第19話 …失恋
(止めい、止めんか!!気色悪い。お前にキスなど、されたく無いわ!!)
(そう言うなよ!!無敗の三冠馬だぞ。フブキも嬉しいだろ?)
(そんなもの、勝手な人間どもの価値観なだけで、何の興味も無いわ!!)
(そ、そんな身も蓋もない事を言うなよ)
俺はフブキに冷たくあしらわれ、一気に興奮が冷める。
しかし、スタンドからの歓声はやむどころか、俺とフブキが正面スタンド前まで帰ってくると、もう一段ヒートアップする。
フブキが立ち止まる。
俺は指を三本、天に向け立てた。
地響きのような歓声が巻き起こるが、フブキは全く動じることはない。俺はフブキを促し、検量室前まで戻っていく。
馬上から厩務員さんと握手を交わすと、ガッツポーズを決める白井先生と、泣きじゃくる美雪さんが見えた。
俺と先生は『言葉はいらない』とばかりに無言で抱擁する。
しかし、今までの思いが溢れてくるように、ひと筋の涙がこぼれる。
「馬鹿野郎、泣くんじゃない!!」
そう言う白井先生の目も、真っ赤になっていた。
泣きじゃくり、言葉が出てこない美雪さんを優しく抱きしめ、俺は検量室に入っていった。
表彰式も無事に終了し帰路に就く。
今日は、美雪さんが予約した料亭で、祝勝会が行われるが、また後日、美雪さんの自宅で、豪勢な三冠パーティーが行われる予定だ。
祝勝会まで時間がある。
喜び、不安、重圧、責任感…。俺は一人になるとプレッシャーから解放され、その場で座り込んでしまった。
そして、とめどない涙が溢れ出し、一人、号泣したのだった。
涙が枯れるほど泣いた後、余計なものが涙と一緒に体から流れ出し、心と体が軽くなったような気がした。
俺はスッキリした気持ちになって祝勝会に向かう。
笑顔全開の美雪さんが俺を迎えてくれた。
「あれれっ!?真白君、顔つきが変わったわね!!男らしくなったというか、一皮むけたというか、三冠ジョッキーになったという自信が、表情に出ているわよ!!」
美雪さんが俺の顔を覗き込んで言う。
「美雪さんが俺を男にしてくれましたから!!」
俺は心から感謝の気持ちを伝える。
「あらっ、いやだ。他人が聞いたら誤解するじゃない!?」
美雪さんは顔を赤らめうつむいた。
俺はそんな美雪さんを見て『40代後半とは思えない可愛らしさだ!!母親よりも年上だが、正直に言って………今なら、抱ける!!』と思い、腰に手を回し、抱き寄せようとする…が、しかし
「がはははっ、真白。遅いじゃねぇか!!こっちへ来い。今日は飲んで飲んで、飲み倒すぞ!!」
俺は白井先生に連行される。
「真白、俺は嬉しいぞ!!」
「い、いや、俺は今、大事な所で…」
「クラシック三冠も嬉しいが、お前が成長してくれた事が、たまらなく嬉しいんだよ!!わかるか?」
「わ、分かりますけど…大事な所だったのに…」
「今日は真白、お前を寝かさないからな!!」
「えっ!?それは…俺が…美雪さんに…言う……セリフ…」
「何をブツブツ言っているんだ!!飲め、飲め!!」
俺はたぎらせた気持ちを無理やり押さえつけ、やけくそになり『これでもか!!』というくらい日本酒を飲み倒す。
酔い潰れた俺は厩舎のみんなに担がれ、料亭から無念の帰宅をしたのであった。
二日後…
俺は酒も抜け、颯爽とトレセンまで向かう。白井厩舎に着くまで、何人もの人から声を掛けられ祝福される。
俺は三冠ジョッキーになった事を実感する。
(でも、まだまだだ。もっと努力して、上を目指していく!!)
今の俺には昔みたいなネガティブな感情はもはやない。フブキと出会った事で歯車が噛み合い、騎手人生が正の回転を始めた。
そのフブキとのレースも、有馬記念を残すのみ。
俺は少し寂しげな気持ちで馬房へと向かった。
「わはははっ、真白!!なかなかの騎乗であったな。我も嬉しく思うぞ!!」
上機嫌でりんごを食べるフブキ。
「ありがとな。でも、まだまだだよ。ニュースでもフブキの話題ばかりで、主戦騎手である俺の話はほとんど出ないからね」
「わはははっ、それは相手が悪い。我と真白、お前では役者としての格が違うからな!!」
俺は『まあ、事実だから仕方が無い』と思い苦笑いを浮かべた。
「これでセクシーボイスちゃんのほうから我に対して積極的なアプローチをしてくる事になるだろう!!わははは、たぎってくるわ!!」
フブキはそう言って、馬っ気をたぎらせる。
「たぎらせるんじゃない!!」
フブキは俺のツッコミも無視してたぎらせ続ける。
「…残念だけど、あの牝馬は引退したよ」
「な、なにっ。どういう事だ。真白、説明しろ!!」
俺の言葉にフブキの表情が一変する。
「詳しくは分からないけど、未勝利を勝ち上がれなかったからね。もう二度とトレセンに戻ってくる事はない」
「………そうか」
明らかに気落ちするフブキ。
俺は心配になり、りんごを切り分け差し出す。
「…いらぬ。真白、今はそっとしておいてくれ」
「…フブキ」
フブキはそれっきり、馬房の奥に引っ込んでしまったのであった。




