⑬Oh!Ohana
(1)
この日は、おゆきの初お座敷の日であった。
そのお座敷には、当然のようにお華が一緒に出て、おみよは後ろに控え、
おゆきを見守っている。
もっとも、おゆきはまだ下地っ子。
つまり見習いで、年も十才を過ぎたばかり。
今で言えば小学生五、六年生程度の子供だ。
しかし、この時代はその様な事は何の意味も無い。
彼女はこれでもって、これから一人で生きて行かねばならないからだ。
とは言っても、技もまだまだ未熟であるから、お華とおみよが手助けしながらではあったが、特に問題も無く、ようやくそのお座敷は終わった。
今日のお客は、お華もよく知っている商店の主だったし、初顔の子という事で満足して帰っていった。
それらを店先で三人見送り、今日はおしまい。
三人で帰宅の途につく。
途中、おゆきが、
「お華姉さん。あれで良かったでしょうか?」
と心配そうに聞く。
お華が笑顔で、
「まあ、最初はあんなもんよ。サブちゃん相手に稽古しただけあって、お客様に失礼無く出来ただけ充分よ」
しかし、おゆきは、
「そうですかぁ~、でも、姉さんみたいにお話とか出来なかったし……」
些か、落胆している。
するとお華は偉そうに、
「まあ、お華太夫の私は最初から完璧だったからねぇ~。おゆきにはまだまだ場数が必要だよ」
と、ケタケタ笑うのだが、後ろを歩いていたおみよが、口を押さえながら拭きだして笑う。
それには、お華が後ろを向いて、
「なによ~おみよ」
と言うと、おみよは、前に追い付き、おゆきに、
「お華姉さんの最初なんて、そりゃ大変だったって、お母さんが言ってたよ~」
お華はそれにはビクっと首を上げる。
「なんです? おみよ姉さん」
と聞くと、おみよは笑いながら、
「お華姉さんはね、初めてお座敷で、いきなりお客と大げんかよ」
「喧嘩?」
お華は、そこに居ないような顔でそっぽを向く。
しかしおみよは、
「お母さんが言うにはね。尻を触った触らないから、言い争いになってさ。まだおゆきとそう変わらない年からよ~。お母さんはそんな事で大喧嘩してるから、オロオロしちゃって、頭下げてばかりだったんだって」
さすがにおゆきも笑って、
「え~そんな話、お母さん言ってなかったよ」
「おかあさんもその頃はまだ芸者現役だったから、自分の責任と思ってたんでしょ。置屋に帰ってさんざん叱ったんだって。お母さんは言ってたわよ、あんとき簪打ってたら大変な事になってたって、それだけは本当に良かったってさ」
それには、二人とも大笑いだが、お華は下を向いて、歩く速度が速くなる。
しかし、おみよの言葉はまだ止まらない。
「姉さんはね、それから用事があって、お母さんと永代橋渡ってたらね。変な男達に絡まれたんだって。私やおゆきなら、どうかご勘弁をって所でしょ?」
それにはおゆきも、
「まあ、そうなりますよね~」
しかし、おみよは満面笑顔で、
「でも姉さんは違う! いきなり簪を何本も撃って、相手の二人はもう血みどろになって、倒しちゃったんだって……」
「ええ~!」
おゆきは目を大きく開けて驚く。
ここまでくるとさすがにお華が、苦しそうな顔で、
「おみよちゃ~ん。もう、それぐらいで」
と言ったのだが、おゆきの方が、
「それでそれで、どうなったんです?」
と聞くので、おみよは、お華を無視。
「その頃、姉さんのお父上は今の旦那様と一緒で、奉行所の同心だったからさ。そりゃもう、あきれ果ててしまったらしいわよ。お母さんも止める暇もなかったって言うしね。何故か、からかわれた方が奉行所に呼ばれてね。なぜかお母さんが謝る嵌めになったらしいよ」
「お・み・よ!」
お華はおみよを、いい加減止めようとするが、さらにそれを無視し、
「なんでもね、奉行所の吟味与力様がね。一体、これをどう裁けと言うのかって呆れてらっしゃったって。それに比べればおゆきなんて、何も問題無いわよ」
二人はまた大笑いだ。
「おみよ! それ誰に聞いたのよ」
とお華が聞くと、おゆきは笑いながら、
「だって、私が最初の時にお母さんに聞いたし、私は旦那様のお屋敷に一度お世話になってなってるから、毎晩、旦那様と奥様が大笑いしながら教えてくれたもん」
さすがにその言葉には、お華も頭を抱えた。
「そ、それには反論出来ない……」
と、渋い顔で、更に足を進める。
しかし、その三人の遙か後ろの方を、密かに後を付ける妙な男が付けていた。
二人は勿論、お華はさっさと行ってしまうから、余計にその気配には気づかなかった。
一方同じ頃。
ちょうど屋敷でも女将もお吉と優斎が、同じ様な話をしていた。
お吉にとっては、おゆきの初座敷だったし、心配だったのだろうが、お華の話になると、こちらはこちらで大笑いになってしまっていた。
「まあ、あのお華さんですからね。確かにあり得る話ですよ」
などと、優斎も喜んでいる。
そこへ三人が戻って来た。
「おゆき! どうだったかい? ちゃんと出来たかい?」
女将兼、おゆきの母親代わりでもあるお吉が心配そうに聞くと、
お華は黙っていたが、おみよが、
「大丈夫、大丈夫。教えた通りしっかりやってたよ。まあ、姉さんみたいにいきなり喧嘩沙汰にもなってないし」
と笑顔で言うと、二人も大笑いで、
「やっぱりそうだったかい。まあ、お華は特別だからね~」
などとお吉は言うが、お華は、こっちでも同じ話してたかと、ウンザリした顔で、
「私の昔の事は忘れて頂戴! さんざん今、この子達にからかわれたところなんだから!」
怒った顔で訴える。
しかし、お吉にはそんな言葉には応えず、
「さあ、おみよ。こっちで一休みしなさい」
と、二人は上に上がり、お吉の横に座る。
お華も些か、不満そうな顔で、後に続く。
優斎も微笑みながら、
「まあ、おゆきちゃんは、穏やかな子だから心配ないでしょ。その内、お華さんより人気の芸者さんになれますよ」
それにはお吉とおゆきは嬉しそうに礼を言う。
おみよが、
「ねえ、おかあさん。お華姉さんは、最初の喧嘩からどうだったの?」
とまた、余計な事聞くものだから、お華が、
「こら! もう良いのよ。あれは私の若気の至り。それからはお華太夫になったわよ」
しかし、お吉は手を振って、
「さすがに奉行所で怒られてからは、簪は辞めたんだけどさ、そしたら今度は箸投げ始めちゃってさ」
お華は、途端に肩をすぼめる。
「箸ですか?」
優斎が笑いながら聞くと、お吉は大きく頷き、
「やらしいことされたり、言われたりすると途端に箸が飛ぶのよ」
「ほ~」
「箸だからさ、簪とは違って、あっちの方に飛んでいちゃうんだけど、それはそれで壁にビシッと突き刺さっちゃうもんだから、お客さん青い顔しちゃってさ。それから箸も禁止にしたの。それからやっと普通になったけど、それまでは、お座敷行ってんのか、戦にでも行ってんのか分からなかったわよ~」
優斎は大笑いで、
「いくさですか……。まあ、普段からそんなもんですけどね」
おみよと一緒に大笑いだが、お華は斜め上に視線を上げて知らん顔している。
すると、おみよが、
「おゆき、お母さんと一緒にお風呂でも入ってきなさい。ちゃんと分からないことは聞いときなさい」
おゆきが微笑んで、
「それではお先に」
二人を見送ると、お華は、お吉が使っていた猪口を取り、酒を汲む。
そして優斎にも注いであげると、優斎が、
「おゆきちゃんも落ち着いた様ですね」
お華も頷いて、
「ええ。一時はどうしようかとお母さんと悩みましたけど、それ程じゃなくて安心しています」
「そうですね。何しろ針が何本も刺さっていた重傷でしたから、おまけにお華さんは簪使うし、乗り越えられるのか心配でしたよ」
お華も、それには大きく頷き、
「そうそれね。私もなるべくあの子の前じゃ、その話をしないよう、おみよとも言ってたんだけど、今や私をからかう様にもなったから。もう大丈夫ですよね先生」
優斎は微笑み、
「まあ、お華さんの場合は、どちらかというと強制的な療法っていうか、針なんかよりよっぽど恐ろしかったでしょうからね。おかしな話です」
と大笑いする。お華も笑顔で、猪口を空ける。
「そうかもね~」
優斎は、
「まあ、あの子は、お尻で針自体を見ていた訳ではないから、これで済んだのでしょう。あとは、彼女がどう生きて行くかですよ」
「うん。そうなってくれれば、私もお母さんも本当に安心だよ。あとは私たちがどうでも手伝えるし」
優斎も笑って頷き、こちらも猪口を傾ける。
(2)
それから暫く、おゆきは、お華やおみよと一緒に座敷に上がり、芸者修業に取り組んでいた。
新顔の若い芸者、なによりお華太夫の妹と言う事もあってか、評判も良く、彼女自身、自信を持ち始めていた。
お華やおみよ、そしてお吉もその様子を眺め、心から安堵していた。
そんな中。
嘉永七年二月十三日(十一月に安政元年と改元)の夕刻。
この日は座敷などの仕事は無く、お華達は夕景を眺めながら、のんびりしていた。
すると、庭に佐助が走り込んできて、お華の前に立った。
「どうしたの佐助さん。そんなに急いで」
佐助が、何か言おうとしたその時だった。
お華がそれとは別に何か感じたらしく、おみよに、
「佐助さん、ちょっと待って。おみよ! 羽織を!」
と、素早く続けて叫んだ。
