第20話 緊急会議
有馬記念に向けて調整を開始したフブキだったが、一向に調子が上がってこない。
俺の問いかけにも『我はもうダメである』とか『走る意味がない』とか、ネガティブな返事しか返ってこない。
(フブキ、らしくないぞ!!以前のふてぶてしいまでの態度はどこにいったんだ!!)
俺の激にも一切反応せず、ただ漠然と坂路を駆け上がるフブキ。
当然、タイムも出ず、覇気もない。
悪い流れが続く。
11月の下旬には、フブキが熱発し、ドクターストップがかかった。
フブキの調教は当然できない。
美雪さんを交え、緊急会議が行われた。
当然、フブキの今後の事である。
「繫養先であるスタリオンとの契約は完了しているから、今年で引退という事は動かせないの。あとは、有馬記念に出走するか、しないかの問題。これだけの馬でファンも多い。当然、ファン投票も圧倒的トップ。できる事ならファンのため、競馬界のために有馬記念だけは出走させたいとは思うわ。ただ、私としてはフブキちゃんの体調次第。無理してまでの出走はあり得ないわ」
「美雪嬢、実は体調以前に菊花賞が終わってから、フブキから走る気力というものを感じなくなったんだよ。体調が改善しても、走る気が戻らないなら有馬記念に出走させても…」
先生の意見を聞いて美雪さんが目を閉じる。
重苦しい空気が流れる。
「フブキちゃんに走る気力がなくなったのなら…」
「美雪さん、先生。ちょっといいですか?」
二人が俺の顔を見る。
「どうした?真白。言いたい事があるなら言ってみろ」
「そうよ、真白君。あなたが一番、フブキちゃんの事を分かってるんじゃないの?全レース、調教でも騎乗しているんだもの」
「実は…」
俺は信じてもらえるか分からないが、フブキが走る気を無くした原因を話す。
『失恋!?』
二人が声を合わせて驚く。
「はい。フブキは新馬戦を一緒に走ったセクシーボイスという牝馬に一目惚れをしていまして…。その牝馬は結局、未勝利戦を勝ち上がれませんでした。そして、トレセンから姿を消したのが丁度、菊花賞の前後だったはず。調教を再開してもセクシーボイスを探すそぶりをしていましたが、姿を見つけられず…精神的ショックを受けて走る気を無くしたようです」
「真白、調教師の俺にその話を信じろと?」
「…まあ、俺がそう感じただけなのかもしれないですが」
「さすがに信じられ…」
「あははははっ、おもしろいじゃない!!真白君」
突然、美雪さんが大笑いをする。
「美雪嬢!?」
「白井先生、調教師としては認められないかもしれないけど、私は真白君の失恋説を信じる、いえ、信じたいわ!!」
驚く先生を無視し、美雪さんは自分の世界に入り込む。
「あぁ、フブキちゃんは何て純情なんでしょう。初恋の馬が突然姿を消し、胸が張り裂けそうな気持ちになる。そして何もかもやる気がなくなる。分かるわ。私にも同じような経験があるから分かるのよ。フブキちゃんの気持ちが…痛いほど………ね。まだ私が20代前半だった頃、仕事に追われて大好きだった恋人が、突然、置手紙を残して姿を消した事があったのよ。どうしていいか分からなかった。心に穴が開いたような、そんな気持ちになった。今でも心にトゲが刺さっているような感じがして、ちょっぴり痛むのよね」
俺と先生は、唖然としながら美雪さんの話を聞く。
(この美雪さんの自分語り、どうするんですか?止まりませんよ!!)
俺は先生に目で合図を送る。
(どうする?ったって、お前のせいだろう!?何とかしろよ!!)
先生がそんな鋭い目つきで俺を見る。
(俺には無理です!!先生、お願いします!!)
俺は先生に全振りするが、先生も美雪さんの自分語りを止められず、延々と30分間もの間、美雪さんの過去の恋愛事情を聴かされたのだった。
自分語りに満足したのか、美雪さんが『そのセクシーボイスという馬。私が買い取りましょう!!』と言い出した。
「買い取るったって…また血統登録し直して入厩させるんですか?有馬記念は一か月を切っています。そんな時間ありませんよ」
美雪さんは先生の言葉など無視してスマホを操作する。
「あぁ、この馬主さん。知り合いだわ!!」
電話をかけ、何やら話をする美雪さん。
そして『廃用寸前だったみたい。危なかったわ!!』と、満足そうな顔をした。
「買い取ったんですか?」
「えぇ、来年、フブキちゃんを種付けさせるわよ!!」
美雪さんはそう言って、俺に向かって親指を立てたのだった。




