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10.鬼同期と雑談

 仕事中、給湯室に向かっていたら、自販機コーナーに長谷川と紫くんがいた。

 また何か怒られてるのかと思ったけど、どうやら普通に雑談してるだけみたい。

 そうかそうかと通り過ぎかけて、いや、雑談!?


 長谷川が後輩と雑談してる!!


 今まで先輩や上司と雑談してるのは見かけたけど、後輩や女子には避けられがちだったから、その辺で喋ってるのなんて初めて見た。


 なんだろう。子供がいて、初めて保育園とか幼稚園に預けたら、


「楽しかったよ!」


 って帰ってきたときの母親の気持ちってこんな感じなのかな……まあ、想像でしかないけど。


「なにボケッとしてんだ」


「うわ、びっくりした」


 感慨に耽っていたら、いつの間にか長谷川が目の前に立っていた。


「長谷川が後輩と雑談してることに感動してた」


「それくらいするっつの。給湯室行くならこれやるよ。間違えて買った」


 長谷川が私の手元のマグカップを見て言った。差し出されたのは冷えたアイスココア。反対の手にはブラックコーヒーの缶が握られている。


「じゃあ、ありがたく。お金持ってくる」


「それくらいいいよ、別に。代わりに頼みたい仕事あるんだけど」


「お金払う方がマシなやつじゃん。すぐ戻るから」


 ココアを受け取って踵を返す。

 背後から聞こえた紫くんの


「長谷川さん、立花先輩に気づいてからココア買いましたよね……?」


 という声に吹き出しそうなのを堪えて、営業部に戻った。

 財布を出しているうちに長谷川と紫くんは戻ってきて、結局お金は払わせてもらえなかった。


***


 数日後の夕方。データ入力を終えて伸びをしていたら、長谷川が通りかかった。


「戸部さん、そろそろ時間では?」


「あ、うん。でもこれだけ」


「そんなの立花がやりますから、上がってくださいよ」


「嘘でも自分がやるって言え」


 思わず突っ込むと、長谷川が「はあ?」と呆れた顔で肩をすくめた。


「そもそも立花が先に引き取れよ」


「明日までの入力が今終わったところなんだよ! それに戸部先輩がやってるの、私の入力データのダブルチェックだし」


「じゃあ、続きは俺がやりますよ。立花に頼みたいこともありますし」


「また私の仕事増やすの……?」


「立花さん、頼もしいからつい頼んじゃうんだよねえ。ありがと、じゃあお先に上がらせてもらうよ」


 戸部先輩を見送ってから、先輩がやっていたチェックを長谷川に頼んだ。


「で、頼みたいことって?」


「別にねえよ」


「ないの?」


「戸部さんが気にしないように言っただけだから。立花が山ほど仕事抱えてることくらい知ってるっつうの」


「あ、そう……」


 なんか釈然としないけど、やることはまだまだ山積みだから、自分の仕事に戻った。


 その後、長谷川からダブルチェックの結果が返ってきたので、申請を上げておく。

 お礼を言おうと顔を上げると、長谷川は秦野ちゃんと何か話していた。

 秦野ちゃんは怯えた様子もなく頷きながら話を聞いている。

 よかった、ついに秦野ちゃんにも怖がられなくなったんだね。


「立花―」


「はい」


 丹沢先輩が席でひらひら手を振るので、資料を置いて駆け寄った。


「さっき申請してもらったやつだけど、明日来いって言われてさあ……」


 先輩のパソコンを覗き込みながら少し話して、自席に戻った。


 明日、急遽お客様先に行くことになった。ちょっと遠い場所だから、交通費の精算をしないといけない。


「おい」


「んー」


 長谷川が寄ってきたけど、申請手続き中だから顔を上げられなかった。……と思ったら、めちゃくちゃ覗き込んできた。


「邪魔だけど」


「俺が話しかけてるのに顔も上げねえから、よっぽどやらかしたのかと思って」


「失礼だし俺様だしなんなの。明日、日帰り出張だから交通費の申請出してるんだよ」


「明日いねえの? そっか」


「なんかあった?」


「なんもない」


「甘えん坊か?」


「甘えてほしいのか? 俺に?」


「別にいいかな……それより何か用事?」


 入力を終えて、申請ボタンをバシッと押した。


 時計を見るともう定時を過ぎていたから、経理部に


「定時過ぎに明日の申請出してごめんなさい」


 を言いに行った方がいいかもしれない。


「さっき、何か言おうとしてなかった?」


「ダブルチェックありがとって」


「ああ、いいよ別に」


「……長谷川が爽やかだと、逆に不安になるな。なんか企んでない? それとも私に仕事させようとしてる?」


 つい聞いたら、長谷川の眉間にしわが寄った。


「俺をなんだと思ってるんだ。立花がいつも『いいよ』っつって手を貸してくれるから見習ったんだろうが」


 長谷川が、私を見習った!?

 そっちのほうが、なんか不安だなあ。

 やっぱり何か企んでいるのかも。


「立花、めっちゃ失礼なこと考えてるだろ」


「まあ」


「否定しろ」


「立花、楽しそうなところ悪いんだけど」


 私と長谷川の間に、丹沢先輩が苦笑しながら顔を出した。


「ご用ですか?」


「うん。一緒に経理部に頭下げに行こう」


「一緒に行ってくれるんですか! 助かります!!」


「何かやらかした?」


 長谷川にざっと事情を説明すると丹沢先輩と同じような苦笑になった。

 だって、お客さんが直接説明しろ、明日すぐ来いって言うんだもの。新幹線の距離だけど、一応日帰りできる範囲だし、行けない理由もなかったから仕方ない。


 長谷川に見送られて、丹沢先輩と経理部に向かった。


「長谷川、ずいぶん丸くなったよなあ」


「ですよね。紫くんや秦野ちゃんとも、普通に話してました」


「……立花と話してるときが一番穏やかに見えるけど」


「まあ、同期ですからね」


「それだけじゃなさそうだけど……あ、俺のネクタイ曲がってない?」


 経理部の前の廊下で丹沢先輩が立ち止まった。

 廊下の窓ガラスに姿を映して、ネクタイとシャツ、それから髪型を確認している。


「大丈夫です」


「経理に葉山さんいる?」


「いそうですね」


「じゃあ俺が話すわ」


「はあ」


 ……?

 葉山さんは経理のきれいなお姉さんだ。めちゃくちゃ厳しくて怖いけど。

 先輩はもしや……?


 野次馬しようと思ったけど、先輩も私も葉山さんにめちゃくちゃ怒られて、それどころじゃなかった。

葉山さんのイメージは経理部の森若さんです。

***

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