横で座っていたおみよは、それがどういうことだか直ぐに察し、素早く立ち上がり、壁に掛かっていた羽織に飛びつく様に走る。
屋敷玄関先から近寄って来る、十名近くの町人らしき者達がいた。
その少々異様な雰囲気に佐助も感じ、その連中を見詰める。
おみよが持って来た羽織を素早く羽織ったお華は、その押し寄せて来た連中に向かい、
「あんたら!人の屋敷に断りも無く、何者だい!」
と言い放つ、
端に座っているおゆきも、この突然の様子に、恐怖の顔になっている。
十間ぐらい離れた所に、その連中は立ち止まり、中の一人が出てきて、
「やかましい! 人の娘を拐かしやがって、俺の娘を帰して貰おうか!」
などと不敵な顔で、言い放った。
お華は、一瞬首を傾げたが、なるほどと顔を上げ、横のおみよに、
「先生とノブさんにこの事を」
と命じて、裏からおみよを走らせ、前にいる佐助に、
「佐助さん。悪いけど、まずこいつらを片付けてからよ。平次親分と兄上に至急知らせて」
と頼むと、佐助は頷き、そいつらの横を素早く通り抜け、知らせに走る。
それを見ていたその男は嘲笑しながら、
「これから誰呼んだって、遅えよ。いかも俺の娘だ、文句なんぞ言えっこねえ!」
と言ったのだが、お華はそれより更に嘲笑し、
「ここにあんたの娘なんぞいないよ。何か間違えてるんじゃないの?」
しかし、その男は、片頬を上げ、
「何を言ってやがる。そこにいるじゃねえか。おゆきだよ!」
お華は下に降りながら、大笑いする。
大門前では、おみよに呼ばれる事もなく、優斎は長刀を手に既に表に出てきていた。
おみよが近づくと、その後ろからノブも、杖を突きながら寄ってくる。
佐助はさすがに高速で、その頃は既に平次の所に到着しており、縄を持って、数人来るように言っていた。
意思が通った事を確認すると、もう八丁堀に向かって駆け出している。
さて屋敷のおみよは、優斎達が、どちらかというと緊張感も無く、眺めている様子なので、少々イライラして、
「先生! 姉さんとおゆきを助けてあげて下さいよ」
と、急かすのだが、見守るだけで、全く動く様子が無い。
優斎は微笑み、おみよに、
「おみよさん。心配する事無いですよ。おみよさんだって知ってるでしょ?」
おみよは、
「姉さんが強いのは知ってますけど、一人だし、あんなに大勢だし」
すると優斎は、となりのノブに、
「ノブさん、どう思う?」
と聞くと、ノブは笑って、
「八人って仰いましたよね? その程度なら何も問題ないでしょ。お華さんなら」
さすがにおみよは驚いて、
「先生。師匠。それ本気ですか?」
優斎は笑って、
「だって、お華さん。伊賀の忍び十人を、あっという間に倒しちまう人ですよ。それに逃げる者よろしくって言ってたんでしょ。私たちに。つまり私とノブさんは、ここにいなさいって事だよ」
おさよは更に驚き、
「姉さんってそこまで強かったんですか?」
優斎は頷き、
「まあ、仮に私が相手になっても簡単には勝てませんよ。なあ、ノブさん」
ノブは笑って頷き、
「私なんか簡単に負けてしまいますよ。とてもじゃ無いけど無理です」
おみよは、二人のあまりの言葉に再び驚き、
「じゃ、八丁堀の旦那様が言ってる、お華はお化けって本当の事だったんですか?」
優斎は大きく頷き、
「その通りです」
ノブも横でニコニコしながら、大きく頷く。
さて、下に降り、ゆっくり廻りながら、連中の正面に立ったお華は笑いながら、
「そう言えば、御改革の時。妾、子供を捨てて、娘浄瑠璃の子を連れて逃げちまったって、馬鹿者がいたね。一体何しに来たんだか……よう恥ずかしげも無く、娘を帰せなんぞ言えたもんだね。それからその娘がどうなったかも知らん癖に、ふざけた事言うんじゃないよ!」
お華は、いつもより激しい口調で吠えた。
むしろその事を初めて聞いたおゆきが、目を大きくして、袖を掴んでいるお吉に、
「おかあさん! 姉さんの言ってる事、本当なの?」
悲しげに聞いた。
お吉も、悲しげに、
「そうよ。あんたはもう、憶えて無いだろうけど、大変な目にお華姉さんが助けてくれたから、今、ここで生きているのよ……」
と語った。
恐らく、大きくなるにつれ、おゆきの心の奥に、その疑問はあったのだろう。
母親と言われる人はいるけれど、父親はいない。そして誰もその話をしてくれなかった、大きくなるにつれ膨れていった、その疑問に。
するとお華が、廊下のおゆきに大きな声で、
「おゆき! こいつはあんたの父親だと言ってる。お前はどうなんだい? あんたが帰りたいって言うんだったら、帰してあげるよ!」
おゆきは、厳しい顔で立ち上がった。
彼女は、並ぶ連中、そして特に父親と称する男を睨み付け、
「私は、ここの娘。あんたなんかしらないわ。私の親はここにいるお母さんだけ!」
と、言い放った。
その言葉には、おゆきを見上げる、お吉の両目から大きな涙が溢れていた。
お華は、確かめる。
「良いんだね! おゆき!」
「はい!」と大きな返事を聞くと、お華は頷き、
「聞いたかい! あんたは駄目だってよ。痛い目に遭わない内にさっさと帰りな!」
と、連中を睨み廻した。
その時、すでに平次は、些か隠れながら既にやって来ていた。
そして、その後すぐ、浩太郎も着流しで、佐助と一緒にやって来た。
「浩太郎さん。お早いお着きで」
の優斎の言葉に笑い、
「ちょうどここに来る用事があったからさ、途中で佐助にあったんだ。用事はともかく、一体何があったんだ?」
それには、おみよが素早く伝えた。
「なに! おゆきの?」
「はい。先生に早く何とかしてとお願いしたら、その必要はないと仰るし……」
それには、浩太郎も大笑いし、
「そりゃ、そうだよ。お化けだし」
などと、言うから男連中は大笑いだ。
父親と称する男は、おゆきの寄せ付けない否定の言葉に少し衝撃を受けていたが、
隣の、男達から、
「何だか人が増えて来ちまった。兄貴! さっさとあいつ殺して、奪うもんは奪って逃げようぜ!」
と言われ、男も決心が着いた様だ。
「しかたねえ。娘奪って、金目の物取って逃げるぞ! やっちまえ!」
八人は一斉に匕首を抜き、お華に襲いかかる。
お華はフンと僅かに笑い、
「やっぱり、金目的かい!」
と怒鳴り、今回は回らず、いきなり走り出した四人に、両手から簪を放った。
それは夕日を突っ走り、四人の頬に、殆ど同時に突き刺さる。
お華は、それに続く男達に向かってこれも回らず、素早く両手で六本を走らせる。
その夕日を一瞬反射させた簪は、次々正確に右手、匕首を持つその手に突き刺さり、その連中は、痛さと衝撃で、匕首を空中に踊らせる。
簪の僅かな光が目に入った浩太郎は、
「あいつ。珍しく本気だな」
と呟く。
それを聞いて、おみよは驚いた。
しかし、優斎も大きく頷く。
お華は痛がっている男達に容赦無く、今度も一遍に右足関節の直ぐ上を打ち抜いた。
頭の男以外、全て地面に転がった。
それには、おゆき達、それには浩太郎達以外の男達は、驚愕で口が開いたままだ。
「すげえ……。一瞬で……」
平次が、驚きの声を上げる。
残るは、おゆきの父親と称する男だけだ。
お華は、厳しい表情で、
「まだやるのかい」
と嘲笑する。
男は、廻りに倒れている男達の姿に驚きながら、些か焼けになったのだろう。
「ふざけやがって!」
とこの男も匕首を振り上げ、お華に突っ込む。
それはとっくに承知していたお華は、この時初めて、
「あ、回った」
とのおゆきの言葉通り、艶やかに回った。
一本は、いつもの様に髷を鮮やかに打ち落とし、もう一本は、まるで平手打ちの様に音を立てるように、右頬真ん中に突き刺さる。
そして、頭上を見上げ痛さに耐える男に対し、お華は再び回る。
なんと六本が、腕足に三本ずつ突き刺さった。
殆ど、蜂の巣という有様である。
さすがに男は、後ろに音を立てて倒れていった。
「ふ~」
粋を吐くお華と同時に、平次の腕が上がり、お手先達が男達に縄を打ちに走り出す。
お華は、普通の顔に戻り、
「簪、抜いておいてね~。高いからさ」
などと言っているから、優斎とノブは大笑いしている。
(2)
一件落着したお華は、おゆきの所に行って座り、
「おゆき。これはお前が決めた事でもあるからね。恨まないでよ」
と笑いながら言うと、おゆきは涙ながらに、
「ありがとうお華姉さん。守ってくれて……」
泣きながらお吉に寄りかかり、それを、こちらも涙しながらお吉はおゆきを抱きしめる。
そこへ、優斎、ノブ、おみよ。そして浩太郎もやって来た。
「兄上、あいつはどうなる?」
お華は、浩太郎に今後の始末を聞いた。
浩太郎はおゆきに顔を向け、、
「もう、あいつはここに現れることは無い。軽くても江戸所払いだからな」
お華は些か安心したようで、笑顔で頷く。
すると浩太郎は、お華に向かって、
「おんまえは、いくら腹立ってるからって、一体何本打つんだ!」
叱りつける様に言うと、
お華は斜め上を見上げ、
「え~、十八本かな~」
浩太郎は呆れた顔で、
「全く、たかだかあれぐらいの相手に!」
と叱るが、ノブが、
「いや~驚きました。わたしにゃ音だけですが、一遍にあんなに打てるなんて。やっぱり、あたしにゃ敵いませんよ」
するとおみよも、
