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07.鬼同期とカフェオレ

「ゆーかーりー。お前、このミス何度指摘した?」


 ある日、丹沢先輩と客先に顔を出してから会社に戻ると、フロアに長谷川の怒鳴り声が響いていた。視線を向ければ、紫くんが盛大に怒られている最中だった。


「す、すみませんっ」


「何度も何度も同じ事を言わすな! 新人かお前は! 指摘されたら確認しろ! メモを取れ! 新人がされるような指摘を何年もされ続けんな!」


 そのあとも長谷川の説教は十分近く続いて、最終的に、


「今言ったことを全部直せ。でもって二度と俺に同じ事を言わせるな!」


 と怒鳴った。


「おお……長谷川くん、今日めちゃくちゃおこだね」


「おこですねえ」


 丹沢先輩とひそひそやっていたら、説教から解放された紫くんが涙目でこっちに駆け寄ってきた。


「立花先輩、助けて……」


「子供かよ」


 呆れ顔の丹沢先輩を紫くんが涙目で睨んだ。


「だって! 長谷川さん超怖いっすよ!」


「いや、紫くんも割と自業自得だからね? 長谷川の言い方はキツいけど、言ってること自体は間違ってないでしょうが。言い方はキツいけど」


「そうなんですよぉ。ああやってガーッて怒られると、こっちもワーッてなっちゃって、言われたこと頭に入んなくて」


「はいはい。いいからその報告書見せて」


 紫くんの持っていた報告書を見せてもらう。

 誤字脱字は前よりだいぶ減っていたけど、そのぶん細かいしょぼミスがやたら多い。

 一番ひどいのは、お客さんの名前を別の漢字に誤変換していたことだった。


「あのさ、せっかく長谷川が赤で指摘してくれてるじゃん。とりあえずこれ全部エクセルに一覧化しておいで」


「うっす」


 赤字だらけの報告書を、紫くんに突っ返した。


 それから丹沢先輩と、さっき行ってきたお客さんの反応や今後の段取りを軽く話して解散。

 私も私で、片づけなきゃいけない仕事が山ほどある。


 一時間ほどで紫くんが戻ってきたので、並べたミスを一つずつ確認しながら、対策を考えていく。


「誤変換はさ、辞書登録しときな。計算ミスはエクセルの設定ちゃんとして。卸値と原価の割合なんかそうそう変わんないんだし。営業部のテンプレフォルダに、計算用に作ったファイルあったはずだよ」


「そんな便利なものがあったんですか」


「でもねえ、誰もバージョンアップしてないから、ここ最近の物価高とか燃料高騰には対応してないんじゃないかな。いい機会だし修正しよう。紫くんはいったん、この修正一覧見ながら自分で直してみて。あとさ、長谷川も紫くんが嫌いで怒ってるわけじゃないの、わかるでしょ」


「……はい。わかってます。直してきます」


 紫くんを見送って課長のところへ向かおうとしたところで、戸部先輩に呼び止められた。


「テンプレ、私の方で直しておこうか」


「え、でも」


「大丈夫。そもそもこのテンプレ、前回修正したの私だし。入社してすぐくらいにやらされたんだよね。だから課長に、私がバージョンアップ始めるってだけ伝えてきてくれる?」


「了解です。ありがとうございます!」


 頭を下げて課長に伝えに行く。

 課長には二つ返事で了解してもらえた。席に戻って戸部先輩に伝え、今度こそ私は自分の仕事に取りかかった。



 夕方になる頃、紫くんが今度はぱっと明るい顔で駆け寄ってきた。


「長谷川さんにオッケーもらえました!」


「よかったね」


「もうちょっと喜んでくださいよ。えっと、ビールかけ寸前くらいで」


「まだ優勝決まってないから、そこまで喜べないじゃん」


「あ、そうでした」


 相変わらずそそっかしいけど、こうやって素直にニコニコ報告しに来るから憎めない後輩なのだ。


「ともかくさ、次に何か作ったときは、さっきの修正一覧ちゃんと確認して。同じミスしないようにして、別の箇所を指摘されたら修正一覧に追加していくの」


「それ、延々と増え続けるじゃないですか」


「増えっぱなしにならないように気をつけるんだよ」


「……うっす。なんか、最近長谷川さんが立花先輩のこと頼る気持ちが分かった気がします」


 なんだそれ、って突っ込もうとしたら、隣の席で帰り支度をしていた戸部先輩が吹き出した。


「わかるよ。頼もしいもんね、立花さん」


「頼もしいじゃなくて、かわいいとか守りたいとか言われたいですね」


「俺は守りたい後輩キャラなんで」


「うるさ……」


 やかましい後輩を席に戻し、そのあと戸部先輩から引き継ぎを受けて見送った。


 疲れたしコーヒーでも飲もうかと思ったのに、手元のマグはとっくに空っぽだった。

 仕方ないから給湯室に向かったら、長谷川が追いかけてきた。


「おい、立花」


「長谷川もコーヒー飲む?」


「さっき淹れたばっかりだからいらねえ。そうじゃなくて、助かった」


「何が?」


 見上げた長谷川は、気まずそうな、困ったような顔をしていた。

 さっきまで、紫くんにあんなにガミガミ言っていた勢いはどこに行ったのさ。

 マグカップを軽くすすいで、カフェオレのスティックを開ける。


「紫のフォローしてくれて」


「ああ。別にいいよ。むしろ、あのおっちょこちょい相手にあそこまで丁寧に修正箇所指摘するとか、長谷川って意外と面倒見いいんだね。言い方はアレだけど」


「やっぱりダメかな」


「ダメっていうか、キツい。紫くん萎縮しちゃって、せっかくちゃんと指示してるのに頭入ってなかったの、もったいないっしょ」


「……そうだな」


 冷静に考えると、長谷川は言い方がキツいだけで指摘自体はまともだ。逆に私は言い方が穏やかなだけで、言ってること自体は別に優しくない。そう考えると、先輩として優しいのは案外長谷川のほうなのかもしれなかった。


 マグカップにお湯を注ぐと、甘ったるいカフェオレの匂いがふわっと立ち上った。


「立花」


「うん」


「やっぱ俺にもそれちょうだい」


「いいよ。戻ろうか」


 長谷川と営業部に戻る。

 並んで歩いているだけで、別に会話はない。

 席に戻って引き出しからカフェオレのスティックを一本取り出して渡すと、長谷川はやけに嬉しそうな顔で受け取った。

 いつもそれくらい笑顔でいればいいのに。

 でもそれを口にする前に、長谷川はもういつもの仏頂面に戻って、自分の席へ行ってしまった。


 そういえば、戻ってくるときは置いていかれなかったな、とカフェオレがなくなる頃になってやっと気づいた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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