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08.鬼同期と週末のビール

 初夏の金曜日の夕方。

 部内ミーティングを終えて席に戻る途中、長谷川が駆け寄ってきた。


「さっき打ち合わせで出た進捗だけどさ」


「どれの話?」


「料亭に卸す話」


「ああ、長谷川が担当だっけ」


 問い合わせ対応や輸入元とのやり取りは私がしていたから、料亭側と話を進めていた長谷川と細かいすり合わせをしないといけない。

 部署に戻って、フロアの隅にある打ち合わせ用の机で向かい合う。


 今後の進め方の相談を終えて席を立とうとしたところで、長谷川が急に気まずそうな顔になった。


「あー、あのさ」


「うん?」


「さっきのミーティングで秦野にちょっと指摘したじゃん」


「してたね」


 長谷川が秦野ちゃんに調べものを頼んでたんだけど、調査が甘くて、肝心の知りたいところが全然わかんなかった。で、その件を長谷川がかなりきつめに詰めていたのだ。


「……キツかったかな」


「どうだったかって言われたら、キツかったよ」


 あ、すごい。ちゃんと自分で自覚あったんだ。ミーティング中はいつものシレッとした顔してたから、何とも思ってないのかと思ってた。


 長谷川はますます気まずそうな顔になってしまった。


「俺、なんて言えばよかったかな」


「んー、そもそもさ。みんなの前であそこまで詰めなくてもよかったと思うよ」


 長谷川と秦野ちゃんの意思疎通がうまくできてなかったのが原因なんだから、秦野ちゃんだけが悪いみたいに、みんなの前で叱る必要はなかったと思う。

 ――みたいなことをなるべく柔らかく言ったら、長谷川が見る見るしょんぼりしてしまった。


「そこからか」


「秦野ちゃん呼んでこようか」


「えっ」


「長谷川、自分でも悪かったって思ったんでしょ」


「……まあ」


「じゃあ大丈夫。ちゃんと落ち着いて話すといいよ」


 私も自分の仕事に戻りたいし。

 長谷川と秦野ちゃんの問題は、二人でなんとか解決していただきたい。だからそんな捨てられた犬みたいな顔をするんじゃない。私はママか。


「長谷川、『俺のイメージが崩れるからエプロンのことを言いふらすな』って言ってたじゃん」


「でも俺、イメージ良くないって言われたし」


「ならなおさら、自分で話してイメージ変えなよ」


「……そうだな。うん、悪い、秦野に声かけてきてくれるかな」


 立ち上がって秦野ちゃんに声をかけた。

 案の定、嫌そうな顔をされたけど、まあ仕方ない。


「追加でお叱りですかね……」


「そう悪い話じゃないと思うよ」


「うー」


 全然信用されてなくて、ウケる。

 まあ、そこは長谷川の自業自得だ。それこそ自分で態度を変えていくしかない。

 私には私の仕事があるからね!


 席に戻って、さっき長谷川と話した内容をまとめたり、帰っていった戸部先輩の進捗を確認したり、やることが山のようにあった。



 定時を少し過ぎたころ、コーヒーのお代わりをしようと立ち上がったら、長谷川と秦野ちゃんが同時にこっちを見た。

 なんか睨み合いみたいな空気になってしまったので、長谷川にはジェスチャーで待っててもらうように頼む。

 長谷川が小さく頷いたので秦野ちゃんと給湯室に向かった。


「大丈夫?」


「はい。……長谷川さんに謝られたんですけど、立花さん、弱みでも握ってるんですか?」


「あはは。まあ、ある意味そうかもね」


 休みの日はエプロン姿で過ごしてることと、自分がモラハラ野郎みたいに思われてるのを気にしている。

 それは弱みなのかなあ。


「でも、私も長谷川さんにビビっちゃって、話を全然聞けてなかったから、気をつけます」


「うん。それに、言われたことがわかんないのって、指示出した側の責任でもあると思うから。わかんなかったら、ちゃんとそう言ってほしいな。わかんないって言ってもらわないと、こっちも気づけないし」


「はい。長谷川さんにも言われました」


「長谷川が怖くて聞きづらかったら、私とか戸部先輩とかに聞いてくれてもいいし」


「ありがとうございます」


 秦野ちゃんは、さっきよりホッとした顔で席へ戻っていった。


 私は持ってきたマグカップを軽く洗って、ティーラテのスティックを開ける。給湯器からお湯を注いでいたら、長谷川がやって来た。


「おつかれ。……悪いな」


「何が?」


「秦野のフォローさせちまって」


「いいよ、別に。長谷川に謝られたって秦野ちゃんが驚いてた」


 そう言うと、長谷川はやっぱり気まずそうな顔をした。


「悪いかよ」


「全然。むしろいいことだと思う」


「あのさ……いや、やっぱいいや。それなに?」


 長谷川が私のマグカップを覗き込んだ。


「ティーラテ」


「この間のとは違うやつ?」


「うん。飲む?」


「飲む。この間のカフェオレも、甘ったるかったけど美味かった」


「ねー。疲れてるときって、甘いのが染みるよね」


「立花、酒飲みのくせに甘党だよな」


「私は何でも食べるし、何でも飲むよ」


 さっきまでムスッとしていた長谷川が、そこでちょっと笑った。


「俺のエビカツも食ってたしな」


「コメダの他のメニューもおいしいよ」


「そうかよ。……で、さっきの料亭の件なんだけど、週明けに先方へ伺うから確認したいことがあってさ。秦野に追加で確認してもらったら、日程がちょっとキツい箇所あったんだよ」


「金曜の夕方に仕事増やさないでくれないかな」


「帰りにスーパーでカフェオレスティック買ってやるから」


「いや、それこの間私があげたやつだよね?」


 席に戻って、ティーラテのスティックを一本渡す。


 長谷川がそれを淹れるのを待ってから軽く打ち合わせをして、そのまま一緒に帰った。

 スーパーでコーヒーやカフェオレのスティックを並んで選んでる途中でふと我に返ったけど、なんで長谷川と普通にスーパーで買い物してるんだろう。

 結局、カフェオレだけじゃなくて、ココアと抹茶のスティックまで買ってくれたからまあいいか……。いや、いいのか……?


「おつかれー」


「おう、また来週」


 マンションの部屋の前で別れた。


 シャワーを浴びてさっぱりしてから、冷蔵庫のビールを取り出す。

 あー、うまい。

 この一杯のために私は働いているんだ。

 来週もたぶん忙しいけど、まあ頑張ろう。


 長谷川が前より丸くなってきた分、職場の空気もだいぶ良くなってきた。この調子でみんなと仲良くなってくれ。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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