「私も、お華姉さんの簪は山ほど見てるけど、今日のは一番凄かったですよ。だいたい回ってもいなかったし……」
皆大笑いだ。
それにはお華も恥ずかしそうに下を向く。
すると、優斎が笑いながら、
「ノブさんは見えなくからそう思うのでしょうけど、目明の私だって、あれを全て避けるのは無理です。おさよ様でも居たら、一つでも当たればお仕舞いですからね」
浩太郎は、少し笑いながら、
「全く、立ちはだかって、雨の様に撃ちやがって、お前はあれか、お仁王様か? ここは寺か何かか?」
さすがにその言葉には皆大笑いとなる。
お華はそっぽを向いている。
しかし優斎が、
「いや、でも全て急所を外して当てる。あれだけ撃って全て死なない所を撃っている。しかも、動けない所に。これは本当に大したもんです。そう言う意味では本当にお仁王様のごとく、怒らせると必ず処罰を受けるっていう、正に神がかりですな」
すると浩太郎は、おゆきに、
「お前の父親ってやつは、これからお調べを受け、あるいは大変な事になるかも知れない。お前さんには辛い事かも知れないが、これもお前が選んだ道だ。お華を恨まないでやってくれ」
するとおゆきは、大きく首を振りながら、
「何を仰います。私はお母さんの娘で、お華さん、おみよさんの妹です。これは一生変わりません」
浩太郎は頷き、お華に目をやり、
「そうか。おみよ。お華もおみよも、お前と同じ境遇だ。特にお華は、生まれた時には両親はこの世に居なかったんだ。お吉。教えたかい?」
お吉は穏やかな顔で首を振る。
「そうか。それじゃ後で教えてやってくれ。どうしてお華がここでお仁王様なのか分かるだろう」
「はい」
と言って、おゆきに、
「さ、お風呂に入ってもう寝ましょ」
二人は浩太郎に頭を下げて、腰を上げた。
すると、ノブが、
「一体どういう……」
と聞くと、隣の優斎が、耳元で教えてやった。
「ええ? 本当ですか? お華さんも自分を護る為……」
それには浩太郎が苦笑して、
「それが講じて、おばけになっちゃったけどな」
お華が目尻をあげて、
「おばけじゃないって言ってるでしょ!」
と、とうとう怒り出す。
すると、ノブは笑みを浮かべて立ち上がり、
「どうせ仁王様なら、どうか内の女房の事もどうか守ってやって下さい」
と、手を合わせて頼むものだから、お華は、
「もう嫌ねノブさんまで。心配しなくても私が居るときは守りますよ」
ノブは一礼して、長屋に帰っていった。
笑っていた四人だが、優斎が浩太郎に、
「そう言えば、浩太郎さん佐助さんの話では、どこかに行く途中だったんではないですか? ここに居て良いんですか?」
と聞くと、浩太郎は、あっと言う顔で、
「そうそう忘れるとこだった。どこも何も、ここに来る積もりだったんだよ」
それにはお華が、
「何、何かあったの?」
浩太郎は頷き、皆に目をやり、そして優斎に向かって、
「来たんだよ」
と言う。優斎は、首を少し傾げ、
「来たって何がです?」
「ほら、アメリカだよ」
それには、一斉に驚いた。
しかしお華が、
「あれは、一年後じゃなかったの?」
浩太郎は頷くが、
「どうも、狙って早く来たって感じだな」
それには優斎が、
「それって、何を……」
と言うが、お華には気づいた様で、それに被せて、
「上様、がお変わりになった事?」
浩太郎も頷き、
「さすが、お悔やみに行っただけはあるな。その通りと言われている」
しかしおみよは、不思議な顔で、
「でも、異国の人が、上様がお亡くなりになった事なんかわかるんでしょうか?」
それには優斎が、
「なるほど、上様か……。おみよさん、これは恐らくオランダ辺りからの情報だと思いますよ。長崎でも、上様お亡くなりなら、音曲停止になるでしょうから、隠し様がありません」
浩太郎も頷いて、
「そういう事だ。上様交代っていう混乱に乗じて、話を進めようって腹じゃないかな。去年の事だから、一年後と言えば一年後だしな」
お華は、四人に酒を注ぎながら、
「また、四杯で夜も眠れずってやつ?」
と聞くと、浩太郎は、
「いや。今回は六隻だそうだ」
それには優斎も驚き、
「六隻も? それじゃ一合戦出来ちゃうじゃないですか」
「その通りさ。だから、お城では大混乱だ。お奉行なんか、一度下城されて、知らせを聞いてまた登城する有様だからな」
するとお華は、
「それでお台場は、役に立つの?」
浩太郎は渋い顔で首を振り、
「一応、完成して、会津や小田原の御家中が大砲を用意した様だが、六隻ともなるとどうなんだか……」
優斎も頷き、
「撃てば、一遍にやられるでしょう。しかし、お上はどうするんでしょう」
「内与力様の話では、とりあえず浦賀か横浜あたりに一度上げて、改めて交渉するんじゃないかって話だが」
当初は、浦賀でと幕府は申し入れたが、ペリ―側が承諾せず、横浜という話が出ているようだ。
するとおみよが心配そうに、
「そうしますと、伊達のお姫様はもう増上寺へ?」
それには浩太郎が首を振り、
「いや、一応、裕三郞さんを屋敷に向かせて、様子を見るようお伝えしたが、まだ何も始まって無いし、どうもお上に戦う意思はないようだから、慌てる必要もないだろうってことでね」
優斎が浩太郎に大きく頭を下げ、
「申し訳ございません。三郎に行かせて頂いて、伊達の者達も安心致します」
お華もその事には微笑んで喜び、
「まあ、戦いが無くて、喜んでいいのか、悲しんでいいのかよく分からないけど、姫様には、余計なご負担掛けなくて、丁度良いか」
なんて言うから、浩太郎は、
「いや、戦えば負けが確定しているようなもんだ。無けりゃありがたいよ」
優斎は少し笑って、
「さて、これからどうなさるでしょう」
「どうかな。やはり交易は断るだろうけど、それで済むと思うかい?」
「それは無理でしょうな。今はなんだかんだとごまかしても、一旦国に入ってしまっては、そうもいかないでしょ」
浩太郎も頷き、
「やはりそう思うか」
「ええ。ただこれが江戸だけなら良いんですけど、国中となると一つ問題が……」 優斎は腕を組んで難しい顔だ。
それには今度は浩太郎の方が、疑問の顔で、
「なんだい? 問題って」
優斎は、
「京の帝ですよ」
「あ!」
声を上げる浩太郎も、忘れていた存在だった。
しかし、国の体制を変えるという場合、何らかの問題になってくるかも知れない。 浩太郎でもそれは想像出来た。
もっとも、実際には、更に国を割る大問題となる事態にまで発展するとは、この時点では分からなかったが……。
するとお華が、
「それじゃその内、姉様にその辺お伺いしときますよ。お引っ越しなされて、丁度様子も見ておきたいし、京の事なら、やはり姉様に聞くのが、一番早いから」
それには浩太郎も、
「おお、勝光院様か。そうだな今のところ、そちらの方はおすがりするしかないか……」
しかしお華は笑って、
「もっとも、あの方は、今一、その事まともにお考えか分かりませんけどね」
「いやいや。これはお上にも関わりの事、そうそう知らん顔もできんだろ」
それにはお華も頷き、
「まあ、そうなんですけどね~」
と、軽く微笑む。
そして浩太郎は、話を変えた。
そして少し笑顔で優斎に、
「ところでさ先生。お上の様子じゃ、暫くこの問題は長引くように思うんだ。そこで様子を見て、来月(三月)あたり見に行かないか?」
優斎は目を大きく開けて、
「え? アメリカの船をですか?」
浩太郎は大きく頷いて、
「来月あたりなら、寒さも緩むだろう。やはり頭でああだこうだ言うよりも、実際どういう物だか見た方が納得しやすい。それに先生だって興味あるだろ?」
優斎は苦笑して、
「まあ、そうなんですけどね。大丈夫なんですか? 勝手に見学なんて」
浩太郎も苦笑して頷き、
「結局、前の時だって、辺りの村の連中が、こぞって物見に出掛けていた様だし、向こうも文句は言わないどころか、むしろ、どうだ! って、見せびらかせたい様子だったらしいから」
優斎はククと笑い、
「実際、小舟にのって近づいてた者も居たらしいですからね」
「そうさ。先生だって、本当は交易すること自体は反対じゃないんだろ?」
浩太郎は、優斎の心の底をつつく様に言う。
「そりゃ私は医者ですから、アメリカでは蘭国とどう違う、又は一緒なのかとか医療の進み具合が知りたいし、交易という意味では、どんな道具を使っているのか知りたいですから、やはり心から反対なんてできませんよ」
と笑う。
「そうだよな。これまではキリシタンの関係で、色々制約があったし、それさえ話が付けば、お華やおみよだって、今まで見たこと無いような着物や道具を見ることができるからな」
お華とおみよは同時に頷く。
すると優斎は、
「アメリカという国は、イギリスから独立した国だそうです。だから、同時にイギリスの事もわかるかも知れない。やはり興味ありますよ」
すると、浩太郎はパシッっと手を打ち、
「よし! これで決まりだ。浦賀なのか横浜なのか分からんが、一泊ぐらいで行ってみよう。俺も、相手を知らずにあれこれ言えんからな」
何とそこで、お華が、
「ねえ。私も連れてってよ」
というと、なんとおみよまで、
「旦那様。私も連れてって下さい!」
と言い出し、頭を下げる。
驚いた浩太郎は、
「いくら強いったって、お華、おみよ。あそこまで結構あるぞ。歩けるのか?」
