓石になっているらしいのですが、私が不思議なのは、彼は、別に博打は強く無かったと思うんですけど、お守りになるんでしょうかね(笑)


 でも、たった一人で、不殺で武家屋敷から、金意外には目もくれず(足がつくから)、盗んだ合計三千両。

 三人いた妾などには、当分の家賃を支払っておき、そして離縁状も事前に渡していたそうです。要するに、縁坐がかからないようにとの配慮です。

 義賊では無いにしても、魅力のある男だったと思っています。

 

 それでは、今回もお読み頂きありがとうございました。

 では、次回もよろしくお願い申し上げます。

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