09.鬼同期と帰路
週明け。午前中は長谷川と打ち合わせ。それが終わると、長谷川は客先へ向かっていったから見送って、私は昼を食べてから自分の仕事に戻った。
夕方は戸部先輩と秦野ちゃんと三人でマニュアルの見直し。戸部先輩の上がり時間まで作業して、先輩を見送ってからコーヒーを飲んで一息ついていたら、長谷川が帰ってきた。
「おかえり」
「おう、結果共有する。今いい?」
「いいよ」
まだ湯気の立つマグカップを持ったまま、ノートパソコンも抱えて打ち合わせ用の机へ移動した。
「感触はよかった。前から話してたしな。日程もちゃんとご納得いただけたわ。立花の言うとおり、余裕持たせて正解だった」
「そらよかった。先方は高齢の方が多いからね。二十代三十代のこっちと同じペースでとはいかないよ」
「そうだよなあ。いや、うちの親が板前なんだけど、俺より元気だから同じ感じでいこうとしてたわ」
「あ、そうなんだ?」
「言ってなかったっけ」
長谷川はなんでもない顔のまま、お客さんとのやり取りをまとめたメモを送ってくれた。
「仕込みのときとかさ、お客さんが入ってないと普通に新入りを怒鳴り飛ばしたり、詰めたりしてたのを見てきたけど、まあ……違うよなあ」
なるほど。
長谷川のモラハラは親譲りか。
でも、板前さんと営業で同じやり方しちゃダメだってことに、私に指摘されて初めて気づいたんだろう。
いや、誰か言ってやりなさいよ。
なんで今まで誰も言わなかったのさ。
それもなんとなくわかる。長谷川の成績が良かったからだ。
新人のころから同じ部署にいる私は知っている。こいつ、新人のころから同期にはキツい言い方をしてたくせに、先輩にはきちんと頭を下げて礼儀正しかった。
板前さんっていう上下関係に厳しい親を、良くも悪くもそのまま見習っていたのなら、そういうことかと納得できる。
「まあ、なんでもいいんだけどさ」
「いいのか」
「いいよ。だって気づいたんでしょ。改善しようとしてる人を責めるほど、私は暇じゃないし」
「そらそうだ。立花には納期の調整をしてもらわねえといけないからな」
「げえ。簡単に言ってくれるなあ、もう」
送られてきたメモを見ながら今後の話をして、それぞれ自席に戻った。
***
定時前、外回りをしていた紫くんが戻ってきた。
長谷川と少し喋ってから、紫くんは私の隣にドカッと座った。
「お疲れさまでーす。そういえば最近、長谷川さん丸くなりましたよね」
「そうだね。ところで定時過ぎたし、私は帰りたいから自分の席に戻りな?」
「いや、一箇所ひどい目にあったんですよ。慰めてくださいよ」
「彼女にでも言え」
「いないから先輩にお願いしてるんじゃないですか!」
「うるさ……」
紫くんが戸部先輩の席でぐちぐち不満を垂れ流すのを聞き流しつつ、長谷川に頼まれたお客様先への日程調整の連絡を入れる。明日は丹沢先輩とお客様先へ行くから、資料ができているか確認して先輩に送って……。
「これ、問題ないから入力よろしく」
私と紫くんの間にスッと書類が差し出された。
何かと思えば長谷川で、さっきお客さんと調整した資料だった。
「了解」
受け取ると、長谷川は紫くんをジロッと睨んだ。
「お前はだべってねえで仕事しろ」
「は、はいっ」
紫くんが慌てた顔で自席に戻っていった。
改めて渡された書類を見ると、付箋に「入力後、俺にも一度回してくれ」と書いてあった。
「いや、口で言いなよ」
「うるせえのがいたからな。……あいつに何か用事あった?」
「ないよ。席に返してくれて助かったけどさ」
「だろ」
長谷川はニヤッと笑って、自席へ戻っていった。
なんだ……?
ともかく入力を済ませて長谷川にメールしようとしたところで、今度は丹沢先輩がやって来た。
帰りたいんだけど。
「さっきの資料確認した。問題なしだから印刷しといて」
「了解です」
「嫌そうでウケる。明日でいいよ。行くの午後だし。俺ももう帰るし」
「んー、一応印刷してから帰ります。こういうのって、明日に回すと紙とかインクとか切れてたりするじゃないですか」
「あるある。でも遅くならないうちに帰りなよ。いくらウワバミとは言え女の子だし」
「ウワバミ関係ないですよ……」
あはあはと笑いながら去っていく丹沢先輩を見送って、長谷川にメールしてからプリンターへ向かった。
お客さんの分と私たちの分、それに予備まで印刷して振り返ると、部署の人数はだいぶ減っていた。
ぐぬ……週の頭から遅くまで働いてしまった。別に女の子って歳じゃないからいいけど、逆に疲れが抜けにくいから、できれば早く帰りたい。
資料をファイルに突っ込んで、パソコンの電源を落とす。
立ち上がったところで、長谷川と目が合った。
「……帰るんだけど」
「俺もだよ」
長谷川がおかしそうに言うから、なんだか私が自意識過剰みたいじゃん!
いや、実際ちょっと自意識過剰だったんだけど!
「お先でーす」
「お疲れさまです」
課長に会釈して、二人で執務室を出た。
……そういえば、先週末も長谷川と一緒に帰ったな。
どっちも、たまたまなんだけど。
「そういえば、立花が勧めてくれたコーヒースティック詰め合わせ、飲んだ」
「どうだった?」
「めちゃくちゃ甘かった」
「そりゃそうだ」
「おかげで目が覚めたわ」
「長谷川でも眠くなることとかあるんだね」
「俺をなんだと思ってるんだ?」
「モラハラ鉄面皮……だった」
「だった?」
「最近丸くなったって聞くし。よかったね」
「……そうだな」
初夏の穏やかな風が吹き抜ける。
それと同じくらい長谷川の声も穏やかで、さっぱりしてるのに妙にこってりした梅酒が似合いそうな声だった。
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