お華は、力強く頷き、
「大丈夫よ、横浜ぐらい。おみよちゃんだって、芸者で鍛えてるから大丈夫」
それには優斎が大笑いして、
「いや、芸者で鍛えてるって行っても~」
と半ば呆れていったが、浩太郎は、
「よし、連れてってやる。但し途中で弱みを見せんなよ。したら置いて行くからな」
二人は、一斉に頷く。
すると浩太郎が苦笑しながら、優斎に、
「先生。薬の一つは持っていかなきゃならんな」
と笑いながら言うと、優斎も笑いながら頷く。
(3)
さすがに今回のペリーの来訪は、前回に増して、江戸城内は大混乱となった。
結局、各方の意見を集約すれば、断固打ち払いか、穏やかな受け入れである。
アメリカ六隻の襲来と聞けば、少しでも異国の状況を知る者ならば、戦いがどうなるか安易に想像出来る。
しかし、国の誇り、そして三代家光の頃より祖法とも言われる鎖国を覆す事は、国の崩壊に繋がると、対立が激化している。
もはや会議が踊るなどという状況を突き抜けていた。
さて、そんな事一切知ることも無いお華は、それから何日か経って、元姉小路。勝光院の屋敷に行った。
毛利讃岐守、麻布屋敷の一角である。
門前では、もう顔が知られているので、何の憂いも無くその屋敷に着いた。
ふと、屋敷の端を見ると、
下女とみえる女が、庭で一生懸命穴を掘っているのを見つけた。
お華は不思議に思い、近づいて、
「あら、ふみちゃん。なにしてんの?」
下女は、大奥の頃から付いて来た下女で、ふみと言う名だ。
勿論、彼女もお華の事は知っているから、笑顔で汗を拭きながら、
「これは、お華さん。いえね、旦那様が庭掘って、お飽きになった着物を捨てろっておっしゃるもんで……」
などと言うものだから、目を大きく開けてお華は驚き、
「飽きたって、そんなに古い着物なの?」
と聞くと、ふみは笑って、
「う~ん一年くらいかな。早いと気に入らなくなると一回来ただけで捨てちゃうんです」
「ひえ~!」
お華は悲鳴を上げる。
その時、屋敷の廊下を歩いていた綾瀬がお華の声に気づき、
「あら、お華じゃないの」
と明るく声を掛ける。
お華はふみに、少し休んでいる様に言い、そして綾瀬に、
「綾瀬様? 姉様の着物って、気に入らないと、いつも穴に掘って捨てちゃうんですか?」
と聞くと、綾瀬は笑いながら、
「だって、穴に捨てろっておっしゃるんだもん」
綾瀬も大奥を退いて、幾分、言い方が軽くなった様だ。
しかし、
「いやいや、綾瀬様。捨ててしまうんなら、あたしに下さい」
と言うと、
「ん~じゃ、旦那様に聞いてみて」
などと軽く答えるので、お華はそこから屋敷に上がり、勝光院の前に出ていった。
「おお、お華。今日はどうしたのじゃ?」
と勝光院はお茶を一服、笑顔で声を掛ける。
「これは、おはようございます」
一応、丁寧に頭を下げるが、すぐ顔を上げ、いきなり、
「姉様? お着物、気に入らないと穴に捨てちゃうんですか?」
お華の言葉に、何も動ぜず、
「そうじゃ。着続けるのも面倒臭くなっての」
お華は呆れ、頭を斜め下に曲げるが、すぐ向き直って、
「姉様。もう大奥におられないのですから、いくら姉様でも、そんな事してたら、お宝すぐ無くなってしまいますよ~」
と言うのだが、彼女は相変わらず動じず、
「大丈夫じゃ~。お華は心配性じゃの」
まあ、お華としても、姉小路は、引退による報酬や、日々何百両と各所から受け取っていた事は知っていたので、さぞ溜め込んでいるのだろうなとは思っていたが、しかし、ひと月もしない内に穴に放り込んでいたら、いくら何でもと思ってしまう。
「あの~、まあそれは良しとしても、埋めてしまうてのはどうでしょう? 姉様の着物は、特別ですし、職人も丹精込めて作った者です。捨ててしまわれるのならば、私に下さいませ。私の所には幼い者や子供もおりますので、そちらの者達の着物に変えてしまえば喜びますし、勝光院様、お慈悲の心も皆に伝わり、仏様もきっとお喜びになると存じます。いかがでしょうか?」
後ろに座っている綾瀬は、声を出さず下向いて笑っている。
そう言われると、あえて嫌だと言う訳にもいかず、勝光院は、
「おうおう、幼い者の為にな。それは仏の心にもかなうことじゃ。もってって良いぞ。但し、私の名はなるべく出さぬようにな」
と微笑む。
お華は即座に平伏し、
「これは、ありがたい事にございます」
と言って、外のおふみに、
「おふみちゃん。姉様のお許しが出た。着物を風呂敷にでも包んで置いて頂戴!」 と、叫ぶ。
すると、
「お華、今日は着物が欲しくてきたのか?」
と勝光院が聞くから、お華は笑って、
「何も麻布まで、着物救出の為に来やしませんよ」
と手を振る。
それを聞いて綾瀬も大笑いだ。そしてお華は、
「姉様。アメリカ船のお話、。耳に入ってます?」
勝光院は頷き、
「ああ、あれの件か。聞いておる。だが、お台場もお作りになったし、問題は無かろう」
それにはお華は大きく首を振り、
「とんでもございません。今回は六隻の戦船が来ております。とてもじゃございませんが、勝ち目は無いと言う事にございます」
というと、二人は驚き、
「なんと、また増えたのか」
「はい。それはそうとして、本日は京のご意向をお聞きしたいと兄など皆が言うものですから、京と言えば、姉様。それでお伺いしたのでございます」
「なるほどな」
再び勝光院は茶を傾け、
「アメリカも問題じゃがな、何でも長崎でもロシア国が開国を迫っておるとの事じゃ」
それにはお華は、驚愕した。
「ろ、ロシアもで、ございますか?」
勝光院は頷き、
「何でも、目付の川路と言う者が交渉に行き、そちらは何とが開港を阻んだらしいが、アメリカの要求を聞いてしまうと、次々、そんな要求が殺到するかもしれん。しかし、京の帝がその様な事を承諾する筈が無い。断固拒否を命じるだろう」
実はこの頃、米国だけで無く、ロシアも開国を要求していた。
ロシアの場合は、もっと以前、松平定信の頃から色々と問題があったが、その度開国拒否を通告していた。今回も、ロシア極東艦隊司令のプチャーチンと川路聖謨で交渉が行われ、「もし外国と通商を行うときにはロシアをもって最初とする」などと決め、ようやく開港を拒否出来たのだが、江戸に帰った川路が、アメリカとの交渉の様子を聞くと、幕府は川路の努力を無にしてしまう有様で、彼は、非常な怒り、落胆の思いだったらしい。
お華は、勝光院に、
「帝がいくら嫌だと仰っても、アメリカとロシアと戦っては我が国は全滅してしまいます。先頃、中国の清でも、英国の二十隻あまりの船と戦争して、香港を奪われてしまったと聞きます。その事お分かりなのでしょうか……」
勝光院と綾瀬は驚き、勝光院は、目を丸くして、
「お華、そなた、良くそんな事知っておるな。目付並みの言い様じゃ」
と二人は笑っている。
そして、勝光院は、
「老中阿部様はな、アメリカとの交渉について、密かに水戸の斉昭公にご相談なさったそうだ」
「え? あの水戸様ですか?」
お華は、驚いて呆れた声で言う。
「そうじゃ。あの方もにっちもさっちも行かなくなったのじゃろ。よりにもよって水戸様じゃ」
「あの方じゃあ、何の力も無いのに、戦え戦えの一点張りではないでしょうか?」
「その通りじゃ。まあ、そして少なくとも交易だけはしないという様に決まったらしいぞ」
お華は頷きながら、
「しかし、外国の状況を知ってる者達は、一度、陸に揚げたら交易だけ断るのは無理だろうと言っております」
勝光院も頷き、
「そうじゃろうな。向こうもそう甘くはないからの」
「はい」
と、皆、言葉を失ってしまった。
そして勝光院は、
「しかし帝は難しいであろう。そして朝廷は何かあったら、神風で守ってくれると信じている連中だからな」
「神風……ですか」
と、お華はガックリと肩を落とす。
お華は、勝光院の屋敷を辞すると、八丁堀屋敷に向かった。
最初と違い、お華の格好はまるで、担ぎの行商のおばさんの様だ。
埋められるのを救ったのは良いが、それらを持って行くのは一仕事であった。
ようやく八丁堀に辿り着き、玄関の戸を開け放ち、
「こんにちわ~」
と疲労困憊の声で言うと、廊下を小花がパタパタと這ってきた。
さすがに大荷物なものだから、お華は、
「おきみちゃん!」
と叫ぶ。
おきみが慌ててやって来て、
「ああ、すいません姉さん」
と既に、お華の足をぺシペシ叩いている小花を慌てて抱き上げ、改めてお華を見ると、とんでもない有様なので、眉を上げ、
「い、いったいどうしたのです?」
当然聞くのだが、お華は手を振り、
「それはあとで……。ちょっとそいつ捕まえていてね。危ないから」
と、足を引き摺るように、居間に向かった。
おさよは、新之助を抱きながら、こちらもお華の格好に驚き、そして大笑いしている。
「なんて格好なの、お華ちゃん」
お華はようやく荷物を横に置き、
「どうしたもこうしたも……」
と勝光院の屋敷の一件を話すと、おさよは今度は本当に驚き、
「姉小路様が、着物を?」
「そうなのよ。いくら姉様でもって思ってさ、姉様に折角御出家されたのに、こんあ事したら仏罰を喰らいますよって言って、捨てるならと、頂いてきたのよ。家には、この小生意気な小花もおゆきも居るし、新之助は男の子だけど今なら何着ても良いだろと思ってさ」
