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05.鬼同期と後輩と先輩

 火曜日の朝はいつもより少し遅めに家を出たから、長谷川とは顔を合わせなかった。あいつはだいたい、私が会社に着く頃にはもうパソコンを開いて仕事を始めている。


「はよー」


「はよ。昨日はサンキュ」


「『ありがとう、美颯ちゃん♡』は?」


「言わねえ」


「あはは」


 呆れた顔の長谷川から目を逸らして、私も自分の席に座った。


 午前中はいつもどおり、ちゃかちゃか仕事を片づける。

 午後は、バディを組んでいる丹沢(たんざわ)先輩の客先訪問に同行する予定だから、その準備に追われていた。

 帰りが何時になるかわからないから、時短勤務の戸部先輩とは先に打ち合わせを済ませて、あとは……。


 昼前にはいったん仕事を切り上げて、化粧を直しておく。

 お手洗いから出て営業部に戻ろうとしたところで、給湯室にいた長谷川に呼び止められた。


「立花、今いいか?」


「ちょっとね。昼から出ないといけないんだ」


「すぐ終わる。昨日サンキュ。確認した」


「ああ、どうだった?」


 問題なしとか、ここが微妙とか、そんな感じでさらっと返されるかと思ったのに、長谷川はなぜか眉間にシワを寄せた。

 なんかまずいところあったかな。

 めっちゃ説教されるかなあ。


 思わず身構えると、長谷川は渋い顔のまま、低く唸るように口を開いた。


「立花って、もしかしてすげー仕事できるやつ?」


「はあ?」


「紫の企画書、誤字脱字ひとつなかったし、内容もめちゃくちゃ綺麗にまとまってた」


 大げさな言い方に吹き出しそうになったけど、長谷川の眉間のシワが思ったより深刻そうで、なんとか笑うのをこらえた。


「いやそれ、紫くんのテキストエディタの誤字脱字チェック機能がオフになってただけだよ」


「それならそれで自分でちゃんと確認しろっつー話だけどさ。え、なんで?」


「ちょっと前にシステムのアップデートあったでしょ。あのとき操作ミスしたんじゃない?」


「そそっかしいもんなあ、あいつ。あと客先の情報も見やすかった」


「そう? 営業事務ならみんなあんな感じでまとめない?」


 首を傾げると、長谷川がぽかんとした顔でこっちを見た。

 戸部先輩でも、他の営業事務でも、まとめたらたぶん似たような感じになる。

 だって営業事務口伝の手順どおりにやっただけだし。


「そうなんだ?」


「そうだよ。他の子と同じでしょ?」


「いや、俺そういうの今までやってもらったことなくて」


「えっ、なんで? 長谷川についてる秦野(はたの)ちゃんは?」


「企画書の下読みとか、新幹線のチケット手配とかは頼んでたけど。直接顧客に関わることは、自分でやってたから」


「いや、秦野ちゃんにやらせなよ。秦野ちゃんの経験値が入らないじゃん」


「……そうだよなあ」


 やっと長谷川の眉間のシワは消えたけど、今度はなんだかぼんやりした顔になっていた。

 やだなあ。何ひとりで抱え込んでんのさ。


「えー、なにそれ。……あ、やば、時間だ。私も午後は出なきゃ。長谷川もこれから客先でしょ? あそこの担当さん、柏餅好きだよ。じゃあね」


「待て、なんだその情報……」


 私は慌てて営業部へ戻り、丹沢先輩に声をかけて、そのまま会社を出た。


***


「……ってことがありまして」


「長谷川、マジかよ」


 移動中の電車の中で、丹沢先輩にさっきの長谷川との話をしたら、ぎょっとされた。そりゃそうだ。


「秦野さん、たまに仕事頼んでも、よくわからんって顔してること多かったけど……そっか、そういうことか」


「もしかして長谷川が成績いいのって、自分で全てを把握しているからでしょうか」


「そういうこと? そりゃ一人で全部抱えてりゃ、抜け漏れも伝達ミスもないだろうけどさあ……これ、課長に言っていい?」


「むしろお願いします」


「おうよ」


 頼もしく頷く先輩のあとを追って電車を降り、そのままお客様先へ向かった。

 うちは飲食系の卸をやっていて、私と丹沢先輩の担当はファミレスチェーンだ。大手ファミレスチェーンの、やたら大きい本社ビルへと向かった。



 帰り道、電車を降りたところで、丹沢先輩が


「さっきの話だけど」


 と、不意に口を開いた。


「立花さん、秦野さんとチェンジってなったらヤダ?」


「だいじょぶです。むしろ長谷川のモラハラで萎縮する後輩がいなくなるなら、そのぶんやりやすいまであります」


「ひゅう、頼もしい! ……俺に未練などは?」


「ないので安心してください」


「ちょっとくらい別れを惜しんでくれてもよくない? ま、可能性の話だけど」


 丹沢先輩はひょうひょうと笑いながら、先に会社へ入っていった。


 弊社の自社ビルは自動ドアが開くと、エントランスを風が一気に吹き抜ける。だから丹沢先輩は、風よけになるために毎回私より先に入ってくれる。

 そんなこと一回も口にしたことない先輩だから、バディ解消が寂しくないわけじゃない。でも、それはそれ。


 私はその背中を追いかけて、課長のところへ向かった。



 ――結論から言えば、担当は変わらなかった。


 そりゃそうだ。こんな微妙な時期に、いきなり担当を代えたりしない。

 でも、秦野ちゃんが営業事務としてできることがやけに少ないのは、課長も前から気になっていたらしくて、私と丹沢先輩でフォローに入ることになった。


「営業事務の中で、口伝になってる作業、山ほどあるだろ? あれ、立花さんと秦野さんでマニュアル化しといてよ」


 課長がにこりと笑って言った。

 ……ですよね。私もそろそろ口伝じゃなくてマニュアル化したかった。でも、言い出したが最後、担当になるやつだから、ずっと見て見ぬ振りしてた案件だ。


「承知しました。秦野ちゃん、仕事増やしちゃって悪いけど、一緒に頑張ろう」


「はい!」


 営業男子たち――丹沢先輩と課長、そして長谷川はまだ話があるらしく、私は秦野ちゃんを連れて先に席へ戻った。

 戸部先輩はもう帰宅済みだったから、空いた席に秦野ちゃんを座らせて、マニュアル化したい作業一覧を一緒に確認する。


「わ、こんなに……」


「この中で、秦野ちゃんがやったことある作業ってどれ?」


「えっと、これと、ここからここと……」


 向こうの話が終わったらしい長谷川が、何か言いたげな顔で後ろを通っていった。でもちょっと面倒だったし、こいつのせいでまた仕事増えたなってモヤモヤしていたから、見ない振りをした。

 

あるじゃん、気になってるけど、口に出したら最後自分の仕事が増えるから黙っている案件の一つや二つさ

***

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