その小生意気な小花は、おきみの手が離れると、早速お華に向かい、よじ登ろうとしている。
「なるほどね。しかし、あの方は凄いわね。だって一着相当な額よ」
とおさよが言うと、おきみが、
「姉さん。ちょっと拝見してもいいですか?」
早速、風呂敷を開けると、如何にも大奥と言った着物が倒れ込んで広がる。
おきみでも、見て少し触るだけでも相当に高い着物だと想像がつき、
「うわ~」
と、目を輝かせる。
お華は苦笑し、
「これ、土の中に埋めちゃうってんだから、姉様のお考えは理解出来ないよ。おきみちゃんも一着貰いな。姉上とどっちが奥様だかわかんなくなるけどね。いいね、姉上」
おさよは微笑んで頷く。
「そのかわり、残った着物で、こいつ(小春)と新ちゃんの着物作って上げて。裁縫得意でしょ?合わせれば何着かできるんじゃ無い?」
当然、おきみは満面の笑みで、
「はい、早速!」
と、次室に持って来た着物、一つずつ広げ考えている。
もっとも、まずは、どれを貰うのかが先の様だが、その行動に、子供達は続々近寄ってきて、着物の上に寝転がって遊び始める。
「あらら、お嬢様、若様」と止めるおきみの声を笑顔で聞きながら、おさよは、
「で、お華ちゃん。勝光院様には、例のアメリカの件で?」
お華は、お茶で一服して、ようやく立ち直ったようで、
「そうなのよ。お上の詳しい様子なんか聞きたかったからさ。でもさすがに、姉様でも良く分からないみたい。何より、お城の中はシッチャカメッチャカで、大奥でも何が何だか、分からないみたい」
おさよは大きく頷いて、
「まあ、そうよね。何でも今回は六隻なんでしょ? いつでも戦が始められるって、旦那様が言ってたけど、そんなんで大丈夫なのかしら」
お華は少し笑って、
「大丈夫だと思うよ。だいたい、上様が何にも仰ってない様だし」
「あらま。じゃ、だれもご相談してない訳?」
お華は更に笑い、
「姉様が、滝山様に聞いたところじゃ、上様はここのところ毎日、お菓子を作ってるんだって」
おさよは、思いもしない言葉を聞き、眉を寄せ、
「な、なにそれ、どういうこと?」
お華は苦笑して、
「そんな表の話など一切聞かず、毎日の様に、自ら炊事場に入って、なんだかっていうお菓子を作って、お小姓達に食べさせてるんだってさ」
一説には、カステラの様な菓子を作るのが、彼の趣味だったと言われている。
それにはさすがにおさよも驚愕し、
「本当なのそれ?」
と、落としそうになった茶碗を下に置き、お華に聞く。
「なにしろ、滝山様の言う事だもん」
それにはおさよも大きく頷き、
「そりゃ、そうよね~」
お華は一口茶を流し込み、
「まあ、そんな感じだから、いくら水戸辺りが戦え戦えって言っても、無理でしょ。大体、水戸じゃ、勝てないしね」
「なるほどね~。まあ、それなら、今から逃げ出す事は考えなくてもいいか」
「ああ、大丈夫大丈夫。お台場作ったから、お城までは大砲も届かないらしいし、上様がそうじゃ、無駄な事しないでしょ」
そんな、お華達の会話は全く効かず、いやわかりもしないから、子供達は、おきみと広げられた着物の上で遊んでいる。
(4)
不安視された戦雲は吹き飛ばされ、お華達も横浜へ出発の日が来た。
浩太郎と佐助が待つ、優斎、お華、おみよは八丁堀の屋敷に向かった。
三人とも旅装束である。
特に女二人は、生涯初めての旅装束を着るものだから、嬉しくて仕方無いらしい。
「姉さん。私もこういう格好で、一度旅をしたかったんですよ」
とおみよは満面笑みで、お華に言う。
お華も笑顔で頷いて、
「私も江戸から出たことないからさ、本当に嬉しいよ~」
と二人は喜んでいるのだが、それを聞いている優斎は、
「たかだか横浜ですけど、遠いですからね。覚悟してくださいよ~」
と、一応言うのだが、二人に届かない。
余談だが、江戸時代、幕府の侍は基本的に外泊禁止であった。
とは言っても、御家人、つまり浩太郎などに取っては無いようなものであるが、旗本連中にとっては、なかなか厳しいものであった。
無役のものであればともかく、役付の侍にはとても厳しい決まりであった。
とは言え、事前に幕府に届け、許しがあれば問題ないのだが、特に目付などは、たとえ親、親類宅であっても禁止とされていた。
公儀の機密漏洩の防止というのが一番の理由なのかも知れないが、それとは別に目付同士の相互監視により、違反は厳しく糾弾されるため、迂闊な事は出来ない。
下手をすると、違反による即座の御役御免にもなりかねないからだ。
そんな有様だから、将来目付の道が広がっているような家では、幼い時から徹底的に教育されるらしい。
そんな中、それとは別に、一般の旗本達に流行ったのは、鶴岡八幡宮への参拝であった。
ここは、言うまでも無く八幡宮であるから、武士の守護神。
一日で帰ってこられる距離と言うのが当時の認識だった為、若い旗本達の間では、大変、流行った様である。
しかしながら普段、遠出など殆どしない彼女達は、多摩川超える前には、もうヘトヘトになっていた。
おみよは、流れる汗を手拭いで拭きつつ、
「まだ、川も超えてないのかぁ~」
最初の元気はどこかに消えていた。
まだ、体力ありそうなお華でさえ、足を引き摺る様な歩き方で、
「あ、兄上。ど、どこかで休みましょう……」
それには先に進む浩太郎が、冷たい声で、
「何言ってんだ。まだ多摩川も越えてねえだろう。特にお前は武家の娘なんだから、そんなんじゃ、亡き父上に叱られんぞ!」
と、叱りつけるが、前を向いた途端、大笑いである。
「そ、それはそうなんだけどね~」
と、お華は今にも泣きそうだ。
しかし、さすがに優斎が見かねて、
「浩太郎さん。近くの茶屋で一休みしましょ。倒れられても困るし」
浩太郎も、実はそう思っていたのだろう。
「よし、次の茶屋で休むぞ。もう少し我慢しろ!」
と、幾分笑い混じりで言った。
ようやく多摩川の渡し付近の茶屋で、一行は一休みした。
女二人は、お茶どころでなく、ガックリ下を向いている。
ところで、多摩川は、現代ではとても想像出来ないが、この頃は鮎も泳いでいる清流であった。
漁師が鮎を取り、そして、いわゆる鮎飛脚が江戸の料亭に届けていた時代だ。
別な意味で、時代は変わるものである。
「優斎先生、まだ横浜って着かないの?」
お華の、苦しげな訴えであったが、優斎は、
「あと一里ちょっとじゃないでしょうか。もうすぐですよ」
しかしお華は、再びガックリして、
「まだまだか~」
もう泣き声になっている。
おみよに至っては、ほぼ気を失っている。
優斎は、浩太郎に目を向けると、浩太郎も少し頷き、
「心配すんな。今日は川崎泊だ。今、すでに佐助に走らせて、宿を取って貰ってるから安心しろ」
と笑う。
その言葉には、途端に二人の女も生気が蘇ったようで、
「よ、よかった~」
おみよが、心から安心したようだ。
お華も大きく頷きながら、
「いや、川崎行くのに、こんなに疲れるとは思って無かった~」
浩太郎は、当然こうなるだろうと、最初から、川崎に一泊の計画を立てていた。
だから、事前に佐助を走らせていたのだ。
優斎は笑顔で、
「やっぱり見通されてましたか。まあ、このままじゃ、何しに行ったのか分からなくなりますからね」
浩太郎も頷き、
「おさよが、絶対そうすべきだって言うんだよ。あの二人の勢いは最初だけって言ってな」
「はは、さすが奥様。まだまだお華さんは奥様には勝てませんな」
横で聞いているお華も、それには頭に手をやる。
そして浩太郎は、女二人に、
「この六郷の渡しを超えれば、完全に江戸とはおさらばだ。そして川崎宿は、それ程遠くない。もう少しの辛抱だ!」
その言葉に、女二人はようやく……といった表情だが、疲れ切っていて、元気の無い返事しか出来ない。
さて、日本橋から川崎宿まで二里半(約10㎞)
こう書くと、それ程の距離には思えないが、実際歩くとかなりの距離である。
「みなさん!」
と、この日泊まる予定である川崎の宿屋前で、いち早く浴衣姿の佐助が、皆に手を振る。
お華達は、まるで囚人の連行の様な、全くよろよろと歩いていたが、叫ぶ佐助を確認すると、ようやく顔をしっかり上げ、
「あの人は、こういう事は本当に強いね~」
呆れ気味に言うと、おみよは、
「さすが佐助さん」
と、何故か、嬉しそうに言っている。
「お?」
と、妙に元気になったおみよの様子に驚いたが、残念ながら今、お華はそんなことに構っていられない。
宿の主人に挨拶すると、お華達は、妙に丁寧に部屋に案内された。
さすがに、八丁堀の人間がいるので、気を遣ったのだろう。
お華達は、部屋の入り口障子が閉じた途端、
「着いた!」
と、いきなり横になった。
この宿は、川崎だし、道中沿いの宿でもあるので、特に温泉などがあるわけでない。
もっともお華達はそんなことより、慌ただしく食事を取り、大急ぎで風呂に入り、
浩太郎の部屋に行って、
「兄上~疲れちゃったからもう寝るね」
男三人は、まだ食事中だった。
浩太郎は呆れ声で、
「全く、お華様とあろう者が情けないな。明日は早いからな」
すると優斎が、
「ここまで来て、風邪引いたら馬鹿馬鹿しいから、ちゃんと暖かくして寝て下さいよ」
女二人は素直に、
「は~い」
とちょっこっと頭を下げ、部屋に戻って行った。
その様子を見送って、男三人は大笑いだった。
すると、浩太郎が優斎と佐助に酒を注いでいると、佐助が、
「申し訳ありません旦那様。同じ部屋に」
と申し訳無さそうな事を言ったが、浩太郎は笑い。
「これも旅と言えば旅。そんな時に気を遣わなくていい。お前さんには助かってるからこれぐらい遠慮すること無いよ」
優斎も、笑顔で頷く。
「そう言えば先生、医療所の方は大丈夫かい? 休んで」
「心配要りません。今日は他に回るよう手配をしてますから。明日早めに帰れば、何とかなるでしょ。でも浩太郎さん。ゆっくり帰って下さいね。お華さん達は心配ですから」
浩太郎は何度も頷き、
「全く、横浜だけなのに、手間が掛かる事だよ」
とお互い大笑いしたが、浩太郎は少し真面目な顔に戻って、
「さて先生。先生本当は、このまま交易も始まってくれればとか考えてないかい?」
それには優斎は笑って首を振り、
「いやいや、お役人様に迂闊な事は言えませんよ~」
盃を一度上げ、喉を湿らせる。
「正直申し上げれば、私自身、交易はどうかな? と思ってます。アメリカが我が国国と交易したところで、特に良い事も無いだろうと思ってますから。佐助さんだってそう思うだろ? 我が国で他国に出せるものと言ったら米ぐらいのもんだし」
佐助も、
「そうですよね。あっしも、一体何が目的なのかと思ってしまいます」
浩太郎は頷いて、
「佐助にまで言われてしまうんだから、世話ねえな」
と大笑いだ。
しかし優斎は、
「ただ。私は医者ですから、交易と言うよりも、話は聞きたいと思ってます。浩太郎さんも勝先生からお聞きになったでしょ? アメリカという国は、あのイギリスから独立して出来た国だと」
「おう。そうらしいな。何でも出来たばっかりの国だと」
優斎は頷いて、
「でも、イギリスの技術や学問は同じ水準の国です。だから今回、我が国にも来る船を作る事も出来てしまう。私は、医学の進み具合や考え方などをお聞きできたらと思ってます」
それには浩太郎も大きく頷き、
「そうなんだよ。出来て百年程度の国なのに、なんで二千年以上の国である我が国が、怯えねばならないのか。なんで戦えば負けるのか、まずそれを知りたいよな」
「そうですよ。これはアメリカだけで無く、イギリスもロシアもです。そしてその差を勉強しないと、永遠に追い付くことは出来ないと思いますんでね。それを探りたいなと」
しかし浩太郎は、
「でも、明日はただ驚く事だけだと思うぜ」
「いいんですよ。まずは一歩から……と思うんですけど、どうでしょうね~ご公儀や諸大名の者達は、慌てず騒がず出来ますかね~」
浩太郎は庭側に開いた障子の外、特に大した物は見えない外を見ながら、
「佐助。侍達より、お前さんの様な、町民の連中の方が頭良いよ」
佐助は目を丸くして、
「え? 旦那、一体どういうことですか?」
「いやな、侍連中は、これは恥だ何だと言ってる者たちばかりだが、町の者達は、多少驚いていたものの、慣れると直ぐ見物にきて、挙げ句の果てには、小舟で近寄って見物までしてるそうだ。まるで、芝居の一場面でも見てるようにな。もしろ笑いに変えて狂歌など歌っている。本当は、そういう余裕が必要なんだよ」
優斎も大きく頷き、
「全くその通りですよ。負けなら負けとサッサと認め、ならどうするって方に向かわなきゃ」
すると浩太郎は、
「でも先生、俺たちゃ侍だから、そうも言えない所が辛いところだな」
と、三人とも大笑いになる。
(5)
さて翌日。
早い朝食を取って、一行は明けたばかりの街道に出た。
すると、浩太郎が、
「おい皆、こっちだ!」
と、皆を宿前の大きい街道から外れ、脇道を歩き出した。
「こっちなの?」
などと、お華は早速文句を言っているが、意味が分かった優斎は、口を押さえて笑う。
そして暫く歩いていると、その通り、お華やおみよが生涯一度も見たことが無いと言っていた風景が広がった。
「ほれ、分かっただろう?」
浩太郎の言葉に頷きながら、二人は眼前に広がる海に声を上げる。
「こ、これが海?」
お華は立ち止まり、目を見張る。
同じく、おみよも驚きの顔を隠せない。
特に浜辺と言うわけではないが、海岸を通る道から見える海の大きさは、三人を驚愕させた。
浩太郎と優斎も暫し立ち止まり、周辺を眺める。
そしてお華達に、
「横浜は、もうすぐだ。この道沿いに、海見ながら行くぞ」
男はともかく、この頃、江戸に住む女が、海を見るなんて、そうあることではない。
お華は、
「これまで、座敷じゃ海だなんだと、踊ったりしてたけど。やっと本物を見ることが出来た!」
おみよも大きく頷き、喜んでいる。
男の佐助にしても、見るのは初めてだから、目を輝かせ、感動しているようだ。
しかし当然ながら、ただ海を見に来た訳ではない。
「行くぞ!」
の浩太郎の声で、一行はまた歩き出した。
横には、ドンドン海が広がって行く。
暫くすると優斎が、
「浩太郎さん。あれ!」
と歩きながら、正面の方を指差す。
「なんだい? 先生」
「あの、先にある黒いポツポツした黒い影ですよ!」
「え?」
と浩太郎もその指先の方向をじっくり見出すと、彼にも気が付いたようだ。
「まさか、あれ……」
優斎は大きく頷き、自信ありげに、
「そうですよ。あれは黒船じゃないですか?」
その言葉に、お華達も同じ様に眉を寄せて見詰める。
そしてお華は、
「ああ、あれ? なんだ思ったより小さいねぇ」
などと言う者だから、男二人は苦笑して首を傾げ、
「遠くに見えるから小さく見えるんだよ。ここからでも見えるんだから、ありゃ随分大きいぞ」
「へ~」
とお華は答えたが、それには皆笑っている。
半時も歩くと、それは益々大きくなり、皆笑顔が、恐怖に変わって行った。
永代橋の上から、遠くに眺める菱垣廻船などより遙かに巨大に見える。
確かに黒船だと、嫌でも認めざるを得ない。
さて、横浜。
今では、日本中誰でも知っている有名な港町だが、この頃の横浜は、寂しい寒村、漁村でしかない。
今回のペリーの一件で、一躍、日本中に名が売れた。
何ゆえ横浜なのか?
ペリー一行は、二度目の来日の際、実は最初に品川に船を進め、上陸しようと考えていたようだ。
それは最初に浦賀に来た時でも、幕府、浦賀奉行の役人に要求している。
しかし幕府としては、それは絶対に避けたかった。
余りに城に近く、防衛上、大問題になるからだ。
出来れば下田辺りでと言ったのだが、ペリーはそれを拒否した。
ところが今回、艦隊は既に江戸湾の水深測量などをしており、加えてお台場が完成していた事から品川は、止むなく断念した。
そして、第二候補と言っても良い、横浜上陸を迫ったのだった。
幕府としても、多少なりとも距離がある横浜なら、と手を打ったらしい。
ところが、前にも触れた通り、この頃の横浜はただの漁村。
当たり前だが、ホテルや会議場があるわけでは無い。
幕府は慌てて、接待所なる物を建造し初め、出来上がったのが、お華達が来たちょうどその日、マシューペリー、初めて上陸の日であった。
お華一行が横浜に到着すると、黒船より何よりまず、見物人の多さに驚いた。
勿論、アメリカの兵隊ではない。日本の一般農民、町人が大勢集まっていたのだ。
お華も、呆れた顔で、
「まあ、人の事言えたもんじゃないけど、よくこれだけ集まったね~」
浩太郎に言う。
彼も、頭を掻きながら、
「見世物と化してるな」
優斎も大きく頷く。
見物の者達は、岡や小山などに座り、若しくはそのまま地べたに筵を敷いて、黒船を見学している。
お華達も早速、空いている叢に、佐助が筵を退き、座り込んだ。
そして眼前に広がる海と、艦隊をジッと見詰めた。
「本当に大きいわ」
改めて、観察して、
「やっぱり、帆は立ててないのね。先生、あの丸い奴動かして進んでいくの?」
と質問された優斎は、大きく頷き、
「その様ですね。しかし蒸気であんなもの回せるとは、驚きました」
それには、浩太郎も、ふ~んと、腕を組んで眺めている。
浩太郎は暫くすると、
「おいおい、六隻なんかじゃないじゃないか、九隻ないか?」
優斎もその言葉には驚き、改めて数え直し驚愕した。
「本当だ。九隻ありますよ」
すると、おみよが、
「あれが大砲っていうのですか?」
と指差しながら、優斎に聞くと、うんうんと頷き、
「改めて見ると凄い数です。あんなのが江戸に、何発も落とされたら……」
それ以上は、優斎自身も恐怖に駆られる。
しかしお華は笑って、
「まあ、いいじゃない。取り合えず、物騒な事は無くて済んだんだから」
相変わらず、お気楽であった。
その日、横浜に集まったのは町民だけではない。当然、幕府の役人や浦賀奉行の他、外国方の目付達も来ていた。
その連中は既にその接待所に来て、腰掛けに座っており、今か今かとペリーを待っていた。
そんな時、お華の後ろから声が掛かった。
「あれ? お華じゃないか?」
お華が慌てて振り向くと、勝麟太郎が笑顔で立っていた。
横には裕三郞も苦笑しながら立っていた。
裕三郞は、優斎もいるので驚き、
「兄さんもきてたんですか?」
優斎は、直ぐ立ち上がって頭を下げ、笑いながら、
「これは勝様。そして三郎。お屋敷にはお許しを頂いたんだろうな!」
と言われると、
「そりゃそうですよ。勝先生からお使いを頂いて、慌てて着いて来たんです。私だって一度見てみたかったし」
浩太郎も立ち上がっていて、
「いや、勝先生。こんな所でお会いするなんて……」
と和やかにお辞儀をすると、
「はは。皆、同じの様だな。どうだ、黒船!」
「いや、もう圧倒されてますよ。こんなのと戦うのかって」
勝は笑い、
「はは、大丈夫じゃ。お上はとりあえず無難に過ごそうとお考えじゃ」
それには優斎が、
「無難にで、ございますか?」
と、不可解な顔で聞くと、勝はまた笑い。
「要するに、外国にはいつもの通り、ぶらかしでやり過ごそうと言う腹なんじゃよ」
「ぶ、ぶらかし……」
ぶらかしとは、答えを曖昧にし、相手に言質を取られず、答えを引き延ばし、結局こちらの言う通りにする。つまり時間の引き延ばし策である。
これにはこれまで、ロシアやイギリスもひっかかり、鎖国を引き延ばす事に成功している。
裕三郞が、お華に、
「お華さん。間違ってものこのこ出て行っちゃいけませんよ。大事な話し合いですから」
などと、少々偉そうに注意するから、お華は裕三郞を睨みつけ、
「そんなことするわけないでしょ!」
と口を尖らせて文句を言う。
しかし、裕三郞は首を捻り、
「どうかな~?」
と、兄を見ながら首を捻る。
そんな時、船の方から兵士達がずらずら降りてきて、船の方から接待所まで左右警備の為、立ち並んで一本の道を作った。
見物人達は、その後ろに追いやられ、兵士達はきちっとした姿勢で、銃を捧げている。
勝が和やかな顔で、
「お、親分が降りて来るぞ!」
と言ったが、お華はそれより降りてきた兵士の様相をみて驚いた。
さぞ訓練されたと思われる行動と、人間ではあると思うものの、確かに違う顔の兵士達。
お華やおみよは、外国人を見るのが当然初めてだから、なによりその事に驚いた。
すると、また男達の一隊が降りてきた。
皆、手に異様なものを持っている、その男達は、ちょうどお華の正面方向に立ち並んだ。
お華は、優斎に、
「ねぇ優斎先生。あの人達は何持ってるの?」
と聞くのだが、さすがに優斎でも全く分からない。
「あれも鉄砲かなにか?」
と重ねて聞くのだが、銃らしき物を持った兵士は既に並んでいるし、遠目ながらそれとは違う様に感じ、
「さあ、なんでしょ。鉄砲って感じではありませんが」
これは、浩太郎や裕三郞は勿論、さすがの勝でさえ分からなかったが、おみよが指差しながら、
「あれは、ラッパじゃない?」
と言い出す。
お華は驚いたが、その時、頭領らしき、立派な装いの男がその連中の前に立つと、
男達は、一斉にそれを口に当て、お華とおみよは初めて聞く音が流れ始めた。
そう、その男達は、軍楽隊の兵士だったのだ。
おみよは手を叩き、
「やっぱり!」
とニコニコしている。
いわゆる音合わせ、チューニングを始めたのだ。
そして、前の男が両手を挙げ、そして振り下ろした。
それと同時に、曲を奏で始めたのだ。
皆、驚きの声を上げる。
最初に演奏をした曲は、アメリカ国歌、「星条旗」であった。
さすがにお華は、彼女が知ってるものと全く違った音と曲に、大きな衝撃を感じていた。
耳に手を当て、思いっきり目を広げて聞き入っている。
当然だが、浩太郎達も驚いていた。
日本で西洋の音楽が最初に流れたのは、天正あたりの織田信長の頃と言われている。
彼は自らも、オルガンも弾いていたと伝わるが、その頃の曲は聖歌、いわゆるキリスト教の曲だけである。
この時の曲「星条旗」は、アメリカ独立戦争の頃に生まれた曲である。
勘違いしやすい有名な「星条旗よ永遠なれ」(スーザ作曲)は、後年、南北戦争の頃である。
そして、曲が流れると殆ど同時に、何人かの下僚を従え、米国東インド艦隊司令長官・代将、マシューペリーが降りてきて、日本の大地を踏みしめた。
それには、今度は優斎と勝、そして浩太郎が、
「お~」
一斉に、声を上げる。
この時から、現代に続く、日米の関係が始まる事となる。
演奏はペリー一行通過の後も続いているのだが、残念ながら、何を演奏したのか、資料が無いので、正確なところはわかっていない。
ただ、一曲、日本で初めて演奏された、この曲だけはしっかり伝わっている。
「ヤンキー ドゥードゥル(Yankee Doodle)」
である。
実は、一回目の来日の際にもこの曲を演奏している。
一説には、この曲はイギリス医師が、フレンチ・インディアン戦争の際、イギリス援軍に向かった当時植民地だったアメリカ兵士達の服装・兵器がバラバラであった為、それをからかって作った曲と言われている。
ヤンキーはアメリカ軍隊を指し、ドゥードゥルは間抜けと言う意味の様だ。
ところが、この曲は何故かアメリカで流行し、独立戦争の折には、愛国歌の様に歌われるようになった。
この曲はこの黒船騒動で、日本でも有名な曲となってしまう。
ところがおかしな事に、曲は一緒でも全く違う意味の曲となってしまう。
さて、この時その曲が流れ出すと、お華とおみよは思わず立ち上がって、興味深くその曲を聴いた。
「なんか、こんぴらみたいな曲ですね~」
お華も頷き、
「アメリカにもこんな曲があるんだ~」
と喜んでいる。
そうこの曲は、今現在、我々もよく知っている。
日本名「アルプス一万尺」だ。
この時の日本の人々に、かなりな印象を与えたらしく、日本語の歌詞を付けて、今に伝わっている。
お華は、満足していた。
勿論興味があったからきたものの、まさか、向こうの曲まで聴くことが出来たのだから、おみよと二人、芸者としてこれ以上の勉強と経験は無い。
おみよは、曲自体にそれほどの思いは無かったが、楽隊による迫力ある音には感動していた。
やはり、三味線に慣れた彼女らしい思いかも知れない。
するとお華は、思わず軍楽隊の方に飛び出して行ってしまった。
浩太郎とおみよは、「あっ」と驚いたが、声は届かない。
呆れた事に、警護をしている男達の間をササッと抜けだし、走り抜けて行く。
その男達も驚いたが、止める間も無かった。
しかし、女の様だったし、ペリーは過ぎた後で、楽器の方に行ったので、そ
れ程心配しなかったが、心配したのは残った方である。
勝でさえ慌てて、
「おい、止めろ止めろ!」
と言うので、浩太郎と優斎は青い顔で、
「あの馬鹿!」
の言葉を残して、追っかけて行く、おみよも佐助も後に続く。
裕三郞は笑って、
「やっぱり、やりましたよお華さん」
勝は、大笑いしている。
そのお華、トランペットを脇に抱え戻ろうかとしていたある男の元にお華は、全くの恐怖も無く近づき、通じる訳も無いのに色々と言って、トランペットを指でコンコン鳴らしている。
その者も突然の事で驚愕しているが、お華はお構いなく、日本語で話しまくっている。
追い付いた、優斎はその様子を見て驚いていた。
言葉は絶対通じないのに、やけに楽しそうに話しているお華を見てである。
浩太郎は余り近づくことも出来ず、
「あいつ、何話してるんだ? 戻ってこい!」
と、焦って言うのだが、まだ話している。
優斎は笑いながら、
「いや~一方的に話しても、何とか通じるものですね~」
と妙に感心している。
そのお華。何を一生懸命、身振り手振りも併せて喋っているかと言うと、
「私の前で一回吹いてくれ!」
である。
その団員は、最初は驚いていたが、意味が分かったのだろう、廻りの者達に笑われながら、仕方無く、パパラ、パパ~と和やかに吹いてくれた。
お華は、手を叩いて声を上げて喜び、
「ありがとう、ありがとう!」
と、頭を下げる。それを見ている浩太郎達は呆れ顔である。
異文化が通じ合った。
とまでは言わないが、笑顔の中で交差した瞬間だった。
ところが、その雰囲気が一瞬で、壊された。
向こうの方から、見た目浪人らしき男が刀を振り上げ、
「こんな奴に尻尾を振りやがって! あいつを斬れ! 攘夷じゃ!」
と、こちら江戸時代初めて聞かれる言葉を叫び、男二人が指揮者に向かって突っ込んで来た。
お華はすぐ気が付いた。その瞬間、浩太郎に、
「いくよ、兄上!」
と、今まで明るく優しげな目尻が頂点に上がった。
楽隊員は兵士だが、当然、武器を持っていない。
突然の事だが、廻りの警固の兵士は直ぐ銃を構える。
しかし、余りに一般人が多すぎて躊躇してしまう。
その方向で撃ってしまったら犠牲が出てしまうのは明らかだ。
従って、銃を剣のように振り上げ、指揮者を守ろうとしたが、それに構わず突っ込んでくる。
しかしお華は素早く華麗に廻り、妖しげな光を残して簪を二本飛ばした。
優斎とおみよはその瞬間、やはりやったぁ、という顔をしている。
その簪は、腿に綺麗に突き刺さり、二人を一瞬で止める。
そして、間髪入れずに再び投げ打った簪二本が、双方の髷を爆発させた。
誰より近くで見ていた楽隊員は、あまりの事に思わず両手を挙げ、驚愕している。
浩太郎が、間髪入れず佐助に、
「お縄だ!」
と、自分が持つ縄を投げ与え、佐助はそれをパシッと受け取り、倒れている男達に向かって走っていこうとした時、
その中の、一人の浪人が、飛ばされた刀をもう一度手に取り、立ち上がった。
しかし、お華はそれを見逃さず、今度は、左右の腕に四本打ち抜いた。
その男は咆哮を上げ、刀を遙か後方に、飛ばされて再び大の字に倒れていった。
再びのお華の手練には、こんどは兵隊と楽隊員達が、
「amazing!」
の声と共に、大歓声を上げて拍手している。
外側の野次馬達も、思わぬ出来事、いや、日本の女が、あっさり侍達を打ち倒した事に驚いていた。
ふっと、我に返ったお華は、自分に向けている歓声に、恥ずかしげに頭を掻いている。
するとそこに、騒ぎを聞きつけ、幕府側の役人達が走ってくる。
途中で胡乱な侍が、針山の様な姿で倒れ込んでいて、佐助が二人一遍に縄を掛けている事に大きく頷き、近くに寄ってきた。
浩太郎もそれに気づき、深々と頭を下げ、
「これはこれは、お騒がせ致しまして申し訳もございません」
と謝るが、その役人は笑顔で、
「いやいや、遠くで見ていたが、よく大事にならず片づけてくれた。礼を申すぞ。ところでで、そなたは?」
浩太郎は少し笑い、
「これは申し遅れました。私は北町の同心、桜田浩太郎にございます。そして……」
とお華を直ぐ呼び、
「これはお華と申し、私の妹にございます」
お華と浩太郎は、一緒に頭を下げる。
その時、その男と一緒にやって来た若い男は、軍楽隊の指揮者に、話しかけている。状況の説明、とはいっても、英語を満足に使えるわけでもないから、オランダ語混じりに説明しているのであろう。
そして、その偉そうな方の男が、
「わしは、旗本目付、小栗上野介という」
そう。後年「明治の父」とも言われ、後に、日本人で初めてアメリカに渡り、そして日米初の日米通商交渉を行い、その能力の高さに驚いた記者が全米に伝える程の男である。
しかし、この時はまだ目付である。
そして、
「そなたが、彼奴らを仕留めてくれたのか?」
小栗でさえ、目の前の女が、侍二人をあっという間に倒してしまったのには、本当に驚いていた。
すると小栗は、思い出した様に、
「あ、お華と言えば、確か、先にお辞めになった姉小路の片腕と言われ、先の上様にご褒美まで頂戴した女って、そなたか?」
そう言われると、お華も恥ずかしながら、
「いえいえ、姉様にはいつも、からかわれてまして、遊ばれてるだけにございますよ」
大笑いする。
するとお華は、指揮者と話している通訳の男を指差し、
「申し訳ございません。あの方は何という……」
と小栗に聞くと、
「ああ、あれは立石釜次郎という、私が使っている通訳じゃ」
するとお華は頷き、
「立石様?、その外国人さんにもう一曲、何かお願い出来ないか聞いて下さる?」
すると、釜二郎は、
「あなたは芸者なのですよね。踊り子という事で紹介しても良いですかね?」
とその男は、妙に魅力ある笑顔で、お華に聞く。
実はこの男、後年、小栗と同じくアメリカに渡る男である。
ところが、この男、特に何が凄いと言うわけでも無いのだが、
何故か、米国の若い女性の目に止まり、まるで日本に初めて来たビートルズの様な女性に大人気となる男である。
もちろん小栗と同じく、この時は、日本の若い娘でさえ、全くそんな人気はない。
その釜二郎は、
(彼女の名前はお華。あなたたちにもう一曲お願い出来ないか? と言ってます)
と、辿々しい英語でお願いすると、
その指揮者は満面笑みで、大きく頷き、釜二郎にひとこと言って、楽団員達に指示する。
釜二郎は、お華に、
「お華さん。おお、お華! って言う曲やるそうですよ」
と笑って言うと、お華も少し驚き、
「おおお華~? そんな曲のあるの?」
こちらも大笑いである。
指揮者が言ったのは、その頃アメリカで流行っていた、フォスターの曲「おおスザンナ」の洒落だった。
~おおスザンナ
泣かないでおくれ、
俺はバンジョーを膝に
アラバマからやって来た~
お華が笑顔で聞きながら喜んでいる間、
浩太郎は小栗に、
「小栗様。私は町奉行所同心ですが、今日は私もあちらに居るような野次馬の一人でございまして……」
少々苦笑いして、
「さすがにここは、範囲外。誠にお手数かけますが、そちら様であれらの処置をご命令お願いできませんでしょうか?」
それには、小栗も笑いながら頷き、
「いや、こんな時に、本当に助かった。あとは任せなさい」
と言って、接待所の方に去っていった。
お華とおみよは、今度は近くでじっくり曲を聴いている。
二人とも嬉しそうだ。
そんな時、海辺の方で、町人達に混じっていた侍が、
「驚いたな……」
などと呟いていると、もう一人の若い男が近づいてきて、
「先生。小舟の手配着きました」
と報告した。
「お、そうか。では、いよいよ今宵だな」
などと話し合っている。
その年嵩の方の男の名は、吉田松陰という。
そして同じ時、向こうの小山の方で、立ってお華達を見ていた男がいた。
その男は懐手で腕を組み、しきりと感心していた。
「あの娘は、姉上や、さなさんより、いや、わしでも敵わなんかも知れん。船も凄かったが、色んな者がおって面白いの~」
と笑っている。
この日、黒船を見学しにきていた、土佐の坂本龍馬という名の男であった。
この日は幕末に関わるのある人間が、多数集まっていた日でもあった。
さて、曲が終わると、お華は、まだ残っていた釜二郎に、
「これは、つまらないもんだけど。おみやげよって伝えて」
とお願いしながら、後ろ帯に刺していた一本の白扇を抜き、
パンと一度広げ、指揮者を仰いでやり、改めて閉じて渡してあげた。
その指揮者は大喜びし、
「You are the Dancing Queen !」
などと叫ぶ。
お華は首を捻り、
「何て言ってんの?」
と聞くと釜二郎は、和やかに、
「あなたは、踊りの女王だ! だって」
そう言って大笑いする。
するとお華は微笑んで、簪を頭から一本抜き、向こうで小旗を立ってるアメリカ人に向かって、日本語で、
「動いちゃだめよ!」
と、軽やかに少し舞って、また旗に向かって簪を撃った。
それは、その旗の棒頭にキーンと音を立てて突き刺さる。
また、男達に歓声が上がる。
「Like William Tell !」
などと声が上がる。
しかし、浩太郎は、いい加減にしろという感じで、
「いつまでやってんだ。帰るぞ」
お華は頷き、後ろに振り向き、
「釜さん! ありがとうね! そして皆さん、ありがとうございました!」
満面笑顔で一礼すると、先に行ってる浩太郎達に走っていった。
追いついたお華に、優斎が一言、
「まるで那須与一ですねぇ~」
と微笑む。
浩太郎も笑って、海を後にした。
~つづく~
今回もお読み頂きありがとうございます。
さて、新将軍が登場しました。
ただ、この将軍。脳傷害を煩っていたようで、どうも将軍としての勤めはかなり大変だった様です。
この方も遺骨が発掘されてますが、ところが遺骨だけを見ると、かなりのイケメンだったのではと言われています。
実際、遺骨は江戸の人間と言うより、超貴族的と言われるぐらい現代的であった様です。
ただ、彼は前にもお話しした通り、生き残った、たった一人で、しかも男であった為、若い頃は毒殺など陰謀の噂が絶えなかった人でした。
あるいは本当に殺されかけた事があるのかも知れません。
現代では、その為に脳に傷害を負ったのでは? とも言われています。
さて、とうとう二度目の黒船襲来です。
この将軍の時に、この様な事が起こるというのも、徳川家にとって何とも悲運を感じますが、一方でちょうど良かったとのかも知れません。
お華は、軍楽隊、今ならマーチングバンド? これに余程、ご満足だった様です(笑)
しかし、初めて日本人が聞いた曲が、「アルプス一万尺」とはね。
まあ、何となく喜劇的で面白いとは思います。
マーチングバンドは、今ではむしろ日本の女子校のバンドが有名で、今ならお華も入りたかっただろうなぁと思ってしまいます。
一度、YouTubeで見て下さい。(シング・シング・シング)がお勧めです。
さて前回、黒船騒ぎは太平洋戦争への遠因と書きましたが、
一方で、平安後期から続いていた武家政権をようやく終わらせる事が出来たきっかけでもあります。
個人的には音楽なんか考えると、それはそれで良かったなと思ってしまいます。
今回も、ゲストが出てきましたが、如何だっただったでしょうか?
江戸的には、海舟、小栗が揃いました。
でも私は、立石釜次郎が好きでして、今回登場させることが出来て嬉しいです。
ご存じない方もいらっしゃるかも知れませんが、彼は日本史上初めて、全米で大人気となった男です。
その始まりは、咸臨丸による我が国初のアメリカ訪問。
実は、彼自身、日本で、そしてアメリカで何かをやったとか、全く功績はありません。
ただ、アメリカの地に降り立っただけなのですが、一目彼を見たアメリカの若い女の子から大人気となってしまいました。
そしてパレードでも、小栗は勿論、幕府のお偉方誰より、大きな歓声を浴びています。
そしてさらに、彼が何をした訳でも無いのに、「トミーポルカ」というレコードまで発売される始末。(これもYouTubeで聞く事が出来ます)
一度、小説で書きたいと思うんですが、どうかな~(笑)
では、今回もお読み頂きありがとうございました。
次回もよろしくお願い申し上げます。




